テキはトモダチ   作:おかぴ1129

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5-β.あなたの声を響かせたくて

「あー……あー……全員、執務室に集まって」

 

 業務のすべてがストップし、魅惑と戦慄のピンク色に支配された、混沌と欲望渦巻く時間帯へと突入した鎮守府に、無気力な提督の声による放送が鳴り響いた。

 

「なんだよこんな時間にー……天龍二世と赤城の姐さんに会いてぇってのによー……」

「球磨は赤城と早く晩ご飯食べたいクマ……」

「私の大切な赤城は体調は大丈夫なんでしょうか……」

「集積地さんにボンビーなすりつけたいのです……」

「それは嫌だけど私も早く電といっしょにゲームやりたい……」

 

 主要メンバーが次々と、不平不満を漏らしながら執務室に集まってくる。一部、聞き捨てならないセリフを吐いている者もいるが……まぁそれは、聞かなかったことにしよう。

 

 私はその様子を、別室で裂きイカを貪り食いながらのぞき見ている。私もあの場にいたら、きっとみんなに迫られて……ドキドキ……いや、言い寄られて、作戦どころではなくなるのではないか……そんな提督のアドバイスを受けてのことだ。

 

「……」

「コワイカ……」

『……』

 

 そして、天龍二世さんと砲台子鬼さんも、私と一緒にこの別室で佇み、隙間から執務室の様子を伺っている。天龍二世さんは、すでに天龍さんとケッコンし、そしてリコン済みだ。そんな天龍二世さんと天龍さんが同じ部屋にいたら、天龍さんがどうなるか分からない……そんな私の提案を、提督は困惑しながら承諾していた。

 

 砲台子鬼さんは、万が一にも私達が再びピンク色にとらわれないためだ。砲台子鬼さんの砲撃は、不思議と私と天龍二世さんを正気に戻してくれた。ならば一緒にいたほうが、再び私達がピンク色に囚われるのを防いでくれることだろう。

 

「……あ」

「コワイカ?」

「……提督秘蔵の裂きイカ、なくなっちゃいましたね」

 

 『お腹が空いてるんなら、これ食べてもいいよ』と言われていた裂きイカ5キロだったのだが……知らないうちに食べつくしてしまっていたようだ。そら夕方から食事も取らずに籠城していたわけだから、これぐらいは平らげてしまっても不思議ではない。一航戦の食欲をなめてもらっては困ります。

 

「……まぁ、大丈夫でしょ。知りませんけど」

 

 ちなみにロドニーさんと青葉さんは来ない。なんでもロドニーさんいわく、青葉さんは自室で実に気持ちよさそうに鼻提灯を膨らましているんだとか。ロドニーさんの不意打ちの一撃がそこまで強烈だったとは……。

 

 ロドニーさんは、そんな青葉さんについているようだ。いくら非常事態といえど、青葉さんを気絶させたのはロドニーさん。ゆえに彼女は、仕方がないとは理解していながらも、このことに責任を感じたようだ。ありがとうございます。恐縮です。

 

「なんだよ提督ー。こんな夜更けにさー」

「赤城に合わせてほしいクマー。赤城はどこ行ったクマー?」

「弟子の赤城の無事を! 無事を確認させてくださーい!」

「電も奥様と早く部屋に戻りたいのですー!」

「ぶほっ……い、イナズマ……みんなの前で……やば……鼻血出る……」

 

 執務室に集まったみんなは不満でいっぱいのようだ。やっぱり一部おかしな言動の者がいるが……いや全員おかしいな……それでもちゃんと執務室に集まるあたりは、さすがこの鎮守府のメンバーといえる。みなさん、上官の命令には忠実で素敵ですね。

 

「みんなを呼んだのは他でもない」

 

 提督がいつもの調子の声でこう切り出し。ついに作戦が開始されたことが伝わった。その名も『あなたの声を響かせたくて大作戦』。この作戦で、みんなが元に戻ることを心から祈る……!

 

「早く話を終わらせて、赤城に合わせるクマー!!」

「そうでーす! 私の大切な赤城に会わせて下さーい!!」

「早く電たちを二人っきりにさせてほしいのでーす! 電たちは新婚なのでーす!!」

「ぶはっ……い、イナズマ……大胆すぎる……ッ!?」

「そして赤城さんを早く電たちの元に連れてくるのです!!」

「イナズマ……かっこいいぞ……私の夫、イナズマ……!!」

 

 約一名の反応が、さらにおかしなことになってきた気が……

 

「いい加減にしろ集積地。その醜態は何だ。お前は仮にも深海棲艦の姫クラスだろうが」

 

 戦艦棲姫さんの堪忍袋の尾が切れたようだ。かなり厳しい口調で集積地さんの醜態を諌めている。一歩間違えば、怒気ではなく殺気がこもってそうな声色だ。

 

 だが戦艦棲姫さんがそうであるように、集積地さんもまた、深海棲艦の中でも最強格の姫クラス。つまり集積地さんと戦艦棲姫さんの強さは同格。

 

「うるさい!! 私は確かに姫クラスの深海棲艦だ!!」

「だったらもう少ししっかりとだな……」

「だがその前に、私はイナズマの伴侶だ!! イナズマの嫁だ!!!」

「お、おう……」

 

 ……私はなんだか頭が痛くなってきた。ああまで言い切られると、確かに言われた側としては『おう』としか返事が出来ませんよねぇ……戦艦棲姫さん、ご愁傷さまです。

 

「集積地さん……じーん……」

「イナズマ……私はお前のものだ……」

「電も集積地さんのものなのです……」

 

 かと思えばひと目もはばからず自分たちだけのワールドを展開し始める二人……。ここまで深く侵食されているとは思わなかった……段々この作戦が本当に効果があるのかわからなくなってきた……。

 

 ええい。状況はすでに始まったのだ。何をするか決めたら、あとは前だけ見て走る。この前漫画で読んだセリフだが、この言葉を信じ、作戦が成功することを信じて見守ろう。私は胸に天龍二世さんを抱いて……頭の上に砲台子鬼さんを乗せて、隣の執務室の状況をジッと見守ることに専念した。

 

「んじゃ本題に入ろうか」

「早く赤城を!!」

「赤城と一緒にお風呂入るクマッ!!」

「うう……天龍二世……俺のもとに……戻ってこねえのかなぁ……」

 

 みんな思い思いのセリフを口走って、提督の話をまったく聞いてない……しかし大丈夫。提督の声は、こんなことで遮られるほど、脆弱な無気力ではないはずだ。

 

「えー……深海棲艦サイドとの停戦に関しての、我が鎮守府の活躍が……」

「赤城ー!! どこにいるクマー!?」

「赤城は私の大切な弟子です!」

「私と夫にとっても、アカギは大切な存在だ!!」

「集積地さん……電のことを夫だなんて……てれてれ」

 

 がんばって! 負けないで下さい提督!!

 

「……我が鎮守府のがんばりが、司令部にも改めて認められた」

「それはいいから早く私の赤城を!!」

「今晩は赤城と一緒の布団でごろごろするクマッ!!」

「今晩赤城さんと一緒に寝るのは電と電の奥様なのです!!」

「あんっ……イナズマぁん……もうやめてぇん……」

「うう……天龍二世……寂しいぜ……姐さん……俺を慰めてくれねぇか……」

「ついては、俺からみんなに言いたいことがある」

 

 そこです!! 提督!! 今こそあなたの必殺技を繰り出して下さい!!!

 

「みんなありがと。お礼にみんなに間宮のチケットあげるから、明日みんなでクリームあんみつでも食べて来なさい」

 

 執務室の気温が、5度下がった。

 

「「「「「……」」」」」

 

 10秒ほど時間が止まり、全員の頭の上に浮かんでいたハートマークが、パリンという音とともに砕け散っていく様が、私には見えた。

 

「……え、け、結構ですが……」

「そお? 大盤振る舞いだよ?」

「理由はさっぱりわからないけど、テンションだだ下がりだクマ……」

「なんで? 間宮のクリームあんみつ、みんな大好きだろ? 美味しいよ?」

「た、確かにそうなのですけど……」

「……不思議だぜ。さっきまで興奮してた頭がすんげークリアになった」

「なんでよ……お前さんたちの普段の頑張りを労おうと思って、うんうんうなって考えたのよ?」

「いや、確かに提督の気持ちはうれしいが……」

「ものすんごいテンションが下がったのです」

 

 これだ。これを狙っていた。作戦は大成功だ。

 

 常日頃からそうなのだが、提督は人のヤル気を削ぐのがとてもうまい。それが意図したものなのか、それとも無意識的なものなのかは分からない。だが、どれだけ士気が高い艦娘であっても、提督と二言三言話をすれば、そのやる気は一気に減退してしまう。

 

 特に提督の場合、感謝の言葉やねぎらいの言葉にその傾向が強い。目が死んでいて、本音なのかウソなのかよくわからない状態での『ありがとう』ほど、うさんくさいものはなく、そのせいで、聞いた者のテンションが強制的に激減するのかもしれない。

 

「えー……みんなちょっとひどすぎじゃない? おれはみんなの提督よ?」

「ひどすぎもクソも、テンションだだ下がりになったのは間違いないクマ」

「そうですね……」

「うん。なんか……あれだけ『天龍二世大好き!!』て思ってた気持ちも、なんか落ち着いてきたな……」

 

 恐るべき提督の『やる気スイッチオフ』能力。まさかここまで効果てきめんだとは思ってもなかった……。これはもう、才能や個人の能力という範疇を飛び越えた、ある意味では戦略兵器にも匹敵するものではないだろうか。戦地に提督を送り込んだ場合、戦闘中の兵士たちのやる気が一気に減退して、どちらにも勝敗がつかない状態で戦闘が終了しそうだ。

 

『だって引き金ひくのめんどくさいんだもん。砲撃? だるいよ……』

『いいじゃないもう戦わなくて……みんなでボイコットしちゃおうよ……』

『俺たちじゃなくても誰かが戦ってくれるよ……知らんけど』

『つーか向こうだって戦いたくないって……知らんけど』

 

 とか言いながら戦闘をボイコットする兵士たちで溢れかえる、ある意味平和な戦場を反射的に想像した。もしそれが本当だとしたら……提督はこの世界に真の平和をもたらせる貴重な人材ということになる。

 

「まぁ、チケットいらんのなら、無理にとはいわんよ? 知らんけど」

 

 でもそれって、なんだかものすごーく嫌な形の世界平和だけど。愛ではなく、慈しみでもない……ただただ争いのない世界……差別もなく、殺戮も犯罪もない理想郷……だがそこに競争や喜び、人間的な感情は何もなく、ただただ『めんどくさい』と『知らんけど』が蔓延した、怠惰で無責任でやる気ゼロな世界……

 

「んじゃ大淀、浮いた分で明日俺と一緒に行く?」

「はい。お供いたします」

 

 唯一……その戦略兵器クラスの能力に抵抗できる可能性があるのは……提督を慕っている大淀さんぐらいか……あの人はなんでやる気が萎えないんだろう? やはり愛の力ですかね。

 

「提督?」

「ん? どしたの球磨?」

「話は終わったクマ?」

「うん」

「なら球磨たちはさっさと帰るクマ」

「うん」

「提督、おやすみだクマー……」

「では私も失礼して。おやすみなさい」

「はいおやすみー」

 

 あれだけまっピンクに染まっていた面々が、今は完全にやる気を失って、我先にと自分の部屋に戻っていく……この作戦を立案したのは私だが、その予想以上の効果に空恐ろしくなった。

 

「これが……これが私達の提督……!!」

「コワイカ……」

『……』

 

 私は、何かとんでもない光景に立ち会ってしまったのではないか……甚大な破壊力を持つ兵器を開発してしまった科学者の気持ちって、ひょっとしたらこんな気持ちなのかもしれない……サクラバイツキ……なんという恐ろしい男。

 

 ……かといって、別に身震いとかはしないけれど。そんなところが、私もあの提督によって、やる気スイッチをオフにされているがゆえなのかもしれない……。

 

「電たちも帰るのです……」

「帰ってボンビーを電になすりつけなきゃ……でもなんかめんどくさい……」

「奇遇なのです……電ももうめんどくさいのです……」

「イナズマとアカギと3人で、ゲームしながらいちゃいちゃしようと思ってたのに……」

「なんかもう今日は……それすらもめんどくさいのです……」

 

 耳を疑う発言をしながら、電さんと集積地さんも、資材貯蔵庫へと戻っていく。さすがに二人の仲は大丈夫なようだが、あの二人からあんな発言を引き出すとは……このサクラバイツキという男……本当に恐ろしい……。出ていくときの2人、珍しく手すら繋いでないですよ……どれだけヤル気が吸収されたのでしょうか……。

 

「……さて、これでいいの? 赤城?」

 

 先ほどの面子がすっかりいなくなったことを確認し、提督が別室にいる私たちにそっと告げた。その言葉を受け、私は胸に天龍二世さんを抱いて、頭の上に砲台子鬼さんを乗せたまま、ドアを静かに開き、執務室の提督と大淀さんに合流することにする。

 

「お見事でした」

「そんなもんかねぇ……」

「いえ、さすがです」

「褒められてもまったくうれしくないんだけど……」

 

 私の言葉を受けた提督は、相も変わらずの死んだ魚の眼差しで自分の席に戻った。それを受けて砲台子鬼さんも私の頭からぴょんと飛び降り、机の上の指定席へと戻っていく。大淀さんが自分の席に戻り、執務室内に見慣れた光景が戻った。今、鎮守府の平和は戻ったのだ……!!

 

「感慨深そうなところ申し訳ないけど赤城」

「はい?」

「俺もそろそろ疲れたからさ。今日はもう終わりでいい?」

「はい。……ぁあそうそう」

「ん?」

「……裂きイカ、全部いただきました」

「……まぁ、仕方ないよね」

 

 多少は覚悟をしていたのだろうか。さして驚く様子も見せなかった提督と、そんな様子を微笑ましく見つめていた大淀さん、そして守護神の砲台子鬼さんを執務室に残し、私は天龍二世さんを抱いて部屋を後にする。

 

「いや、天龍二世さん。お疲れ様でした……」

「コワイカ……」

「……これで鎮守府も元に戻りましたし……明日からはいつも通りですね」

 

 今日はつかれた……こんなに疲労感が蓄積したのは、戦争が終わって以来、初めてのことじゃないだろうか。というか、戦闘行為に等しい疲労感が溜まっていることに驚きだ。確かに今日は実にハードな一日だったが、まさか命のやりとりと同等の疲労が溜まっていたとは……

 

 なんだか自覚したら足取りが重くなり、天龍二世さんを抱える両手が、その重みに耐えられなくなってきた。天龍二世さんを床におろし、自室まで自分で歩いてもらうことにする。

 

「それじゃあ天龍二世さん。おやすみなさい」

「コワイカー」

 

 私の部屋の前で、天龍二世さんと別れる。部屋に入ったら大きな伸びをした。途端に体中に襲いかかる疲労感。これは、提督によってやる気スイッチをオフにされたことからくる倦怠感と、執務室での籠城の疲労のダブルパンチだ。

 

「この赤城……さすがに今日は疲れました……」

 

 寝巻きに着替えて布団を敷く。いつもやってることのはずなのに、やたらとめんどくさく感じたのは、きっとやる気スイッチがオフになってるからだ。提督の能力の残滓が、やたらと私の行動にブレーキをかけようとする。

 

 やっとの思いで布団を敷き終わり、中に入って明かりを消した。

 

「ふぅ……寝ますか……」

 

 途端に瞼が重くなる。体中の機能がひとつずつ停止していくのを実感しながら、その心地よさに身体を委ね、私は夢の世界へと没入していった……。

 

 ……まだ悪夢は終わってないということを知らずに。

 

………………

 

…………

 

……

 

……

 

…………

 

………………

 

 翌朝。気持ちのいい朝日に照らされ、私は実に気持ちよく目をさますことが出来た。

 

「んん~……ッ!!」

 

 朝一番の伸びが心地よい。久しく感じてなかった、よく眠り、疲労がシッカリと取れた証だ。伸びをした後で普段着に着替えた私は、昨日のハラヘリを若干引きずっている空腹を解消するべく、食堂に向かうことにした。

 

 食堂には、すでに何人かの艦娘たちが集まり、おのおの朝食を取っている。食堂に充満する、このお味噌汁の香りは……爽やかな朝に相応しい、油揚げと長ネギの田舎味噌か。素晴らしい。この清々しい気持ちに相応しい絶妙なチョイス。鳳翔さんの、長年の料理上手としての勘が冴える。

 

「おはようございます!!」

 

 そんな素晴らしいお味噌汁の香りに気を良くし、私は食堂内の喧騒に負けない声で挨拶をした。こんな素晴らしい朝は、やはり気合の入った気持ちのいい挨拶が相応しい。

 

「あ、おはようだクマー」

「おはようございます球磨さん!」

 

 朝食が乗ったおぼんを手にした球磨さんが、私に挨拶をしてくれる。その様子は、昨日のような血迷ったピンクの情熱は感じられない。

 

「赤城、昨日の約束は申し訳ないけどナシにしてほしいクマ」

「お忙しいんですか?」

「今日の遠征は遠くまでいかないとダメなんだクマ……まぁ、わざわざ2人でなくとも、いつもみんなと一緒にご飯食べてるし」

「そうですね。では、また機会があれば」

「了解だクマ」

 

 うん。球磨さんは元に戻っているようだ。昨日の作戦の効果を確認した私はそのまま朝食を受け取るべく、配膳をしている鳳翔さんの元に向かう。

 

「鳳翔さん! おはようございます!!」

「ぁあ、おはようございます赤城」

 

 私の挨拶を受け、鳳翔さんは優しい微笑みを浮かべながら、慣れた手つきでお味噌汁をお椀に汲んでくれた。私がそのお味噌汁を受け取ると、そのまま一度厨房に戻り、私専用のお櫃を一つ、運んできてくれる。その笑顔からは、昨日のようなピンクの衝撃は感じられない。

 

「はい赤城。お櫃です」

「ありがとうございます!!」

「体調は大丈夫ですか?」

「おかげさまで。昨日はご心配をおかけしました」

「いえいえ。大切な弟子ですからね」

 

 うん。余計な意味など篭ってない、純粋な弟子への愛情が篭った言葉だ。鳳翔さんもキチンともとに戻っている。私が大好きな、私の先生の鳳翔さんが戻ってきた。

 

 球磨さんと鳳翔さん。2人の様子を見て安心した私は、窓際の席に一人で座り、食堂の様子を伺う。

 

「コワイカー!」

「なんだよ今日もゆらゆらしてぇのか? 埃がたつから飯食ってからだなー」

 

 天龍さんと天龍二世さんはいつもどおりだ。そこには新婚夫婦のラブラブな様子もなければ、離婚直後の殺伐さもない。いつもどおりの、極めて普通の2人だ。

 

「イナズマー。今日はどうする?」

「電は午後から遠征任務があるのです。晩ごはんは先に食べておいてほしいのです」

「分かった。じゃあ帰ってからまたゲームやるか」

「了解なのです」

 

 私の席から少し離れたところにいる電さんと集積地さんもいつもどおりの仲の良さだ。……まぁあの2人は、ケッコンしてようがいてなかろうが、微笑ましい関係は続くだろう。

 

「今日はどこか開いてる時間ある?」

「お昼過ぎに少し時間が空いてますね」

 

 私の後ろの席には、提督と大淀さんがいる。2人は朝食を食べながら、今日一日のスケジュールの確認をしているようだ。私は無意識のうちに両耳をゾウさんのように広げ、2人の会話を盗み聞きしてしまった。

 

「んじゃ、そのときに2人で間宮にいこっか」

「他の方を誘わなくてよろしいんですか?」

「うん。……つーかね、ちょっと大淀に話があるのよ」

「はぁ……」

「2人だけで話する機会なんてそうそうないからさ。ちょうどいい」

「?」

 

 おっとこれは急展開。ひょっとすると今日のお昼過ぎ、大淀さんの人生が決まるのかもしれないな……今晩の夕食時、ともするとびっくり報告が2人から上がるのかも……先に心の中で祝福しておこう。お二人とも、末永くお幸せに。

 

 私はダンボのように大きくなった耳を元に戻し、玉子焼きを頬張った。うん。玉子焼きも絶品だし、お味噌汁も素晴らしい。

 

「素晴らしい朝です。やはり鎮守府は、こうでないと……」

 

 昨日の朝もこんなに素晴らしいはずだったのだが……こんなに平和な朝を迎えたのは、なんだか随分久々のような気がする。それだけ昨日の体験がショッキングだったのか……ともあれ、鎮守府は平和だ。

 

 お味噌汁をすすりながら、窓の景色を眺める。海が朝日を反射して、キラキラと美しく輝いている。空は雲一つない晴天。……素晴らしい。なんと美しい世界か。こんな美しい海を守り通し、今後は深海棲艦さんたちと力を合わせ、再びこの海を守っていくことが出来る……そんな喜びが、私の胸を支配した。

 

 景色のずっと遠くの方に、船影が見える。恐らくは、この鎮守府に観光に訪れる陸上型深海棲艦さんたちが乗った船だ。かつて私たちが死力を尽くして戦った相手にして、今では私たちの心強い仲間。今ではたくさんの深海棲艦さんたちが、この鎮守府を通して人間の社会を訪れてくれる。そしてこの鎮守府は今、平和の象徴となっている……そのことが、私にはとても誇らしい。

 

「……アカギ」

 

 私が窓の外を感慨深く眺めていたときだった。私の大切なバトルジャンキー仲間、ロドニーさんの呼びかけが聞こえた。

 

「ぁあロドニーさん、おはようございます」

 

 私はいつものように、ロドニーさんに朝の挨拶を交わし、彼女と視線をあわせる。彼女はいつものように、朝食が乗ったお盆を右手に持ち、彼女専用のお櫃を左手で抱えていた。

 

「……同席して、よろしいか?」

「はいどうぞ」

「……い、いいのか?」

 

 んん?

 

「はい。構いませんが?」

「……では、失礼する」

 

 ロドニーさんはそう言うと、静かにお盆とお櫃を静かにテーブルの上に乗せ、私の向かいの席に静かに座った。いつもなら、お櫃を『ふんッ』とか言ってどすんって置くのに……?

 

「差し向かい……だな」

「はぁ……」

 

 なんかロドニーさんの様子がおかしい気が……まぁいいか。先日の帰国騒動のこともあるし、何かあればちゃんと話をしてくれるだろう。別に元気がないというわけでもないようですし。

 

 私の余計な心配をよそに、ロドニーさんは静々とご飯を食べ始める。

 

「……」

「……」

 

 いつになく口数が少ない。無言でご飯を食べていて、私とロドニーさんを、気まずい沈黙が襲う。

 

「……」

「……」

 

 しかもちょっと気になるのが、彼女のご飯の食べ方だ。いつもなら、決して下品ではないが……割と大きな口を開けて、一口一口がばっとご飯を口に運び、お漬物を豪快にバリバリとかじり、熱いお茶をずずずっと飲んでいた彼女だったはずだが。

 

 今日の彼女はまったく違った。口を小さく開け、ご飯を少量ずつ口に運んでいる。お茶も両手で上品に飲み、お漬物も品よく手で受け、パリパリと上品な音を立てて食している。

 

「……あのー」

「?」

「……何かあったんですか?」

「え……ど、どうかしたか?」

「いや……今日はずいぶん上品にご飯を食べてるなぁと」

 

 気になって彼女に問いただしてみたのだが……その途端、彼女は恥ずかしそうにうつむき、口を尖らせて……

 

「そ、その方が……女らしい……だろう?」

 

 とよく分からない返答を返してきた。私と視線を合わせず、うつむきがちに話すロドニーさんのほっぺたは……心持ち、赤くなっている気がする……。

 

「はぁ……」

「それに……少し、食べる量も控えようかと思ってな」

「なぜ?」

「ん……そ、その方が……」

「?」

 

 『今まで散々私の前でガツガツ食べてきてたのに?』とか『私は女の子っぽくないってことですか?』とか色々と疑問は尽きないが……それはまぁいい。

 

 それ以上に、さっきから気になっている事がある。この景色、なんとなくだが……どこか心当たりはないだろうか。

 

「……お、女の子っぽい……だろう?」

「……」

「わ、私は……男っぽいから……」

「……そんなことはないと思いますが?」

「パァァアアアア……ホントか?」

 

 ……ほら、この感じ。私が彼女のことを肯定した途端に、片思いが成就した小学生女子みたいな、純粋で屈託のない満面の笑みを浮かべる、この雰囲気……

 

「……でも、そうしたら私は女の子っぽくないってことになりますねぇ」

「そんなことない! アカギはとても……素敵な女性だ……!」

 

 それにほら、私のことを必死でフォローしようとするこの様子……。

 

「……アカギは」

「……」

「……アカギは、今までの私の方がいいか? 少食な私は、……嫌いか?」

「そんなことはないですが……」

「そ、そうか! アカギは、私のことは嫌いではないか!!」

 

 ……極めつけに、私に嫌いかどうか聞いてきて、『嫌いではない』と言われたら、満面の笑みで、全身で嬉しさを表現してくるこの感じ……。

 

 ……そういえば、昨日の『あなたの声を響かせたくて大作戦』の時、ロドニーさんは青葉さんの看病で席を外していた。まさか……。

 

 突如、『ガタン』という音が鳴り、ロドニーさんが勢いよく席を立った。右手は力いっぱいに箸を握りしめ、左手はプルプルと震えていた。全身をカタカタと震わせ、ほっぺたを赤く染めた彼女は、うるうるした瞳で、私をジッと見つめていた。

 

「あ、ぁあ、アカギッ!!」

「ひゃ、ひゃいっ!?」

「き、今日は……ひ、ひ、暇か!!?」

 

 まさか……私の胸に緊張が走る。身体中に生ぬるい風がまとわりつき、緊張で、全身が次第に硬直してきた。喉と額に冷や汗が垂れ、生唾を飲むのが精一杯となってしまう私。

 

「あ、いや……」

「も、もし時間があるなら……ッ!」

「あ、いやその……」

「こ、これから、私と……その……ケッコ……あ、いや」

 

 おい! 今何を言おうとしたんですかビッグセブン!! またお姉さんのネルソンさんにおしりをド突き回されたいんですか!? 頼むから、恥ずかしそうに涙目をギュッと閉じて、まっかっかな顔しないでくださいッ!!!

 

「これから私と……ふ、二人きりで、け、けけ、稽古をとらないかッ!!??」

 

 やっぱり……作戦の時にその場にいなかった彼女は、ピンク色にとらわれてしまっていたのか。まだ悪夢は終わってなかったのか……彼女はまだ、この鎮守府のピンク色の瘴気の残り香に、とらわれていたのか……

 

「そ、そのあと……2人で入渠して疲れを癒やして……2人で間宮でクリームあんみつをあーんってやりあって……」

「これ以上私を惑わせないでくださいッ!」

「そのあと、一緒の布団で2人でころんころんってするんだ……ッ!」

「助けてネルソンさんっ!?」

「え……や、やっぱりダメ……か……」

「ビッグセブンがそんなことで泣かないのッ!!!」

 

 終わり。

 


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