「あるじ、きょうはどこいくの?」
「バニルさんとウィズさんのところだよ」
朝。空はもう明るく、けれどまだギルドは開いていない時間帯。
手を繋いで歩くハーちゃんの疑問に私はそう答える。
「ばにるおじちゃんとうぃずおばちゃんのところ? ふたりともすきだからうれしい」
「うん。相変わらずの可愛さだけど、とりあえずウィズさんはお姉ちゃんって呼んであげてね?」
前は会ったときは普通におねーちゃんと呼んでた気がするんだけど……バニルさんの影響かなぁ。
というか友達やってる私がいうのもなんだけどバニルさんが好きって大丈夫なのかな。
「けど実際ウィズさんっていくつなんだろうな。前に聞いたときは怖いくらいの笑顔で20歳だって言ってたけど。……それから既に4年くらい経ってるが今聞いたらどうなんだろうな」
「とりあえず誰も幸せにならない質問は止めましょうよ……」
私とは反対のハーちゃんの手を握るダストさんの言葉に私は辟易してそう返す。
氷の魔女の活躍時期的1にそこまで大きく見た目と年齢に差がないのは分かっているけど、だからといって女性に年齢の話が禁句なのは変わらない。
「それもそうだな。いくつになってもウィズさんは綺麗で可愛くてエロいんだし」
「ナチュラルに彼女の前で他の女性を誉めるのもやめてくれません?」
「なんだよ? 嫉妬か?」
「そういう問題じゃなくて、デリカシーの問題を言ってるんです」
本当ダストさんはデリカシーというものを何処かに忘れてきてると思う。
「ふーん……じゃあ別にお前は全然嫉妬しなかったんだな?」
「……それとこれも話は別です」
ダストさんにそういうつもりがないのは分かっているけど、だからと言って嫉妬しない訳じゃない。それを分かりながらもわざわざ聞いてくるあたり私の恋人さんは性格が悪い。
「そっかそっか。嫉妬はしてるのか。お前、俺はモテないから嫉妬する機会ないとか言ってたのにな」
「モテないのは確かなんですけど思った以上に物好きな人がいましたからねぇ……」
リリスさんとかリリスさんとかリリスさんとか。地獄で会ったあの夢魔さんは妙にダストさんのことを気に入っている風だった。
それにダストさんとしてではなくラインさんとしてのこの人は普通にモテてたらしいし……。
「…………、フィーベルさんとは本当に何もなかったんですよね?」
「ベル子と何が起こるってんだ。あいつは妹みたいなもんだって」
「それって、昔の私の枠と同じってことですよね?」
「…………、確かに昔のお前に対する感情に近いかもしれないが…………」
「だから心配してるんですよ」
よく分からないけど、旅をする前よりもダストさんは吹っ切れている。ラインとしての自分を前よりも否定しなくなったというか……英雄としての自分を曲がりなりにも受け入れている。
自分はチンピラで英雄なんかじゃないと言ってたダストさんにとってこれは大きな進歩だ。
そしてそれをもたらしたのが恐らくフィーベルさんで…………そんなフィーベルさんが昔の私みたいな態度をダストさんに取ってて、ダストさんも同じような感情を向けている。
これで心配しないわけがない。
「少しは俺のこと信頼しろよ。今更お前のこと捨てて別の女に走るわけねえだろ」
「それは別に欠片も心配してないんですけどね」
そんな器用なことができる人じゃないのは分かっているから。……だからこそ、本当の意味で決着をつけないといけないって思ってるんだから。
「もしもフィーベルさんがダストさんのことを好きになっちゃったら、傷つく人が増えちゃうじゃないですか。これ以上悲しむ人を増やさないでくださいよ?」
全員にとっての最高のハッピーエンドなんてきっと存在しない。でも、今泣いている人を笑っていられるようなベターなエンドにはしたい。
じゃないと、私にとっての最高のハッピーエンド辿り着けないから。大切な人が泣いてるままじゃベターなエンドにしかなりえないから。
だから私の友達から悲しむ人が増えたら困る。今でさえ、本当に辿り着けるか自信がないのに……。
(…………やっぱり、私性格悪くなってるなぁ……)
どこまでも自分本位で我儘な願いだ。優等生であろうとしていた昔の自分じゃ考えられない願い。
でも、それを捨てようとは思えなかった。そして、それが間違ってるとも。
だってそれは誰もが認める優等生な正しさじゃないけれど。それでも、私の親友と恋人はきっと強く肯定してくれるものだから。
「ま、あれだ。お前が何を悩んでんのか、何を考えてんのか俺には分かんねえけどよ。なるようになるだろうよ。お前が諦めない限り、いつかな」
「簡単に言ってくれますよね、本当」
でも、それはきっと正しい。どんなに遠くても、終わるまでは終わりを変えられるんだから。
だから私は諦めない。私が認めるハッピーエンドまでけして終わりを認めない。例え、
何でもない、ただ空が澄み渡っていた日の朝。私はその決意を新たにした。
「おはようございまーす」
「うぃーっす、旦那いるかー?」
ウィズ魔道具店。その扉をカランカランと音を立てて私とダストさんはハーちゃんを連れて入っていく。
「あ、ゆんゆんさん、ダストさんお久しぶりです。バニルさんなら裏で整理をしていますよ。ジハードちゃんも久しぶりですね」
「だって。ハーちゃんも挨拶返そう?」
「ん……うぃずおねえちゃん、おはよう」
ととと、と可愛く駆けて行って。ハーちゃんはウィズさんの太ももにに抱き着きながらそう挨拶する。可愛──
「──可愛い! やっぱりジハードちゃんは可愛いですね! あぁ、いいですよねぇ……ゆんゆんさんもダストさんもこんな可愛い子といつも一緒にいられるなんて……」
「うぅ……くるしいよ? うぃずおねえちゃん?」
すりすりとハーちゃんを抱きしめながらウィズさん。ちょっと引くくらいの可愛がりっぷりだ。
いくらハーちゃんが世界一可愛いからって……。
「やれやれ、おばさん店主はまたトカゲに骨抜きにされておるのか。先に言っておくが、うちにトカゲを飼う余裕はないのだからな」
「またバニルさんはそんな意地悪を言って! ドラゴンの卵なら世界一大きなダンジョンに潜って…………って、ああ!?」
「ばにるおじちゃんもおはよう」
「年増店主の元から無事逃げ出せたかブラックトカゲよ。我輩にきちんと挨拶をするとは汝はトカゲの割には見込みがあるな」
ウィズさんの元を抜け出したハーちゃんをバニルさんは高い高いと持ち上げる。きゃっきゃっと喜ぶハーちゃんが可──
「──ずるいです! バニルさん、ジハードちゃんは私が今可愛がってたのに!」
「ふん、このブラックトカゲも残念リッチーより我輩のようなカリスマ溢れる大悪魔に可愛がってもらった方が良かろう。近所の子供たちに大人気のバニルさんに任せて万年行き遅れ店主は大人しく店の掃除でもするのだな」
「おいおい、旦那もウィズさんもそれくらいにしてくれよ。ジハードは
…………、そろそろ私怒っていいよね?
「ジハードもバニルの旦那やウィズさんより俺の方が…………って、うげっ……」
「そんなことないですよね、ジハードちゃんも私のこと…………あ……」
「ふむ、怒気の感情は我輩の好みではないのだが…………ここからブラックトカゲが我輩を選べば上質な悪感情がいただけそうであるな」
「いい加減にしてください! ハーちゃんは私の大切な使い魔なんです! これ以上ハーちゃんをたぶらかすなら決闘も辞さないですよ!」
みんなしてハーちゃんの一番になろうと好き放題言って……。
「そうは言うがなぼっち娘よ。決闘をした場合高確率でビリになるのは汝なわけだが」
「そうだとしても、譲れないものがあるんです!」
単純な喧嘩ならダストさんに大体勝ってるけど、本気で決闘となれば確かに私はダストさんに勝てないかもしれない。ウィズさんやバニルさんには言わずもがなだ。
双竜の指輪のおかげで前と比べれば差は縮まってるだろうけど、私はまだその力を使いこなせてるとは言えないし、3人に追いついたとはまだ言えない。
それでも。そうだとしても。譲れないものがある。ハーちゃんの主は私なんだから。
「まぁ落ち着くがよい、エロいことに関して非凡な才能を秘める娘よ。我輩としては汝やダストを傷つけるのは本意ではないのだ」
「全然うれしくない自分も知らない才能を勝手に暴露しないでください!」
「俺は割とうれしいけどなー」
「私のことは傷つけても問題ないんですか……いえ、よく考えなくても毎度のように黒焦げにされてますけど……」
なんかハーちゃんが『えろいこと?』って感じで首をかしげてるし、ハーちゃんがそういうことに興味持ったらバニルさん責任取ってくれるんだろうか。
「そこでだ、決闘などと面倒なことを言わず、トカゲ娘に一番を決めさせればそれでよかろう。そうすれば一番になれなかったものは大人しくなるであろう」
「なるほど…………バニルさんにしてはまともな提案ですね」
「ぼっち娘の口が悪いのは昔からであるが、最近一段と悪くなっておるな。一体全体誰の影響なのか……」
そうだとしたら、その一因は間違いなくバニルさんですけどね。
「と言うわけでハーちゃん。ハーちゃんが一番好きな人の所に行ってもらえる?」
なんて、そんなこと聞くまでもないんだけど。ハーちゃんは私の所に決まってるんだし。
思った通り、ハーちゃん私の所に向かって駆けてきて──
「うぅ……ぁぅ…………あるじ、らいんさま…………えらべない、よ?」
──私とダストさんの間でオロオロした。
「そんな……ハーちゃんの主は私なのに…………」
ダストさんと引き分けなんて……。
「ドラゴンに好かれること関しては自信あったってのに……こんなぼっち娘と引き分けだと……」
「なんでダストさんがダメージ受けてる風なんですか! あとこんなってなんですか! こんなって!」
「こんなはこんなだろうが! 未だに友達が数えるくらいしかいないぼっち娘が!」
「確かに少ないですけど、それでも両手で数えきれないくらいはいます! 少なくともめぐみんよりは友達出来ました!」
「はっ……あんな頭がおかしい爆裂娘より友達多いからなんだってんだ。友達がどんなに増えてもぼっちはぼっちなんだよ。どうせお前未だに一人じゃ祭りやパーティーに行けねえだろ!」
「一人じゃ無理ですけど、ダストさんが一緒なら行けます! ダストさんなら私から誘えるから祭りやパーティーも大丈夫なんです!」
リーンさんやめぐみんを誘うのはまだ勇気がいるけど、ダストさんなら気軽に誘える。だから前にダストさんに言われたぼっち病は治ってると言っていいはずだ。
「やっぱお前は俺がいないとダメだな! 心配しなくても祭くらい俺の方から誘ってやるから安心しろよ!」
「そうですよ! 私はダストさんがいないとダメですよ! でもダストさんだって私がいないとダメダメじゃないですか!」
「…………あの、バニルさん? あの二人喧嘩しながら惚気てるようにしか見えないんですが、私の気のせいでしょうか?」
「色恋沙汰は我輩にはよく分からん。が、恋愛に関しては下手の横好きな汝にそう見えるのならそうなのだろう」
「やっぱりそうですかねー…………って、今地味に私に恋愛が下手とか言いませんでした?」
「汝にそう聞こえたのならそうなのだろう」
「確かに上手ではないかもしれませんが、それでもバニルさんよりはマシですからね!」
「あるじ、らいんさま、けんかはめっ!」
と、喧嘩をする私とダストさんの間に、ハーちゃんが割って入ってくる。
「なかよくして……?」
「うっ…………べ、別にこれは喧嘩じゃないんだよ? ちょっとじゃれあってるだけというか……」
「うそつくあるじはきらい」
「うぐぅ!?」
「無駄な抵抗はやめろ、ゆんゆん。俺らはどうせジハードに勝てない」
泣く子には勝てないというか……ダストさんの言う通りハーちゃんにまっすぐ見つめられると抵抗する気力が根こそぎなくなる。
「なかなおり?」
「うん……。えっと、ダストさん? 今回は私たち二人がハーちゃんの一番ということで納得しましょうか」
「ま、しょうがねえな。これ以上言い争ってたらマジでジハードが泣いちまう」
ハーちゃんのことで言い争ってハーちゃんを泣かせてしまう。それは本末転倒過ぎる。
「ふむ、では一番が二人と決まったことだ。トカゲ娘よ、我輩とポンコツ店主、どちらが二番か決めるがよい」
「まだ続けるんですか……」
実質ビリを決める戦い。誰も幸せにならな……いや、バニルさんはウィズさんの悪感情食べられる可能性あるから続けるか。
「うー……うぅー…………こっち」
「ああ!?」
「フハハハハハ! やはり汝は見込みがあるな! 残念店主の悪感情美味である!」
悩んだ末、ハーちゃんが選んだのはバニルさん。結構悩んでたからそう差があるわけじゃないんだろうけど……。
「そんなバニルさん以下なんて…………ジハードちゃん、どうして……?」
「うぃずおねえちゃんに、だきしめられるの、くるしかった」
…………うん、まぁ自業自得だね。私も経験あるしウィズさんの気持ちは痛いほど分かるんだけど。
「最下位店主が灰になったところで本題に入るとしよう。お客様は今日は何の御用で?」
なんか白くなってるウィズさんとそれをよしよしと慰めるハーちゃん。そんな風景を何事もないように流してバニルさんはそう聞いてくる。
「要件は二つだな。一つは旦那も想像ついてんじゃないか」
「うむ、屋敷の建造の件であるな。何か良い素材、もしくは資金の追加をしにきたか」
二つ? 屋敷の建造の件は私も聞いてたけど、他には何も聞いてない。バニルさんに屋敷のこと以外で何か頼むことがあるんだろうか。
「おうよ。精霊石とコロナタイトだ。これだけあればすげぇ屋敷が作れるんじゃねえか?」
「ほぉ……その大きさの精霊石があれば、風呂などの備え付けの魔道具を用意しても十分以上に余るな。発想はともかく魔道具作りが得意な灰塵店主に残った精霊石で魔道具を不眠不休で作らせれば結構な稼ぎになりそうだ」
「不眠不休はやめましょうよ、前にその状態のウィズさん見た時本当可哀想だったんですから」
あと、怖かった。本当怖かった。
「あれは不眠不休で働かせていれば余計なことしなくなるし一石二鳥なのだがな。……そしてコロナタイトか。ふむ……これがあるのなら面白い仕掛けもできそうだが……」
氷漬けにされているコロナタイトを翳してバニルさんは少し考えこむ。
「さて、汝らのご要望は成金小僧の屋敷よりも大きな屋敷の建造であったか」
考えがまとまったんだろうか。バニルさんはいつもの胡散臭い商人のような感じで話を広げてくる。
「その要望であるが、精霊石とコロナタイト。この二つを提供するのであれば叶えられよう。小僧の屋敷所かこの街一番……いや、この国一番の屋敷も建造できよう」
「マジか」
「嬉しいですけど、言われてみればそうですよね。これだけ大きな精霊石と、伝説級のレア鉱石コロナタイト。多分この二つに値段をつけるなら国家予算クラスですよ」
実際どれくらいの値段がつくかは分からないけど、大物賞金首の賞金以上の価値は確実にあると思う。それを全部屋敷に費やすなら、それくらいの屋敷作れるのも納得だった。
「その前提の上で提案なのだがな。屋敷ではなく城を作ってみるつもりはないか?」
「城? 別に俺はどっちでもいいが……ゆんゆんはどうだ?」
「うーん……お城ですか…………なんか住みづらいようなイメージがありますよね」
なんか堅苦しいというか。屋敷に比べると気が緩まないイメージがある。慣れれば別に気にならないんだろうけど、わざわざお城にしたいとも思わない。
「って事みたいだぜ旦那。わざわざ城にする必要はないんじゃねえか?」
「ですね」
魔王城みたいなお城に住んでみたい気持ちもないわけじゃないけど、アイリスちゃんのお城に遊びに行ったり魔王を討伐したりで、その辺りの欲求は割と満たされていた。
「そうか。コロナタイトがあれば『空飛ぶ城』を作れると思ったのだがな。汝たちがそう言うのであれば仕方あるまい、普通の大きな屋敷を作るとしよう」
「「
空飛ぶ城!?
「空飛ぶ城ってマジかよ! そんなの可能なのか!?」
「なんですかその紅魔の琴線に触れまくる建物は! 詳しく聞かせてください!」
「詳しく聞かせろと言われてもな。知っての通り竜車などで浮遊させる技術自体は確立されている」
バニルさんの言う通り、物を浮遊させるというだけなら別に珍しくない。主に魔法や魔道具で一時的に浮遊させるのはよくある話だ。
この間の隣国からの帰りの竜車も例に漏れず宙を浮いていた。
それなのに私とダストさんが驚いているのは、建物ほど大き物を浮遊させた話なんて聞いたことがないからだ。
「それなのになぜ、今まで空を飛ぶ建物が一般的でなかったか。それはそれを可能にするだけの動力源がなかったからだ。魔法で建物を浮かしたとしても魔力がすぐに尽きるであろうからな」
「そこで、コロナタイトってことか」
「永遠に燃える鉱石……それを動力源にすれば、建物を浮遊させ続けることも可能って事ですか?」
起動要塞デストロイヤー。最強最悪と言われた史上最悪の大物賞金首は、ノイズという国を滅ぼしてから自らが滅ぼされるまで。一度の補給も必要としなかった。
それはその動力源がコロナタイトだったからと言われている。
「そういうことである。コロナタイトのエネルギーを浮遊のエネルギーに変換するのは多少手間だが、その辺りはウィズに任せればよかろう。あれはそういう方面であれば天才だ」
「前にウィズさんがメイドロボ?っての作ってたけど本当凄かったもんな」
「うむ、あれの魔法の才能は戦うことより創作方面に偏ってるのではないかと疑っているくらいだ」
「というか、そういうのはちゃんと本人に言ってあげましょうよ……」
さらっと名前も呼んでるし。本人に対してちゃんと褒めればウィズさんも喜ぶだろうに。
「そんなことをしたらあれは調子に乗ってしまうであろう。そうなればあれがどれほどの赤字を作るか想像するのも辛い。…………辛いのだ」
「あっ、はい」
「…………旦那も本当苦労してるよなぁ」
バニルさんのこんな表情始めてみたんだけど。私の知らない所でもウィズさんいろいろやらかしてるのかなぁ……してるんだろうなぁ。
「まぁ、天災店主のことはこの際どうでもよい。そういうわけで『空飛ぶ城』も建築可能なわけだが、屋敷と城。どちらを選ぶ?」
「「空飛ぶ城に決まって
もうここまでくると選択肢すらない。普通の屋敷と空飛ぶ城。どっちを選ぶかなんて考えるまでもない話だ。
「ふむ、やはりそうなるか。では、早速契約するとしよう。この契約書をよく読んでサインするがよい」
予め用意してただろう契約書を受け取って。熟読しているダストさん後ろから私も契約書の内容を確認する。
「んー? 気になるところっていや、この譲渡の項目か。ゆんゆんはなんか気になるところあるか?」
「えーっと……契約の内容にわざわざ『増改築可能な建築方法とする』って項目があるのはちょっと気になるような?」
他の内容は特に目新しいものはない。多分ダストさんがバニルさんと既に話し合ってて私が聞いた内容そのままだと思う。
「てわけで旦那。この二つの項目の意図を教えてくれ」
「意図と言われてもそのままの意味だがな。汝たちが死んだあと、もしくは城を必要としなくなった時に、我輩に譲ってもらいたい。こちらの手間を考えればそれくらいはよかろう」
「ま、旦那には世話なってるし、そう言われれば文句も言えないけどな」
私たちが死んだらバニルさんたちに譲る……つまりは私たちの子供たちには譲れないってことだけど、それくらいならデメリットがあるというほどでもない。
空飛ぶ城を作る手間を考えればそれくらいの条件はあってしかるべきかもしれない。
「でも、空飛ぶ城を旦那が欲しがるなんてちょっと意外だな」
「我輩も空飛ぶ城自体は欲しくない。だが、空飛ぶダンジョンであれば話は別だ」
「あ! それで増改築可能ってわざわざ契約書にあったんですね!」
私たちの死後、バニルさんは城をダンジョンに改築するつもりなんだ。
「そういうことである。地下深くに続く巨大な迷宮か、浮遊する蜃気楼のような古城か。我輩の願いを叶えるためのダンジョンをどちらにするか迷っているが、選択肢は多い方が良かろう」
「そういうことなら…………いいよな? ゆんゆん」
「はい。バニルさんは私の友達ですからね。夢を叶えるために必要だって言うなら仕方ないですよ」
まぁ、その夢は凄くアレなんだけど。それでもそれが友達の心からの願いだっているなら仕方がない。
「では、これにて契約は成立である。出来上がりは10日後くらいになるゆえ楽しみにしておくがよい」
「10日で出来んのかよ……」
「カジノが一週間で出来たのを考えれば、時間がかかってるんじゃないですか?」
それにしてもはやいけど。
「ちなみに貧乏店主を不眠不休で働かせれば一週間で作ることも可能だが……」
「ちゃんとウィズさんは休ませてあげてください!」
何もない所を見つめて笑ったり泣いたりしてるウィズさん本当に怖いんですから!
「それで、チンピラ冒険者よ。もう一つの要件とは何なのだ?」
「ああ、旦那に仕入れを頼みたいものがあってな。カズマから聞いたんだがレベルリセットポーションって手に入るのか?」
レベルリセットポーション? なんだか凄い不吉な響きのポーションだけど、そんなものダストさんは何に使うんだろう?
「ふむ? まぁ金さえ払うのであれば仕入れられないこともないが。だがあれは需要もないが供給もほとんどないのでな。在庫処分ならともかく注文となると多少値が張る。汝の考えは分かるが、『不死王の手』に各種ポーションで対応した方がよほど安上がりだが」
「俺だったらそれでいいんだがな。流石にこいつに毒やら石化やらさせるわけにはいかねえだろ」
「え? え? 私がどうしたんですか?」
ダストさんとバニルさんは何の話をしてるんだろう。私のことについて話してるみたいだけど……。
「なぁ、ゆんゆん。お前強くなりたいんだろ? そのためにはどうすればいいか分かるか?」
「ええと……ステータスを上げるとかですか?」
「そうだな。だが、ことステータスに関しちゃお前はもうあまり意味がない。双竜の指輪をしてドラゴンの力を借りてんなら、レベルが上がってステータスが上がっても誤差だ」
ダストさんの言う通り、ドラゴンの力を借りている時は自分自身の力なんて微々たるものだ。
それくらいにドラゴンの生命力や魔力は人と比べて圧倒的で溢れている。
「ステータスを上げるのが意味ないなら…………戦術戦略を鍛えるとかですか?」
「正解だな。じゃあ、その戦術や戦略を鍛えるには?」
「…………、知力を上げたり…………魔法やスキルをもっと覚える……?」
使える力の量が変わらないなら、有効的に力を使える方が有利だ。そしてそのためには手札があればあるほどいい。
「知力……戦術の組み立てって点じゃお前は割といい線行ってんだよ。たまに抜けてることもあるが、経験さえ積んでけば俺以上になるのは間違いない」
「そうだといいんですけどね……」
その経験の差がダストさんと私にはありすぎるから、本当に辿り着けるのか自信がないんだけど。
「だから、お前が強くなるのに一番手っ取り早い方法は手札を増やすことだ。魔法使いのお前の場合は主に魔法だな」
「でも、私も結構レベル上がってるから、これから新しい魔法覚えるのはちょっと大変ですよ?」
スキルアップポーションも紅魔の里以外じゃ貴重品だからなぁ……。
紅魔の里でも学生優先で卒業した人が手に入れるには結構大変なものだし。
もしくはアリスさんみたいにスキルシステムなしで魔法を覚える? 不可能じゃないんだろうけど、その場合は一から勉強しなおさないといけない気がする。
「そこでレベルリセットポーションなのだ、ぼっち娘よ。あら不思議それを使えばどんな高レベル冒険者もレベル1に戻るという優れモノなのだ」
「何が優れてるか欠片も分からないんですが…………ダクネスさんみたいなちょっとおかしな性癖をした人しか喜びませんよ」
レベルが1に戻る……今より弱くなるというのは凄い恐怖だ。そんなことを自ら望んでするなんて狂ってるとしか思えない。
「でも、お前が強くなる一番の近道はそれなんだよ。レベルがリセットされてもスキルポイントは残る。レベルを上げなおせばその分スキルポイントが手に入るんだ」
「あらゆる魔法を覚えることが可能なアークウィザードである汝が、そのポイントで魔法を覚えていけば、一気に強くなるであろうな」
「え……? そんなことが本当に可能なんですか?」
そんな都合のいい話があるんだろうか。
「可能だぞ。俺もそれで『人化』と『竜化』覚えたんだし」
「もとより、スキルシステムは歪だ。人に手を貸し作らせた者たちのことを考えれば当然ではあるが。あれは楽しむためにバグのようなものをわざと残しているからな」
えっと……バニルさんの言ってることはよく分からないけど、可能なのは確かなんだ。
「でもレベル1…………うーん…………」
強くはなりたいんだけど、どうしてもそこに抵抗を覚える。ダストさんもレベルリセットをしたことあるみたいだけど、怖くなかったんだろうか。正直、私は単純に毒や石化することよりも怖いんだけど。
「ふむ、やはりぼっち娘は怖がるか。本来この世界に住むものであれば当然の反応ではあるのだが」
「ん? 怖いってなんでだ? ドラゴンの力借りれるんだから、弱くなる心配もねえだろ」
「理屈ではなく本能的なものなのだ。存在自体がバグってるドラゴン使いはその辺の本能が薄いようだが」
「よく分かんねえけど、なんか旦那に馬鹿にされてるような気がする……」
「どちらかというと呆れているのだがな。汝たちドラゴン使いは本当にふざけた存在だ」
私もバニルさんが何を言ってるか分からないけど、ダストさんの存在が世界に喧嘩売ってるふざけた存在なのだけは私もよく分かります。
「まぁ、あれだ。せっかくお前もドラゴンの魔力扱えるようになったんだ。そう考えるともったいないだろ?」
「もったいないって何がですか?」
ドラゴンの潤沢な魔力で色んな魔法が使えたら強いのは分かるんだけど、それなら上級魔法を覚えてるだけでも十分な気もするんだけど。
最上級の属性魔法やそれこそ爆裂魔法を覚えれば強いだろうけど、もったいないと言われるほどかと言うと首をかしげる。
(ドラゴンの魔力じゃなくたって高純度のマナタイトを用意できれば一緒だもんね…………って、あれ? ドラゴンの魔力?)
そこまで考えて私は思い出す。アークウィザードや冒険者でも覚えられる魔法で、けれどドラゴンの魔力がなければ発動させることのできない、実質ドラゴン使い専用魔法の存在を。
「せっかく使える条件が揃ったんだ。『竜言語魔法』覚えてみようぜ?」