その日、奴らが海から姿を現した。




この作品は、俺ガイル、艦これ、刀剣乱舞とのクロスオーバーとなります

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比企谷八幡が往く

 日本語には『平和』という言葉がある。使い古されても新品のように光り輝く、輝かしい言葉が。

 平和は大切、平和は大事、平和な世の中、平和、平和、平和。

 なんとも優しい言葉だろう、なんとも美しい言葉だろう、なんとも綺麗な言葉だろう。

 なんとも、暴力的な言葉だろう。

 平和なんてものは結局のところ、争いと争いの間にある、短い短いつかの間の休憩期間なのだ。そもそも、争いがなければ平和という概念は存在しないし、平和という概念があるからこそ争いは争いとして成立する。

 希望と絶望がセットのように、平和と争いもセットである。同じように、絶望が希望とセットじゃないように、争いも平和とセットではない。

 故に、平和とは刷り込まれ続ける概念だ。

 

 

さて、平和についてちょっとばかし語ったが、正直なところこの言葉たちにはそんなに意味はない。

無い、皆無だ。

 まぁ、適当な奴が言っている、適当で適当な戯言だと思っておいてほしい。

言葉には意味はなく、行動にこそ意義がある。ま、言葉に意味をそれとなく見出せば、皆無から無いかもしれない、くらいには言葉を濁せるかもしれないが。

正直なところ、平和うんぬんというのは別にどうでもいい。

普通に生まれて、苦労はあるが幸福に成長し、幸せと思えるような人生を迎えて、畳の上で大往生すれば御の字だ。誰かの言葉だったか、前向きに倒れりゃどこでもいい。

自分が良い人生だと言えりゃ、どんな世界でも関係ない。

が、そんなに世界は甘くはない。

世界ってのは小説よりも奇怪だ。人間が想像できる物は必ず現実になるし、想像以上の何かは確実に存在する。ただ、小説は小説で現実よりも粋だと言いたいが。

んで、だ。

だから、こんな状況ってのは起こりうるものだと言えるし、平和なんてすぐさま瓦解する。小説の中の世界が現実に飛び出したような状況が故に、粋である。

 

 

 

 それは海からやってきた。

 海というのはなにものでも内包し、包み込み、受け入れる。だからこそ、海は怖さをも有している。

得体のしれない恐怖を。

何が潜んでいるか分からない、怖さ。

 ここ千葉県は、そんな海に突き出すような地形になっている。まぁ、それを言うなら日本自体が海で囲まれているのだが、奴らが最初に現れたのは千葉近郊海域だった。

 奴ら、そう、奴らだ。

 海の底から現れた。本当にそうとしか言いようのない風貌と、空気を纏って海上に姿を現した。

一つ、二つ、三つ。

最初はその程度の影だった。だが、すぐに無数の影が海の底から群れをなして浮上してくる。

波で揺らめく長く黒い髪であり白い髪、病気かと見まごうほどに白い肌、それらは人の形を模してはいるが人間とはまったく似ても似つかない存在だった。ただ、見る者を魅了する存在ともいえる。

特に男という人種の中には、殺されてもいい、と言い出す輩が出るほどには。

さて、海の底から現れた存在、後に『深海棲艦』と呼称される彼女たちは何のために現れたのか。まぁ、そんなに難しくない話だ。散々前フリをしておいて、いざ話し始めるとまったく、本当にまったく関係ないってのは構成的には有りだが、この場においては無しだ。

平和の話、つまり争いの話。

彼女らの目的は明確だ。それは、各々が持つ独自の武装が物語っている。

 

戦争だ。

 

 

 集団となって固まっていた彼女たちは、知能があるかのように、いやあるとしか思えない行動を取り出した。集団は数人単位のチームに分かれ、隊列を組んで陸地に向かって進行を始める。

 進行は妨害を受けることなく着々と陸地まで進み、目視で街の様子が見える地点まで来ると同じタイミングで停止した。

 彼女らの姿は陸地からしっかりと見る事は出来た、しかし、彼女たちの存在に気がついている人間は誰一人としていない。ありえないと思っている事は、どんなにありえたとしてもありえないからだ。

 それを理解しているのか、していないのか。彼女たちはなにものにも邪魔されることなく、余裕を持ってゆっくりと街の中心部にいくつもの主砲を向け、爆音と共に開戦の狼煙を上げる。

 様々な場所で、角度で、街を囲むように放たれた複数の砲弾は綺麗な弧を描き、意図的にずらされ時間差で着弾するとともに耳をつんざくほどの轟音と爆発と悲鳴を撒き散らす、はずだった。

「あ~、めんどくせぇな。きっちり時間通りに現れるんじゃねぇよ。つか、現れるなって話だ」

 ごく普通の一軒家の屋根の上、彼女たちが現れた時刻からその屋根の上に立ち、進撃してくる複数の影を眺め、先程放たれた流れ星のような砲弾をため息一つ二つつきながらダルそうに眺めている和装の高校生くらいだと思われる少年の姿があった。

「ま、さっさと終わらせるに限るか。

ああ、帰りたい」

 そう少年はぶつくさ独り言をつぶやきながら軽く、しかし周りに響き渡るように手を鳴らした。

 その瞬間、着弾を待っていた全ての砲弾は真っ二つに分かれ、残骸は狙ったかのように人気のない空き地や路地に落ちていった。そして付け加えるなら、砲撃時の爆音で街中の人という人が外へ飛び出してきたのにもかかわらずだ。

「主、斬り漏らしは無いようです」

「ま、お前らならそりゃそうだろ。別に心配してねぇよ」

 全ての砲弾が消失して少し間が開いた後、いつの間にか少年の斜め後ろには少年と同じくらいの身長の青年が少し屈んで少年に耳打ちをしていた。その報告に少年は目立った反応を返すことなく、アホ毛を揺らし濁ったような腐ったような目を海の方へ油断なく向けている。

 青年は少年の言葉に少し嬉しそうな表情を浮かべ頭を下げると、少年につき従うように後ろに立つと同じように海に目線を向けた。

 そんな少年と青年の立っている家の隣の家の屋根に、唐突に落ちてくる人影があった。人影は着地の際、瓦を何枚か踏み割って体勢を整え手に持った打刀を肩にかけ、

「おらおら! この程度かよ!」

 そう、楽しそうに笑いながら声をあげた。

「同田貫、貴様、主の前だぞ!」

「長谷部、別にいいぜ」

「しかし……いえ、主がそうおっしゃるのであれば」

 長谷部と呼ばれた青年は同田貫と呼んだ青年に喰ってかかったが、少年はすぐにそれを軽い言葉と視線を向けるだけで諌め、長谷部は続きの言葉をぐっとこらえて頭を下げて後ろに戻った。

「同田貫、好きなように暴れてこい。だが、被害は最小限に抑えろよ」

「はっ! そいつはありがてぇ!」

 そう言い終えるが早いか、今まさに頭上を通り過ぎようとするいくつもの砲弾めがけ大声を上げながら跳びあがった。

「キエェェアァ!!」

その跳躍力は一般的な人間と違い、見上げなければならないほどまで跳び上がると、否、飛び上がると始めに先頭の一つ目を上から縦に切り分けた。

左右均等に切られ、勢いまでも斬り伏せられた砲弾は、重力に従い民家の屋根に落下を始める。そんな落下を始めた砲弾を同田貫は踏みつけ、再び空に舞い上がると二つ目の砲弾を同じように切り開いた。

三つ目も四つ目も、斬っては蹴りつけ飛び上がり、その姿は空を駆けているように見える。

「まったく、相変わらず騒がしい奴だ」

 長谷部は少々呆れたように顔を上にあげ、同田貫の動きに視線を合わせて呟いた。それよりも砲弾の残骸の行方が気になると思うのだが、そこは呆れつつも信頼しているのだろう、蹴りつけられた残骸が狙ったかのように被害が出ない場所に落ちていくのが当たり前だと言わんばかりに。

「大将、住民たちの避難はあらかたすんだぜ」

 これまたいつのまにか長谷部とは反対側に、中学生くらいの少年が立っていた。その少年は少年は飄々とした表情で和装の少年に声をかける。

「ああ、薬研か。

ってことは、短刀たちは次に向かったか。そんで、そろそろ俺も動かないといけねぇのかよ。めんどくせぇ」

 本当にめんどくさそうに頭を掻きため息をつきつつ、それでも止めると言う意思は逃げると言う行動は見せない。

「んじゃ、よろしく頼むぞ」

 そう少年は口を開くと、両手の手のひらを上に向け長谷部と薬研の前へ持っていく。

「主命とあらば」

「血がたぎるな」

 目の前に出された手の上に、長谷部と薬研はそれぞれ持っている打刀と短刀を乗せた。少年は渡された二振りの内、打刀を腰に短刀を懐に忍ばせる。そして気がつくと屋根の上には少年ただ一人が立っており、長谷部と薬研の姿は最初からいなかったかのように痕跡すら残っていなかった。

「ったく、厄介な奴らを連れてきやがって。

歴史の修正だったか? 正確に言うなら、歴史の再現だろ。

自分たちの世界の焼き直し、訪れなかった未来への渇望ね。まったく、別の世界の俺たちを巻き込むんじゃねぇよ」

ぶつくさ言いながら渋い顔を浮かべながら少年は腰に差したへし切り長谷部を引き抜いた。刀を抜くと少年の服装が和装から、長谷部が着ていた服装に変わっていた。

「さて、とりあえず、終わらせるか」

 

 

 

 水の上を走るには?

 よく言われるのが、片足が沈む前にもう片足を前に出せばいい。

 まぁ、戯言に思えるこの方法は意外と理にかなっている。現に、とあるトカゲは水の上を走ることができる、原理が同じか知らないが。でも、水の上は走ることができるだろう。ただし、人間には不可能に近いと言う点に目をつぶれば。

 不可能に近い、そう、限りなく不可能に近いが不可能ではない。

 まぁ、ただ、それは前述の理論のみの話で、この場合は違うのだが。

「海上を走るってのは、ほんと、違和感しかねぇな」

 先程まで屋根の上にいた少年はいま、海の上を走っている。

 

 通常、人間が何の装備もなく海の上、つまり水の上を走る事はあり得ない。しかし、それはごく普通にその辺にいるような人間は、と前提が入る。

 なら、少年はと言えば、ごくごくその辺にいるような人間とは違う。人間、という生物学上のくくりの中に入ってはいるが、量産型である普通の人間のくくりには入っていない。

選ばれた人間である。

いや、選ばれなかった人間だ。

普通に普通として選ばれなかった人間の一人。

まぁ、その話しは置いておこう。少年は普通の人間とは違う、審神者と呼ばれる人種だ。審神者、刀剣を人間の戦士に変える、という能力を持つ異能力者。と、定義されている。定義されていると言うことは、例外も存在すると言うことだ。

普通から外れた審神者、そこからも踏み外した審神者が、少年の正体。

通常、刀剣を人間の戦士に変える、異能力しか持たない。まぁ、異能力を所有している時点で、しか、なんて言うと罰が当たりそうだが言葉としては正しいだろう。

少年は、もう一つ先の異能力、刀剣を人間の戦士に変えその能力を身に宿す、異能力を所持している。つまり、先程の同田貫と同じ事ができると言えば分かりやすいだろうか。

だが、刀剣である彼等自体に水面に立つ能力は無い。

ならどうして少年が海上を走れているのかと言えば、少年の異能力が起こした副作用のおかげである。副作用、副次作用と言った方がいいか。

頭をひねり原理をどうにか推察するとすれば、少年が刀剣の能力を宿す、この異能力の解釈を、審神者が戦うための異能力だとするのではなく、審神者を守るための異能力とすればどうだろうか。

人間は水中で生きていけない、これは常識だ。つまり、溺れると言うことが人の生き死にが関わってくる。ならどうすれば守れるか、つまるところ溺れなければいい。水の中に入らなければ溺れる事は無い。

ま、こう言ったところで推測したところで、それが正しいか分からない。原理が分からないが、結果的に水の上に立つことができるのであればそれを便利に使うだけのことだ。それは、パソコンの原理が分からなくとも、便利に使う事と同じである。

 

「っと、ようやく見えてきたか」

 途中から水面と平行に自身めがけていくつも放たれてくる砲弾に足を止めることなく圧し切りつつ、着実に進んでいった少年の目にようやく隊列を組んだ六つの影が見えてきた。

砲台の代わりの様な盾を、三つの大きな口を、巨人の様な大きな腕を、身長の半分くらいありそうな大きな籠手を、脇に控える六つの主砲を、両腕に装備したなにものを噛み砕きそうな口の中に覘く暗闇を向けている姿が。

少年が彼女たちに接触するまであと数メートル、そしてその数メートルは彼女たちが少年を葬るチャンスでもある。

先程までは少年に分があった。遠距離攻撃の欠点、それは発射と着弾のズレだと考える。距離が離れれば離れるほどそのズレは大きく、地球上にある限り物理法則から逃れることはできず速度は確実に落ちる。故に、長距離砲撃は避けるに易いのだ。

しかし、ここまで近づいてしまってはそのズレが限りなく零にまで減り、避けること切り落とすことが困難だ。

だが、日本にはこんな言葉がある、ピンチはチャンスだと。

だから、彼女たちが砲撃するのと同時に少年は力強く、海面を蹴った。

「飛天御剣 龍巻閃・旋。

 なんてな」

空中に止まった無数の砲弾と呆けた表情を浮かべ指の一本すら動かせない彼女たちは、走り去っていく少年の後ろ姿を見ることなく海に還っていった。

海は、全てを受け入れる。

 

 

 

 海の上を縦横無尽に駆け回る。

 もうどれくらい時間が経っただろうか、少なくとも最初に聞こえていたいくつもの砲撃音が六つになるくらいにするまでは経っていた。つまるところ、残り六人。いや、六隻と言えばいいのか。そして、街の被害は見る限り皆無と言っていい。砲弾の残骸が各所に積み重なっていることに目をつぶればだが。

 少年は駆け回り、最後の六人、六隻の目の前にたどり着いた。

「ああ、こいつは、役者が違うな」

 さっきまでの部隊にはいなかったそいつ、黒いフードを被り、そこから白い髪がのぞき、尻尾なのだろうか尾てい骨くらいから伸びている蛇というより竜の首が少年に向けている存在を見て、少年は呟いた。

その存在は見ただけで異質としか言いようがなく、異常としか言いようがなく、その中でも目を引くのが、喜色満面の表情の中に湛えられた歪んで歪んだ口。そして、殺人鬼の様な瞳だろう。

刀を交えていなくても分かる、これは一体でも手に余るということに。それに加え、さっきまで散々倒してきたと言えどこの状況で後ろに控えている五隻、そちらの方にまで手を回す余裕はない。

これは、まごうことない死地だ。

そんな事は、少年も重々承知だろう。油断なく目線を逸らさず、手元で刀をしっかりと両手で握り直す。彼女はその仕草を目にしたからなのか、三日月の様な口が開くと口内には唾液で濡れているのこぎりの刃の様な鋭い歯があやしく輝いた。

そして、尻尾がピクリと動く。

両手で握っている刀を顔の前までかかげ、尻尾からも本体からも身を守れるように構えをとった。一挙手一投足一薙尾、全てを見逃さないように少年は集中する。ただ、それは、全ての現象を目にするということでもある。

「……おいおい、ここまで狂ってんのかよ」

 一言で言えば、喰った。

 尻尾は少年には向かわず、一直線に後ろの仲間に喰ってかかった。文字通り、喰ってかかった。目にもとまらぬ速さではなかった、しかし五隻が行動を起こせるほど遅くもなかった。順々に、順番に、骨を残すかのように下半身を残して、喰った。

 喰い終わった彼女の顔は『遊ぼうぜ』と言っていた。

「こっちはさっさと帰ってMAXコーヒーが飲みてぇんだよっ、と」

 その場所から一歩跳躍し一気に距離を詰めると、首をはね落とそうと横に刀を振るった。角度、高さ、速度、確実に胴と頭が離れるだろう。そう、何もなければ。

 勢いよく首に迫っていた刀身を力任せに上へ逃がし、そのまま上げた刀身を打ちおろしながら全力で後ろに下がった。逃げてはいない、が、全力でひく。彼女はそんな少年の様子を本当に嬉しそうに嗤い、尻尾はせっかくのごちそうを逃して不満そうに揺れている。

 さて、ここでちょっと時間を貰いたい。

 刀剣にとっての死とは何だろうか。と、哲学者っぽく言ってはみたが非常に簡単な話だろう。

 破壊。

 その一言に尽きる。その一言で事足りる。

 だから、少年は刀を止めた。あのままふり抜けば、手に持った『へし切り長谷部』は粉々に砕かれていただろう。刀の進行方向にいきなり割り込んできた尻尾が大きく口を開け、彼女たちのように噛み砕いて噛み潰して。そして、少年は腹部から捕食されていたことだろう。

 後ろに引く際、打ちおろしが空振りだったが、本来であればがら空きの胴体に向かって尻尾の追撃があったはずだ。そのための牽制だったがどうやら必要はなく、その理由が彼女の顔に書いてあった。最初から、書いてあった。

『ずっと遊ぼう』

 そう、書いてあった。

 

 

 あれから何刻経っただろうか。

 縦横無尽に踊るように、海面で暴れ回っている彼女の相手をして。

 分かっていたことだが、戦闘狂なのだろう。楽しそうに嬉しそうに暴れ回る姿を見せられると余計に理解させられる。立体的な動きに、平面的な動き、彼女の特性を生かし海中からの動きも見せ、元仲間の残骸から棒状の何かを抜き出しチャンバラもどきをおっぱじめてもいた。

手段と目的が同じ、戦うこと。だから、何でもやる。最初に五隻を喰ったのだって、それだけの目的だったのかもしれない。戦いたいから、それだけのために。

 なら、少年の方はと言えば、そろそろ限界が近い。

 いくら刀剣の能力を宿すとしても、人間であることは変わらない。体力、気力の限界は来るし、握力だってもう限界ギリギリで今にも刀を取り落としそうなほどだ。

 だから、力任せに振るわれた尻尾をよけきれず刀で受けてしまった少年の手から、刀が後方に弾かれてしまうのは当然だった。刀が手から離れた瞬間、少年の服装が長谷部の物から最初の和装に戻り、後方へ飛んでいく刀のそばには一緒に飛ばされていく長谷部の姿があった。

「主!!」

 長谷部は飛ばされながらも少年の方へ焦った顔を向け、危機迫った声を上げる。完全に絶体絶命、口を大きく開け唾液でテラリと光る歯が少年の首元に迫ってくるのがコマ送りのように長谷部には見えていた。

「安心しろよ、長谷部。死なねぇよ」

 長谷部から見える少年の後ろ姿は、紺色の上着と半ズボンに黒のハイソックス。つまり、薬研が着ていた服装になっていた。

「あ~やっぱ、あんまり短刀たちの服装にはなりたくねぇな。俺には似合わねぇ」

 何か大切な物を落としてしまったような声色で、緊張感がなく呟いた。

 今はそんな事を言っている場合でも、言える場合でもない。いや、それは間違いだ、もう、終わっていた。

 彼女が飛びかかってくるまでの間、少年は懐に忍ばせておいた短刀を逆手で引き抜いた少年は、横に寝かせた状態でもう目の前にあった彼女の喉に突き刺すと、もう片方の手で柄頭を喉の奥へと押し込んだ。

 刀は首を貫通し、反対側から切先が姿を見せる。そして、全ての刀身を押し込むと柄の峰側に柄頭に添えていた手を移動させ、力任せに首を切り裂いた。首からは血液の様な赤い液体が噴き出し、切り裂いた短刀にも滴るほどに刀身を濡らしていた。

 全ての動作を終えると、少年は長谷部が浮いているところまで後退し、血振りをしたあと鞘に戻すと再び長谷部を手に取った。服装も薬研の服装から、長谷部の服装へ戻り少々落ち着いた様な表情を浮かべている。

 首の半分を切り裂かれ、大量の体液が洩れた彼女はもう助からないだろうと予想はできた。しかし、いまだに苦痛の表情を見せず笑っているが故に油断なく、予断なくいつでも動けるように少年は構えを解かない。

 徐々に噴き出す体液が減少していき、頭を俯かせ、尻尾も完全に海中に沈んだ。もう、時間だろうと、介錯とばかりに首を完全に斬り落そうと刀を振るおうとした少年に向かって、彼女は顔を上げた。

 その顔は、微笑んでいた。

 笑うのではなく、嗤うのではなく、微笑んでいた。そして、声は無いが口が動き、『ありがとう』と。

言い終わった彼女は満足したのか、そのまま海中に沈んでいった。

「……見てんだろ、くそったれが」

「ああ、気がついていたのか」

 何もなかった空中に、窓の様な物体が現れ窓の奥から声が聞こえてくる。

「殲滅おめでとう、と言いたいところだが、こればっかりは俺も楽に制圧したからな。これくらい、俺にできて当たり前だ」

「うるせぇよ。そもそも、関わってくんな」

 少年は嫌そうな表情を、窓の奥にいる頭の上に揺れている何かがある存在に向けて吐き捨てた。

「ま、ご褒美として少しは休息を与えてやるよ。その間、何をしておくか考えて行動しねぇと次で終わるぜ、俺」

「もう来んじゃねぇよ、比企谷八幡」

 最後に窓際に立った存在は、少年と瓜二つの容姿をしていた。しかし、目のくさり方目の濁り方はまったく似ても似つかないものであった。

「んじゃ、次を期待してるぜ」

「はっ、俺が俺に期待してんじゃねぇよ」

 空中に浮かぶ窓はスッと消え去り、少年、比企谷八幡もその場をあとにしようと陸地に向けて走り出そうとすると、彼女が沈んでいった海中から発光する何かが現れた。比企谷八幡はすぐに構えをとり、何があっても動ける体制を取った。

 光る何かは徐々に海面へ浮上し、全体が海中から海面へ浮上し終わると、

「電です。どうか、よろしくお願いいたします」

 ぺこりとお辞儀をする、セーラー服を着た少女が目の前にいた。

 

 



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