比企谷八幡は自転車に乗る   作:あるみかん

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間が空いてしまいました。

コツコツ書いてたのが消えて心ポッキリ。

……がんばります。


雪ノ下雪乃は考える

~用語解説~

 

 

・トレイン

集団走行の隊型のひとつ。列車のように一列になって進む。先頭以外のメンバーが風の抵抗を受けにくいのでスタミナ等が温存できる。先頭はしんどい。

 

 

・先頭交代

集団走行時に先頭をあえて替わること。前述のように先頭は風の抵抗を受けたり、その上でペースを維持したりと消耗が激しくなる。

なので負担を分散させるため、先頭走者はある程度の距離や時間を走ったら後ろに下がり回復を図る。

 

 

・スピードマン

脚質のひとつ。別名ルーラー。

平地の高速巡行に長け、登り下りも決して遅くない万能型の脚質。おまけに単独巡行や、ロングスパートを可能とする脚と心肺機能が必要とされる。

……と、書いてあることは凄いのだか、実は勝てない脚質(まったく勝てない訳ではないが)。

アタックをかけて相手を揺さぶったり、先頭を走り逃げ集団をコントロールしたり、ドリンクの補給やレース中チームがばらけないようにまとめるように走るなど、レース展開を操るのが仕事。

近代レースではレーサーの技量や実力はかなり肉薄していて、また機材の性能も似通っている。その為チームを勝たせる(=エースを勝たせる)のはスピードマンにかかっていると言っても決して過言ではない。

 

 

 

 

 

 

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「作戦だったのかな。完全にしてやられたよ」

 

レース後、大学生のエースの人のお言葉である。

 

「君がアシストで小さいほうがエースだと思ったんだけどなあ。まさかあの緩い長い坂で仕掛けて単騎で逃げきられるとは思ってなかったよ」

 

「あー、ありがとうございました。一応、うちのエースはその小さいほうで間違いないっすね。俺はアシストに回ることになると思います。ただ、今回だけはどうしても勝たないといけなかったんで。正直ガチでやったらまず勝てないので徹底的に策を打ちました」

 

「なるほど。なかなか厭らしい戦術だったよ。……よかったらまたこういうレースや合同練習なんかに来るといい。君たちくらい走れるなら歓迎するよ」

 

後でラインかメールアドレスを交換しようと言い残して他の大学生の方に戻っていった。

 

正直ありがたい話だ。自分にとって同レベル以上は近くには篠崎しかいない。つまり篠崎は自分以上の者と走る機会がなかったのだ。

さらに材木座の指導。松任谷先生に任せっぱなしと言うわけにもいかない。恐らくは自分がある程度面倒を見ないといけないだろう。

そういう意味では確実に実のある練習機会を得られることはこちらとしては願ったり叶ったりだった。

 

 

ドリンクを啜り草原に大の字に転がる。

いい天気だ。サイクリング日和だな、と独り言つ。そんな八幡の顔を影が覆った。

 

「比企谷君、おっつかれー」

 

妹を伴い雪ノ下陽乃がやってきた。

 

「陽乃さん、今日はありがとうございました。かなり収穫の多いレースでした」

 

 

事実、八幡が手にした物は非常に多かった。

 

まずはイップスを克服できたこと。自在にペースを上げ下げし、スムーズな加速、力強いペダリングを取り戻せた。

 

 

次に観察力とそれに伴う戦略。

度重なる偽装アタックでついてこれる人数を減らして、更についてきた3人の脚を消耗させた。彼我の疲労度合を観察し、小刻みにアタックで揺さぶり回復を許さない。疲労や消耗は判断力を鈍らせる。何度目かの偽装アタックを篠崎が潰し、腰を降ろして一息つこうとしたその瞬間を狙って本命のアタックを繰り出すことができた。

 

八幡は集団走行が苦手である。

正確には苦手と言えるほど集団走行をしたことがなかった。

集団走行の経験値の少なさを補う為にほぼ無意識であるが、合流したときに大学生の集団走行を観察していた。

 

 

「見る」こと。

 

 

それが比企谷八幡の武器のひとつになっていた。

 

 

そして集団走行の経験の少なさがもうひとつの武器を作り出していた。それは八幡の脚質。

ぼっちライダーだったことにより産み出された高い単独巡行能力、すべてをひとりでこなさなければならなかったことにより培われたオールラウンド性能、アタックを幾度も繰り出す回復能力と心肺機能。

 

今回のレースも、偽装とはいえアタックを放置したら八幡は高い確率でそのままゴールまで単独逃げを決めていただろう。

しかし、アタックをひたすら潰し続けた篠崎らの脚は削りきられ、本命のアタックに対応できなかった。

 

 

取り戻した本来の実力。スピードマンという脚質。そして観察力による戦略、戦術。

 

 

――このアタックは本命か偽装か?

――彼我の疲労と脚はどれだけのこっている?

――比企谷八幡の単独巡行についていっていいのか?

 

心理戦と謀略。思考の沼に陥れる。

我ながら厭らしいなとも思う。

 

それでも比企谷八幡が勝つためにたどり着いた答えだった。

 

 

 

 

 

 

 

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「ほらほらー、雪乃ちゃんも労いの言葉くらいかけてあげなよー」

 

能天気な声が響く。事情を知った上でニヤニヤしながら言うものだから質が悪い。

 

「……」

 

沈黙。なんて言ったらいいのかわからないのだろうか。

しばし待つ。

 

「……」

 

尚も沈黙。しょうがない……。

 

「あ「なあ、」……の……」

 

……。

やってしまった。非常に気まずい。

横を見れば雪ノ下姉は爆笑している。

 

顔を赤くして下を向く雪ノ下妹。

 

気まずさから声が出せない俺。

 

尚も笑い転げる雪ノ下姉。

 

真っ赤な顔で涙目で姉を睨み付ける雪ノ下雪乃。

 

春の昼下がり、間違いなく俺たちは間抜けな集団になっていた。

 

 

 

「……何してるの?」

 

我が総武高校のエーススプリンター様はいいところにいらっしゃる。

 

 

 

 

 

 

 

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「いいか、あの事故に関しては誰も悪くない。何かが悪かったとしたらただただ運が悪かっただけだ。少なくともお前に非は一切ない。スクールゾーンを法定速度内で走ってた訳だからな。入院に関してもお前が気にすることじゃあない。去年だって、中学みたいにぼっちかと思ったらまさかのヒーロー扱いだ。今年に至っては自転車部やってるし、もはやリア充と言っても過言じゃねーな。学力に関してもそこで笑い転げてるお前の姉ちゃんのお陰で学年でもトップクラスだ。自転車だってそうだ。全力で走れない奴が大学生や高校選抜の奴に勝てる訳ないだろう。俺は怪我をして速くなったんだ。入院中にフォーム研究したり上半身のビルドアップしたりでな。じっくりトレーニングできる時間が出来て、むしろありがたいとすら思ったね。それでもどうしても負い目があるって言うならマネージャー業をしっかりやってくれ。以上。反論は認めん!」

 

 

一息に言い切ってやった。前を見ればポカーンとした雪ノ下妹。横を見れば

 

「捻デレだ、捻デレがいるぞ」

 

とニヤニヤしている雪ノ下姉。んな変な造語教えたのは小町だな。小町許すまじ。

 

篠崎に至っては去年のことなど知るよしもないので興味もないのか草むらでバッタ追っかけてやがる。

 

……だんだん恥ずかしくなってきた。

 

「篠崎ィ!練習するぞ!」

 

そう叫び自転車に跨がり駆けていく。

 

 

 

 

 

 

 

 

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「……比企谷君は行っちゃったね」

 

いつの間にか傍らには篠崎ミコト。手にはトノサマバッタ。

 

「雪ノ下さんと比企谷君の間に何があったかは知りません。

でも、比企谷君、材木座君含めて僕らは仲間です。一緒に頑張りましょう」

 

さて、比企谷君を追っかけないと、と言い残して彼もまた愛車に跨がり走っていく。小さな子供みたいなキラッキラした表情で。

 

「あの子も比企谷君と同じ顔をするんだね」

 

姉の声が聞こえる。

 

「比企谷君はね、確かにイップスだったんだよ。」

 

顔はあげない。

 

「ここ一番で思うように走れなくてもがいてる姿を何回も見たよ。

それでも比企谷は雪乃ちゃんが自分を許せるようにって、怪我の影響なんてこれっぽっちもないんだって見せつけないとこのままだと雪乃ちゃんが潰れちゃうって。

 

知らなかった。敵意の目で見られると思っていた。いっそのこと罵倒してほしいとまで思っていた。

 

それでも彼は自分の問題を抱えてまで私の力になろうとしてくれていた。

 

彼だけではない。篠崎ミコトもまた、何も聞かずにただ「仲間」だと言ってくれた。

 

「さっきは笑っちゃったけど、あれはきっと比企谷君の本心だよ。そして今日比企谷君は、他の誰でもない雪乃ちゃんの為に走ったんだよ。」

 

姉の言葉が離れない。

 

「今まで雪乃ちゃんにもいろいろあって、あの子達の言うことを心から信じられないのもわかるよ。

でもいつか、心から信じられる仲間ができるといいね」

 

視界が歪む。

 

臆病で卑怯な自分を許してくれた優しくもひねくれた少年。

何も聞かず、それでも仲間と認めてくれた小柄な少年。

滲んだ視界で見下ろすと彼らは競い合い走っている。

 

――彼らなら信じてみてもいいのかもしれない。

 

2人が帰ってきたら伝えよう。

 

 

許してくれて、仲間といってくれてありがとうと。

 

 

 

 

 

 

 

 


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