三食おかゆはもう飽きた……
夕暮れの部室。眼をあわせみつめあう目付きの悪い男子と儚くも美しい女子。彼女の小さな口が開き、紡がれた言葉は
「ごめんなさい」
旋毛を見せるほどに折られた細い腰。
そんな彼女から
(ああ、やっぱり陽乃さんによく似てるな……)
彼は眼を逸らすことができなかった。
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時はちょっとだけさかのぼる。
四人がそれぞれ兼部することになり、お互いに自己紹介(材木座が緊張のあまり素になっていた)をしてこの日は解散。のはずだった。
「比企谷と雪ノ下は少し残れ」
松任谷先生からのお達し。理由を聞けばお互いの部の行動内容の擦り合わせ、活動方法などを決めろとのことだ。
なるほど、奉仕部なんて何をするかまったくわからんし、ともすれば健全な男子高校生なら卑猥なことすら思い浮かべてしまう。
真面目な話、自転車部側3人がロードに出ているときなどに奉仕部の活動を予定に入れられてもお互いに困るのは目に見えている。
雪ノ下曰く、奉仕部とは自己の向上の努力を促しその助力をする部活とのことだ。ボランティア部とは違い、自ら率先して動くのではなく基本的には依頼を受け、依頼者自身に行動をさせる。奉仕部は依頼者の手伝いをするのだろう。
「依頼がないときは?」
「特にすることはないわね」
「なら提案がある。奉仕部の依頼受け付けの時間をきめてそれ以降の時間を自転車の練習に充てるのはダメか?」
「そうね……。ではとりあえずは16:30までは部室待機、その時間は各々自由。できるならなるべく静かにしてもらえると嬉しいわね。それからはロード?だったかしら?外に出るのよね。その間にマネージャーとしての仕事をしてあげる」
「そりゃ俺たちにとっては願ったり叶ったりだが……いいのか?」
「ええ、ただ、依頼があったときは時間がずれ込むこともあると思うから」
「了解、他二人にも伝えておく」
「…………。それと」
貴方に謝らないといけないことがある。
雪ノ下は真剣な眼差しでこちらを見据えてそう言った。
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「貴方がどれだけリハビリに費やしたか姉さんに聞いたわ」
「遠くからだけど、姉さんと一緒に貴方のレースの姿も見たわ」
「そこで思うように走れないのか苛立つような貴方も見た」
「きっと事故に遇う前の貴方ならこれくらいの坂道軽々と上っていく」
「そう気づいたら貴方に会うのが怖くなったの」
「貴方の積み重ねた努力をふいにしてしまった」
「そう怒られることが、罵声を浴びせられるのが怖くなって謝りにすら行けなかった」
「ごめんなさい」
「ひどい目に遭わせてしまってごめんなさい」
「貴方の努力をふいにしてしまってごめんなさい」
「謝ることすらできなくてごめんなさい」
「弱くて、卑怯な人間でごめんなさい……」
彼女の本心からの懺悔だった。
高潔な人間なのだろう。
勿論怪我をさせたことに負い目があるのだろう。
それ以上に彼女曰く卑怯とされる方法を選んでしまった自分が許せないのか。
「気にするな……と言っても気にしちまうよな、そんな性格してりゃ」
考えろ。
彼女が自分を赦せるようになるにはどうしたらいい?
言葉で言ってもダメだ。彼女は俺が思うように走れない姿を見ている。
なら……
「すまん、少し電話してくる。待っててくれ」
通話履歴から目当ての名を探しリダイヤル。
短い呼び出し音の後から聞こえてくる底抜けに明るい声。
「比企谷君からかけてくるなんて珍しいねー。お姉さんの声が恋しくなっちゃった?」
……相変わらずのお方だ。
「お願いがあります。力を貸してください」