Fate/GrandOrder ~憎悪と慈愛と復讐の救済を~   作:三枝 月季

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 いよいよ、本日からアガルタですね。


Blood will have blood

 走れども、奔れども、振り切る事が叶わぬものを、なんと名付けたらよいのだろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「取り敢えずは、危機を脱した。ってところか」

 

 辛うじて、原形を留めている。といった様相の民家の物陰で息を吐く。偽装工作(・・・・)が功を奏したのか、ライダーはオレ達には目もくれず、アヴェンジャーの後を追った。ひとまずは、その事に安堵しながらも、囮となったアヴェンジャーを思えば、どうしたって後味は悪い。

 

「安全そうなら、一度降ろしてくれないかしら?」

「そうしたいところだが、まだ心許ない事には変わりないから却下だ。出来るだけ、距離は稼いでおきたいしな」

「……それもそうね」

 

 依然として片腕の中に収まったままの華奢な主に言い返せば、彼女はその空虚な瞳を、逆サイドで同じようにオレに抱かれている気絶したままの白髪。少し離れた場所で辺りを警戒しながらも肩で息をする盾の少女。という順で移動させた。

 

「大丈夫、マシュ?」

 

 尋ねる声音は驚くほどに平静で、そこに不調は微塵も感じられない。但し、立ち振る舞いでは偽りきれない蒼白の顔色や呼吸の早さが、如実に真実を物語っている。

 

(こりゃあ、嵐が過ぎるのを待つしかないかね)

 

 本気ではなかったとはいえ、オレとお嬢ちゃんの交戦では、マスターがここまでの消耗を見せる事はなかった。ある程度の心理的な負荷を鑑みるとしても、アヴェンジャーがライダー相手に苦戦を強いられているだろうことは明らかだ。加えて――

 

「はい、大、丈夫です。なので、早く、アヴェンジャーさんの救援に……」

 

(お嬢ちゃんまで、この有り様じゃあなあ……)

 

 盾の少女のほうは、アヴェンジャーを囮にした事で心理的に参っているようだった。まぁ尤も、オレと出会ったばかりのマスターの状況が、アレ(・・)だったのを思えば、何かしらのトラウマを刺激されたのだろう事は分かる。分かるが、だからこそ、優先順位を履き違える事は許されない。アヴェンジャーの献身を、尊いものに昇華出来るか否かは、今のオレ達の行動に掛かっているのだから。そして――

 

「……気持ちは分かるけど、彼女は覚悟の上でしょう」

 

 少なくもマスターは、それを弁えた上で甘んじてはいない。盾の少女を見据える整った横顔は、冷徹に状況を理解していた。

 

「それはッ、そう、かもしれませんが、でもッ!!」

「正直、こうしている時間も惜しいわ。真に彼女を思うなら、私達は打倒セイバーに向けての行動を起こすべきよ」

 

 表情一つ動かさず、アヴェンジャーを切り捨てる事を宣言した漆黒の少女は、生殺与奪権を握る者(マスター)としては厳しすぎ、そんなマスターを茫然とした顔で見つめる盾の少女は、戦う者(サーヴァント)としては優しすぎる。ただ一つ、両者に共通しているのは、その在り方が、己の手で奪った命に対して、心を寄せてしまう類のものである事だろう。

 

(ほとほと、難儀な主従だ)

 

 でもだからこそ、オレは口を挟まずに、少女達の心の赴くままに、事態を任せる事にする。

 

「……良いんですか、それで」

「そもそも、サーヴァントは死者なのでしょう?あるべき形に戻るだけの話よ」

「先輩はッ!!それで、納得できるんですか!?」

 

 しかし、どうにもこのマスターは、己の盾には弱いところがあった。

 

「……はぁ、分かったわ、マシュ。そんなに言うのなら、貴女に選択を委ねます。これから私が言う事をよく聞いて、5秒以内に結論を出しなさい」

 

 目頭を押さえて溜め息を吐いたマスターは、怜悧な面立ちを引き締めると、一拍の間の後に口を開いた。

 

「まず救援に向かうのはキャスターだけよ。つまり、貴女はその間たった一人で、私と所長をその他の脅威から守り通さねばならない」

 

 静かだが気迫に満ちた声音は、鼓膜を突き刺すように震わせる。

 

「加えて、彼等が無事に戻ってくる保証だってない。最悪、私達だけでセイバーとアーチャーの二騎を、ともすればライダーもかしら。相手取らねばならなくなるわ」

 

 そうして、張りつめる空気の中、黒曜と紫水晶が睨み合い――

 

「貴女に、その覚悟はある?」

 

 懐剣を撫でるかのような問いが投げられた。

 

 

 

 

 

 

 ***

 

 

 

 

 

 

 

「ハハハハハハッ!!ドウシタノデス?私ヲ欺イテクレタノデスカラ、モウ少シ、楽シマセテ頂キマセントッ!!」

 

(くっ……我が子の手前、ああは言いましたが、可能な限り、宝具は使わず(あの子達には頼らず)に、やり過ごしたいものです)

 

 最愛の娘(マスター)をキャスターへ託し、ライダーの脅威を一身に受けて駆けながらも、アヴェンジャーの胸中は驚くほど凪いでいた。なぜなら、今のアヴェンジャーは生前に出来なかった、悔やんでも悔やみきれなかった事を、実行に移せているのだから。

 

(例え、殺されようとも、殺させてなるものですかッ!!)

 

 生前、アヴェンジャーの愛する子供達は、そのほとんどが、英雄を作る材料として利用された。敬愛せし夫の面影を色濃く受け継いだ、強く逞しい子供達が、他人の下らぬ見栄の為に殺されていったのだ。各々がただ、ただ、懸命に生きていただけだというのに。何故、我が子らは殺されなければならなかったのか――

 

『アンタは聖杯に何を願う?』

 

 嘶きと共に、天馬がその蹄を振り下ろす。もう何度目になるか分からぬその猛攻を、辛うじて避けながらも、アヴェンジャーのドレスには赤い染みが増えていく。

 

「フフ、イツマデ、ソウシテイラレルカ、見物デスネ」

 

 完全に遊ばれている上に、余波だけで傷つく己の身体の脆弱さには、呆れ果てるしかない。

 

(きっと、あの子達も。こんな思いをしたのでしょうね)

 

 今更、そんな答えを知りたいなどとは思わない。傲慢にも、幸せな頃に戻りたいなどと、世迷言を吐くつもりもない。けれど――

 

「遅イデスネ」

 

 失望にも似たライダーの嘲笑に、アヴェンジャーは歯噛みし、ドレスの背面、大胆に大きく施されたひし形のカット。そこから、一対の黄金に輝く翼を現した。

 

「……母を、侮らないで下さいッ!!」

 

 次があるなら、もう二度とあんな思いはしたくない(今度こそ守り通してみせる)。それがアヴェンジャーの、ただ一つの願い(思い)だった。

 

 

 

 

 

 

 

 *

 

 

 

 

 

 

 

「先輩は一つ見落としています」

 

 私がマシュへと与えるハズだった5秒は、彼女の即答という形で突き返された。

 

「見落とし?私がいったい何を見落としたと言うの?」

 

 私の詰問に、マシュは穏やかに表情を緩め、何故かキャスターは喉の奥で笑う。

 

「先輩だって、本当は分かっているハズですよ?分かっていて、分からないフリをしている」

「な、にを言って……」

 

 和やかなマシュの言葉に、私は困惑するしかなかった。だってそうじゃないか、そんな奇跡が簡単に起こるわけがない。だって私は――

 

「キャスターさんとアヴェンジャーさんが、ライダーを斃して戻ってくる可能性だって、きっとあるはずです」

「……それは」

 

 有り得ない。そんな事が有り得てはならない。ここにきて、そんな特例を作ったら、私の今までが全部、無駄になる。無駄に、してしまう。

 

「どうせ賭けるなら、わたしは最高の可能性に賭けたいです。皆で助かりたいんです」

「っ――」

 

 皆で助かりたい。そう願った少女の笑顔が、あまりに真っ直ぐで、もう、何も言葉にならない。目を逸らしたくなるほどの清廉潔白さが、息苦しいほどに私の首を絞める。

 

(…………苦しい、怖い、恐い、こわい、コワイ、コワイ コワイ コワイ コワイ コワイ コワイ コワイ コワイ コワイ コワイ コワイ コワイ コワイ コワイ コワイ コワイ コワイ コワイ コワイ コワイ コワイ コワイ コワイ コワイ コワイ コワイ コワイ コワイ コワイ コワイ コワイ コワイ コワイ コワイ コワイ コワイ コワイ コワイ コワイ コワイ コワイ コワイ コワイ コワイ コワイ コワイ コワイ コワイ コワイ コワイ コワイ コワイ コワイ コワイ コワイ コワイ コワイ コワイ コワイ コワイ コワイ コワイ コワイ コワイ コワイ コワイ コワイ コワイ コワイ コワイ コワイ コワイ コワイ コワイ コワイ コワイ コワイ コワイ コワイ コワイ コワイ コワイ コワイ コワイ コワイ コワイ コワイ コワイ コワイ コワイ コワイ コワイ コワイ コワイ コワイ コワイ コワイ コワイ コワイ コワイ コワ――……ァ、レ?ヮタ㋛ニ コんナ感ジょウ ュㇽサㇾテゐタッ㋘?)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

【ドウセ、ミンナ、殺シチャウクセニ(死ンジャウノニ)、何ガソンナニ怖イノ?】

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ああ――、そうだね。死なない命はないものね。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……スター、おい、マスター。大丈夫か?」

「…………え?何が???」

 

 唐突に呼ばれた事で、私はマシュからキャスターへと眼球を回す。

 

「………………いや、大丈夫なら、いいんだけどよ」

 

 そう言いつつも、私と視線のかちあったキャスターは、釈然としない表情を晒したままだ。

 

「変なの」

「……わりぃな。きっとオレの気のせいだ。それより、結局どうすんだ?」

 

 その余りに間抜けな表情に、私が笑い返すと、彼も元の快活な笑顔で返した。それを確認して、私も元通りに表情を引き締める。

 

「私は、口にした事には責任を持つタイプの人間よ。というわけで、キャスター。後は頼めるかしら?」

「……それが、アンタの命ならば」

 

 ぞんざいな問いかけに、以外にも丁寧な手つきで私を腕から降ろした男の顔付きは、既に血の気の多い猟犬のそれへと切り替わっている。

 

「結構」

 

 ならば往け、そして存分に暴れて来るがいい。

 

 無言のままで交わした視線が「是」と、赤い軌跡を残して走り去った。

 

 

 

 

 

 

 ***

 

 

 

 

 

 

「チッ、流石ニ飽キテキマシタ。ソロソロ、死ンデクダサイ」

 

 キャスターに踊らされた事が腹立たしかったライダーは、眼前のサーヴァントを擦り切れるまで攻め抜いて、絶望しきった表情をした瞬間を、コレクションに加えてやるつもりでいた。だのに、敵はボロボロになりながらも、未だに戦意を失う気配を見せない。それがライダーを酷く苛立たせる。

 

「フッ、お恥ずかしくはないのかしら?」

「何ガデス?」

 

 加えて、丁寧なくせにどこか侮蔑的な口調と、無邪気で無慈悲な声音が、ライダーに姉達の記憶を思い起こさせた。

 

「あら、まさかお気づきでないの?自らの技量の無さが為に、母を屠れずにいるという事実に」

「ッ!!」

 

 瞬間、激昂したライダーが馬上から投擲した鎖付きの短剣は、アヴェンジャーの背から生えた一対の翼に打ち払われる。そして――

 

「残念です」

 

 淡々と落とされた呟きが、何よりも鋭くライダーの胸を抉った。

 

 私が、なんだと(・・・・)

 

 その余りの屈辱に、ライダーの長髪は蛇の様にしなり、石化の魔眼は凍る。

 

 だが、依然として己が優勢であるのは変わらない。加えて、次の瞬間には地の利までもが、ライダーに味方した。

 

「……オヤ?逃ゲルノハ ヤメタノデスカ?」

 

 どこか、懐かしい。鉄筋とコンクリートで造られた建築物。日中は多くの生贄で溢れるその学び舎の屋上へと舞い降りたアヴェンジャーは、観念したのか背筋を伸ばすと、被り布越しに上空のライダーを見据えた。

 

「……ええ、わたくしは(・・・・・)、貴女からは逃げられませんから」

「フン、始メカラソウシテイレバ、ソノヨウナ醜態ヲ晒ス事モ、ナカッタデショウニ、愚カナ」

 

 今のアヴェンジャーの姿はまるで、お色直しをした花嫁のような変わりようだった。灰のドレスは、所々が破れ裂かれ焼け焦げ。布地は殆どが鮮血で深紅に染まっている。極めつけに、その足元に散った金の羽が無様で滑稽だった。よくもまぁ、こんな姿になるまで、生き足掻けるものだ。と感心すら覚える。その生き汚さを捨てる事なく、校内まで逃げ隠れていれば、更なる蹂躙のし甲斐があったものを。と、冷たく仄暗い怒気が、手綱を震わせた。しかし――

 

「……ただ、勘違いはなさらないで下さいまし、母は(・・)怨敵を逃がしませんッ!!」

 

 刹那、アヴェンジャーの宣言に呼応するように吹き荒れた暴風に、ライダーは水晶の瞳を見開く、そして――

 

「ッ!!イイデショウ。ナラバ、コチラモ遠慮ハシマセンッ!!」

 

 竜巻の盾の中、こちらを嘲るように破顔した女の姿を捉えた。

 

「無様ニ砕ケ散リナサイッ!!」

 

 瞬間、ライダーは宝具を開帳せんと声を挙げ、それに同調するように、天馬が一際大きく嘶く。

 

騎英の(ベルレ)――」

寵愛宣誓(レイズベール)――」

 

 互いの詠唱が綺麗に重なり、魔力が高まっていく、全てが終わった時、転がる死体は己か敵か諸共か。全てが今、決まろうとしていた。

 

手綱(フォーン)ッ!!」

怪王睥睨(ティポエウス)ッ!!」

 

 流星の如き突貫、ライダーは声に出さずに絶叫した。

 

 ――――生贄は貴様だ。

 

 

 

 

 

 

 ***

 

 

 

 

 

 

 マスターの命を請け疾駆しながら、群青の魔術師は、灰紫の淑女との会話を思い返していた。

 

 

 

 

 

 

 ※※※

 

 

 

 

 

 

「……キャスター、母に考えがあります。ただし、それは命がけです」

「既に危機的状況なんだが?」

「そんな事は分かっています。言ったでしょう。これは賭けだと」

 

 騎兵に追い立てられながらも、アヴェンジャーの瞳は死んでいない。その姿勢は敵の正体が神話に名高き女怪だと知れて尚、揺らぐことはなく、正しく彼女を英霊足らしめている。

 

「どうするつもりだ」

「……母の目にも魔力が備わっています」

 

 キャスターの応答に、アヴェンジャーは明言を避けつつ、己が能力の一端を提示した。

 

「それが仮に、ライダーの魔眼に対抗できる代物だとしても、宝具をどうにかしない限り、話になんねぇだろ」

 

 対して、キャスターは何処までも懐疑的に唸る。神話的に考えるなら、敵の魔眼は知名度も威力も最高峰に位置すると言っても過言ではない。アヴェンジャーを貶めるつもりはないが、相手が別格過ぎるだろう。加えて、騎獣まで召喚されてしまっているとなれば、拮抗出来るとは到底思えなかった。

 

「ええ、ですから、母は時間稼ぎに徹する事になるでしょう。ライダーを斃せるか否かは、貴方の協力と判断に委ねる形になりますが、どう事態が転ぶにせよ(この賭けに負けたところで)、目下のところ、失われるのは母の命一つで済みます。勿論、タダでやられる気もありませんが」

 

 しかし、キャスターの懸念した事をアヴェンジャーが織り込まない筈もなく、その覚悟を知った今、キャスターに言える事など、何もないに等しかった。

 

「……ハッ、いいんじゃねぇの?賭け事は掛け金(リスク)が多いほうが、燃えるってもんだ」

「……貴方なら、そう言ってくれると思いました」

 

 気に入らなくとも、そうする事が、アヴェンジャーの誇りを守る戦いだと言うのなら、キャスターにはそれを否定できるはずもなかった。ただ――

 

「ですがっ!!それじゃあ」

「盾のお嬢さん、貴女には我が子の盾になって貰わねばならないの……ごめんなさいね」

「だからと言って、独りでアレを相手取るとはどういうつもり?」

「身を挺して子を守るのは母の責務よ」

 

 淡色と漆黒の色彩の少女達は、口々にアヴェンジャーに向けて難色を示す。そんな二人へとアヴェンジャーは穏やかに応対した。黒紫の鎧と十字の大盾。という仰々しい見た目に反して、繊細な少女には、美しい微笑みで答え。華奢な身体に、張りつめた糸のような精神性を垣間見せる、頑なな少女には、固い決意を説く。その思いは、見開かれた紫水晶と伏せられた黒曜を前にして尚、変わる事はなかった。無論、それがどれほどの残酷さをもって彼女達を傷付ける事となるのか、分からないアヴェンジャーではないだろう。ただ――

 

「母は怨敵を逃がしませんッ!!」

 

 鼓膜を破らんばかりの、激情のままに叫ばれたと分かる悲鳴が、アヴェンジャーにとっての恐怖がなんであるかを物語っていた。

 

 

 

 

 

 

 ***

 

 

 

 

 

 

 翼の生えた白馬、ペガサス。ゴルゴーンの怪物の亡骸から生れ出た美しい天馬。しかして彼は、その出自に能わず。背に英雄を乗せ、彼らの側に立ち戦ったとされている。尤も、それが彼自身の意志によるものだったのか否かは、当事者達以外の知るところではない。ただ、英雄たちの補助役としての武功を重ね、名を残しながらも、彼がその身体に流れる怪物の血に苦しまなかったか?と聞かれれば、それは嘘になるだろう。

 

「――ソノ、眼ハッ!!」

 

 何故なら、今の彼が背に乗せているのは、己の母親へと至る女。そして――

 

「言ったはずですッ!!逃がさぬとッ!!」

 

 相対する女は、かつて己が殺めた怪物の母であるのだから。

 

「――ッ!!今ですキャスター!!」

「任せなァ!!」

 

 彼女達が己を駆り立て、狩り殺そうとするのは道理だろう。

 

「ナッ――」

 

 瞬間、不自然に途切れた声と、背中を濡らす生温い液体に、天馬は敗北を悟る。召喚者が消えた事により、徐々に保てなくなる身体を知覚しながらも、最期まで彼はアヴェンジャーを見つめていた(・・・・・・)

 

 

 

 

 

 

 ***

 

 

 

 

 

 

「ま、こんなもんかね。にしても……」

 

 奇襲を成功させたキャスターは、ライダーの心臓を貫いた血まみれの杖を回すと、なんとも言えない表情で、重たい息を吐いた。

 

「これも、槍兵の性かね。まったく、難儀なのはオレも同じじゃねぇか」

 

 やんなるねぇ、とぼやきながら屋上へと上ったキャスターは、フェンスに捕まる事で、どうにか立っている様子のアヴェンジャーの姿に苦笑する。

 

「大丈夫か?」

「……ええ」

 

 そんな、キャスターの問いかけに、俯いていた顔を上げると同時、アヴェンジャーの頬を赤い雫が伝う。

 

「……本当だろうな?」

 

 これには流石のキャスターも面食らったようで、訝しむように眉を顰め、アヴェンジャーは、己の頬を濡らす血涙に、たった今気づいたかの様に目を見開いた。

 

「……そう、ですね」

 

 頬を拭うのに合わせて、フェンスを握っていないほうの手に巻いた赤いスカーフ(・・・・・・)が風になびく。魔物を釣るのに、少女の血の香は有用だった。

 

「本音を言えば少し、堪えました。親類に弓を引くのも、我が子の仇を討つのも……守り通した事も、全てはじめての経験だったもので……混乱しているようです」

 

 気持ちの整理がつかないのだ。と吐露したアヴェンジャーは、疲れたように笑ったが、次の瞬間にはその表情を元の穏やかな美貌へと塗り替えた。

 

「ただ、今は早く我が子の顔を見たいです。なのでキャスター、恥を承知で、貴方にお願いがあります」

「へいへい、治療魔術かければいいんだ――」

「母に血を分けて下さい」

「はぁ!?」

「その方が効率が良いです」

「いや、効率って、アンタな」

 

 確かに、魔力の塊であるサーヴァントの一部を取り込めば回復は容易だろう。キャスターがアヴェンジャーの傷を癒すのに必要とする魔力も、自身の傷を癒すのに必要なだけに抑える事も出来る。ただ、それはあまりに邪道なやり方ではないだろうか?とキャスターはアヴェンジャーを睨む。

 

「母が守りたいのは我が子であって、貴方の主義ではありません。ご理解を」

 

 対してアヴェンジャーは、詫びるように目を伏せた。

 

「…………ケッ、やっぱり魔性の類かよ。どうりで妙に感じたワケだ」

「……ええ、女ですもの。それに母も貴方の事は好きになれそうにありません。その身に染みついた血の臭いには憎からず、同胞のものが混じっているようですから」

「そんな男の血を欲してまで、アンタが生にしがみつくのは何でだ?」

 

 咎める風ではなく、純粋な興味だと分かるキャスターの声音に、アヴェンジャーは泣き笑いの様に表情を崩す。

 

「何、簡単な事です。母は子の全てを守りたいのです」

 

 命を守るだけでは飽き足らないのだ。とアヴェンジャーは言う。それは余りに傲慢で、真摯な望みだろう。

 

「……救いようのねぇ女」

 

 血の香と共に、しみじみと返された言葉に、アヴェンジャーはやはり、穏やかに笑ったのだった。




 ペガサスさんの扱いは神話準拠という感じにしています。

 それでもって、彼女達の心的外傷にならないようにと、アヴェンジャーはキャスターに頭を下げたのでした。

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