Fate/GrandOrder ~憎悪と慈愛と復讐の救済を~   作:三枝 月季

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 お久しぶりです(笑)そしてこれくらいの間隔があいてしまう事はままあると思います。細々とマイペースに頑張る所存です。

 それと、話は変わりますが、先日、王妃ピックアップ期間中に王妃展に行ってきました。
 とっても華やかながら後半に行くほどに革命の足音が聞こえるような展示の仕方で、王妃の激動の人生を表現しているようで感動しました。
 来年の2月末頃まで開催しているそうなので、気になった方は是非、足を運んでみてください。

 なお、召喚は……。(お察し下さい)

 では、今回も楽しんで頂けたら幸いです。

 ※今回のお話はガールズラブタグが仕事をしています。ご注意下さい。


崩壊は突然に

「……その、大丈夫ですか先輩?」

「痛みがないと言ったら嘘になるけど。まぁ、自分から仕掛けたことだからねぇ。それにマシュ。主力としては、ここは叱るところなんじゃない?」

 

 説明会場を退出して歩き出した途端、マシュが心配そうにこちらを窺ってきたので、私は苦笑を浮かべながら答えた。それは心配させてしまった事に対しての謝意と、良くも悪くも、己の立場を理解していないような少女の、無垢な優しさに対する呆れが混ざったものだった。

 

「……あの、先輩?」

「ん~、何だい?」

「なぜ、あのような言動を?」

 

 白々しく、ケロリと軽快なノリで聞き返せば、私の言に思うところがあったのだろう。マシュが、訝し気にこちらを見つめてくる。

 

 対する私も、自業自得とはいえ、彼女の表情には少しだけ苦いものを感じてしまう。それは、その素直さに懐かしいものを感じてしまったからであったのだが、決して軽々しく感傷に浸っていい類のものでもなかった。

 

「欲しい答えがあったからさ。そしてそれは、マシュ。君が私の代わりに受け取ってくれたはずだよ?」

 

 自分でも自覚出来るほどに含んだ笑いを口元に浮かべて、それをマシュへと伝えれば、彼女の美しい紫水晶(アメジスト)の瞳が、驚きに見開かれた。

 

「……もしかして、わざとファーストミッションから外されようと?」

「ご名答っ!!」

 

 彼女の鼻先でパチンと指を鳴らして肯定すると、驚いたマシュがたたらを踏む。その可愛い反応を堪能しながらも、私は己の推測が外れていなかったことを確信した。

 

 説明会場を退出した際に、彼女だけは一度、所長に呼び戻され会場に戻っていたのだが、恐らくはその時に、私の売った喧嘩に対する答えを、所長から言付かっていたのだろう。ひとまずは、望んだとおりに事が運んだようで、何よりである。

 

「…………でも、それなら、なぜ先輩はここに来たのですか?」

「………………………………」

 

 しかし、安心したのも束の間、今度は無垢で可愛い伏兵(後輩)による追撃(正論)が私を捉えた。ほんと、得意になって藪をつつくものじゃないな。

 

「先輩?どこか具合でも――」

 

 ふと、俯き足を止めた私を慮るように、マシュが手を伸ばすのと、私が行動に移ったのは、ほぼ同時だった。彼女から伸ばされた右手を掴むや、私はただ、ただマシュに向かって歩を進め――

 

「せん、ぱい?」

 

 気付けば、距離を詰める私によって、壁際へと追い込まれたマシュとは、息がかかるほどの距離にまで近づいていた。殆ど身長が同じな事も相まって、ここまで近いと、彼女の淡色の長い睫が震えるところまで、はっきりと知覚出来る。私が同性だという事を差し引いても、油断のし過ぎであるのは明白なので、手加減などしない。逃げられないように、逃がさないように身体を密着させると、流石のマシュも何かを感じたのか、微かに身じろぐ、けれど、そうすることでお互いの脚が触れ合う事にも気付いたのか、精一杯の抵抗として恥ずかしそうに顔を背けた。そんな可愛い反応をするものだから、私の嗜虐心がそそられてしまったのも無理はないと思う。

 

「…………打算と利害の一致だよ」

「ふぇっ?」

 

 顔を逸らしたことで、無防備に晒された耳へと囁くと、殆ど反射的にマシュが顔を戻す。

 

「ふふ、捕まえた」

「えっ、ええと……」

 

 お互いの額が合わさった事で前髪が絡み、吐息が頬を撫ぜる。すると、私の言動に付いてこれていないのだろう。羞恥からか、マシュは白皙の美貌を朱に染める。その少しだけ潤み、震えるように揺らぐ紫水晶(アメジスト)に反射した私は、何処までも感情を失った顔をしていた(相変わらずの無表情だった)

 

「次はないよ、マシュ」

「は、はぁ」

 

 冗談半分でマシュをからかい尽くして満足した私は、彼女から手を放し距離を取る。すると、私から開放された(私という支えを失った)ことで、彼女は壁に沿って、ズルズルとへたり込んでしまった。

 

「あら?腰を抜かすにはまだ早くてよ?それに、君がいないと、私はベッドでおねんね出来ないんだからね?」

 

 些かやり過ぎたか。と、心の中で反省しつつも、私は他人に心を配れる精神状態ではなく、身体は一刻も早い休息を求めている。故に、わざとらしい言い方で、彼女を促した。

 

「あっ、はい、すいませ――きゃっ!?」

「マシュっ!?」

 

 すると、真面目な彼女は私に抗議するでもなく立ち上がろうとしたのだが、そんな彼女に追いうちをかけるかの様に、私とマシュの間を白い物体が走り抜けた。驚く私とマシュを尻目に、彼はマシュの顔の上に器用に着地すると――

 

「フォウ!!」

 

 と、やはり、どこか誇らしげに鳴き声をあげた。

 

「……美少女の顔は、もっと大事にしたまえよ。フォウ」

「い、いえ、いつもの事です。問題ありません」

「そうなの?」

 

 起き上がろうとするマシュに手を貸しながら、フォウを窘める私に、意外な答えを返すマシュ。

 

「はい、フォウさんは、わたしの顔に奇襲をかけ、そのまま背中に回り込み、最終的に肩へ落ち着きたいらしいのです」

「……へぇ~、なんだかいろいろと突っ込みどころが満載な気もするけど、とりあえず、これだけは言わせて……フォウ、恐ろしい子!!」

「……先輩?」

「ああ、ごめんなさい。気にしないで、言いたかっただけだから」

 

 ちょっと、フォウくんの性癖?が斜め上だっただけだから。

 

「先輩が、そう仰るなら」

「ええ、それに、その様子を見るに慣れているのね」

「はい。フォウさんがカルデアに住み着いてから、一年ほど経ちますから」

 

 私の言葉に、マシュは自分の肩で寛ぐフォウの首元を撫でながら答え、撫でられたフォウは気持ち良さそうに目を細めた。こうして見ると、意外と猫っぽくも見えるから不思議である。

 

「一年、ねぇ~」

 

 マシュの言い分を素直に受け止めるなら、彼女がここに来たのだって、最低でも一年以上は前という事になるだろう。

 

 しかし、こんな辺境の山岳地に一年以上も詰めている割には、彼女は何の不満も抱えてないように見える。と言うよりも、そうなるように教育されているのかもしれない。彼女の純粋無垢さは最初から籠の中の鳥だったから(外の世界を知らないせい)なのではないか?という錯覚(邪推)を抱かせるほどなのだから。

 

「フォウ。クー、フォーウ!!フォーウ!!」

 

 すると、そんな私の思考を裂くように、フォウが高い声で鳴くので、私はそれ以上の考えを振り払うと、依然として、マシュの肩に乗ったままの小動物へと視線を移した。

 

「……ふむふむ。どうやらフォウさんは先輩を同類として迎え入れたようですね……」

「えっ?」

「しかし、人間をライバル視するリスのような生き物はアリなのでしょうか……」

「ええと、こっちに訊かれても困るかな……」

 

 ん?ていうかマシュはフォウの言っている事が分かるの?まさかの不思議ちゃん属性も持っている系の美少女なの!?

 

「まあ、フォウさんのことですから、明日には忘れているでしょう。それはそれとして、です」

「?」

「実はもう目的地に着いています。こちらが先輩用の個室となります」

「おっと、そうだったのか。案内ありがとう」

 

 マシュの言に、私は通り過ぎてしまった分を後ろ歩きで戻ると、その銀色の扉の前で彼女へと向き直る。

 

「なんの。先輩の頼みごとなら、昼食(ランチ)をおごる程度までなら承りますとも」

「なにそれ、男前って、うわっ!!」

「キュー……キュ!!」

 

 どこか楽し気なマシュの言葉に笑って返すと、彼女の肩から私の肩へとフォウが跳躍し、予想だにしていなかった彼の行動に、今度は私がたたらを踏むこととなった。

 

「フォウさんが先輩を見てくれるのですね。これなら安心です」

「それはいいとして、フォウ。驚かさないでよ」

「ンキュ?」

 

 マシュがそうしたように、フォウの首元を撫でながら抗議すると、彼は不思議そうに小首を傾げた。そのあざとい可愛さに怒る気力も削がれてしまう。

 

「それでは、わたしはこれで。運が良ければ、またお会いできると思います」

 

 すると、そんな私と一匹を優しい表情で見つめていたマシュが、さらりと別れを切り出した。以外にもこういう事には淡泊らしい。まぁでも、さっきの私の言動を考えれば、然もありなん。と言ったところか。今のところは、再会を望むかのような言葉を選んでくれた彼女をたてるべきであろう。

 

「あっ、うん、じゃあまた」

 

 だからこそ、私は彼女の背が見えなくなるまで笑顔で手を振った。ファーストミッションに外された身の私と、主力戦力である彼女が次に邂逅するときには、きっと、状況は最悪に近いのだろうな。などと思考しながら……っと、ここまでは良かったハズなんだけれど――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「うぇええええええ!?誰だ君は!?」

「えっーと……」

「ここは空き部屋だぞ、ボクのさぼり場だぞ!?誰のことわりがあって入ってくるんだい!?」

「いや、貴方こそ何者ですか!?」

「何者って、どこからどう見ても健全な、真面目に働くお医者さんじゃないかな!!」

「……えっ?」

 

 自室と言われ案内された部屋には、得体の知れない陽気な先客が居たのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「いやあ、はじめまして!!予期せぬ出会いだったけど、改めて自己紹介をしよう!!」

「はぁ……」

 

 場合によっては、武力行使に出る事も考えた私だったのだが、問題の人物は話せばわかる類の人間であったようで、私の名前とカルデアでの立場と、この空き部屋は今日から私が使う事になった旨を伝えると、すんなりと合点がいったらしく、何がそんなに楽しいのか、人好きのする柔和な笑みを浮かべ私の手を取ると、上下にブンブン振りながら、そう言い放ったのだった。

 

「ボクは医療部門のトップ、ロマニ・アーキマン。なぜか皆からDr.ロマンと略されていてね。理由は分からないけど言いやすいし、君も遠慮なくロマンと呼んでくれていいとも」

「はぁ……?」

「実際ロマンって響きはいいよね。格好いいし、どことなく甘くて、いい加減な感じがするし」

「……ああ、ゆるふわ系か……」

「ふわふわ?ああ、髪型のコト?時間がなくてね、いつも適当にセットしてるんだ」

「……………………」

 

 ん、もう何も言うまい。私は疲れたのだ。あと、そろそろ手を放してくれないだろうか。

 

 まぁ、別段、私は潔癖なわけではないのだが、知り合って間もない異性に、ずっと手を握られている状況というのも好ましいものではない。それに、潔癖という事柄に関しては、彼のほうが当てはまるだろう。

 

 握手を求めておいて、手袋を外さないのは些か失礼だとは思うが、彼の立場で考えるのなら、医者の鑑とも取れなくもない。それに、ここの職員というから身構えはしたものの、彼からはレフ教授のような雰囲気は感じ取れなかった。とはいえ、こんな施設の医療部門のトップを張れるだけの力量はあるわけなので?一概に善人とも言えないのかもしれないが。

 

「って、あれ?君の肩にいるの、もしかして噂の怪生物?うわあ、はじめて見た!!」

「へ?」

 

 ふと、私の肩口へと視線を移したドクターが、先程から浮かべたままの人懐こそうな笑みに、少しばかりの驚愕のエッセンスを加えて瞠目した。と同時に、彼の手が私の手を解放する。

 

 出会ってからずっと感心しているのだが、本当に彼は表情がコロコロと変わる。大人の、それも男性にしては、珍しいのではないだろうか?少なくとも、私が今までに接してきた成人男性に、彼のような人はいなかったように思う。そのせいもあってか、彼が女の子だったらモテるだろうな。などという下世話な想像が頭をよぎってしまった。

 

「マシュから聞いてはいたけど、ほんとにいたんだねぇ……どれ、ちょっと手なずけてみるかな。はい、お手、うまくできたらお菓子をあげるぞ」

 

 と、自分が貶められている事など知る由もないドクターはといえば、自己完結的な感想を述べながら、私の黒髪に隠れるフォウに掌を差し出している。

 

「…………フゥ」

 

 しかし、フォウはため息のような鳴き声を上げるだけで、彼の手に乗るつもりはないらしい。

 

「あ、あれ。いま、すごく哀れなものを見るような目で無視されたような……」

「然もありなん」

 

 フォウの反応で、自分がフラれた事に気付いたのか、ドクターは情けない表情で情けない声を出した。そして、そのまま力なく執務椅子に座り込んだ彼であったのだが、以外にも立ち直りは早いようで、少しばかり表情を引き締めると、私にもベッドへと座るように勧めてきた。

 

 そんなドクターの変わりようを不審に思いながらもベッドに腰かけると、丁度、彼と相対する形になる。

 

「とにかく話は見えてきたよ」

「はい?」

 

 彼が医師として対話するつもりなのだとばかり思っていた身としては、唐突に告げられたその言葉が、何を意図しているのか本気で分からず。ただ、ただ、呆けてしまう。

 

「君は今日来たばかりの新人で、所長のカミナリを受けた。ってとこだろ?」

「……あっ、えっと」

 

(うっわー、これまたレフ氏とは別ベクトルでやりづらい相手だな。この医者!!)

 

 多分、当人は無自覚なのだろうが、彼と相対してからというもの、場の空気は完全に彼が掌握している。要するに、こちらのペースを崩すのが上手いのだ。しかも、相手に殆ど不快感を与えず(気取られず)にそれらをやってのける辺りは、玄人の手腕と言えるだろう。

 

 そういえば、所長は私をロマニに預けろ!!と叫んでいたような気がする。もしかすると、彼がここに居たのは偶然ではないのかもしれない。だとしたら――

 

「ならボクと同類だ。何を隠そう、ボクも所長に叱られて待機中だったんだ」

 

 ……と、私が彼を観察している間に、リスもどきの特権生物に加え、ゆるふわな医者野郎にも同類認定された模様。悲しいかな。

 

「もうすぐレイシフト実験が始まるのは知ってるね?スタッフは総出で現場に駆り出されている」

「約一名が除かれている模様ですけれどね?」

 

 そのレイシフト実験から逃げてきた身なので、自然とその手の話題には毒を吐いてしまう。

 

「はは、手厳しいね。けどボクは皆の健康管理が仕事だから。正直、やるコトがなかった。霊子筐体(コフィン)に入った魔術師たちのバイタルチェックは機械のほうが確実だしね」

 

 しかし、特に気分を害した様子も見せずに、彼は肩をすくめると、あっけらかんと問題発言紛いの事を言い放った。

 

「所長に“ロマニが現場にいると空気が緩むのよ!!”って追い出されて、仕方なくここで拗ねていたんだ」

 

 ビンタ所長だが、指示は的確な感じである。確かに、集中を要する場面に彼を置いておくのは得策ではないだろう。裏を返せば、意図的に集中を断ち切って、現場をスローペースにしたい際には、彼ほどの適任はいないと言える。まぁ、そんな場面は少ないだろうけど。

 

 何はともあれ、話を聞いた限りでは、彼が密偵である可能性は低そうだ。

 

「でも、そんな時にキミが来てくれた。地獄に仏、ぼっちにメル友とはこのコトさ」

 

 おい待て、初めて聞いたぞ、その諺。

 

「所在ない同士、ここでのんびり世間話でもして、交友を深めようじゃあないか!!」

 

 いや困る。それは非常に困る。私は私室で身体を休めたいんだ。医者なんだから察してくれよ。

 

「別に私、ぼっちじゃありませんけど」

「な……来たばかりの新人なのにもう友人がいるなんて、なんてコミュ力なんだ……!!あやかりたい!!」

 

 いや、アンタ充分コミュ力あると思うんだけど!?多分、友達がいない理由は極端な緩さにあるんじゃあなかろうか?友達がいないかどうか知らないけど。

 

 思わず憚りもなく、大きなため息を吐いてしまう。彼がレフ教授のような人間であれば、もっとヘイトを前面にしていけるのだが、ここまで会話した限りでは、人畜無害な感じしかしないので、扱いに困る。

 

 しかし、捨てる神あれば拾う神あり。とはよく言うもので、まぁ、その神様が善か悪かは、人それぞれなんだろうけれど。兎も角、この後、私達しかいないこの空間に、第三者の声が介入した事で、事態は動く事になるのである。

 

「ロマニ、あと少しでレイシフト開始だ。万が一に備えて、こちらに来てくれないか?」

 

 と、ドクターの左手首に巻かれた銀色の腕輪から聞こえた声は、私もよく知る人物のものだった。

 

 因みに、その腕輪は私の左手首にも巻かれている。機械にそこまで詳しくない私でも、この腕輪が簡単な解析機能を含んだ認識票(ドックタグ)のようなものである事は感じ取れた。

 

「Aチームの状態は万全だが、Bチーム以下、慣れていない者に若干の変調が見られる。これは不安からくるものだろうな。コフィンの中はコックピット同然だから」

「やあレフ。それは気の毒だ。ちょっと麻酔をかけに行こうか」

 

 私なら、そんな軽いノリで麻酔をかけられたくはないな。

 

「ああ、急いでくれ。いま医務室だろう?そこからなら、2分で到着できる筈だ」

 

 すると、ドクターの冗談を華麗にスルーしたうえで、締めくくるように、レフ教授からの通信は途絶えた。

 

「ここ、医務室じゃないですよね?」

 

 と、思わず本音が漏れる。

 

「……あわわ、それは言わないでほしい……ここからじゃあ、どうあっても5分はかかるぞ……」

 

 いや、そこは走るとかして頑張ろうよ?万が一にも命に関わるようなことが起きないとも限らないんだし、仮にも医者なんだし。

 

「ま、少しくらいの遅刻は許されるよね。Aチームは問題ないようだし」

 

 あれ?私の記憶違いでなければ、ここの医療部門のトップは、このゆるふわだった気がするんだけど……大事な場面でトップが不在の組織って……

 

 各部署のトップが皆こんなノリだったらどうしよう。と、不安からか頭痛が増したのもあり、私はリアルに頭を抱えた。

 

「ああ、今の男はレフ・ライノールと言うんだ」

 

 と、そんな私の様子を、知識不足と捉えたらしいドクターが、説明口調で語り出す。

 

「あの疑似天体(カルデアス)を観るための望遠鏡――近未来観測レンズ・シバを作った魔術師ですよね?」

 

 しかし、相手が悪かったなドクター。カルデアの主要な人物にはあらかた目を付けられている身なので、新参者でありながら、情報には事欠いていないのだよ。

 

「えっ、すごいね。もう知ってたんだ」

「ええ、まぁ」

 

 但し、レフ教授の話をするとなると、精神的によろしくない気がするので、詳細は省かせていただこう。

 

「でも、付け加えるなら、シバはカルデアスの観測だけじゃなく、この施設内のほぼ全域を監視し、映し出すモニターでもあるんだよ」

「はぁ、そうなんですか」

「ちなみにレイシフトの中核を担う召喚・喚起システムを構築したのは前所長」

「へぇ」

「その理論を実現させるための疑似霊子演算器……ようはスパコンだね、これを提供してくれたのがアトラス院」

「ほぅ」

「このように実に多くの才能が集結して、このミッションは行われる」

「…………………」

「ボクみたいな平凡な医者が立ち会ってもしょうがないけど、お呼びとあらば行かないとね」

「そうですね」

「……………………」

「………………………………」

 

 ……ん?ああ、なるほど。今の説明は盛大な言い訳でもあったんですね?

 

 まぁ、それでもいいか。この人の善意は押しつけがましくなく、自然で心地良いと思ったのは事実だし。

 

「……それじゃあ、ボクは、そろそろお暇するよ。お喋りに付き合ってくれて、ありがとう」

「いいえ、こちらこそ。いろいろとご教授いただき、ありがとうございました」

 

 ふと、無音に耐えきれなくなったのか、ドクターがはにかみ立ち上がった。私も日本人らしく立礼で返す。

 

「落ち着いたら医務室を訪ねに来てくれ。今度は美味しいケーキぐらいはご馳走するよ」

「それは是非とも、ご相伴にあずからせて戴きましょう」

 

 ……しっかし、マシュもだが、この人も大概チョロくないか?それとも、カルデアでは食を奢ることが美徳とされているのだろうか?

 

 勿論、貰える善意は貰っておくに越したことはないのだけれど――

 

 と、場の空気が最高潮に緩んだ瞬間に、それは起きた。

 

「なんだ?明かりが消えるなんて、何か――」

 

 ドクターの困惑した声音を皮切りに、突如として暗転した空間に、けたたましい警告音と無機質なアナウンスがこだまする。それは確かな異常を知らせていた。

 

「緊急事態発生。緊急事態発生。中央発電所、及び中央管制室で火災が発生しました。中央区画の隔壁は90秒後に閉鎖されます。職員は速やかに第二ゲートから退避してください。繰り返します。中央発電所、及び中央――」

「うわっ!!」

「っ」

 

 すると突然、大きな音がアナウンスを掻き消し、地面が大地震さながらに震えた。私ですら驚くくらいなのだから、傍らで情けない反応を見せたドクターは、地震のない国の出身なのかもしれない。

 

「今のは爆発音か!?一体なにが起こっている……!?モニター、管制室を映してくれ!!皆は無事なのか!?」

 

 しかし、流石はカルデアの職員というべきか、焦りながらも、状況を正確に把握しようと、ドクターは声をあげる。途端に液晶へと映し出された管制室は、辺り一面、真っ赤に染まっていた。

 

「……管制室って、あの娘(マシュ)は……?」

「これは――」

 

 困惑しながらも指示を仰ごうとドクターへと視線を移せば、真剣な表情をした彼に両肩を強く掴まれる。

 

「キミ、すぐに避難してくれ。ボクは管制室に行く、もうじき隔壁が閉鎖するからね。その前にキミだけでも外に出るんだ!!」

「っ、ですが!!」

 

 あまりの剣幕に、そんなつもりはなかったというのに、思わずと言い返していた。けれど、彼は私の同行は許さないから絶対に付いてこないように。と、釘を刺すなり、部屋を飛び出して行ってしまう。

 

「どうしてこう、皆して私の話を最後まで聞かないんだ?」

 

 彼の背が暗闇に溶け、完全に見えなくなる。置いてけぼりを食らった私は、ベッドに仰向けに沈み込みながら、愚痴をこぼした。

 

 ふと、傍らを見やれば、無言で私を見つめるフォウが居る。その瞳には先程のドクターと同じように、救済の手を差し伸べる者特有の光が宿っているように見えた。

 

「……わかってる(・・・・・)。マシュを助けに行くのでしょう?」

 

 だから、こう言う他なかった。そうでないと、私は彼の視線に耐えきれなかっただろう。

 

「フォウ!!」

 

 私の発言を受け、目に見えて喜ぶフォウを尻目に、私の口元には歪んだ笑みが浮かぶ。

 

「私も大概、非情になり切れないものだな」

 

 目を閉じて、これからの事に思いを馳せる。もしかしたら死んでしまうかもしれない。と、漠然と考えながらも、不思議と恐怖はなかった。

 

 そのかわりに、彼女(あの子)の笑顔を思い浮かべて目を開ける。結末がどうであれ、それを思い出せるうちは、私はいつまでも生き続けられるのだから――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「いや、なにしてるんだキミ!?方向が逆だ、第二ゲートは向こうだよ!?」

「知っていますよ」

 

 ドクターの素っ頓狂な声に、肩を竦めながら答えるも、私の表情は真剣そのものだった。

 

「なっ、まさかボクに付いてくるつもりなのか!?そりゃあ、人手があった方が助かるけど――」

「と言うよりは、現状を鑑みるに、私が先行した方がいいと思いますよ」

 

 そう。部屋を駆け出したドクターに、私とフォウがこんなにも早く追いつく事が出来たのには理由がある。

 

「そんな事、させるわけに――」

「ドクターは彼女を放ってはおけないでしょう?」

 

 頭部と腹部から血を流す。褐色の肌をした女性を視界に入れつつ、有無を言わせないように、私は厳しい声を出した。これにはドクターとして(・・・・・・・)、彼は黙らざるをえない。今、彼が向き合うべきは目の前の患者であって、私ではない。そして、そういった優先順位を理解しない男であれば、彼は医者になどなれていない筈である。事実、彼は私を相手取りながらも、治療する手を止めるような真似はしていない。

 

「だからといって、幾らなんでも危険すぎる」

 

 しかし、以外にも食い下がるので、卑怯な手しか知らない私は、淡々と告げる。

 

「それは、貴方とて同じことです。寧ろこの状況下では、ドクターである貴方に何か起こるほうが、後の損害に影響を与えます」

「けどっ」

「それに、ドクターはお医者様でしょう(・・・・・・・・・・・・・)?私に何かあった時は、よろしくお願いしますね?」

 

 挑発するように笑いながら言うと、彼はギョッとした表情をした。恐らくは、私の覚悟のほどを理解したのだろう。

 

「ああもうっ!!言い争っている時間も惜しい!!隔壁が閉鎖する前に戻るんだぞ!!」

 

 苦々し気に吐き捨てると、彼は目の前の患者だけに集中し始める。

 

「……善処します」

 

 その背中に苦笑で返しながら、走り始めた私の視界の端で、女性の左手、薬指がキラリと光った。

 


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