「――リア、リア、起きて、リア」
エミリアを呼ぶ声が遠くから聞こえる。声が遠くて聞き取りづらく、声色だけで誰かを判断することはできない。けれど、自分をリア、と呼ぶのはただ一人しか存在していなかった。
「……パック」
「リア、起きたかい?体はどこか痛まない?異常は無いかい?」
その声に、エミリアは身体を起こす。どうやら、自分は倒れていたらしい。
「身体の方は大丈夫みたい。パックは?」
「ボクの方も何ともないよ。身体は充分に動く。ただ――」
エミリアの心配に、パックは溜息を吐いて辺りを見回す。
「どうも、ここらへんはマナが全く無いみたいだ。精霊もボク以外はいないみたい」
確かに、周囲にいつも感じていたマナの感覚が一切なく、なんだか非常に不安になる。
「魔法は使える?」
「リアの魔力だけを使えば、なんとかって所だね。少なくとも今のボクには無理そうだ。ここじゃあ切り札も使えそうにない」
昔は精霊魔法しか使えなかったエミリアだが、今ならば自らの魔力を消費する魔法を操ることが出来る。パックが魔法を使えないので不安ではあるが、一応の自衛は出来そうで安堵する。
「ただ、余り魔法は使わないほうがいいね。ここの近くを通った数人を確認してみた所、ゲートが一切使われてない。使われた形跡が一切無いみたいなんだ」
「それって、魔法を使う事が無いってこと?」
うん、とパックは頷くと、辺りをぐるりと首を回して見た。
「あとは、場所が全く分からない。ここは一体どこなんだろうね、見た事もないものばかりだ」
パックの言葉に、ハッとなって辺りを見る。随分と小さな広場だ。小さな遊具があることから、ここは公園であることが窺われるが、エミリアに分かるわけがなかった。
幸い、ここは寂れた小さな公園であり、しかも平日の昼前だ。ほとんど人気は無い。
公園から出たエミリア達は、踏みしめる地面に違和感を覚えて下を見る。地面はコンクリート――石畳や土では無い。継接ぎの殆ど無い舗装された硬い地面に、ブーツでこつこつ叩いて感触を確かめる。
「初めて見るものばかり」
「そうだね、ボクでもこんなものは知らない。ここはどうも、ボク達とは全く違う文化があるようだね」
「パックが知らないなんて、ここは一体どこなのかしら……」
「ボクだって知らないものはあるよ、リア。例えば彼の言う事の多くをボクは知らなかったからね」
今はもう、スバルの事はエミリアは言わずもがな、パックですら認めている。スバルは今まで自分を犠牲にして何度も何度も苦難を乗り越える為に必死に足掻き、頑張ってきたことをエミリアは知っていて、それを認めなきゃ嘘だ。
「ここにずっと居ても仕方ないわ。とりあえず動きましょう。ここは人が少ないみたいだけど、きっと人がいっぱい居る所もあるはずよ」
「そうだね、賢明だよリア。ただ、ここは完全に文化が違う場所だ。気は抜かないようにね。悪いけど、ボクはここでは君も守れないから特に、ね」
「大丈夫よ。私だって修行してすごーく強くなったもの」
ぐっと細い手で拳を作って張り切るエミリア。そこに不安の色は薄い。きっと帰れると、根拠のない確信があった。
そんなエミリアを見るパックは、彼女が真に強くなっている事を知り、嬉しくもあり、寂しくもあり、そしてそれを起こした少年の影を見て、複雑な気分だった。
☆☆☆
「わっ、わっ、なにこれ、すごーい!」
人の気配がある方に向かうと、大通り――車がひっきりなしに通る道に出る。パックは身を潜めている故に、彼女は今、はたから見れば1人だ。
胸の開いた真っ白な服に、美しい銀髪。容姿端麗でありながら地球において奇抜な衣装をした美少女は、注目されるのは当然のことだった。
尤も、そんな事は全く気にしていないエミリアは、大通りを走る車に夢中だ。
元々、銀髪でハーフエルフである彼女が注目されるのはいつものことで、慣れてしまっている。とはいえ、ルグニカとは違って嫌悪感は一切見えず、好奇心による注目だ。
「なんだろう、あれ、馬車よりもずっと早い。鉄の塊……?」
『あの鉄の塊、中に人が乗っているね。どういう原理なのかは全く分からないけど、馬車に似た目的のものなのだろうね』
パックが念話で伝えてくる。その言葉に、何か引っかかる節があって、エミリアは首を傾げた。
「鉄の塊、馬車――」
どこかで聞いたことがある気がしたのだ。何か取っ掛かりはないかとエミリアは車から目を外して、辺りを見る。ここまで来る時にも見た、まるで見たこともない不思議な建物が数え切れないほど遠くまでいくつも建っている。
建物やよくわからない柱に貼られた、本物と見紛う精巧な人のイラストに、ふにゃふにゃごちゃごちゃとした不思議な文様――文字。
「あっ」
そう、そうだ。ようやくエミリアは思い出す。あの文様を見て、ようやく思い出した。
『何か分かったかい?』
「わかったわ!そうよ!スバル!あそこに書かれている文様も、鉄の塊――車も!全部スバルが知っていたわ!」
スバルは、話のタネに困ると、星の話の他、スバルの故郷の話もしていた。とはいえ、彼はあまり家族の話はしなかったけれど、故郷にあるあらゆるものの話をしていたのだ。そこに、鉄の塊の話もあった。
そして、あの文様は、ルグニカの文字を勉強している時に時々書いていたそれだ。
そういえばと周りを見渡し、ちらちらこちらを見る人々を見る。殆どの人たちが、黒い髪をしている。時折茶色やもっと奇抜な色も居るには居るが、大半は黒髪だ。肌も、ルグニカの人たちとは違って、黄色が強い。
「どれも、スバルと……」
鉄の塊、文様、黒髪、黄色肌。ここまで共通点があれば、流石にエミリアでも気付く。つまり、ここは。
「スバルの、故郷……」