もうすぐ八月も終わりなのに、気温は上昇する一方だし……。
マユがサリエルと化したカテレアを倒すために再び外へと飛び出していった後、ボロボロとなった会議室には何とも言えない空気が流れていた。
沈黙を破り最初に話を切り出したのはアザゼルだった。
「で?事情は聞かせて貰えるんだろうな?ヴァーリ」
「ええ。私も黙っていれば逃げられるとは思ってないもの」
神器を解除してから、ヴァーリは腕組みをした状態で壁に体を預けた。
「実は、密かにあの連中にスカウトを受けていたのよ」
「いつだ?」
「コカビエルの一件が終わった直後。あの帰り際に私に接触してきたのよ」
「だが、その時には結論は出さなかった」
「当然じゃない。禍の団の全貌も分からないのに、簡単に返事は出来ないわ」
「妥当な判断だ」
アザゼルの元で育ったせいか、中々に思慮深い性格になったようだ。
「私なりに色々と考えたけど、今回の事で決心がついたの。まさか、あんなヤバい物に手を出すようなバカの集団だったとは思わなかったから」
「それに関しては俺も同感だ。これで増々、あいつ等の事を軽視出来なくなった」
もしもこの場においてマユやルシファー、ヤハウェによってアラガミとオラクル細胞の危険性を教えられなかったら、彼らもここまで危機感を抱かなかっただろう。
それ程までにオラクル細胞は危険なのだ。
「それと、この場でもう一つ言っておくことがあるんだけど」
「なんだい?」
「私のフルネーム」
この状況で何を言い出すのかと思うのが大半だったが、アザゼルだけが一人、渋い顔をしていた。
「私の本名は『ヴァーリ・ルシファー』…。これを聞いたら大体が分かると思うけど」
ヴァーリが静かに自分の名を言った途端……全員が一斉にヤハウェの隣にいるルシファーを見る。
「え?いやいやいや!俺の隠し子とかじゃねーよ!?」
「怪しい~…」
「マジで違うって!俺は昔も今もヤーちゃん一筋だって!」
「………………」
「そこで黙るのはマジでやめてください」
聖書の神と初代魔王の痴話喧嘩と言う、非常にレアな光景をヴァーリはジト目で見ている。
「言っとくけど、私は別に貴方の子じゃないわよ」
「ほ…ほらな!だから言ったじゃねぇか!」
身の潔白が証明されても、女性陣の目線は冷たい。
「あ~…ヴァーリはな、既に死亡している先代魔王ルシファーと人間との間に誕生した混血児だ。だから、名は同じでも同じ血が流れていることはねぇよ」
「そーゆーこと」
「あの神器だって、体の半分が人間だからこそ手に入れられたようなもんだ。才能も有り実力もあるが……」
チラリと外にいるマユの方を見るアザゼル。
「……分かってるわよ。常に絶望の中で戦ってきた彼女にはまだまだ敵わない。経験も覚悟も……心も負けてる」
自覚をしてしまったせいか、ヴァーリの顔色はお世辞にも優れているとは言い難い。
「と…取り敢えず、君は敵に回ることは無いんだね?」
「今は……ね。私の目的は強者と戦い強くなること。それは別にあいつ等の元に行かなくても叶いそうだし」
「少なくとも、お前ら二人を中心に戦いは起こるだろうよ。今までも二天龍を宿した奴らの周囲は争いが絶えなかったからな」
龍のオーラを纏うが故か。
最強の力を手にしたが故に争いに巻き込まれる定めにある。
「いっそのこと、マユがリーダーを務めるクレイドルに入ろうかしら?」
「もしそうなったら、間違いなく最強の勢力になるな」
「二天龍が揃って同じ場所にいる……敵対する者にとっては地獄絵図にしかなりませんね……」
ミカエルが苦笑いをしながら言うが、当のヴァーリはどこ吹く風。
話が一区切りついた時に、会議室の扉が開き、無事にギャスパーを救出したリアス達が入ってきた。
「お兄様!ギャスパーの救出に成功しました!って……どうしたのよ!?これは!?」
「会議室の壁が崩壊してますわ!」
「破壊音や戦闘音が聞こえてはいたけど……」
「ふぇぇぇぇぇぇっ!?なんか壊れてるぅぅぅぅぅぅっ!?」
全員がリアス達の方を見る。
「詳しい事情は後で説明する。今は……」
サーゼクスが外を見る。
そこでは、マユが神機を持ってサリエルと対峙していた。
「ア…アラガミっ!?」
「お姉ちゃんが……」
「あれは……あの時、教会で戦った……」
「あのアラガミを知っているのかい!?」
裕斗の一言に反応したサーゼクスがリアス達の方を見る。
「は…はい。あれは前に報告した、廃教会でお姉ちゃんが戦ったアラガミと同じタイプです」
「確か……名前はサリエル…でしたわ」
「サリエル…か。悪魔が変異したアラガミの名前が天使の名を冠するとは、皮肉ってレベルじゃねぇな」
そう呟きながら外を見つめるアザゼルだった。
・・・・・
・・・・
・・・
・・
・
さて……どうするかな。
相手は空中戦が得意なサリエル。
別にこれが初めてって訳じゃないから、対処法はちゃんと知ってはいるけど、
『……おいマユ』
「なんだ?」
『よもや、以前のようにその背から翼を生やして空中戦を挑む気ではあるまいな?』
「それもありか」
そういや、前はその方法で殺ったか。
毎日の密度が濃いから、すっかり忘れつつあった。
『はぁ……あのような汚らわしい翼を使用して戦うなど認めんぞ!我のプライドが許さん!!』
ギルの口からプライドと言う言葉が聞ける日が来るとは……。
「ならばどうする?私は別に隙を狙いつつジャンプで戦ってもいいけど……」
『それはもっと許さん!!お前が他の連中を宿して戦っている時ならばいざ知らず、我がいる時にそんな無様な戦い方をしたら、もう二度と力を貸さんぞ!!』
無様って……神機使いは基本的にサリエル種との戦闘ではそうやって戦ってるんだけど……。
さっさとしないと、もうそろそろサリエル堕天が本格的に動き出しそうだ。
『今回は特別に『
「ヴィマーナ?」
なんじゃそれ?
そう思っていると、王の財宝から黄金に輝く一人用の台座のような物が出てきた。
中央には金色の椅子が設置してある。
「こ…これは?」
『簡単に言えば、インド神話に登場する自由に空が飛べる乗り物だ。正確にはその原典だがな。水銀を燃料とする太陽水晶によって稼働し、搭乗者の思考によって操縦する。本来ならばお前が戦いながら操るのだが、今回は特別に我が操縦を担当してやる。感謝せよ』
「うん。ありがとう」
傍で地面ギリギリに浮いているヴィマーナに乗る。
すると、急に宙に浮いてサリエル堕天と同じ高度まで上がった。
『この英雄王が直々に援護してやるのだ。敗北は許さんぞ』
「言われなくても、負けるつもりはない」
『ならばいい。お前の動きに合わせてやる。好きに動け!!』
「了解!!」
ヴィマーナが加速すると同時にサリエルがお得意の曲がるレーザーを複数撃ってきた!
「ギル!!」
『分かっている!!』
凄いスピードでヴィマーナは飛んでいるが、神機使い特有の怪力によってなんとか踏ん張っている。
そうでなければ、あっという間に振り落されていただろう。
レーザーが当たる直前でジャンプして、サリエルの頭上を通り過ぎるようにして体全体を使っての回転切り。
その一撃はサリエルの頭部に直撃し、タイミングよくヴィマーナがやって来て着地した。
「ナイス!」
『次が来るぞ!!』
斬撃から立ち直ったサリエルが攻撃態勢に入る。
動き回りながら光球を設置していき、そこから更に扇状のレーザーを撃ってくる。
「上昇!」
『応!』
ヴィマーナが急上昇し、それと同時に神機を銃形態に変形。
下にいるサリエルに狙いを定める。
「そこだ!」
オラクルで精製されたブラストの銃弾がサリエルに向かう。
レーザーを撃った直後で一瞬だけラグがあったサリエルに直撃。
だが、当たった場所は胴体部。
あまりダメージは期待できない。
その直後に設置されたレーザーがこっちに来る。
レーザーの数は3つ。
これなら余裕で回避出来る。
ギルも同じように思ったのか、ヴィマーナを器用に操り避けてみせた。
「よし、このまま!」
『いや待て!』
「!?」
サリエルが自分の周囲に光の柱を発生させる。
あれを出している間はあいつには近づけない。
ここで銃撃してもいいが、ここは敢えて待って息を整えよう。
「ふぅ……」
今のうちにOPを回復しておくか。
一発しか撃ってなくても、ブラスト一発の消費量は大きいからな。
補給の後に近接形態に戻しておく。
『確か堕天種のアラガミは通常種よりも様々なステータスが強化されている……だったな?』
「ああ。だから、前と同じように考えていたら駄目だ」
『だが、お前の頭の中にはその違いも叩き込んであるのだろう?』
「頭…と言うよりは、体で覚えた感じかな?」
本当に何回も戦ったからね。
『その言い方は卑猥だぞ』
「そう?」
聞く方の問題じゃない?
「……休憩終わり」
『来るか』
光の柱が消えた途端、サリエルが直進的に突進してきた。
『そのような体当たりが当たるか!』
言葉の通り、ヴィマーナは易々と回避。
すれ違いざまに脚部を斬りつけ、銃形態にしてから同じ場所を射撃。
そこから連続で撃ち続け、結果として両足の部位破壊に成功した。
「よし」
『だが、活性化するぞ』
「それは承知の上」
アラガミと戦う上で仕方ない事だから。
こればっかりは割り切らないと。
女性型特有の高い声の咆哮が響き渡り、サリエルが蛇行しながら突進してくる。
『フン!動きを変えればいいというものではない!』
だが、今回のサリエルは予想外の動きをした。
回避しようとした私達の横を、あろうことか大量の毒鱗粉を巻きながら通過したのだ!
「『なっ!?』」
やばい!
私達の周囲が毒鱗粉に覆われてしまった!
視界が最悪になった!
『おのれ……アラガミの分際で!!我等を欺くとは!!』
「毒は効かないけど……」
まさか、サリエルがこんな器用な真似をするなんて…!
例のカテレアって悪魔が変異したせいで、妙な知恵を付けたのか?
必死に周囲に気を巡らせていると、それはいきなり来た。
毒鱗粉を突き抜けながらサリエルが突進してきた!
「ヤバイ!」
一瞬だけ反応が遅れた!
咄嗟に装甲を展開したけど、足が踏ん張りきれない!
「くあっ!」
『マユ!!』
お…落ちる!!
別に落下して死ぬことは無いけど、空中では思うように動けない!!
着地するまでなんとかしないと!!
案の定、頭上から5本のレーザーが降ってきた!
「くっ!」
再び装甲を展開してガードしたが、そのお蔭で落下速度が増してしまった!
『マスター!!!』
「ギル!?」
ヴィマーナが凄まじいスピードでやって来て、私の下に来た。
いきなりの事で受け身が取れずに背中から着地してしまったが、痛みは無い。
「さ…サンキュー…」
『この馬鹿者が!!何をしておるか!!』
「……ゴメン」
『謝罪と反省なら後にしろ!今は奴を倒す方が先だ!!』
御尤も。
『あのアラガミに借りを返すぞ!!』
「うん!」
歪曲するレーザーと直角的に方向転換するレーザーの二種類が発射されるが、驚異的な運動性能でその全てを見事に回避。
『このまま行くぞ!!』
「分かった!!」
今度はこっちがすれ違いざまに斬り払う。
一旦離れてまた近づき、そしてすれ違いながら斬る!
サリエルに攻撃の隙を与えないように連続でそれを繰り返して、着実にダメージを与えていく。
そして、サリエルが蓄積したダメージで揺らいだ瞬間を狙い、奴の頭上でジャンプして神機を捕食形態にしながら落下、そのまま頭部にガブリッ!と齧り付いた!
血飛沫が飛び散って服にかかるが気にしない。
サリエルの頭部飾りを引き千切りながら蹴って離れ、そこにナイスタイミングでヴィマーナが来た。
「ナイス」
『当然だ』
捕食したので体がブースト状態になる。
ゲットしたアラガミバレットはトゥインクルブラスト。
少し見てみると、さっきの捕食で頭部の部位破壊にも成功したようだ。
しかも、スカートの部分にも罅が見えた。
「ならば、これも持って行け!!」
手に入れてすぐだけど、銃形態にして早速バレットを発射。
発射したトゥインクルブラストは一定距離を進むと敵の方向に向かって行って、接触と同時に爆発する。
生存本能に従ってサリエル堕天は回避に徹するが、弱った状態でホーミングレーザーは避けられないのか、スカート部に直撃。
スカートが部位破壊された。
「あと少し!」
『だが油断するなよ』
そりゃもう、骨身にしみてますがな。
こっちが構えていると、サリエル堕天は両腕を広げて周囲に光の壁を拡大させた。
『全方位攻撃か!』
「大丈夫。あれは一定距離まで離れればダメージ判定が無くなる」
『ならば、あまり動く必要はないな』
少しだけ離れてジッとしていると、私達の近くまで来たところで光の壁が消えた。
「今だ!」
またスピードを上げて接近し、奴のサリエル堕天の腹部を斬る。
そこから離れて『天の鎖』を出してサリエル堕天に巻きつける。
同時に銃形態になっている神機を片手で支えた。
「ターゲットを中央に固定!」
サリエル堕天を支点にしながら鎖を持ってその場を旋回。
その状態で銃撃を繰り返す。
「そのまま火力を集中……」
身動きが出来ない状態での攻撃だったため、全ての射撃が命中する。
「最後は中央突破!!」
全てのOPが尽きた直後、神機を近接形態にしてから天の鎖を戻し、大きく飛んでからの全力全開の真っ向唐竹割り!!
「■■■■■■■■■■■■!!!!!」
最後の断末魔を上げてサリエル堕天が落下し、地響きと共に地面に叩きつけられた。
僅かに顔を手を上げた後……完全に沈黙した。
私の落下地点にヴィマーナが来て着地。
ゆっくりと地面に降りて行った。
ヴィマーナから降りて地面に降り立ち、動かなくなったサリエル堕天に近づく。
「…………」
『どうした雑種?いつものように回収作業はしないのか?』
「なんか……しにくくて……」
『はぁ……。いかなる理由や経緯があろうとも、こやつはもう悪魔では無くアラガミだ。しかも、自らの意思でなったのだ。何を気にする必要がある』
「それを言われるとね……」
彼女がテロリストで、こうなったのも自業自得だって分かってはいる。
けど、そう簡単に割り切れれば苦労はしない。
戦う事と捕食による回収作業は違うから。
「あ……」
私が迷っている間にサリエル堕天の死骸が細胞分裂して、地面に吸い込まれるように消えていく。
役目が終わったのか、ヴィマーナも金色の粒子に包まれて消えていった。
もしも何かが違っていたら、リンドウさんも同じように……。
そう思うと、なんともやりきれない気持ちになった。
これでよかったんだと自分に言い聞かせながら、私は皆が待つ会議室へと戻って行った。
二回目のサリエル戦。
今回は苦戦……したのかな?
いつか、滅茶苦茶苦戦させてみたいですね。