評価とお気に入りが一気に倍近く…………どういうこと?
元来であれば、学校という場所は夢と現実が同居している場所だと織斑千冬は思っていた。
大人になったとき、若しくは青年になった時かもしれないが、自身の夢や目標に向けて進むべき道を選び、そして進んでいく環境を生み出す。よしんば、夢や目標を叶えることができなくなったとしても、別の道を進むことができるようにする場所でもある。
教師という職業につき、自身の学生時代を思い出し、当時は鬱陶しく感じていた教員を今ではありがたい存在であると再確認した彼女の今の考え方がそれであった。
(――――――ここは……魔窟だ)
だが、今彼女がいる場所はその学び舎の一室であるというのに、そんな考えは微塵も抱くことができない場所に成り果てていた。
その一室は、壁の一面が大きなスクリーンとなっていて、そこに映し出されているのは学園が保有するアリーナの一つと、そのアリーナ内で稼動試験を行っている三日月の纏うIS擬き――――バルバトスの機体データであった。
その映像を見ている人物たちは部屋に備え付けの、普段であれば学生が座るであろう椅子に座り各々思ったことを口にしていた。
「……ふむ、あの映像は偽りではなかったということか」
「だが、あれは背中のシステムのおかげで動いているのではないか?」
「阿頼耶識か……人道的な措置として開発と研究、使用の禁止をしたのは早計でしたな」
「しかし、既に措置されているサンプルがいるのも事実。ここは前向きにそれらの使い道を検討するべきでは?」
「過去の研究では、措置を行われた人間がISを起動させたという結果を得ることはできなかったはずだが?」
「それは実験の際に阿頼耶識の定着が成功した人間が少なく、全員が大人であったからだ。いまだ未発達の脳を持つ子供の適合率はそれらの人間よりは上だよ」
子供をバラす相談を真剣な顔で話し合う彼らを、千冬は同じ人間と思うことができなかった。
この部屋に集まっているのは、各国の首脳陣やISの研究を行っている研究者、そして軍関係者たちだ。
普通であれば、IS委員会や国際IS機関、そして女性権利団体などが居るべき場所に、どうして彼らが居るのかといえば、それらの機関が三日月の存在をそこまで重要視していないためだ。
ISコアを持つとは言え、所詮はEOSとのツギハギでできた中途半端な機体。それが女尊男卑を思想にし、ISを絶対的な存在であると考える機関の見方であった。
そして、その考え方とは真逆に興味を示したのは、今現在社会的な地位を追われた権力を持っていた男性たちである。
彼らはISの台頭により殆どお飾り程度の存在にされたことを恨む者たちであった。
「しかし…………そのサンプルたちは今どこに?」
「報告によれば、この学園にももう一つのサンプルがあるはずだが?」
「他のサンプルはとある運び屋に匿われているらしい。だが、人数が人数だ。時期にしっぽを出す」
「それはそれは……放り出された子供は保護する必要がありますな」
部屋に軽い笑いが起こる。
その声を聞いた千冬は、人生で初めて怖気というものを感じた。
「ふむ、そろそろ機動だけでなく戦闘機動も見たいのだがね?」
「……用意させます。すこしお待ちを」
「ああ、対戦相手についてはこちらで用意している。準備なら、IS擬きの方にさせてくれ」
好き勝手に言葉を吐き出し続ける人間たちに、色々と諦めながら千冬は整備室直通の内線の受話器を持ち上げた。
そこからはトントン拍子に話は進む。ハンガーのビスケットが一度三日月に戻ってくるように伝えると、それから数分もしないうちに武装を終えた機体がアリーナに戻ってきた。
「……殺しちゃダメなんだっけ…………面倒だな」
『三日月、本当に武器それだけで良かったの?』
事前に言われた事に愚痴を零していると、三日月の頭に装着されているヘッドセットからビスケットの声が届く。
「使い慣れてるのこれしかなかったし」
それに応えるように、三日月はEOSのときに使っていたものよりも一回り大きくなったメイスを軽く持ち上げた。
言葉通り、三日月は機体の武装にメイスしか持っていなかった。しかし、そのことに不満があるといえばそうでもなく、望んだ武器が手元にあるのだからそれ以上は邪魔になるという判断ゆえである。
「男風情がISをそんな姿にして、汚らしい」
アリーナに戻った三日月にそんな言葉が向けられる。
そちらに視線を向けると、その瞳を侮蔑の色で染めた女性がISを纏い、三日月を見下ろすように浮いていた。
「あんたが相手?一人?」
「すぐにその機体を破壊して、コアを回収する。これ以上、ISという存在を穢れさせない」
三日月の問いかけに答えることもなく、女性は一定間隔の距離を置く。彼女なりの試合開始の催促であった。
彼女はコテコテの女尊男卑主義者であった。今回、ISを男も使える存在に堕としたと聞かされ、それを破壊する機会が与えられた彼女は、この模擬戦でバルバトスからコアを回収するつもりだ。
そして、その機会を与え、今はモニター室で観戦している人物は、その戦闘で怪我をした三日月を病院に搬送した後に研究所に送る算段をし、準備を既に完了させている。
この場にいる人物たちは、事前に知らされた機体の情報の一つである『ISとEOSのミックス』というものを鵜呑みにしていた。
先の全世界に流された映像を解析していた段階で、既存のISとEOSのパーツが外観で確かに確認されているからだ。
その為、彼らの中ではIS擬きはIS程の性能はないと思っている。
それは間違いではない。カタログスペックだけで言えばバルバトスの性能は一般的なISの量産機に届くか届かないかの性能しかないのだ。
だから、普通に戦えば勝つのはISの方である。
しかし、生憎と三日月と阿頼耶識、そしてバルバトスという三つの要素が合わさった状態は普通とはかけ離れたものであった。
『ISのシールドエネルギーが尽きた時点で試合終了だ』
放送で基本的なルール確認が行われ、試合開始のブザーが鳴る。
それが鳴り終わる前に、女性は近接ブレードを展開し即座に三日月に肉薄した。
開始直後の速攻。そして、自身の間合いに入っても微動だにしない相手に、一層憎しみを募らせ、彼女はその一刀を振り下ろす。
「ガッ!?」
必中を確信した斬撃。
素人には到底反応できない攻撃であるがゆえに、彼女は自身の腹部に走る衝撃と鈍痛、そして吹き飛ばされた感覚を理解できなかった。
吹き飛ばされ、地面に擦れながらギリギリ視界に入ったのは、その巨大なメイスを振り切ったバルバトスの姿であった。
「生きてる……へぇ、頑丈なんだ。ISって」
機体のハイパーセンサーが拾ったその言葉を理解すると同時に、怒りの感情が彼女の脳髄を満たす。
「男風情が!!」
アリーナのグラウンドを削るのを止め、姿勢制御を行うと持っていたブレードを手放し、即座に銃器を展開する。
武装の高速展開――――俗に言うラピッドスイッチを行いながら彼女は照準を行おうとする。だが、視界に投影されたレティクルを合わせようとしても、目標であるその機体は既にその場にはいなかった。
「どこにっ」
センサーの警告音が鳴ると同時に、横殴りの衝撃が再び身体を貫いた。
今度は吹き飛ばされながらも、しっかりと三日月の姿を彼女は捉えていた。
「イグニッションブースト?」
呆然と呟く。
彼女の視界には、吹き飛ばされる自分に高速で肉薄してくる三日月の姿をしっかりと写しこんでいた。
「やめっ」
何かを言おうとする前に、三日月はアリーナの地面に押し込むように彼女に向けてメイスを振り下ろした。
あっさりした戦闘になりました。
早く歯ごたえある相手を差し向けたいと考える、今日この頃。
というか、感想欄でバルバトスのリミッター外し望む人が多すぎです