Fate/GrandOrder ~憎悪と慈愛と復讐の救済を~   作:三枝 月季

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お待たせしました(苦笑)


暗鬼

 いつだって、気付いたころには手遅れだった。

 

 

 

 

 

 

 *

 

 

 

 

 

 

 

 私が言いしれない違和感を察知したのは、洞窟を三分の一ほど進んだ辺りだったと思う。

 

「どうしたのです?愛くるしい(かんばせ)をそのように歪めて」

 

 歩みを止めた私を訝しむアヴェンジャーの声音が反響する。どうやらこの暗がりの中にあって、彼女には私の表情がはっきりと見えるらしかった。

 

「……ごめん、行かなきゃ」

 

 問いに対する返答に困った私は、見えないくせに(・・・・・・・)洞窟の岩肌を見上げて、それだけを絞り出した。

 

「何を――」

「どうやら、私は自分で思っている以上にギャンブラーみたい」

 

 胡乱気な彼女の声のする方へと顔を戻す。やはり、私の瞳ではアヴェンジャーの朧げな輪郭しか捉える事が出来なかった。

 

「マシュと所長を頼むわ」

 

 右手の熱が一瞬、辺りを照らし出し、怯えたようにこちらへと手を伸ばす、アヴェンジャーの姿がサブリミナルの如く瞳へと焼きつく、しかし、その腕が私を捉える事はなく、発せられた甲高い悲鳴は直ぐに瓦礫の山で塞がれた。

 

 

 

 

 

 

 

 ***

 

 

 

 

 

 

 

 アーチャーと打ち合いながらも、キャスターはパスの先に居る筈の少女に意識を傾けていた。パスが残っているという事は(死んでいないのならば)何かしらの反応を寄越すだろうと。

 

「戦闘中に考え事か?」

 

 が、そんな僅かばかりの隙を見逃さなかったアーチャーは、キャスターの薙いだ杖を後方へ大きく飛び退き避けると、空中で身を翻した態勢のまま弓を大きく引き絞った。

 

(チッ、相変わらずコロコロと得物を替えやがる)

 

 対して、嫌悪感を露わに唸ったキャスターは杖を回すと地面へと術式を叩きこむ。それは瞬時に太くしなやかな木の幹へと成長しキャスターを取り囲んだ。と同時に辺り一帯に爆音が轟き衝撃波が土煙を巻き起こす。

 そうしてお互いの姿が掻き消えたのは一瞬の出来事だったが、アーチャーがそれらしく戦うための布石には充分だったらしい。

 

「貰ったッ!!」

 

 いつの間にか寺院の屋根の上へと距離を取ったアーチャーが二の矢をつがえていた。不自然に螺旋をえがいたそれにキャスターは目を見開き、アーチャーは口の端を歪める。

 刹那、放たれた矢は先ほどの急ごしらえと分かる反撃とは異なり、明確にキャスターを屠る意志を宿しており、勢いを増しながら標的へと迫るそれに、キャスターの敗北は濃厚かと思われた。が――

 

「そォらよ、大仕掛けだッ!!」

 

 不敵な笑みを浮かべて屈んだキャスターの触れた地面から、次々と青白く発光した魔法陣が連なって浮かび上がる。それは鼻先へと迫った矢を打ち消したばかりか、異変に跳躍したアーチャーを跳ね返し撃ち落とした。

 

「空中にルーン文字を固定したのかッ」

 

 空の上で(・・・・)強かに背を打ち付け、落下する形となったアーチャーが吐き捨てる。

 

「おう、オレの師匠には冥界の門を喚ぶ術があってな。ソイツの応用、パクリってヤツさ(・・・・・・・・)

 

 余裕を垣間見せるキャスターの種明かしに、苛立ちからかアーチャーの眉がピクリと反応した。

 

「遠距離で討ち合ってもラチが明かねぇ。ここからはいつもの喧嘩と洒落込もうぜッ!!」

「ハッ、キャスタークラスでランサーの真似事とは恐れ入るよ」

 

 双剣を逆手に構え直したアーチャーの挑発に、槍術の構えで杖を握り直したキャスターが低い体勢から牙を剥く。

 

「その言葉そっくりそのまま……」

 

 瞬間、一足でアーチャーの懐へと飛び込んだキャスターは――

 

「テメェに返すッ!!」

 

 焔の槍と化した杖を勢いよく振り被った。

 

 

 

 

 

 

 ***

 

 

 

 

 

 

 

 一方、大聖杯へと続く洞窟、今や内部の崩壊により粉塵の舞うその入り口からは、黒猫のような人影が転がり出てくる。

 

「っう、全く、相変わらず、碌な男に、好かれないわね。私はッ」

 

 粗い息と共に悪態を吐いたカルデアのマスターことイモリ・セツナは無傷というわけでもなければ、土埃まみれである。しかし、退避は成功したらしい。数度咳き込みながらも、立ち上がると身体の汚れを払い落しながら状況を整理するために辺りを見回した。

 

(思わず衝動的に行動してしまったけれど、これっていけない兆候よね。毒されたもんだわ(・・・・・・・・)

 

 不安を煽る暗闇の中、肌を切り裂くような冷気を含んだ風が割れた唇にしみる。それがなんとも惨めに思えて、早くも己の選択に後悔を覚え始めたセツナは、頭痛に額を抑えた手の生温さに苦笑を浮かべた。

 

「ああ、どうりで」

 

 拡げた掌に散る色は宵闇にのまれて判然としない。しかし、この鉄錆の臭いは嗅ぎ慣れたものだ。それにしても、怪我というのは不思議なもので自覚した途端に痛み出すから始末に負えない。ただ、こめかみから溢れ出る生の証は寒空の下ではとても暖かく感じられた。

 

「……全く、難儀な事だな。勝手に私をキズモノにされたのがそんなに癇に障ったか?」

 

 ふと、独り言にしては妙に対話的な台詞がセツナの唇から紡がれた。しかし、彼女に応えるものなど居るはずもなく、辺りは相も変わらず不気味なほどに静まり返っていた。

 

『……スター、おい、マスター!』

 

 そんな中、脳内に直接響くように届いた焦燥した声音にセツナの意識が逸れ――

 

『マス――』

『騒々しいぞ、キャスター。一度で分かる』

 

 キャスターの声に気を引き締めたセツナはつい、いつもの調子で(・・・・・・・)応答してしまう。

 

『……そ~かい。ま、お前さんが無事なのは何よりだ』

 

 そのせいかキャスターの返答からは少し面食らったような空気を感じた。

 

『あの男は?』

『悪いが、もうちょいかかりそうだ』

『そうか、それは僥倖。今からそちらに合流する』

『は?』

 

 今更、態度を訂正する気にもなれなかったセツナは、こちらの意識()のままで押し通すことにした。所詮、コレはいつかはボロがでる類の代物なのだからと。

 ただ、バラす相手は自分で選ぶ。今回の場合で言えば、後腐れがない分キャスターが適任だったというだけの話だ。

 

『悪いが、詳しい話をしている暇はない』

『一つだけ、聞いていいか?』

『なんだ?』

『お嬢ちゃん達は』

 

(なるほど、尤もな確認だな)

 

 キャスターにとっても盾は騎士王という壁の攻略に欠かせないのだから。

 

『彼女達なら予定通り己の職務を全うしている』

 

 恐らく、という注釈がつくが。ただ、ある種の狂気を滲ませるアヴェンジャーには令呪と言うらしい命令権は使用済みだし、マシュも残して来たのでなんとかなっているだろう。今現在の彼女の保護対象は半ば強制的にマシュ達へとすり替えられている筈だ。

 

『ところで、キャスター。ランサークラスの適性もあるという事は白兵戦にも覚えがあると考えていいな?』

『ん?そりゃあな』

 

 当たり前だろ?という不敵な声音がこの時ばかりは妙に耳心地が良い。

 

『率直に聞く。アレの弓をどれだけの間封じていられる?』

『……5分は確実だろうが、マスター。アンタ何を考えてる?』

『知れた事を尋ねるのは野暮だとは思わないのか?』

『ハッ、了解』

 

 それを最後にキャスターからの念話が途切れる。やけに愉しそうな余韻を残して。

 

(……話が早いのは助かるが、調子が狂うな)

 

 物分かりが良すぎるところは引っかかる部分ではあったが、キャスターの場合は余りにあっけらかんとしているので恐らくは素なのだろう。いずれにしてもやるべき事は山積みだった。

 

(ジュツ)

 

 瞬間、玲瓏な声と共にセツナの周りに白骨が散る。ある者は首を落とされ、ある者は胴を両断され、また、ある者は串刺しにされ、いずれも粉々に砕かれる。彼女を取り囲んだ骸骨兵達は恐ろしく簡単に無力化されたのだった。

 

「感情を持たぬ骸の分際で私の邪魔をするな」

 

 宵闇の中、冷徹に吐き捨てた漆黒の少女は、闇よりも禍々しい何かを伴って、爆音の響く方角へと進路をとった。

 

 

 

 

 

 

 ***

 

 

 

 

 

 

 

 首筋を狙い投擲された飛去来器(ひきょらいき)の如き剣を弾き、追撃を許す前に接敵するが否や残りの刃をも砕く、しかし、その間にアーチャーの空いた手には次の刃が握り直されており、また、既視感を覚える攻防が展開される。幾度となく繰り返されたそれに焦れた声を挙げたのはキャスターのほうだった。

 

「二十七。それだけ弾き飛ばしてもまだあるとはな」

 

 距離を取り、辟易とキャスターが吐き捨てる。だらりと下げた腕の先から滴り落ちた赤が地面に染みを作るが、彼の紅玉は己の怪我の具合を確かめるでも、ましてや目の前の弓兵を捉えるでもなく、その後方で迸る黒い極光へと向けられていた。

 

「……ほう、ここにきて他人の心配をする余裕だけはあるのか」

 

 そんなキャスターの内心の焦りを理解しているのかのように、口元の血を拭ったアーチャーは黒くひび割れた頬を緩める。

 

「抜かせ。それじゃあ聞くがよ。あの盾は剣を通さないのか?あの剣は盾を通すのか?」

 

 が、キャスターは驚くほど淡々とアーチャーの嘲笑に応えた。

 

「――……大昔、それに似た事を教わったよ」

 

 一瞬、視線を伏せたアーチャーは握った剣を弓と矢へと変換する。

 

「へぇ、それで答えは?」

 

 対して、キャスターは何の防御策も講じることなく、直立不動のままでアーチャーの返答を待った。

 

「答えは台無しさ、矛盾が生まれるだけだ」

 

 弓を引きアーチャーが告げる。己が勝利を確信しながら。

 

「ハッ、ソイツはどうかね。その話いつも思うんだよな、モノが同じなら、あとは使うやつの技量次第じゃねぇかって、ていうかアレだ。武器の性能で負けてるんなら知恵で補うのが人間じゃねぇの。なぁ?お前さんはどう思うよ。マスター」

 

 それは、矢が放たれる数瞬、前の事だった(・・・・・・)

 

「何だと!?」

 

 己が背に感じたむき出しの殺気に、見開かれた鷹の瞳が思わずと振り返る。背後の暗闇――

 

(ショク)

 

 そこに浮かび上がった。熟れた果実のように赤く濡れた唇が、深淵へと命を下賜する為の言霊を紡いだ。

 

 

 

 

 

 

 ※※※

 

 

 

 

 

 

 

 時は僅かばかり巻き戻る。

 

『キャスター、そのまま三十手ほどアーチャーをあしらってくれないか』

 

 ふと、決定打に欠けた攻防を繰り返していたキャスターの頭蓋に冷水のような声音が響いた。

 

『構わねぇが、お前さん今どこに居る』

『寺の裏手だ。それと、これは出来るならで構わないんだが、アーチャーに私の存在を隠し通せるか』

 

 冷静を通り越して冷酷さすら滲んでいるかのような少女の淡々とした口調と、そこに潜む狂気にも似た静謐な闘気を受けてキャスターの頬が自然と緩む。それを見咎めた対峙する弓兵は不可解さと不快感に眉間の皺を深くした。

 

『森の賢者を舐めて貰っちゃあ困るぜ?マスター』

 

 キャスターにとって無茶な願いほど高揚するものはない。それが戦場で、且つ女の頼みと来れば尚更である。

 

『そうか、では後は手筈通りに頼む』

『おうよ』

 

 念話が途絶えると同時、キャスターは上段から振り下ろされた二振りの刃を杖で受け止めながら苦笑を溢した。

 

(にしても、ほんっと、キャスタークラスは向かねぇわ)

 

 キャスターの足場が沈む、筋力差を埋めていたものがなくなった(身体強化に用いていたルーンを解いた)今、力と力の拮抗が分かりやすく揺らいだのだった。

 押し切られるのも時間の問題だと歴戦の直感が告げる。ゆえにキャスターは早々に見切りをつけた。今一度、杖が激しい炎熱に揺らめき、条件反射にアーチャーの攻め手が緩まる。時を同じくして、視界の片隅では長い濡れ羽色の髪が風に乗って羽搏いた。

 

 しかし、その漆黒に見惚れていられるほどの余裕はない。

 

 アーチャーの隙を突いたのを良い事にキャスターは杖の持ち方を変えた。剣戟を受け流そうと考えた結果のその構えは槍術よりかは剣術に近いだろう。ともかく持ち手を片側一点へと集中させた事により均等に反発し合っていた力に逃げ道ができた。

 杖の表面を白黒の夫婦剣が火花を散らしながらもう片側へと滑ると同時、キャスターの蹴りがアーチャーの横っ腹へと入る。常人ならばそれだけて致命傷となりかねない重い一撃に、弓兵は痛みに顔をしかめ血を吐きながらもにやりと笑った。刹那、キャスターが咆哮する。すんでのところで流しきれなかった剣の切っ先がキャスターの肩を抉ったのだ。しかし、それでいて彼もまた瞳の奥底で笑っていた。一瞬の隙が出来れば己の首が飛ぶと理解していながら。

 

「石は流れて、木の葉は沈む。牛は嘶き、馬は吼ゆる。正義は滅し、悪逆は繁栄す。無理も通せば道理となろう」

 

 そして、そんな戦場の空気と音に両手を広げ詩を綴る少女が一人。しかし、この場にてそのか細い囁きを捉える事が出来たのは彼女の周りに結界を張った男だけだった。

 

「然して我は汝の存在を嘆く、故に、今ここに、我が血脈に懸けて命ず。汝が滅びの運命(さだめ)を変えたくば応えよ――」

 

 群青の魔術師の目元が厳しくなる。しかし、彼が呪文の意味をなぞるより先にそれは少女の手の内へと形になった。

 

「蜘蛛丸ッ!!」

 

 虫の脚に似た上長下短の怪しい大弓が、呼び声に応えるように少女の左手に大顎を突き立てその血を吸い上げる。そうして張られた深紅の弦へと番えられた漆黒の矢もまた彼女の一部だったもの。

 

(ショク)

 

 闇色の和弓の表面が隆起する。そこに等間隔に並んだ八つ目の視線が射抜くように標的を見据え――

 

赤原猟犬(フルンディング)

 

 刹那、辺りに爆風が吹き荒れた。

 

 

 

 

 

 

 ***

 

 

 

 

 

 

 

「……共喰いか、全く、宿業とは難儀なものだな」

 

 言葉に滲む恨めし気な響きに反して、少女の顔に浮かぶのは堪らないと言いたげな嗜虐的な笑み。疲労からか充血したその瞳は今なお狂熱の殺意に潤んでいる。

 

 結論を言えば、少女の美しい構えから放たれた悍ましい漆黒は弓兵の放った猟犬と相克し果て、互いに決定打とはなり得なかった。しかし――

 

「勝負あったな、鈍ったんじゃねぇかテメェ」

 

 そのかわりというかのように、キャスターの懐剣が深紅に濡れていた。

 

「……主を、囮に?」

 

 途端に黒い血を吐いたアーチャーは、己の胸から生えた刀身を信じられないものを見るように見つめるとその首をゆっくりと後方へと回した。

 

「卑怯とは言わせねぇぜ?テメェの女を見る目がなかっただけの話だ」

 

 その耳元へ囁き一つ残して、キャスターはトドメとばかりに手首のスナップを効かせながら刀身を引き抜く。心臓(霊核)を破壊されたアーチャーの身体が傾いだ。

 

「……なるほど。呪詛……いや、呪詛返し(・・・・)、とは……君に似合いの、マスター、かも、しれ、ないな」

 

 瞬間、明らかに少女の雰囲気が変わった。視線だけで相手を呪い殺せそうな黒曜はキャスターに邪眼という単語を想起させるに十分だった。

 

「――……目敏いな。貴様」

「フッ、弓兵なものでね」

 

 そんな少女へと意味深な笑みを残してアーチャーは消滅する。途端に重たい静けさが辺りに漂った。

 

「…………なあ、マスター。アンタ一体――」

 

 何者だ。と続けようとしたキャスターだったが、それは突如として、目の前でえずくように咳き込み膝を折った少女の只ならない様子に掻き消される。

 

「って、おいマスター!?」

「――……がなるな、キャスター。それと、その場から、動くな。コレの制御には集中力がいる」

 

 そうして、少女を案じて駆け寄ろうとしたキャスターの行動を押しとどめたのは、心配されている当の本人の低い怒号と――

 

(この形は……)

 

 瞬く間に大地に走った裂傷のような線と数多の歪んだ多角形(巨大な蜘蛛の巣)。吐血する少女を起点に広がったその黒い紋には、捕食者の美学とやらが滲んでいるかのようだった。

 

「……マスター、その力は」

「――……ハッ、流石にバレたか。けど、要らぬ世話を焼かれる気はないし、感傷に浸るだけ無駄よ。憂心なんてもんは犬にでも喰わせるがいいわ」

「なっ……」

 

 しゃがみ込み口元を拭う少女の顔は、夜の帳と長い黒髪によって判別が出来ない。しかし、その小さな肩は小刻みに震えていた。

 

「……くっ、ふふふふ、はは、あはははははッ」

 

 段々と膨らんだそれは、いつの間にか慟哭のような哄笑へと変わる。

 

「……正気か?」

 

 その余りに不自然な様子に眉を顰めたキャスターの問いに、何が可笑しいのか白皙の顔を歪ませ、腹を抱えて嗤う少女。

 

(オレが見えていないのか?)

 

 虚ろな瞳で狂ったように嗤い続けた少女ではあったが、その哄笑は始まりと同じく唐突に止んだ。口の端から伝う鮮血を舌で掬い取る仕草は、扇情的であると同時に苦痛に快楽を上塗りする儀式のようでもあった。

 

「…………ええ、残念ながら正気よ。キャスター」

 

 一度だけゆっくりと目を閉じて少女が呟く。その頬に伝ったのは瞳から溢れる涙ではなく、額の傷口から流れ出た血液だったが――

 

「……貴方の仰る通り、モノが同じなら使い手の技量によって結果が違うという事は真理なのでしょう。ですが、大きすぎる力はそれだけで人のあり方を簡単に歪めてしまう。例えそれが純正なものであろうと行き過ぎれば取り返しがつかなくなるものです」

 

 キャスターには確かに彼女が泣いているように見えた。

 

「……なるほど、お前さんは取り返しがつかなくなったクチか」

「……まぁ、そんなところでしょうね」

「それじゃあ、アヴェンジャーを喚んだのはオレに対する抑止力としてだけじゃなかったわけだ」

「……………………はい?」

「お嬢ちゃんの特訓に対してお前さんが荒れたのは同じ轍を踏まれるのを恐れたからだろう?」

 

 辛うじて問いの形を取った確信だった。契約のおりに少女が提示した条件を鑑みても齟齬は生じない。

 

 ただ、問われた少女は否定も肯定もせずに無言を貫いた。

 

「……気が強いのは結構だがよ、それは虚勢を張る事と同義じゃねぇぞ」

「そうね。でも、たった今、貴方が切って捨てた虚勢が私に残された、ただ一つの宝物だと知っても貴方は同じ事を言ってくれるのかしら?」

 

 その頑なさに折れた男の文句に少女は投げやりに応じた。

 

「どういう意味だ?」

「それ以外のものは全て売り払ってしまったという意味よ」

 

 それは遠まわしながらあらゆる不幸な想像を掻き立てるに容易い物言いだった。そうしてかける言葉を失ったように押し黙るキャスターに少女は柔く微笑む。

 

「……そんな事より(・・・・・・)、前々から気になってはいたのだけれど」

「あ?」

 

 立ち上がり、男へと近づく少女。その身体に付いた大小様々な傷が彼女の歩みに呼応するかのように完治していく。人間離れしたその治癒力にキャスターはやはり鋭い視線を向けた。

 

「聖杯と言うからには万能の願望機とやらは杯を模しているのでしょう?」

「……一概にそうとは断言は出来ないが、まぁ、恐らくはそうなんじゃねぇか」

 

 キャスターの返答に、少女は元通りの綺麗な無表情のまま瞳にだけ卑しい笑みを浮かべる。

 

「その杯に注がれるのは一体何かしら?」

「……あー」

 

(改めて言われるとゾッとしねぇ話ではあるな)

 

「私が思うにそれは碌でもない代物よ。殺し合いの果てに授かる奇跡(・・・・・・・・・・・・・・)純正な手順を踏んだ結果(・・・・・・・・・・・)のはずがないもの」

「……………………」

「その表情を見るに貴方は勘付いていたわね?その上で聖杯戦争を愉しんでいたのならとんだ好き者だわ。理解に苦しむレベルのね」

 

 辛辣な拒絶の言葉を吐きながら少女はどこか自嘲的に笑う。

 

「皮肉なものね、願いそのものに善悪がないとしても手段に問題が大ありよ。まぁ、尤も、上手い話には裏があると相場は決まっているものだけれど」

「……あの時の顔はそういう事か」

「あの時?」

「アンタがオレに対して不審を抱いた時に一瞬、顔が引き攣っただろう?」

「……………………」

「ありゃ、嫌悪だ」

 

 男の断言を受けた少女は興が冷めたとでも言いたげに顔を顰めた。

 

「……ええ、そうよ。私はこの儀式(からくり)が気に入らない。賭けなんてものが結局は胴元が儲かるように出来ているのと同じくね。貴方はそうは思わないの?」

「あ?何が」

「マスターとサーヴァントそのシステムについて(・・・・・・・・)です」

「……別に。英霊なんて連中は、もともと二度目の生なんざに興味はねぇし、英雄ってのはいつだって理不尽な命令で死ぬもんだ」

 

 あっけらかんとしたその答えは、少女の虚をつくのには充分だったのだろう。

 

「……そう。やはり貴方は正しく、戦士と言う名の人殺しなのですね」

 

 静かに瞠目した後で、光源などない筈なのに眩しいものを見るように少女は目を細めた。嫉妬とも憧憬ともつかぬ黒曜に射抜かれたキャスターは肩を竦める。

 

「理不尽に憤る割にはお前さんも潔い女に見えるぜ?」

「……割り切るしかない事のほうが世の中には多いでしょう?」

 

 一画に数を減らした八角をなぞり少女は嘆くように深い息を吐く。

 

「私は間違った事を言っていますか?」

「合理主義を正しいと仮定するなら間違っちゃいねぇよ」

 

 許しを請うようでいて糾弾を欲するようでもある声音に返された答えに少女は笑う。

 

「……やっぱり、私は貴方のような駒は嫌いよ」

 

 しみじみと吐露されたそれは何よりも激情的だった。




因みに、キャスニキから見た主人公は苦手なものと好きなものの要素の両方が入った女になっていると思う。

 
 

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