しかし、これからの事を考えておくとこういった部分も入れておくべきだと感じたので挟みます。
放課後が過ぎ去り、外出するには遅く、寝るにはまだ早い頃、IS学園の灯は落ちていない。その原因が本日急遽行われた生徒会長とある男子生徒の模擬戦である――――わけではない。
基本的にIS学園は様々な国の総意で発足された組織であり、施設だ。その為、世界の中で日本にしかないとは言え、日本の時刻に合わせた経営を行っていれば都合の悪い国が多々あったりする。よって、IS学園の受付として、夜間は特定の受付と職員室から灯が消えることはないのである。
とはいえ、IS学園まで直接公的な連絡を入れるのは様々な手続きをしなければならない為、ほとんどの場合が徒労に終わるのだが。しかし、勝手に決めつけ対応を疎かにするのは怠慢であるのはよく理解している教師たちなので、なんだかんだで真面目に電話番をしていたりする。
閑話休題。
その日、職員室で二人の教師が必死にパソコンに向かい合い、報告書や始末書と言った類のものを作成している中、とある整備員の双子の姉妹が持ってきた差し入れに熱くなった目頭を抑えている頃、IS学園の敷地に入る小柄な人影があった。
「――では、失礼します」
正門の横に併設された詰所用の小さな入口。詰所の受付で必要な手続きを終え、守衛に模範的な挨拶を済ませた彼女は大きめなボストンバッグを肩にかけて、暗くなっている道を進んでいく。
「はぁ…………やっぱり、ああいうのは性に合わないわ」
詰所から十分離れてから、彼女はそうボヤく。
その小柄な姿とは裏腹に、彼女自身の気は強い部類であるらしい。先程の敬語からは打って変わって、勝気な性格が窺える口調に変った。
「ここまで遅くなるとは思わなかったわね…………まぁ、自業自得か…………」
彼女――――中国の代表候補生である凰鈴音はここIS学園に遅れて入学してきた生徒の一人であった。そんな彼女は“個人的な事情”から学園に来る前に、とある場所に寄り道したために学園の到着が、普通に来るよりも数時間の遅れを招いていた。
とはいえ、国からの言いつけとしては今日この日までにIS学園に到着しておけば文句は言われないので、彼女の遅れが問題になるのかと言えばそうでもないのだが。
(それにしても、一夏がISを動かすなんてね……よく報道を確認しておけばもっと早くに会えたのに)
感慨に耽りながら、彼女は数ヶ月前の自分に愚痴を零した。
実は彼女、本人の希望から当初はIS学園に入学する気はなかった。と言うのも、彼女は中国の代表候補生の中でも優秀な部類であり、年若い中でも既に第三世代機を預けられるほどに伸びしろが豊かな才女である。
そんな鈴音は自身のISに対してかなりの愛着を持っている。その為、機体のメンテナンスや新装備の換装など、機体コンディションの維持を考えれば自国にいたほうがスムーズに行えると考えたが故に、国から申し出のあったIS学園への入学を一度蹴っていた。
当時既に騒がれていた世界初の男性操縦者の話は聞いていた彼女であったが、自己の研鑽の方が重要と思っていた彼女はそれについてよく確認を行っていなかった。まさか、その操縦者が自身の幼馴染兼初恋の相手だとは露程も思っていなかったのだ。
そして、それを知った時には後の祭りである。
入学の話を持ってきた担当官に、入学をしたいという意を伝えたところ既に別の人員を入学させたと言われ、追い返されることになる。
(――――今度から報道関係は細かくチェックしよ)
当時の自己嫌悪を思い出したのか、固く心の中でそんな誓いをする鈴音であった。
そんな落ち込んでいた当時の彼女が、どうして今頃になってIS学園に入学できたのかというと、それは二人目の男性操縦者の存在が明るみになったが故である。
――――より正確に言えば、二人目の乗る機体がISとEOSとのミックスであり、操縦者の方に特殊な措置を施された人間であるという情報が各国に知られた事、であるが。
そういった状況の変化により、手のひらを返したように国は彼女が入学できるように算段をつけたのであった。一般的な人材育成の為の入学者よりも、専用機のデータ取りの為に入学する専用機持ちの方が何かと接点を作りやすいという打算を含みながら。
(国の偉い人も大変よね…………振り回される人間のほうが大変か)
そういった経緯により、中国代表候補生である凰鈴音は約一ヶ月遅れでIS学園に入学することになる。
彼女にとっては、初恋相手に再会できることと、“もう一つの個人的な都合”があり、今回の入学はまさに渡りに船であった。
歩きながらそこまで思い出し、ふと気づくと来るつもりのなかった校舎が目の前にある。
「…………通り過ぎた?」
今まで来た道を振り返りながら、そんなことを鈴音は呟く。
元々寮と併設されている事務関係の総合受付がある建物に行くつもりだったため、ため息をつきそうになるが学園に来てそうそうにネガティブな思考になるのは癪であったのか、吐き出しそうになるそれを飲み込んだ。
「えっと、確か……ん?」
事前に確認しておいたIS学園の敷地内の地図を頭の中で広げながら、最短ルートを思い出そうとする鈴音。そんな中、彼女の視界に動くものが映り、彼女の思考は一旦中断された。
「もう、クッキーもクラッカも慌てすぎだよ」
ブツブツと愚痴のようなものを零しながら、二つの水筒を持ったアトラが小走りに校舎の方に入っていこうとしていた。
その姿は頭に三角巾、普段の私服の上からエプロンを身につけたものだ。それは普段厨房の手伝いをしている時の彼女の普段着であった。
彼女のその姿は学校という施設の中では、給仕などの職員としてはよく似合っているが、それを学生と同じくらいの少女がしている格好としてはひどく浮く。
だからだろう。自然と目が惹かれた鈴音と向けられた視線に気付いたアトラがお互いに見つめ合うようになったのは。
「「…………」」
お互いに私服である為、目の前の人物が生徒ではないと予想したり、お互いに視線の高さが同じくらいで変なシンパシーを感じたりと、無言の中で二人は頭の中で様々な事を考える。
「あ、あの……」
「?」
そんな中、沈黙を破ったのはアトラの方であった。
「えっと、ふ、フシンシャって人ですか?」
「待って、すごく待って」
恐る恐るの問いかけに、鈴音は痛くもない頭を抱えることになった。
「ごめんなさい!」
「あぁ、まぁ、しょうがないわよ。此処はそういうのも気をつけなきゃいけない場所だし」
素っ頓狂な問答のあと、一旦アトラを落ち着かせて自身の説明をする鈴音。
説明を聞き、自分の勘違いが恥ずかしかったのか途中から顔を赤くしてアワアワするアトラの姿は、鈴音の保護欲を掻き立てたがそれは全くの余談である。
今は二人揃って校舎近くにある街灯下のベンチに座り、アトラが謝り倒し、それを鈴音が宥めるといった状況となっていた。
「それよりも今更だけど、何か届けるものがあったんじゃないの?」
いい加減謝罪の言葉が面倒くさくなってきたのか、それとも本当に気になったのかは定かではないが、鈴音はアトラの隣に置かれた二本の水筒に視線を向けながら尋ねる。
「あ、それは大丈夫になったんです。そういう連絡が来ましたから」
言いながら、アトラは服のポケットに入れておいた小さな携帯電話を鈴音に見せるように取り出す。
どこか自慢げに見せてくるアトラの携帯電話には、『双子が水筒を忘れたと騒いでいるが、こちらで飲み物くらいは用意できる。アトラ君は気にせず休んでくれて構わない。二人はこちらで後から寮の方に送る』という内容の千冬からのメールを受信しているのであった。
(あれって…………ガラケー?しかもボタンも大きいし……シニア用の奴じゃないかしら?)
鈴音にとっては携帯で連絡を受け、水筒を運ぶ必要がなくなったことよりも、自分たちと同年代くらいの女の子がシニア用の携帯を使っている方が気になるようであった。
もっとも鈴音は知らないことだが、この携帯はあくまで使いやすさ優先で学園側がアトラたちに渡したものであったりする。
「どうかしました?」
「え?あ、いや、なんでもない……そう言えば、アンタの名前は?私は鈴音」
「えっと、りいん?」
「……呼びにくかったら鈴でいいわ」
「ご、ごめんなさい……私はアトラって言います。あ、よかったら一緒に飲みませんか?!」
日本語は日常生活レベルでも使用できるアトラであったが、中国の独特なイントネーションは発音が難しかったようだ。
先程から失礼なことばかりしてしまっていると思ったアトラは咄嗟に、運ぶはずであった水筒の一つを手にとった。
「――――ありがとう。頂戴」
急なお誘いに目をパチクリさせながら、鈴音は苦笑しそうになるのを堪えつつ了承の意を返した。
その返答と、少しだけ緩んだ彼女の表情にほっとしたのか、アトラは少しだけ意気込んで水筒のコップ型の蓋に中身を注いだ。
(……烏龍?)
中身はホットだったのか、フワリと立ち上った湯気がその独特の香りを鈴音の鼻腔を抜けていく。
その香りが鈴音の記憶を刺激する。
母親の故郷の香りであり、父親が一番かっこよかった場所で嗅ぎなれた匂い。その楽しかった頃の記憶と、“今”の二人を同時に思い出し、彼女の目頭は熱くなった。
「――――――――っ」
我慢が出来なかった。
溢れてくる雫は止めどなく、ツンとした痛みが幾度も鼻の奥に生じてくる。両手で顔を抑え、下を向く。隣に座るアトラに見られたくはないが、頬を伝う雫は既に自身の膝どころか地面も濡らしているためそれも無駄だと知ったのはしばらくした後であった。
「え、え?!あ、あの、ごめんなさい、私!」
「ち………ち、が…………でも……ごめ……今は……」
突然泣き始めた鈴音に慌て出すアトラ。その声はしっかり聞こえているのか、原因が彼女にない事を伝えようとするが、嗚咽を噛み殺すようにして喋っているため、うまく伝えることもできない鈴音であった。
鈴音がこうなった原因。それはIS学園に到着が遅れた“個人的な理由”と直結している。
彼女――――凰鈴音の生まれは中国であるが、小学校の高学年の頃からは日本に移り住んでいる。それは彼女の両親は日本人と中国人の国際結婚であったからだ。
父親が日本人であり、中華料理の修行のために中国に行った際、彼女の母親と出会い結婚したのだ。彼は、修行の兼ね合いと母親の方の家族の都合で中国に数年間滞在した。その間に鈴音が生まれ、彼女がある程度成長するのを見計らってから、元々日本で店を開く予定であった凰一家は日本の方に引っ越してきたのだ。
この時、鈴音の転校してきた学校にいたのが一夏であり、それと入れ替わるように転校していったのが箒である。
そして、予定通り日本で開業した中華料理店は地元ではちょっとした有名店になるほどの人気を誇ることになる。
だが、それが逆に家族の間に亀裂を入れる事になるとは誰も思わなかった。
人気が出たことにより、当たり前のように出てくるのは店の拡張についてだ。金銭面に置いての不安もなく、それはとてもいい話になると思われた。しかし、店の拡張についての意見が彼女の両親の間で意見が真っ二つに別れることになる。
元々上昇志向の強い母親はこの話を推し進めようとしたが、しっかりと味を残したいと考えた父親はその話に反対の姿勢を示したのだ。
話し合いは平行線のまま、遂には話が拗れ、結果としてこの二人は二十年にも満たない夫婦生活にピリオドを打つことになった。
そして、父親の方は日本に残り中華料理店をそのまま続け、母親の方は親権を所有し鈴音と共に中国に戻ることになる。
結果として、見ている先が異なり別れてしまった家族であったが、それでも鈴音は覚えていた。
店に立ち込める熱気と香りを。
楽しそうな声が響く店内を。
汗を流しながらも、真剣に調理をする父の姿を。
笑顔を振りまき、家族と店を支える母の姿を。
そして――――忙しくも楽しく、幸せであった家族の団欒を。
「っ、ぅあぁぁぁ…………」
学園に来る前。
店の前まで行き、結局は会うことができなかった父親は今どうしているのだろうか?と今更ながらに彼女は想う。
しかし、例え元気であろうと、あの頃のような光景が二度と見ることができないと考えてしまうと、鈴音の嗚咽は止まらなかった。
彼女の代表候補生になろうとした根元はここから来ている。
ISの国家代表になれば、母も裕福な暮らしで満足でき、父も中華料理を振舞う店を自由に続けられる――――そんな子供じみた考えであったが、もう一度あの頃の家族に戻ることができるのであればと彼女はここまで来たのだ。
そして、ここまで来たところでどうしてこうなってしまったのかと思ってしまい、彼女の気持ちは溢れ出したのだ。
あの頃に嗅ぎなれた香りというほんの些細なきっかけで。
「…………――――?」
小柄な身体をさらに丸めるようにして、必死に痛み続ける胸を押さえつけようとする鈴音。そんな中、柔らかく温かい他人の体温が自身の身体を包むようにしていることを感じる。
「え、えっと、悲しかったんですか?何が悲しかったのかは分かりませんけど、そういう時は泣いていいですよ?その、泣くことは恥ずかしくないですし、というか、私もよく泣いちゃいそうになりますし、えっと、えっと……」
頭上からアトラの声が聞こえる。それにより、いま自分は彼女の腕の中にいると鈴音は察する。
必死に慰めようとしてくる気持ちと、服越しに聞こえる彼女の心音がどこか心地よくて、鈴音は顔を抑えていた両手をアトラの背中に回す。
「ごめ、ん……ちょっと、このままでいさせて……」
何とか喉からそれだけ搾り出し、少しの間だけ彼女は今の状況に甘えることにした。
ということでアトラちゃん回でした。
感想欄で出てくるAIがエイダ、アル(フルメタ)、チェインバーが主である意味予想通りでした(笑)
あと、皆さんが色々と感想欄で尋ねてくるのでここで明言しておきますが、本作で出てくるガンダムフレームはあと一機だけにしておきます。
あまりたくさん出すのはつまらないと思うので。
では次回は鉄華団とかそのあたりと、クラス対抗戦前日譚くらいになると思います。