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千冬の脳裏には、あの模擬戦の光景が焼きついていた。
目前にまで振り下ろされたブレードを、相手の懐に潜り込むことで躱し、ほぼ密着した状態でメイスをフルスイングするという離れ技。
熟練のIS操縦者でも抜けきれない癖である、前動作を全く感じさせないごく自然な動作で行った瞬時加速。
先の試合で三日月が見せつけた技術はたったこれぐらいだ。
だが、そのたったこれだけの技術を実際に実行できる人間が、今この学園の中にどの位いるのかと問われれば、教師を含め確実に両手の指で事足りる数しかいない。
様々な意味で、色々と力でねじ伏せた三日月。
その彼は今、先の戦闘を行ったとは思えない程にボンヤリとした表情で、学園から渡された教科書を眺めていた。
「…………オーガス、教科書の向きが上下逆だ」
「?」
教師としても、大人としても頭の痛い千冬であった。
先の模擬戦から数日が経った。
今現在、三日月は入学式を終え、取り敢えず一年間過ごすクラスの自身の席だと言われた場所に座っていた。
入学式は小難しい言葉をたくさん使う、よくわからない挨拶をする大人の言葉に早々に聴くことを諦め、アトラから貰った野菜の種子を炒ったものをポリポリと食べていたりした。隣にいたビスケットが周りの教員にいつ叱られるかと内心でビクビクしていたのは、完全に余談だ。
式を終えると、案内された一年一組の教室で周りからの好奇な視線もどこ吹く風とやり過ごした三日月は、そのまま最初のホームルームに突入する。
IS学園は一般的な学校とは大きく異なると言われている。
しかし、基本は同じ学校であるため、教科書や参考書というものは基本的に入学してから配られることになる。その際、確認のために乱丁がないかを見ている時、生徒がキチンと作業しているのかを確認していた千冬が三日月にかけた言葉が先の言葉である。
最も三日月は不思議そうに首を傾げるだけであったが。
「読めないのにもらう意味ってあるの?」
その三日月の質問は、教室にいる人間一人ひとりに疑問を持たせた。
読めないというのは、『どのレベル』のことを言っているのかということだ。日本語が読めないというのであれば、それは彼が外国人であることを意味する。
そして、書いている内容が理解できないという意味で読めないと言っているのであれば、それは彼の知識レベルの問題だ。
最後に、文字自体が読めないことを意味するのであれば、彼の知能レベルを疑うという具合だ。
「オーガス、確認するがお前の母国語は何だ?」
「さぁ?文字なんて読んだことないし」
この言葉で、再び教室内で聞いていた生徒一同は反応を別ける。
主に、三日月の言葉に戸惑う一派と、蔑む一派、そして逆に興味を抱く一派である。
そんな軽くざわつく生徒を無視して、千冬は三日月に教師としての指示を出した。
「君と一緒に来た彼女たちがいる教室はわかるか?」
「ここの下の教室って聞いてる」
「君は座学……あー、ホームルームと外でISを動かすとき以外はしばらくそちらで、彼女たちと一緒に勉強をしてもらえるか?」
「それはいいけど……ホームルームとか外とかっていつのこと?」
その、高校生と教員がするには明らかにちぐはぐなやり取りに、周りの生徒は今度こそ唖然とした。
周りにいる彼女たちは間違いなく、プライベートや趣味の時間を勉学などの努力に費やし、エリートの中でも頭一つ分飛びぬけた成績を残してきた人間たちだ。
その中に文字もまともに読めない人間が混じっていれば、困惑するのも当たり前の話であった。
例外といえば、三日月と同じく特殊な事情で入学してきた二人ぐらいだ。
そして、その困惑を怒りに変えたものがいた。
「織斑先生!彼は何故ここに居るのですか?!」
「今は質問の時間ではないのだがな……発言したいのであれば、名前を言ってからにしろ」
立ち上がり、三日月を指差しながら叫んだのは金髪と、少し大きめのイヤーカフスをつけているのが特徴の女生徒であった。
「っ、セシリア・オルコットですわ。改めて、織斑先生にお尋ねしたいことがあります」
「言ってみろ」
出鼻をくじかれた彼女は若干鼻じらむが、どこか強い口調で千冬に問いかけた。
「どうして、彼のような文字も読めない人間、しかも男がここに居るのでしょうか?私たち生徒はここに最新の知識を取り込みに来たのであって、それは高等な専門知識のはずです。なのに、ここでジュニアスクールの真似事でも始めるのですか?!」
最初こそ、感情を抑えた声量であったが、最後はどこか当り散らすような怒号に変わっていた。
彼女にとって、ここIS学園は崇高な場所であった。
その場所に努力に努力を重ね、専用機まで受け取り、入学できることになったときは自身の努力が結実したのだと喜んだ。
だが、それも入学前のたった一つのことから彼女にとっての不満が生まれた。
“世界で初めての男性操縦者”
それは瞬く間に世界にその情報が流され、当然セシリアの耳にも届いていた。
しかし、彼女は確かに積み重ねてきた努力があったため、そこに異物が混ざろうと自身のすべきことは変わらないと考えていた。たかだが物珍しいから注目されている人間などは、最初はちやほやされ、周りについていけなくなれば自然と忘れられていくと。
だが、その異物がもう一つ増え、しかも最低限の素養すら持っていないとなれば、自身の努力や、矜持が踏みにじられたと考えるのも無理のない話であった。
「彼……三日月・オーガスは二人目の男性操縦者だ」
「そんな男がですか?!」
噂程度は既に流れていたのだろう。ざわざわと小さく騒いでいた生徒たちから、『あれって本当のことだったんだ』などという声が聞こえてくる。
だが、そんな言葉だけで納得できない人間は少なからずいる。
「証拠はあるんですの?!映像なり、なんなり確かな事実か確認させてくださいまし!」
「残念だが、彼の稼働試験時の映像は機密扱いで見せることはかなわん」
先日の模擬戦含め、稼働試験時のデータは出席していた権力者たちによって映像データのみを削除されていた。何故なら彼らにとってそれは自身の顔に泥を塗られた証でもあり、下手に公開し、三日月・オーガスという存在を女性権利団体などの彼を抹殺したがる組織に見せ、刺激するわけにはいかなかったからだ。
「な、納得が行きませんわ!そんな小汚い男と一緒に学ぶなど――――」
「嫌なら来なきゃいいのに」
「――――なんですって?」
再び喚こうとしたセシリアに、三日月はぼそりとそんな言葉を吐き出した。
「気に食わないなら、わざわざ来なきゃいいのに。文句言うために来たの?アンタ物好きだね」
「やめろ、オーガス」
三日月を諌める千冬の声は既にセシリアには聞こえていなかった。
身体の芯が冷えながらも、腹のそこは熱いマグマのような感情がドロドロと溜まっていく感触を彼女は確かに感じる。
それが怒りの感情と気付く前に、彼女は声を張り上げていた。
「決闘ですわ!」
「?」
三日月は『決闘』の言葉の意味が分からず、首を傾げながらポケットから種を取り出し口に放り込んでいた。
特に出番のない原作主人公の影が消える。