IS~鉄の華~   作:レスト00

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サブタイ的には45話ですが、総合では五十話目です。
よくここまで書いたなと思ってます。その割に進行がアホみたいに遅くて申し訳ないですが(-_-;)


ではどうぞ。


四十五話

 

 

(薬品の臭いは嫌いだ。嫌でもあの頃を思い出す)

 

 清潔さを表すような白い部屋とベッドの中で、ラウラはそんな感想を抱いた。

 保健室と呼ぶには大仰すぎるその“建物”は一棟全てがIS学園の所有する医療区画であった。

 ISという最先端であるが、未だに網羅されているわけではない技術を扱う上で、どういった人的被害がでるのかが想定できておらず、そして、各国から出向に近い形の学生たちの万全な受け入れ態勢を整えるためにも必要となったのが、その建物である。

 用意した日本側も、各国からの突き上げがあることを恐れ、当時の最先端技術を取り入れ、高校生の利用する施設にすれば十二分過ぎる程の水準を満たしていた。

 しかし、そういった部分で金を多く使っているというのに、実際のところ、その施設が活用されることはこれまであまりなかった。

 というのも、ISの絶対数が少ないため、大けがをするようなISの運用をそもそも学園側があまり認めていないのだ。さらに言えば、怪我をする人間と言えば主に部活や整備を行う人間が主で、それも一般の学校の保健室で事足りるレベルの事例がほとんどである。

 その為、この建物は無用の長物と化していた。

 とはいえ、そもそもこの区画が使われないこと事態は喜ばしいことであるのだが、残念なことに本年度に入ってからはそこそこ使用頻度が上がっていたりする。

 そんな、普段使っていないからか、若しくは掃除が行き届いているからかは定かではないが、綺麗な個室の中でラウラはその日の事を脳内で整理する作業を行っていた。

 というのも、それは彼女が今の状況を理解できていないから――――ではもちろんない。

 

「――――その様子では、意識はハッキリしているな」

 

 ベッドの上で上半身を起こし、窓の外で夕日が暮れる風景を見ている彼女の部屋の扉が開く。

 空気の抜けるような自動ドアの開閉音に反応し、そちらに視線を向けるとそこに居たのは彼女にとって恩師であり、目標の一人であり、そして家族のような存在になってほしかった女性――――千冬の姿があった。

 

「織斑教諭…………あ、すみません、こんな姿で」

 

「いや、構わん。大人しくしておけ」

 

 先の一件で心身ともに疲労した自身に鞭を打ち、立ち上がろうとする教え子に半ば呆れながら、千冬は片手で制するように彼女に無理をするなと伝える。

 そのことに申し訳なさそうな表情をしながらも、大人しくベッドに座るラウラ。

 

(本当に表情が豊かになった………私が気付いていなかっただけかもしれんな)

 

 ベッドの傍にあるパイプ椅子を引っ張り出し、腰かけながら千冬はかつてと今の教え子の差異を脳裏に浮かべていく。もっとも、昔は今ほど人に物事を教えることに心の余裕を持てていなかったことを自覚している分、その考察はあまりあてにならなかったが。

 

「教諭がここに来たのは、事情聴取のためですか?」

 

 お互いに向き合うと先に切り出したのはラウラの方であった。

 

「そうだ。一応確認するが、お前はどこまで今回の事を把握している?」

 

「…………三日月・オーガスとの試合中、自分の機体、シュヴァルツェア・レーゲンが何らかの形で暴走。試合は中断。機体は彼に鎮圧され、私とISコアはその際に回収された。その直後、私は意識を失い、この医療区画に搬送された…………半分は推測ですが、こう認識しています」

 

 考えを纏める為か、一瞬の間を置き淀みなく口にされた情報はほぼ間違いのないものであった。

 その話し方が報告書の内容染みていることに千冬は内心で苦笑を漏らすと同時に、その“らしさ”に安堵の気持ちが込み上げる。

 そんなことをおくびにも出さずに、千冬は肯定を示す様にそれを頷きで返した。

 

「ドイツは今回の件で各国からそこそこの追及を受けるようだ。何せ、今回の事はもみ消そうにも大勢の目を引きすぎた」

 

「……私は責任を取って首でしょうか?」

 

 千冬の補足から、ついついネガティブな思考が過る。それも無理はない。

 なにせ、三日月との一騎打ちを個人的に行っていればまだしも、衆目にさらし、そして専用機の暴走により各国要人や生徒を危険にさらしたという最悪の事件を引き起こしたのだから。

 

「そのことだが……今回の件、各国からの突き上げを食らったのはあくまでドイツ政府であり、お前に対しては同情的な意見が多く出ている」

 

「は?」

 

 少し言い淀んだ後、千冬が語った内容にラウラは理解が追い付かなったか。

 

「傍から見れば、ラウラが行ったことはドイツ側の不正行為を告発する材料にこそなれ、あの場でアレ――――VTシステムを使うことは搭乗者になんのメリットも無いことは誰でもわかることだ」

 

「しかしそれでは――――」

 

 焦ったようなラウラの声は少し大きい。だが、それもしかたがない。

 結果はどうであれ、彼女にとってVTシステムを発動させたのは、紛れもなく自身の心に力への渇望があったからだ。

 それが否定される謂れはないが、それでも禁止された物を使用したのは間違いなく彼女なのだから。

 そして、なにより彼女が最後まで我慢できなかったのは、この状況が“あの時”と同じであることだ。

 辛酸をなめ、生き恥を曝し、部下に変わることを誓ったあの時と。

 

「まぁ、聞け」

 

 落ち着きを見せないラウラの年相応の反応に、千冬は呆れそうになるがひとまず声をかける。まだ話は終わっていないのだから。

 

「今回のトーナメントで既にお前は結果を出している。しかも、他国の候補生を寄せ付けない程の結果を伴ってだ」

 

「いえ、そんな……」

 

「事実は事実として受け入れろ…………続けるぞ?そんな逸材をドイツは簡単に手放す気はない。例え、お前を手放したとして、今度は各国が自国に取り込もうと引き抜きに来る」

 

 それは国際的にも、IS業界的にも面白くはない話であった。

 ラウラはドイツの軍人であるため、かなりの機密情報を扱い、それを多く記憶している。それは軍事機密しかり、ISの機密しかりだ。

 守秘義務があるとはいえ人の口に戸は立てられないし、それ以上にまずいのはラウラが試験管ベビーであることだ。

 軍事目的で人間を造り出すことは、道徳的にも国際法的にもよろしくない。その為、ラウラがそういった存在であることを知られれば、ラウラは“存在しなかった人間”として扱われる可能性が出てくるのだ。

 もしそうなってしまえば、良くてモルモット。悪ければ利用されたまま廃棄されることになる。個人では人間の死を隠すのは困難だが、生憎と彼女を扱うのはそう言った力を持つ国であるのだ。

 

「諸々の事情を鑑みて、教員として私にしてやれたことだけをまずは伝える」

 

 聞けば聞くほど気が滅入る話を聞かされ、突然その話をぶった切るように千冬は新しい要件を口にした。

 

「ドイツの現地関係者との会談の結果、ラウラ・ボーデヴィッヒを三年間、謹慎処分とする。ただし、IS学園の治外法権区に置いてはその限りではない。そして、ドイツの代表候補生としての資格はそのままにしておくため、機体の試験はそのまま当校で行うこと。修理などはこれまでと同じ段取りである…………だとさ」

 

 今度こそ、ラウラは呆けるしかなかった。

 何せ、実質お咎めは無し。そして、機体はそのままドイツの支援を受けられるというのだから、こんなバカげた罰は無い。

 

「それでは……そんなのでは……」

 

「ラウラ、先ほども言ったが自身の功績を認めろ。それだけの価値を今のお前は築いたのだと胸を張れ。それにな――――」

 

 これまで座っていたパイプ椅子を片付け、ベッドの傍に立った千冬は俯く彼女の頭に手を伸ばす。

 

「三年の謹慎が解ければ、原隊に復帰するもそのまま違う道に進むも自由にしてくれて構わないと向こうの軍の人間は言っていた」

 

 多くの事を成してきた彼女の頭は、見た目通り小さく、そしてその銀色の髪は柔らかい手触りであった。

 

「いいか?望みにしろ、責務にしろ、まだまだお前には進むことのできる道は多くある。その歳から自分を枠にはめ込もうとはするな。窮屈な生き方は面白くはないだろう?」

 

「…………教官」

 

 口に馴染んだ呼び方が、自然とラウラの口から零れた。

 

「いまはゆっくり休め。少なくともお前が自身を見捨てない限り、誰もお前を見捨てたりはしない…………これまでよく頑張ったんだ。少しは肩の力を抜いて周りに甘えろ。それに手本になる生きることに真摯な連中をお前はよく知っているだろう?」

 

 そこまで言うと千冬は部屋を後にする。退室の際にしゃくりあげる音が静かな部屋には大きく聞こえた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 日が落ち、夜になるとその学園という施設の関係上、その人工島の多くの場所は光のない暗い空間が多くなる。

 唯一の光源となる星の光も生憎の曇りの天気により、いつもよりも深い夜に感じるほどだ。

 そんな中、ある場所にはとある光源があった。それは携帯電話の液晶の光だ。

 その液晶には通話中の文字が映し出されていた。

 

「もしもし」

 

『もーしもーし♪ちーちゃん♪げっんきっかなぁー♪』

 

 夜中に聞くには陽気な声が耳に響く。

 

「すまんが先に要件を言わせてくれ。ラウラ…………私の教え子が乗った機体が変異したのはどういうことだ?VTシステムに――――いや、そもそもISにそんな機能は無いはずだ」

 

『んー?んんーー?不思議なことを聞くね、ちーちゃん』

 

 その声はどこまでも陽気で、そして無邪気であった。

 

『確かにVTシステムとかいうのに、そういうのは無いよ?データは見たけど、あの子が色々な動きをしたのは、そもそも操縦者の記憶にそういった記憶が多くあったからだろうし』

 

 電話の主の話からすれば、ラウラが強くなるために見漁った競技者の資料の中に彼女たちのものがあり、それを参考に訓練を行っていたことが、VTシステムの幅を広げる原因となったらしい。

 

『最後に本人になったのは、“目の前の敵を倒すのに一番適した姿”と判断されたからでしょ?まったくバカだよね?他人の動きさせるよりも、自身の動きをさせる方が効率が良いに決まってんじゃん!』

 

 なにが愉快なのか、電話の向こうの彼女は歌うように、囀るように、喋る。

 

「なら機体の変貌は――――」

 

『それこそ、ちーちゃんは前例を見てんじゃん?しかも二つも!』

 

 その言葉で携帯電話の持ち主――――千冬の脳裏には白い装甲とベージュの装甲を持つ二機の機体が思い浮かんだ。

 

「変貌の条件は?」

 

『コアであるあの子たちと、操縦者の繋がってる度合いが深いから。それ以上の理由なんて無いよ。いや~、人工物って侮るもんじゃいね!コアがシステムの介入があったにせよ、操縦者の想いに必死に応えようと頑張ってるんだもん!流石はあの子の妹ちゃんだにゃ~』

 

 こちらの事をほぼ全て把握しているような口ぶりに、千冬は一々驚かない。なぜなら、ISに関してはほぼ確実に彼女は全てを知っているのだから。

 

『でもさー、今回のことでも思ったけど――――』

 

 ここで初めて彼女の声のトーンが落ちた。

 

『どうして、ISに“思考制御なんて余分で無駄な機能”を付けようとしてんだろうね?』

 

 特大の爆弾となる言葉が落ちる。

 

『第三世代兵装だっけ?そもそも、操縦者とコアの相性が良ければそれに合わせた進化が起きるのに、乗って間もない操縦者にそれをさせようとするのが頭悪いよね~』

 

 この発言をもし、各国の開発者が聞けば卒倒するか、激憤するかの二択だろう。

 

『しかも、半年もしないうちに結果出ないからって、乗り手変えるとかもうどうしようもないよね?そんなのISである意味がなくなるのにさ』

 

「…………なら、オーガスたちはどうなる?」

 

 止まることを知らない津波のような、言葉と情報量の多さに眉をしかめながら、千冬は疑問を投げかける。そして、それは今現在、世界中が知りたがっている事柄であった。

 

『さぁ?コアの子がどんな扱いを受けてきたかは知らないけど、その子が興味を持つほどの何かがあったんじゃない?いやぁ~あの子たちのお母さんとしてはジェラシ~…………それにね――――』

 

 まだ何かあるのかと、千冬は内心辟易としそうになるが、次の言葉が本日一番の驚きとなった。

 

 

 

 

『あの子たち、私の手を離れちゃった♪』

 

 その声はこれまでの楽しさでも、愉快さでもなく、嬉しさに満ちていた。

 

 

 

 

 





はい。いろいろと物議を醸しだす引きをしてしまいした。作者はアホである(確信)



書いてて思いましたけど、ラウラってかなりの厄ネタなんですよね。ドイツの不利益とか責任とか考えたらVTシステムで詰みますし、人造であることもバレたらアウト。
でも、世界的に衆目を集めるISに乗ってるっていうね…………地味に扱いに困りましたわ。
今回の話でも、結局は問題の先延ばしですし。
あ、ドイツの扱いは次回しっかりと書きます。今回はあくまでラウラメインで書きましたから。


最後の会話ですけど、原作の紅椿の展開装甲をどうして起用したのかを考えた結果ああいった発言になりました。
だって、原作でも第三世代の開発はほとんど無駄って言ってましたし(目逸らし)



最近感想が減ったのは本作のクオリティが落ち気味だからだと思うので、見捨てられないように頑張ります。


次は戦乙女のタイマンじゃあ!難産になる気しかしないぜ!

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