そろそろ本格的に進めたいのですが……。
マユの過去の記憶の一部を全員で見た後、ルシファーとヤハウェは、三大勢力の代表として来ているサーゼクス達に自分達で予め用意しておいた神機使いとアラガミ、オラクル細胞に関する資料を配った。
その間にリアス達の手によってマユが夢の世界から呼び戻されている。
「お姉ちゃん、そろそろ起きて」
「う…うぅん…?私はいつの間に……?」
目を擦りながら起きたマユの顔はスッキリとしていて、どうやら短時間とはいえキッチリと熟睡は出来たようだ。
「まずはそいつにザッとでいいから目を通してくれ」
そう言われて、サーゼクス達は資料を見始めた。
資料はかなりの枚数の紙の束になっていて、結構分厚い。
読むだけでも苦労しそうな数だ。
「……これってどういう状況?」
「これはね……」
眠っていたマユの為に今までの事を話すリアス。
それを聞いてマユは冷静に頷いた。
「そうか……あれを見たのか…」
マユにとって、色々な意味で忘れられない記憶。
本人としては非常に複雑な心境だろう。
「……このオラクル細胞ってヤツ……コイツを本当に嬢ちゃんは体に投与したのか?」
「ああ」
「『考えて、全てを食らう細胞』……か」
「一つ一つの細胞ごとに生命活動が完結している。一種の単細胞生物ですか…」
「しかし、DNAを所持していないというのはどーゆーこった?」
「この資料を見る限り、細胞壁状に特異な器官を持っているようですね。これであらゆるモノを取り込んで『捕食』する……」
想像以上に詳細に書かれている資料に、誰よりもマユが驚いていた。
「二人とも……一体どうやって資料を…?」
「俺らは神と魔王だぜ?これぐらい余裕だってーの」
「「「「えぇ~…」」」」
それを理由にされても、一番困るのはマユ達である。
「で、このオラクル細胞が集まって構成された群体が……」
「彼女が戦っている敵…『アラガミ』なのですね」
「まぁな。そこにも書いてあるように、アラガミ自体が数万から数十万の集まりだ」
リアス達は興味深そうに聞いているが、全てを知っているマユからすれば少し退屈な時間だった。
「資料自体は遠慮なく持って帰ってくれて構わない」
「今はとにかく、オラクル細胞やアラガミに関しての共通認識さえ持ってくれれば十分だよ」
「それがいいようですね。ここで全てを読破するには情報が多すぎる」
「けどよ、少しは質問をさせてくれてもいいだろ?」
「別にいいぜ。何を聞きたい?」
質問タイムを申し出たアザゼルは少しだけ資料をにらめっこした後、マユの方を向いて言葉を紡いだ。
「この資料によると、嬢ちゃんが愛用している武器『神機』を使用するために、体内にオラクル細胞を投与したって書いてあるが、効果はそれだけなのか?」
「そうですね……」
自分に聞かれたと思ったマユは、少しだけ顎に手を当ててから、顔を上げた。
「基本的には自身の身体能力の大幅な向上ですね。それは実際に見たリアス達の方が詳しいと思いますけど」
「そうね…。確かにお姉ちゃんの運動能力は通常の人間を遥かに凌駕してるわ。一回のジャンプで数メートルぐらい飛び上がったりするし」
「目には目を。歯には歯を。通常攻撃が一切通用せず、あらゆる生物を超越しているアラガミに対抗するには、人間側も生物の理を超越するしかない。もう…私たちには手段が残されていなかったんです」
マユの表情から、彼女がいた世界の人類がどれだけ追いつめられていたのかが分かった。
「じゃあ、君が常日頃から身に着けている、その赤い腕輪は…」
「これは私達が神機使いとなった瞬間から身に着けることを義務付けられた物です。一度装着すると、肉体と融合してもう二度と外すことはできません」
「肉体と融合……」
「はい。この腕輪からはオラクル細胞をコントロールする『P53偏食因子』と呼ばれるものを定期的に投与しているんです。更に、生体武器である神機の制御もしています」
「じゃあよ。もしも半ば無理矢理に近い形で外れたりしたら……」
「それは……」
急に言いよどむマユ。
それを見て、自分達が禁句を言ってしまったと思う面々。
「マユちゃん……」
「大丈夫。私の口から言います」
決意をしたマユは、いつもは自分から外そうとしない左腕に着けている腕袋を取り外した。
「簡単に言えば…こうなります」
「それは……!」
「あの時に見た……」
禍々しく変容した左腕。
それは、マユの決意の証でもあった。
「これが『アラガミ化』と呼ばれる現象です」
「あのリンドウとかいう男がなっていた現象か…」
「そうです。変容する詳しい原理を言えばキリがないので、私からはアラガミ化する原因から言わせてもらいます」
手に汗が滲んだのか、マユは自分の右腕を服にこすり付けた。
「まず、さっき言った通り、この腕輪が外れた場合。リンドウさんはこれによってアラガミ化してしまいました」
「なるほどな…」
「二つ目は、他人の神機を使用することです」
「というと?」
「神機は基本的にオラクル細胞を人体の奥深くまで埋め込み、神経と直接接続する必要があるんです。この時、本人の遺伝的体質が該当神機に対して適合していることが必須条件となります」
「つまり、神機ってのはオンリーワンの武器ってことか?」
「そうなります。だからこそ、他人の神機を触るのはご法度なんです。拒絶反応で神機に捕食されてしまいますから」
「じゃあ、嬢ちゃんは……」
「はい。私はある事情により、一度行方不明となったリンドウさんの神機を使用して、こうなりました」
「あの光景も、確か貴女はもう一つの神機を握った途端に左腕が変容しましたね」
『ははは…』と小さく苦笑いしながら自分の左腕をさするマユ。
自分の左腕に再び腕袋を装着し直した。
「後は、神機使いとしての寿命ですね」
「寿命?」
「はい。神機使いは決して永遠の存在じゃありません。年齢の経過や、元々からあまり適性が高くないにも関わらず、無理をして戦い続けた結果、体の方が先に限界を迎えてアラガミ化してしまうケースもあるようです」
「実例を見たことはあるのか?」
「いいえ。私が所属している極東支部では確認されてはいませんね」
そう…極東支部では……の話である。
彼女は知っている。
他の支部では、体の限界によってアラガミ化してしまった神機使いがいることを。
「けどよ、嬢ちゃんのアラガミ化は左腕だけでストップしてるよな。それはなんでだ?」
「不明です。原因の究明はしているんですが…」
これに関しては本当に分かっていない。
彼女の本分はアラガミと戦うことであって、オラクル細胞の謎を解明することではないのだ。
「あの後、彼と貴女はどうなったのですか?」
「私はリンドウさんの精神世界に向かい、そこで彼を侵食しようとしている存在を撃破しました。その後、彼は私と同じように右腕全体がアラガミ化したままになってしまいましたが、それ以上に進行することはなくなったそうです。なんでも、オラクル細胞の機能は完全に停止することなく、再びリンドウさんの意思の制御下に置かれたようです。アラガミ化した腕に神機のコアに近しい物質が取り込まれていて、それを媒体にして腕輪を使用せずともオラクル細胞をコントロールしているようです」
「なら、似たような状況である嬢ちゃんも同じと考えるべきか?」
科学者としてのアザゼルの琴線に触れたのか、いきなり彼の目が輝き始めた。
「ところで、ずっと気になっていたことがあるのですが……」
「なんだ?サーゼクス」
「今までの話を総合すると、やはりマユ君は……」
「……お前が想像している通りだ。マユは俺達が異世界…つまり、アラガミ達が跳梁跋扈している世界からやってきた。いや、俺達が連れてきたというべきか」
「やはり……」
正確には『転生してきた』が正解だが、ある意味異世界ではあるので間違ってはいない。
「お前たちも知っている通り、アラガミはいきなりこの世界に出現した。その原因は本気で不明だが、アラガミに対抗出来るのは神機使いだけ。それはお前たちが一番よく知っているんじゃないか?」
「そう…ですね」
実際にアラガミに遭遇し、その強大さと自身の無力さを肌で感じたサーゼクス達は、ルシファーが言う言葉がよく理解できた。
(……今、なんで『自分を転生させたんだ?』とかって考えただろ?)
(うぐ……鋭い…)
いきなり念話で話しかけられたマユは、内心戸惑いながらも答えた。
(心配しないで。この会談が終わった後にちゃんと説明するから)
(はい。お願いします)
(そろそろ話さなくちゃいけない頃だと思っていたしな)
(ちょうどいい機会だし、きちんと話すよ)
周囲に悟られないように無表情を決め込んではいるが、実際には『ようやく話してくれるのか』と安心していた。
因みに、この間約1秒ほど。
「そうか…。最初は嬢ちゃんが来たからアラガミが来たんだと思っていたが、順番が逆だったってことか」
「ならば、もしもお二人が彼女をこちらの世界に召喚しなければ……」
「マユの世界と同じ末路になっただろうな」
滅びに瀕した荒廃した世界。
今までは無自覚だったが、こうして明確に言われた以上、自覚せずにはいられない。
自分たちは滅びの一歩手前にいるのだと。
そして、その滅びを辛うじて崖っぷちで防いでくれているのが、目の前にいる少女なのだと。
「けど、そう考えると…嬢ちゃんも大変だな」
「そうですね…。仲間達と別れてまでこちらの世界を救うために来てくれた…。それがどれだけ大変なことか…」
「私達には想像も出来ないね……」
急にシュン…となるセラフォルー。
マユに惹かれつつある彼女だからこそ、必要以上に心配してしまうんだろう。
「彼女を元の世界に戻すことは可能なのですか?」
「まぁ…一応な。もっとも、本人の意思次第だが」
「マユちゃんがこっちに残るというときは、その意思を最大限に尊重したいしね」
なんてことを言ってはいるが、実際はマユに退路なんて存在しない。
転生した以上、この世界で一生を終えるしかないのだ。
「彼女が赤龍帝として覚醒したのは、こっちに来てから?」
「正解。まさに鬼に金棒だな」
「しかし、彼女とドライグの組み合わせはいい意味で素晴らしい相乗効果を生み出していると思います」
「全くで。凄まじく強大な組み合わせですが、その力が守護の為に振るわれているのが良かったですね」
「だぁな。うちのじゃじゃ馬娘みたいな戦闘狂じゃなくてよかったぜ」
「誰が戦闘狂よ」
「お前だよバカ」
部屋の端の方で腕を組んだ状態で立っていたヴァーリ。
今まではずっと会議に興味なさげだっが彼女だったが、先ほどからその顔は僅かに笑っていた。
マユの強さが話の話題に出たからだろうか。
「ま、私としては今はまだ彼女に戻ってほしくはないけど」
「ほぅ?お前にしては珍しいな」
「そうかしら?私は単純に彼女よりも強くなりたいだけ。そしてマユを倒す。けど、今の私じゃ彼女の強さにはまだ遠く及ばない。だから、せめて私が貴女よりも強くなるまでは元の世界に戻るのは許さないわ」
「本当にこいつは……」
困ったように頭を抱えるアザゼル。
そこには堕天使総督ではなく、一人の父親がいた。
「あ~…マユに関する話はこれぐらいで充分か?」
「ですね。後は戻ってからこの資料をゆっくりと見させてもらいます」
それぞれに資料を懐にしまうサーゼクス達。
どこに仕舞ったかはツッコんではいけない。
こうして話している間も、オーフィス達はぐっすりと眠っている。
完全に熟睡しているようだ。
「す~…す~…」
「あの子達の為にも、早く終わらせましょうか?」
「それがよさそうだな。嬢ちゃんの話でかなり長引いてしまったし」
「じゃあリアス。先日発生したコカビエルの一件についての報告をお願い出来るかな?」
「分かりました」
リアスが立ち上がり、コカビエルとの戦いの一部始終を報告した。
「…と言うわけです」
「成る程。よく分かったよ。ありがとう」
「いえ」
軽く会釈をしたのちにリアスは再び座った。
それぞれにあまり驚きは無かった。
というのも、実は事前にある程度の報告は受けていたからだ。
今回の報告は、改めての確認とより詳細な情報を知ることが目的だった。
「本当なら、コカビエルの野郎はヴァーリに捕縛させたうえでコキュートス辺りにぶち込もうと思っていたんだがな。その前にマユの嬢ちゃんが倒しちまったからな」
「えっと……すいません?」
「なんでそこで謝るんだよ…」
「いや…なんとなく?」
「律儀な嬢ちゃんだ」
肩をすくめて困ったように笑うアザゼル。
マユとは長い付き合いがある彼としては、彼女のこういった真面目なところは高く評価していた。
「マユさんが聖剣エクスカリバーに選ばれたのは、間違いなく天啓でしょう。もはや必然とも思います」
「それに関しては僕も同感だ。彼女が今まで残してきた戦歴を考えれば、どこに出しても恥ずかしくない立派な英雄だ。そんな彼女が聖剣に選ばれないなんてことな有り得ない」
「いや…褒めすぎです」
ほのかに顔を赤らめるマユ。
普段は無表情のマユの、そんな年頃の少女のような表情を見せるのは珍しかった。
「ところでアザゼル。君はどうしてここ数十年で数多くの神器所有者を集めていた?君は日頃から『戦争には興味が無い』と口癖のように言っていたが、そのような様子を知ってしまえば、こちらとしては嫌でも警戒をせざる負えないのだが?」
「そうですね。特に『白龍皇』を引き入れたと聞いたときは、天界の警戒レベルを引き上げてた程です」
「単純に研究のためだよ。他意は無い。疑うようだったら、俺の研究資料を分けてやろうか?」
「それは……」
「大体な。もしも本気で戦争が目的だったら、マユの嬢ちゃんに個人的に協力したり、そこにいる猫の嬢ちゃんに俺の開発した人工神器を渡したりしねぇよ」
「それを言われると……」
「何も言えませんね…」
「自分の信頼度が最低なのは自覚してる。だからこそ、俺は組織ではなくて個人で嬢ちゃんに力を貸してるんだよ」
「それに関してはとても感謝してます」
「おう、思いっきり感謝しとけ!はっはっはっ!」
「そういった発言が君の評価を下げてるんだと、いい加減に自覚した方がいいと思うが?」
「え?マジ?」
実力もあり権力もあっても、その性格が全てを台無しにしていた。
もう少し場が違えば、彼の評価も違ったかもしれない。
「話によると、ミカエルもあの『アスカロン』を渡したんだろ?それに加え、サーゼクスも自分の妹を初めとした連中を傍に置いている。それってよ、つまりはこの場にいる全員が和平の意思ありってことだよな?」
アザゼルの言葉にサーゼクスとミカエルが頷く。
そこから話し合いは佳境に入る。
今後の戦力や各勢力の対応の仕方。
クレイドルを加えたこれからの勢力図などを話し合っていく。
とんとん拍子に進んでいく会議にマユも人類代表として辛うじてついて言っている感じだった。
時には彼からのアドバイスなども貰いながら、会議は今までとは比べ物にならないスピードで進行していった。
「よし。取り敢えずはこんなところでいいだろう」
「ですね。細かいところはまた話し合い機会を設ければいいですから」
「それが妥当だな」
「や…やっと終わった…」
他の三人はいざ知らず、あまり会議慣れしていないマユは精神的に疲労していた。
やはり、彼女にはアラガミ相手に神機を振っている方が性に合ってるようだ。
「そんじゃ、最後に今後の世界に強い影響を与えそうな連中の意見でも聞こうか。まずはヴァーリ。お前はこれからどうしたい?」
「私は強者と戦えさえすればそれで充分よ。目下の相手はそこにいるマユだけどね」
「だそうだ」
「はぁ……」
思わず溜息がこぼれるマユ。
ヴァーリのような存在の相手は肉体よりも精神的な疲れの方が大きいらしい。
「次にマユ。お前さんはどうする?」
「私の目的は、ここでも変わりません」
「アラガミの殲滅…か?」
「それもあります。ですが、それは目標に至るまでの手段にすぎません」
「ならば、君の目標とは?」
「それは……全ての人々が安心して眠れる世界を作ることです」
オリジナルのクレイドルの設立目的。
それが今マユが言った『全ての人々が安心して眠れる世界を作ること』だった。
「その全ての人々には……」
「勿論、人間だけではなく、全ての種族が安心して眠れる世界です。私は…この世界に住む全ての『ヒト』という存在を救いたい」
そう言ったマユの目には、一切の曇りが無かった。
「人間とか悪魔とか……そういうのを全てひっくるめて『ヒト』…か。いいんじゃねぇか?甘い理想論かもしれねぇが、本当の地獄をその身で味わったお前さんの言葉だと、重みが全然違ってくる。俺は好きだぜ、そういうのはよ」
「そうですね。理想や信念を語れずに流さるがままに生きて、大事なものを失うよりはよっぽどいい」
「僕も同感だ。何より、彼女はそれを有言実行してきた。その体一つで、あらゆる命を救ってきた彼女だからこそ、応援もしたくなる」
マユがしてきたことは決して無駄ではなかった。
彼女の戦いは、少なくともこの場にいる者達に大きな影響を与えたのだから。
「さてと、そんじゃ後は……」
会議を閉めようとした……その時だった。
「え?」
『これは……』
文字通り……世界の時が停止した。
それは、新たな戦いの狼煙でもあった。
ここから闇里マユの運命が大きく変化していくことを、彼女はまだ知らない。
およそ7000字…。
やっぱり連続投稿は疲れますね…。
でも、個人的には大満足!
少々強引だったかもしれませんが、やっと話が動きました…。