「な、んで……」
賢一にしては珍しく、言葉に詰まった。言葉が出なかった。それはそれだけ唐突で、驚愕の質問だった。
求めていた物だった。居なくなってから、一時すらも忘れられない名前だった。大事な大事な、愛しい息子――
「菜月昴は――俺の、息子だ」
絞り出すように、掠れた声で賢一は答えた。
目の前の美しい少女は、何かを知っている。ずっと昴を見てきた賢一と菜穂子さえも知らない、消えた昴の、大事な何かを。
思わず、縋るような目で賢一はエミリアと名乗った少女を見つめる。昴の部屋に貼ってあるポスターに描かれた銀髪の少女達。そんな昴の理想とも言える少女が目の前に居て、その少女が昴の何かを知っている。どんな偶然だろうか。
エミリアは、賢一の答えに不安げな顔を一変、嬉しそうに緩めた。
「うん、やっぱりそうだったのね。改めて初めまして、スバルのお父さん。スバルにはいつもいつも、助けられてもらってます」
生きているのか、どこに居るのか。聞きたいことが沢山溢れてくる。それをぐっと賢一は精一杯顔や行動に現れないよう抱き締めて、
「質問していいって言ったのに質問を返すのは悪いと思ったんだけど、一つだけ訊きたい事が出来た。いいか?」
「うん、なんですか?」
「――昴は、元気か?」
ただそれだけを訊いた。それだけに詰まった想いは、どこまでも深く大きく重かった。
エミリアはその質問に、暫く考えた後少しだけ顔を伏せて、胸の前で手を組んだ。その仕草に恐怖を覚える賢一。
「その……私、スバルにいっぱい迷惑かけてて、そんなスバルに何度も何度も助けられて……でもそれだけ、スバルはいつも傷付いて…」
エミリアはぐっと唇を噛んだ。
「元気か、と訊かれると自信は無いわ。いつも前に立って、傷付いて、走り回って、魔法も使って――スバルの身体はボロボロなの。でも――」
エミリアは思い返す。必死に苦難に食らいついて、どうしようもない状況でも頭を回し。強くないのに、誰よりも強い彼の、真剣な顔を。それを乗り越えた時の、優しい笑顔を。
「スバルの嬉しそうな笑顔が、私は好き」
質問に対する答えとしては、赤点と言っていい。けれど、その優しげなエミリアの笑顔に、賢一は満足な答えを得たと感じた。
「そう、か……」
ぐっと、賢一は歯を食いしばる。彼は手で顔を押さえて上を見た。
「そうかぁ………」
ずっと探していた。この一年、必死になって、昴を探し回った。何の手がかりも無いまま、一日、一週間、一月、半年と過ぎていった。息子が消えた世界は、今まで見えていた全ての色がセピア色に染まっていた。
そんな世界に唐突に現れた銀色の少女は、全てを一変させた。世界が色付いた。どんな友好関係が増えても、広がっていくだけのセピア色が、一気にあらゆる色に染まっていく。
「良かった……」
昴は生きている。精一杯、足りない頭を動かして頑張っている。笑顔を見せられる相手が居る。その笑顔を好きと言ってくれる人が居る。
「――昴はやっぱり、俺の子だな」
涙ぐむ目と震える声を隠して、賢一は小さく呟いた。
☆☆☆
「ただいま、菜穂子」
「おかえり、賢一さん……その子は?また新しい友達?」
賢一はあの後、エミリアともっと細かい話をするために家へ招いた。菜穂子にも聞いてほしかった。
ほんの少しずつちうちうとマヨネーズを吸っている菜穂子は、エミリアを見るとそう尋ねる。昔はかつがつマヨネーズを飲み込んでいたが、そんな元気は無いのだ。エミリアが答えようとするのを賢一が制す。
「いいや、俺の友達じゃないぜ、菜穂子。――昴の、友達だ」
「――――――え?」
昴に、友達と呼べる友達は居ない。中学の頃は居ると法螺を吹いていたが、そんなことは菜穂子にすら分かっていたし、高校なんて引きこもりになった時点で丸わかりだ。
「友達……うーん、どうなんだろ、友達?でも主従でもあるし、大事な人で――こ、こいびと…まではいかないし……」
小さくぶつぶつと呟くエミリア。恋人、の辺りで顔を朱に染めるのが可愛らしい。呟きは賢一の耳にも届いていた。主従や、恋人やら気になる単語が聞こえたが、それは後回しだ。
「昴の友達だ。一年前からの、な」
「――――」
二の句が告げない菜穂子に、賢一はゆっくりと理解させるべく端的に言う。
「昴は、生きてるよ」
「そ、そんな……だって、賢一さんだって手がかりも掴めないって」
「あぁ。だけど見つけたんだ、手がかり」
ぽん、と賢一はエミリアの肩を叩く。こくりと頷いてエミリアは少しだけ前に出た。
簡単な話は聞いている。スバルが行方不明になって、一年が経っていて、音沙汰が無いこと。目の前にいる彼女が、スバルの母である菜穂子であること。
「えっと、初めまして、スバルのお母さん。私はエミリア。一年前からずっと、スバルに助けられ続けてきた。スバルのおかげで、私は今ここに居る」
「エミリア、ちゃん」
菜穂子が名を呼んで、エミリアの顔を見る。それをエミリアも見つめ返した。
老け込んではいるが、昔から変わらない不機嫌にも見える悪い目付き。スバルはこの目を受け継いだんだろうと場違いにもエミリアは思った。
「あなたの言うスバルは、本当に私達の昴の事?」
「えっと、私の知ってるスバルは、こう……目付きが凄く悪くて、黒髪で、髪の毛はスバルのお父さんみたいに逆立てて…」
エミリアは目端をぐいーんと手で釣り上げてスバルを真似ようとする。更に、エミリアは人差し指を立てて腕を天に伸ばした。
「それで、スバルのお父さんがやったようにこう言うの『俺の名前は、ナツキ・スバル!』って」
「――――――」
菜穂子は、そんなスバルの真似をしたエミリアと、スバルが重なって見えた。