IS~鉄の華~   作:レスト00

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予告詐欺になってしまいますが、今回が戦闘回になってしまいました。
そして今回で皆さんのお待ちかねが一つ叶ったかもしれません。


十三話

 

 

「よっ」

 

 一言の掛け声とともに、立て掛けてある大きな鉄の塊を両手で保持する。

 片腕を支点にもう片方の手で補助をする。そうして重心を安定させると、三日月はいつものように構えを取った。

 

「……軽いな」

 

 持ってみた感想はその一言で終わる。それをすぐ近くで聞いていたビスケットは苦笑いを零すのであった。

 二人のいるその空間は、かなり広い場所であった。壁には多くの長物が専用のラックに立てかけられており、その内の一つを三日月が手にとったのだ。

 ここはIS学園の保有するIS用の装備を保管場所である倉庫であった。

 二人がここに居るのは、今現在専用の武装が太刀しかないバルバトスに間に合わせの武装を探すためであった。

 そして、今三日月が持っているのは、見たままで選んだハルバートである。見た目が長槍の先に斧の刃をくっつけたと思われるそれを、三日月はメイスに似た形をしていると思って選んだらしいのだが、見た目ほどしっくりはこなかったらしい。

 

「もっと重いのってないの?」

 

「生身でそれを持ててる時点で、三日月の満足する重量の武器はここには無いかな?」

 

 苦笑いから呆れ顔になりつつ、ビスケットは手に持ったタブレットを操作し、倉庫内の武器リストをチェックしていく。

 ビスケットの言葉通り、この倉庫の中で今三日月の持ったハルバート以上に重い近接用の武装は存在しなかった。何故なら、IS学園に在籍する生徒が好んで使う武装は基本的に射撃兵装であり、それに比べ、近接用の武装は種類が少ないからだ。

 例えばだが近接武装と射撃武装、この二つを戦闘の素人二人にそれぞれ持たせ、戦わせればどちらが勝利するだろうか。

 順当に行けばそれは射撃武装を持ったほうが勝つ。

 暴論ではあるが、より結果を出しやすく、そして習熟期間が短く済むのが射撃兵装なのだ。箒や千冬、そして一夏といった剣道、または剣術の経験者はその限りではないが、実際に殺傷性のある武器を入学前から触っていたという方が珍しい一般的な生徒にとって、間合いや踏み込み、振り方、握り、体幹など、極めることは愚か、たった一、二年で様になるだけの近接戦闘用の武装より、構えと照準、そして装填さえ覚えれば、当てるだけで誰でも同じ成果を出せる射撃武装の方が扱いやすいのだ。

 その為、倉庫内の武器の比率が射撃兵装に偏るのは当然の帰結であった。

 

「……なら、これと適当に同じやつをお願い」

 

「三日月らしいよ……試合は学年別トーナメントくらいになると思ったんだけどなぁ」

 

 そもそも、どうして二人がIS学園の武器倉庫で物色をしているのかというと、それは数十分前の出来事がきっかけである。

 格納庫に現れた簪にバルバトスの見学を許可した三日月は、トイレに行くために彼女を残したままその場を離れた。そしてトイレで用を済ませ、格納庫に戻ろうとしたところで、件の生徒会長である更識楯無からの襲撃を受けたのであった。

 無駄に高い技量と身体能力に三日月は最初こそ戸惑っていたが、当人が冷静ではなかった為、早々に彼女を捕縛すると彼はビスケットと真耶のいる部屋にそのまま向かったのである。

 彼女は精神に変調をきたした状態であったため、三日月とビスケットには彼女が何故そのような暴挙に出たのかを察することは愚か、理解することもできなかった。

 しかし、その場にいたもう一人、真耶は根気よく精神疾患者一歩手前の楯無を相手に会話を試みた。その結果、何とか真耶は彼女が三日月を襲撃した理由を知るのであった。

 …………とはいえ、その内容が彼女の愛する妹である簪を三日月が抱き枕代わりにして寝たことが、許せなかったというかなりしょうもない――――当人にとっては重要な理由であった為、真耶は苦笑いするしかなかったが。

 なんとか楯無を宥めながら、話の落としどころをどうするのか考えた真耶は二人にこう切り出す。

 

「あと一時間もすれば、今日のアリーナの予約が終わります。そのあとの三十分だけなら多めに見ますので、その時間内でISの試合で決着をつけるというのはどうでしょう?あくまでこれはスポーツなので、結果がどうであれ遺恨は全て流すということで」

 

 最近、クッキーやクラッカという小学生と同じ年頃の子供を相手にしていたせいか、彼女の決着のつけ方が本当に小学生を相手にするような内容であったことに気付く人間はその場にはいなかった。

 この提案に対しに、楯無はどこか暗い笑顔を浮かべながら了承し、三日月は真耶ちゃんの言うことは先生の言うことだから従うということで了承する。

 ちなみに最初は楯無を説得するだけで、この話はお開きにしようと思っていた真耶であったが、女の子に抱きつくのは流石にマズイということで、それが三日月にとってはやってはいけないことという認識を植え付けるためにこの落としどころを考えた彼女であった。

 ――――そこに抱きつかれた当人の意志が介在していなかったりするが。

 

「…………そう言えば、もう仕方ないけど更識簪さん……だっけ?彼女以外には機体を見せちゃダメだからね、三日月」

 

「あぁ……うん」

 

 あの話し合いのあと、バルバトスの安置されている格納庫に戻り、これから用事がある為、今日のところは一旦解散して欲しいと簪に伝えると、彼女は少し残念がっていたが、どこかホクホクした顔で戻っていった。

 そんな彼女の様子を、気付かれないように物陰から楯無が見ていたのは完全に余談だ。

 武装の物色が終わり、運び出しをビスケットが引き受け、三日月は一足先に格納庫に戻る。すると、そこには機体の準備をするために呼ばれていた雪之丞が、機体のステータスチェックをタブレットを使って行っている姿があった。

 

「ったく。ジュウゾウと茶を飲んでたってのにいきなり呼び出しやがって」

 

「おやっさん、ビスケットが武器持ってくるから」

 

 ぶつくさ言いながらも淀みなく手を動かす雪之丞に、三日月は遠慮なしに要件だけを告げると、バルバトスの近くに置かれていた三日月用のISスーツに手をかけた。

 

「はぁ…………そんで、なんでこんなことになってんだ?」

 

「さぁ?何か、下手な人が突っかかってきた」

 

 この場で真耶がいれば頭を抱えていたであろう発言であった。要するに三日月は今の状況をよく理解していない――――否、あまり興味がないのだ。

 ただ、戦う必要があるから戦う程度の感覚でしかないのが、三日月の感性であった。しかし、それをこれまで一緒にいた誰かではなく、学園の教師に言われてやっている分、これまでと比べてかなり聞き分けは良くなっているが。

 

「三日月、持ってきたよ!おやっさん、すぐに取り付け作業に入ります!」

 

 夕日が沈み、いつもよりもほの暗い格納庫で作業が開始される。と言っても、主な作業は、武装の取り付け作業だけであるため、そこまで時間を必要としなかったが。

 そして、それから十分もしないうちに格納庫の内線に連絡が入った。

 

『アリーナの準備ができましたので、いつでも出てください。更識さんはもう出ていますので……それと、これが終わったら三日月くんに私のところに来るように言っておいてください』

 

 その真耶からの連絡に了承の意を返したビスケットは、最後の説明を口早に伝える。

 

「取り敢えず頼まれたハルバートは腰につけておいたから。あと、三日月の扱えそうな武器は手斧くらいしか残ってなかったから、それを持って行って」

 

「わかった」

 

 スーツに着替え、機体に乗り込み、阿頼耶識を接続した三日月は、ビスケットが持ち込んだ武装運搬用の台車に乗る二本の手斧を、それぞれ両手で引っ掴んでからアリーナの方に移動した。

 

「…………そう言えば、下手な人は何で怒ったんだっけ?」

 

 移動中、今更ながら三日月はそこが気になった。

 これまで理不尽に意味もなく暴力を加えてくる大人は身近に多くいた。だが、少なくとも三日月はここ、IS学園でそういった人間を見掛けてすらいないのだ。

 そして、なんだかんだ楯無があの時、自分たちを助けてくれたこと自体は三日月も理解していたため、彼女がそういった事をする人間ではないということも理屈ではなく感覚的に知っている。

 

「ねぇ、下手な人。何で怒ったの?」

 

 だから三日月は、いつも真耶に授業で尋ねるように素直にその疑問を口にした。

 

「…………とうとう、『説明が』っていう言葉もなくなったのね。それじゃあ、まるで私が不器用な人間みたいじゃない…………」

 

 アリーナで三日月と対面した楯無は肩を震わせながら、そんなことを口走った。

 ちなみに実際彼女は、編み物が苦手だったり、妹との接し方など、色々と不器用な部分があったりするが、生憎と三日月はそんな事を知るはずもなく、彼女の呼び方が気に入らないというニュアンスしか伝わらなかったようだ。

 

「…………下手な女?」

 

 首を傾げ、変な訂正の仕方をする三日月。だが、訂正の方向は色々とあさっての方角である。

 

「――――――ウフフフフフフ」

 

 感情が振り切れたのか、平坦な笑いが三日月の耳に届いた。

 既に模擬戦開始の合図は二人が対面した時点で発せられていたため、楯無は容赦なく行動を開始した。

 

「はや」

 

 思わず三日月はそう零す。

 気付けば、楯無のIS――――ミステリアス・レイディの標準装備である槍の先端がバルバトスの肩の部分を捉えていた。

 反射的に半身を引いて避けようとするが、それは間に合わず、槍が肩部装甲を引っ掻く。

 

「固っ」

 

 今度は楯無がぼやく。

 火花を散らし、装甲に傷を負わせるが、本当にそれは引っ掻く程度の効果しかなかった。

 一度でダメならもう一度と、突き出した槍を引き戻し、突き出そうとするが、既に三日月も行動に移していた。

 下からすくい上げるように、手にした斧を振り上げる。

 先ほどと比べ、多量の火花が散った。

 楽器のように鉄同士を打ち付ける澄んだ音ではなく、鈍く耳障りな轟音がなる。

 接触した二人の獲物、槍と手斧の先端がアリーナの天井を向いた。

 

「まず――――」

 

 そう呟いたのは楯無。

 両手で保持した槍が明後日の方向に逸らされ、しかも腹部が無防備になっている中で、対峙している相手は片腕を未だに自由に使えるのだから。

 

「――――」

 

 三日月は無言で、もう片方の手にしていた手斧を脚部のスラスターを吹かすことで、勢いを乗せた一撃を楯無に叩き込もうとする。

 

「……なにこれ?」

 

 疑問の声が漏れる。

 確実に入ったと思われたその一撃は、中空に浮かぶ“水”によって受け止められていた。

 少なくとも、その水の存在が自分にとって不利な存在であると認識した瞬間、三日月は咄嗟に水にめり込んだ手斧を引こうとした。

 

「っ」

 

 しかし、水という固形物ですらないものに触れているというだけで、ガッチリと何かに挟まっているように固定されている斧を三日月は引き戻すことができなかった。

 

「ふぅ……どうかしら?これが――――」

 

 三日月の一撃を受け止め、拘束まで出来たと思い込んだ楯無は一瞬安堵の息を漏らし、どこか気楽に話しかけようとする。

 だが、そんな暇を三日月は与えなかった。

 固定された手斧から手を離すと、三日月は脚部の底で中空に固定された斧の柄頭を思い切り蹴りつけたのだ。

 固定していた力よりも、蹴り抜く力の方が強かったのか、水を突き抜けた斧は楯無の真横を通り過ぎた。

 

「……外れた」

 

 楯無の背後で、斧が地面に刺さるような音が聞こえた後に、三日月の言葉は確かに彼女の耳に届いた。

 

「~~ッ」

 

 勢いよく通り過ぎた斧が自身に当たらなかった事。そして、自身の自慢の防御を抜かれた程の威力があったことに、背筋にヒヤリとした感覚が走る。

 それを感じた瞬間、彼女は上空にその先端を向けさせられていた槍を三日月の方に向け、内蔵されているガトリングの弾をバラまいた。

 三日月はその攻撃に反応はしていたが、流石に至近距離であることと、楯無自身の技量の高さから被弾は免れない。だが、格納庫で起こしたバルバトスの自己進化の恩恵がここに来て白日の元に晒される結果となるだけである。

 

「っ、でたらめな堅さね!」

 

 いくら牽制や弾幕用のガトリングといえど、近接戦闘を行えるほどの近距離で被弾すればISであれただでは済まない。だが、バルバトスの装甲は被弾こそすれ、傷どころか被弾した痕しか残せなかったのだ。

 

「へぇ」

 

 そのことは三日月自身も驚くことだったのか、感嘆の声を彼は漏らす。

 バルバトスの装甲はセシリア戦後に行われた“自己進化”により、一段階上の物に昇華されていた。

 今更ではあるが、三日月はバルバトスのコアと阿頼耶識を通じ、深度の意思疎通が可能となっている。そして、三日月がバルバトスの情報をそれを通じて知ったように、バルバトスのコアもまた三日月の事を知った。

 そして、それを学んだ上でバルバトスは三日月に最適な進化を遂げようとした。それがセシリア戦後の変化である。

 三日月がEOSで戦争を行っていた頃、当時彼が一番気にかけていたのは遠距離からの射撃であった。その為、実体弾が被弾したとしても大丈夫なように装甲の強度を上げる必要があると考えたバルバトスのコアは、ISの特徴的な機能の一つであるPICを利用した。

 PICとは、簡単に言えば物体の慣性をある程度操作できる機能を持つ装置のことである。それを利用し、バルバトスの装甲であるラミネート装甲の組成のうち、必要なものだけを抽出、生成し、それを装甲表面に貼り付けるようにしたのだ。

 その結果、バルバトスの起動中――――正確に言えばPICの起動中に装甲表面に特殊な慣性制御を施すことで、外部からの衝撃に適した複層分子配列を形成することに成功したのである。しかも元来のラミネート装甲の特徴を損なっていないのだから、研究者からすれば卒倒ものである。

 これにより、バルバトスは“IS自身が生成した”というある意味で世界一希少な装甲を装備したことになっている。

 もちろん、三日月も楯無もビスケットや雪之丞すらその事を細かく理解していない為、そんな事知るはずもなかった。

 

「どうしようか…………?」

 

 一旦距離を空けられてしまい、三日月はどう攻めればいいのかと考え始める。すると、それから数秒もしないうちに、“辺りの空気が身体に張り付くような”錯覚を覚え、彼は首をかしげた。

 それと同時にバルバトスのからのアラート音が脳に直接響く。

 その音の意味を思い出す前に、危機を伝えてくる本能に従い三日月は楯無に向かって機体を突っ込ませた。

 瞬時加速を使い、相手の懐に飛び込む。

 そして、捨てていないもう一方の手斧を振るい、その刃は今度こそ楯無の身体に吸い込まれるように直撃した。

 

「ん?」

 

 そう、文字通り“吸い込まれるように”直撃したのだ。

 振り抜かれた斧に切り裂かれたのは、楯無の姿をした水の塊であった。

 

「捕まえた」

 

 三日月の背後からどこか蠱惑的な声が滑り込んでくる。

 振り返るように斧を振るおうとする三日月であったが、それをすることはできなかった。何故なら、手放した斧と同じく、振るおうとしていた方の斧も切り裂いた楯無の姿をしていた水に掴まれ固定されていたのだから。

 

「――――」

 

 一瞬の思考の停止。

 それは学園最強の生徒の前では致命的な隙であった。

 轟音と衝撃。

 空気を叩く音と、体を貫く衝撃が三日月を襲った。

 

(離された!この子、どんな勘してんの?!)

 

(強いな、下手な人)

 

 吹き飛ばされ、完全に手玉に取られたように見える三日月であったが、実際はダメージ覚悟で、斧から手を離し、自分から吹き飛ばされていた。

 一方で、楯無は自分のペースになかなかはめ込めない相手に焦りと、久方ぶりに相対する強者に少しの興奮を覚えていたりする。とはいえ、牽制のために放つ準備をしていた攻撃を事前に察知されたことも、背後からの攻撃に追いつこうとしていたことも楯無からすれば驚くべきことであったが。

 

(遠距離だと効果は薄い。データ通りなら熱量で攻める“清き熱情”はラミネート装甲にはそれほど意味はないかしら?だとしたら、相手の意表を突きつつ、近接戦闘で――――)

 

 頭の中で分析を始めると同時に、これからの攻め方を頭の中で組み立てていく。

 彼女の視線の先では、背中にマウントされたハルバートを取り出す三日月の姿があった。

 

「さて、お姉さんの姿を捉えられるかしら?」

 

 楯無のIS――――ミステリアス・レイディの特徴である水を操るナノマシンを操作し、彼女は空気中の水分を霧に変える。そして、その際のエネルギーを利用し、霧の温度をまばらにし、相手の熱センサーに対するジャミングを行う。

 ISを操縦しているのが機械であれば、こんなものは特に意味のないものなのだが、操縦するのが人間である限り、こういった視界不良は相手に対する精神的な圧迫感を与え、焦りを生み出すことができる。

 そういった心理戦も楯無にとっては得意分野であった。

 

「そこ」

 

 しかし、その心理戦が有効かどうかは、一般的な相手であればという前提条件があった。

 

「ちょっ――――」

 

 霧を裂くように飛来したのは、三日月が持っていたハルバートであった。

 回転しながら迫ってくるそれに冷静さをかなぐり捨てて、楯無は回避を行う。

 ハルバートの先端がミステリアス・レイディの装甲を引っ掻く程度だがかする。その質量の塊は彼女のすぐそばの地面を、大きく抉りながら止まった。

 

「――――あの子は?!」

 

「捕まえた」

 

 ハルバートを避けたのも束の間。ホッとしそうになるのを堪え、索敵をしようとする前に、彼女の背後から声が聞こえる。

 皮肉にも、それは先ほどの焼き直しのような光景であった。もっとも、配役は逆であったが。

 

「もう逃がさない」

 

 三日月はいつの間にか回収していたハルバートを片手に、もう一方の手で楯無の顔面を鷲掴みすると、そのままスラスターに火を入れた。

 瞬時加速を行うと、三日月はそのまま楯無をアリーナの壁面に叩きつける。

 それは先のセシリアとの試合で行ったのとほとんど同じ光景である。違う点があるとすれば、それをされた方に対抗策があるかないかだ。

 

「っ!ッハ」

 

 アリーナと楯無の間に咄嗟に展開した水のヴェールが挟み込まれる。

 そうすることで、大幅に減るシールドエネルギーをなんとか残すことに成功する楯無。だが、その衝撃は凄まじく肺の中の空気が強制的に吐き出された。

 その即席の水のクッションは、ミステリアス・レイディのワンオフアビリティである“沈む床”まで使用されているのだが、それでもバルバトスの勢いを殺しきれずにいた。

 余談ではあるが、空気中の水を操るのはナノマシンの恩恵であるが、三日月の斧による攻撃を防いだのは“沈む床”のちょっとした応用であったりする。

 

「いい加減鬱陶しいな、アンタ」

 

「舐めないでくれるかしらっ」

 

 突撃する際にハルバートによって串刺しにされた槍を捨て、楯無は指を鳴らした。

 その瞬間、アリーナ内の音が消えた。

 楯無がアリーナ内に満たしていた霧を全て使用した水蒸気爆発――――“清き熱情”を起爆させたのだ。

 瞬間的な爆発は二人をもちろん、アリーナの内側全てを飲み込んだ。

 それから数秒後、煙の中から二機が煙の尾を引きながら空中に飛び出してくる。

 流石にあの大爆発は、ラミネート装甲でも耐えられなかったのかところどころボロボロになったバルバトスとすすに汚れた三日月。そして、元来アクアナノマシンが装甲の役割をしていたミステリアス・レイディはバルバトスよりもその損傷が際立っていた。

 

「……無茶苦茶ね、貴方」

 

「……お前にだけは言われたくないよ」

 

 お互いに軽口を叩き合うが、その瞳から闘志は失われてはいなかった。

 お互いに無手の状態で構える。そして、瞬時加速でその距離をほぼゼロにすると、二人はその拳を振り上げた。

 

(向こうの方が早い)

 

 一瞬が何倍にも引き伸ばされる感覚の中で、三日月はそんな感想を抱いた。

 装甲が軽装な分、速度においては楯無の方に分があったらしい。

 

(――――――おい、バルバトス)

 

 その一瞬の中、三日月は身体の中から溢れてくる感情のまま、機体に言葉を発する。

 

 

 

(――――――もっと、寄越せ)

 

 

 

 拳が三日月に届くと、楯無が確信した瞬間、三日月の姿が彼女の視界から消えた。

 

「消え――――」

 

 呟く瞬間に、網膜に投影された情報の中に、背部からの接近を告げるアラートが機体からがなり立てられる。振り向くまでもなく、ハイパーセンサーによって拡張された視覚がその特徴的な白い装甲を映し出していた。

 

「――――――」

 

 勝ち負けや攻撃されるとか、そういった思考が全て楯無の頭の中から消え去りフラットになる。只々せまる拳を視覚センサーが拾った映像を見るしかできない楯無。

 その迫る拳が、楯無の頭に叩き込まれるその瞬間――――

 

「お説教です、二人共」

 

 二人は、別方向からの狙撃に撃ち落とされることになった。

 落ちていく二人が最後に見たのは、アリーナにつながる格納庫の入口からスナイパーライフルを構える真耶と、メガネにヘアバンド、そして三つ編みが特徴的な女生徒が纏う学園所有のISであるラファール・リヴァイヴの姿であった。

 

 

 

 

 

 

 

 





てなわけでVS会長回でした。
今回みなさんから質問あると思うので先に言っておくと、今回の三日月のリミッター外しは瞬間的なもので不随とかにはなりません。…………今回はね。



以前の感想から
Q、この世界の一夏と箒は部屋割りの際のラッキースケベはあったのですか?

A、ありましたけど、竹刀でフルボッコはなしで、正座で説教&一晩正座です。
 箒「悪いことをしたと自覚があるのなら、これくらいはできるよな?」


次回は今回の後始末回ですね。
主に山田先生が苦労する回です。責任者って大変ですね。

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