どらごんたらしver.このすば   作:ろくでなしぼっち

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第7話:ゆんゆんのぼっち?な一日

「ダストさーん、朝ですよー? 起きてくださーい」

「うぅん……あと100時間……」

「どんだけ寝る気ですか……。うーん、これ起きそうにないかなぁ」

 

 朝。隣に寝るダストさんを起こそうと体を揺らすけど、目覚める気配が全くない。

 

「昨日が昨日であんな感じだったし仕方ないか。ハーちゃんを人化させるのだけはしてもらいたかったけど」

 

 大きくなったドラゴン状態のハーちゃんは宿の部屋には入れず馬小屋の方で寝てもらっている。町中を歩くくらいならともかく、建物のなかに入るとなるとギルドくらい大きな建物じゃないと難しいし、ハーちゃんも人化できないならお留守番かなぁ。

 というより、ハーちゃんも直接は戦ってなくても疲れてると思うしご飯だけ用意して寝かせてあげた方がいいのかもしれない。

 

 そう思った私は『ハーちゃんをお願いします』という書き置きをダストさんの枕元に残す。

 

「でも、本当にダストさんぐっすり寝てるなぁ……これ、もしかして私がなにしても起きないんじゃ……」

 

 幸せそうに眠るダストさんの顔はいつものだらしないものでも、真面目にしてる時のかっこいいものでもない。妙に幼いと言うか……一言で言うと可愛い。

 恋人の贔屓目かもしれないけどそんなダストさんを見ているとなんだかいたずらをしたくなってくる。

 

(…………、でも、寝てる人にいたずらって何をすればいいんだろう?)

 

 定番だとほっぺたつんつんとか顔に落書きとかかな? あとは、私がよく読んでる本だとこういう状況じゃ寝てる人にキスとか…………でも、そういうのは付き合ってない場合のほうが多かったかな? むしろ付き合ってる場合じゃ──

 

「──って、ダメダメ。こんな事考えてたらまたバニルさんにエロぼっち娘言われちゃう」

 

 高笑いしながら羞恥の悪感情を搾り取ってくる仮面の大悪魔さんの顔を思い浮かべて、私は思い浮かべそうになったいたずらを頭から追いやる。

 

「えと…………、うん。やっぱりいたずらなんてしちゃダメだよね」

 

 結局。これと言ってやりたいいたずらが思い浮かばなかった私は、特に何も出来ずに部屋を後にするのだった。

 

 

 

 

 

 

 

「とりあえずめぐみんのとこに来たのはいいんだけど…………どうしよう」

 

 カズマさんたちの屋敷。いつものようにめぐみんの爆裂散歩に付き合って、あわよくば一緒に朝ごはんを食べようと思っていた私は、その敷地を前にして悩んでいた。

 

 

「ちょっとダクネス、なんでカズマの味方なんてしてるの!? 性懲りもなく『ハーレム作っちゃうぞー』とか言ってるカズマさんにはきちんと反省してもらわないといけないんですけど!」

「くっ……すまない、アクア、めぐみん。私はこの鬼畜男に脅されて仕方なく……! はぁはぁ……」

「その興奮した息はなんですか! どうせ脅されて仕方なく従っているというシチュエーションに酔ってるだけでしょう! そもそもカズマ! あなた私というものがありながらなぜハーレムなどというバカげたことを……」

「うるせー! 俺もいい加減我慢の限界なんだよ! いっつもいっつも寸止しやがって! 魔王討伐したら凄いことするっていう約束はどうなったんだよ! 一緒に寝てるのに本当に寝てるだけとか生殺しにも程があるだろ!」

「それは、その……正直私も悪いとは思っているんですが……(ダクネスだけでなくアクアもなんて欠片も想像していなかったと言うか…………譲る気は欠片もないんですが、かと言って決着もつけずにというのもあれというか……)」

「別に本気でハーレム作ろうとは思わないけど、ちょっと願望漏らすくらいは仕方ないだろ! この間もアイリスから『私と結婚したら側室取り放題ですよ』っていう手紙も着たし!」

「ちょっ……あの下っ端、人の知らない所でなんて手紙送ってるんですか!?」

 

 屋敷の庭で相対するめぐみん、アクアさんのペアとカズマさんとダクネスさんのペア。

 ただの痴話喧嘩なんだろうけど、当人たちは本気の本気みたいで…………何度か声をかけてるのに全く気づいてもらえない。

 

「それに、反省って一体全体俺に何をするつもりだよ? 言っとくが俺は理不尽な暴力には絶対屈しないぞ」

「いえ、反省の内容については私は何も考えていないんですが…………アクア、カズマに一体何をして反省させるつもりですか?」

「ふふーん、絶好調女神様の私にかかればカズマさんを不能にするぐらい余裕よ」

「ちょっ……マジで洒落にならないやつじゃねーかよ! ダクネス! 絶対に負けられないぞ! 俺が不能になったらお前も困るだろ!」

「フラれた私はお前が不能になろうが別に困る理由はないはずだが……。まぁ、だが、そうだな……。確かに困る。いいだろう、今日はお前の指示に素直に従うとしよう。(途中でわざと負けてお仕置きされるのも悪くないと思っていたが……)」

「アクア、流石にカズマを不能にされれば私が困るのですが……」

「心配しないでめぐみん。もちろん私の手にかかれば治すことも可能よ」

「そうなのですか? なら、むしろカズマが私の知らない所で泥棒猫に取られるという事はなくなりますし悪くない……? (ですが、同時にアクアが治さなければ私も……)」

「? どうしたのめぐみん。そんなに熱い目で見られても天界ネロイドしか出せないわよ?」

「…………、いえ、何でもありません。とりあえずカズマを反省させないといけないのは間違いありませんしね。(アクアがそんな難しいこと考えてるはずもありませんか。カズマみたいに妙な悪知恵が働く時があるのも確かですが、こういうことで発揮するタイプではないはずです)」

「見損なったぞめぐみん! 男をそんな都合よく管理しようなんて……」

「いいじゃないですか、どうせカズマはムラムラしたらサキュバスにスッキリさせてもらうのですから。そんなに困ることはないはずですし」

「……………………え? なんでめぐみんがあの店のこと……まさか、アクアお前……!」

「私じゃないわよ? 私が教えたのはダクネスだけでめぐみんには教えてないわ」

「そうか、ならい…………って、んん!?」

「ちなみに私はバニルに聞きましたよ。カズマが何故か妙にスッキリしてることを相談したら店のことを知ってる相手以外にはバラさないことを条件にあっさり教えてくれました」

「あんのクソ悪魔ああああああああああああああ!」

 

 

 

 …………うん。取り込み中みたいだし私は見なかったことにして去ろう。巻き込まれたら絶対ろくなことにならない。

 

「というわけですカズマ。本当は死ぬほど嫌ですが、決着をつけるまではサキュバスの店を使うのも見逃します。安心して反省してください」

「無駄な気遣いなんてするんじゃねえよ! 簡単にやられるつもりはないからな! でもそれは本当に助かるありがとう!」

「お、お前という男は相変わらず決める所で決まらないな……」

「カズマさんってお金があったらあるだけ無駄な保険に入りそうなタイプよね」

「いいだろ保険! というかお前らが後先考えずに動いて損害起こすからいくら保険入っても足んねえよ!」

「大丈夫ですよカズマ。私はカズマの平気で鬼畜なこと出来るくせに妙に小市民な所好きですから」

 

 

 うん、やっぱり完全に痴話喧嘩だよね。

 私は苦笑い気味にため息を漏らしながらカズマさんの屋敷を離れた。

 

 

 

 

「はーい、今出ますねー……って、ゆんゆんさんでしたか。おはようございます」

 

 リーンさんとロリーサちゃんが泊まっている宿の部屋。少し遅いけど二人と一緒に朝ご飯を食べられないかなと思いながらノックをして現れたのは小さな体のロリーサちゃんの方だった。

 

「おはよう、ロリーサちゃん。? あれ? リーンさんはいないの?」

 

 今日はクエストの予定もなくなったし、いつものリーンさんなら宿で野菜スティック食べてるかなと思ってたんだけど。開いたドアから見える範囲にはリーンさんの姿が見えない。

 

「リーンさんならテイラーさんやキースさんと一緒に朝早くからクエストに行きましたよ?」

「え? そうなんだ……。誘ってくれたら私も一緒にクエスト行ったのに……」

 

 ダストさんやハーちゃんは流石に難しいかもしれないけど、私だけなら別にクエストに行っても問題ない。今日のクエストは中止と伝えたのは私だけど、どうせ行くなら私だけでも誘ってほしかった。

 

「えーっと……クエストの目的的にそれは難しいんじゃ……」

「? 目的って何のこと?」

 

 クエストに目的があるのは当然だけど、それと私が一緒に行けない目的って何だろう。紅魔族を討伐するクエストでもあったのかな。

 

「今回の件、ゆんゆんさん以外はダストさんに戦力外扱いされたのにいろいろ思うところがあったみたいで…………お二人に少しでも追いつけるようにレベル上げをしたいとクエストに行かれたので……」

「…………、そう、なんだ……」

 

 それを言うなら私も一緒なんだけどな……。

 

「でも、そういうことならロリーサちゃんは一緒に行かなくてよかったの?」

 

 まぁ、ロリーサちゃんは立場的にも私やリーンさんたちとは違うし、そこまで思う所なかったのかな? それにしてもリーンさんとかキースさんに誘われそうなものだけど。

 

「私の場合モンスターを倒したりしてもレベルが上がるわけじゃありませんし…………悪魔が強くなるには基本的にたくさん食べてたくさん歳を重ねるしかないんですよね」

 

 そっか……、悪魔のロリーサちゃんじゃ強くなる方法も人とは違うんだ。モンスターを倒せばレベルが上って強くなれる人とは違うんだ。

 

「上級の悪魔の方なら感情を糧に出来るんですけど、下級の悪魔であるサキュバスじゃ精気なんていう純度が落ちた形でしか糧にできないんで、早く成長するには本当たくさん食べる必要があるんですよねぇ…………はぁ…………」

「…………、サキュバスもいろいろ大変なんだね」

 

 この様子だと、ロリーサちゃんも今回のことは思うところがあったみたいだ。だからこそリーンさんたちとは別行動をしてるのかもしれない。

 

「…………、まぁ、手っ取り早く強くなる方法がないわけじゃないんですが…………、今となるとそれをするのもちょっと気まずいんですよねー…………はぁ…………」

「? 気まずいって何の話?」

「いえ、とりあえず今はする気ないので気にしないでください。…………もしも、そうなっちゃった時はゆんゆんさんごめんなさい」

「え? 気まずいってもしかして私が関係してるの? え? なにそれ気になるんだけど……」

「気にしないでください。直接ゆんゆんさんになにかするという話でもないので」

「その言い方で気にしないとか無理じゃないかな!?」

 

 むしろ自分がどうこうって話ならその時考えればいいから気にしないで済むんだけど。

 もしかしてダストさんと何かする──

 

「──というわけで、ゆんゆんさん。私は少しでも精気を貰うために今からバイトに行ってきますんで」

「え、あ、うん。いってらっしゃい……?」

 

 ぱたぱたとロリーサちゃんは部屋を出て戸締まりをする。そしてペコリと私に頭を下げたかと思うとそのままいなくなってしまった。

 

 

「……あれ? もしかして私誤魔化されちゃった?」

 

 誤魔化すと言うか誤魔化す以前に力技で逃げられちゃった感じだけど。

 

「…………、うん。とりあえず朝ごはん食べよう……」

 

 部屋の前で一人ぽつんと佇みながら。私は考えることをやめて、鳴きそうなおなかの虫に従うことにした。

 

 

 

 

「今の時間ならちょうどバニルさんがお昼で帰ってきてる頃かな?」

 

 朝食兼昼食を食べてから。ウィズ魔導具店への道を歩く私はバニルさんの予定を思い出す。ちょうど今の時間はいつもどおりなら相談屋を昼休みで閉じてウィズさんの様子を見に店に帰ってる時間のはずだ。

 

「こんにちわー。バニルさんウィズさんいます──」

「──ピャアアアアアアアアー!」

 

 いますか、と店のドアを開けながら言った私の言葉は大きな悲鳴にかき消される。

 

「ぜ、ゼーレシルトさん!? 一体何があったんですか!?」

 

 その悲鳴の主、可愛いきぐるみを着た高位悪魔のゼーレシルトさんが私の足元へとボロボロになって転がり込んでくる。

 可愛い見た目をしていても本体で来ている上級悪魔。魔王軍幹部級と言われたホーストと同じくらいの強さは少なくともあるはずなのに……店の中でどうしてこんなにボロボロに……。

 

 

「何故だ! 何故汝はそうも簡単に店に損害を与えられるのだ!? 我輩の言うことを大人しく聞いておれば1年もすれば億万長者へとなれるというのに!」

「前にも言いましたが、バニルさんの言うことを聞いてるだけならバニルさんが店主になっちゃうじゃないですか! この店の店主は私でバニルさんはバイトなんですよ!」

「聞いてるだけでいろとは言わぬが、下のものの助言を素直に受け入れるのも店主の器であろうが! それが出来ぬから汝はポンコツ店主と言われるのだ!」

「ちゃんとバニルさんの言うことを聞いて一週間は仕入れをしないってなってるじゃないですか! いつもの商人さんが着てもちゃんと来週来てくださいって断ったんですよ!」

「それは契約であって、これとはまた別の話であろう! …………というか今、微妙に聞き流せないことを言わなかったか?」

 

 …………あー、うん。バニルさんとウィズさんの痴話喧嘩に巻き込まれちゃったんですね。口喧嘩してる間にヒートアップして上級魔法やら光線やらが飛び交ったのかもしれない。

 でも、二人が実力行使ありで喧嘩してる割には店が綺麗なような……?

 

「やはり汝には口で言っても分からぬようだ。悪いがいつものように黒焦げ店主となってもらおう」

「バニルさんはいつもそうですよね。口で言い負かせられなかったらすぐに暴力……たまには私も反撃させてもらいますからね!」

「言い負かすも何も貴様がボケきっておるから話にならぬだけであろうが! 『バニル式殺人光線』!」

「『カースド・ライトニング』!」

 

 やっぱりヒートアップして二人共手が出てるらしく、光線と雷撃がそれぞれ発射され──

 

「ピャアアアアアアアア!」

 

 ──私の足元にいたはずのゼーレシルトさんが二つがぶつかるその場所に割り込み霧散する。

 

 

「ええい、アリス! 我輩の邪魔をするでない!」

「そうです、アリスさん! これは店主としてバイトに威厳を示すために必要なことなんです!」

「知らないわよ。痴話喧嘩するのは勝手だけど、店が荒れたら紅茶がまずくなるじゃない」

 

 何があったのかと見てみれば、ゼーレシルトさんのきぐるみに鞭が巻き付いていて、それは窓際で紅茶を飲んでいるアリスさんの手に繋がっていた。

 …………あの一瞬でゼーレシルトさんを二人の間に鞭で移動させたってこと? すごい精度…………。

 さすがは魔王軍筆頭幹部。本気じゃないとは言え二人の喧嘩の邪魔が出来るってことは『強化』の能力を抜きにしても普段の二人と同程度の実力は持っていそうだ。

 

「ふむ……それもそうか。ただでさえ極悪店主のせいで赤字なのだ。店を壊すわけにもゆかぬか」

「じゃあ、表に行きましょうバニルさん。決着をつけましょう」

「…………、汝が微妙に楽しそうなのは気のせいか?」

「べ、別にそんな事はありませんよ? この前ゆんゆんさんとダストさんが喧嘩してるのを見て楽しそうと思って、私もバニルさんと喧嘩したいなぁと思ったとかそんなことは……」

「…………、ふん、まぁ、よい。……ん? なんだ、寝ているドラゴンバカにエロいいたずらをしようとしたが結局できなかったエロぼっち娘ではないか、来ていたのか。悪いが今から我輩はこの赤字を作るのが日課の店主に折檻をせねばならぬのでな。遊び相手はゼーレシルトかツンデレ娘にしてもらうが良い」

「ゆっくりしていってくださいね、ゆんゆんさん。…………ところで、バニルさん。喧嘩をする前にゆんゆんさんが何をしようとしたのか詳しく教えてもらえません?」

 

 二人はドアの近くにいた私に挨拶をしてそのまま出ていってしま──

 

「──って、ダメですよ!? バニルさん、絶対何も言っちゃダメですからね!?」

 

 別に私は何も思い浮かべてないから何も問題ないはずだけど、言われたら多分社会的に死ぬ。

 

「…………、二人していい笑顔して行っちゃった……」

 

 ま、まぁ大丈夫のはず……最悪ウィズさんにバラされても、ウィズさんは言いふらすタイプじゃないし。……いや、何も思い浮かべてないから大丈夫も何もないんだけど。

 

 

「──って、私のことよりもゼーレシルトさん、大丈夫ですか!?」

 

 二人の喧嘩に巻き込まれて更にボロボロ……というかきぐるみが黒焦げになってる悪魔の元に私は駆け寄る。

 

「うぅ……、大きい方の紅魔のお嬢さんか……。私はもうダメかもしれない……」

「そんな……傷は浅…………浅くは全然ないですけど、そんなこと言ったらダメですよ!」

「もう限界なのだ……。女神アクアに会ったら戯れに浄化され残機を減らされ、頭のおかしい銀髪の盗賊に会ったらダガーでめった刺しにされ残機を減らされ…………そして唯一の安息の地であるこの店にいてもこれなのだ……」

「あの……、悪いことは言わないのでこの街から出ていったほうがいいんじゃないですか?」

 

 この街にいたら多分ずっとそんな感じだと思うんだけど。

 

「そう思って街を出たら、なぜか毎日のように女神エリスの執拗な襲撃を受けるのだ…………まだ、この街にいたほうが残機の減りが少ない」

「…………もう、地獄に帰るしかないんじゃないですか?」

「そうなのかなぁ…………そうなのかもなぁ…………」

 

 遠い目をするきぐるみな悪魔さん。もう可愛そうで見てられないんですけど。

 

「とりあえず、バニルさんに相談してみましょうよ。バニルさんって身内には無駄に優しいですからいい方法考えてくれますよ」

「………………………………」

「…………? どうしたんですか、ゼーレシルトさん…………って、これもしかして現実逃避して意識が飛んでるんじゃ……」

 

 話しかけても反応をしなくなったゼーレシルトさん。精神的ダメージと体のダメージのコンボでノックアウトしたらしい。

 

「…………、とりあえず壁に立てかけとこうかな」

 

 そうして出来上がる壁に張り付く黒焦げのきぐるみ。…………凄いシュールな光景だけど、倒れた黒焦げのきぐるみよりかはマシだよね。

 

「でも、バニルさんとウィズさん二人の攻撃受けて焦げるだけで済むってすごく丈夫だなぁ」

 

 きぐるみの中身がどうなってるかは分からないけど、外側のきぐるみはすごく丈夫だ。普通のきぐるみじゃ焦げるどころか炭しか残らないと思うんだけど。

 

「そのきぐるみは一応ゼーレシルトが装備してるから。そうであるなら、私の強化の対象範囲よ」

「ぴゃあ!?」

「? どうしたのよ、ゼーレシルトみたいな悲鳴あげて。……まさか、アリス()がいるの忘れてたわけじゃないわよね?」

「えーと……はい。もちろんそんなことはアリマセンヨ」

「そうよね。私いるの忘れて喋ってたのなら独り言の痛い人になるものね」

 

 …………、死にたい…………。

 

「立ってないで座ったら? 一応紅茶くらいは出すわよ?」

「い、いえ、お構いなく。すぐに帰りますんで」

「そう? この店貧乏な割にはセンスのいい紅茶あるから美味しいのに」

 

 黒焦げのきぐるみなんてなかったかのように優雅に紅茶を飲むアリスさん。なんというか様になりすぎてちょっと悔しい。

 

(……やっぱり私この人苦手だなぁ)

 

 サバサバしてて喋り方はリーンさんに近いけど、リーンさんとは違って遠慮というものがまったくない。女王様になったリーンさんというか、上に立つもののカリスマ的なものに威圧されてしまう。

 悪意的なものは感じないし、むしろ好意的に接してもらってるのは分かるんだけど、こういうタイプの性格・関係性の相手はほとんど初めてで苦手意識が芽生えていた。

 

 

 

「その……今日のウィズさんは一体何をしたんですか? 契約があるから仕入れは出来ないはずですし、そう簡単に店に損害出せないと思うんですが」

 

 すぐ帰るとはいったけど、アリスさんと二人きりになった途端逃げるように帰るのも気まずい。

 気になったことを聞くだけ聞いて、タイミングを見計らって帰ることにした。

 

「死魔のレギオンが落とした神器や伝説級の武具が有ったじゃない?」

「ええ、ありましたね…………って、まさか……!?」

「想像の通り、ウィズったらそれを二束三文としか言いようがない値段で叩き売りしたのよね。元手がゼロだから黒字って言ったら黒字だけど」

 

 正当に売った場合の値段を考えれば赤字どころの話じゃない。単純な武具の性能だけで見ても20億エリスは下らない武具の数々。担い手じゃなければなまくらな神器も素材としてみれば高く買い取ってくれる人もいるはずだ。それを二束三文……。

 

「なんでウィズさんはそんな気が狂ってるようなことを……」

「あ、あなた意外と毒吐くわね……。まぁ、ウィズだからとしか言いようがないんじゃない? あの子店主としては災厄クラスだし」

 

 アリスさんも私に負けず劣らず毒吐いてません?

 

「ま、私としては欲しかった武具も安くで買えたしウィズ万歳なんだけどね。それに、あの子店主としてはあれでも、バカではないから、今回のことは何か意味があるような気もするし」

「あるんですかね…………流石に伝説級の武具を叩き売りはどんな理由があっても擁護できない気がするんですけど」

 

 というか、私も安くで伝説級の武器買えるんならその場に居合わせたかった……。

 

「まぁね。私が見てるところじゃ素人っぽい騎士や冒険者にばかり売ってたし、そんな相手に売る武器じゃないわよね。もしかしたら売るのを断ったりした相手もいるのかもしれないけど」

 

 素人っぽい騎士や冒険者かぁ…………初心者に強すぎる武器を渡すのはあんまりいいイメージはないんだよね。たとえ初心者でも、『守るもの』や『やりたいこと』がしっかりと分かってる相手ならそこまで問題ないかもしれないけど。

 

「けど、本当にアリスさんってここに住んでるんですね」

 

 バニルさんと一緒に生活とか私じゃ絶対無理だ。

 

「本当は嫌なんだけどね。どっかの頭おかしい爆裂魔に魔王城を更地にされたし」

「………………」

 

 すみません、私のおかしい方の親友がすみません。

 

「ウィズに助けを求めてきたら変な仮面の悪魔に身ぐるみ剥がされて一文無しにされるし」

「………………」

 

 すみません、私の比較的まともな部類の友達がすみません。

 

「だから仕方ないのよ。多少はお金溜まってきたけど、魔王軍再建するまでは無駄遣いするわけいかないし。親衛隊だけでも出来るだけ早く再結集したいしね」

「…………、すごいですねアリスさんは。どんな状況でも前を向いてて」

 

 アリスさんの今の状況はこれ以上ないくらいの逆境だ。でも、そんな状況でもアリスさんは弱気な様子を欠片も見せない。

 

「負けず嫌いなだけよ。負けたままでいるのが我慢できないだけ。勇者の国に最年少ドラゴンナイト……いつか必ず勝っててみせるんだから」

 

 人として、ダストさんの恋人として、アリスさんの言葉はあまり手放しで感心できるものじゃないけれど……そこまで強くあれるのは敵であっても尊敬できる。

 

 

 

「ところでアリスさん。前に見た時と目の色が変わってるんですけど。前は青色だったのが赤色になってるような……」

「黒髪紅眼で紅魔族みたいでしょ? 流石に魔王時代の容姿じゃまずいから変装してるんだけど、紅魔族っぽくしたのは正解だったわね。紅魔族の頭のおかしさはこの街でも知れ渡ってるみたいで大体の奴らが避けてくれるから便利なのよ」

「あの…………もしかして、アリスさんって紅魔族のこと嫌いですか?」

「むしろ嫌いじゃない理由がなくない? 爆裂魔のこと以外でも里の連中が私の部屋覗いてたり……」

「すみませんすみません! 私の関係者が本当にすみません!」

 

 それはそれとして、やっぱりこの人苦手かもしれないと私は思っていた。

 性格とか抜きにしてもこの人に負い目がありすぎる……。

 

 

 

 

 

 

「ただいま帰りましたー」

「おう、おかえり、ゆんゆん」

 

 夕方。ウィズさんの店を後にした私は他に行くところもなく、適当に塩漬けクエストをこなしてから宿へと帰ってきていた。

 

「……って、あれ? ハーちゃんまだ寝てるんですか?」

 

 ベッドの真ん中に腰掛けて座るダストさんの太ももには幼い女の子の姿で眠るハーちゃんの姿。

 

「さっきまでは起きてたんだがな。夕飯食ったら眠そうにしてたからよ」

「そうですか。うーん、でも夕ご飯もう食べちゃったんですね」

 

 今日は結局誰かと一緒に御飯食べられなかったから一緒したかったんだけど……。

 

「心配しなくても俺はお前待ってたから食ってねえぞ」

「え!? ダストさんがそんな気遣いをしてくれるなんて……」

「いや、ジハードはドラゴンフードがあるから食わせただけで、俺は金がなくて食えなかっただけだぞ」

 

 ですよねー。

 

「? でも、昨日渡した100万エリスは……まさか全部使い切ったなんてことは……」

「使い切った覚えはないが、とりあえず手元にはねえな。ギルドかどっかに置いてきたんじゃね?」

 

 そんな他人事みたいに……。いや、まぁこれから入るお金を考えたらそんな気にする額じゃないかもしれないけど。

 死魔の賞金も入るし、多分これからは子竜の槍の関係でダストさんも真面目にクエストするのもある。

 

「それじゃ、食べに行きますか? 下の食堂ならすぐですし」

「そうだな。ま、ジハードが今寝付いたばっかだし、もうちょっとしてからな」

 

 そう言って幸せそうな表情でダストさんはハーちゃんの髪を梳くように撫でる。

 

「………………」

「? どうしたよ、ゆんゆん。いきなり不機嫌そうな顔しやがって」

「…………、別になんでもないですよ」

 

 …………ダストさんのバカ。膝枕してくれるって言ったのに、私にはしないでハーちゃんにばっかり。

 

「ふーん……。てっきりジハードにばっかり膝枕してむくれてんのかと思ったが違ったか」

「……………………、そこまで分かっててそんな風に意地悪言うダストさんは嫌いです」

 

 こういう所は本当に性格が悪い。

 

「くくっ……悪かったよ。ほれ、ジハードの隣で良ければ膝枕してやる」

「むぅ……、なんだかついでっぽいんですけど……」

「実際ついでだからな。…………約束のやつはまた今度してやるよ」

「約束ですよ?」

「おう、約束の約束だ」

 

 念を押す用にして約束をして納得した私は、不機嫌そうな表情を()()()ダストさんの太ももへと頭を下ろす。

 

「うーん……なんだか安定しないですね」

「ま、片方だけの膝枕じゃそんなもんだろ」

 

 ハーちゃんと左と右分けての膝枕だからか、思いっきり体重を預けたらこぼれそうな感じがする。

 

「……で? 少しは機嫌なおしたか?」

「…………全然です。この不機嫌そうな表情が見えないんですか?」

「俺にはニヤけそうになってる顔を無理やり歪めてるようにしか見えないけどな」

「…………、やっぱり今日のダストさんは意地悪です」

 

 だって、仕方ないじゃないですか。いつもはろくでなしなダストさんが私に優しい表情を向けてこんなに近くにいるんだから。

 

「悪かったな意地悪でよ。ま、あれだ。好きなやつに意地悪するのは男の性みたいなもんだ」

「それが通用するのは子供の頃までですよ」

「とかいいながらお前ニヤけてんじゃねえか」

「…………、あんまりデリカシーないこと言ってると本気で怒りますよ?」

 

 本当にダストさんは…………もっと雰囲気大事にできないんだろうか?

 

「はいはい。ま、でもあれだな。ジハードに膝枕してやんのも割と幸せだったが…………好きなやつに膝枕してやるってのもまた違うんだな」

「…………いきなりそんな台詞言うの禁止です」

「そんな台詞言われてもお前が言ったのと大体同じようなもんな気がするけどな」

「私はいいんですよ私は」

「なんだそりゃ」

 

 だって、普段が普段なだけにダストさんが言うと破壊力が違いすぎるから。

 

 

 

 

「そういや、お前は今日一日何してたんだ? また爆裂娘あたりと遊んでたのか?」

「え? 今日私が何をしたって……、それは…………」

 

 …………、何をしたっけ?

 

「えっと…………色んな人にあって話をしましたよ?」

「ふーん、ぼっちなお前がねぇ……。色んな人って何人くらいだ?」

「ダストさんを除くと…………5人位ですかね?」

「…………そのうち人間は?」

「0…………い、いえ、一人です!」

 

 ウィズさんは人間……でいいよね、うん。

 

「一人ってことは人間は爆裂娘だけか…………。お前もうちょいまともな友達増やせねえの?」

「それをダストさんが言わないでください…………」

 

 

 言われるまでもなくまともな友だちが欲しいと思う私だった。


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