IS~鉄の華~   作:レスト00

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最近難産が続きます。
話の内容は決めているのに、そこまで持っていく文章の肉付けをしていると幾ら書いても足りていない感じがして、不安になっている今日この頃です。

今回で外出編も終わらなかったです。


十七話

 

 

 日照時間が長くなり、寒さよりもじっとりとした暑さを感じ始める季節。

 IS学園内の芝生では、既に日課になっている竹刀での素振りを一夏は汗だくになりながらも続けていた。

 

「ハァ……ハァ…………――――」

 

 振り下ろし、元の構えに戻す。幾百と繰り返したそれを再び行い終えると整えた呼吸が乱れる。それを強引に落ち着けさせると、同じことを只々繰り返していく。

 彼が着ているTシャツやズボンは既に乾いている部分がないほどになっており、濡れ鼠という言葉がよく似合う格好であった。

 

「ハァ……ハァ…………くそ……」

 

 彼の中で何かしらの区切りを決めていたのか、唐突に構えを解くと竹刀を片手で握ったままその場に尻餅をつく。下が芝生であったため、幾分マシではあったが生温く、湿った布地の上に座るのは中々に気持ちが悪かった。

 しかし、一夏の口からこぼれた悪態はその不快感からではない。

 それは先日の幼馴染の表情が脳裏にちらついたからである。

 

「……何をやっているんだよ、俺」

 

 手の届く皆を守りたいと思った。その守りたい相手を泣かしてしまった自分。

 何度考えてもなぜ泣かせてしまったのかが理解できない一夏は、ハッキリと理由を言わなかった幼馴染にイラつきを覚えると同時に、それをできない自分にうんざりする。

 そっと、竹刀を握っていない方の手で自身の頬を触る。

 

「っ……」

 

 汗の不快感に負けないくらいの自己主張をしてくる腫れた頬。それが自分のしてしまった事の結果であり、自業自得の結果であることを再認識するとジクリと頬が一際強い痛みを伝えてきたように感じる一夏であった。

 

「一夏、時間だぞ?」

 

 いつの間にか呼吸も整い、火照っていた身体もある程度クールダウンが終わっていたため、もう一度素振りを再開しようと立ち上がったところで、寮の方からやってきた女生徒に声をかけられる。

 そこには部屋着の浴衣ではなく、運動用の袴を着た箒が立っていた。

 

「もう、そんな時間になったのか?」

 

「気付いていなかったのか?もう昼餉の時間だぞ」

 

 その言葉に目をパチクリさせる一夏。そして、頭を掻こうとして、まるでシャワーを浴びた直後のように髪が湿っているのに気付き、箒に言われた時間経過を遅まきながらに自覚する。

 

「午後からはアリーナの予約を入れてあるのだろう?私も演習機の使用を予約しているから、よければ共に練習しよう」

 

「……助かるけど、いいのか?箒も自分なりに練習したいんじゃないのか?それに…………」

 

 そこまで言いかけて口をつぐむ。

 その姿に何かを察したのか、箒はどこか呆れた様子で一夏に言うべきことを言い始める。

 

「先日の凰のことか?確かにあのときは私も怒ったが、当人がお前に言わないようにしていることを私が責めるのもお門違いだろう」

 

 彼女の言うとおり、鈴音と一夏が再会したときにその場には箒もいた。そして、話がこじれた際に、突発的に箒も一夏に対して冷たい対応をしていたのだ。

 それを気にしていた一夏であったが、通すべき筋が違うと箒はそう言う。

 

「それにお前もどこまで理解しているのか知らないが、自身に非がある事には納得しているのだろう?なら、これ以上責めたところで意味がないではないか」

 

「…………」

 

 ぐぅの音も出ないとはこの事なのかと思いながら、一夏は返す言葉を失う。

 

『そもそも、お前が求めるのは本当に強さか?』

 

 先日、実の姉に問いかけられた言葉が頭に過ぎる。

 自分に今一番身近にある“力”とは、腕についている待機形態のISである白式である。それはある意味でわかり易すぎる“力”であり、“強さ”だ。

 しかし、一夏が本当に望んだのはそんなものではない。泣いている誰かがいれば、それを泣き止ませるだけの“人としての強さ”を求めていたのではないのかと、今になって彼は自覚する。

 

「…………それでも、相変わらずぼんやりしているのは、本当の意味で理解していないからなんだろうな」

 

「?」

 

 ボソリと呟かれたその言葉は生憎と箒の耳には届いておらず、ブツブツと独り言を言っている人間にしか見えていなかったが。

 

「気を使わせてごめんな、箒。あと、ありがとう」

 

「いきなり、なんだ。自覚もないのにそんなことを言われても……」

 

 やっと聞こえた一夏の言葉が、自身を褒めるものであった為に内心では動揺しつつも、それを気取らせないようにつっけんどんな言葉を返す箒であった。

 そんな箒の態度が少し気になりつつも、一夏は空いている手で、気持ちの切り替えのために自身の頬を何度か叩く。

 高い音が幾度か鳴るが、屋外ということからそこまで音は響かなかった。寧ろ、一夏の脳の方に元々腫れていた頬の痛み以上の刺激が響いていたりする。

 

「っ~~~~…………よし、まずは昼食だな。箒、悪いけれど少し待っていてくれるか?着替えてくるから、一緒に食べに行こう。あと、午後からの練習はよろしく頼む」

 

「う、うむ」

 

 痛みを伝えてくる頬を先ほどよりも意識するようになったが、数分前までのように鬱屈とした意識を訴えてくる事はもうなかった。

 

「いやはや、青春しているなぁ」

 

 一連のやり取りの後、寮の方に戻る二人。その彼らの一部始終を見ていた人物が、少し離れた場所にいた。

 とは言っても、一夏が素振りしていた芝生を覗けるベランダが付いている部屋が、寮の自室である生徒であっただけなのだが。その生徒は、先日まで自身のやるべきことに奔走していたIS学園の生徒会長である楯無である。

 彼女は今、いつもの制服ではなくラフな部屋着――――でもなく、寝巻きであるワイシャツを下着の上から羽織った状態であった。

 

「お嬢様、はしたないです」

 

「今日くらいは許してぇ、虚ちゃん」

 

 そんな楯無を部屋の中から諌めたのは、生徒会役員の一員であり、そして楯無の従者という現代日本に置いては珍しい肩書きを持っている布仏虚である。ちなみに彼女は、制服でこそないが、キッチリとした印象を与える私服をしっかりと着ていた。

 

「ハァ……他の生徒に見られたら、色々と問題がある気がしますけれど」

 

「うーん……お堅いトップよりも、親近感のある実力者の方が親しみやすいと思うのだけど、どうかしら?」

 

「それは私に同意を求めているのでしょうか?それとも意見が欲しいのでしょうか?」

 

「さて、どっちでしょう?」

 

 どこか楽しんでいる表情を浮かべながらそんなことを言っている自身の主人にため息をつきながらも、それも仕方のないことかと納得もする虚。

 

(あそこまで接戦且つ“負けを確信した試合”はお嬢様にとっては初めての経験でしたか……)

 

 先の三日月との模擬戦。その最後の展開である、武装無しの殴り合いをする瞬間、楯無はいつまにか背後に回り込んでいた三日月の攻撃を避けることはできなかったと確信していた。それを認めるということはつまり、自身が負ける事を認めたと同義なのだ。

 しかも、それをした相手がそれを誇るでも気にするでもなく、只々それが当たり前のようにしているのだから、少なからず楯無の強者としてのプライドを傷つけていた。

 とはいえ、いつまでもだらしない格好をされるのは、友人としても従者としてもいい気分ではないため、ここ最近よく耳にするようになった言い回しを意趣返しに使ってやることにする。

 

「そうやって、回りくどい言い方ばかりするから下手な人と言われるのですよ」

 

 直後、ゴンという硬質な音が部屋に響く。

 虚が音源に視線を向けると、先程まで体重をかけていたベランダの手摺りに頭を沈ませている。

 そして、角度的に背中と後頭部しか見えていなかった楯無が、ゆっくりと虚の方に顔を向けてくる。どこか恨みがましい表情を向けてくる楯無であったが、額が赤くなっていたり、痛みのせいなのか言葉のせいなのかは定かではないが、目尻に溜まる涙の存在で迫力などあったものではなかったが。

 そんな主の視線を気付かない振りをしつつ、取り敢えずは重要な案件の話を切り出す。

 

「ところで、お嬢様はあの二人にどのような形で関わっていくのですか?」

 

「…………三日月・オーガス…………というよりも、あの子達は成り行きとはいえ接触済み。ビスケットくんと雪之丞さんは機体の修理の際に面識を持っているし、今回の外出でも問題が起これば学園という機関に連絡をする必要があるから、私のところに連絡をするように言い含めているわ」

 

「…………」

 

 どこまでが成り行きで、どこまでが私情なのやらと思いながらも、それを把握させない楯無のやり方は流石と思う虚であった。

 さきほどまでのだらしない雰囲気も一変し、服装とのギャップがものすごいことになっている。…………強かに打ち付けた額は相変わらず赤かったが。

 

「織斑一夏くんの方も、しばらくは静観で大丈夫かしら。外の大人たちもどちらに目をつけるべきかもう少し悩んでいるだろうし、それに本人がどこまで自覚しているかは知らないけれど、強力な後ろ盾が彼にはあるから…………そう言った意味では寧ろ…………」

 

 楯無の言葉通り、織斑一夏という個人にはかなり強力な後ろ盾がある。それは現役を退いてなお最強であると噂される初代ブリュンヒルデである織斑千冬。そして、ISの開発者であり、世界に大きな影響を与え、そして今この瞬間も与えることができるであろう科学者である篠ノ之束である。

 両者とも公的な権力は一般人と大差がないが、そのネームバリューと社会的な影響力は馬鹿にできないものである。

 対して三日月たちの組織――――鉄華団は色々な意味で目をつけられていたりする。

 後ろ盾自体は、一夏と違い社会的にも公的にもかなりのものなのだが、彼らを疎んじる存在もそれなりの権力を持っていたりするのだから厄介なのだ。

 余談ではあるが、意外なことにISに虐げられていた男性の権力者も彼らを疎んじる側に立っていたりする。その理由は三日月がIS学園で初めて行った模擬戦から端を発する、彼らの都合や面子を丸つぶしにしたことである。

 特に、行方知れずであったオルガたちが、よりにも寄って各国の国家代表選手や女性権利団体を味方につけたのだから、彼らにとっては計算外もいいところなのだ。

 

「表立った行動はできないとは言え、組織の子供は多いから一人二人なら大丈夫という考えの輩は多いでしょうね」

 

「…………まさか、今回の外出は――――」

 

 楯無の言葉から何かを察した虚があることを問いただそうとするのと、楯無の携帯電話の着信音が鳴るのはほぼ同時であった。

 楯無の携帯電話の液晶に映る名前は『ビスケット・グリフォン』となっている。

 そのタイミングの良さを気味悪く感じながら、楯無はその電話を受けた。

 

「もしもし?」

 

『すみません、更識さんですか?!緊急の用件があります!』

 

 スピーカーの奥から切羽詰ったビスケットの声が響いてくる。

 そのある意味で予想通りの言葉に、楯無は一層気を引き締める事となった。

 

「落ち着いて、何があったのかを言ってくれるかしら?」

 

 まくし立てるような勢いに対して、彼女は敢えてゆっくりと言葉を投げかける。少しでも正確な情報を知るために、相手に落ち着きを促すためのその喋り方に、ビスケットも早鐘を打つ心臓を押さえつけるように先ほどよりも声を抑えて喋りだす。

 

『僕の妹のクッキーとクラッカ、それと引率をしていた山田先生が誘拐されましたっ』

 

「…………他の子は一緒かしら?その場にいる?」

 

『アトラと凰さんはいます。でも三日月は……』

 

 言いよどむビスケットの言葉に眉を顰める楯無。彼の言葉に不穏なものを感じると同時に、嫌な予感が全身をめぐる。

 

「三日月くんがどうしたの?早く言いなさい」

 

『……妹たちの携帯のGPS情報を頼りに助けに行くと言って』

 

 その報告に思わず楯無は机に拳を叩きつけそうになった。

 ある種の凶報が学園に届いている頃、ある廃屋の一室では件の誘拐された三人が古びたリノリウム製の床に転がされていた。

 三人のうち、クッキーとクラッカは意識がなく、真耶は意識こそあれど身体が思うように動かせず座ることすらできない状態である。

 そして、その部屋にはもう二人ほどの人間がいた。そのどちらも黒いスーツに身を包み、部屋の出入り口近くに立っていた。

 

(動けない……筋弛緩剤?でも私はともかく二人は呼吸が……)

 

 明らかに何かしらの外的要因のあるボヤける思考の中で、真耶は何とか二人の状態を確認しようと身をよじる。しかし、思っている以上に力が入らず、もぞもぞと床の汚れを服に擦りつけるだけとなった。

 

「心配せずとも、そこの子供ふたりは無事だ。お前と同じで薬品を嗅いではいるが、より深く眠れる睡眠剤で副作用もない」

 

 頭上からの言葉に安堵してしまいそうになるが、今この状況で相手にそう言った姿を見せるのは危険と本能的に感じた真耶はこれまでの経緯を思い出すことで、鈍り気味の思考をはっきりさせようとする。

 

(確か……早めの昼食を終えてから、ウトウトしていた二人をベンチで休ませて、それから……それから?)

 

 真耶は鮮明に覚えていないが、二人が満腹で寝入ってしまった為、三日月たちと一旦別れたあと、その休憩しているベンチに第三者が座ったのだ。

 そして、周囲に気取られないようにしながら、その人物は真耶にこう言ったのだ。

 

「二人を死なせたくなければついてこい」

 

 その人物の脇の部分には不自然な膨らみがあった。そして、そう言われてハッとした真耶が辺りを見ると、そのベンチを中心に数人の人間がこちらを窺っている事に気付く。

 そして、まるで包囲網を縮めるようにこちらに近づいてきていることも。

 抵抗らしい抵抗を出来るはずもなく、真耶は大人しく彼らに付いていくことになり、移動用の車に乗せられてから即座に薬品を嗅がされ、今いる此処に連れてこられたのだ。

 

「心配せずとも、事が済めばお前たちは解放する」

 

 霞む記憶を掘り起こそうとする真耶にそんな言葉を向けてくる黒服の男。

 よくドラマやフィクションで聞くセリフだと、どこかピントのずれた事を思いながらも真耶はどういうことか問いただす為に、声の主に視線を向けた。

 

「お前たち自身にはそこまで価値はない。お前たちの関わる人物たち……阿頼耶識システムの被験者の方にこそ価値がある」

 

「…………」

 

「ならば何故、彼らを直接誘拐しないのか?といった表情だな。あくまで建前の問題だ」

 

「た……て、まえ?」

 

「ふむ。もう喋ることができるまでに回復したか。IS学園の教師と言うのは存外フィジカルに優れているようだな…………我々が一方的に誘拐してしまえば、彼らの後ろ盾となっている女権団体、各国の国家代表選手、そしてIS委員会に喧嘩を売ることになる。それは依頼主も望まないことだ。だが、どんな形であれ『本人たちが望んでこちらに来る』のであれば別だ」

 

 そこまで言われ、真耶はサッと顔を青くする。

 

「要するにこちらに来てもらう代わりにお前たちを返すというそういう話だ。ガキの使いよりも単純な話だろう?」

 

 今回の誘拐騒動の相手の意図を理解した真耶は、ここまで簡単に口を割る相手に恐怖を感じた。先程は解放することを言っていたというのに、ここまで知られた相手をそうそう簡単に手放すのだろうかと。

 

「俺たちを理解できないといったところか」

 

 ぼそりと呟かれた言葉が内心を見透かされたように感じ、ドキリと心臓が跳ねる。

 

「約束……というわけでもないが、解放するというのは嘘ではない。こういった情報を残すのは、次の仕事のためだ」

 

 その物言いを理解するのに少し時間を要したが、真耶の中で何かしらの確信があったのか、その答えはすぐに導き出された。

 

「ま、さか……」

 

「…………こんな仕事をするのは、あくまで使い捨てにされる人種だ。依頼主が外部の人間にこんなことを依頼してくる時点でそれは分かりきっている。なら、少しでも今回のようないざこざが起きるように、仕事の種を撒くということだ」

 

 その言葉に三日月たちから感じる寒気と同じものを、真耶は感じた。

 彼らの行動のリスクとリターンはほとんど破綻している。信用が重要になってくる仕事で、それを地に落としてでも生きるための糧を得ようとする彼ら。

 それがどこか戦うことしかできないアンバランスな感性を持つ三日月たちと印象が被る。

 

「まぁ、もっとも、今回の計画が上手くいくとは思えないがな」

 

「え?」

 

 その言葉に疑問の声を漏らした瞬間、爆音が聞こえると同時に真耶たちのいる建物が物理的に揺れる。

 

「来たか」

 

「表にトラックが突っ込んで爆発した!ガソリンが漏れて爆発したには早すぎる。意図的なものだ!」

 

 出入り口に立っていたもう一人の人間が、怒鳴るように状況を報告してくる。その報告に、真耶と会話をしていた男はため息をつき、一言呟いた。

 

「さて、生きるために精一杯働くか」

 

 それは、どこまでも気楽で軽く、そして疲れた声であった。

 

 

 

 

 





次回で外出編終わりです。

そして、今回の内容で予測するのはほぼ不可能ですが、あるフラグを折っています。なんのフラグかはもう少しすればわかります。

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