Fate/GrandOrder ~憎悪と慈愛と復讐の救済を~   作:三枝 月季

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 今回のお話は短め。本当は一息で書きたかったのですが、結構キリのいい文章が書けてしまったので。

 なお、タイトルは誤字ではないので悪しからず。


彼女達の週末

「ハッ、ハァ、ア」

 

 管制室までは大した距離ではなかったはずなのに、私の心臓は早鐘を打ち、肺は空気を求めている。いくら走っているからといって、短時間でここまで息苦しくなるのは、おかしなことだった。

 

「フゥ、フォウッ!!」

 

 少し前を先行して走るフォウの足跡が赤い。恐らくは、気付かぬうちに血でも踏んだのだろう。それでなくとも、管制室へと近づくにつれて、景色は凄惨さを増しているようだった。廊下や壁のひび割れが数を増し、所々の壁には、先程の女性がつけたのだろうと思われる。赤茶色の手形が存在を主張している。奇しくも私は、自分でも気づかないうちに、フォウと共にその血痕を手掛かりに走っていたのだった。

 

 ただ、救いと言えるかは分からないが、まだ死人を見たわけではない。けれど、生者も見てはいなかった。

 

「フゥー、フォウッ!!」

 

 ふと、私より先に廊下の角を曲がったフォウの甲高い鳴き声が鼓膜を揺らした。その声が、人間でいうところの悲鳴に該当すると理解した私は、覚悟を決める。

 

「ッハァ、こ、これって……」

 

 フォウに遅れること数秒、角を曲がった私は足を止め、荒い息を繰り返しながら、ただ、ただ驚嘆した。目の前に続いているはずの道は、積み上げられた瓦礫の山で塞がれ、床には夥しい量の血液が血溜まりを作っている。

 

 瞬間、込み上げたものを押さえる為にも、私は口元を覆った。

 

 それは、生理的な身体の反応だったのだと思う。私が視界に入れたものは、人の形を失った。かつては人だったものの肉塊だったのだから。

 

「ここまで来てッ……!!」

 

 思わず、悪態を吐いた私を嘲るように、はるか上空では蛍光灯の光が明滅を繰り返している。その弱々しい光を見上げ、天井に開いた大きな穴の存在を認知し、上階の床が抜けたのだと理解した。

 

「フォウ」

 

 すると、そんな私を慮るように、フォウが足元にすり寄って来る。

 

「……私は大丈夫よ、もう少しだから頑張りましょう」

 

 事実、その頭を安心させるように撫でると、不思議と気持ちが落ち着くようだった。

 

 その証拠に、再度遺体を見ても吐き気を催す事はなく、私は遺体に近づくと、しゃがみこんで手を合わせた。

 

 時間に余裕があるのなら、身元が確認できるような物を回収できるのだが、そんな余裕があるのか分からない以上は、出来るだけ記憶に留めるように努める事しか出来ない。現場は維持するに越したことはないのだろうが、そうは言ってもいられないだろう。

 

 と、そう結論付けてからの私の行動は早い。細切れになった遺体から、指の出来るだけ長いものを選んで手に取る。その形状的に親指ではなく、長さ的に小指ではなさそうだ。私はその指を自分の中指と重ねるも、関節の位置が僅かばかり高い。太さもなかなかある事を見るに、遺体の性別は恐らく男性だろう。また、肌は白いので白化(アルビノ)ではない限り、有色人種ではないのは確かである。

 

「うーん、あとは瞳の色くらいは確認したいんだけど、潰れちゃってるし無理か。あっ、でも髪の毛が少し見える。どれどれ、おお、根元まで綺麗な金髪!!」

 

 瓦礫で潰れた頭蓋から、一本だけ髪の毛を採取して蛍光灯の光に翳す。その弱々しい光に照らされた、根元まで曇りのない金髪は、生まれついてのものであろうと思われた。

 

「フー!!フォーウ!!」

「おっと、そうだね。こんな事している場合じゃなかった」

 

 ごめん、ごめん。と服の裾を口で引っ張るフォウに苦笑を返して、私は指を元の位置に戻すと、遺体に再度手を合わせ、立ち上がる。

 

「ねぇ、フォウ」

「フォウ?」

「これから私がする事は秘密よ」

 

 それだけを告げて、元より返事は聞かないつもりでいた私の身体は、丸腰のままで()を作る。

 

「……フーッ!!」

 

 すると、最低限の事を伝えただけなのに、フォウは耳を伏せ毛を逆立たせると、私を威嚇するように低く唸りながら距離を取った。やはり、動物の本能や嗅覚は、人間とは比べ物にならないほどに鋭敏なようである。

 

「……まぁ、そういう反応されると思っていた分、出来れば使いたくはなかったんだけどね」

 

 けど、仕方がない。迂回路を探している暇などないのだから、例え、それが死者に対する冒涜になろうとも、生者を救い出す為に必要なのだと確信したなら、迷ったりはしない。私は始めからそういう女だ。

 

「どうか、死後のあなたが安らかでありますように」

 

 その言葉だけを手向けに、私はまた走り出す。血煙の先、穿たれた瓦礫の山を越えた先に、一縷の希望を見い出すように――

 

 

 

 

 

 

 *

 

 

 

 

 

 

 

 恐ろしい夢でも見たのだと思っていた――

 

(…………あ、れ、私)

 

 どこか、二日酔いの朝に似た倦怠感を感じながら、ゆっくりと目を開けると、なぜか視界の半分が赤く塗りつぶされていた。加えて、どれだけ意識しても、なぜか脚を動かす事が出来ず、気になった私は、正常な視界を保った方の眼球を彷徨わせる。すると、私の脇腹に奔った裂傷を縫い合わせる青年の姿が映った。

 

(何、コレ?)

 

 寝起きで目にする光景としては、あまりにショッキングな現状だったが、不思議と私が取り乱す事はなかった。無論、恐怖を感じていたし、パニック状態でもあったが、それと同じくらいに泣き叫ぶ気力もなかった。だから、自分はまだ夢の中にでもいるのだろうか?と、ボーっとその光景を眺めてから、次第に現実を悟った私は重い口を開いた。

 

「か、んせい、室」

「!」

 

 無意識に口に出した言葉は、自分でも分かるほどに酷く掠れてはいたが、傷口を縫合していた青年には、ちゃんと聞こえていたようで、彼は弾かれたように顔を上げた。年齢は私と大差ないか、少し若いくらいに見える。すると、よく言えば優し気な、悪く言えば頼りなさげな印象を受ける青年は、安堵するように短い息を吐いた。

 

「良かった、気が付いたんだね」

「貴方は……」

 

 同じ組織に属していても、部署が違えば交流も少ない。現段階で私が理解できた事は、彼に助けられた。という事実以外に何もなかった。

 

「ボクは医療部門トップのロマニ・アーキマン。状況は分かるかい?」

「……ええ、私は、技術班の人間です。あの、私以外に助けられた人は――」

 

 と、そこまで聞いておいて、私は閉口する。何処かの国の諺に、目は口程に物を言う。というものがあったように記憶しているが、彼の瞳はまさしく、雄弁に悲劇を物語っているようだった。

 

「……現状は、キミだけだ」

「そう、ですか」

 

 彼の苦しそうな声に、なんだか無用な責任を押し付けてしまったような気分になった私は、力なく笑い返す。医者として、命を尊ぶのは当然だろう。けれど、彼は些か優しすぎるようにも思えた。だから、彼の不安の矛先が誰に向かっているのかを理解した瞬間に、私は全てを思い出したのである。

 

「……だけど今、マスター候補者の女の子が管制室に向かっている。ボクもこれから後を――」

「駄目ですッ!!」

 

 彼が口にした言葉の意味を理解するなり、私は彼の腕を力の限り握りしめて、悲鳴に近い声で叫んでいた。

 

「おいおい、キミこそ、そんな状態で動いては駄目だ!!」

「かっ、管制室に生存者は居ません。居たとしても、もう手遅れでッ!!」

「わかった。わかったから落ち着くんだ。何があったのか思い出せる限りでいい。ボクに教えてはくれないか」

 

 錯乱状態の私を落ち着けるような優しい声音と、真剣な眼差しを受け、我に返った私は、一つ深呼吸をする。

 

「そう、ですね。私も混乱していて何が何だか……けれど、きっと、これだけは事実です」

 

 口が乾く、それを言葉にする事で、何か取り返しのつかない事が起こるのではないか?という漠然とした不安に駆られる。けれど、私がここで彼に助けられたことに意味があるとするなら、無惨にも殺されていった(・・・・・・・)仲間たちの為にも、私には、それを告げる責任があるだろう。

 

「今回の事は、不慮の事故などではありません」

「何だってッ!?」

 

 彼の驚嘆に呼応するかの如く、声を出すほどに、喉の奥が引き攣れていくような苦しさがあった。

 

「カルデアには、裏切り者がいます」

 

 私の結論に、彼は言葉もなく瞠目し、私の頬には涙が伝った。

 

 

 

 

 

 

 *

 

 

 

 

 

 

 

「やっと、着いた」

 

 力を使い瓦礫の山を吹き飛ばしたことで、遠回りをせずに済んだ私は、内側から圧をかけられたかのように変形した扉の前で、額の汗を拭った。その歪んで緩んだ両開きの扉の合わせ目からは、轟々と唸るかのように燃える炎が見え隠れしている。

 

「流石に連続で力を使うのは、鈍りきったこの身体じゃあ、まだ無理ね」

 

 余力がないわけではないのだが、ここで全てを出し切るのは早い。と、本能が語りかけていた。

 

 故に、私は歪んだ扉の隙間に指をかけて、力いっぱいにそれを押し開く。次の瞬間、開かれた地獄の門から、太陽が墜ちてきた。

 

「えっ、ちょっ、貴女大丈夫!?一体何が起こっ――」

 

 恐らくは扉に寄りかかっていたのだろう。慌てて彼女の身体を受け止めて尋ねるも、私に背中を預けるように倒れ込んできた彼女は、ピクリとも動かない。気絶でもしているのか?と、その肩を揺すった反動で上がった彼女の顔を見て、私は状況が思った以上に酷い可能性を察知した。

 

 彼女の恐怖に見開かれた瞳は、説明会場で見た時よりも絶望感を増し、同時に、どこまでも光を宿すことはないのだった。

 

「フォウ……」

 

 相変わらず、私を警戒するように距離を取ったままのフォウが静かに鳴き、私はただ、ただ首を振った。

 

 まだ息があったのであれば、出来る事はあったのかもしれない。けれど、それは幾ら悔やんでも今更な事である。彼女にはもう、してあげられる事はない。せめて、きちんと弔う事はしてあげたいが、それもやはり、この騒動が収まらない限りは難しいだろう。

 

「――ごめんなさい」

 

 彼女の瞼をおろしながら許しを乞う。けれど、思わずと口をついたその感情が、何に対する謝罪だったのか、私自身、よくは分からなかった。

 


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