先に言っておきますが、今回皆さんが思っていたような無双はないです。
無双はもう少ししてからです。
砂埃が舞う。
轟音が響く。
そして――――鮮血が繁吹く。
「ッ!」
いつもしているように、踏み込む。何百と重ねてきた当たり前にできたその動作は、想定を裏切った。
踏み込んだ瞬間に地面を割り、それのリカバリーのために姿勢制御を行う。
先程から、定期的に起こしてしまうそのミスに、内心でイライラしながら、三日月は敵の蜘蛛――――オータムのISからの攻撃を捌いていた。
「どうしたどうした!着慣れないおもちゃに舞い上がってんのか!!」
「うるさいって言っただろ」
やけに軽く感じるようになったメイスを振るう。
上から叩きつけるようにするために振り下ろされたそれは、三日月の想定よりも速く振り下ろされ、相手に掠りはするが決定的な致命打とはならなかった。
「ヤりにくいな」
潰れた格納庫から飛び出してから既に十分近く経つ。その間、三日月はずっと思っていた事をとうとう口から溢す。
三日月の纏うEOSはその姿を変えていた。
ゴテゴテしていたEOSの意匠を若干残しつつも、シャープな局面を描く装甲が増設され、それが渾然一体となった“何か”を三日月は纏っているのだ。
そして、その性能はEOSとは比べ物にならない程に跳ね上がっていた。それこそ、まるで今相手にしている“インフィニット・ストラトス”に迫るほどに。
だが、その跳ね上がった性能は逆に三日月にとって足かせとなった。
想像できるだろうか?
これまで一般的なAT乗用車に乗っていた人間が、急にF1カーに乗り換えたようなものだ。それまで慣れきっていたAT車では上手く運転できていたかもしれないが、そんな人間がF1カーをすぐに乗りこなせられるか。
答えは言うまでもない。
否である。
(さっきから、データがうるさい)
そして、三日月にとっての足かせはもう一つあった。
それは阿頼耶識である。
本来であれば、阿頼耶識はこういった場合にはうってつけであり、即座に機体の使用感覚を操縦者にアジャストさせる。
だが、上がった機体性能は馬力だけではなくセンサー類もそうであったのだ。
つまり、今三日月の脳には、阿頼耶識から余分な情報を送られすぎており、それが機体の操縦感覚を逆に鈍らせているのだ。
そして、その跳ね上がった情報量により、三日月の脳には多大な負担となっていた。
そんな状態でも、彼女との戦闘を少なくとも互角に見える程度に維持しているのは、三日月のこれまでの経験とそれでも戦おうとしている意志の強さ故である。
「っ」
もう何度目かわからないが、鼻の下を拭う。
情報が送られるようになってから少しして、流れ出した鼻血を三日月は鬱陶しく思った。
「いい加減…………邪魔だな、アンタ」
機体の違和感や失血による意識レベルの低下から、三日月の声のトーンが下がった。
その言葉と、そこに滲んだ殺意が向けられた瞬間、オータムの背中に悪寒と快感が同時に駆け巡る。
「ハッ!いいね!いいね!!お前は獲物にするには最高だよ!ネズミが!!」
失血のせいか先ほどよりもダラリとした体勢の三日月に突っ込んでいくオータム。
その機体――――アラクネの特徴的な足からそれぞれ光刃が展開される。
銃ではなく、近接用の武装を選んだのは単にオータムの好みだからだ。彼女にとって、恋人である“とある女性”との逢瀬と同じくらい、闘争は何事にも代え難いものであった。
だから、彼女は命のやり取りという極限状態を味わうために近接の武装を好む。
「…………」
こちらに向かってくるその暴力の塊を三日月は、鋭敏化させられている五感で感じ取る。
足を展開し、蜘蛛が獲物を捕食するように足でこちらを抱え込もうとしているらしい。
「なんか……静かだな」
オータムと同じく、死の淵に立つことで極限状態になっている三日月の頭が、より死を意識するために余分な情報を削ぎ落としていく。
集中力からか、それとも性能の上がったセンサーのおかげか、それとも死ぬ前の走馬灯に似た何かのせいか、ゆっくりとこちらに迫ってくる敵の姿を三日月は捉える。
「いや、うるさいよりはいいのか」
前方から包むように迫ってくる光刃。
それに対して、三日月は――――
「でも、一番うるさいのは――――」
――――前に踏み込んだ。
「コイツだ」
グリップではなく、メイスの先端部分をラグビーボールのように抱えて持つと、三日月は上がった出力をそのままに前に踏み込んだのだ。
「っ!」
背部からは光刃同士がぶつかる異音と、背中のユニットが拉げる音。そして、焼くような痛みが伝わってきた。
だが、前方からは相手を仕留めるための確かな感触を覚えた。
「ク、ソッ、がぁ!」
頭上からの悪態は仕留めそこなったことか、それとも今の状態の事を言っているのか、三日月には判断ができなかった。する気もなかった。
「終わりだ」
迷わず、三日月はメイスに仕込まれた鉄杭を放つ。
密着するように接触していたせいで、直接は見えなかったが三日月の手には硬い塊を貫徹させた衝撃が確かに伝わってきた。
その決着の数分前。ほんの少しだけ、時間は遡る。
三日月がオータムから意識を逸らそうとしていた基地の司令室では、オルガとビスケットがその戦闘の様子を眺めながら、この状況の打開のために頭を必死に働かせていた。
「どうするのさ、オルガ!このままじゃ三日月が――――」
「分かってる!だが、見てる以外に何ができるってんだよ!?」
苛立ちと無力感が焦りとなって、二人の視野を狭める。
今現在、この基地において三日月よりも強いとハッキリと断言できる味方は一人もいない。その三日月が手を焼くような相手に、下手に増援を向かわせれば無駄死にを出しかねない。
それを理解しているからこそ、オルガは下手にもう一つの戦場で戦っているであろう昭弘たちの部隊に打診ができないでいた。
「……?……これって、まさか!」
ふと、自身が操作していたコンソールの画面に視線を向けたビスケットは驚愕し声を上げる。その慌てた様子に反応を示したオルガは視線でどうしたのか尋ねた。
内心で、これ以上どんな厄介事が起こったのかと、戦々恐々としながらも、今生命をかけている仲間のためにも目を背けるわけにはいかないとオルガは腹をくくる。
「オルガ!今この戦闘の映像がネットで流されてる!!」
「!基地に設置しておいた爆弾は起爆できるか?!」
驚くことに慣れてしまったのか、オルガは即座に自分がすべきことを判断し問いかける。
その意識の切り替えについて行けないながらも、ビスケットはコンソール画面を操作しながら、その質問に応え始めた。
「い、今ここから起爆できるのは地下の発電施設と、大人たちの生活区画ぐらいだけど――――無線だから、さっきの爆発で受信機がダメになっているかもしれない」
この基地を制圧する前の下準備として、オルガたちは爆薬を基地に設置し大人たちを脅す材料としていた。
この脅しがすんなりと通ったために、今回三日月が聞かされていた予定よりも早い舞台展開ができたのだ。
「それで十分だ。今すぐ起爆させるぞ」
「ちょ、ちょっと待ってよ。そんな急に」
「ミカが敵を抑えているうちに、俺たちが行動を起こす。ぐずぐず、ここで篭城して敵を倒したとしても待ってるのは、三日月を狙う外の国のハイエナどもだぞ!」
まくし立てるように言う、オルガの言葉は正鵠を射ていた。
実際、ネットを通じここでの戦闘――――男である三日月がISに似た何かを纏い、正真正銘のISと五分五分の戦闘を行えているという映像を確認した各国は、既に国を動かそうと動いている。今この瞬間も。
オルガの考えに理解が至り、ビスケットは頷くことで返事を返す。
「予定とは違うが、昭弘たちに連絡する。ビスケットはおやっさんやチビどもを連れて脱出を――――」
「盛り上がっているところ悪いのだけれど、少しいいかしら?」
透き通った声が、広くもないその部屋に響いた。
少し中途半端ですが、ここで切ります。
次回あたりでプロローグ終わりです。