空が白み始めてすらいない時間。
早朝というには早すぎて、夜中というにはもう遅いぐらいの時間、ISのグラウンドには一人分の人影があった。とは言って、夜中に光源となっているのは非常灯や、校舎と寮を繋ぐ道の街灯ぐらいで、本当にボンヤリとした影でしかなかったが。
その人影はグラウンドのトラックをぐるぐると走り続ける。軽く流すような速度にしては少々速いぐらいのペース。それを維持しながら走るその姿は、客観的に見れば理想的な陸上選手だっただろう。
それを深夜から始め、数時間休まずに走り続けるという肉体的なケアを全く考慮していない事を除けばだが。
その人影の主である三日月は、昼間は人目につかないようにしろと言われた背中の阿頼耶識の接続端子を外気に晒しながら走っていた。
「精が出るな」
「?」
グラウンドの校舎側をもう何度目か分からないが通り過ぎようとしたとき、三日月に声を掛ける人間がいた。
それは昼間のキッチリとしたスーツ姿ではなく、白いジャージ姿をした千冬である。
一方三日月の格好は、以前基地にいた頃と同じカーゴパンツと上はタンクトップのみであった。
「何か用?……えっと、センセイ」
声をかけられ、その場で足踏みを続けていた三日月であったが、何かを言おうとしている千冬の様子を察したのかゆっくりと足踏みのスピードを落とし、彼女の近くに歩を進めた。
「いや、少し君と話をしたいと思って、な」
「ふーん」
三日月にとって、織斑千冬という存在にそこまで興味がないのか、三日月はそのまま千冬の横を通り過ぎ、グラウンドの横に置いてあったコートとタオルの元に向かう。
そういう歯牙にもかけられることのない反応というのはある意味新鮮であったため、その三日月の態度に千冬は不思議と嫌悪感を抱かなかった。
「今日は、セシリア・オルコットとの試合があるが、準備は万全か?」
「……なんのこと?」
取り敢えず当たり障りのない話題を降ってみることにしたのか、千冬が世間話のようにそんな話題を投げかける。
しかし、それを受け止め投げ返すどころか、受け取ることすらしていないこの反応に千冬は柄にもなく動揺した。
「……以前教室で決闘を申し込まれただろう?」
「あぁ、あの金髪の……そう言えばケットウって何?」
合点がいったのは、千冬の言った出来事が実際にあったことというだけで、その言葉の内容を三日月は受け止めきれていなかった。そのことを今のやりとりで察した千冬は今度こそ頭を抱えそうになった。
「決闘と言うのは……まぁ、一対一で試合をするということだ」
「じゃあ、戦えばいいんだ」
どこか投げやりに答える千冬であったが、言葉を知らない三日月にもわかりやすいように噛み砕いた説明をする。その説明に三日月も納得したのか、一応の了承の言葉を吐き出す。
「時間帯としては午後……昼食を食べてからになる。山田先生が試合する場所に連れて行くことになっているから、それに従ってくれ」
「真耶ちゃんが知ってるなら、それでいいや」
何やら、教員としては聞き逃してはいけない呼称が聞こえた千冬であったが、今は特に気にする事はしなかった。
というよりもできなかった。
何故なら今、闇夜に慣れ始めた目が捉えた三日月の肉体に意識が引っ張られてしまっていたのだから。
三日月の肉体は、陳腐な表現ではあるが、一種の理想的な到達点であった。
絞り込まれ、無駄に膨れることもなく、見る人間が見ればそれが柔軟さを持った筋肉であるとわかる程に整えられた身体。それが、タンクトップ越しでもわかる程に三日月の肉体は完成されていた。
だが、それは逆に言えば異常の証明でもある。
たった十数年しか生きていない子供に、『全く無駄な贅肉』が付いていない。そして、殆ど筋肉と皮膚で構成されたその肉体を作り、維持するにはどんな生活を続けてきたのか。
恵まれていたとは言い切れないが、人並みの生活水準を下げた経験がほとんどない千冬は、それを想像することもできなかった。
「…………すまない」
「……何が?」
無意識にポツリと呟いた千冬の言葉を三日月はしっかりと聞き取っていた。
その返答にハッとした千冬は咄嗟に取り繕うような言葉を口にする。
「あぁ、いや、君には……君たちには不自由な生活を強いているのではないかと思ってな」
心からの本音であった。
『今のISを中心とした世界を誰が作ったのか?』と問われれば、それは篠ノ之束と答える人間がほとんどだ。
だが、『今のISを中心とした世界になる切っ掛けは?』と問われれば、それは白騎士事件と言われる。
この事件の当事者の一人であり、ISの力を世界に示した当人として、千冬は今の三日月たちに向き合うとどうしても考えてしまう。
『彼らをこうしてしまったのは自分ではないのか?』
一度考えてしまえば歯止めは効かなくなる。
ISさえなければ、阿頼耶識システムなど生まれることもなく、彼らには真っ当な社会復帰の道があったのではないのか?そもそも、阿頼耶識というシステムに殺された子供はどれくらいいる?いや――――
根本的に、ISによって摘まれた命はどれだけになる?
たった十数年で、自分たちの成したことでどれだけの影響があったのかを考えるだけで、千冬の背中は冷たさと気持ち悪さを感じずにはいられなかった。
「不自由?」
自身の思考に飲まれそうになったとき、三日月の声が再び千冬の意識を引き上げる。
改めて、三日月の方に視線を向けると彼は視線を上にしたり、頭をかいたりして、考える仕草を見せる。
そして、その表情のまま、視線を千冬の顔に戻す。
その何処までも澄んだ三日月の視線に千冬は少しだけ飲まれそうになった。
「別にここにいる不満はない。やること自体は前にいたところと変わらないし」
「――――どういう……」
その返答に息を飲んだ。
「ここで過ごすことでオルガや皆が生きていける。なら前にいたところで、皆で生きようとしていたのと変わらない。だから不自由なことなんてないかな」
「――――」
その言葉に今度こそ、千冬は言葉を失った。
この学園に来る以前の三日月たちのいた世界を、千冬は報告で聞いていた。だが、聞いて知っていただけであり、理解も実感もしていなかった。
三日月はこう言ったのだ。『人を殺す生活も、ここで勉強をする生活も同じである』と。
千冬は愕然とするしかなかった。環境が違えばここまで人は歪になれるのかと。しかもそれが自身の弟と同年代か若しくはそれよりも幼い子供たちの常識であるのかと。
ここで千冬は真耶が泣いていたときの事を思い出し、そして想う。
あの時、薄っぺらい言葉で慰めなくて本当に良かったと。
(……ぁぁ、これは…………堪らないな)
自身の後輩が教師として自分よりも優秀であることは以前から自覚していたが、毎日彼らと向き合う彼女は真に尊敬するべき女性だと、この時千冬は改めて確信した。
「……話があるって言ってたけど、そろそろ行っていい?シャワーを浴びないとアトラがうるさいんだけど」
「――――ああ、衛生面を気にかけるのは悪いことではないからな」
できるだけ気丈に、そして自身の内側を悟らせられないように彼女は努めていつもの口調でそう返した。
離れていく三日月を視線で見送りながら、今この瞬間辺りが暗いことを千冬は内心で感謝する。
何故なら瞳から溢れてくる雫を誰にも見られる心配がないのだから。
時間が経つのは早いもので、三日月と千冬のグラウンドでのやり取りから数時間後、三日月は整備員である雪之丞とビスケットの二人と一緒にアリーナに隣接するハンガーの方にいた。
「取り敢えずいつもと同じで、各部の関節のチェックとスラスターのガスチェック。それと機体制御のシステム周りの点検をするぞ」
「武装はどうします?流石にあの時みたいに、メイス一本ってわけにもいかないですし」
「そうだな、向こうから持ってきた滑空砲とタービンズが寄越してきた太刀って奴をバックパックに詰めとくか」
「……取り回し大変そうですね。射撃兵装があれしかないのって」
「とは言うがよ……三日月の奴がどれもしっくりこねーって言うし、ここにあるあいつの使ったことのある装備って言えばこれくらいしかねーぞ?」
「メイスも結構ガタが来てますしね。今度新しいのを送るってオルガは言ってましたけど」
「アイツはEOSの頃から武器の扱いが雑だったからなぁ……まぁ、無い物ねだりしてもしょうがねぇ。それでいいか、三日月?」
「別になんでもいい……ねぇ、これ着なきゃダメなの?」
テンポよく整備スケジュールを会話で決定していき、確認のために三日月に声を掛ける雪之丞。
普通であればパイロットである三日月の意見を第一に求めるのが普通なのだが、ISを扱う以前、EOSを使用していた時も基本的に三日月は雪之丞やビスケットの施す整備に合わせるようにしていた。何故なら機体の把握はパイロットである三日月よりもこの二人の方が詳しい為自然とそうなったのである。
一応三日月も阿頼耶識を通じて機体の状態を把握はしているが、感覚的に違和感があるという受け取り方しかできないため、機体のどの部分をどうして欲しいなどの意見を出すことはできないのだ。だからこそ、今のように二人が三日月に合わせるように整備し、その整備に合わせるように三日月も機体を運用するというサイクルが出来上がったのだ。
閑話休題。
三日月はいつもどおりタンクトップを脱ぎ、背中に接続用のコネクターを着けると、薄い橙色と黒色のツナギのような物を掴んでビスケットたちに問いかけていた。
「着なきゃダメだよ、三日月。いつものようにバルバトスを動かしたら背中の阿頼耶識の事を学園の皆にばらす事になるんだから」
三日月が掴んでいたのは三日月用のISスーツであった。
先日流れた報道により、三日月をはじめとする学園に在籍する五人が戦災孤児であることは既に周知の事実となっていた。そして、雪之丞はそんな五人の保護者役としても認知されている。
しかし、知っているのはあくまでその程度までだ。
学園の教師陣はともかく一部を除き、三日月とビスケットが阿頼耶識の措置を施された子供である事を知っている生徒はほとんどいない。
だが、それは簡単に外せるような代物でもなく、更には簡単に拡散して良い情報でもないため、彼らは阿頼耶識システムについてできるだけ隠すことを学園側から要求されていた。
その一環として、このISスーツは機体と三日月が阿頼耶識で繋がっているのを誤魔化すために作られたものであった。
「ゴワゴワするな……これ」
EOSを使用していた頃から、機体に乗る際は上半身裸が当たり前であった三日月にとって、その着心地は決して快適と言えるものではなかったようだ。
不満顔をしつつも、鎮座するバルバトスに乗り込む三日月。武装の換装などは三日月がスーツを着ている間に既に終わっていた。
IS学園に初めて来た日のように、メイスを持つとカタパルトに進む。そしてそれを待っていたかのように、アリーナの管制室から確認の通信が届いた。
『オルコットさんは既にアリーナの方で待っています。三日月くん、準備はいいですか?』
「いいよ」
『では、発進してください』
「三日月・オーガス、バルバトス、出る」
蛍光灯のやけに澄んだ光から、太陽の力強い光の下に出て行く。
そのままアリーナ内のグラウンドに着地すると、三日月はセンサーに映し出された青い機体――――ブルー・ティアーズを纏うセシリアの浮かぶ方に、その顔を向けた。
「……本当に乗ることができるのですね」
未だ半信半疑といった風な声音でセシリアはそんな事を言ってくる。
普通であれば呟いた程度の声量では聞こえない距離であるが、センサーが拾うには十分な距離。だからこそ、肉声を直接聞くよりも、彼女の驚いた声音がよく聞こえた。
「貴方がたの事は、世間を騒がせる報道である程度ですが私も理解していますわ」
「……それが?」
三日月がアリーナ内に入ったのを確認したためか、アリーナの周りの観客席やハンガーに通じる射出口などがISでも使用されているシールドバリアと同等のもので覆われていく。
「貴方たちのような人々が、学園に通い学ぶ事ができるというのはとても重要なことだと私も思いますわ。だけど――――」
これまでそのシールドを張られるのを待っていたのか、そのアリーナの観客席に一組を始めとする学生たちが入ってくる。しかもそれは一年団だけに留まらず、二年、三年という上級生も同じように観客席に入ってきていた。
「それをここ、IS学園でするのはやめてくださいまし!私たちは我が身を削ってここまで来た!それはここでしか学ぶ事ができないからこそ来たのであって、貴方は別にここでなくても学ぶことはできるでしょう?!」
試合の準備は整った。
アリーナに備えられた大型の液晶。そこには試合開始のカウントダウンが刻まれ始める。
「――――アンタの都合なんて、俺には関係ない」
アリーナに電子音が響く。それは試合開始の合図であった。
「ッ!」
三日月がメイスを持っていたのと同じように、セシリアは手にしていた武装――――レーザーライフルであるスターライトmkⅢを構え、発砲した。
「飛散した?!」
「速い?」
ファーストアタックを決めたのはセシリアであった。
銃口を向けられた瞬間、反射的に“いつもと同じ”ように躱そうとするが、三日月の想定よりもその弾速は格段に速かった。
それも無理のない話であった。三日月のいた戦場というのは、貧困国同士の小競り合いというべきものだ。その中で、実弾を目にし慣れることはあっても、レーザーなどの光学兵器という高価な兵器は見たことも聞いたこともないのだ。
想定外であったのはセシリアの方も同じであった。
これまでセシリアが経験したISの試合は一度や二度ではない。国家代表候補生であり、ビット兵器という国の最新鋭技術を組み込まれた機体の操縦者として、幾度もそう言った模擬戦は経験があった。
そんな中で、自身の放ったレーザーが敵の装甲を焼くことはあっても、着弾と同時に“散らされる”ことは初めての経験であった。
「タービンズのところで貰った装甲は上手いこと機能してるみてぇだな」
「はい。試作品で、今はあれよりも頑丈な物を作る構想ができてるみたいですけど」
「ラミネート装甲っていたか?」
ハンガーでそんな会話がされていると知られることもなく、試合は進む。
お互いに驚いたのは一瞬、すぐさま思考を切り替え動き出す二人であったが、挙動の出だしが早いのは阿頼耶識を積んだ三日月である。
背中の滑腔砲を展開させつつ、上空にいるセシリアを中心に配置し円を描くように機体を移動させていく。
「当たるか?」
先のオータムとの戦闘で残っていた感覚を頼りに引き金を引いた。すると放たれたその弾丸は、放物線を描いてセシリアの頭部に向かっていく。
だが、あの時のオータムとは違い、しっかりと三日月と相対していたセシリアはそれを簡単に避けてしまう。
「行きなさい、ティアーズ!」
回避行動に合わせるように、ブルー・ティアーズの二つの非固定浮遊部位から二機ずつ青い子機が射出される。
「?――――ッ」
その子機が最初は何かわからなかった三日月であったが、その先端がこちらに向いた時点で察したのか、即座に機体を動かす。
先ほどと同じく四本伸びてくる光の線が三日月に殺到する。
「やっぱり速い。あと、面倒」
ぼやきながら、三日月はハイパーセンサーにより拡張され、感じるだけでなく見ることもできる四つの子機に意識を向けた。
その試合の様子を千冬と真耶はアリーナの管制室で見ていた。
「三日月くんはオルコットさんのレーザー兵器に対応しきれていませんね。相性の問題でしょうか?」
「今はまだなんとも言えん。だが、オーガスもオルコットもお互いを測りかねているといったところか」
実際に見ていた千冬はもちろん、後日試合内容を聞いていた真耶は三日月の実力を知っている。その為、先に被弾したのが三日月であることや、試合が直ぐに終わらないことに違和感を覚えていた。
「…………硬直したな」
「……はい」
二人の言葉通り、試合の内容はセシリアが子機――――四機のブルー・ティアーズで三日月を狙い、それを三日月が避けようとする。そして三日月がブルー・ティアーズを叩き落とそうとすると、狙っていない残りの三機が牽制しそれを防ぐ。
そのサイクルができてしまった。
「あれ?確か三日月くんって瞬時加速使えましたよね?」
「ああ、それがどうした?」
「使えばビットは簡単に落とせるのになんで使わないのでしょう?」
当然の疑問であった。
ビットにより砲門が増えたとは言え所詮は四機。その四機を潰すために多少被弾したところでビットを全て破壊してしまえば、それは大きな痛手にはならないのだ。
「オーガスはオルコット本人の狙撃を警戒している」
「?」
「あれを見てみろ」
千冬がそう言って指をさしたのは二機のシールドエネルギーが表示されている液晶であった。そこにはほぼ満タンなゲージと七割ほど埋まっているゲージの二本が映し出されていた。どちらがどちらのゲージかは言うまでもない。
「……あれ?」
そこで真耶は気付く。三日月は最初の一発以外“被弾らしい被弾をしていない”にもかかわらず、いきなり三割近くもシールドエネルギーを削られているのだ。
「理由はわからんが、バルバトスは装甲によりレーザーの耐性があるにも関わらず、被弾した際のシールドエネルギーの減少が一般の機体よりも多いらしい。もし瞬時加速でビットを潰そうものなら、その際のオルコットの狙撃で全てを潰す前にシールドエネルギーはゼロになるだろうな」
これはここに居る二人も後で知ったことだが、バルバトスのシールドエネルギーの減りが早い原因は実はハンガーにいる雪之丞とビスケットの二人にあった。
二人は長年EOSの整備をしていたが、ISのシールドエネルギーというものをよく理解していなかったのだ。その為、システムの機体設定の際に操縦者の保護機能を最大にしており、被弾した際に飛散した熱エネルギーから三日月を守るために、常に全開のシールドが展開されているのだ。
その為、本来であれば装甲のおかげで殆ど減ることのないエネルギーが普通に被弾するよりも多く消費してしまっているのであった。
これは戦場に長くいたせいか、操縦者の保護機能というものが彼らにとっては夢のような機能であったことと、バルバトスに乗り始めてからほぼ被弾せずに戦闘を終えていた三日月たちの不幸な勘違いの結果である。
そんな事実を知るはずもなく、二人は三日月が装備する滑腔砲が被弾し、おシャカになったことで歓声を上げるアリーナに視線を戻した。
「……アレを落とすのなら当たっていいのは二回」
自分の指を二本立てて確認する三日月。
滑腔砲を投棄しながら、確認を終えるとこれまでと違いきょときょとと頭を振り、状況を確認。
そして彼の中で結論が出たのか、一度頷くとこんなこと口走った。
「慣れた」
これまでグラウンドを舐めるように、地面で回避行動を取っていた三日月を上空にいるセシリアは俯瞰しながらビットの操作に集中していた。
集中していたためか、それともたまたま目に入ったのか、三日月の口が微かに動いたのが見えたため、セシリアは意識的な警戒を引き上げようとした。
そう、“しようとした”のだ。
「え?」
視界からいつの間にか三日月とバルバトスは消えていた。
次の瞬間聞こえてきたのは、連続して聞こえる四つの破砕音と幾度も空気を叩く爆音。
視界に投影される機体データの武装欄。そのブルー・ティアーズの部分が赤く染まり、『LOST』と表示されていることを認識するのと、四機目のビットを破壊するためにメイスを振り下ろし、次の目標である自分自身を見ている三日月と目が会うのはほぼ同じタイミングであった。
「ひっ」
その無表情な男が真っ直ぐこちらを向いている事に動物的な本能危険を知らせてくる。そのせいか、根源的な恐怖を感じたセシリアは引きつった悲鳴を漏らした。
「個別連続瞬時加速?」
観客席からISの高等技術の名称が聞こえるが、それを理解する余裕は今のセシリアにはない。
意識が一瞬を限界まで引き伸ばし、身体が必死に自身に向かってくる三日月の迎撃に動こうとする。
「あれ?」
備えようとしたが、気付けば新たに破砕音が聞こえるだけであった。
今度の音源は自身の手元から、眼球運動だけでそちらを見ると自身が使っているライフルの残骸と取手の部分がへし折れたメイスの先端が宙を舞っている。
「インターセプター!!」
粒子の光が像を結び、ひと振りの細剣が姿を見せる。
彼女が咄嗟に振り返ると、メイスが折れたことが意外だったのか驚いた表情を浮かべる三日月の姿があった。
「これ使いにくいのに」
ハンガーでスーツを着るときにしていたような、どこか渋い表情を浮かべながら、三日月は背中の太刀を引き抜いた。
その姿は試合当初と変わらない。だが一方でセシリアの頭の中は混乱の極みであった。
(センサーでも反応できない?!残りの武装はこれと、ミサイルビットのみ。当てられれば――――当てる?知覚できない相手に?どうやって?)
「まぁ、いっか」
その言葉が聞こえた瞬間、セシリアは確かに見えた。
瞬時加速を使用している最中に、さらに加速するようにバルバトスのバックパックとふくらはぎのスラスターが点火される瞬間を。
「コイツは、そんなに強くないし」
その言葉を最後に、セシリアの意識はプツリと途切れた。
バルバトスの装甲はどちらかといえば、SEEDのラミネート装甲に近いです。
あと、メイスはタービンズにいた頃、よくあっちのメンバーと打ち合っていたから壊れました。
次回は、今回の試合の他人視点からの考察と、クラス代表についてかな?
やったねワンサマー!出番が増えるよ!