Fate/GrandOrder ~憎悪と慈愛と復讐の救済を~   作:三枝 月季

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 牛若ちゃんにもう一つ聖杯をあげるか悩ましい。


Beware of the dog

「――……それじゃあ、要点を抑えましょう。アヴェンジャーは宝具を使えば使う程に、霊基が強化される。そして、喚ぶ対象はこちらで選択できる。これが強み」

 

 ふっ、とセツナの唇が震えた。憑き物が落ちたかのような雰囲気だのに、晴れやかと言うには相も変わらず、険の立った表情をしている。

 

「だが、喚ばれた宝具の解除は出来ない。と言うか、しない。この為、宝具を使えば使う程にエキドナの、ひいてはマスターの負担も増える。また、召喚者が倒れれば、その時点で召喚された宝具も消えてしまう。これが弱み」

 

 打てば響くように続く声は、困ったように笑うモナリザのもの。

 

「しかし、幸か不幸か。カルデアのバックアップで、ある程度の魔力消費は補える。加えて、今はセツナさん達が持ち帰ってくれた聖杯が一つ存在している。それを魔力に還元し、尚且つ、今いる二人を基準に考えるのならば、あと二つ分くらいの余剰はあると提言できる。問題は……」

 

 ロマニの視線が彷徨う。その先を続けるには彼には勇気が足りないのだろう。呆れたようにダ・ヴィンチが言葉を継いだ。

 

「君たち全員が、これをどう考えるかだ」

 

 玲瓏な問い掛けに、腫物に障るかのような黙考と視線が一点に集中する。そのような状況下で意見を述べる事が出来たのは、彼女の逆鱗に抵触しない者だけだった。

 

「――……私は母上の決断に従うまでです」

「ん~、ぼくも母さんの意志を尊重したいとは思うけど、要は、ぼくの力だけじゃ、オルガマリーを護れない。って事でしょう?それは……その、正直、困る」

 

 毅然とした主張に続いて、悔しさと申し訳なさの滲んだ答えが返る。それでも尚、首を縦に触れずにいるエキドナの介錯に動いたのは、漆黒の少女だった。

 

「――……人類史を救う為の絶対条件として私は死んではならない。そして、アヴェンジャー。貴女は私達を殺させたくはない」

「――……ええ、そうよ」

 

 深く頷くその瞳が揺らいだのを少女は見逃さない。

 

「なら、守って。私の事もマシュの事も所長の事も、貴女はその為に私の呼びかけに応じたの、そうして貴女は世界を救うのよ」

 

 傲慢な台詞は、エキドナにというよりも、自身に向けた暗示のようですらあった。それは言い換えれば覚悟だ。他の何を犠牲にしても自分だけは折れない。という類の決意。

 

「――……ええ、勿論、守るわ。当然のこと、だもの」

 

 途切れ、途切れにエキドナが言う。そう、守るべきものを護るためならば、自分が襲われる事など苦ではない。ただ、守るべきものが誰かに奪われるのだけは耐えられないのだ。耐えられなかったのだ。けれど、セツナはそれでは納得しない。

 

失いたくないからと(だからと言って)、命の誕生を拒むのは、貴女の在り方として矛盾するわ」

「それは――」

 

 エキドナが怯んだように息を呑む。揺らいでしまいそうだった。否、ずっと揺らいでいた。正しいことも、自分の望みも、わからぬほどに。

 

「母親である事を拒絶する事が貴女の成したい復讐なの?」

「そんなわけないでしょう!!」

 

 鋭い声があがった。ヒステリックなその反射に、セツナが驚く様子はなかった。

 

「――……ねぇ、アヴェンジャー。貴女が為す復讐は貴女だけが為すものではないはずよ」

 

 その言葉に、エキドナは途方にくれた顔で 我が子 と呟いた。縋るように、確かめるように。

 

 全てを拒絶する事も、エキドナには出来たはずだった。同じように、セツナには、それを許さない。と命じるだけの権限があるはずだった。けれど、彼女達は揃ってそうはしなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 母から産まれ死にゆく命達、なるほど。それは確かに道理だ。だからエキドナは、そのこと自体を否定するつもりはない。だが、一瞬だけ、ほんの僅かに思ってしまったのも事実なのだ。それは余りに愚かで恐ろしい願いだから、決して口には出来ないけれど。

 

 育んだ生命を狩られてしまうのが運命でしかないならば、身の内に封じたままに、共に朽ちてしまえれば、どんなにか楽だったろう?

 

 憎しみに狂う事も、身を裂くような悲しさや、取り残される寂しさを、持て余す事もなかっただろうに。と――

 

「駆り立てよ!!己が衝動(ちから)の逸るがままに!!」

 

 けれど、それは許されない願いだ。エキドナの嘆きと怒りを、そのような方法で薄める事は罷りならない。だって、それは愛した者を裏切る行為に等しい。亡くさない為に産まない(・・・・・・・・・・・)。という守り方を選ぶのは、母としての自分の誇りをも穢す否定(呪い)だ。だから、どんなに残酷な事であったとしても、結局はこうする他なかったのである。

 

怪妊母胎(パイデス)――」

 

 詠唱が極限へと至る瞬間、魔力が持っていかれる。それは産みの苦しさそのもの。産み落とされる子の存在の大きさそのものに他ならない。そして、何より――

 

迅疾走狗(オルトロス)!!」

 

 今、此処に。生まれ来る子の名を、エキドナはずっと前から、知っているのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 ***

 

 

 

 

 

 

 

「チッ、急に喚び出されたと思ったら、なんだあ?この状況はよ?」

 

 反抗的な声が響く。エキドナによって招かれた双頭の黒狗は、その姿形にこそケルベロスと近似した特徴を有してはいたが、纏う雰囲気は対照的だった。泰然としたケルベロスには、どこか神獣という単語を含ませたくなる高貴さすらあったのに対し、眼前の黒狗にはそういった洗練さは欠片もない。猛々しく、野卑な印象を受けてしまうのは、その巨躯の線が鋭利に見受けられるからであろうか。細く長い脚と高い体高は、研鑽された競走馬を彷彿とさせると共に、豹のようなしなやかさを秘めているようでもある。周囲への警戒も露わに逆立った漆黒の毛皮は、光に銀を反射するケルベロスのものに反して、光すらも飲み込むように艶がなく暗い。そして何より、血だまりのように赤黒い眼は、決して懐かない野生の獣のそれだった。

 

「それは今から説明します。だからお前も威圧するのをやめなさい」

「あぁん?って、オイ、冗談だろ。兄貴はなんで、人間の(ナリ)をしてんだ?」

 

 ふと、あからさまな威嚇を糾弾するように発せられた言葉に、双頭が不機嫌そうに動くも、その攻撃的な勢いは、発言者の姿を見るや、驚きへと変容したようだった。

 

歩みより(・・・・)ですよ。共に戦うのに、本来の姿では彼らの神経をすり減らす事になりますから。後は単純に魔力消費を抑える為です」

「あ?魔力消費を抑える為なら(それなら)、不慣れな人間の形になる必要はねぇだろ?それこそ、無駄な魔力を割く事になる。本来の姿がヤバいってんなら、形は変えずに、大きさを変えりゃあいい。デカくなけりゃあ、俺らはただの犬とそう変わらねぇよ」

「どこの世界に双頭の犬がいますか」

 

 呆れたように目頭を押さえたケルベロスに、辟易とした呟きが返る。

 

「人間のフリしてる人外だって、奴らにしてみりゃ不気味だろうがよ」

「お前は相変わらず、可愛げのない」

「兄貴も相変わらず、クソつまらねぇよ」

 

 すると、そんな弟の言葉に堪え切れなくなったのか、ケルベロスは大仰な溜め息を吐いた。

 

「せめて、その攻撃性は※※※※の前では抑えて貰いたいものです」

「んだよ。アイツも居んのか?寝てる奴がなんの役に立つんだか見物だな」

「――……オルトロス。それ以上、彼の事を貶めるようなら、私にも考えがありますよ?」

 

 直截的な物言いに、一瞬で、温度を変えた低く静かな忠告が返る。オルトロスは愉しそうに牙を剥いた。

 

「ハッ、安眠妨害している分際でよく吠えやがる。まぁ、俺にキレんのは好きにすりゃいい。かわりに、アイツが十全な状態にない事を知ったうえで、戦場に喚んだおふくろを、一度でも責めたのかだけは聞かせろや」

「いい加減になさい!!」

 

 あからさまな挑発に、ケルベロスが反応するよりも速く上がったのは、鮮烈な叱咤だった。

 

「――……オルトロス。お前の怒りは十分に伝わりました。だから、もう兄弟でいがみ合うのはおやめなさい」

 

 途端、言い聞かせるように仲裁に入った母親を目に留めたオルトロスは、倦むように鼻先に皺を寄せた。

 

「――……はぁ~、こりゃあ、また生きてた頃とは違った厄介さに磨きがかかってやがると見た」

「それは否定しないけど、今の流れはオルトロス兄さんも悪いと思うよ?」

 

 瞬間、侮蔑を隠そうともしない軽口に返った、親しみの籠った聞き慣れない呆れ声に、血染めの瞳孔が見開かれる。

 

「――……おいおい、嘘だろ?お前、いつから妹になった?」

「――……あー、うん。まぁ、いろいろあったんだよ。それと、これはぼくの姿じゃなくて、ぼくの新しい守護対象だよ」

 

 兄の困惑を前に、オルガマリーの守護竜は詳しい解説(面倒な説明)を避け、端的に述べた。

 

「ふぅん?よく分かんねぇけど、相変わらず苦労の絶えねぇ奴だな」

「兄さんほどじゃないさ」

「――……ハッ、なんのことだか」

 

 とぼけるように嗤って、感情を整理するかのように、辺りを一瞥したオルトロスは、ダルそうに切り出した。

 

「――……んで?そろそろ説明とやらを受けてもいい頃合いだと思うんだが?」

「それは私から説明するわ」

「――……へぇ、なるほど?あんたがおふくろのマスターってヤツか?」

 

 やおら、自身の前へと歩み寄った人間にかけた、飄々とした言葉尻は、愉快そうに笑んでいたが、その笑みが好意的なものでない事は明らかだった。

 

「ええ、そうよ。私はイモリ・セツナ。以後よろしく頼むわ、オルトロス?」

「生憎だが、人間の小娘の個体名を記憶するだけの脳みそも、甲斐性も持っていなくてな」

 

 そういうのはお利口な番犬に任せるに限る。と兄を揶揄したオルトロスは、あからさまな嘲笑を浮かべた。しかし――

 

「あら、奇遇ね。私もそういうのは苦手なの。そういった意味じゃ、私達の相性は悪くないのかもしれないけれど」

「は?」

 

 その答えに少女が怯んだ様子はなく、かえって、双頭が虚を突かれたように無様に口を開けた。

 

「ねぇ、貴方。足が速いのでしょう?」

「それが?」

「私は立場上、死んじゃいけないの。だから、いざという時の逃げ足は速い方がいいと思って」

「つまり?」

「貴方には私の走狗(あし)になって貰いたいの」

 

 少女が微笑み。刹那、時が止まる。

 

「――……ハアァァァッッッ!?」

 

 次の瞬間。轟いた頓狂な驚嘆に、ケルベロスが噴き出した。

 

 

 

 

 

 

 

 ※※※

 

 

 

 

 

 

 

 暫し、発端に立ち返る。

 

「――それで?いったい誰を喚ぶんだい?」

 

 結論が出た事に、いち早く反応したのは、やはりダ・ヴィンチだった。今までがそうであったように、事態の転換期に於いては、万能の天才の発言程に子気味良いものもない。

 

「あー、その事なんだけど。ぼく以外の竜種は、やめといたほうがいいよ。今の状況で喚び出すにはちょっと……格が違い過ぎる」

「――……ふむ、確かに、あまり大物過ぎるのも頂けない。いろんな意味で持て余す事になるだろうからね」

 

 良い、助言だ。とダ・ヴィンチが片目を閉じる。オルガマリーの守護竜は、彼女の顔で苦笑する。

 

「――……そう言えば、貴方、よく似た弟が居たわよね?」

 

 ふと、考え込むように俯いていたセツナが、何かに気付いたようにケルベロスを仰ぎ見た。少女を見返す魔性の表情にはどこか、いつもとは違う冷ややかさが宿っている。

 

「――……彼の事ですか。ですが、彼を喚ぶくらいならば、我が姉を喚んだほうがよろしいかと」

 

 意識して出したかのような平坦な声は、彼には珍しく、微かな苛立ちと仄かな呆れが混ぜ込まれているようだった。何がそんなに不服なのだろう?とセツナは首を傾げる。

 

「まぁ、確かに。姉さんのほうが余計な心配は要らないよね」

 

 途端、兄を慮ったように続いた言葉に、マシュが頷いた。

 

「なるほど。では、お二人のお姉さまをお招きする。という形でよろしいでしょうか?」

 

 自然な流れで採決に移った彼女に、表立った賛同や、あからさまな反論を示すサーヴァントはいなかった。が――

 

「いいえ、彼女は温存しましょう」

 

 彼らのマスターは、ハッキリとした声音で断言した。

 

「本気ですか!?」

 

 虹の瞳孔を広げてケルベロスが問う。セツナはあっけらかんと答えた。

 

「ええ、冷たい考えかもしれないけれど。彼が、扱いにくい手合いだと言うのなら、尚更、早いうちに合流乃至、交流しておいたほうがいいでしょう?」

「それは――」

「いいでしょう」

「母上!?」

 

 尚も言い募ろうとしたケルベロスを宥めるように、エキドナが応諾するも、彼の勢いはなかなか収まらなかった。

 

「アレは人理の手には余ります。私や不眠番竜(※※※※)、姉上などはまだ、人間(彼等)との関わり方を理解している。けれど、彼の主人は伯父上だったのですよ!!それに彼は――」

「ケルベロス」

 

 静かな、けれど目には見えぬ強さを宿した声があがった。名指しされた彼女の息子が息を呑む。

 

「それ以上はお止めなさい」

「――……口が過ぎました」

 

 母親からの厳命に、ケルベロスは唇を結び、アヴェンジャーはそんな息子をひととき見つめ、それから覚悟を決めたように口を開いた。

 

「――……宝具()展開し(産み)ます。我が子ら以外の人間及び、サーヴァントの退避を願います」

「受託した。その選択に敬意と祝福を」

 

 すぐさま返る。モナリザの微笑みは、何よりの後押しだった。

 

 

 

 

 

 

 

 ***

 

 

 

 

 

 

 

「――……テメェは、いつまで笑ってやがる。殺すぞ」

 

 静かに事のあらましを聞いていた。もとい、納得できるだけの情報を要求した双頭が、低く吼える。

 

「ふ、いや、別に、ふふ、笑っては、いませんよ?」

「よし、殺す」

「まぁ、まぁ、落ち着いて、それにオルトロス兄さんだって、守護獣だったのに変わりないでしょ?」

 

 今にも飛び出しそうなオルトロスと、一連の流れがツボに入ってしまっている様子のケルベロス。あわや、一触即発といった両者の間を取りなすように動いた弟の存在に、兄たちの顔には、それぞれの苦渋が浮かぶ。

 

「――……生きてた頃の話だろ。死んでからもそんな鎖に縛られるのは、まっぴらだ」

 

 やおら、呼気を装填するように、深呼吸をしたオルトロスが、感傷的に吐き捨てた。同時に、ふてぶてしいまでの殺気は鳴りを潜めていたが、その空白を埋めるように、別の激情が渦巻いているようにも見えた。

 

「ゲーリュオーン伯父さんに負い目があるのは分かるけど……」

「伯父貴は今、関係ないだろうが」

「う、ごめん」

 

 瞬間、噛みつくように返った低い唸りに、オルガマリーの身体が縮こまる。オルトロスは、わざとらしく嘆息した。

 

「……はぁ~、何が悲しくて、人間の小娘の子守りをしなきゃなんねぇんだ?」

「そう悪いものでもないと思うけど?」

 

 誰に言うでもなく口をついて出た文句に、人間の女を象った弟が意見する。オルトロスは目を細めた。

 

「……お前は今の方が生きてて楽しそうだもんな」

「ええと、それはいけないこと?」

 

 狼狽える弟を、兄が嗤う。

 

「――……いや、別に。いいんじゃねぇの?どっちにしろ、俺の知ったこっちゃねぇよ」

 

 それきり、感心を失ったように欠伸を一つ。長い四肢を伸ばしてから、跳躍、後転した。

 

「――……まっっったく以て、気には喰わねぇが、喚ばれた以上は、どうしようもねぇ。当たり障りのない程度には、接してやるよ」

 

 そう言って、中空であやふやになったその身体は、着地する頃には大小、大きさの異なる二頭の、一見した限りでは普通の黒狗に見える姿へと変化していた。

 

「ええ、お互いに上手い事、利用しあいましょうね?」

 

 フォウよりは一回り大きい程度になった黒狗を抱きあげて、セツナが笑う。その傍らでは、獅子のような大型犬が遠い目をしながら、胡乱気にボヤいていた。

 

「俺の旨味はいったい何処にあるんだか」

 




 
 忠犬はちょっと気が重いけど、跳ねっ返りの似た者同士なら、お互いに余計な気を遣わなくて済むから、ビジネスライクで気楽~みたいな気持ちでいそうな主人公。

 次か、その次あたりで、登場人物のマテリアルを提示したいところです……。

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