「おめとうございます、ゆんゆんさん。元気な女の子ですよ」
部屋中に響く元気な赤ちゃんの声。生まれたばかりの私の娘の声に、上がっている息に安堵の色を混ぜる。
死ぬほど痛くて苦しかったけれど、私はちゃんとこの子を産んであげられたらしい。この子は頑張って私たちの元に生まれてきてくれたらしい。
「あり…がとう、ございます。はぁ…ふぅ……、レインさん、フィーベルさん、ルナちゃん……」
息を出来る限り整えながら、私は手伝ってくれた人たちにお礼を言う。
どれくらいの時間が経ったか分からないけれど、その間ずっと助けてくれたことには感謝しかない。
フィーベルさんとルナちゃんは疲れ果てて床に座り込んでるし、レインさんもよく見ると汗で服を濡らしている。
「どういたしまして。こちらこそいろいろ勉強になりました」
優しい笑みを浮かべながら、レインさんは私に回復ポーションを差し出してくれる。それを受け取り一口飲んでから私は気になっていたことを口にする。
「ふぅ……。それでレインさん。実際どれくらい時間がかかりました?」
「初産にしてはかなり早かったですね。3時間ちょっとってところでしょうか」
すごい長い時間経ったと思ったけど、まだそれだけしか時間経ってないんだ……。
「…………、どうしますか? 回復ポーションもありますし、高レベル冒険者であるゆんゆんさんなら、今からでも様子を見に行くくらいなら不可能じゃないですよ?」
それはまだダストさん達が戦っているということで。本音を言うなら無理をしてでも駆け付けたい。
「いえ、大丈夫です。私はこの子と一緒にここで待っています」
元気に泣き続ける私の娘。隣にあるその小さな体を見守りながら、私ははっきりとそう答える。
「信じていますから。ダストさんのこと」
見送ったダストさんは私が世界で一番信じられるチンピラさんだったから。
「信じていますから。私の親友と友達のことを」
だから、私は待つ。私の大切な人たちが『ただいま』と帰ってくる時を。
その時に『おかえり』と一番に言ってあげるのは私の役目だと思うから。
──ダスト視点──
「悪いな、ジハード。出来ればお前のためにもこの手は使いたくなったんだが、『切り札』なしで今の死魔を倒すにはこれしかないからよ」
ジハードは優しいドラゴンだ。それを考えれば『奥の手』を使うのはジハードを傷つけてしまうかもとも思う。
それでも、俺の最高に可愛くて賢い娘兼相棒は、俺と同じ気持ちでいてくれると信じられるから。俺の選択を理解してくれると信じている。
「策があるようだな、最年少ドラゴンナイト! いいぞ、それでこそ俺が認めた騎士だ!」
「なんで、面倒なことになりそうなのに嬉しそうなんだこのおっさん。はぁ……一人で突っ込むんじゃねぇぞ? お前の尻拭いをすんのは俺なんだからな」
何故か嬉しそうなベルディアとそんなベルディアにため息をつくハンス。
「別に策って言えるほどのものじゃないけどな」
『奥の手』にしろ『切り札』にしろ力押しの極致だし。策なんて言えるような上等なものじゃない。
「だが、お前らや死魔を一気に倒すには十分な手だ」
優雅さの欠片もない手だが、だからこそその手は『切り札』を除けば間違いなく最強を誇る。…………同時に最凶の手でもあるから、条件揃わなきゃ自分たちを滅ぼしかねない手でもあるんだが。
「ふふっ……。私を倒すとは面白い冗談ですね。本気で公爵級の悪魔に勝てるとでも思ってるのですか?」
「お前以外の公爵級悪魔には別に勝てるなんて思ってねぇよ」
『切り札』を使わない限り、俺に公爵級悪魔を倒せる手はない。だが、死魔だけは別だ。こいつにだけは『切り札』なしでも条件次第で勝てる。
「舐められたものです。あなたがまだ生きているのは私が手心を加えているからというのは分かっているでしょうに」
「ああ。そしてだからこそお前は今日滅びるんだ」
地上での戦いも、この地獄での戦いも。死魔はいつでも俺を殺せるだけの力を持っていた。
だというのに、死魔は今日ここで俺たちに滅ぼされる。それはきっと──
「来いよ、死魔。お前のすべてをもってかかってこい。俺らはそれを超えてお前を滅ぼしてやる」
「…………、いいでしょう。私のレギオン全軍をもってあなたを殺し収集させてもらいますよ、最年少ドラゴンナイト」
数えきれないほどのレギオンが死魔の影から分かれ姿を成す。死魔がレギオンにするくらいなのだからベルディアやハンスほどじゃなくとも、その全てが上級悪魔クラスの力を持っているんだろう。
悪魔の種子の性質を考えれば、きっとベルディアやハンスを超えるような個体もいるだろうし、地上の惨状を考えれば、これでもまだ全てを出していないことも分かる。
七大悪魔。その名に恥じないだけの力を死魔は確かに持っている。リーンが傍にいた今回の戦い。旦那やアクアのねーちゃんが到着する前に本気を出されてたら俺は『切り札』を切らざるをえなかっただろう。
「さぁ、遊びは終わりです」
「ああ、お前との因縁を終わりにしてやる」
本気のレギオンが迫る。それは数の暴力。強き個をも飲み込む他力の極致。
ベルディアが、ハンスが死魔の命に従い他のレギオンとともに襲ってくる。
それはミネアやジハードに対しても一緒で、特にジハードにはその能力を恐れてか、ドレイン能力のあるアンデッド達が一斉に襲い掛かっていた。
さっきまでの状況でも一進一退だったのを考えれば、倍以上に増えたそれに
だから…………ごめんな、ジハード。俺の……俺たちの大切な奴らを守るために、お前の
「──『本能回帰』」
────
『ゴルルルオオオオオオオオオアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!!』
ブラックドラゴンはどんなドラゴンよりも凶暴、凶悪。
ジハードはそう評される『本能』を生まれるときにラインによって封印されている。
『本能』の封印。それがドラゴンにとってどんな意味をするかと言われれば牙を抜かれるようなものだろう。『本能』とは本来、その種が生存するためにある大きな武器なのだから。だからこそ、ドラゴン使いの多くは普段はドラゴンの本能を封印していても、ここぞと言う時には『本能回帰』を使いそれを解放する。
『ガルルルルッ! ググッ!』
ジハードに噛みつかれたアンデッドのレギオンが一瞬でその影の身体を失い霧散する。魔力で構成されたその身体がジハードのドレイン能力により根こそぎ奪われたのだ。
「っ……これが、本来あのドラゴンが備えていた力ですか。リッチーや真祖のヴァンパイアクラスでなければ抗うことすらできないドレイン能力」
もともと、純潔のドラゴンとドレイン能力の相性は良すぎると言っていい。魔力の塊とも言われるドラゴンは生物の中で間違いなく最高の適性を誇る。
生物に限らずとも、それに比するのは同じく魔力の塊と評される精霊か、生粋の悪魔や神々くらいだろう。
普段のジハードはその優しい性格ゆえに、その能力のすべてを発揮しきれていなかった。だが、本来の牙を取り戻した今、それはただのアンデッドのドレイン能力など歯牙にもかけない吸収能力を発揮する。
「……ドレイン能力で競うのは分が悪いですか。なら、精鋭集団で──っ!?」
侯爵級悪魔クラスの力を持ったレギオンたちが協力し、荒れ狂う暴虐の化身を処理しようと動く。
「ミ…ネアが、傍にいるんだ。……簡単に、やらせるわけ、ねぇ……だろ……」
だが、それをやらせまいと動くのは白銀のドラゴン。守ることに特化したシェイカー家のドラゴンは、妹の様であり姪の様でもある黒竜が集中攻撃を受けぬようにレギオンたちをかく乱する。
そして、その間にジハードは着々と止められない化け物へと変貌していく。
「ドラゴンたちを攻め切るのは難しそうだな、ハンス」
「みてーだな。てなると、こっちをどうにかするしかねぇか。……しかし、さっきからあいつ様子がおかしくねーか?」
レギオンを捌いているラインだが、その様子は明らかにおかしい。大きく息が荒れているのは、疲れから来ているものではないだろう。
(ぐっ…………、やっぱ、きちーな……)
自分の中で荒れ狂う衝動を押さえながら、ラインは自分に襲い掛かるレギオンたちへの対処をギリギリでこなす。
『本能回帰』。『奥の手』とも言えるそれを出し渋っていたのは何もジハードの気持ちを想っていただけではない。その制御が本当に出来るのかライン自身も自信がなかったからだ。
ブラックドラゴンの持つ凶暴凶悪な本能。それは魔力が増え強大なドラゴンへとなっていくほどに増す。封印されている状態であれば、ラインはそれを何とか制御していた。だが、『本能回帰』されたそれは、問題なく制御されていたそれとは比べ物にならないほどに暴虐だ。
殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ
奪え奪え奪え奪え奪え奪え奪え奪え奪え奪え奪え奪え
壊せ壊せ壊せ壊せ壊せ壊せ壊せ壊せ壊せ壊せ壊せ壊せ
嬲り殺せ蹂躙しろ切り裂け喰い破れ絶望の底へ堕とせ
自分のものでない残虐な本能。それが心の声となってラインを蝕む。ジハードが魔力を奪い強大な存在になっていくほどに、残虐な本能と本来の自分の境界が曖昧になっていく。
それはきっと、ある程度の衝撃を受ければ完全に混じりあってしまうような状況で。
「しまっ──!?」
本能に抗いながらの戦闘。そこに出来た隙に受けた普通であれば致命傷とも言える傷。その衝撃は完全にライン本来の意識を奪い、
「──あああああああああああああああっ!!」
本能へと体を明け渡した。
「……まるで獣だな」
自分のものじゃない本能に任せ戦うライン。策もないただ力任せに暴れるだけのそれは、けれどレギオンたちの魔力を奪い蹂躙しつくす。
「上級悪魔程度では相手にならないか。…………少しばかり残念だが、仕方あるまい」
これはもう騎士同士の戦いではない。騎士と獣の戦いだ。それに少しだけ残念に思いながらベルディアは見るに堪えない醜態をさらす竜騎士を倒そうと目にも止まらない速さで迫る。
「終わりだ、最年少ドラゴンナイ──っ!?」
大剣のものとは思えない連撃。それは獣を切り刻み、致命傷を与えた──はずだった。
「っぐ……がああああっっ!!!」
だが、それでもラインは止まらない。傷など受けていないように、変わらず荒々しく暴れてベルディアに槍で力押していく。
そして、実際今のラインに傷はなかった。ジハードの回復能力。それがラインに無限の治癒を与えていた。
「下がれ、ベルディア! 先に槍を対処する」
獣のようなライン。その厄介なところは魔力を奪う能力と自己再生。そして変わらず槍を使って戦っていることだ。今代最強の槍使いは獣に堕ちてなおその槍捌きを失っていない。
「悪いが、その大事にしてた槍を侵させてもらうぜ」
悪魔化したハンスの毒は魂すら侵す。本来のラインであれば幼竜たちの魂が宿った子竜の槍でハンスを攻撃するなんてことはなかっただろう。
だが、ラインは構わずハンスを槍で攻撃。その槍身を死毒にさらす。
「──ちっ……マジかよ」
舌打ちをしてハンスはベルディアの元まで下がる。
「どうした、ハンス」
「あの槍は俺の毒じゃ侵せねぇ……」
「……どういうことだ?」
「既に侵されきってんだよ、ブラックドラゴンの本能に。逆に俺の方を侵そうとしてきやがったくらいだ」
魂を侵そうとする死毒。それを押し返し逆に侵そうとするほどに、ブラックドラゴンの本能はラインとその槍を侵している。
「…………化け物だな」
「ああ、人の皮を被った俺らの同類だぜ」
数多の傷を受けながらもラインは意に介せずレギオンを蹂躙し続ける。化け物じみた自己再生と、それを支えるドレイン吸収能力。それを持って服を血まみれにしながら獣のように戦う。
それはもう死魔やベルディアたちに止められないように思えた。
それはきっと死魔とそのレギオンを蹂躙しつくすまで止まらないと思えた。
相対するベルディアたち自身がそう思い、獣に敗れるという
「だめ! ダスト! 行っちゃダメ……! 帰ってきて!」
この場において誰よりも無力な少女が、獣となった竜騎士を止めた。
──ダスト視点──
「バカか、お前は。死にてぇのかよ」
俺に抱き着いた小さな体。その身体は震えまくってて、相当無理してるここまで来たんだろう。いつの間にか俺の周りにいたレギオンは霧散してるが、向こうではミネアやジハードは変わらず戦っている。少し離れた所にはベルディアやハンス他のレギオンたちが構えてるし、ここは間違いなく戦場だ。
──殺せ殺せ
「馬鹿はあんたでしょ馬鹿ダスト……。あんなめちゃくちゃな戦い方して……」
「あー……どんな戦い方してたか覚えてないんだが…………そんなに酷かったか?」
「ん……夢に出そう……」
まぁ、あれに飲まれたら……酷くなるわな。なんか服がズタボロで血まみれだし、どんな戦い方してたのか想像ついちまった。
──犯せ犯せ犯せ犯せ
「怖かった……。あんたがあんたじゃないみたいで。そのままあんたが消えてなくなっちゃうんじゃないかって」
「……ま、強ち間違っちゃいないかもな」
あのままずっと本能に意識を奪われてたら俺は戻れなかっただろう。ジハードたちには俺という制御する存在がいるが、俺にはいない。俺がおかしくなった時、それを止められる奴は…………いや、いるのか。
──引き裂き、その肉を喰らえ
「馬鹿。なんで、そんな危険な方法取ったのよ」
「お前らと一緒にいたいからだよ」
『切り札』を使えば安全に勝てただろう。でもそれじゃ俺の一番の願いは叶えられない。
俺は人として大切なこいつらと死ぬまで自由気ままに生きてぇんだから。
──組み伏して、絶望させ、尊厳を奪え
──さっきからうるせぇんだよ。大事な話ししてんだから黙ってろ。
「それに……お前が近くにいるなら自力で戻ってこれると思ってたしな」
「…………私がいたから、ダストは戻ってこれたの?」
「ああ、正確にはお前に俺は止められたらしい」
自力でなんて戻れてない。俺は確かにこいつに止められて戻ってこさせられた。
本当、想定外すぎる。なんでこいつは安全な場所抜け出して戦ってる俺の所まで来てんだ。
「そっか。役に立てたんだ。…………って、わわっ!? も、もう大丈夫なんでしょ? だったらあたしは離れて──」
「──悪い。もうちょいこのままでいてくれ。具体的にはこの戦いが終わるまでよ」
安心して今の状況に気づいたのか。恥ずかしがって離れようとするリーンの身体を抱き寄せながら、俺はベルディアたちレギオン……そしてその奥に控える死魔の姿を見据える。
「終わるまでって……」
「今は黙ってるが、多分お前が離れたらまた煩くなるからよ」
多分リーンが離れたら俺はまた本能に飲まれるだろう。あいつらと決着をつけるってのにそれはちょっとばかし格好がつかない。
少なくとも旦那の言う痛快で愉快な舞台の幕引きはそんなもんじゃないはずだ。
それに、ジハードの本能に飲まれちまうのは、ジハードを何よりも傷つけることになる。あいつの親としても相棒としてそれは繰り返したくない。
「でも、私と一緒じゃまともに戦えないんじゃ……」
「そうでもないぜ? 今の俺は魔力に溢れてるからな」
今なら、
「…………、私はゆんゆんじゃないよ?」
「んなもん言われなくても分かってるっての」
胸の感触が違いすぎるし。
「浮気者。ゆんゆんに言いつけるよ?」
「別に浮気してるつもりはねぇから好きにしろ」
それにあいつも大なり小なり、こういう展開になるのは予想してたはずだ。
「じゃあ、浮気じゃないなら何なの? 恋人じゃない女の子を抱きしめてはなさいろくでなし」
「最初に抱き着いてきたのはお前だろって言うツッコミしていいか?」
「…………、それはなしで」
「へいへい。……ま、お前は彼女じゃねぇし、今のお前と俺の関係を端的に示すならパーティーメンバーってことになるんだろうな」
だからまぁ、リーンの言う通りこの状況は客観的に見れば浮気なんだろう。いや、こんな戦場で浮気も何もあるかという更に客観的な視点もあるが。
とにもかくにも、恋人でもない女を抱きしめてる状況は普段なら恋人様のカスライ案件なのは確かだ。俺もあいつを怒らせ、泣かせるようなことしようとは思わない。
「でも、ただのパーティーメンバーじゃねぇだろ? どんな関係であれ、お前が大切な存在ってのは何も変わらねぇんだ」
初めて会ったあの日から。俺にとってリーンは特別な女だ。そして一緒に過ごしていく間に大切な存在になった。
それは、俺が誰とどんな関係になろうと変わらない。大切かどうかという事柄に関係性は本質的には何も影響を及ばさないのだから。その逆は大いにあるだろうが。
「だからまぁ……今回は見逃せ。大切な奴を抱きしめとかなきゃ俺が俺でいられねぇんだ」
あいつならきっと心の中で傷つきながらも笑って許してくれるはずだ。
…………、本当あいつは強すぎんだよ。だからこそ、俺や爆裂娘みたいのがついてなきゃいけないとも思うんだが。
「そっか…………なら、仕方ないのかな」
ぎゅー、と思い切りまた俺に抱き着くリーン。やはりというか、その胸のふくらみはゆんゆんと比べるまでもなく残念だ。
「ねぇ、ダスト。この戦いが終わった後聞いてほしいことがあるんだけど…………いい?」
「おう。じゃあ、さっさとあいつらを片付けるか」
なんだそのフラグっぽい台詞?とも思わないではないが。
まぁ、こいつには指一本触れさせるつもりはないし大丈夫か。契約してる関係上こいつを執拗に狙うって事もないだろうし。
「それに、あいつら片付けた後の後始末の方が大仕事だしな」
だから、さっさと決着をつけよう。気合入れて臨まないといけないことが
「戻ったか、最年少ドラゴンナイト」
「おう、待たせたな、首無し騎士。つまんねー思いさせたみたいで悪かった」
俺とリーンの話が終わるのを待っていたのだろう。嬉しそうな様子のベルディアに俺は感謝の気持ちを込めて謝罪する。
ま、ベルディアはともかく他のレギオンはさっきまでの俺の戦い方を警戒して攻めるに攻められなかったってのが大きいだろうから、感謝がいるかは微妙なところだが。
「ふっ……一先ずの決着はつけられたのだ。それ以上を望むのは贅沢というものだろう」
「…………、なんでこのおっさんはカッコつけられるんだ? 普段はただの変態のくせに」
それ言ったら俺も普段はただのろくでなしだから。男にはカッコつけたくなる時があるんだから見逃してくれよ、ハンス。
「それで、その娘は逃がさないでいいのか? 言っておくが、契約に期待してもらっても困るぞ」
「心配しなくても悪魔の契約に期待なんて欠片もしねぇよ」
悪魔の契約なんてものは結局はその抜け道を使って騙すためのものでしかない。契約の内容は絶対だが結局はそれだけだ。
今回の契約はリーンを狙わないというだけで、俺達の戦いに巻き込まれた場合のリーンの安全を保障するなんてことは当然ないわけだ。リーンを盾にすれば楽に勝てるとかそんな旨い話はない。
「だけど、別にこのままで大丈夫だ。リーンを自分の手で守りながらでも、今の俺ならお前らを倒せるからな」
「ほぅ……、死魔が言っていた『奥の手』を使うか? いや、『奥の手』はさっきまでのあれか。ならば、『切り札』を見せてくれるのか?」
「別に今から使うのは『奥の手』でも『切り札』でもねぇよ」
別に隠すような手でもなければ、使うのを躊躇うようなデメリットのある手でもない。
「ただの……
俺たちが生きる地上には大精霊という存在がいる。
属性を宿した魔力が集まり一つの存在としてあるのが精霊なら、その精霊たちがさらに集まり強大な存在としてあるのが大精霊だ。
その姿は各属性によって種々様々であり、人々がその属性に対して想起する形をとるらしい。
前にアクアのねーちゃんと馬鹿話してた時に聞いた話だが、冬の大精霊や地の大精霊は『チート持ち』と言われる奴らの想像に影響されて以前までの大精霊とは全く違う姿となったらしい。
俺が死ぬような思いをしながら倒した炎龍もまた火を司る大精霊だった。大精霊であるからには火に対して想起するものを形とした存在なわけだが、炎龍はチート持ち連中の影響をあまり受けていないらしい。多少はあるにしても、チート持ち連中の影響を大きく受けているなら火の魔人の形をとってる可能性が高いんだと。
じゃあ、炎龍は一体どこからその元となる形を得たのか。俺は……俺達ドラゴン使いはそれを一番よく知っている。
「攻撃系竜言語魔法…………『炎竜』。──さぁ、『最凶』と『最狂』。どっちが強いか試してみようぜ?」
俺に今ある魔力……ジハードの分まで使えるだけ使って。その全てを費やし俺は一つの竜言語魔法を顕現させる。
それは炎で形作られた巨大なドラゴン。
それはドラゴン使いにのみ許された竜言語魔法の奥義の一つ。
それは『最凶』の大精霊の元となった、ドラゴンとともに数多の戦場を支配した火の化身。
「ふははははは! そうか! 確かにこれはとっておきだ!」
「なんで、嬉しがってんだよ。はぁ……ま、あれならちゃんと俺らを殺してくれるか」
「なんだ、ハンス。やる前から諦めているのか?」
「諦めるもなにもねぇ。単なる事実の確認だ。……別にやることはやるさ。それが今の俺の仕事だからな」
ベルディアが、ハンスが、レギオンたちが。一斉に『炎竜』へと攻撃を加える。だが、それはその炎の身を少しも削ることができない。むしろ『炎竜』へと攻撃した武器が溶けて使い物にならなくなったものも多かった。
当然だろう。ベルディアの大剣やハンスの毒では炎を消すことなど出来ないのだから。他のレギオンたちからは氷や水の魔法が飛んでくるが、俺の使える魔力を……この戦場を蹂躙しつくそうとした魔力すべてで顕現した炎の化身には露ほどの効果しかない。
「悪いな、ベルディア。あんまり時間はかけられねぇんだ。一気に終わらせるぞ」
こうしている間にも最後の問題は大きくなり続けている。心配はしていないとはいえ、呑気にやってる場合じゃないだろう。
「ああ、こい、最年少ドラゴンナイト。そして、今度こそ決着をつけろ!」
「そうするつもりだ」
『炎竜』を操り俺はその口から極大の炎のブレスを吐かせる。今度こそ、終わらせてやるために。
「…………、騎士として生き、不死者として死に続け、悪魔として存在した俺の人生。後半は人類の敵として過ごしたが……存外こうしてみると楽しかった思い出しかないな」
「そうかよ。ま、あんだけ自由に生きてたらそりゃ楽しいだろうな」
「ああ。…………次に生まれてくる時はウィズの下着にでも生まれ変わりたいものだ」
「もう本当お前死ねよ。…………俺も一緒に死んでやるからよ」
馬鹿なやり取りをしながらあっさりと首無し騎士と死毒のスライムは炎に飲まれる。
本当にあっさりと、その姿は他のレギオンたちとともに焼き尽くされ霧散した。
「さて……次はお前だぜ、死魔」
俺と死魔との間にはもうレギオンの姿はない。ジハードたちはまだ他のレギオンと戦ってるし、死魔が出そうと思えばまだいくらでもレギオンは出てくるんだろうが、事ここに至って有象無象のレギオンは何の障害になりえない。
「なるほど。今回は私の方が分が悪そうだ。逃げさせてもらいましょうかね」
「お前本当あっさり逃げようとするよな。ま、逃げたきゃ逃げればいいんじゃねぇの?」
逃げられるならそうすればいい。
「ええ、そうさせてもらいますよ。悪魔王様に負けそうになったら逃げるように言われていますから──」
「──まぁ、私が逃がすわけないんですけどね? 私と私の後輩が管理する世界を滅茶苦茶にした付けは払ってもらうから」
珍しく本気で怒ってるアクアのねーちゃんがそれを許すとは思えないが。
「女神……アクア!」
「様をつけなさいよデコ助悪魔…………って、あんたみたいな死神悪魔に崇められても仕方ないっか。というわけで、代わりにさっさと滅ぼされてちょうだい」
軽口を叩きながらもアクアのねーちゃんの結界は完璧だ。この戦場全てを完全に包む結界は悪魔を決して通さず逃がさない。
「てことらしいぜ? さ、正々堂々決着をつけるぞ」
俺にしろ死魔にしろ欠片も正々堂々って言葉が似合わない事ばかりしてるが……ここから先は完全に力の比べあいだ。
「最年少ドラゴンナイト…………ライン=シェイカー!」
「ダストだよ、俺はろくでなしでチンピラのダストだ」
でも……そうだな。今の俺がダストであるのは間違いないが、それだけってわけでもないか。
「そんで、シェイカー家のドラゴン使い…………ダスト=シェイカーだ」
英雄だった頃の俺じゃない。腐ってただけの頃の俺もでもない。
どっかのぼっち娘に更生されちまった、ちょっとだけろくでなしのドラゴン使い。それが今の俺だ。
「英雄だからだの、チンピラだからだのつまんねぇ言い訳はもうしねぇ。俺は俺らしく自分のやりたいことをする」
英雄みたいなことをしたけりゃするし、チンピラみたいなこともしたけりゃする。
だから、俺はシェイカーの名前を取り戻す。俺のせいで潰れちまった家名だが…………だからこそ、その名前から逃げずに背負ってやる。
「お前もそうすればどうだ? 狂った道化。自分の役割なんて投げ捨てて、自分のやりたいように…………感情のままに動けよ」
死魔が上位の悪魔……おそらくは悪魔王の命令に縛られているのは想像がつく。さっきのあっさり逃げようとした事もそうだし、俺を追い詰めすぎないようにしてるのも『切り札』を切らせないように命令されているんじゃないかと睨んでる。
だが、事ここに至ればそんな命令は意味をなさない。すでに逃げることは不可能な状況で、俺が『切り札』を切ることもなくなった。
「じゃないと…………俺たちには勝てないんだからな」
それが死魔の最適解。道化を演じさせ続けられた狂った悪魔は──
「くっ………………ふふっ………………ははははははははははははは!! 素晴らしい!素晴らしい!やはりあなたは私の思った通りの人間ですよ、ダスト!」
──道化をやめ、その狂った本性を表に出す。
「あなたなら、私の本当の望みを叶えてくれそうだ」
「ああ、お前の狂った願いは俺が叶えてやるよ」
というより、既にそう宣言してる。
「では、遠慮なく…………狂気と狂喜に身を任せて戦わせてもらいましょう」
おびただしい数のレギオンが死魔の影から一斉に湧き出す。それは地上であれば全て一騎当千の強者。その強者の群れは炎の化身へ種々各々の攻撃を加え、その反撃で一瞬で消されていく。
だが、消されたレギオン以上のレギオンが死魔の影から絶え間なく出続ける。それはやむことのない雨のようで、いつか終わるのは分かっていても、いつ終わるか分からないそれだった。
少雨で山火事が消えることはない。だが、止まらない大雨はそれを消しうる。
「あははははははは! 楽しいですね! 私は今初めて戦っているという実感を得ていますよ」
「狂ってんな。お前は戦わずにレギオンを湯水のようにけしかけてるだけだろうが」
「それが私という悪魔ですからね」
それは、狂っているということに対しての答えか、レギオンを従えることに対しての答えか。ただ分かるのは今の死魔は本当に楽しそう…………いや、狂喜に浸っているんだろう。
「…………、このままじゃ、マジで消されるかもしれねぇか」
前座だと思っていた死魔戦だが、そう油断していられる状況でもないらしい。狂気に任せてレギオンを呼び出す死魔は、欠片も後先を考えていない。本当にすべてをぶつけてでも俺を殺そうとしているんだろう。
…………本当矛盾してる、狂った悪魔だよてめぇは。
「ダスト…………大丈夫なの?」
「心配すんな。余力を残したかったから、一気に決めなかっただけで、やろうと思えばいつでもやれるんだ」
心配そうに見上げてくるリーンに俺はそう返す。
そう、やろうと思えばいつでも死魔を倒せる。ただ、それをするにはかなり集中しないといけないわけで多少なりとも消耗する。この後の大仕事を考えればできればそれは避けたかった。
「だから、リーン。お前もうちょっと俺に抱き着け。そしたら、最後までやり切れると思うからよ」
「…………、えっち。こんな状況でまで欲情してるとか頭おかしいんじゃないの?」
「ばーか。お前みたいなまな板に興奮するわけねぇ──いててててっ!?」
「馬鹿ダスト……しんじゃえ」
死ぬほどきつく抱き着いてくれた後。優しく、けどしっかりと俺に抱き着くリーン。やはり欲情するどころか可哀想になるくらいに残念なまな板だ。
でも、これならきっと大丈夫だ。こいつを守るためなら俺はいくらでも限界を超えてやる。
「『炎竜』! その火の魔力全てを解放して…………レギオンもろとも死魔を吹き飛ばせ!」
今も俺の中にはブラックドラゴンの凶暴な本能が渦巻いている。その本能を押さえながら『炎竜』を操作するのはかなりきつい。リーンが傍にいなければ単純に操作するのも無理だっただろう。
そんな状態で『炎竜』を形作る火の魔力すべてを解放して出来る火流をぶつけようとしている。
それは巨大な霧を一つの川にまとめるような制御に近い。俺だから何とかなるが、俺でも出来ればしたくない難業だ。
「はははははははははっ! ああ……これでやっと私は──」
最後まで楽しそうに笑いながら。炎の激流に飲まれ、死魔はその存在を失った。
「ダスト…………終わったの?」
こわごわと俺に抱き着きながらリーン。
「いや、まだ終わってねぇぞ」
「え?…………もしかして残機!?」
「それは多分ねぇぞ」
もともと地上で限界まで死魔の残機は減らされてるし。多少の残機ならオーバーキル出来るくらいの火流をぶつけた。よっぽどのことがない限り死魔が生き残ってるなんてことはないだろう。
仮に生き残ってたとしたらそれはご愁傷様過ぎる。
「じゃあ、終わってないって?」
「まぁ……なんていうか、あれだな。俺が『奥の手』を使いたくなかった一番の理由があってだな」
『キイイイイイイイイイエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエッ!』
レギオンという戦う相手を失い、凶悪な咆哮を上げるジハード。その様子は欠片も戦いが終わったという感じはなくて。
「完全に俺の制御から離れてるジハードを何とか止めないといけないんだよ」
「ええと…………大丈夫なのよね?」
「ぶっちゃけ、俺一人じゃ止めるの無理」
本能回帰したブラックドラゴンの凶暴な本能は俺の制御を受け付けないどころか、相変わらず俺の意志を侵そうとしてきている。『炎竜』を使っていくらかはジハードの魔力を削ったが、『天災』クラスの力を相変わらず持っている。力があればあるほど凶悪な本能は強くなるから、現状のジハードを俺の制御下に置くのは不可能に近い。
これで、ジハードが列記とした上位ドラゴンで、ジハード自身が本能をある程度制御できてれば話は違うんだがなぁ……。幼竜を卒業したばかりのジハードにそれを望むのは流石に酷だ。
「えぇ……じゃあ、どうするのよ? あんたが無理なんじゃ誰も止められないんじゃ……」
「んなわけねぇだろ。この場には今のジハードくらいなら余裕で止められる存在が3つもいる」
まぁ、アクアのねーちゃんは咆哮上げてるジハードにビビッて涙目になってるし、エンシェントドラゴンはずっと空の上で俺らを見下ろしてるだけだから、当てにはできない……正確には当てにはしたくない、か。
「その中で当てに出来んのはバニルの旦那だけだけどな。…………でも、十分だろ?」
「フハハハ! 愚問であるな。ドラゴン使いの助力のないドラゴンなど我輩にとってはちょっと大きなトカゲにすぎぬ」
死魔を旦那が倒すのはいろいろ問題があったが、ジハードを止めるのには何も障害がない。
地獄の公爵。七大悪魔の一席。序列一位の大悪魔。『すべて見通す大悪魔』。
そう畏怖される強大な力を、制限のない地獄において、その本体が思う存分振るえるのなら。
「ああ、旦那が負けるわけねぇよな」
本当は少しだけ悔しい。
ドラゴンは最強の生物。そしてドラゴン使いと一緒のドラゴンは最強の存在だ。
俺はそれを証明するシェイカー家のドラゴン使いだから。地獄の公爵……その頂点に位置する旦那が相手とは言え、相棒のドラゴンが負けちまうのは、理性とは別の……それこそドラゴン使いの本能が悔しがっている。
だけど、旦那が出鱈目の存在なのは俺やゆんゆんが二番目くらいに知ってるから。
こんな状況じゃ誰よりも頼りになるダチ。そんな旦那が相手だからこそ少しの悔しさはあれど、それ以上の安心感を得られる。
「
「ああ、分かってるぜ旦那。ある程度弱らしてくれれば、あとはこっちで『封印』する」
あと、ジハードのことをトカゲ呼ばわりはやめてくれ。例え旦那でもそれは許せないから。
「フハハ。やはり汝は人間の中では一番であるな。あれの本能に侵されながらそこまでいつも通りでいられるとは」
「ま、こいつがいるからな。こいつが傍にいるから俺は正気を失わないでいられる」
ゆんゆんやリーン……俺の大切な奴らが傍にいるなら俺はきっとどんな状況でも俺でいられる。
あ、でも同じ大切な奴らでもキースやテイラーじゃ無理かもな。流石に男に抱き着かれたりしたら別の意味で正気を失いそうだし。
「…………ばか」
「フハハハハハ! 羞恥の悪感情美味である。…………さて、そろそろ行くか。あの調子で我輩の街を壊されても困る」
丘を平らにしたり結界の中に隠れてるアクアのねーちゃんをビビらせたり。本能のままに暴れるジハードの元へ旦那は何も気負った様子もなく向かう。
「ねぇ、ダスト。まだ終わってないんだろうけど、さっき言ってた話の続き……いい?」
「…………ま、流石の旦那も今のジハードを殺さないように弱らせるのは時間かかるだろうしな。いいぜ」
見通す悪魔である旦那にジハードの攻撃は当たらない。つまり旦那が魔力を奪われることはない。であるなら、持久戦をすればジハードは自然と弱っていく。回復魔法があるから普通より時間がかかってしまうだろうが。
「うん。じゃあ…………言うね」
ぎゅっと、相変わらず俺を抱きしめているるリーンの身体が分かりやすいくらいに強張っている。これから言おうとしていることに緊張しているんだろう。
「あのね、ダスト。あたし…………あんたのことが好き。ライン兄はもちろん……ろくでなしなダストの事も」
「…………ああ、知ってる」
ラインとかダストとか関係ない。こいつはずっと俺のことを好きでいてくれた。ただ、俺もリーンもそれを認められなかっただけだ。
「でも……悪い。俺はお前の恋人にはなってやれねぇ」
「うん…………知ってた」
俺はもうただ一人の大事な奴を選んだから。あいつと同じくらい大切でもあいつと同じにはしてあげられない。
俺はあいつを絶対に泣かせたくないし、泣かせるわけにはいかないから。
例え、あいつと同じくらい泣かせたくない、こいつを泣かせることになったとしても。
「あーあ…………やっぱり失恋しちゃった」
「…………かもな」
何が、『かも』だ。振ってる方が迷ってんじゃねぇよ。
「でも…………うん。すっきりした。ちゃんと言えてよかっ………よか………ったょぅ……ぅっ…ぁぁぁあああっ」
最後まで言葉をちゃんと紡げず、抑えきれないように泣きじゃくるリーン。
「なんでっ! なんであたしじゃないのっ!? ずっと一緒だったのに! ずっと好きだったのに! あぁぁぁああっ!」
「…………悪い」
きっとこいつと一緒にいる『今』はあった。むしろゆんゆんと一緒にいる『今』より可能性は高かったかもしれない。
だが運命のめぐりあわせか、俺の気まぐれの選択か。俺はこうしてこいつを泣かしている。
「なぁ、リーン。お前に酷いこと言っていいか?」
少しずつリーンが落ち着いてきたところで。旦那たちの戦いもそろそろ終わりそうになったころ。
俺は世界で一番ろくでなしなことを言おうと覚悟を決める。
「
この期に及んであいつのこと気遣えるお前は本当にいい女だよ……。
「心配しなくても俺にそんな器用なこと言えるわけねぇだろ」
「…………、それもそうか」
完全に納得されるのはそれはそれでむかつくんだが。…………まぁ、これからこいつに言おうとしてること考えたら納得されてるくらいがちょうどいいのかもしれない。
不器用すぎるということは、それはつまり一つも飾らない心からの言葉ということだから。
「なぁ、リーン。未だに実感はないんだが、俺父親になるんだよ」
「うん、知ってる」
「んで、ゆんゆんも母親になる」
「うん、ならないと困るね」
もう産まれてるだろうか? 俺の娘は。実感はないけれど、その姿を想像すれば不思議と顔が緩んでしまう。
なんとなく予感がある。俺はまだ見ぬ娘のことをドラゴンに負けないくらい愛して可愛がっちまうということを。
だからこそ……。
「そこで問題なんだがな? 俺はこんなんだし、ゆんゆんもあんなんだろ? ぶっちゃけ、子どもをちゃんと教育出来るか自信ねぇんだよ」
足して二で割れればちょうどいいんだが、こういうのは大体悪い方ばっかり影響受けると相場決まっている。そうなりゃおれの娘はろくでなしぼっち一直線だ。
ろくでなしでぼっちとか本当に救いようがない。
「うん。あんたらは子育て苦労しそう」
「だから…………頼む、リーン。俺たちの娘の……子供たちのもう一人の
「…………あんた、さっき振った相手に何言ってんの?」
「ろくでなしすぎる発言なのは分かってるよ! でもしょうがねぇだろ! そうなって欲しいって思っちまったんだから!」
俺はリーンの気持ちに応えられない。それは今となっては変えられない。
だが、俺はリーンとずっと一緒にいたいんだ。そしてそれはきっとゆんゆんも一緒だ。
けど、パーティーメンバーという関係性はずっと一緒にいられるものじゃない。ゆんゆんが族長になるのを考えればそう遠くない未来に別れる日が来る。
「一緒にいてぇんだよ。だから…………俺たちの家族になってくれ」
「あんた、ほんっっっとうに酷すぎること言ってるけど自覚ある?」
「だから、自覚あるって言ってんだろ」
「自覚あって言えるって、あんた本当ろくでなしだね」
多分空前絶後のろくでなしだな。俺みたいなろくでなしは後に先にも…………いや、父さんはもっと酷いろくでなしだったし、俺の子孫も多分俺並みかそれ以上のろくでなしが生まれそうだなぁ。
つまり血筋ということで俺は悪くないかもしれない。
「ダスト! 汝であればそろそろ行けるはずだ! さっさと幕を引くがよい!」
「おう!」
リーンの返事はまだない。だが、今はジハードの本能を封印するのが先だ。
旦那によって中位ドラゴン並まで弱らされたジハードを制御しようと俺はドラゴン使いの繋がりを強化する。
「はぁ…………本当、ダストってどうしようもないんだから」
──殺せ壊せ犯せ喰らえ引き裂け
相変わらず本能は煩く渦巻いているが、その浸食する力は比べるまでもなく弱くなっている。
これなら、気合入れればなんとかなるだろう。
「こんなどうしようもない奴、ゆんゆんだけじゃ心配だし……というかあの子もあの子で心配だし……」
腕の中にいる小さな存在を俺は意識する。押し付けられる胸の感触はどう足搔いても残念だが、そんなの関係ないくらいに俺の心を安定させ向上させてくれる。
「だから…………仕方ないね。うん、仕方ない。だから──」
「『本能封緘』」
その心をジハードに与えるように。俺は荒れ狂う本能を封じ込めた。
「──探してみるよ、あたしの幸せを。…………あんたたちの傍で、家族としてさ」