「セシリア!狙撃!」
「凰さん!直上警戒!」
お互いに声を出し合い、砲門を向けてくる敵機に対し攻撃を加える二人。
襲撃が起こってすぐに、学園側からの要請で避難者の護衛をしている二人は、アリーナに乗り込んでいない残り三機の内の一機を相手にしていた。
二人のハイパーセンサーには、その守るべき避難者――――を最後まで誘導していた鉄華団の子供たちが物陰に隠れるようにして退避している姿が映し出されていた。
「アンタたち!そこで大人しくしてなさい!」
鈴音の声がISの拡声機能によって子供達に届く。頷き、返答し、そして頭を引っ込める。それぞれが独特の返事をする子供達。
それを確認した二人は改めて目の前の敵機に意識を向け直した。
「ねぇ、こっちのデータリンクがさっきから仕事してないのだけど、そっちは?」
「こちらもです。機能不全……というよりも、リンク先が見つけられずにエラーになってしまいますわ」
つい数分前、ISに搭乗している生徒以外はあらかた避難所に収容できた事を知らせる連絡が来てから、その生徒たちを誘導していた鉄華団の子供たちを二人が見つけたのはほとんど偶然であった。
避難所の入口付近を教員部隊に任せ、専用機持ちの生徒たちは逃げ遅れがいないかの確認のためにツーマンセルで偵察を行っていた。もし敵機に遭遇した場合は他の搭乗者に連絡することを義務づけた上で。
そして、セシリアと凰が偶然見かけたのは、近場のシェルターに駆け込もうとしている鉄華団の子供達であったのだ。
そこで、不可解なことが起きる。
子供たちが駆け込もうとしたシェルターの入口が急に閉まったのだ。そして、タイミング悪く、その時上空から一機の機影が落ちてくる。
あらかじめ、ツーマンセルで行動をしていた二人はそれを認識した瞬間、武装のセイフティーを外していた。
そして、交戦を開始するも、通信は誰とも繋がらず、宇宙での活動のために機体に標準装備されている外部データリンクも途切れ救援を呼ぶことすらできないでいた。
「ねぇ、考えたくもないけど……私たち以外の機体にここでの戦闘が伝わっていないってことあると思う?」
敵機がその歪な機体フォルムからは考えられないほどに器用に動くため、こちらからの攻撃がほとんど当たらないことに苛立ちを覚え始めた鈴音は意識を切り替える意味も含め、そんなことをセシリアに訪ねていた。
「ISのハイパーセンサーは元々宇宙で活動するように作られたものですわ。いくら競技用でリミッターをかけられているとはいえ、学園の敷地内であれば誰かしら気付くはずです。それでも来ないということは……」
「……こういう時、小利口な自分たちの頭が嫌になるわ」
いくら考えてもネガティブな考えしかわかない為、セシリアも鈴音のその言葉に内心同意していた。
「唯一の救いといえば、アイツが回避と攻撃を同時にしてこないということね」
「あれだけ取り回しが悪いものですから」
その二人の言葉通り、敵機はその大型の両腕部に砲門を装備しており、回避機動はその大型の腕の重量を利用するように振り回し、位置取りを円滑に行っているのである。
逆に言えば、そうでもしなければまともな小回りができないということでもあった。
その為、相手が攻撃を行おうとすれば、それよりも先にこちらが手を出せば、攻撃を中断し、回避機動を優先して行うため、さきほどからの拮抗状態が保たれている。
ある意味千日手である中で、それでもこの拮抗状態が続くということは、それだけ二人の後ろにいる子供達の安全も続いているということになる。
ならば、この状態を打破するのはどういう時か?
「センサーに反応?単機――――新手?!」
それは外部からの介入だ。
「――――なら、今来てる敵に全部、人は乗ってないんだ」
――――
「――――此処では、殺すのはダメだから」
――――
「――――俺が壊したのは二つ、昭弘のになったのが一つ、タテナシが壊したのが一つ。じゃあ、あと三つか」
――――
「――――行こう、バルバトス……ちゃんと、新しい名前も言え?ルプス?……でも、バルバトスはバルバトスでしょ?」
“ソレ”はセンサーに反応があった瞬間には、高速で飛来していた。
飛んできたソレは真っ直ぐに敵機に向かっていく。しかし、ソレがぶつかる瞬間、これまでと同じようにその大きな腕を振り回し、紙一重でソレを避ける。
ソレは外れると、そのまま直進し、学園の土地を削りながらその勢いが止まった。
「「…………」」
急な事に呆然とする二人。それは敵機も同じなのか、地面にめり込んだソレに自然と注目が集まっていく。
削れた地面から巻き上がった砂埃が晴れていき、ソレは姿を現す。
地面を削ったソレは、一本の長物であった。
「剣?……でもそれにしては、太い?」
延べ棒を引き伸ばし、その先端にグリップを付けただけのようなそのシンプル且つ無骨なフォルムは、地面を削ったその威力を納得させるだけの力強さを見たものに印象づけさせる。
「三日月さん!」
子供の一人が歓声のような声を上げた。
その延べ棒のような武器――――ソードメイスに気を取られていたセシリアと鈴音はその声にハッとし、ハイパーセンサーにより拡張された視界の中でいつの間にか敵機に肉迫する三日月の姿に意識が向いた。
「一々、鬱陶しい」
ソードメイスとは別の長物であり、歪な形のコンテナに長いグリップを取り付けたような武器を振り下ろした三日月。
その攻撃は確かに敵機に当たったが、直前でその独特の回避機動により致命傷は避けられる。
装甲の表面を削るだけで終わった事に苛立つような呟きを漏らした三日月は、その振り下ろした勢いのまま、慣性に身を任せ、遠心力の乗った脚部で敵機の頭上から地面に向けて蹴り抜いた。
まさか自身の回避方法と同じ要領で攻撃してくるとは想定していなかったのか、その攻撃は驚く程綺麗に入る。
そして、追撃する為に三日月は追加された腰部スラスターに火を入れ加速する。
地面に三日月と敵機が真っ逆さまに落ちていく。
恐らくは一秒も掛からずに激突する滞空時間の中で、行動を起こしたのは三日月の方であった。
手に持っていた武器のコンテナが上下にわかれるように開く。傍から見れば恐竜の頭が口を開いたように連想させるその形は、見るものに凶悪なナニカを感じさせた。
「――――」
展開されたコンテナが敵機を捉えた。それとともに先ほどのソードメイスと同じく、舗装された固い地面に着弾し、大きなあぜ道を作り出す二機。
しかし、下敷きにされた敵機はボロボロであるのに対し、三日月のバルバトスは巻き上がった土煙が装甲に張り付く程度の変化しかなかった。
「あと二つ」
身動ぎし、右肩から左腕の脇にかけて挟み込まれた体勢を何とか脱しようと藻掻く敵機に既に興味を失ったのか、三日月は明後日の方向を向きながら、そんな事を呟いた。
その呟きと同時に、そのコンテナ――――レンチメイスのスイッチが入った。
「ちょっ――――」
ギャリギャリと異音が響くと同時に、敵機が痙攣したように震えだす。
コンテナ内に仕込んであったチェーンソーが起動し、挟み込んだ敵機の装甲を削り始めたのだ。火花が散り始めて、数秒もせずに何らかの液体が飛び散り始める。
それを見てとった瞬間、それを見ていた鈴音は三日月に静止の呼びかけをしようと声をあげようとする。しかし、その前に敵機を両断する方が早かった。
潰れるような、ひしゃげるような、千切れるようなそんな音が響く。
勢いが着いたのか、千切れた敵機の頭部と左腕が勢いよく転がり、鈴音とセシリアの方に転がる。
それを認識し、頭が状況を認識した瞬間、嫌悪感と吐き気が胸から込み上げる二人であった。
「…………ん?限界?……動けない?」
少し離れたところで、どこか呑気な三日月の言葉が二人の耳に入り込む。
たった今、人一人の命を奪っておいてその言い草はなんだと、嫌悪感以上の怒気が込み上げて来たのか、鈴音は怒鳴ってやろうと顔を上げる。
「っ――――……これって?」
そこで彼女は気付く。
敵機のISの操縦者の切断された断面から流れているのが血ではなく、赤黒いオイルであり、その切断面には生物的なものなど見られず、機械的な部品しか入っていないことに。
「…………無人機?」
彼女の中で常識であったISは有人でないと動かないという考えが覆された瞬間であり、それに気付かずに的外れな怒りを三日月に向けていた事に恥じ入る鈴音であった。
ということで、バルバトスルプスの初陣は試験運転前ということもあり、強制終了です。
次回は残りの敵がどうなったのかという部分と、事後処理になると思います。