書いていたら、かさばって試合まで行けませんでした。マジすいません。
IS学園内に存在する幾つかのアリーナ。その中の一つで、その四人は対峙する。
普段であれば一学年の全生徒が入ったとしても、空席ができるほどに大きいそこはしかし、今日この時に限っては立ち見する者ができるほどに人によって埋め尽くされていた。
「……なんでこんなに見物人がいるんだ?」
その圧巻とも言えるほどの光景に、見物人の目的の一人である昭弘は自然とそんな疑問を零していた。
「昭弘はもっと自分の希少性を把握するべきだと思う」
ここ数日で昭弘に対する遠慮がどこかに行った簪が肉声で、辛辣な言葉を返していた。
もっとも、見物人の何人かはそんな彼女を見に来ていたりするが、気づかないのは得てして本人ばかりなのかもしれない。
そして、昭弘と簪の二人が相対するのは、一年生の中でも目立つ二人であった。
「箒さんは意外と豪胆なのですね、正直これだけの視線に晒されて、ほとんど緊張しているようには見えないのですが」
特徴的な蒼い装甲を身に纏い、ISのアームでライフルのグリップの感触を確かめながら相方である少女に声をかけるのは、学園内でも珍しい専用機持ちであるセシリア。
「全く何も感じないことはないのだが……剣道の全国大会で慣れているのもあるが、“あの人”の血縁者として見られたときの気色の悪い不快な視線と比べれば、これは随分と健全な雰囲気だ」
「……無神経な発言でしたわ、謝罪します」
自虐気味な箒の返答の言葉に、自身の発言がそれなりに大きめの失言であったことを自覚したセシリアは試合前だというのに真面目に凹んだ。
トーナメント前の個人演習や昨日の試合から、セシリアの人柄が生真面目で誠実なことを把握していた箒は下手な慰めが逆に彼女にとってはマイナスになると思い、苦笑いを溢すしかなかった。
そして、自身も一旦落ち着くために、自身の機体――――打鉄・リベルテの機体ステータスのチェックを済ませていく。
月石社製の打鉄強化プランであるリベルテとノーマルの打鉄の大きな違いは、装甲の機体レイアウトである。
ノーマルの特徴である両肩を覆うように装備された鎧武者のような装甲を外し、両腕の可動域を損なわない程度の小さめのユニットを取り付け、その代わりに左腕の肘から先を篭手のようなシールドユニットを取り付けられている。
そして、それに合わせるように足回りや関節を保護するように、局面装甲が外付けされていた。
打鉄の大きな特徴である装甲が無いため、パッと見でその機体が打鉄と看破できる人間は、生徒と教員も含めそんなに多くはいなかった。
その多くはない人間の内の一人である簪は、自身の専用機である打鉄の系譜であるその機体に少なくはない興味を抱き、抑えられない知識欲がセシリアの専用機よりも箒の方に視線を向けさせていた。
(機体のコンセプトなのかどうかは分からないけど、お姉ちゃんの機体よりも小さく見える。でも、あれがどんなモノを目指したユニットなのかは、予選の映像だけじゃわからなかった)
トーナメントの初日に行われたそれぞれの試合は、当然どの生徒も自由に閲覧出来るように映像記録として残っている。
だが、セシリアという一年生の中でも上位に入るスナイパーが後衛に控え、経験と才能から築き上げられた剣術をISという分野でも活かすことのできる箒が前衛を務める。この二人のペアの手札を出させることのできる試合はなかった。
試合映像をチェックした簪自身もこのペアは、役割がはっきりしている分単純に強いと感じており、だからこそその先である個人技能や固有性能が見える接戦がなかったことに納得していた。
(事前情報だけなら、剣術を活かすための取り回し優先で接近戦の為の増加装甲は申し訳程度、あくまで相手の先手を取る速度重視の機体……先入観と常識的な考えではこんなところかな?)
試合開始時間が迫る中、頭の中で情報整理をしていく簪。
しかし、事前情報を整理しているのは何も選手達だけではない。来賓として来ている国の政治家や研究者、果ては軍部や学園の資金援助をしている資産家なども、VIP用の観戦室やアリーナの客席で各々下馬評や考察の意見を交わしていた。
「それで?アンタはあの坊やに何か仕込んだりはしたのかい?」
「アミダ……アキヒロと一緒に居たのは精々一、二ヶ月よ?しかも、ISを動かすなんて夢にも思って……無いこともなかったけど、そんな暇はなかったわ」
VIP用の観戦室の一つで小さめのその部屋で、来賓の護衛として来ていたアミダとナターシャはそんな会話をしていた。
その部屋は小さく、アリーナを直接上から見下ろす為の窓もなく、あるのは座席とアリーナ内をモニターできるスクリーンとそのコンソールしかなく、普段はあまり使われることはないのだが、人気のない方が都合のいい人間が利用するには十分な部屋であった。
「さてオルガ、お前さんのお気に入りの三日月はともかく、あのガチムチ坊主はこの試合は勝てると思うかい?」
「少なくとも、俺らの中で一番三日月と戦場での付き合いが長いのはアイツです。それに今回はサシじゃなくてタッグだ。誰かと一緒に戦うのを任せるのに昭弘以上の奴は鉄華団にはいませんよ」
この部屋にいるのは全部で五人。そのうち椅子に座っている二人である名瀬とオルガも試合の成り行きをモニター越しに見つめていた。
「まぁ、昨日の試合を見る限りそうだな。あの二人の試合は見ていて安心感がある。お互いのフォロー……というよりも、複数人の戦い全体を見ることに慣れてるって感じで次にどう動けばいいのかを経験で知っている感じだ」
それを十代の子供がやっているのだから、戦場というのは恐ろしい教育の場だと名瀬は心の中で愚痴を漏らした。
「そろそろ試合が始まるので、機体ステータス情報をモニターに表示しますね」
一声かけたのはスクリーンを操作するコンソールをいじるビスケットであった。
今回のトーナメントで名瀬とオルガは学園側から正式に招待されていた。しかし、良くも悪くも世間では有名になったオルガたち鉄華団関係の人間が、他国の人間に不用意に接触するのは良くないという学園側の配慮により、この部屋の使用が許可されることになった。
ちなみに本来であればアメリカのVIPに付いていなければならないナターシャは先の事件のこともあり、外の護衛に備えると言いつつもこの部屋に訪れていた。平たく言えば、サボりである。
事前にアミダと連絡していたこともあり、ナターシャが合流するのは自然な流れであった。
「…………そう言えばビスケット君。何やら面白い噂を耳にしたんだが聞いてもいいかな?」
「な、何ですか?」
試合開始まで残り数分といったところで名瀬がそんな事を言い出す。
そのどこか楽しんでいるような表情と喋り方に嫌なものを感じたビスケットであったが、恩人でもある彼に対して無下にもできないため喉が引き攣りながらも返事をするのであった。
「なんでも、ここの女性教師と仲良くなったと聞いたんだが、それは本当かな?」
「――――」
その質問に対する返答にどんな言葉が適切なのかもわからないビスケットは、脳裏に浮かぶ童顔でありほにゃりとした柔らかい笑顔のよく似合う女性を意識し、赤面を返すしかできなかった。
もちろんそんな面白い話を聞き逃すわけもなく、女性であるアミダとナターシャは興味津々な目線でビスケットに「早く答えろ」と催促をする。
そして、ビスケットを助けてくれるであろうオルガは、視線を顔ごとそらし巻き込んでくれるなという意思表示を見せる。
その状況を理解したビスケットは内心で「妹たちが居なくてよかった」と思うと同時に、色々と腹を括らなければならないことに軽く絶望する。
それから約十分後、教員としての仕事を一段落させた千冬と真耶が入室してくるまで、ビスケットは人生で一番の恥ずかしい想いをするのであった。
もっとも、想い人である真耶に落ち込んでいるのを慰められるという役得とも公開処刑ともとれる出来事がそのすぐあとに起こるのだが、それが良い思い出になるのか黒歴史になるのかは当人次第である。
次回から試合をしっかり始めたいと思います。
機体に関する詳細は試合と同時に詰めていきます。
とりあえず、特に変更がないのがグシオンとブルーティアーズです。そして、この試合で特に描写が濃くなるであろう機体が打鉄×2というね……どうしてこうなった?
そしてオルガと名瀬、アミダも学園側に登場。長かったですわ。
因みにこのトーナメント後にアミダの見せ場があります。
さて、次回は文字数がどうなるやら……