IS~鉄の華~   作:レスト00

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執筆中に思うのが、『IS学園までが遠い』です


プロローグ1

 

 

 鉄錆とオイルの匂い。

 それが幼い頃から嗅ぎなれた身近な匂いだった。

 そして、嗅ぎなれていたのはもう一つ――――――

 

 

 

 老朽化のせいか、所々表面が剥がれている床や壁が当たり前の倉庫。骨組みの鉄骨はむき出しで、ガワはともかく中から見れば明らかに安物と言えるようなその倉庫には、そのボロさからはかけ離れたモノが置かれていた。

 

「おやっさん、整備お願い」

 

「おう、わかった……って、またこんなにボロボロにしやがって。ISと比べて低コストとは言え、EOSもそれ自体は金食い虫なんだぞ、たく」

 

 二、三メートル程の機械仕掛けのパワードスーツ。正式名称、エクステンデッド・オペレーション・シーカー、通称『EOS』と呼ばれるそれが、その倉庫の中には十機近く並んでいた。

 その中のいくつかは専用の設備に固定され、幾人かの整備士によって手が加えられている。

 そして、そのEOSのウチの一機に乗り込んでいた上半身裸の少年が、整備士の中の最年長の男に声をかけながら、機体から降りるところであった。

 

「でも、“敵”は追い払えた」

 

「……今回も隣の国の連中か?三日月」

 

 小国同士の小競り合い。利権やら何やらで、政治家は小奇麗な部屋で怒声を飛ばし、国の兵士は銃弾を飛ばしあう。

 よくある話ではあるが、その国境付近の所謂最前線でその少年兵、三日月・オーガスは戦っていた。

 今日もその散発的な戦闘の一つで、今はお互いに兵を引き様子見の状態となっていた。

 

「うーん……」

 

「?」

 

 散発的に攻めてくるいつもの敵かどうか確認する整備士、ナディ・雪之丞・カッサバはいつもハキハキと答えを返してくるはずの三日月の悩むような声に首を傾げた。

 

「いつもとは少し違うかな」

 

「どういうこった?」

 

「攻めてきてる奴らは同じだけど、いつもと違って気持ちが悪い感じ」

 

 感覚的な物言いに、雪之丞は自然と三日月の背中の一部、首の付け根のあたりに視線を向けた。そこには、先程までEOSと“接続されていた”コネクターがあった。

 『阿頼耶識システム』

 操縦者の脊髄に、ナノマシンを用いた外科手術によって金属端子を埋め込み、機械側の端子と接続させることで、操縦者の神経と機体を直結させ、ナノマシンによって高められた空間認識能力と合わせることで、脳内のみで外部情報の処理を可能にし、高い追従性能を引き出すシステム。

 三日月を含む、この場にいる少年兵たちは全員このシステムが利用できるように処置を施されていた。

 

「おやっさん?」

 

「ん?おお悪い。少し考え事してた」

 

「……歳?」

 

「舐めたこと抜かしてると整備してやんねーぞ?そんで、不満点は……言いだしたらキリがないか。して欲しい改善点は?」

 

 EOSは元々ISと言う原点があるパワードスーツであった。

 IS、正式名称『インフィニット・ストラトス』とは、稀代の天才である篠ノ之束が開発したマルチパワードスーツであった。宇宙で使用することを目的としたそのスーツは、様々な装備の量子収納、操縦者の保護を目的とした絶対防御、自己進化を成すコアなど、革新的な様々な機能を有していた。

 そして、ある事件を経てからISの軍事的な性能が見直され、既存の兵器の頂点の地位を一足飛びでISは手にしたのだった。

 だが、そんな一昔前の漫画に出てきそうなそれには解明されていない欠点があった。それは男性には乗ることができないということだ。

 これにより、世界には女尊男卑の風潮が広まり始める。

 それに危機感を抱いた者たちはISに対抗できるものを生み出そうとする。それがEOS開発の経緯であった。

 だが、実際にできたのはISと比べるべくもない粗悪な劣化品であった。

 パワーアシストもあるにはあるが、無いよりはマシ程度。

 バッテリー式で、素の状態で約十分。増設しても三十分が限界。

 量子格納は出来る訳もなく、装備は全て外付けであった。

 

「ISが使ってるって持たされたサーベルだっけ?あれ使いにくいから違うのない?」

 

「ちょっと待ってろよ…………ほれ、ここにある武装のリストだ」

 

 そう言って、武器の一覧表が表示されたタブレットを渡してくる雪之丞。

 反射的に受け取る三日月であったが、画面を一瞥した後に苦笑いを浮かべ、どこか申し訳なさそうにそのタブレットを雪之丞につっ返す。

 

「おやっさん、ごめん。俺は……」

 

「あぁ、そう言えば文字読めねーのか。なら絵が出てくるようにしといてやるから、矢印を押して色々と見てみろ。気に入るのがあったら教えな」

 

 そう言って、簡易的なタブレットの使用方法を教えた雪之丞は、三日月の乗っていたEOSのバッテリーパックの交換を行う作業を始めた。

 

「ミカ」

 

「オルガ」

 

 しばらく武器の映像を眺めていた三日月に、新しい人物が声をかけてきた。

 三日月と同じく未だ少年であるが、身長は三日月よりも大きく背丈だけなら大人とさほど変わりない。

 その少年、オルガ・イツカはどこか真剣な表情で三日月の首に腕を回し、顔を近づけてから小声で話し出す。

 

「今回の戦闘、敵がきな臭い動きなのは気付いてるだろう」

 

「うん、どこか気持ち悪い」

 

「恐らく向こうにはISがある」

 

 その単語に三日月がピクリと反応を返した。

 

「さっき見てきたが、上のオヤジどもはいつにもまして慌ただしく騒いでた。聞こえた単語だけで判断すれば、この国の政治屋が敵のISを俺たちで追い返せって命令してきたらしい」

 

 無茶な話であった。

 只でさえ拮抗状態の戦況で、向こうには数段上の兵器が増援として送り込まれるのだ。戦場の流れが変わるどころか、それこそまとめてひっくり返されてしまうような要素であった。

 

「それでここからが本題なんだが――――」

 

「いいよ」

 

 説明の重要な部分を口にする前に三日月が了承の意を伝えてくる。

 食わせ気味の返答に一瞬目をパチクリさせるオルガ。その反応が面白かったのか、クスリと笑みを零しながら、三日月は武器の見聞作業に戻るために手元のタブレットに視線を落とした。

 

「難しい説明は多分俺じゃ分からない。だから、命令してくれオルガ。次は何をやればいい?俺はどうすればいい?」

 

 その三日月の言葉にオルガは獰猛な笑みを返した。

 そして、それから数分後、説明を終えたオルガは目的のために動き出す。三日月と一旦別れ、整備をしている人間の内、やけに恰幅のいい人間に近付き、先ほどの三日月と同じく首に腕を回しつつ、人気の薄い場所に連れ出す。

 連れ出した相手の首周りが太く、腕を回しているのが体勢的に辛かったのか、移動後はすぐに拘束をとくオルガであったが。

 

「どうしたのさ、オルガ」

 

「ビスケット、国の上の連中、ここを捨てる気らしい」

 

「え?!」

 

 三日月よりもいい反応を返してくる目の前の、自身と同じく少年であるビスケット・グリフォンに微笑ましさを感じながらもオルガは説明を続けた。

 

「昨日の補給物資の中にISが紛れていた。それに合わせるように今日の戦闘はいつもと違う戦略を敵は使ってきてる。恐らくだが、向こうにもISがあるんだろう」

 

 この基地には前日に補給用のコンテナがいくつか運び込まれていた。

 そのコンテナの中にEOSのパーツに紛れ込ませるように、IS運搬用の小型コンテナが混じっていた。

 この基地の大人たちからも色々と冷遇を受けている中、少しでも状況を把握するために普段から色々と情報を仕入れているオルガがそれを把握するのに、そんなに多くの時間は必要としなかった。

 

「そんな!ISは軍事的な利用を禁止されているのに」

 

「そんな建前いくらでも言い訳がつく。問題はここからだ。ISに対抗するために国がISを送ってきたってのに、肝心のパイロットがいない。お前、ここ最近新しくここに来た女を誰か見たか?」

 

「いや、そんな人は……まさか?」

 

 そこまで説明を聞いて、ビスケットはあることに気付く。

 

「ああ。そのパイロットがいるにしろ、いないにしろ、何はともあれタイミングが出来過ぎてる」

 

「じゃあ、もしかして……」

 

「ああ、この国の政治屋連中はISを手土産に美味い汁を吸うつもりらしい」

 

 オルガの推測はこうであった。

 小規模とはいえ、最前線で戦闘を続けているこの倉庫を含む軍事基地は色々な意味でこの国の僻地であった。

 そして、交戦状態の相手国がISを投入することを察知した国の政治屋が、対抗措置としてこの基地にISを派遣してくる。

 だが無駄に抵抗し、下手に被害や割かなければならない予算を消費するよりも、政治的な取引を行う方が利になると国は判断したようであった。

 ISと言うのは、そのコアによって存在する絶対数が決まっている。その数たった467基。その為、各国が持っているISは片手で足りるどころか、存在しない国も珍しくないのであった。

 その貴重なISを引換に、国は後のことを踏まえた秘密裏の交渉を敵国と行うというのが、オルガが予想した展開であった。

 

「ちょっと待ってよ。それなら僕たちは」

 

「あぁ。ここを維持するには少なくない金がかかる。それにいくら俺らのようなガキが作業してるからって、食い物も少なくない量がいる。なら、国としては、ここが人員ごと無くなったほうが都合がいいだろうさ」

 

 戦争というものには、資金はもちろん、多くの物資が必要となってくる。それは近代戦に限らず、剣や弓といった原始的な方法で戦争していた古代でも変わらずだ。そして、只でさえ金のかかる兵士の育成を現地の少年兵で補充することで、省いているのに今更国や基地の上層部が彼らのような少年兵の被害を考慮するとは考えづらい。

 

「よしんば逃げ出したとしても、俺らはここのオヤジどもに弾除けにされるのが関の山だ」

 

 戦争というのはコントロールが難しい事象である。そんな中、どさくさに紛れるように逃げるのはできなくはない。だが、コスト的にも一番軽視されている少年兵を大人が使い潰そうとする姿がありありと予想できてしまう。

 しかし、戦闘が始まっているというのに、なぜまだこの基地は機能しており、未だに人的被害がいつもと変わらないのか。

 そこで繋がってくるのが、三日月も感じていた違和感だ。

 

「向こうの敵も、殲滅の前にISの確保をしなきゃならねえ。だからこそ、今の小競り合いなんだろうよ。恐らくは、既に国の上の方では話が着いてる」

 

 いつもとは違った戦略は、この基地をISごと破壊してしまわないようにしようとする敵側の気遣いである。そして、昨日の今日。補給が行われてすぐに戦闘が行われたのは、既にかなり以前から基地の上層部と敵国は繋がりを持っていたということだ。

 でなければ、ここまで誂えたかのような状況などはできない。

 

「そんな……じゃあ、これまでの戦闘で死んでいった皆は……」

 

「ああ……この国に殺されたんだよ」

 

 静かに、だが確実にオルガは憤怒の感情を表に出していた。

 

「……ビスケット。整備のガキどもとおやっさん、あと厨房にいるアトラとお前の妹たちを連れていつでも地下の防空壕に行けるようにしておけ」

 

「どうするつもり?」

 

「このままここで死ぬのは真っ平だ。それにそれじゃ筋が通らない。割を食うのが俺たちだけってのはな――――事を起こすぞ」

 

 その言葉に、ビスケットは力強く頷いた。

 

 

 

 

 

 





次回は最低でも一週間後です。

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