今年度中に五十話までは上げたいと思ってます。
では本編どうぞ。
五反田弾という少年が居た。
彼は良くも悪くも平凡的な高校生であった。同年代の中で、特に目立った個所があるかと問われれば、周りの人間は『アイツの隣に居る奴の方が目立ってる』とか言われてしまうような少年である。
そんな彼はその“隣にいる奴”――――織斑一夏の鶴の一声から、不思議な力が働き、何故かIS学園の正門前に居た。
「…………憧れてたり、行きたいとは言ったけど、生活したいとは言ってねーよ」
呆然としながらも、そんな愚痴は自然と口から漏れ出てくる。
そもそも何故こうなったかというと、前述の通り一夏の入学前の要望が発端であった。
『知り合いも、男もいない学園に単身で放り込まれるのは嫌だ!』
至極真っ当な彼の意見に対し、国の側は『検討します』という曖昧な言葉を返すしかしなかった。
だが、その要望を覚えていた国は一夏の要望を全く無視することにより、国に対する不信感を大きくすることを危惧し、今更ながらにその要望に応えるための一手を打った。
傍から見れば完全にゴマすりであるのだが、そこは言わぬが花である。
そして、国から徹底的に経歴やら友人関係などを洗われまくり、芸能人のルーツを探る某番組並みに、本人も知りえない御先祖様の事まで把握された五反田弾という少年は、この度IS学園の敷地にその足を踏み入れることとなったのである。
「授業免除で修行ができるといってもよりにもよって此処はなぁ…………」
生活用品を詰め込んだ鞄を片手に憂鬱な面構えで、学園の事務所に向けて足を動かしていく。
彼の言葉通り、彼は本来であれば藍越学園という高校に通っている学生である。しかし、彼は本来高校に行く気が無かったりした。
何故なら、彼は将来実家である小さくはあるが繁盛している定食屋を継ぐ気であったからだ。その為、中学卒業と同時に実家で働き、厨房での修行を始めるつもりであった。
だが、彼の祖父であり店主である五反田厳がその考えを止めた。
『弾。お前さん、その歳で無理やり自分を枠にはめ込もうとするな。今の時代、職業だろうと趣味だろうと、やりたいことはできるだろう。学生の間は少しでも見聞を広めてこい』
普段から必要以上に喋らず、厳しく接してきた祖父からの言葉に弾は大人しく従うことにし、進学でも就職でもなんでもござれの他分野を扱う藍越学園に進学することを彼は決めた。
「まぁ、ここにいる食堂のおばちゃんはじいちゃんの知り合いって言ってたけど…………ん?修行なのにそれって不味くね?」
両親からの遺伝で少し赤身の掛かった髪をバンダナで纏め、それが少し軽薄な印象を与える彼であったが、根は真面目なため学力も申し分なかった。その為、藍越学園の試験も普通にパスしたのだが、入学してしばらくしてから国から今回の話が当人にまで上がってきた。
国が彼に提示した話は大まかに言えば以下の通りである。
『男性操縦者である織斑一夏の要望で、同年代の知り合いを学園の方で会える環境を作りたい。その為、交友関係のある貴方にIS学園の方に通っていただきたい。貴方の進路は飲食店の厨房で働くことと窺っているので、学園の食堂で働けるようにこちらで手配もします。免除するつもりではありますが、もし御要望であれば、一般教養の授業は学園の方の授業を受けて頂いてもかまいません』
取り合えず、すべての話を聞いた弾は思った。
(…………いや、普通に無理だろ。ていうか、馬鹿だろ?)
どこの世界に合格し、登校していた高校を辞めて女子高に通う男子高校生が居るというのか。
確かに、男子高校生が女性との交流や交際に憧れを持つのは事実であり、IS学園に在籍する人間のほとんどが美人であるというのは、有名な話である。実際先ほど彼が口にした通り、彼も多分に漏れずIS学園に憧れを持っていたりする。だが、そこで過ごしたいのかと問われれば、それはまた別の話だ。
考えてみてほしい。普通の学校と違い、共同生活を送る環境の中で思春期男子が少ししか居ない場所で気が休まるのかどうかを。そして、周りの人間が同年代の友人ではなく、異性である男性として見てくる状況を。
五反田弾という少年は、現在学園に在籍する一夏や鉄華団の誰よりも、そういった異性からの視線に対して一般的な感性を持っている。
そう言ったことからも弾としては断りたいのはやまやまであったが、国からの要請を無碍にできるほど彼はまだ大人びてはいなかった。
もちろん、家族の意見も参考にすべきなのだが、身内からは『行くも行かないもどっちになっても、支持してやる』というどこかピントのずれた返事しかなかった。身内もその辺りの弾の判断を信用していたからの言葉であったのだが、弾にとってはありがたくもなんともないのは言うまでもない。
「結局は目先の利益に飛びつくあたり俺も大概だよなぁ……」
普通の高校生活が楽しくなかったのかと問われれば、十分に満喫していた弾であったが、その生活に燻りを感じていたのもまた事実である。
放課後や休日に店の手伝いをしていたとはいえ、やるのであれば最初から最後まで――――具体的に言えば、食材の仕入れや仕込みから、調理道具の整備や余った食材の有効利用や既存のメニューの改善などまで徹底してやりたいというのが、彼の本音であった。
そして、食堂のメニューに手を加えるのであれば、同じ品でも五反田食堂とは違う調理方法をしている現場に行くことは有用な事であったのだ。
その為、IS学園という世界中の人間の要望に応えている食堂での勤務は、彼にとっては金を払ってでも行くべきような環境であった。
「ハァ…………まぁ、ウジウジするのもここまでか。なんだかんだでアイツとまたつるめるってのもあるし」
ため息とともに陰鬱な気持ちを吐き出した事にして、弾は顔を上げる。
すると、それなりに道を進んでいたのか、目の前には既にIS学園の総合受付がある建物があった。
「ん?……千冬さん?」
建物の入り口前。そこには普段の教師の姿である女性もののスーツをキッチリと着こなす千冬が立っていた。
「しばらくぶりだ、弾君。元気そうだな」
「お久しぶりです…………なんで、食堂の従業員として働く自分に出迎えが?」
学園で初めて会ったのが顔見知りであることに少しだけ緊張の糸が解れた弾は、素直な疑問を口にする。その何気ない疑問の返答として、最初に返ってきたのは彼女の渋面ということで面食らってしまう弾であったが。
「…………愚弟の不用意な発言で申し訳ない」
「…………いえ」
その一言で、色々と察する弾であった。
因みに余談であるが、この二人のこういったやり取りは実はこれが初めてではない。
彼が中学生時代にこういうやり取りはそれなりにあったのだ。具体的に言えば、一夏が無意識に多くの女生徒を振りまくり、その女生徒たちのメンタルやアフターケアなどをしまくっていた弾の存在に気付いた千冬が、感謝とも謝罪とも言える言葉を送りまくっていた。
その時にケアした女生徒の幾人かは、その弾の優しさに惹かれていたりしたのだが、当人の――――
『今の君は傷心とかで色々と不安定だからそう感じるだけだ。少し冷静になってくれ』
――――という言葉から、このままくっついても碌な結果にならないと伝え、歪な人間関係の構築を阻止していたりする。
この話を聞いた千冬は目頭が熱くなった。そして、評判の良いラーメン屋で彼にお代わり込みで食事を奢った。
ということで、この二人はそれなりに気心の知れた仲であったりする。
「弟が刃傷沙汰に巻き込まれていないのは、彼のおかげである」
千冬は本気でそう思い、弾に感謝している。
挨拶と謝罪という何とも言えない空気から抜け出すために、二人はさっさと学園に滞在するための手続きなどをこなしていく。
そして、彼の私室となる教職員寮の一室まで案内され、ようやく彼は一息つくことができるのであった。
「何はともあれがんばりますか」
その言葉通り、彼はその日から食堂での活動を開始した。
その日は休日ということで、食堂の開店こそなかったが、他の従業員への挨拶や調理場の説明などを受け、一日のタイムスケジュールや作業手順などを先達から教えてもらう。
「土日の休日は、希望者だけ弁当を作って部屋に届けることになってる」
「生徒だけですか?」
「いや、教員もその中にはいるな。昨今、女性が食事の準備もできないのは珍しくもないらしい」
内心で『ホテルのルームサービス?』とか思った弾であったが、そんな思考とは別に先輩である女性職員の説明を頭に叩き込んでいく。
そして、説明を一通り受けた弾はお礼を伝えると、復習として厨房の中を確認していくのであった。
翌日、初日ということで色々と四苦八苦し、なんとか朝のピークを越えた弾は、返却口の食器を片付ける作業に取り掛かる。
すると、ちょうど返却口に空の食器が乗るお盆を置いた人物がいた。
「……え?弾?なんでいるんだ?」
とりあえず、彼が友人に最初に食らわせたのは、無神経な言葉に対する返答替わりの温かい拳であった。
というわけで、閑話に近い内容でした。
個人的な意見ですが、弾はISの中でもそれなりに常識人よりの人間だと思っています。なので、一番苦労しますが、周りからは一番幸せになってほしいキャラにもなっています。
次回は臨海学校の導入になると思います。
やっとウサギやら、伏線の回収やら書けます。まぁ、鉄華団からすれば、「だから何?」とか言われそうですけど(笑)
ではまた次回です。
感想いつもありがとうございます。