IS~鉄の華~   作:レスト00

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早めにできたので、投稿します。


四十四話

 

 

「何アレ?」

 

 目の前で突然起こったその異変に、三日月はそんな言葉を零すしかできなかった。

 そして、それから一瞬の間を置いてから、ビープ音がアリーナ内を満たす。

 

『緊急事態発生!全アリーナの試合、作業は即中止!全生徒、来賓はシェルターに避難!職員は緊急事態の際のマニュアルに従い、各自行動してください!』

 

 スピーカーだけでなく、ISの一般回線を通してもそんな通達が聞こえてくる。だが、三日月にとっては、そんな会ったこともない人間の言葉よりも、目の前で起こっている事態の方が重要であるため、その異変に目を向け続ける。

 異変は、ラウラの機体――――シュヴァルツェア・レーゲンから機械音声が聞こえた瞬間に始まった。

 その特徴的な黒い装甲全体に紫電が走ると、粘性の高いコールタールのように機体が溶け出したのだ。

 だが、溶け始めたといってもその黒い塊が地面に流れ始めるということはない。その代わり、ラウラを飲み込むようにしながらその塊は、ある形を形成し始めた。

 

『ミカ、聞こえるか!』

 

「オルガ?」

 

 一般回線ではなく、プライベート回線で外部から連絡が入る。

 試合中に使われることのない機能であったために、三日月は場違いながら些か驚きの声を漏らす。

 

『いいか、よく聞け。今お前の前にある機体はVTシステムっていう使用禁止になってるもんが動き出してる』

 

「……なんでそんなのがあるの?」

 

『それはこっちも聞きたいところだ。今各国のお偉いさんはドイツの人間を締め上げてるところだろうよ』

 

 二人の会話が続く中、黒い塊の整形作業は佳境を迎えていた。

 それは人型であり、丸みを帯びた体形は女性のようであり、それが纏う鎧のようなデザインの形は間違いなくISであった。

 

「ラウラの機体じゃない?何アレ?」

 

『オーガス、私だ』

 

 オルガとは違う声が今度は耳に届く。それはここに来てからよく聞く、自身の担任教師である織斑千冬の声であった。

 

『時間が無いから簡潔に言う。VTシステムは過去のISの大会で功績を残した者のデータを基に、その動きを再現しようとする代物だ。だが、ああいった機体その物を作り変える機能は無い』

 

 そこまで聞き終えると、目の前の機体の手に該当する部分にいつの間にか長物――――刀が握られていることを、三日月は視認した。

 

『下手に刺激して、これ以上おかしなことが起きる前にすぐにその場から――――』

 

「そんな暇は無いよ」

 

 千冬が言い終える前に、それは既に間合いを詰めていた。

 三日月は近くの足元に転がっていたグリップの取れたショートメイスを引っ掴むと、そのまま向かってきたその人型に投げつける。

 だが、その鉄塊は人型と三日月の丁度中間地点くらいで真っ二つになり、あまつさえ、バルバトスの胸部装甲を浅く切り裂いた。

 

「速いな」

 

 感想を漏らしながら、相手の間合いから出るためにスラスターに火を入れ、後退する三日月。

 だが、その最中、再び異変が起こる。

 急な事態に若干混乱しつつも、無理矢理引き上げた集中力がハイパーセンサー越しにソレを視界に入れる。

 先ほどまで鎧武者のような姿であったのが、いつの間にかシャープで軽装なデザインのISの姿となり、長物も刀からライフルに形を変えていた。

 

「変わった?」

 

 その砲身の空洞の内側が、三日月にはハッキリと見えた。

 

「ロシアのスナイピルだと?」

 

 所変わって、オルガたちが観戦に使っていた部屋では、状況確認の為にその場の人間で機材を操作し、アリーナ内の情報を逐一処理していた。

 そんな中、腹立たしくも、VTシステムがかつての自分と自分の愛機の姿で生徒である三日月を切りつけるという光景を見せられた千冬は、その次に起こった変化に驚きを隠せないでいた。

 アリーナ内を映す画面には、先ほどとは違う姿でライフルを撃ち、確実に三日月を追い詰める人型の姿があった。

 そしてその機体に見覚えがある千冬は、その機体の名前を思わず口にする。

 

「機体の形だけじゃなく、中の人間の髪型も変わってる。アレは確かに当時のビィエーラヤのものだね」

 

 千冬と同じくソレに見覚えのあったアミダが口を挟む。

 二人の脳裏に思い浮かべるのは、第一回モンド・グロッソにおいて、狙撃の分野で他の追随を許すことのなかったロシア代表の姿である。

 

「VTシステムはかつてのヴァルキリーのデータが基になってたって噂は聞いていたけど、コレは…………」

 

 画面が状況の変化を映し出す。

 後退が不利、そして回避が困難と悟った三日月は、上手く弾を装甲に当てながら突っ込む。

 そして、最後の詰めに瞬時加速を使い、その身体を相手の懐に潜り込ませる。

 

「っ、また変わった!」

 

 その光景を見ているしかできないビスケットは思わずといった風に声を上げる。

 懐に潜ったことで、再び機体が戻っても刀の斬撃はできないと踏んでいた三日月は、その対応の変化に十全な対応ができなかった。

 相手の人型の膝が三日月の胴体部を打ち抜く。

 

『――――ッハ』

 

 収音マイク越しにも、三日月の苦悶の声が聞こえた。

 体勢を崩した三日月に対し、その人型は追撃としてバルバトスの白い装甲に両拳を叩き込む。

 バルバトスは文字通り、アリーナの壁に叩き込まれ、その際にできた瓦礫に埋もれた。

 

「今度はアメリカのマッドドッグ…………VTシステムってのはここまで汎用性の高いもんだったのかい?」

 

 三つ目の姿は先ほどの二機と比べ、よりシンプルな姿であった。拳、肘、膝、脛に分厚いプロテクターを付け、徒手空拳が主体――――というよりも、それしかできそうにないほどに極端な装甲レイアウトをしている機体。

 それは近接武装である刀剣類よりも更に近い距離、その機体の搭乗者曰く“ゼロレンジ”での運用を目的とした機体――――マッドドッグとその搭乗者、ジェリー・ワイルドの姿であった。

 そもそもVTシステム――――ヴァルキリー・トレース・システムは、かつてのモンド・グロッソで各部門での優勝者であるヴァルキリーの称号を勝ち取った人間の稼働データを、他の機体でも再現できるようにするために生まれたものだ。

 ならば何故、先ほどオルガの言ったようにそれが使用禁止となったのか。

 それはたった一つの事実があったから。

 機体と搭乗者がその動きを再現しきれないという至極簡単な事実が。

 その結果、VTシステムを搭載した機体は、実機試験で良くて大破、悪くてスクラップとなり、搭乗者も小さくはない負傷をすることになった。

 そういった経緯を持って、使用、開発が禁止となったVTシステムはISの開発史の負の遺産となる。

 

「水面下で開発は続いてたってことでしょ?別段珍しくもないわね……気に食わなくはあるけれど」

 

「その問題について今は後回しだ。それよりも今は一刻を争う」

 

 その端正な顔を歪めながら、ナターシャが吐き捨てる。

 すると、これまでの周りの人間の会話を聞きつつ、冷静さを取り戻した千冬がモニターにある情報を映し出す。

 それは試合に参加していた二人のリアルタイムのバイタルデータであった。

 

「山田先生、教員部隊はあと何分でアリーナに入れる?」

 

「最低でも十五分はまだ掛かります!」

 

「それでは遅いっ」

 

 千冬が焦る理由。それは二人のバイタルデータの内、ラウラの方の各数値が徐々に下がってきているのだ。

 このままではあと十分もしないうちに、ラウラの命に関わる。

 少しの間、部屋に嫌な沈黙が下りる。それを終わらせたのは、画面から聞こえた轟音であった。

 

「――――ミカか!」

 

 画面の中には、自身に被さっていた瓦礫を吹き飛ばし、まだ戦えることを示す様に健在な姿を見せつけるバルバトスの姿があった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…………このままだと、ラウラは死ぬってこと?」

 

『――――――』

 

「それは――――――ダメだ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 瓦礫の中心で、前傾姿勢をとったと思えば、次の瞬間には地面が爆ぜていた。

 

「――――――遅い」

 

 一直線に突き進み、弾丸もかくやという速度で、バルバトスは黒い人型に接近し――――通り過ぎる。

 すると、その数秒後、二機の離れた地点にあるものが落ちてくる。

 液体のような見た目のそれはしかし、アリーナの残骸に当たると硬質な音を響かせた。

 その落ちてきたものは、液体を無理やり固めたような物体で、ところどころにネジや電子部品が埋まるようにして含まれていた。

 

「は?」

 

 モニターでそれを見ていた誰かがその光景に呆けた声を漏らす。

 何が起きたのかを理解しようとするために、自然とある部分に注目が集まる。それは、黒い人型の胴体部。

 そこには無理やり引き千切ったような、荒々しく抉れた部分が存在した。

 

「まだ、遅い。もっとだ」

 

 抉れた部分はそのままに、即座に千冬とその愛機――――暮桜の姿に変化した人型は、手にしたブレードを振るう。

 その神速ともいえる斬撃は、先ほどと同じようにバルバトスの装甲の一部を切り飛ばす。

 だが、その程度で止まるほど、今の三日月は冷静ではなかった。

 

「足りない。全然、足りない」

 

 損傷などお構いなしに突っ込み、今度は拳を叩き込み人型をアリーナの地面に沈ませる。

 その際に、マニュピレータに罅が入った。

 だが、三日月は止まらない。

 人型の腕を掴むと、そのまま相手の胴体を蹴り飛ばす。すると、腕が千切れ、人型の本体はアリーナの壁面に叩き込まれる。

 先ほどとは配役が逆の光景が再現された。

 そして、その再現は続く。

 今度はマッドドッグを纏うジェリーの姿で、三日月に突貫してくる人型。それに応えるように三日月も前に出る。

 

「――――やっぱり、これは鬱陶しいな」

 

 突貫するバルバトスの装甲に赤い模様ができる。それは搭乗者の三日月の血であり、その血は彼の鼻から多量に流れ出していた。

 二機が接触する瞬間、三日月がその身体を沈ませ、相手の懐に飛び込む。

 先ほどと同じように、相手は膝で三日月を打ち据えようとしてくるが、それよりも三日月が腕を振るう方が早かった。

 相手の片足が宙を舞う。

 空中では液体のように不定形であるのに、地面に落ちると金属塊になるその光景は異様という以外ない。

 そして、それと同時にバルバトスの振るった腕の指に当たる部分が、その一撃に耐えられなかったのか、三本ほど吹き飛んだ。

 

『―――――――――――――――!!!!』

 

「煩い…………見つけた」

 

 駆動音とも、叫びにも聞こえる嫌な音が人型から響く。

 そして、片足を失ったことでバランスを崩すことになるのを避けるため、再び人型がその姿を変える。

 その姿は――――――ラウラがシュヴァルツェア・レーゲンを纏ったものであった。

 三日月は指の残っている手を抜き手の構えをする。そして人型はその両腕からプラズマの刃を展開する。

 二機の交差は轟音と衝撃を生み、アリーナ内の土と埃を舞い上がらせる。

 

「ミカーーーーーー!」

 

 その戦闘をモニター越しで見ているしかできなかったオルガが叫んだ。他の面々からも息を飲む音が聞こえる。

 数秒後、土埃が収まる。

 そこには、抜き手を人型に突き刺す三日月の姿とバルバトスの装甲の一部を突き刺す人型が居た。

 

「…………生きてる?」

 

 そんな中、三日月はそんなことを呟いた瞬間、機体を瞬時加速させた。

 黒い人型を突き破るようにして出てくると、バルバトスの腕の中には胎児のように体を丸めたラウラが抱えられていた。

 そのそんな彼女の腕の中にもあるものが抱えられている。それは弱々しくも確かに稼働しているというのをアピールするように発光するISコアであった。

 

「…………ありがとう、迷惑をかけた」

 

「死んでないなら、それでいいよ」

 

 そんなセリフと共に、IS学園における本年度の学年別タッグトーナメントは終わりを迎えた。

 

 

 

 

 





はい。ということでやっと、タッグトーナメント終わりました。
リミッター解除の描写が薄い?……装甲の展開とか以外に大型の武装を出せる余地が無かったので大人しい感じになっちゃいました。すいませんorz


今回出した、各部門のヴァルキリーは作者のオリジナルです。

裏設定になりますが、この世界のモンドクロッソは第一回から、様々な分野で競技が行われています。
そして今回出た二機はそれぞれ射撃部門と格闘部門(ステゴロオンリー)の優勝者です。そして千冬はあくまで総合部門(普通のISの対戦試合)での優勝者という感じになっています。

次回でVTシステムがなぜ千冬以外の姿を取ったのかを説明する話になると思います。
…………読者の方々はバルバトスのコアのセリフとか読みたいのだろうか?



Q、一夏は異常事態の時に何をしていたの?

A、専用気持ちの一人として、他の生徒の避難誘導を率先してやってました。クラス代表だものね。しょうがないね。

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