本屋に舞い降りた天使に俺は恋をした   作:Kohya S.

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11. 俺と善子と花丸と俺と (1)

 花丸とはメールで連絡を取りあい――いままで何度、夢見たことだろうか――翌週の平日、放課後に図書館で落ちあった。

 閲覧席の隅のほうを借りてスマートフォンの使い方の続きを教える。ただ俺の思った通り花丸はすでに使いこなしていて、教えることはごくわずかだった。

 それでも危ないサイトの見分け方などは、じっちゃにいわれたこともあってしっかりと伝えた。

 

 アイドル部について聞くと花丸は嬉しそうに答えた。

 

「善子ちゃんが、Aqours(アクア)に入ってくれたんです」

 

 いつか図書館で会った子だな。

 

「善子ちゃん、歌もうまいし、可愛いし、オラ、嬉しいずら」

 

 花丸は微笑む。

 歌についてはわからないが、たしかに美少女だった。

 

 最初の三人に、ルビィ、花丸、善子。

 

「ということは、Aqoursは六人になったんだ?」

「はい、そうですね」

「花丸さんたちが入ってからの新曲とかは、出ないのかな?」

 

 花丸は顔を赤らめる。

 

「そ、それは……PV、っていうのを、いま撮影してるので、そのうち善子ちゃんがネットに公開してくれると思います」

「そうなんだ。楽しみだよ」

「うぅ、オラ、恥ずかしいずら……」

 

 花丸は真っ赤になって下を向いてしまった。そんな花丸も可愛い。

 

 しばらく下を向いていた花丸は、きっと顔を上げた。

 

「遼さんの文芸部のほうは、どうですか」

「えーと……」

 

 そう来たか。

 

「新しい作品、書かないんですか?」

「冬に文集を出す予定で……だから、もう少し先かな」

「冬って……まだ梅雨も明けてませんよ。ずるいずら!」

 

 花丸はぷくっと頬をふくらませる。

 

「あー、その、ごめん」

「マル、遼さんのお話、読みたいです。ぜひ早めに、書いてくださいね」

「うん、わかった」

 

 そう答えると、とりあえず花丸は満足したようだった。

 

 まいったな。まあでも期待されてる、ってのはいいことか。

 新人賞に向けて書いていることを話したら、ぜひ読ませてくれっていわれるな。いや、むしろそのほうがいいのかもしれない。花丸の鋭い批評があれば、ずいぶんよくなるかも……。

 

 ただ、趣味が全開の作品を見せるのは、どうにも恥ずかしかった。

 

 また、前回貸したラノベを返してもらう。

 

「現代社会に魔法学校、っていう題材は、よくあると思うんですけど、それをうまく料理していたと思います。魔法の理論づけも、斬新でした。主人公の女の子も魅力的ですね」と花丸。

 

 まずまず好評のようだ。学園ものもいけるらしい。次回はまた別の傾向の本にしてみよう。

 

 貸し出し手続きをしてから図書館を出て、バス停まで一緒に歩いた。今日は昨日の雨が嘘のように晴れていたが、そのぶん暑かった。

 

「あの、マル、今度の土曜日、沼津に来るんですけど」

 

 途中、花丸が切り出した。ふむふむ。また会えるだろうか。

 

「善子ちゃんと会うんです。沼津はひさしぶりで楽しみずら」

 

 そうですか……。

 

 落胆する俺に花丸は続けた。

 

「あ、帰りに本屋さんに寄りますね」

「じゃあ、もしバイトしてたら、会えるかもしれないね」

「そうですね」

 

 花丸はにこりと笑った。

 

 花丸が乗ったバスを見送り自宅へ歩き出す。

 

 ふーん、善子が入ったんだ。Aqoursのブログ、確認してみよう。

 次に花丸に会えるのは土曜日かな。バイトのシフト、必ず入れよう。あとは……いよいよ期末試験だし、多少は勉強しておくか。それと、次の新人賞に向けた執筆、だよな。

 

        ・

 

 Aqoursのブログは最初のライブに行ってから、ときどき確認していた。どうやらメンバーが順番で更新しているらしく、それぞれの個性が出ていて親近感がわいた。

 その日の夜もパソコンでブログを開いてみる。

 

 善子の加入はすでに記事になっていた。『リトルデーモンの皆さん、待たせたわね。ヨハネ、ついに堕天よ!』という書き出しで――どうやら善子が書いたようだ。

 

 ん、このテンションはなんだろう……。

 

 いままでのメンバーとの違いに俺は戸惑いを覚える。六人の紹介動画があわせて公開されているので開いてみた。

 動画では善子がセンターで頭に黒い輪を付けていて――堕天使のイメージらしい。

 

 ああ、なるほど。善子ってこういうキャラクタなんだ……。ちょっとそんな感じ、あったかも。でも、まあスクールアイドルならこういうのもあり、なのかな。

 

 六人ともゴスロリ風の衣装に身を包んでいる。花丸はモノトーンでフリルのついたワンピースで、頭の大きなリボンもあわせてよく似合っていた。

 ルビィはさすがにアイドル好きらしく、動画からも意気込みが伝わってきた。花丸は照れくささが先に立っているようだった。

 

 花丸にこの動画のことを聞いたら、相当、恥ずかしがりそうだ。どうしよう、黙っていたほうがいいのかな。

 

 とはいえ、花丸の可愛さには間違いはなくて――俺はあらためて花丸がスクールアイドルを始めたことに感謝した。

 

        ・

 

 土曜日は晴れて暑い日になった。バイトに行く前に市街の中心部で少し買い物をしていくことにした。あわよくば花丸に会えるかも、と思ったのは否めない。

 いちおう花丸に貸すための本を持っていった。

 

 ラノベの新刊でも買おうかとまずは駅近くの書店に立ち寄る。

 

 平積みの新刊をチェックしてから奥へ移動していくと、そこでは見覚えのある少女が立ち読みしていた。すこし青みがかった長髪をサイドでまとめていて――善子だ。

 

 えーと、彼女が読んでるのは……西洋占星術パーフェクトガイド? やっぱりそういう系統なのかな。

 

 俺の視線に気づいたのか彼女はこちらをちらりと見て――あわてて本を閉じて棚に戻した。

 わずかに唇の端を上げる。

 

「あなた、ずら丸のリトルデーモンね……」

「はあ」

 

 なんと答えればよいのだろうか。

 

「あっ。……こほん」

 

 彼女は気を取り直すように咳払いをする。

 

「ねえ、これから少し、時間ある?」

 

 いきなりの誘いに俺は戸惑う。

 

 いったいなんだろう。デートの誘い……ってことはないよな。

 

 それほどうぬぼれてはいなかった。

 バイトまでは余裕を見てきたのでしばらく大丈夫だが……。

 

 そう話すと善子はうなずいた。

 

「じゃあ、ちょっと付きあってほしいんだけど」

 

 そういって俺の答を待たずに店を出ていく。俺はあわててあとを追った。

 

 善子は白い半袖シャツに紫のワンピースを重ねていた。シャツもワンピースもフリルで飾られている。またワンピースにはピンクのリボンがいくつもあしらわれていた。

 うーん、ちょっと装飾過多な気もするけど、よく似合ってるかも。

 

「ここでいい?」

 

 善子はファストフード店の前で首をかしげた。

 

「いいけど」

 

 善子はさっさとカウンターで注文をすませる。どうやらおごりではないらしい。俺もあとに続いた。

 ふたりで窓際の席に向かいあわせに座る。

 

「それで、なんの用、津島さん?」

 

 いまだに訳がわからなかった。いきなり声をかけられて連れてこられてしまった。

 

「ヨハネ……って呼ばなくてもいいわ」

「……?」

「こほん。……里見さん、この前、花丸がスマホを買ったのよね」

 

 それはよく知っている。俺はあいまいにうなずいた。

 

「お友達にいろいろ教えてもらった、っていってたわ。名前はいわなかったんだけど、ちらっと……『遼さんに聞いてみるずら』って話して。……あなたのことでしょう?」

「そうだね」

 

 否定することもないだろう。しかし、花丸の真似、うまいな。

 

「花丸、いままで携帯も許してもらえなかったみたいだから、いきなりスマホで、驚いたわ」

「まあ、携帯よりよかったんじゃないかな。花丸さんには」

 

 俺はごまかすように微笑む。善子はぴくっと肩を震わせて俺を見返した。

 

 なんだろう……あ、国木田さんじゃなくて花丸さん、っていったから、か。

 

 善子は視線をあわせたままコーヒーを飲み、「にがっ!」とつぶやいた。砂糖、入れればいいのに……。

 

 善子はカップを置いて続ける。

 

「里見さん、あなた……花丸になにかしたの?」

「……別に、スマホについて調べて、説明しただけだよ」

 

 具体的に誰に、というのは省略する。

 

「ふーん」

 

 善子はじっと俺の目を見た。鼻が高く彫りの深い顔立ちに、紫がかった瞳。どこか神秘的な容貌に見つめられて、俺はどきりとする。

 

「あなた……花丸の、なんなの?」

 

 (きょ)をつかれて俺は言葉を失った。俺は――。

 

「えっと、友達、だと思ってるけど」

 

 すこしぎこちなく答えた。

 

「友達、ね」

 

 善子は両ひじをテーブルにつき、両手を(あご)の下に当てて目を細めた。

 視線に射抜かれる思いで、俺は黙ってコーヒーを飲んだ。

 

「……花丸、すごく嬉しそうだったのよね」

 

 善子は腕をといて首を振る。

 

「スマホを買ったから、ってだけじゃない、感じがしたわ」

 

 それは……どういうことだろうか。

 

「里見さん」

 

 善子は俺の目をとらえると、小さな、しかしよく通る声でいった。

 

「……あなた、花丸のこと、好きでしょ」

 

 俺は目をそらす。きっと顔は赤くなっていただろう。認めるのはさすがに恥ずかしいが――否定するのもなにか間違っている気がした。

 

 沈黙が答だったのだろう。善子は、はあっと息をはく。

 

「まったく、仕方ないわね」

 

 善子はコーヒーを飲んだ。いつのまにかミルクと砂糖を入れていたようだ。

 

「花丸はね、すっごくいい子なのよ。ほんと、天使みたい」

 

 それには全面的に同意だ。

 

「……だからね、そんな花丸を泣かせたりしたら、承知しないんだからね!」

 

 真剣な表情だった。

 

「わかった」

 

 俺は善子にうなずいてみせる。

 善子はようやく笑顔を浮かべた。

 

「それじゃ、連絡先、教えなさいよ」

 

 善子はずいっと体を乗り出す。

 

「えっ」

「花丸になにかあったら、あなたを問い詰めるわ」

 

 仕方なく彼女と連絡先を交換した。

 

 善子はスマートフォンの時刻表示に目をやる。

 

「はっ、いけない。そろそろ時間だわ。ずら丸を待たせちゃう」

 

 ガタンと音を立てて立ち上がる。

 

「それじゃ、約束だからね」

 

 そういって善子はあたふたと駆けていった。俺は呆然(ぼうぜん)と背中を見送った。

 

 はあ、びっくりした。

 しかし、善子、よく見てるんだな。花丸のことを思ってて、いい子じゃないか。話してみるとわりと普通だったし。動画のあれは……演技なのかな。どっちが演技か、ってのはあるけど。

 

 それにしても、花丸を泣かせる、か。そんなことを善子がいうってことは、もしかして……希望を持ってもいいのかもしれないな。

 

 気がつけばバイトの時間まであと少しだった。俺も急いで店を出た。

 

        ・

 

 今日も二階のレジに入る。バイトは午後五時までだった。花丸は来ないまま時間だけがすぎていき――それでも天は見放さなかった。五時五分前に花丸がレジへやってきた。

 

 花丸は視線があうと、にこりと微笑(ほほえ)――まずに、ついっと目をそらした。あれ?

 

「……お願いするずら」

 

 低い声で数冊の本をカウンターに出す。

 

「はい」

 

 善子とけんかでもしたのだろうか。

 金額を告げてお金をやり取りするあいだも、花丸は終始、無表情だった。

 

 それでもぺこっと頭を下げて花丸は帰ろうとする。

 

「あの、花丸さん」

「なにずら?」

 

 細められた目に俺はたじろぐ。

 

「……あの、お貸しする本、持ってきてるので……俺、もう上がりだから、五分くらい、一階で待っててくれるかな。その……立ち読みでもして」

 

 花丸はしばらくためらいを見せたが、こくっとうなずくと下におりていった。

 

 ちょうどやってきた菊池さんに仕事を引き継ぐ。

 

「これからデートかい? 里見君も隅に置けないね」

「そんなんじゃないですよ」

 

 というか明らかにおかしい。

 

「それでは、失礼します」

「うん、お疲れさま」

 

 菊池さんに一礼してからバックヤードに急いだ。

 裏口から出て、店の入口に回る。

 

 花丸はスクールアイドルコーナーにいて、目を輝かせて雑誌に見入っていた。よかった。機嫌が直ったかもしれない。

 

「花丸さん」

 

 くるっとこちらを向いた花丸はふたたび細い目に戻っていた。

 

「……」

「あの、いったん出ましょうか」

 

 花丸はうなずいた。

 

 店の外に出て、花丸に本を手渡す。

 

「あの、新しい本、です」

 

 花丸は無言で受け取る。一礼するとくるっと向きをかえて、歩き出した。

 

「あ、あの、バス停まで送るよ」

「いいずら!」

 

 花丸は速足で歩いていく。途中でやめるわけにもいかず、俺も同じペースでついていった。

 

 花丸は結構、足が速かった。あっという間にバス停につく。

 バス停でも花丸はなにもいわなかった。

 

 やがてバスがやってきて扉が開いた。乗り込む花丸の背中に、俺は声をかける。

 

「あの、気をつけて」

 

 花丸はうなずき、一瞬、振り返ろうとして――バスの扉が閉まった。

 

 バスを見送る。

 

 俺、なにか悪いことしたっけ……。それとも、やっぱり善子となにかあったのかな。

 心にぽっかり、穴が開いた気分だった。

 

        ・

 

 花丸と話ができなかったが、幸い俺にはメールがある。

 その日の晩、当たり(さわ)りのない内容のメールを書いて送った。いつもなら寝ている時間を除けば――花丸は基本、早寝早起きらしい――すぐに返事が返ってくるのだが、今日は来なかった。

 いよいよ進退きわまった。

 

 食事と風呂をすませて、自室で何度目かのため息をついたとき、机の上に置いてあったスマートフォンが着信音を立てた。

 花丸か、と思って手に取る。表示されていた相手は、善子だった。すこし落胆する。

 

 でも、今日のことと関係あるのかも。

 

 受話ボタンをタップして、スマートフォンを耳に当てた。

 

「はい、里見です」

「あんた、ずら丸に、なにしたのよ」

 

 善子は低い声でいった。

 

「えっ」

「今日、絶対なにか、あったでしょ。返答次第じゃ、ただじゃ置かないわ」

 

 厳しい口調からは電話越しでも迫力が伝わってきた。

 

「べ、別になにも」

「……本当でしょうね」

「本当もなにも……俺、花丸さんと会ったの、夕方だよ。そのとき、花丸さん、たしかにすこし、へんだったけど」

 

 善子は盛大に息をはいた。

 

「花丸ったら、今日、会ったときからなにかおかしくて……。もう、いきなり目が泳いでるのよ」

 

 はあ。

 

「さらに、なんか私に対して敬語使うし。かと思うと、じっと私のこと見てたり」

 

 ふむ。

 

「最後には『幸せになってほしいずら』って……ぜったい、里見さんが、なにかしたんだと思ったんたけど」

「心当たり、ないなあ」電話口で俺は首をかしげた。「昨日はなにもなかったんだよね」

「そうね、学院では普通だったわ」

「……津島さんが、なにかしたんじゃないの?」

「私? なにもしてないわよ」

 

 善子は心外だというように声を高くした。

 

 うーん、どういうことだろう。俺と善子、両方とも心当たりがない。昨日は普通だった。家でなにかあったのかな……。

 いや、待てよ。もしかして。

 

「津島さん、明日、アイドル部の練習ってあるのかな」

「あるわよ、朝から。九時に浦の星に集合ね」

「花丸さんは、バスでいくのかな」

「そうね、ずら丸の家からでも、結構あるから」

 

 となると、バスの時刻表を調べれば、だいたいの時間はわかりそうだな。

 

「……あなた、まさか」と善子。

「うん。花丸さんに会いにいくよ。早いほうがいいと思うんだ」

「ってことは、なにか気づいたのね。なによ」

「いや……もし間違ってたら、困るから」

 

 そのときには善子にも迷惑がかかるだろう。いや、でもたぶん、間違いない。

 

「はあ、仕方ないわね。わかったら教えなさいよ」

「うん。……もし、花丸さんが遅れたら、適当にごまかしておいてくれるかな」

「わかったわ」

 

 善子は電話を切った。

 

 よし、明日が晴れることを祈ろう。

 


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