Fate/GrandOrder ~憎悪と慈愛と復讐の救済を~   作:三枝 月季

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衣替え

 

 初めてその(ひと)にあった時の事を思い出していた。

 

「もういいでしょう?どこまで歩くのよ」

 

 廊下に横たわるその(ひと)の青白い顔には生気を感じられず、呼吸を確認するまでは死体だとすら思った。美しい死体だと――

 

「さぁ、それは私にも分かりかねます。そもそも、この街に安全な場所はもうないと思います」

 

 ふと、切れ長の流し目に射抜かれる。胸の下あたりで切り揃えられた漆黒と同色の虚ろな瞳が、わたしへと向けられていた。さながら深い闇かの如く、静謐な狂気を孕んでいるようにさえ感じられるそれは、諦めに似ている。そして、とても悲しいと思った。

 

『ああ、そっか。そう言えば、ここはそんなところだったね』

 

 あの時、堪らず目を逸らしたわたしに、落ち着いた声とも、落ち込んだ声とも言えそうな声音で、呟き返したその(ひと)の瞳を、今度こそ、わたしはしっかりと見つめ返す。

 

「……ねぇマシュ、あなたからも言ってやって、あの娘、このままじゃ倒れかねないわよ」

「…………そうですね。所長の仰る通り、ここは休憩の提案をします」

 

 只でさえ薄着の先輩は、今や血塗れだった。白かった上着は紅色に染まり、濃紺のスカートの裾からは赤い水滴が滴っている。加えて、色白な頬に張り付く鮮血に濡れた漆黒の髪が、なかなかにスプラッターだった。

 

 その姿もさることながら、濡れた身体に冬の冷気は良くない。

 

「…………分かったわ。じゃあそうね。そこのお家にお邪魔させていただきましょう」

 

 わたしと所長の視線を受けて、少し考え込むように視線を彷徨わせた先輩は、すぐ近くにあった民家を指し示す。

 

「ですが、鍵がかかっているようで――」

 

 対するわたしの疑問の声は、硝子が砕ける音に掻き消されてしまった。

 

「…………」

「………………」

「……って、あれ?どうしたんです二人とも?入らないんですか?」

 

 中央が歪に凹んだ金属バットを肩に担いで、先輩が首を傾げる。その姿に直接的な非はないとはいえ、血塗れの女子高生が無表情に金属バットを振り回す光景は、ハッキリ言って、とても怖い。

 

「……いけしゃあしゃあと。大人しそうに見えて結構図太いのね、あなた」

 

 そんな所長の文句に、どこか楽し気に口元を緩めた先輩は――

 

「そうかもしれません。よく言われるので」

 

 ゾッとするほど美しかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 民家の中に入るや、先輩は着替えられる衣服を探してくると言って家の奥へと消え、わたしと所長は応接間であろう部屋で、これからの事について話し合う。

 

「では他に転移が成功している適性者は……」

「いないでしょうね」

 

 部屋の中に置いてある石油ストーブに火を付けながら、わたしたち以外のレイシフト成功者の有無について尋ねたわたしに、所長は厳しい声でそう告げた。

 

「そんな」

 

 暗い部屋の中で、わたしたちに暖と明かりを与えてくれる炎を眺めながらも、脳裏に管制室の煉獄が思い起こされる。あそこから確実に助かるための蜘蛛の糸は、実質レイシフトしかない。

 

「…………認めたくはないけど、どうしてわたしたちが冬木にシフトしたのかは予想がついたわ」

 

 前傾気味にソファに座り、顔の前で手を組んだ所長が、何処か遠くを見つめながら疲労の滲む息を吐く。

 

「生き残った理由に説明がつくのですか?」

「…………消去法……いえ、共通項ね。わたしもあなたたちも、コフィンに入っていなかった(・・・・・・・・・・・・・)。生身のままのレイシフトは成功率は激減するけど、ゼロにはならない。一方、コフィンにはブレーカーがあるの。シフトの成功率が95%を下回ると電源が落ちるのよ。だから、わたしたち以外のコフィンに入っていた適性者たちは、レイシフトそのものを行っていない。よって冬木(ここ)にいるのは、わたしたちだけよ」

 

 それだけの情報を一息で言い切って、所長はまた一つため息を吐いた。

 

「なるほど……さすがです所長」

「……褒めても何も出やしないわよ」

 

 薄く笑う所長は、相変わらず酷くやつれて見えたけれど、不思議とその雰囲気は柔らかく感じられた。

 

 結局のところ、事態は好転してはいないのかもしれない。でも、少なくともわたしたちは生きている。なら、最善を尽くすしかない。それが今のわたしたちに一番必要な事だ。

 

 だからきっと、それは福音だった。

 

「ああ、やっと繋がった!もしもし、こちらカルデア管制室だ、聞こえるかい!?」

 

 聞こえたのは場違いとも取れる機械音と、焦燥を感じさせる声――

 

「っ!!こちらAチームメンバー、マシュ・キリエライトです。現在、特異点Fにシフト完了しました。同伴者はイモリ・セツナとオルガマリー・アニムスフィアの二名。心身ともに問題ありません」

 

 その音の意味を悟るや否や、わたしは所長との間に浮かび上がった人物へと、縋るように現状を伝えていた。

 

「そうかそれは良かっ――って、しょ、所長、生きていらしたんですか!?あの爆発の中で!?しかも無傷!?どんだけ!?」

 

 すると、彼はわたしの無事を喜んだ後に、所長を見て大声をあげた。

 

「どういう意味ですかっ!!いいからレフはどこ!?医療セクションのトップが、なぜその席にいるの!?」

 

 その余りに正直で、ともすれば失礼にも当たるだろう発言に、所長の文句と共に疑問が返されると、彼の顔に微かに翳が射す。

 

「……なぜ、と言われるとボクも困る。自分でもこんな役目は向いていないと自覚してるし」

「ならっ――」

「でも他に人材がいないんですよ、オルガマリー」

「どういう意味?」

「……現在、生き残ったカルデアの正規スタッフは、ボクを入れて20人に満たない」

 

 息を呑む。という事は、こんな状況でのそれを言うんだろう。たった今、彼が告げた情報に詰められた死の臭いは、とてつもなく濃い。

 

 わたしの少ない思い出に刻まれた、そう多くはない人々の顔が浮かんでは消えてゆく。彼や彼女との記録がもう増える事がない事と、いずれ摩耗するのだろう記憶を思うと、やっぱり悲しかった。

 

「ボクが作戦指揮を任されているのは、ボクより上の階級の生存者がいないためです。レフ教授は管制室でレイシフトの指揮をとっていました。あの爆発の中心にいた以上、生存は絶望的です」

 

 いっそ、薄情なほどに淡々と、事実だけを告げていくドクターの声が、鼓膜を揺らす。その内容に、思わずわたしは横目で所長の様子を窺った。

 

「そんな――レフ、が……?いえ、それより待って、待ちなさい、待ってよね」

 

 ドクターを投影しているホログラムの光に照らし出された所長の表情は硬い。心なしか、その細い肩も震えているようだった。

 

「生き残ったのが20人に満たない?じゃあマスター適性者は?コフィンはどうなったの!?」

「……生き残ったマスター候補者は全員が危篤状態です。医療器具も足りません。何名かは助かる事ができても、全員は――」

「ふざけないで、すぐに凍結保存に移行しなさい!!蘇生方法は後回し、死なせないのが最優先よ!!」

 

 けれど、悲しんでばかりではいられない。と言うかの様に、所長はヒステリックに指示を飛ばした。

 

「ああ!!そうか、コフィンにはその機能がありました!!至急手配します!!」

 

 ドクターのホログラム(姿)が揺れて見えなくなる。彼は今、医者としての責務を果たす為に、席を立ったのだ。それにしても――

 

「……驚きました。凍結保存を本人の許諾なく行う事は犯罪行為です」

 

 ふと、どこか苦い表情の所長と、わたしの視線が交錯する。

 

「なのに即座に英断するとは。所長として責任を負う事より、人命を優先したのですね」

「バカ言わないで!!死んでさえいなければ、後でいくらでも弁明できるからに決まってるでしょう!?」

 

 そんなわたしの賛辞に対し、なぜか所長は鼻白んだ。

 

「だいたい47人分の命なんて、わたしに背負えるハズがないじゃない!!死なないでよ、たのむから!!……ああもう、こんな時レフがいてくれたら!!」

 

 そして、そのまま所長は自分の世界に入ってしまう。さっきまでは気丈に振る舞っていたけれど、やはり所長にとって、レフ教授の存在は大きいようだった。

 

「それとマシュ、セツナさんの姿が見当たらないのだけど、彼女は今どこに?」

 

 役目を終えて戻ってきた彼も同じ感想だったのか、ドクターは所長の様子に苦笑を浮かべながら、わたしに先輩の所在を尋ねてきた。無事を伝え聞いてはいても、やはり心配なのだろう。

 

「先輩なら、着ていた衣服が血液を吸って重たいのが嫌だと言って、着替えを――」

「なにっ!!彼女は怪我をしているのか!?なら、どうしてそれを最初に言わないんだっ!?」

「え?あっ!!あのドクター別に先輩は――」

 

 事実をありのままに伝え過ぎたせいで、盛大な勘違いをしたらしいドクターの誤解を解こうと慌てて釈明するも、今一つ、わたしの行動は遅かったらしい。制止するより早く消えたドクターの姿に、思わず立ち上がる。

 

「なに?どうかしたのマシュ」

 

 わたしの様子に、所長が怪訝そうに声をかけてくるが、説明をしている暇などなかった。

 

「先輩が危ない」

 

 そう無意識に口にした次の瞬間、二階から男性の悲鳴が聞こてきた。

 

 

 

 

 

 

 *

 

 

 

 

 

 

 

「ああぁああああぁああぁっ!」

「…………それが人の裸を見た感想ですかドクター?だとしたら、かえって失礼ですよ」

 

 突然、部屋の中心に浮かび上がったその人物は、私と目が合った瞬間に悲鳴をあげた。でもこの場合は普通、悲鳴をあげる側は私だと思う。それに敵襲かと思わず身構えた私の身にもなって欲しい。こちとらパン一のまま死を覚悟したのよ?

 

「いや、その、ごめんっ!!ノックもなしに入ってごめん!!」

「そもそもの前提として、ノック出来ないでしょうが」

 

 映像が消え、代わりにSOUND ONLYという文字が照らし出される。けれど私には見えるぞ、両手で顔を覆うショート寸前のゆるふわ野郎の姿が。生娘かお前はっ!!

 

(いい年して、女の裸くらいで動揺するなんて、まさか経験ないのかしら?だとしても、医者って人の身体には慣れてるはずじゃない?)

 

 なんだか羞恥よりも呆れが勝り、馬鹿馬鹿しくなった私は、身体に着いた血液を拭く行為を再開させる。とはいえ、あらかた拭き終わってはいるのだが……

 

 因みに、水はベットに腰かけた際に見つけた布団の中にあった湯たんぽの水を、タオルはタンスから勝手に引っ張りだして使わせてもらっている。女の子らしい部屋を血で汚すのは部屋の主に申し訳ないが、窓ガラスを叩き割った前科を考えると、もう開き直るしかない。

 

 そんな中、慌ただしく階段を駆け上がる足音が聞こえてきた。

 

「大丈夫ですか、先輩っ!!」

「あら?マシュ、どうしたのそんなに慌てて」

 

 非常事態でもあったのだろうか?髪に付着したしつこい血液を拭いながらも、私は真剣な表情で問いかけた。

 

「え?あの、その、さっき」

「ん?さっきの悲鳴なら私じゃなくてドクターだけど――」

 

 何故かきょとんとした表情のマシュに言い返せば、彼女の顔が真っ赤に染まる。

 

「って、先輩っ!!服っ!!来てください!!」

 

 余程慌てていたのか、部屋の窓のカーテンを閉めつつ、そのままそれを私へと投げて寄越すマシュ。女性的な身体という意味で言うなら、十中八九マシュに軍配が上がるし、そんなに神経質にならなくてもいいと思うんだけど……にしても、凄い力だな。

 

「気遣ってくれてありがとう。でも、もう手遅れと言うかなんというか」

「なっ……ドクター!!」

「不可抗力だよっ!!」

 

 要するに、裸を見られた程度の事を気にする必要はない。と言ったつもりだったのだが……

 

「でも先輩の裸見たんですよね!?」

「まぁ、見てしまった事は確かだけども、わざとではないからね!!」

 

 私が口下手なせいか

 

「わざとでなくても、許されない事はあります!!」

「そんなぁ~」

 

 議論が紛糾していっているような?

 

「責任とってくださいっ!!」

「ええっ!?」

 

(あー、こりゃ、駄目だ。このままだとおかしなことになる気がする)

 

 はぁ~、と何度目になるのかも分からないため息を吐いてから、私は可愛い後輩と声だけの医者に向き直る。

 

「別に私は怒っていませんよ。マシュ、ドクターを余り責めないであげて、私は対して気にしてないから、こう見えて、男性に裸体を見られる事には慣れているの」

「あー、えっーと??」

「先輩っ!?」

 

(あれ?どさくさに紛れて何言ってんだ私?)

 

 静まり返る部屋の中に、殆ど裸の私と強くて可愛い後輩と声だけのゆるふわな医者。

 

「……まぁ、その、なんて言うか。実はこれでもそれなりにお嬢様でして、昔からいろいろと世話を焼かれてきたのよ」

 

 苦し紛れに続けた言葉は嘘でもないが真実でもない。

 

「そうなのかい!?」

「感動です。まさか現実で深窓の令嬢にお目に掛かれる日が来るとは!」

「え?所長だってそうでしょう?多分」

「所長はどちらかと言うと悪役令嬢ですから」

「さいですか」

 

 ひっでぇ言われようだな所長。

 

「ああ、それと許婚もいる身なので、責任は取って頂かなくて結構ですよ」

「えっ!!」

「それは、初耳です!!」

「そりゃあ、まぁ。今はじめて言ったからね」

 

 ついでだからと思ったので言っておいたが、この感じじゃあ必要なかったかな。余計な見識を与えただけだわ。

 

「で?そんな事よりも、この状況についての説明はきちんとして頂けるんでしょうね?ラッキームッツリスケベさん」

「お話しますから、その呼び名だけはやめてくれないかな」

「冗談ですよ」

「大人をからかわないでくれ」

 

 嘆息交じりのドクターの情けない声に、マシュも私も、お互いに顔を見合わせて、声を出さずに笑ったのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「でもまさか、君を巻き込む事になろうとはね」

 

 着替えを終えた私と、マシュの前に再び姿を現したドクターは、まず始めにそう前置きを述べた。マシュだけは私の恰好に思うところがあったのか、何かを言いかけたけれど、今は状況確認を優先する事にしたらしく、すぐに口を噤んだ。

 

「まずかったですか?」

「いや、コフィンなしでよく意味消失に耐えてくれた。それは素直に嬉しい」

 

(意味消失って……)

 

 レフ教授もだけど、カルデアの人間はサラッと怖い事を言うよな。って、そういえばレフ教授の安否はどうなっているんだろう?所長が生きていたワケだし?彼も無事だったりするのだろうか?まぁ、好意的な感情を抱けない野郎の安否を気にする趣味はないので、今のところは後で確認できればいいかな~程度の関心だけど。

 

「それとマシュの変わりようのことだけど、身体能力、魔力回路、すべてが向上している。これじゃ人間というより――」

「はい。サーヴァントそのものです」

 

 と、私が他の事を考えている間に、ドクターとマシュの間では会話が進んでいる。ただし……

 

(私だけ置いてけぼり感スゴくない?)

 

 所長もデミ・サーヴァントがどうとか言っていた気がするし、今のマシュについて語るには、それは外せない要因なんだろうけど……

 

「経緯は覚えていませんが、わたしはサーヴァントと融合した事で一命を取り留めたようです」

「融合……」

「今回、特異点Fの調査・解決のため、カルデアでは事前にサーヴァントが用意されていました」

「事前に用意……」

「そのサーヴァントも先ほどの爆破でマスターを失い、消滅する運命にあった」

「マスターを失い消滅……」

「ですがその直前、彼はわたしに契約をもちかけてきました」

「契約?」

「英霊としての能力と宝具を譲り渡す代わりに、この特異点の原因を排除してほしい、と」

「ん?」

「英霊と人間の融合……デミ・サーヴァント。カルデアの六つ目の実験だ」

「…………」

 

(いや、ドクター。まずはサーヴァントが何なのかを教えてほしい)

 

「そうか、ようやく成功したのか。では、キミの中に英霊の意識があるのか?」

「……いえ、彼はわたしに戦闘能力を託して消滅しました」

 

(うん、教えてくれないね)

 

「最後まで真名を告げずに。ですので、わたしは自分がどの英霊なのか、自分が手にしたこの武器が、どのような宝具なのか、現時点ではまるで判りません」

「……そうなのか。だがまあ、不幸中の幸いだな。召喚したサーヴァントが協力的とはかぎらないからね」

 

(だから、サーヴァントってなんだよ……)

 

「けど、マシュがサーヴァントになったのなら話は早い。なにしろ全面的に信頼できる。それと、セツナさん。そちらに無事レイシフトできたのは、キミだけ(・・・・)のようだ」

「…………なるほど」

 

(誰が首謀者にせよ。ソイツはクソ野郎に違いない)

 

 視界の端でマシュが首を傾げたのに気付くが、彼女は会話の裏を読むような経験が浅いのだろう。マシュにしてみれば言葉足らずに感じただろうドクターの言葉は、私にとっては十分すぎる情報を含んでいた。

 

 要するに、言うまでもなくあの惨状は正しく悲劇であり、そんな悲劇には魅力的なヒロインが付き物と言う訳である。

 

「そしてすまない。何も事情を説明しないままこんな事になってしまった」

「出来れば説明してから会話して頂きたかったですね」

「それなら聞いてくれれば良かったのに」

「あー、まぁ確かにそう言われてしまうと、反論の余地がなくなるんですけど」

 

 変なところで気の回る人だなほんと。

 

「……わからない事だらけだと思うが、どうか安心してほしい」

 

 ドクターの私を思ってだろうその発言に、少しだけ顔を顰める。というのも、私は〝知らない”事で安心できる類のものなら〝知る”事で、ちゃんと恐怖したい派の人間なのである。例えそれが、どれだけ残酷な事実であっても。

 

「キミには既に強力な武器がある。マシュという、人類最強の武器がね」

「……マシュが最強の武器、ですか」

 

 戦いの道具を語るには似合わない医者の言葉に、その意味するものに、知らず感情が冷えるのが分かる。抱くだけ無駄な感傷だというのに――

 

「……最強というのは、どうかと。たぶん言い過ぎです。後で責められるのはわたしです」

 

 自覚出来るくらい硬質な声を出した私に、マシュが抗議の声を上げるが、生憎と私が問題視したのは、そういう事柄ではないのだ。

 

「まあまあ。サーヴァントはそういうものなんだってセツナさんに理解してもらえればいいんだ」

「そうですね。最強かどうかの真偽は兎も角、的確な例えだと思います。彼女の能力なしでは、ここまで来れなかっただろう事は明白ですから」

 

 今の私では、最初の狙撃の時点で死んでいるだろう。仮に初撃をやり過ごしたとしても死ぬのが少し遅くなっただけ。という結果になっただろう事は、あの猛攻を経験した以上、断言せざるを得ない。

 

「ただしセツナさん、サーヴァントは頼もしい味方であると同時に、弱点もある」

 

 そう言った彼の声が、珍しくも聞きなれた真面目なトーンだったせいもあり、私はマシュを一瞥してから、彼へと視線を戻した。これから〝知る”恐怖に立ち向かう事になるのだ。という確かな予感と共に。

 

「それは魔力の供給源となる人間……マスターがいなければ消えてしまう、という点だ」

「――――え?」

「現在データを解析中だが、これによるとマシュはキミの使い魔(サーヴァント)として成立している」

「……ちょっ、ちょっと、待って下さい。それじゃあ――」

「つまり、キミがマシュの(マスター)なんだ。キミが初めて契約した英霊が彼女、という事だね」

「私が……マシュの、マスター……?」

 

 ドクターの言った言葉の示す意味を反芻する。つまり私の命は――――

 

「うん、当惑するのも無理はない。キミにはマスターとサーヴァントの説明さえしていなかったし」

「…………なら、ちゃんとした説明をお願いします。ザックリとした例え話ではなく」

 

 巻き込んでしまったと悔いているのなら、せめてもの誠意を見せて欲しい。と、私は視線だけで抗議する。

 

「そうだね。いい機会だ、詳しく説明しよう。今回のミッションには二つの新たな試みがあって……」

 

 すると、そんな私の思いを汲んだのか、申し訳なさそうに淡く微笑んで、説明を始めるドクター。しかし――

 

「ドクター、通信が乱れています。通信途絶まで、あと10秒」

「むっ、予備電源に替えたばかりで、シバの出力が安定していないのか。仕方ない、説明は後ほど」

「え、ちょっ……」

 

 堅実的なマシュの指摘に、その姿が揺らぐ。非常事態とはいつだって、間の悪い事を言うのだ。

 

「2人とも、そこから2キロほど移動した先に霊脈の強いポイントがある。何とかそこまで辿り着いてくれ。そうすれば、こちらからの通信も安定する」

「2キロ先の霊脈の強いポイントですね」

「ああ、くれぐれも無茶な行動は控えるように。こっちもでき……か……り……く電……を――」

「ドクター!」

 

 途切れる通信。次いで聞こえたのはザーっという雑音だった。ただ運の良い事に、重要な部分はきちんと聞き取れていたので、問題にはなっていない。

 

「………………」

「……仕方ないわね。ひとまずは所長と合流してこれからの方針を定めましょう」

 

 ドクターがいた場所を見つめたまま、硬い表情を崩さないマシュの肩に手を置けば、彼女がぎこちなく破顔した。

 

「はい。頼もしいです、先輩。実はものすごく怖かったので、助かります」

「…………怖い、か」

 

 マシュの素直な感情の吐露に思わず呟いていた。そう言えばいつから私は――

 

「先輩?」

 

 不安げに紫水晶が揺れる。その視線に私の中で何かが弛緩した。

 

「いえ、なんでもないわ、行きましょう」

 

 殺し合いに恐怖を覚えなくなったのだろう?(いつか彼女も私の様になるのだろうか?)

 

 

 

 

 

 

 *

 

 

 

 

 

 

 

「2キロ先に霊脈のポイントがある。ロマニはそう言っていたのね」

 

 悲鳴が聞こえた時は何事かと思ったけれど、戻ってきた二人の様子に異常は見られなかった。そればかりか、わたし抜きの会話の中で、ロマニは重要な事を言って消えたらしく、マシュから内容を伝え聞きながらも、わたしの心中は穏やかじゃなかった。

 

「はい。そこであれば、カルデアからの通信が安定すると」

「……そう、ならそこに向かうのが良いでしょう。お互いに状況を共有できないのは不便ですし……あなたもそれでいいかしら?」

 

 その原因とも言える少女はといえば、着替えを終えて戻って来てからというもの、我関せずとでも言うかのように、ストーブの前で暖を取っている。初めて見た時から感じていた事ではあったが、わたしはどうにも彼女を好きになれなかった。

 

「ええ、現状それしか選択の余地はないようですし、異論はありません」

 

 わたしの問いかけに、イモリ・セツナは振り返る事なく淡々とした口調で応じた。そんなところもいちいち勘に障るのだから、最早、彼女に対する嫌悪は生理的なレベルに達していると言っても過言ではないだろう。

 

「ええと、所長。私に何か?」

 

 彼女の返答に無言でいたせいか、イモリ・セツナが不敵にも取れる笑みを浮かべてこちらを振り返った。この悪く言えば地味で、良く言えばおとなしそうな見た目をしている少女は、ふとした瞬間に違った貌を見せる。それも、わたしにだけ分かるように。

 

(勘が鋭いのもここまで拗らせると病的だわ)

 

 自分に向けられている感情が、良いものではないと分かっているだろうに、イモリ・セツナの表情は、当てつけなのかと勘ぐってしまいたくなるほどに晴れやかだ。本当に歪んでいる。

 

「……都市探索を始める前に、わたしに言うべき事があるでしょう、イモリ・セツナ」

「…………先程の平手打ちの事でしたら、謝るべき事柄ではないと思いますよ?実際あれでいくらか正気を取り戻せたんですから、寧ろ感謝して頂きたいものです」

 

 丁寧な口調を崩さずに、神経を逆なでるような事を平然と言ってのけるその態度に、思わず片眉が上がる。

 

「……本気で物覚えが悪いようね。思い出しなさい。管制室での事よ!!」

「ああ、あの時の発言の事でしたら、弁明も謝罪も致しませんよ」

 

 闇色の瞳が冷たく光る。どうやらお互いに譲れない局面のようだ。

 

「…………はぁ~、まあいいでしょう。言って聞かせるだけ無駄なようですし」

 

 正直、悔しいが、マシュがデミサーヴァントで彼女が令呪を宿している以上、変に仲違いするのも後に響いたら事だ。

 

「イモリ・セツナ。緊急事態という事で、あなたとキリエライトの契約を認めます。そして――」

 

 腕を組み彼女の前に立つ。気に入らない事に、説明会の時、最も従順で一番無礼だったのが彼女である。

 

「ここからは、わたしの指示に従ってもらいます」

「…………」

「いいわね?」

「……ええ、戦場では臆病者ほど生き残ると言いますし、所長に従うという事に異論はありません」

 

(この女っ!!いちいち一言多いのよっ!!)

 

 流石に頭に血が上るが、相手はまだ成人してもいない小娘だ。大人として、ここは余裕と威厳を見せておくことにする。

 

「…………では、イモリ・セツナ。改めてわたしの護衛(ガード)を任せます。全力で役目を果たすように」

 

 ビシリと彼女を指差し宣言する。指揮官がわたしなら、最重要警護対象もわたしだ。そこだけは譲るつもりはない。だから流石の彼女も、これには素直に頷くだろう。と、思ったのだが――

 

「ん?何言っちゃってんですか?嫌ですよ、そんなこと」

 

 憐憫とも軽蔑ともつかない、何とも言えない表情でわたしを見上げる彼女の口から酷薄な台詞が紡がれる。これはいい加減に矯正が必要なレベルだろう。

 

「なっ、あなたね、さっきから――」

「だって本来、自分の身は自分で守るべきものでしょう?」

 

 が、その後に続いた言葉に、彼女の甘さを見た気がして、少しだけ冷静になった。

 

「……はっ、何を言うかと思えば、よくある詭弁ね。あなただって、マシュがいなければ、とっくに死んでいるわよ」

「それは、確かにそうでしょうね。でもそれは、マシュが自分の身を護る為にもそうしているんですから、仕方がないんじゃないですか?」

「なんですって?」

「だって私はマスターで、マシュは私のサーヴァント。まぁ正確には頭にデミが付きますけど……つまり、マシュは私がいなければ自分を保てないから私を守っている。とも言えるという事ですよ。だから、私を守る事はマシュにとっては自分を守る事に等しいわけです」

 

 確かに、彼女の言っている事は間違ってはいない。が、だから何だと言うのか(・・・・・・・・・・)。それがマスターとサーヴァントの関係というものだ。理解したのなら、承知して行動すればいいものを。

 

「それに私は、信用したわけではないのに、力を持っている。という根拠だけで、他人に背中を任せようとする浅慮な人間は理解できませんね。これがアニメとかだったら、所長は完全に後ろから刺されて退場してますよ?」

「言わせておけばっ――」

 

 思わず彼女の胸倉を掴みあげていた。これでハッキリした。わたしたちはどうあっても相容れない。

 

「所長もっ!!先輩も!!喧嘩は止めてください!!今は仲間内で争っていられる状況ではありません!!」

 

 無言で睨み合うわたしたちの間に割って入ったのは、デミ・サーヴァントと化したもう一人の少女だった。

 

「…………マシュの言う通りね。以後気を付けるわ。所長、私が言い過ぎたところがあったのは認めますが、今のあなたは安全が確立された場所に座す指揮官ではない事をご理解ください」

 

 逸らされた漆黒はマシュを一瞥してから閉じられる。頭痛を堪えるような表情の後に続いたのは、相変わらず丁寧で癇に障る謝罪だった。

 

「……貴女に言われなくとも分かっています」

 

 釈然としないが、謝罪をされてしまった以上、こちらも矛を収めなくては示しがつかない。歯痒い事この上ないが、仕方がないだろう。

 

「そうですか。では、新手が来る前に移動しましょう」

 

 そんなわたしの寛大さに、無感動に無表情に漆黒の少女が答えれば――

 

「はい、まずはドクターの言っていた座標(ポイント)を目指しましょう。そこまで行けば、ベースキャンプも作れるはずです。そうと決まれば善は急げです」

 

 彼女のサーヴァントが主を庇うように早口で続けたのだった。しかし――

 

「ところで、なんでわざわざ着替えた服がそれなのよ。馬鹿なの?」

 

 悔し紛れに放ったわたしの発言が、新たな議論を招くことになるのだった。

 




 
 おまけ(※ザックリ文章陳謝)

(ぶっちゃけ本編で重要じゃない議論(口論)の内容、読まなくてもなんら問題はないです。読んでやるぜという方は本編の最後から繋げて読んでネ♡)

「可笑しいでしょうか?」
「いえ、とても似合っていますよ先輩」
「あら、有難う。私の学校の冬服は白黒なのだけれど、この制服は赤黒なのが気に入ったわ」
「先輩は赤色がお好きなんですか?」
「そうね。汚れが目立たないところは気に入っているわね」
「汚れですか?」
「私の夏のセーラー服は紺と白だったでしょう?それだとやっぱり目立ったじゃない?」
「……はぁ」
「そんな理由?」
「まぁ……それに制服、落ち着くんですよ?」
「…………そうなの???」
「ええ、あっ、でも所長が着るのはちょっとキツイかな。年齢的に」
「大して変わんないでしょうがっ!!」
「いやぁ~10代と20代を同じ土俵で語るのは……ねぇ」
「えっと……って所長!!落ち着いて下さい。先輩も笑ってないで――」
「離しなさいっ!!キリエライト!!あいつ一回、痛い目に遭わせないと!!」
「あんまりイライラしないほうが美容の為ですよ所長」
「誰のせいでっ!!怒ってると思って!!」

 ってな事があったとか、なかったとか……

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