原作の要素を残しつつ、かっこいいキャラにするのがここまで難しい主人公も珍しいと思う今日このごろです。
IS学園の生徒たちの朝はそれなりに早い。
それは寮長である織斑千冬の遅刻に対する指導が厳しいというのもあるが、それ以上に個人的な活動をしている生徒が多いためだ。寮生活であるため、夜更しをそうそうできない環境というのもあるのかもしれないが、生徒の中で朝が苦手というのは少数派であった。
そして、朝が早い人物の中には、ISの生みの親である篠ノ之束の妹である篠ノ之箒も含まれる。
彼女は自身の父親が営んでいた道場で幼い頃から剣術を学んでいた。それは姉がISを発表し、一家離散という状態となっても続けてきたものだ。
その為、剣術の稽古というものは既に彼女の生活の一部であり、早朝練習というのは彼女の中で行うのが当たり前の行為となっていた。
いつものように、外が白み始めた時間帯に必要最低限の身嗜みを整え、稽古用の袴を着ると、彼女は部屋に持ち込んでいる竹刀を取ろうとした。
「……む?」
そう、“取ろうとした”のだ。
いつも立て掛けてある場所にあるべきものがなく、その代わり部屋に備え付けの学習机の上に、メモ帳のページが破られ置いてあるのを見つける。
昨晩にはなかったそれを手に取ると、そこには短くこう書かれていた。
『竹刀を借ります』
そこに書かれた文字は、ここ数日同じ部屋で過ごした幼馴染の筆跡であった。
入学前に予習用の教科書を捨てるという愚行を犯し、その出遅れた分を取り戻すためにここ最近は夜に教科書を開いて、必死にノートに内容を書き写すことで内容を覚えようとしている姿を見ていたため、その文字を書いた人物がその幼馴染である事はすぐにわかる。
「……竹刀を振れそうな場所といえば」
寝るときにいつもベッドに仕切りをしていたため、そのメモを読むまで同居人がいないことに気付くことができなかった箒。彼女は、取り敢えずその同居人を探すために、ここ数日で見慣れてきた学園の敷地内で竹刀を振るだけの十分な空間のある場所がどこにあるのかを思い出しながら、自室をあとにした。
「……ハァ……ハァ……ハァ……」
時間がかかると思った探索はしかし、思いのほか簡単に終わる。
いつも彼女が早朝に利用していた寮からそれほど離れていない芝生のあるスペースで、その幼馴染であり、同居人であり、そして世界で初のIS男性操縦者である織斑一夏がその芝生の上で大の字に横たわっていたのだ。
その姿は箒の袴姿とは違い、下はジャージのズボンで上はTシャツという剣を握るには少し似合わない格好ではあるが、運動をするには申し分ない服装であった。
その一夏の手には竹刀が握られており、メモの主が箒の考えたとおりの人物の証明でもあった。
「何をしているのだ、一夏?」
「……箒?」
荒い息が整うのを待ってから、未だに仰向けの一夏に箒は声をかけるのであった。
「あぁ、ごめん。竹刀を勝手に持ち出して」
「いや、それは書置きをしてくれていたからいい。どうして急に朝練を始めたのだ?」
「…………」
箒からの質問には答えず、一夏は立ち上がった。
その際、湿った布が身体に当たる音が微かに聞こえる。その音が彼の汗を吸い、乾いている部分がないほどに湿ったシャツの音である事に、箒はすぐに気付くことができなかった。
「…………」
未だ握ったままの竹刀を無言で構える一夏。
その立ち姿は、彼が幼い頃に姉や箒と共に学んだ篠ノ之流に習った立ち居振る舞いである。
そして、さきほどまで整える事が精一杯であった呼吸が、いつの間にか一定のリズムを刻むように繰り返されていた。
「――――」
真っ直ぐ、最速に、ただ愚直に振り下ろす。
それは道場に通っていた時、最も繰り返した型。最も単純で、最も極めることが難しい基本の型。それを一度だけ、一夏は行う。
「っ」
いや、正確には一度しかできなかった。
振り下ろし、構えを戻すと、それが限界だったのか、ポロリとそれが当然であるかのように彼の手から竹刀がこぼれ落ちる。
「一夏?いったい――――」
「箒、今の俺はどの位の技量だった?」
その一部始終を見ていた箒が思わず彼に声をかけようとするが、彼の言葉が被さった。
質問の意図が読めない箒は困惑するばかりであったが、その問いかけてくる一夏の視線が何処までも真剣で、その表情が何処か鬼気迫るものを感じさせるものであったため、箒は口篭りそうになりながらも答える。
正直に、答える。
「む、昔の……子供の頃に道場で習っていた頃の方が、巧かった」
「……そうか……そうだよな」
たった数年だが、滅茶苦茶になった人生の中で真剣に続けた分野であるがゆえに、箒は見たまま感じたままを伝えた。
彼女の言葉は決定的だったのか、一夏はペタリとその場に尻餅をつくように座り込む。
「どうしたというのだ、一夏?」
その姿がこれまで見たことのない程に弱々しいものであった為、箒はもう一度尋ねた。
その彼女の言葉が届いたのか、それとも届いていないのかはわからないが、一夏はどこかボンヤリとした表情で口を開いた。
「昨日の試合……最後に見えた三日月の太刀筋、あれって千冬姉と同じに見えたんだ」
「オーガスの動きか?……確かに篠ノ之流に似た動きだとは思ったが」
学園内でISを動かす事は日常茶飯事だが、試合形式のISでの試合を行う事は実はそれほど多くはない。
その理由として、まず学園の保有するISの絶対数の少なさだ。気軽に使用できる専用機とは異なり、学園が保有し、生徒に貸し出す練習機はそうそう簡単に使用することはできない。例え、借りることができたとしても、数人の生徒で一機を使いまわしたりするのがほとんどで、二機同時に借り、更に模擬戦を行うためにアリーナを一箇所全て借りるというのは絶対に不可能なのだ。
その為、必然的に普段から模擬戦を行うというのはそうそうできることではなく、それができるのは授業中か、若しくは学内の行事で行われる大会形式の試合のみなのだ。
そして、学内で行われる試合は珍しい為、映像を記録され、学園の映像資料として残されることで生徒がいつでも閲覧出来るようになる。
肉眼で試合を見ることに慣れていない二人は、自室にある備え付けのパソコンからその試合の映像を昨晩見直していた。
その時の映像を思い出しながら、箒は一夏の言葉に同意を返す。
「その時さ……三日月が千冬姉の剣を使っているのを見て、すごく嫌だった」
それが八つ当たりと気付いているのか、一夏は自嘲しながらも言葉を続ける。
「どうして俺が憧れている剣をお前がって思った……でも、それ以上に悔しかった。俺ができないことを軽々とやってみせる三日月に見せつけられているみたいで」
「一夏、それは――――」
「……分かってる。すごく身勝手な考えだって、分かってるんだ。だから、追いついてやるって、そんな事を思って、朝練を始めた。だけど、竹刀を振ってて気付いた……俺じゃあ、無理だって」
その言葉はこの場にいる二人にとっても決定的な言葉であった。
箒は幼い頃に自分をいじめから助けてくれた一夏がそんな言葉を吐くことが、悲しかった。そして、一夏にとってこれが人生で初めて味わう挫折であることを自覚できずに、只々打ち拉がれていた。
「千冬姉のいた場所に追いつくには今から努力しただけで、大抵追いつけるものじゃない。三日月がいる場所にも行くこともできない――――」
「何を当たり前のことを言っている、一夏?」
何処までも続きそうな独白をぶった切ったのは、箒ではなくその独白を続ける一夏の姉であった。
「千冬姉?どうして……」
「大層な理由などはないさ。お前の頭の悪い言葉が聞こえたから顔を覗かせに来ただけだ」
「――――何だって?」
実の姉の言葉に頭の中が白くなる。
例えそれが事実でも、自身にとって一人しかいない家族からそれを言われて冷静でいられるほど、一夏は大人ぶってはいなかった。
「我が弟ながら情けない。自分にできないことをする人間に嫉妬して、僻んで、努力もせずに諦める。これが嘆かずにいられるか?まったく、身の程を知れよ、一夏」
「千冬姉にはわからねえ!」
まるで失望したと言わんばかりの態度と、言葉の波に一夏は生まれて初めて敬愛する姉に怒鳴り声を上げた。
「強くて、守れて、皆から認められて!才能のある千冬姉には俺の気持ちなんか分からない!」
「そんなものが分かってたまるか」
その肯定とも否定とも取れない言葉に一夏の気勢が削がれた。
「他人の気持ちなど、口に出してもいないのに分かってたまるか。それとな、才能という言葉を使っている時点で、自分が努力をしていないことの棚上げにしかならんぞ」
「何を――――」
「いいか、一夏。才能というのは、努力をやりぬき、自己を見つめ、行き着くところまで行き着き、もう自分では変わることができない領域までやりきった人間が初めて使うことが許される言葉だ。――――たかだか数日努力しただけの人間がその言葉を使うなよ、小僧」
「……」
「はぁ……“箒”」
「え?あ、はい!」
落ち込んだ様子の一夏に呆れながらも、千冬はこれまで自分たちの様子を黙って窺っていた箒に声を掛ける。当の本人はいきなりの指名と、昔のように下の名前で呼ばれたことに驚き、咄嗟に反応することはできなかったが。
「三日月・オーガスが試合で篠ノ之流の動きを模倣するように動いていたのは知っているな?」
「はい」
「なら、彼の動きから何を感じたのかを正直に答えてくれ」
「?」
質問の意図こそ測りかねたが、箒は脳にこびり付くようにして残った彼の動きを何度も思い起こす。そして、それがどの位続いたのかはわからないが、何かしらの結論が出たのか箒は遠慮がちに口を開いた。
「あの……感覚的な物言いになりますが……」
「構わん。言ってくれ」
「彼の動きは確かに千冬さんのものに似ていますが、あくまで真似ているだけのように感じました」
「……」
「それこそ、道場で大人の振る舞いを真似する子供のように、その動きにどんな意図があり、どういった過程を経て、その動きが生み出されたのかを理解せずに真似しているような…………すいません、これ以上はうまく説明はできません」
「いや、概ね私が感じたことと同じだ。奴は篠ノ之流の――――私の動きを真似てはいるが、“修めて”はいない。この違いは一々説明しなくても分かるだろう」
三日月の模倣は確かに誰でも出来ることではない。だが、逆に言えば、模倣しただけではそれ以上の動きはできないのだ。
どういった過程を経て、その最適な動きまで行き着いたのかは使った当人しか把握できない。ましてや過程をすっ飛ばして成果だけを実行した三日月には、剣術という分野でこれ以上の成長は、それこそ一から武道を学ぶことでしか伸びしろはないといっても過言ではない。
そういった部分を理解できる分、三日月と比べ一夏の方が剣術という分野では先を行けるだけの基盤がある。
「正直に言えば、私は姉でありながら、お前が何を目指しているのかは知らん」
「それは……」
姉であり、家族である千冬を守りたい。漠然とした言葉ではあるが、IS学園に来てから叶うなら叶えたいと思った一夏の“目標”がそれであった。
「だがどんな目標であろうと、周りの状況が変ったぐらいで目指せる程度のものならやめておけ。自分はもちろん周りも迷惑するだけだ」
「――――」
千冬や箒は、そういった意味では周囲に流されずに努力を続けてきた人間だ。
千冬は、学生の頃に両親が蒸発し、親戚類にも見放されたという状況の中で、それ以前から続けていた剣術を続け、結果的にはそれを活かし、世界の頂点に上り詰めている。
箒は、一家離散し、全国を転々としつつも剣道を続けていた。そして、その積み重ねがあり、中学生の全国大会で優勝したという実績を残している。
そういった事を理解しているからこそ、一夏は千冬の言葉に重みを感じさせられた。
「それとな、お前がどうなりたいのかは知らんが、お前は私のようにはなれないぞ。そもそも、お前が求めるのは本当に強さか?私にはそうは思えん…………そろそろ時間だな……篠ノ之、織斑、授業には遅れるなよ」
一方的ではあるが、それだけ言うと千冬は寮の方に戻っていく。
取り残された二人は、どこか気不味い雰囲気となっていた。
「一夏…………その、大丈夫か?」
「……大丈夫。色々と凹みそうだけど……箒、悪いけど少し一人にさせて欲しい」
その言葉に感じることでもあったのか、箒は自身の竹刀を持つとそのまま寮の方に戻っていった。
立ち去る前に見えた彼の瞳に、少しだけ力強い色が見えた気もするが、それを確かめるのは無粋な気がした箒であった。
正直、今回の話は賛否が分かれると思います。
一夏を改善するのはマジで難しいです。
……なして、原作者はあれが「理想の主人公」なんて言ったのでしょう?