Fate/GrandOrder ~憎悪と慈愛と復讐の救済を~   作:三枝 月季

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 また、とてつもなく久しぶりの投稿となってしまいました。申し訳ないです。

 ※今回のお話はガールズラブタグが仕事をしていますのでご注意ください。


疑心

生き抜いて(死なないで)」と願うばかりの生だった。だから、自分がそれを言われた時は嬉しさよりも愛しさ(哀しさ)が募った。

 

 

 

 

 

 

 *

 

 

 

 

 

 

 

「――……んぅ、あれ?わたし……」

「気が付かれましたか、所長。であれば早急にどいて頂けると嬉しいです。流石に脚が痺れてきま――っ!!勢いよく起き上がれ、とは言っていないのですが!?」

「こっちの台詞よっ!!目の前に幽霊みたいな顔があったら、誰だって驚くでしょうがっ!!」

 

 こちらを覗き込む存在に驚き上体を起こしたため、お互いの頭が鈍い音を立ててぶつかった。額を抑えて悶絶しながら、強烈な目覚めに対する抗議を叫ぶ。どうやらわたしは彼女の膝を枕に横になっていたようで、同じように痛みに柳眉を顰めたイモリは、溜め息を吐くと疲労の滲む表情でこちらを見返した。

 

「ともあれ、元気そうで何よりです。気分はどうです?状況は分かりますか?」

「全くもって最悪の気分よ、わたしが気絶している間に何が起こったの?」

 

 ふらつきながらも立ち上がったわたしは、そのまま辺りをぐるりと見回す。段々と覚醒していく五感が、充満する焦げくさい臭いと、肌を震わす淀んだ冷気を伝えてくる。ここは半壊、或は半焼した建物の内部のようであり、キャスターとアヴェンジャーは霊体化でもしているのか姿が見えない。確認できるのは背後から近づく小さな足音と前方で盾を掲げる華奢な後ろ姿だけである。

 

「アヴェンジャーを餌にライダーを撒いて、その後にキャスターをアヴェンジャーの救援に向かわせました。なので、今の私達の手元に残った戦力はマシュのみです」

「戦力を二分にしたって事?振り出しに戻ってない?」

 

 耳元でささやかれた吐息に身震いする。この瞬間を、残りのサーヴァントに襲われでもしたらと思うと、いい加減、平静でいられなくなりそうだった。

 

「最悪は、その可能性もありますね」

「っ、分かっているなら、どうしてそんな暴挙に出たのよ!?信じらんない!!」

「賭けはスリルを楽しむものですから」

「はぁ!?」

 

 私の驚嘆に、何故かマシュへと黒曜を逸らす少女、その漆黒に宿る感情は、相変わらず読めそうにない。

 

「人間は死ぬ時は簡単に死ぬものですが、生き長らえる時は無駄にしぶといものです。まぁ要するに、なるようにしかなりません。大袈裟に怯えるのは、無為に精神を削るだけなので、お勧めしませんね」

「なっ…………」

 

 まるで、そうする事が当たり前であるかのような口ぶりで、彼女は薄く笑う。命がかかっていると言うのに、どこまでも淡々としているその態度は、言い様のない不気味さを醸し出していた。

 

(本当に、なんなの、この子)

 

「…………怖いわ」

「所長?」

「……なっ、何でもないわよ。それよりこれからどうするつもり?」

「そうですね。とりあえずは移動しましょう。マシュ」

 

 イモリに呼ばれたマシュが振り返る。不安げな瞳が縋るように、こちらを見据えた。

 

「キャスターさんとアヴェンジャーさんは?」

「彼らを待つ必要はないわ」

 

 そう言って民家を出て行く背中に、わたしは困惑し、マシュは唇を噛みながら従う。空気が震えたのもその時だった。

 

「喜びなさい、マシュ。貴女はこの賭けに勝ったのだから」

 

 それは、わたし達に驚く間も、歓喜する暇も与えずに――

 

「よぉ、お嬢ちゃん。一人でよく頑張ったな」

「ああ、良かった。皆、無事ですね?」

 

 最後に見た時と寸分たがわぬ姿のままで、そこに居た。

 

 

 

 

 

 

 *

 

 

 

 

 

 

「……満足です。所長がドライフルーツを隠し持っているなんて、改めてその周到さに舌を巻きました」

「たまたま所持していただけよ。頭痛には柑橘系が効くのよ」

 

 淹れたての紅茶の香りが湯気と共に辺りに漂う。カルデアからの補給物資は休憩を兼ねた作戦会議(ティーパーティー)を誘発させた。

 

「それで、キャスター。大丈夫なんでしょうね?」

 

 二騎の帰還とライダーの撃破に、ささやかな祝杯としてあげられたダージリンの香りに息をつきつつも、微かに混じる鉄錆の臭いに意識を逸らされる。

 

「ああ、さっきのドンパチにも反応しないところをみるに、バーサーカーのヤロウは最早いねぇのと同じだ。問題は、オレがヤツ(・・)を仕留める早さとお嬢ちゃんの根性、あとはアヴェンジャーがセイバー相手にどこまでやれるかに全てが掛かってるだろうな」

 

 各々が確認し得た情報を精査した結果、バーサーカーは当初の予定通りに無視し、アーチャーにはキャスターを、セイバーにはマシュとアヴェンジャーをぶつける方向で話が固まりつつあった。ゆえに――

 

「つくづく、おとなしい狂戦士なようね。最早、本当に居るのかも怪しい(・・・・・・・・・・・)レベルだわ」

 

 仕掛けるタイミングは、今しかなかった。

 

「……何が言いたい」

 

 カチャリと茶器が音を立てると同時、困惑と苛立ちの混ざったような視線が、私へと刺さる。

 

「いい機会だから、貴方の問いに答えておきましょうか。キャスター」

「問い?」

 

 掌のソーサーへと置かれたティーカップ、その水面に映る自分の表情に感情はない。

 

「アヴェンジャーを召喚した理由についてです」

「…………我が子?」

 

 私の言葉に、視界の端でマシュ達と談笑していたアヴェンジャーが、不安そうに振り返った。

 

 

 

 

 

 

 *

 

 

 

 

 

 

「ああ、そういや聞けていなかったな?」

 

 一瞬にして白けた空間に、オレの声は不気味なほどによく浸透した。と同時に、獲物に照準を合わせるかのような闇色の視線と、音もなく少女の背にすり寄った魔性の無言のプレッシャーに、とてつもなく嫌な予感を覚える。

 

「いや、だとしても、今更だろ?決戦前にほじくり返す必要があるとは思えねぇんだが?」

 

 一体何を考えてやがる。と存外に問い掛けてみるものの、彼女達のスタンスは変わる様子はない。一つ救いをあげるとするなら、オレと同じように、残りの三人も状況に付いていけていない様子である事だろうか。

 

「端的に言わば、私は貴方を警戒しているのです。キャスター」

 

 そんな状況を愉しむかの様に少女は笑う。威嚇と言うには限りなく戯れに近い表情と声音だったが、だからこそ、それが彼女の本気なのだ。と、オレは分かってしまった。

 

(意味も分からなければ、避けても通れないときたか)

 

 どんな腹芸をするつもりかは知らないが、その動機はなんとなくだが予想はつく。オレを見据える少女の瞳には、戦場のアヴェンジャーと同じ、自己を顧みない闘志が溢れている。ほとほとマスターには向かない気質だ。最早、惜しいとも言える。

 

(まぁ、仕方ねぇか。元来、女にもマスター運にも、余り恵まれた試しはねぇしな)

 

 裏切りも回りくどいやり方も好かないが、そうしなければならないワケがあるのなら理解はしよう。許容するかは別として。

 

「理由を訊いても?」

「……まずドクターとの最初の会話で貴方が言った。前口上は聞き飽きたから結構。という台詞に引っかかりを覚えました」

「どうしてですか?」

 

 意外なきっかけに、オレが疑問を言うより先に、盾の少女が反応する。

 

「……生前にそういう立場にあったのか、それとも英霊となってから積んだ経験からなのか、で解釈が違ってくる気がしたの」

 

 そんな彼女へ向けて、補足の言葉を続けたマスターは、一瞬だが苦い表情を浮かべたように見えた。しかし、それは顔をこちらに戻すと同時に消えてなくなる。

 

「次に、冬木の聖杯戦争でキャスターなんてやってられない。とも言った。それはまるで、冬木の聖杯戦争を一度経験したうえでの……だから、最初の疑問は英霊になった後で聞き飽きたのだと受け取れる。加えてランサーのクラスに覚えがあるような発言。ここまで言えば、私の醜く飛躍した猜疑心でも少しは真実味を帯びるでしょう?」

 

 マスターが順を追って淡々と状況証拠を挙げ連ねるに従い。周りのオレを見る目が変わり始めた。その視線に浮かぶのは畏怖や警戒、困惑と落胆の色である。

 

「……ちょっと待ってくれ、つまり……セツナさんは、彼がキャスターを騙っている(・・・・・)と?」

「ええ、カルデアの技術は彼をサーヴァントであると断定はしても、クラスを特定するに及んではいないわけですし、可能性としてはゼロではないかと」

「そんなッ、訳が分からないわ!!何の為に、そんな事をする必要があるのよ!?」

「……アサシンだと思っていた存在、ランサーに見えていた存在、ライダーと決めつけていた存在、姿を見せないバーサーカー及びセイバー、不自然に手を緩めたアーチャーと推測される者からの射撃……唯一、正しいままに生き残っていると主張し、キャスターを名乗る。やけに甲斐甲斐しい貴方(・・)。どうにもこの戦場は、きな臭い事がいっぱいで困るわ」

 

 驚愕に声を震わせた男女を、狂乱の奈落へ突き落すように粛々と述べながら、マスターは流麗な所作で紅茶を口に含むと「すっかり冷めてしまったわ」と愚痴を溢した。

 

(……コイツ)

 

 悠然とした少女の態度に、そうと分かっていても苛立ちを覚えてしまう。ここは素直に彼女の挑発に乗った方が楽そうだった。

 

「……そこまで頭が回るんなら、疑いをかけている相手に赤裸々過ぎねぇか?」

 

 冗談半分で返した言葉に、マスターの背後から怒気を孕んだ明確な殺意が膨れ上がり、茶器の砕ける音が辺りに響き渡った。

 

 

 

 

 

 

 *

 

 

 

 

 

 

 

「動くなッ!!」

 

 背に感じた殺気に、私は右手の茶器を地面へと叩きつけながら叫んだ。と同時に、水平に挙げた左腕からは、悔しそうなアヴェンジャーの体温が伝わってくる。

 

「……あくまでも、私は話し合いをしたいのであって、殺し合いをしたいわけじゃない。履き違えてくれるなよ」

 

 キャスターを睨んだまま、私は猛り狂うアヴェンジャーを宥める。思わず表に出た私の素に、驚きからかキャスターが目を見張った。

 

「弁明を、キャスター」

 

 しかし、怒りに震えるアヴェンジャーの感情は収まる気配をみせない。どうやらキャスターは、アヴェンジャーの禁忌に触れたらしかった。

 

「やはり、貴方も英雄らしく(・・・・・)、我が子を手にかけるのかッ!!」

「落ち着いて、アヴェンジャー」

 

 激情に身を焦がしたままのアヴェンジャーは、蛇の威嚇音にも似た鋭い吐息を繰り返している。正直、この状況は誤算だった。但し――

 

「……貴方の疑問は尤もです。キャスター、ですが、後顧の憂いを断つには、今ほどに絶好のタイミングはないのではないか?とも思いましたので、それに――」

 

 最悪の予想が的中していたとすれば(彼がわざと私達に近づいた敵だとすれば)、アヴェンジャーの憤怒は誤算(無駄)にはならない。

 

「羊の皮を被った狼ならば、疑われた時点で終わっています」

「疑われる事も計算づくだとしたら?」

 

 瞬間、空気が凍り、ギリリ。と、アヴェンジャーが奥歯を噛みしめた。

 

「……ああ、ごめんなさい。言い方が悪かったわ」

 

 心が冷えていくのを感じながら、私はアヴェンジャーを制止していた左腕を下ろす。

 

「考えてもみて下さい。あんな出会い方(・・・・・・・)で、私が貴方を疑わなかったとお思いですか?」

 

 私の微笑に「確かにな」と肩を竦めたキャスターは、合点がいったと言うように、私からアヴェンジャーへと視線を移した。

 

「要するに、お前さんはセイバーと戦う為にではなく。オレに対する抑止力として、アヴェンジャーを召喚したわけか」

「……ええ、少なくとも自分で召喚したという点に関してだけは、貴方よりは信用出来ますから」

「……なるほど、やはり簡単な女はいないか」

 

 それきり、誰もが無言になる中、アヴェンジャーの衣擦れの音だけが雄弁だった。

 

アイルランドの光の御子(・・・・・・・・・・・)よ。それは、細作を認めたと受け取って宜しいか?」

 

 私を背に庇う形になったアヴェンジャーの鋭い問い掛けに、所長達が唖然とした表情でキャスターを注視する。瞬間、放たれた濃度の高い殺気を受けたアヴェンジャーは、駆け引きの勝利を確信してか、艶やかに口角を釣り上げた。

 

「……………………小賢しい真似してくれるじゃねぇか」

 

 幾ばくかの間の後、冷静さを取り戻した様子のキャスターは、苦々し気に文句を返した。その一連の反応から察するに、アヴェンジャーは彼の真名を正確に導き出したようである。

 

魔性ですので(・・・・・・)

 

 余裕を滲ませた自虐的な皮肉を口にするアヴェンジャーは、慈母というより毒婦のそれだった。

 

「……チッ、あの時(・・・)か。全く、マスターもマスターなら、そのサーヴァントもサーヴァントだな」

 

 そう言って深い息を吐いたキャスターは、これ以上付き合い切れない。と言うように両手を挙げた。

 

「まだるっこしい事はやめにしようぜ?マスター」

「つまり?」

「これからも持ちつ持たれつの関係でいたいって事だ」

 

 その言葉通り、力強くこちらを見据える紅玉の光に嘘はないようだった。その上で無駄な事は何一つ漏らさないという姿勢に、私は一つ、己の認識を改める。

 

「…………曲がりなりにもケルトの大英雄ならば、小娘相手に回りくどい手を使うはずもないか」

「いちいち、嫌味な女だな。お前さん」

 

 謂れのない疑いをかけられた時、何かしらの隠し事をしている人間は、その疑いの内容に関わらず、疑われた(・・・・)。という事に反応してしまう事が多い。単純な手だが、この方法を利用して敵を釣って来た身としては、些か不満を覚えなくもない。

 

「……疑った事は詫びません。ただ、覚悟はしておいて下さい」

 

 これ以上は、得るものもなければ、お互いの心象を悪くするだけだろう。元より忠誠はいらない(・・・・・・・)と告げているのだ。疑わしきは罰せず。とも言う訳だし、これまで通り、お互いに利用し合う事でwin-winの関係を保てるのならばそれでいい。どう事態が動こうが、どうせ――

 

『……絡新婦』

 

 私を選んだ男は、碌な死に方をしないだろうけれど。

 

 

 

 

 

 

 *

 

 

 

 

 

 

「ともかく、私からは以上です。他に何かご意見は?」

 

 冷然とした問いかけに、わたしと所長は詰めていた息を吐く。先の剣呑な腹の探り合いには大分、精神を削られた気がした。

 

「オレは別に」

 

 先輩に見つめられたキャスターさんは気だるげに答え、その反応を見た先輩の視線はアヴェンジャーさんへと移る。

 

「……では、母からは一つ。お願いが……」

 

 黒曜の視線を受けたアヴェンジャーさんは、少しだけ逡巡するように灰紫の瞳を彷徨わせ――

 

「えっ?なっ、何よ!?」

 

 わたしの背に隠れる所長へと、妖艶な微笑みを向けた。

 

 

 

 

 

 

 *

 

 

 

 

 

 

「最優と名高いセイバー相手となれば、母も宝具を使わず(あの子達に頼らず)にはいられないでしょう。ですから、どうかご協力を」

 

 流れるような動きで、マシュと所長の間に割り込んだアヴェンジャーは、驚く二人を尻目に、右腕で所長を抱き寄せると左手でその顎を取り――

 

「へっ?えっ、ちょっ――んんっ!!」

「あっ……」

「なっ!!」

「えっ?」

「おっ」

 

 その瞬間。私の間の抜けた声とマシュの驚嘆、状況に付いてこれていない様子のドクターの困惑と、キャスターの愉快そうな声音までもが綺麗に重なった。

 

「んっ~~んんっ~~!!」

「んんっ……ふっ…………ん」

 

 目の前では美女同士のキスシーンが展開中である。しかも、濃厚なヤツやこれ。

 

「おいおい、いいのかマスター?俺以上のセクハラサーヴァントだぜアレ」

 

 ニヤニヤとした笑いを張り付けながら、キャスターが意趣返しのように私へと問い掛けてくる。

 

「まぁ、必要な事ならいいんじゃないかしら?」

「対処の差がひでぇな、おい」

 

 それに冷ややかに応対すれば、キャスターの溜め息が返された。

 

「だっ、誰か状況を説明してくれないかな?」

「説明も何もないと思うんですか」

「いや、そうなんだけど、そうじゃなくてっ!!」

 

 加えて、ドクターは私の裸を見た時と同じくらいにテンパってるし、マシュは――

 

「マシュ?」

「あー、お嬢ちゃんには刺激が強すぎたか」

 

 言いながら、キャスターがマシュの目の前で手を振るも、彼女がそれに反応するそぶりはない。

 

「完全にフリーズしてるわね」

「だな」

「キミたちは冷静過ぎだよ!!」

「いや、魔術師なら、魔力供給くらいで驚くなよ」

「魔力供給って?」

「ウソだろ、知らないのかよ」

「当然でしょう?魔術師じゃないんだから」

「ああ、もう。本当に、こんな有り様で大丈夫なんだろうか?」

 

 私とキャスターの会話に、なぜか頭を抱え始めたドクターをよそに、視界の端では、くたびれた様子の所長を抱えたアヴェンジャーが、満足そうに舌なめずりをしていたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 *

 

 

 

 

 

 

 

 結局、そこに至るまでに私達が戦闘を展開するような事はなかった。それは単に、キャスターがそういうルートを選んでいただけなのかもしれないが、嵐の前の静けさ。と形容するに値する不気味さを感じるには、余りある道程だった。

 

「大聖杯はこの奥だ、セイバーのヤロウもそこに陣取ってやがる。踏み込めば後戻りは許されないだろう。やり残しはないだろうな?」

「元よりこうする他ないのですから、今更、確認も遠慮も無用です。キャスター」

 

 天然の岩肌と人工の手心が混じった洞窟を見据えながら言い返せば、飢えた獣のような好戦的な笑みが向けられる。

 

「そりゃ頼もしい。ここ一番で(はら)を決めるマスターは嫌いじゃない。まだまだ新米だが、アンタには航海者に一番必要なものが備わっている」

「……いきなり、何を言い出すかと思えば――」

 

 軽い口調から一転した、突然の賛辞に対する反応に困りながらも、一笑に切り捨てようとした私は、こちらを見つめるキャスターの眼光に、思わず閉口する。

 

「運命を掴む天運と、それを前にしたときの決断力だ」

 

 わざとらしくアヴェンジャーを一瞥してから返されたそれは、至って真面目な代物で――

 

「その向こう見ずさを忘れるなよ?そういうヤツにこそ、星の加護ってヤツが与えられる」

 

 的確なアドバイス(忠告)だった。

 

「そう、参考までに覚えておくわ」

 

 但し、この決戦を生き抜く事が出来たら。という条件付きで。

 

「……それより、キャスターのサーヴァント。大事なことを確認していなかったのだけど」

 

 そうして悠長に話していたせいか、どこか浮き足立った様子の所長から声がかかった。因みに、あれからというもの、所長はアヴェンジャーから一定の距離を置いており、今も私の傍に控える彼女を警戒してか、マシュの背に隠れての対話となっている。更に補足すると、避けられているアヴェンジャーの方は、最初こそ気にしていたものの、今では開き直ったらしく、あまり動じていない。

 

「セイバーのサーヴァントの真名は知っているの?何度か戦っているような口ぶりだったけど」

「……ああ、知っている。ヤツの宝具を食らえば誰だって真名……その正体に突き当たるからな」

 

 兎も角、所長の問いかけた内容は、私も失念していた事だった。自らを除いた六騎のサーヴァントの内の五騎を仕留めたセイバーは、相当の手練れであり実力者だ。少なくとも、こちらのキャスターでさえサシでの戦闘を避けているのだから、真名から弱点を炙り出しておくに越したことはないだろう。まぁ、彼の表情を見る限り、弱点らしい弱点があるのか、怪しいところではありそうだが……

 

「他のサーヴァントが倒されたのも、ヤツの宝具があまりにも強力だったからだ」

「強力な宝具……ですか。それはどういう?」

 

 普段よりも幾分か低く、重たい声音で語り始めたキャスターに、マシュの表情が不安に強張る。しかし、その瞳は確かな覚悟を宿して、キャスターの語りに応えていた。

 

「王を選定する岩の剣のふた振り目。お前さんたちの時代において、最も有名な聖剣。その名は――」

約束された勝利の剣(エクスカリバー)。騎士の王と誉の高い、アーサー王の持つ剣だ」

 

 瞬間、キャスターの台詞を先回りする形で放たれた宣戦布告に、辺りの緊張が最高潮に達した。

 

 

 

 

 

 

 *

 

 

 

 

 

 

 高台からこちらを見下ろすのは、浅黒い肌に白髪が目を引く長身の男。その手にはご丁寧な事に黒塗りの武器(クラスの出自)が握られている。

 

「アーチャーのサーヴァント……!」

 

 そう口にしたのは果たして誰だったか、何はともあれ、この男は――

 

「おう、言ってるそばから信奉者の登場だ。相変わらず聖剣使いを護ってんのか、テメエは」

「……ふん。信奉者になった覚えはないがね。つまらん来客を追い返す程度の仕事はするさ」

「ようは門番じゃねえか。何からセイバーを守っているかは知らねえが、ここらで決着をつけようやッ!!」

「ハッ、悪いがそこまで暇では、ないッ!!」

 

(私を狙うはずだ)(【私ノ獲物ダ】)

 

 キャスターの啖呵に返されたのは、予備動作を察した頃にはもう手遅れだろう。と思わせるに値する技巧で放たれた鋭い殺意。その勢いに、マシュの盾は間に合わないだろう。と気付いた私へと、男は勝利を確信したように、ほくそ笑えんだ。ただ、それは同じように口角を釣り上げた私を目にした瞬間に、驚愕の表情へと塗り替えられる。

 

 刹那、空中で打ち払われた(・・・・・・・・・)矢は、その場で爆散し、衝撃波が私の髪を弄んだ。

 

「……防げぬのならば、届かせなければいいだけの事」

「……チッ、どうやら、そこのマスターは堕ちた女神の中でも醜悪な者を引き当てたとみえる」

 

 風を操る術を持つアヴェンジャーに、飛び道具は相性が悪いのだろう。忌々し気な鷹の目が、私とアヴェンジャーをねめつけた。

 

「あら?汚れた弓兵の分際で言うではありませんか。母を愚弄し、我が子を手にかけようとした罪は、その生命で贖ってくださいましね?」

 

 対するアヴェンジャーは涼しい表情のまま、男の視界から私を隠すように金の翼を広げた。その執念じみた守護態勢の根源が何か?は分からないままだが、おかげで、マシュよりも盾らしく機能しているので、文句はない。

 

「今ので確信したわ。寝起きの私を襲ったのは貴方ね、アーチャー?」

「寝込みを襲わなかっただけ、紳士的ではないかね?」

 

 私の詰問に皮肉で応対する辺り、どうにもこの男(アーチャー)からは同族の臭いがする。

 

「ふふふ、ええ、確かに!!おかげでここまで来れたのだもの、貴方には感謝しないと、ねぇ?」

 

 それが開戦の合図だった。踵を返して走り出した私の後方で、鋭い金属音が響く。その音に、此処が正念場だ!!と鼓舞されながら、私達はぽっかりと口を開けた暗闇へと足を踏み入れた。

 

 

 

 

 

 

 ***

 

 

 

 

 

 

 牽制し合いながら、戦場を寺院へと移したアーチャーとキャスターの二騎は、一定の距離を保ち睨み合っていた。

 

「行かせてしまって良かったのかね?」

 

 黒塗りの弓から双剣へと得物を替えたアーチャーの意味深な問いかけに、杖を低く構えたキャスターの片眉が跳ね上がる。

 

「そりゃあ、また、どういう意味だ?」

「そのままの意味さ、クー・フーリン。キャスタークラスともなれば、幾らか小賢しくなったかと期待していたのだが、どうやら私の思い過ごしだったらしい」

 

 瞬間、とある方角から鳴り響いた轟音と立ち上る土煙に、キャスターの目の色が変わった。

 

「テメェ……」

「よもや卑怯とは言うまい?サーヴァントである以上、弱点(マスター)を狙うのは戦法としては定石――」

 

 言い終わらぬうちに、キャスターの横凪ぎの一閃がアーチャーの片刃を薙ぎ払う。次いで上段から繰り出された猛攻を、残された片刃で受けとめながらも、アーチャーの顔には嘲笑が浮かんでいた。

 

「そんなにイイ女だったのかね。彼女は」

「ほざけ、どのみちテメェはオレが斃す」

 

 見え見えの挑発に、絞り出したような声音が返される。それは、猛犬と猛禽の殺し合いの幕が上がった瞬間だった。




 ※キャスニキの扱いがアレな感じ(語彙力のなさが露見する表現)になっていますが、作者は別に彼が嫌いなわけではないのでご安心を。

 ※主人公ちゃんがアレな感じ(語彙力のなさ以下略)なのは暫く続きます。

 ※次話で、わりと主人公の能力が露見します???(尚、投稿は今月中に出来るようには頑張ります)

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