エミリアたんの地球生活   作:月茶禾

3 / 4
この回は菜月賢一視点から始まります。
最後の方にちょっとだけ追加。ポエムっぽくなった。


2.奇跡の出会い

菜月家の長男であり一人息子である、菜月・昴が行方不明になってから、一年が過ぎた。

 

コンビニでの買い物以降、一切の足取りが掴めなくなっており、警察もお手上げだという。

 

菜月家の大黒柱である、昴の父、菜月・賢一は、彼の凄まじいコミュニケーション能力によって得たあらゆる伝手を使って探すも、やはり一切の手掛かりも掴めなかった。

 

あれから、賢一の妻であり昴の母である菜月・菜穂子は、酷く気を落としていた。それもそうだろう、ただ一人の息子が忽然と姿を消してしまったのだから。

 

元は不機嫌さを漂わせるような鋭い目をしていながらも、その実何も考えていなかった顔付きも、今は疲れ切った顔をしている。一年前と比べて随分と老け込んでしまっていた。

 

賢一はそんな菜穂子を毎日慰めながら、それでも表面上は何もなかったかのように毎日を仕事に励んでいた。貯金はあるものの、毎日を怠惰に過ごすわけにもいかなかった。昴の手掛かりのために他人との関わり合いを今まで以上に増やし、帰って来れば菜穂子を慰める。インターネットをも通じて昴を探し、何もない事に悔しげに歯を食いしばる。そして疲れ切った精神を癒すように泥のように眠る。そんな毎日を送り、なんの手掛かりもないまま気付けば一年が経っていた。

 

菜穂子は当時よりは落ち着いたものの、やはり事あるごとに昴を思い出してはぽろぽろと涙を零す日々。

 

しかし、賢一は諦めていなかった。信じきれていない、とも言い換えられる。いくら探しても一切の手掛かりもない日々を重ねながら、賢一はそれでも昴を探していた。

 

その日は、仕事先に有給を押し付けられる形で休みになった。疲れ切っているのが上司からも丸見えだった。

 

菜穂子と共に朝食を摂る。あれから、マヨネーズの消費量も極端に減っていた。

 

朝食の食器を片付けると、賢一は小一時間の食休みを挟んで家を出た。冷蔵庫には食材が余り残っていない。それに、なんとなくこのままじっとしていられる気分では無かったのだ。

 

季節は秋。冬になり始めてるこの時期は、もう厚めのコートを着ても良い程に冷えていた。

 

外に出た賢一は、はぁと吐息を漏らす。今日は特に寒いようで、まだ秋だというのに白い息が見えるようだった。

 

「おうケンさん、朝なのに珍しいな。ついに仕事クビになったんか?」

 

「馬鹿言え、俺がそんなヘマするかっての。有給使えって押し付けられたんだよ」

 

通りがかった近所の人とすれ違うと、賢一はいつも通りを心がけて軽薄に笑う。とはいえ、近所の人達の多くは何年も前から顔見知りだ。賢一が未だにソレを引きずっているのはよく分かっているだろうに。それを表に出さず、軽口をたたき合う。そんな気の使われ方も、非常に心苦しかった。

 

近所で見知らぬ人は一切居ないとばかりに、会う人会う人、賢一は軽薄に笑って挨拶を重ねる。

 

行き先は決めていない。気の赴くまま、賢一はすれ違う人達に軽口を叩きながら歩を進めると、ふと賢一に相談を持ちかける顔見知りの女性が居た。

 

先んじて明確に否定しておくが、決して浮気などではない。賢一の携帯には男、女に関わらずあらゆる年代の人の連絡先が詰まっている。それは純粋にあらゆる人との繋がりを持つ趣味であるし、昴を探すための打算もあっての繋がりだ。賢一が愛を注ぐのは、ただ2人――菜穂子と息子の昴だけだ。

 

「外国人?」

 

「ええ、そうなのよ。綺麗な銀髪に、紫色の瞳をしていて、凄く綺麗な女の子だったわ。あんな目立つ子なのに、初めて見たから――賢一さんは何か知らない?」

 

妙齢の女性は、そんな少女がこの先の大通りに居たと話す。銀髪で紫の瞳の美少女。あらゆる人と知り合っている賢一だが、その容姿は記憶には無かった。

 

「いや、知らねぇな。確かに外国人の知り合いも居るが、銀髪の女の子とは珍しいな」

 

「でしょう?それに、あちこちをキョロキョロして挙動不審だったし、なんだか見たこともない服を着ていたわ。ああいうのが、こすぷれ、というのかしらね」

 

「コスプレした銀髪少女か、それはもう知り合いになるしかないな!」

 

「ええ、そう言うと思ったわ。歩きなれてないみたいだったし、案内してあげると良いわ。それじゃ、私は行くわね」

 

「おう、情報感謝するわ。何かして欲しいことがあれば頼ってくれよ、今日のお礼だ。いつでも駆けつけるぜ」

 

「何も無くても頼み事を聞いてくれるくせに――ええ、何かあれば連絡させてもらうわね。それじゃ、また」

 

妙齢の女性は穏やかに笑うと踵を返して歩き去っていく。それを見届けた賢一は、先程の話を思い出しながら歩き出す。

 

銀髪の少女の話――しかし、賢一の頭にあったのは昴の事だった。昴の部屋には、いくつかのポスターが貼られている。漫画やライトノベルも嗜んでいた昴だったが、その中でもお気に入りの女性キャラは、大体が銀髪の少女であったことを思い出したのだ。

 

大通りに出ると、多くの話し声が聞こえる。やれ凄い美少女だっただの、やれ綺麗な銀髪だっただの、やれ不思議な服だっただの。先の女性の話から察するに、どれもこれもその銀髪の少女の話題らしかった。

 

賢一はその大通りを進んでいくと、少し時代ハズレなガラの悪そうな男達がその少女を囲っているのを見た。

 

とはいえ、あのガラの悪い男達は賢一の知人だ。少々顔付きが悪く不真面目だが、強引に少女に迫るような奴らでも無かった。事実、囲ってはいるものの決して手を出そうとしているわけでは無くなにやら会話をしているようだった。

 

ガラの悪い男達に囲まれている少女を見る。美しい少女だった。

 

腰まで届く長い銀色の髪に、澄んだ紫紺の瞳は理知的な光を宿している。少々つり目がかった目つきを持っているが、柔らかい雰囲気がその目つきを誤魔化している。真っ白な装束は、この国の市販の物とは思えない奇抜なデザインをしていて、彼女の豊かな双丘を目立たせるように開いた胸元と、振袖の様に長い袖。何かのアニメのコスプレと言われればなるほどと頷ける衣装はしかし、美しい少女によく似合っていた。

 

ガラの悪い男達に囲まれている少女だが、彼女の紫紺の瞳に映るのは恐怖ではなく困惑ばかり。それを不思議に思いながらも、賢一はそこに割って入ることにした。

 

「おう、何やってんだお前ら」

 

「あ、ケンさん!」

 

「お久しぶりですケンさん!」

 

子分のように頭を下げてくる男達。賢一は溜息を吐いた。

 

「お前らさぁ、なんで1人を囲んでるんだ?お前らみたいなのに囲まれたら怖いってなんでわかんねぇの?」

 

「いえ、下手に飛び出して危ない目にあったらいけないと守っていただけです!」

 

「それが囲って苛めてるようにしか見えねぇんだよ、もう少しお前らは顔とやり方考えろ」

 

「顔は変えられません!」

 

賢一はさっさと囲んでいた男達を纏めて少女から引き離す。顔と頭の悪い行動で誤解されがちな彼らだったが、一応は彼らも人助けのつもりだったのだ。

 

「こいつらが悪いね、お嬢さん」

 

「ううん、囲まれた時は一瞬何事かと思ったけど、親切にしてくれたから大丈夫よ」

 

薄紅の唇から溢れた言葉は、銀鈴のような声音だった。聞くだけでも心が癒されるようだ。

 

銀髪の少女は、言葉通り囲まれていたことなど全く気にしていないようだ。美しい声音からも、優しい雰囲気からもそれが伝わってくる。それでも少しだけほっと安堵したのが伝わってきた。

 

「そうかい、そりゃよかった。――んじゃまあ、色々聞きたいことはあるけど、まずは自己紹介からだな」

 

賢一はそう言うと、驚かせないようにゆっくりと右手を上に上げて、頭上を指差して名乗った。

 

「――俺の名前は、菜月・賢一。美しいお嬢さん、貴方の名前を聞いてもいいかな?」

 

その名乗り方。そして、その名前を聞いて、銀髪の少女――エミリアは、その紫紺の瞳を大きく見開いて揺らした。

 

多くの人が住むこの街の中。顔も何も知らない相手。それでも実は一つの繋がりがあって。しかし、この人が多い国において、彼女が彼と出会えた。

 

「……私はエミリア、ただのエミリアよ。その、ケンイチさん、最初に一つ、聞いてもいいかしら」

 

「エミリアね、いい名前だ。それで、俺に答えられることならなんでも答えるぜ、一つと言わず何でも聞きな」

 

こくり、とエミリアは頷くと、何気ない様子で、尋ねた。

 

 

「――ナツキ・スバルという名前に聞き覚えはない?」

 

 

あらゆる要素はあっただろう。エミリアがスバルの人となりをよく知っていたこともあるし、賢一が多くの人との繋がりを得たことで見つけることができた。

 

それでも、エミリアがこの世界に来たことは偶然であったし、神の悪戯だったかもしれない。賢一が今日に限って仕事が休みだったというのもある。

偶然と、必然が絡み合い、その出会いを生んだ。

 

きっとそういう物を、奇跡と呼ぶ。


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。