IS~鉄の華~   作:レスト00

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更新します。
なんか、短い期間に投稿してると、作品の整合性というか纏まり具合に不安が出ますね。


四十六話

 

 

 『報連相』というものは、働いている人間に限らず、生きていればどうしても必要になってくる事柄である。

 先の一件で、軍人としての職務を学生の間は気にしなくていいと言われたラウラもそれは変わらない。むしろ、人伝の言葉しか知らないので軍との細かい取り決めや、原隊への引継ぎなど、しなければならないことは多くある。

 もちろん、それは自由という権利を謳歌するための義務であるため、彼女からすればそれは当然の事であるので、苦とも思ってはいないが。

 

「職務中に申し訳ありません。ラウラ・ボーデヴィッヒです」

 

『いや、なに……これも職務の一環だよ。それに堅苦しい書類を延々と処理するよりは、他人と会話する仕事の方が気楽だ』

 

 生徒たちが利用する通信機器が設置された個室の一つ。その中で、ラウラは自身の部隊の上司と会話をしていた。

 テレビ電話の向こうにはかっちりとした軍服を着こなし、胸にはいくつかの勲章が縫い付けられている男性の姿があった。その顔には深い皺が入り、彼が既に若くはないことを見るものに印象付け、しかしその雰囲気からは彼が未だに現役であることを疑うものはいない程の貫禄がある。

 そして階級を表すラインは彼が少将であることを示していた。

 

「恐縮です」

 

『ハハハ、そう肩ひじを張ることもない。そちらも気楽に聞くといい』

 

 そう前置きをすると、彼は語り始める。今回の事態の顛末を。

 結論から言えば、今回のVTシステムに関わる組織は既に捕縛されているということであった。

 今回の騒動は実のところ、ラウラがIS学園に入学する前から始まっていた。

 彼女の入学が遅れたのは、主にヨーロッパの方で活発化した非合法組織の取り締まりに軍が駆り出されたためである。

 その幾つかある組織の内の一つが、国の高官と関わっていたことが事前調査で発覚したのだ。

 しかしその時点では、組織の目的も高官の誰が関わっているのかも判明しなかったため、やむなく国と軍は彼らを泳がす判断を下した。

 そして話は今回の騒動にまで進むことになる。

 

『その組織が研究していたのがVTシステムだ。彼らにしても、VTシステムが今回起動したことは想定外だった。その結果、君の機体の接触者を調べるだけで簡単に彼らを捕まえることができた』

 

 彼らが想定していたVTシステムのお披露目は、公に阿頼耶識システムが認められてからの予定であった。

 既に非合法の烙印を押されているモノを合法にしてしまえば、これまで禁止にされていた技術も見直されると思ったのが、組織に繋がっていたその高官である。

 そして、誰よりも早くその成果を出せば、自身の地位を固められるという打算が彼にはあった。

 しかしそれは酷くお粗末な結果で終わることになったが。

 その一連の騒動をドイツは全てとは言わないが、各国に情報を明かすことで釈明し、その非合法組織が保有していた技術的なものをIS委員会に引き渡すことで、今回の件の手打ちとした。もちろん、公の場では言われていないが、ドイツから少なくない額の金の動きがあったが、それを把握している国はわざわざそれを言うようなことはしなかった。

 何故なら、その金の一部は自分たちの懐が行き先となっていたのだから。

 ここまでの説明を聞き、ラウラは説明の中で感じたことを自然と口から零す。

 

「今回の騒動に関わらず、彼ら――――鉄華団が姿を現したことで世界は動き出している。そういうことでしょうか?」

 

『それも良し悪し関係なく、ではあるがな』

 

 言ってしまえば、非合法組織の活発化は鉄華団ができるきっかけとなった、例の戦闘映像が各国にばらまかれたからだ。

 それだけ、ISに男性が乗ったことに大きな意味があり、その彼らが阿頼耶識システムを使っている影響が世界規模で広がっているということでもある。

 

『鉄華団の彼らが禁止されていた筈の阿頼耶識システムの被験体となっていたことは、今や公然の秘密扱いとなっている。だがそもそも、それ自体が禁止になっていたのは、私たちの害になると判断されたからだ』

 

「その前提が崩された」

 

 人は自身の利益となるのであれば、毒物も薬に変えてしまう知恵がある。

 そういった貪欲さが悪いように働いていくことに、ラウラは怒りと恐怖を同時に覚えた。

 

「…………少将、すみませんが少しだけ私的な時間を頂いてもよろしいでしょうか?」

 

 ラウラはここまでの話で、胸にため込んだ様々な気持ちや感情を今すぐに誰かへ吐き出してしまいたかった。それがどんな相手であろうとも。

 彼女の耳に、先日千冬から言われた「大人に甘えろ」という言葉が聞こえた。

 

『構わんよ。先ほども言ったが、好きなように発言しなさい』

 

 先ほどまでの固い口調から一変し、どこか好々爺のような柔らかい声の了承が返ってくる。それがラウラの背を押した。

 

「――――私はこれまで自身の在り方に誇りを持っていました。造られた命であることを理解し、たとえなんと言われようとも成せることがあると…………築けたモノがあったと認めてくれる人がいたからです」

 

 彼女の脳裏に昨日の夕日に染まる保健室の光景が広がった。

 

「しかし、私たちが必死に何かを行おうとしても、必ず違うところで何かしら、誰かしらの“欲”が見えてきます」

 

 ISという最先端技術を扱う者として、国が大きく関わってくるのは必然である。だが、そこに彼女は違和感を持ってしまった。

 

「少将…………自分たちは誰かに利用されるために生まれてきたのでしょうか?どうして、世界はこんなにも、持たない者に厳しいのでしょうか?」

 

 ディスプレイと一体になっている机の上に、水滴が落ちる。それはラウラの頬を伝った雫であった。

 今回の騒動に置いて、引き金となったのはラウラのIS操縦者としての技能向上が目覚ましいものであり、その想いに応えようとしたISコアが、偶々機体に装備されてあったVTシステムを刺激し、起動させてしまったことである。

 つまりは、ラウラの直向きな向上心と努力の結果が、今回の事件が起きる原因の一つとなってしまったのだ。

 だが、それは彼女が意図したモノではもちろんない。しかし、他人のくだらない理由や思惑があったにせよ、自身の積み上げてきたモノを台無しにされ、その積み上げたモノが祖国の不利益を生んだことは、彼女にとってやりきれない感情を抱かせた。

 今となっては、ラウラは只々悲しかった。

 

『……“ラウラ”よく聞いてほしい』

 

 階級ではなく、名前呼びをした上官に内心で驚きながらも、ラウラは服の袖で強引に目元を拭う。そして、彼に焦点を合わすと、そこには信じられないものが映し出されていた。

 

『すまないことをしている』

 

「少……将?」

 

 画面の向こうで、彼は頭を下げていた。恥も外聞もなく、謝罪の心を表す様に。

 

『今の社会を築き、そこで生まれた負債を次の世代に押し付け、君たちのような若者に捌け口を求める私たち大人はろくでなしの類だ』

 

 語る彼は頭を上げることはしない。

 

『軍人という人を助けるために、人を殺す職業をしている私が言えたことではないが、その道徳観は捨てないでくれ。間違っていることを飲み込むのではなく、おかしいと言ってくれる君のような存在がいてくれることに私は最大限の感謝をしたい』

 

 そこまで言い切ると、彼はゆっくりと頭を上げた。

 

『はっきりと言えば、間違っているのは君ではなく、今の歪な世界だ。昔の人間がどうであったかは知らないが、今生きている大人は、未来ではなく今しか見ていない。君たちが生きていくこの先を憂うよりも、自分たちの私腹を肥やすことの方が重要であるからな』

 

「……すみません、少将。私にはそれが悪いことには……」

 

『あぁ。“それは何も悪くない。”ある意味で人間にとっては当たり前のことだ。しかし、それの帳尻を合わせるために他人を食い物にするのは間違っているのだよ』

 

「……難しいです」

 

 絞り出すような声がラウラの口から洩れた。

 

『あぁ。本当に難しい。人間はできることが増えてしまったが故に、背負うものも増えていく。文明の業だよ』

 

 ラウラの胸中にドロドロとした感情が生まれる。

 自身の行動が世界に大きな影響を与えたというのに、自身の望む変化を齎せるだけの力が無い。その事実が彼女には酷くもどかしかった。

 

『――――話が逸れてしまったな』

 

 個室に下りた沈黙を払うように、画面の向こうの彼が咳ばらいを一つ挟んでから、そう切り出した。

 

『少佐、今回の件、気にするなとは言わん。だが、背負ったなら引き摺るな。そして、今の貴官は軍人ではなく学生としてそこにいる。なれば――――』

 

 そこまで言い切ると、彼は破顔し、笑顔を浮かべた。

 

『失敗を恐れて、縮こまるな。自身の正しさに従え…………老いぼれからの忠言だ』

 

「了か………………ありがとうございます」

 

 ラウラはその感謝の言葉の後に、ある言葉を付け加えるか一瞬迷い、やめた。

 その単語を彼に言ったことはないが、言うのであれば画面越しではなく直接言うことが“正しい”とラウラは思ったのだから。

 

『次は仕事の話ではなく、そちらでの学生生活の報告にでも呼び出してくれ。休憩の口実になる』

 

「はい。それでは失礼します」

 

 そこで通信は切れた。

 何も写さなくなった画面。そこに“書類上は父親である”上官がそこに残っているような錯覚をしつつ、ラウラは一礼をしてから、その部屋を後にした。

 一方そのころ、ある場所では普段は見られないような光景があった。

 それは職員室の一角で、千冬がぼんやりと窓の外を見ていたのだ。

 

「…………」

 

 普通の学園であれば、小休止でもしている教師の姿はそこまで珍しくはない。だが今は、非常事態が起こった翌日なのだ。

 そして彼女はなんだかんだと言いながら、この学園の中でもそれなりに多くの責任者であったりする。

 ならば何故暇そうにしているのか。それは暴走事故が起こった時間帯にある。

 先のエキシビションマッチが行われたのは、閉会式の直前であり、夕方だ。その為、来賓などの対応をしているうちに、夜となり、損傷したアリーナの被害報告などの為の調査は翌日である今日に持ち越されたのだ。

 その為、修繕などを行うための被害報告やら何やらは、調査結果待ちで、彼女の仕事はそれが来てからとなる。

 いつもであれば、授業の準備などもあるのだが、生憎と騒動のせいで臨時休校となったため、それをいまする必要がない。だが、彼女にとってはある意味それは考えを纏める余裕ができたと喜ぶことだったのかもしれない。

 

「辛気臭い顔してるねぇ、千冬」

 

 静かな部屋にどこか呆れを含む声が響いた。

 

「驚かすな……アミダ」

 

「おや?驚くようなことはしてないさ」

 

「気配を殺して近付いておいてよく言う」

 

 千冬の背中から持たれるようにして姿を見せたアミダ。そんな彼女の表情は少しだけ楽しそうであった。

 

「少し用があるから、付き合ってもらえるかい?」

 

 訪ねながらも、アミダは千冬の腕を絡めて引っ張るように歩き出す。

 スーツが伸びると思い、反射的に千冬も歩き出してしまい、されるがままになってしまう。

 

「相変わらず強引なところがあるな」

 

「そりゃ、アンタの周りが大人しい奴らしか居ないからだよ」

 

 その切り返しに、不覚にも納得する千冬であった。

 そうして彼女が連れてこられたのは、今回の騒動で最も被害の少ないアリーナの一つ、そこの格納庫である。

 そこには二機のISが待ち構えていた。

 

「――――なんのつもりだ?」

 

 千冬の声が冷える。生徒や他の教員が聞けば、彼女が怒っていると思われるような声音。

 しかし、アミダにとって、それは違う風に聞こえた。

 

「そんなに怯えなくてもいいじゃないか」

 

 先ほどの陽気な雰囲気を崩さず、どこか揶揄うようなその言い様に千冬は閉口するしかなかった。

 

「なに、ちょっとしたお節介さ――――――アンタの情けない面を引っぱたく為にね」

 

 

 

 





前回と今回の話を纏めるとこういうことです。

大人「「最後の命令だ。心に従え」」

ラウラ「了解」


ぶっちゃけ、ラウラにも後見人なり、保護者に当たる人はいるんじゃない?そんで、絶対一般人ではないでしょ。ということで今回そういう人を出しました。
というか、ラウラが甘えられる大人って考えて、黒兎隊の面々は違うだろって思った結果なんですけど。

では次回も頑張ります。

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