本屋に舞い降りた天使に俺は恋をした   作:Kohya S.

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12. 俺と善子と花丸と俺と (2)

 祈りが通じたのか翌日の日曜日はすっきりと晴れた。

 花丸がバスに乗りそうな時間を調べて、それよりもすこし早めに着くように自転車で家を出た。

 

 さわやかな朝の空気のなかを走っても、心は晴れなかった。

 もし俺の推測が当たっていたらどうすればいいのか、もし外れていたらどうするか――そんなことを考えながら自転車をこぐが、答えは出なかった。

 

 御用邸から静浦(しずうら)、江の浦と抜けていく。内浦に入り淡島を右手に見てすこし進むと、すぐに花丸の家だった。

 

 参道の階段の下に自転車を止めた。なぜかベンチが置いてあるので、そこで待つ。まだ涼しいものの日差しからは今日も暑くなる予感がした。

 

 数分ほどしただろうか。階段のほうから足音が聞こえて、俺は顔を上げた。花丸だった。いつもの制服姿だ。

 

「遼さん……」

 

 いったん立ち止まった花丸は、ふたたび下りはじめる。

 

「おはよう」と俺は笑いかけた。

「おはようずら」

 

 花丸は硬い表情のまま、視線をあわせずに俺の前を通り過ぎた。

 

 住宅地のなかの狭い道を俺はあとからついていく。

 

 うん、まだおかしいな。

 無事に会えたのはいいけど、どうしよう。なんとかして、誤解を解かないと。

 

 ここまでいろいろと考えたが、よい方法は思いつかなかった。素直にぶつかるしかなさそうだった。

 

「花丸さん、えーと、昨日、俺と津島さんが一緒にいるところ、見た?」

 

 花丸はぴたりと足を止めた。やっぱり。

 

「オラには関係ないずら」

 

 花丸は歩みを再開した。

 

「あの、たまたま津島さんと街中で会ったんだよ」

 

 俺は背中に向けて話し続ける。

 

「それで、すこし話しただけで……。彼女とはなにもないよ」

 

 花丸は立ち止まり、振り向いた。

 

 細められた目が俺を見据えている。ちょっと怖い。

 

「どうしてオラが、遼さんと善子ちゃんのことを、気にしないといけないずら」

「え、ああ、そうだね……」

 

 すみません……。

 

「……遼さん、善子ちゃんになにかいわれて……真っ赤になってたずら」

 

 気にしてるし……というのは、置いておいて。真っ赤……ああ、善子にずばりといわれたときだ。

 

「そのあと、見つめあって微笑んで……善子ちゃんに迫られてたずら」

 

 たしかに外見だけはその通りだ。

 

 しかし、まいったな。まさか本当のことはいえないぞ。なんとかうまく説明しないと。

 

「あのとき、花丸さんがスマホにした理由を、聞かれてたんだ。あんたがなにかしたんでしょうって。だから俺は、花丸さんに説明したよって」

「それじゃ、遼さんが赤くなる理由がないずら」

 

 鋭い指摘だ。俺は必死に考える。

 

「それは、花丸さんのおじいさんにも説得にいった、って話したら、あんたよくやるわね、ってあきれられてさ。すこし恥ずかしくなって」

 

 花丸は上目遣いで俺を見つめた。

 

「……本当にそれだけずら?」

「うん」

「それじゃ、迫られてたのは、なにずら?」

「連絡先を教えてくれって」

「えっ」

 

 花丸の顔に動揺が走る。ああ、しまった。

 

「その、花丸さんがもしスマホを使えない事態になったら、私から連絡するわ、って」

「……」

「ほら、慣れてないと電池が切れたり、いろいろあるから。……なんなら、津島さんにも聞いてよ」

 

 俺はどきどきしながら花丸を見守る。

 花丸は肩の力を抜き、ふうっと息をはいた。

 

「わかったずら」

 

 ようやく花丸は笑顔を浮かべる。

 

「オラ、てっきり……」

 

 花丸は視線をそらして、そうつぶやいた。なにがてっきりなのかは、聞かないほうがよさそうだった。

 

「でも、善子ちゃんには、きちんと確認するずら」

 

 続けてそう話しているのもしっかり聞こえた。

 善子がうまく口裏をあわせてくれることを祈るしかない。

 

 ふたたび歩き出した花丸の横に並び、聞く。

 

「これから練習だよね?」

「ええ、みんなでがんばってます」

 

 花丸はいつもの口調に戻っていた。よかった。

 

「スクールアイドルのPVは、進んでるの?」

「はい、千歌(ちか)さんのアイデアで進めてて……今度、みんなで撮影です。完成したら……あの、連絡します」

「よろしく」

 

 花丸はおずおずという感じで笑った。

 このようすだと、堕天使の紹介動画の話は、あとにしたほうがよさそうだ。

 

 県道まで数メートルというところで、目の前をバスが走り抜けていった。

 

「ああっ、バスが行ってしまったずら! もう、遼さんのせいずら!」

「あっ、ごめん」

「ひどいすら!」

 

 花丸は頬をふくらませて怒ってみせたが――どうも本気ではなさそうだった。

 

「次のバスまで待つ? 付きあうけど」

「うーん、マル、どうしようかなぁ……。あっ」

 

 ちょっと待っててくださいね、といい置いて花丸はもと来たほうへ走っていった。なんだろう。

 参道の下まで戻り、そこで待った。

 

 しばらくして花丸は戻ってきた。練習着で、自転車に乗って。

 

「自転車、持ってたんだ」と俺。

「PV撮影でも乗ったずら。本当は学校で着替えるんだけど……遅くなったから、許してもらうずら。一緒に浦の星まで行こう、遼さん」

 

 うん、大歓迎だ。

 

 驚いたことに彼女の自転車はママチャリでなくてクロスバイクだった。

 県道まで出て花丸のペースにあわせて走る。彼女はかなりの速度で快調に進んだ。ときどき前後を交代しながら走るのは楽しかった。

 

 部活で鍛えてるせいかな。自転車に乗ったっていうのも気になるし、あとで詳しいこと、聞いてみよう。

 

 花丸の自宅から浦の星女学院までは2キロほどだろうか。さほど遠くないがもし毎日自転車で通うとなると、やはり最後の坂が問題だろう。

 

 俺も花丸もさすがにゆっくりと坂を登った。

 

「はぁ、なんとか遅れずにすみました」

 

 校門について、花丸はほっとしたようにいった。

 

「うん、よかった。それじゃ、また」

「はい」

 

 最後にもう一度、花丸は微笑んでくれた。

 

 サドルにまたがり走り出す。手を振る花丸に片手でこたえてから、俺はハンドルを握りなおして勢いよく坂を下った。

 

 誤解が解けてよかった。花丸が怒ってくれるってことは……期待していいのかな。

 でも、怒った花丸も、ちょっと可愛かったな。もう一度、見たいとは思わないけど。

 

        ・

 

 その日の晩に善子に電話をかけた。

 

「花丸さん、どうだった?」

「私にいろいろ聞いてきたわよ。『里見さんに会ったずら?』って。適当にうなずいておいたけど……。それ以外は、普通に戻ってたわ」

 

 善子はうまくごまかしてくれたらしい。彼女は続ける。

 

「あなた、なにをしたの?」

「ちょっと花丸さんが誤解してたから……説明しただけさ」

「誤解、ねえ。ふーん」

 

 善子は言葉を切った。しばらく沈黙が流れて――。

 

「……えっ、そういうことなの?」

 

 声が裏返る。善子も気づいたらしい。

 

「たぶん、ね」

「はあ、まいったわね。ぜんぶ私のせいってこと……。花丸に、悪いことしたわ。それに、里見さんにも」

「いや、別に。俺も悪かったし」

 

 善子はふうっとため息をつく。

 

「仕方ないわね、少しだけ応援させてもらうわ。……あのときいったこと、覚えてるでしょうね」

「もちろん」

 

 泣かせたりしたら、ってやつだな。

 

「それならいいわ。じゃあね」

 

 電話が切れる。

 

 善子、やっぱりいい子だな。まわりにいい子ばかり集まるのは……花丸の人徳かな。

 

        ・

 

 期末試験は数日後に終わった。結果が来るのはすこし先だが、まあそれなりの出来だったと思う。

 夏休みまではすぐで、このあいだの期間の、ちょっとだらけた感じは嫌いではなかった。

 

 試験最終日の放課後、ひさしぶりに部室に顔を出した。

 北村が来ていて挨拶する。陸上部には行かずに最近はずっとこちらに来ている気がする。

 

 ちょうど前日に、花丸からPVが完成したという連絡が来ていた。動画のリンクも添えられていた。自宅で何度か見たが、あらためてスマートフォンを取り出してイヤホンをつける。

 

 新しい曲は「夢で夜空を照らしたい」という題だった。

 ゆったりとしたメロディにあわせられるのは、夢に出会えた喜びと、ふるさとの大切さをつづる歌詞。しっとりとしたいい曲だった。

 映像は、内浦の海岸と浦の星の校舎の屋上、それぞれをミックスしていて、夜明けの空に飛んでいくスカイランタンが美しかった。こんなにたくさんのランタンをよく用意できたものだと思う。

 

 六人ともよほど練習したのだろう。体育館で見た最初のライブより、はるかに歌も踊りもよくなっていた。

 

 衣装は透明感のあるドレスに大きなリボンという組み合わせで、花丸によく似合っていて、可愛かった。ひいき目かもしれないが、ほかの誰よりも。

 

 ライブで見られれば、いいんだけどな。

 

 動画が終わり、イヤホンを外す。

 

「それ、Aqours(アクア)の動画だろ? 最近、公開された」

 

 北村からいきなり話しかけられて――そしてAqoursという言葉が出て驚く。

 

「そうだけど。知ってるんだ、Aqoursのこと?」

「おう。文化祭の前だっけ、スクールアイドルのことをお前から聞かれて、ちょっと調べたんだ」

 

 ふーん。

 

「それより、驚いたぜ」

 

 北村はにやりと笑った。いやな予感がする。

 

「なにが」

「花丸ちゃん、Aqoursに入ってたんだな。歌もうまいし、いい感じじゃないか」

「まあ、ね」

 

 否定するわけにもいかず、ぶっきらぼうに答える。

 

「自分の彼女がスクールアイドルとか、どうなんだ?」

「彼女じゃないよ」

「あれ、そうなんだ。俺はてっきり……まあ、がんばれ」

 

 絶対、わかってていってるな。

 

「その……北村は動画、どう思った? 歌とか、踊りとか」

「うん、いいと思うぞ。それに歌詞も曲も、素人とは思えないし。ほかのグループにくらべても、悪くないんじゃないか」

 

 やっぱりそうなのか。花丸たち、がんばってるんだな。

 

 北村は続けた。

 

「関連動画に上がってる動画、見たか、遼?」

 

 きっと堕天使コスチュームの紹介動画のことだろう。俺は首を縦に振る。

 

「あれ、面白かったよな」

 

 北村はまた笑った。

 それは同意だが……花丸の黒歴史にならなきゃいいけど。

 

「花丸ちゃんもいいけど、俺は断然、善子ちゃんだな」

 

 北村は腕を組んでうなずいた。

 

「ああいうキャラがいいのか?」

「まあ、あれも悪くないと思うぞ。それに、すらっとしてて、美人さんだし。ちょっと部長に似てると思わないか」

 

 いわれてみれば、キャラはともかく雰囲気はたしかに。北村はそういう趣味なのか。

 

 ガラッという音とともに部室の扉が開いた。

 

「私がどうかしたの、北村君」

「あ、部長」と北村。

 

 あーあ、俺は知らないぞ。

 

「えーと、部長、遅いなあ、って話してたんです」

 

 泉はふうっとため息をつく。

 

「それはそうよ。なにしろ三年生なんだから」

 

 遅かったのは試験の時間が多いからか。

 

 泉は椅子に腰を下ろした。

 

「私もそろそろ引退よ。わかってる? 秋には新しい部長、決めなきゃだし」

 

 俺にふたりの視線が集まった。

 

 そうか、北村は兼部だし……二年生だと必然的に俺になるのか。はあ、面倒だが、仕方がないか……いや、一年が部長というのもありだろう。

 とはいえ、いまそんなことをいったら、さんざん非難されそうだ。

 

「冬の文集は、里見君たちにも手伝ってもらって、しっかり覚えてもらうからね」

 

 俺たちはうなずく。

 

「詳しいことはみんなが来てから、として……そろそろ次の作品、書き始めなさいよ」

 

 そういって泉は机に向かい、ノートパソコンを開いた。

 

 次の作品か。文集まではまだ時間があるとして、問題は新人賞のほうだよな。

 

 俺はちらりとふたりを眺める。

 

 正直、あまりうまく進んでないし、もうすこし書いたら、読んでもらったほうがいいのかな。花丸にも。

 

        ・

 

 数日後、花丸が図書館へ来ると連絡があり、俺は放課後に足を運んだ。デートといえるのか微妙だが、いちおうデートということにしておこう。

 

 本を選んでから花丸が来るまで閲覧席で待った。とりあえず本を広げたものの、思いは花丸のことに流れていった。

 

 善子や北村はああいってくれてるけど、花丸は俺のこと、どう思ってるんだろう。嫌われてはいない、むしろ好かれてる、とは思うけど……やっぱり友達として、って感じだよな。

 いや、あの怒りっぷりからして脈はあるんだけど、花丸自身が意識してないんだろうな。

 

 たとえばいま告白したら、花丸が(こた)えてくれるかというと……微妙な気がする。むしろ距離が離れてしまいそうな。それとも思い切ったほうがいいんだろうか。

 

「遼さん」

 

 背中からの突然の声に飛び上がりそうになる。

 

「ん?」

 

 制服姿の花丸は首をかしげて俺の顔をのぞき込んだ。

 

「あ、こんにちは、花丸さん」

 

 なんとか気を落ち着けてぎこちなく微笑んだ。

 

「こんにちは」

 

 花丸はにこりと笑って隣に腰を下ろした。

 

 よかった、すっかりいつもの花丸のようだ。

 

「借りる本は、もう選びましたか?」

「うん、だいたい」

 

 思いついて付け加える。

 

「あ、ちょっと海外のファンタジーで、花丸さんのお勧めがあったら、聞きたいかな」

「海外……翻訳ものかぁ。あまり読まないんだけど、それでよければ、紹介できるかな」

「うん、頼むよ」

 

 いま書いている新人賞向けの作品の参考にしたかった。

 

 花丸はいそいそと外国文学のコーナーへ向かう。

 

「どういう傾向のが、いいのかな?」

「うーん、ハイファンタジー、っていうのかな、異世界物で……。大人向けで、描写がしっかりしたのがいいかな」

「大人向けかぁ」

 

 (あご)に手を当てて考える花丸。

 

「あ、『指輪物語』は読んだよ」

「ふむむ。どうだったかな?」

「そうだなあ……さすがに人気だけあって、すごいんだけど、あまりピンとこなかったな。特に序盤とかは冗長で」

 

 花丸はうなずく。

 

「わかる気がするずら。そうすると、っと。……よいしょっ!」

 

 花丸は上のほうから本を取る。ノースリーブの制服から伸びる白い腕がまぶしい。

 

「ル=グウィン先生の『ゲド戦記』、その一巻です」

「えーと、『影との戦い』」

 

 花丸が手渡してくれた本の題名を読み上げる。青い表紙に版画のようなイラスト。

 

「児童書っぽい装丁だけど、中身は大人でも十分楽しめるんだ」

「ふーん」

「しっかりした成長物語で、人物描写が秀逸です。冒険もわくわくするし、マルのお気に入りなんだ! 二巻以降も面白いけど、まずは一巻かなぁ。それと……」

 

 花丸は外国文学のコーナーを離れる。

 

「最近の翻訳ものは、文庫が多いんです」

 

 文庫のコーナーで花丸はしばらく棚を眺めた。

 

「うーん、有名なところだと、コナンとか、永遠の戦士とかのシリーズなんだけど」

 

 コナン……は探偵じゃないほうだよな。

 

「読みましたか、遼さん?」

 

 花丸はくるっと振り返って聞いた。

 

「いや、残念ながら」

「それじゃ、あとで一冊、読んで、雰囲気が気に入ったら、残りも読むといいと思います」

 

 俺はうなずいた。

 

「マルのお勧めは……」

 

 花丸は今度はかがみこむ。

 

「ジョージ・R・R・マーティン先生の『七王国の玉座』。『氷と炎の歌』シリーズずら」

 

 分厚い上下巻の文庫本だ。

 

「ちょっと雰囲気は重いけど、世界の広さを感じる大作です。冒険だけじゃなくて権謀術数(けんぼうじゅつすう)うずまく政治の駆け引きもあったりして……。あ、でも自然の情景描写も美しいんだ」

「へえ、いままであまり、読んだことない感じかも」

 

「権謀術数」とかすらっと出てくるあたり、さすが花丸だな。

 

「お気に入りかどうか、っていわれると、微妙なんだけど……。でも、読んでおいて損はないと思います」

 

 ああ、そういう本、あるよな……。なるほど、ちょっと気合いを入れたほうがいいみたいだ。

 

 花丸はそんな調子でさらに数冊、紹介してくれた。

 

「ありがとう、花丸さん」

「いいえ。気に入ってもらえたら、嬉しいです」

 

 花丸は顔をほころばせた。その笑顔に背中を押されて続ける。

 

「あの、帰り、時間あるかな。少しどこかで、話していかない?」

 

 いろいろと聞きたいことがあった。

 

「いいですよ」

 

 花丸は笑顔のままうなずいた。

 

 花丸は本を選びに行き、俺はしばらく待った。

 貸し出し手続きをして図書館を出る。

 

「前と同じ店でいいかな?」

 

 俺がそう聞くと。

 

「今日は、ハンバーガー屋さんにしましょう」

 

 花丸はそういって微笑んだ。

 

 ああ、この前の善子の件、覚えてるんだな……。わざわざ店を変えたのに、深い意味があるのかどうか、わからないけど。

 

 駅前のハンバーガー屋へ入る。

 俺はおごるといったものの、花丸は笑って断った。それぞれ注文をして二階へ。外の見える席に座る。

 花丸はドリンクにホットドッグを頼んでいた。俺はコーヒーだけ。

 

 花丸、意外にしっかり食べるよな。それでいて決して太ってないのは、そういう体質なんだろうけど。

 

「あの……」

 

 ドリンクを飲んで落ち着いたとき、花丸が口を開いた。

 

「動画、見てくれました?」

「うん、もちろん」

 

 花丸のほうから聞いてくるなんて、よほど気になってるんだな。

 

「ど、どうでしたか……?」

 

 花丸は不安そうな、しかし期待をこめた目で俺を見つめた。

 

「よかったと思うよ」

 

 そういって笑うと、花丸はあきらかにほっとしたようだった。

 

「歌も踊りも、体育館のときより、みんなうまくなってたと思う。曲も印象的で。あれは、オリジナルなの?」

「うん、千歌さんが作詞して、梨子さんが作曲。両方とも素敵ですよね」

「衣装は……?」

「あれもです。曜さんがデザインして、みんなで手分けして縫いました」

 

 へえ、すごいものだ。

 

「それに、夜明けの空なのかな、舞い上がっていくランタンもきれいだった」

「あれは、千歌さんのアイデアなんだぁ」

「あれだけ用意するの、たいへんだったでしょ」

「うん、みんなで作って、町の人にも手伝ってもらって」

 

 花丸は思い出したのか穏やかな表情になった。

 

「花丸さんも、ほかのみんなと同じくらい、よかったよ。歌も、踊りも」

「そんな、照れるずらぁ」

 

 花丸は顔を真っ赤にして下を向いた。

 

「みんな可愛かったし、ね」

 

 付け足しのように話す。花丸が可愛かった、といったらどんな反応をするか気になるが、どうしても恥ずかしかった。

 

「相当、練習したんじゃない」

 

 まだ赤い顔の花丸にいう。

 

「うん、毎日、長い階段を上ったり、暑い屋上でトレーニングしたり。でも、みんなと一緒だから、楽しいずら」

 

 そう話す花丸の目は輝いていた。本当に楽しそうでよかった。

 

「自転車、持ってたんだね。PV撮影っていってたけど」

「みんなで撮影にいい場所を、内浦のまわりで探したんです。自転車で。結局、海岸と屋上になりましたけど」

「もしかして、おじいさんに買ってもらったとか?」

「はい、高校の入学記念に」

 

 安いものじゃないと思うし……やっぱり花丸は愛されてるんだと思うぞ。

 

「今度、よかったら一緒にどこか行こうか。サイクリングでも」

「そうですね」

 

 花丸はにこりと笑った。

 

 む。悪くない感触だな。もうひと押し、してみよう。

 

「今度の週末は……花丸さんは、やっぱりアイドル部の練習、かな?」

「あ、そうなんです」

 

 花丸はぱっと顔を輝かせる。

 

「私たち、東京のイベントに誘われたんです」

「イベント?」

「はい。PVが好評だったみたいで。来週末に、秋葉原で行われるイベントで、全国からアイドルが集まるんですよ」

「すごいじゃない」

 

 一気に全国区か。

 

「ああ、でも、思い出したら、緊張してきたずら……」

 

 花丸は目を白黒させる。

 

「それだけ練習してるなら、大丈夫だよ。PVもよかったし。……それを見て声がかかったんでしょ。そのままやればいいんじゃないかな」

 

 俺ははげますようにいった。

 

「うん、そうですよね」うなずく花丸。「だから、次の週末は……」

「それに備えて練習、ってことだね」

「はい」

 

 残念だけど、仕方ないな。きっと他の日にも、会う機会があるだろう。

 

「マルたち、東京に一泊するんです。マル、東京に行くのは初めてで……そっちはすごく、楽しみなんだぁ」

 

 それは素直にうらやましい。

 去年、夏休みに東京に行って、兄貴のところに泊まったけど……都心からかなり離れてて不便だったんだよなあ。

 

 バスの時間が近づいていた。最後に花丸に新しいラノベを貸す。

 

「ありがとうございます。ふだんあまり読まないので、新鮮です」

「それならよかった」

 

 こうやって慣れてもらえれば、万が一、俺の書いた作品を読んでもらうとしても抵抗がすくないかもしれない。

 

 バス停まで歩く途中で花丸が聞いた。

 

「海外のファンタジー、今度の作品の参考にするんですか?」

「えっと……そうだね。そのつもり」

「それは楽しみずら!」

 

 花丸は嬉しそうに笑った。

 

 花丸はぺこりと頭を下げてバスに乗り込む。俺は手を振って見送った。

 

 東京のイベントか。すごいな、結成してまだ三か月なのに、全国のスクールアイドルたちと一緒に歌うなんて。さらに、そこに花丸がいるっていうんだから。

 もし、花丸のライブが見られるなら俺も行きたいけど、難しいのかな。調べてみよう。

 

 そういえば、花丸は作詞はしないんだろうか? 今回の曲は加入して間がないから、仕方ないとしても……きっと向いてると思うんだけど。

 

 自宅に向けて歩き出す。梅雨明けはまだだが、むっとした空気はすでに真夏の暑さを予感させた。

 

 しばらく週末に会うのは難しいかな。試験も終わったし……バイトに、読書と執筆。がんばるか。

 それにしても、去年のいまごろにくらべると、ずいぶん充実した学校生活だな。これもみんな、花丸のおかげ、か。

 

 夏休みのあいだには……花丸との関係をもう一歩、進めたいな。

 


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