IS~鉄の華~   作:レスト00

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少し間が空きましたが、なんとか投稿です。
今回はある意味で日常編です。


五話

 

 

 IS学園に在籍している人間は多国籍だ。

 立地場所と、ISと言う存在が日本人によって生み出されたことから、学園の生徒の約半数は日本人であるが、残りの半数の生徒や教師は寧ろ日本以外の国の出身者が多かったりする。

 その海外から集まる様々な人々は、出身地によって生活の文化が大きく異なってくる。

 特にそれが顕著に現れるのが、やはり食生活であった。

 ある国では当たり前に食べられている食材が、ある国では考えられない食材である場合、宗教上の理由で食べられない、または単にアレルギーの問題で食べられない等など。理由は様々であるが、良くも悪くも食に対する要望というのは学生にとっては生活する上で重要な要素となっていた。

 そして、その要望に出来るだけ応え、更に一定以上の味と安さを保証する学園の食堂は下手に外食を行うよりも上等な食事を行える場であった。

 その学園食堂を切り盛りする女性、通称『食堂のおばちゃん』はこれまでとはまた違った要望を受けていた。

 

「オートミールってある?」

 

 これまで、無駄に高級な料理や、逆に地方にしか伝わっていないような家庭料理など、様々な無茶振りに答えてきたおばちゃんであったが、逆に誰でも作れて、言葉は悪いかもしれないが、所謂粗末な料理を頼んでくる生徒はこれが初めてであった。

 しかも、学食の入口にある食券機をスルーして直接言ってきたのだから、特に印象深いものであった。

 IS学園というある意味で閉鎖的な施設の中で、噂という極上の餌を他人に分け合っていた女生徒から聞こえた話から、彼が字を読めないことを既に知っていた為、食券を買って来いということもできず、彼女は取り敢えず頭に浮かんだ言葉を口にする。

 

「あんた、例の男の生徒だろ?金がないのなら、アトラちゃん達と同じまかないを出してやろうか?」

 

 あくまで善意でそう尋ねたおばちゃん。だが、それを言われた学生――――三日月は何故それを言われたのか分からないというふうに首を傾げると、それがさも当たり前のように口を開いた。

 

「別に……食べ慣れてるっていうか、それぐらいしか食べ物知らないし」

 

 その言葉に、おばちゃんは眉を顰めそうになるが、一言「これを持って、座席で待ってな」というと、待合札を渡してから厨房の奥に引っ込んでいく。

 そしてそれから十数分後、手持ち無沙汰なのか待合札を手で軽くいじりながら、大人しく食堂の机の一つに待っていた三日月の前に、一つのお盆が置かれた。

 それは三日月が初めて見る器だ。

 大きめの楕円形の器。鉄ではなく、土を焼くことで作られるそれは日本特有の鍋で俗に言う土鍋であった。

 

「……なにこれ?」

 

「日本風のオートミールだよ。雑炊っていう」

 

 蓋の隙間から湯気が立ち上り、出来立てということを視覚的に伝えてくるのだが、温かい食事をほとんど知らない三日月にとって、これが食べ物であると言われても、到底信じることができなかった。

 その三日月の疑わしい視線に気付かない振りをしつつ、おばちゃんは普通の鍋よりも少しだけ重い蓋を、おしぼりを鍋つかみの代わりにして持ち上げた。

 

「――――」

 

 ふわり、と言うには少々濃い湯気であったが、その湯気が運んだ香りは三日月の鼻腔に確かに届いた。

 

「熱いから気をつけて食べな」

 

 そう言って離れていくおばちゃん。

 気が付けば、土鍋と三日月の間の机のスペースに、いつの間にやら取り皿であるお椀に注がれた土鍋の中身が置いてあった。

 三日月はその未知の味を、唯一見慣れているスプーンを使って口に運んだ。

 

「…………へぇ」

 

 雑炊の具はシンプルに卵と細ねぎだけであった。

 しかし、淡白ではあるがほんのりとした塩気が丁度よく、その塩気が米の甘味を引き立てていた。

 既に何度か学食の厨房で働いていたアトラから、三日月たちがどんな食事をしていたのかを少しは聞いていたおばちゃん。彼女は、そこから三日月が味の濃いものを急に取らせるのは良くないと考え、薄味にしていた。

 最初は身構えていた三日月であったが、熱さに注意しつつ二度、三度とスプーンを口に運んでいく。

 食べ進めるに連れ、丁度口に運びやすい温度にまで下がった雑炊を三日月はいつの間にか完食していた。

 基地にいた頃の食堂と同じように自身の器は返しに行かなければならないのを、周りの人間を見ながら察していた三日月は、器と土鍋の乗ったトレーを受付まで返しに行く。

 その受付には、先ほどのおばちゃんがいた。

 

「……おいしかった。凄いね、アンタ」

 

「そういう時は、御馳走さまと言いな。それがおいしく食べた時のルールだよ」

 

「……ごちそうさま?」

 

「あと、私はおばちゃんとお呼び」

 

 そんな三日月のお昼のひとコマであった。

 初めて学生の昼食というものを、三日月が経験している一方で職員室の片隅で小さな騒動が起こっていた。

 その騒動に遭遇したのは三日月の在籍する担任である織斑千冬その人であった。

 色々と他のクラスと比べて騒々しい自身の受け持ちの生徒の対応に追われ、いつもよりも遅く職員室に戻ってくる。その職員室の扉を開けると、中には閑散とした空気が漂っていた。

 普通の学園であればお昼休みの職員室がほぼ無人であることなどありえないのだが、ここIS学園では珍しくもない光景であった。

 基本的にお昼休みは昼食を取る時間というイメージが強い高校生活であるが、IS学園はその限りではない。在学の生徒は予約制の練習機やそれに合わせたアリーナの使用。実技における教員や生徒の意見交換などなど。すべきことが盛り沢山だったりするのだ。

 そして、現実的な問題としてそれを未成年の生徒に自由に使用させては、問題が起こった場合など対応が遅れてしまうため、各教員はそれぞれ生徒が使用する主要施設内の詰所や管理室にいるのである。

 これは、普通の学園と違い、IS学園への電話がある一定の手順を踏まなければならない予約制だからこそできる芸当であった。お昼休みにどの教師がどこにいるのかを理解している生徒たちの理解度の高さもその一因であったりするが。

 先日の三日月に対する追求の電話などは、本当に希な出来事であった。

 

閑話休題。

 

 職員室に戻ってきた千冬は、一先ず今現在自身に生徒からの要望が来ていないことをスケジュール帳や、自身のデスクの上の付箋、メモ用紙などをざっと確認してから一息つくために、備え付けの給湯室に向かう。

 一応入室した生徒たちから見えないようにパネル型の敷居で区切られたその一角に、お茶を求めて入ろうとする。

 

「――――、――――」

 

「……誰だ?」

 

 だが、その向かうべき一角から何かを抑えるような、弱々しい声が聞こえてきたため、出入口付近で中を覗き込みつつ誰何の声をかけることになる。

 

「せん、ぱい?」

 

「真耶?――――どうした?」

 

 しかして、その声の主は自身と同じクラスの副担任である山田真耶であった。

 普段であれば驚かせるな、居たのなら言ってくれ等と言うのだが、それもできない。何故なら、彼女は給湯室の隅で蹲るようにして泣いていたのだから。

 その姿に内心でギョッとしながらも、千冬は自身でできる極めて穏和な声で問いかけた。

 

「先輩、私たちのしていることってなんなのでしょう?」

 

 泣きじゃくる同僚をなんとか宥め、落ち着かせてから改めて話を聞いてみると、彼女からそんな問いかけが投げられた。

 

「午前中……アトラさんやクッキーちゃん、クラッカちゃんと三日月くん、この四人と授業をした時に言われたんです――――お金は何に使えばいいのか?と」

 

 落ち着いたとはいえ、それはあくまで表面上だけであったのか、真耶は溢れ出しそうな自身の感情を抑えながら言葉を紡いでいく。

 要点を纏めると、彼ら四人と自分たちとの環境の違いが真耶にとって悲しいことであったらしい。

 現代日本の社会において、まだまだ遊びたい盛りの子供が遊ぶことや娯楽というものをまったく知らないという事実。そして、自身が金銭を持ちそれを自由に使用してもいいと言われても、何に使えばいいのかが分からない。そういった子供は世界的に見れば珍しくもないのかもしれないが、それを認識してしまえば今現在ここで不自由なく暮らしている自分が、真耶を酷く申し訳ない気持ちにさせた。

 

「……真耶、それは事前に通達されたはずだ。彼らはそういう世界で生きてきた。それを同情するのは――――」

 

「違う、違うんです、先輩。あの子達はそれを“悲しいと感じていない”そして、“その過酷な扱いが当たり前”と思っている。その事実が……」

 

 それ以上は言葉にすることができなかった。

 言葉にしてしまえば、目の前にいる上司に縋ってしまいそうになるから。

 

「……私たちはこの学園で、ISについての運用方法を教えていますけど、それは彼らのような子供たちを犠牲にするほどの価値があるのですか?」

 

「……」

 

 返事はできなかった。

 ここで目の前にいる後輩に対して、慰めの言葉はいくらでも出てくる。だが、それは身を切るような想いで内心を吐露した彼女に対して、手酷い裏切りをすることになると思った千冬は、一度開きかけた口をきつく結んだ。

 少しの間、二人の耳には職員室の空調の虚しい音しか入ってこなかった。アナログの時計でもあればクロック音で時間の流れが分かったのだろうが、生憎と部屋にはデジタル時計しかなかった。

 

「……あの子達の担当を変わるか?」

 

 やっと絞り出せたのはそんな問いかけであった。

 こういう時気の利いた言葉を吐けない自分に嫌気を感じながらも、千冬は真耶にまっすぐと視線を向けた。

 

「続けます」

 

 意外にも、その返答は直ぐに返ってくる。しかも、その声は先程までとは比べ物にならない程に力強い声であった。

 

「ここで逃げたら、きっと私は、教師になったことを後悔してしまいますから」

 

 その言葉と、泣いたことで腫れぼったい目をしつつも、どこか決意を現した真耶の表情を千冬は眩しく感じた。

 

 

 

 

 




お粥はお米を炊くときに普通よりも多い量の水で炊いたもの。
雑炊、若しくはおじやは炊いたご飯をもう一度出汁などで煮込んだもの。


次回は三日月以外のメンバーの日常編です。
それが終わってからセシリア戦になります。

ワンサマーの出番?……モチロンカンガエテイルヨ

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