テキはトモダチ   作:おかぴ1129

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Confession

――ありがとう もう心残りはない

 

……

 

…………

 

………………

 

 心地よい温かさが身体を覆っている。はじめは全身の傷に染みて痛みが強かったが、それも次第になくなってきた。ちゃぷちゃぷという水の音が耳に届く。

 

「……アカギ」

 

 誰かが私の名を呼んだ。ずっとこの心地良いぬくもりの中でたゆたっていたい。だから声の主には、もう少し待っていてもらおう。私は視界を遮ったまま、返事をせずにしずかに佇んだ。

 

「起きろアカギ。気がついたんだろう?」

 

 静かにして欲しい。私はこの心地よいぬくもりの中で、もう少し眠っていたい。気にせず、私は目を閉じたまま、お湯の温かさの中でまどろみ続けた。

 

「……鼻の穴がピクピクして、ブッサイクな顔になってるぞ」

 

 彼女のこの言葉を聞いた瞬間、私の身体が反応した。私の肺の中の空気を少しだけ、鼻と口から押し出してしまった。

 

「……ぶふッ!」

「起きたか」

 

 その指摘は卑怯だ。私は狸寝入りをしようと頑張っていたのに。そんなことを言われると反射的に吹き出して笑ってしまうじゃないか。

 

「いやひどいですよロドニーさん……オフッ」

「いや、実際ピクピクしてたからな」

「乙女に言うセリフではないですね」

「私を轟沈寸前まで追い込んでおいてよく言う……」

「あなたこそ……人の唇を奪っておいて……」

「唇と唇じゃないんだからノーカウントでいいだろう……」

 

 私の隣で、同じく心地よい湯の中にその身を沈めているのは、先ほどまで私と『稽古』という名の潰し合いを演じてくれた良き敵、ロドニーさんだった。

 

 私とロドニーさんがいるのは入渠施設だった。戦いの最後の横槍のあと、私とロドニーさんは気絶したまま、戦艦棲姫さんにつれられて入渠したらしい。ちょうど、気絶したままロドニーさんにここに連れて来られた、あの日の電さんと同じように。

 

 ロドニーさんいわく、私と彼女は、冗談ではなく本当に轟沈寸前だったそうだ。いつ足元が海に沈み込んでもおかしくない状況だったらしい。あの場にいたのが他の艦娘ではなく戦艦棲姫さんだったのが幸いだ。彼女でなければ、私とロドニーさんを、たった一発の砲撃で黙らせるなんてことは出来なかっただろう。そしてあのまま戦いを続けていれば、どちらか一人……ともすれば二人共、轟沈していたことだろう。彼女にはあとで礼を言っておかなければ。

 

「あー、それからアカギ」

「はい?」

「あとでイナズマに謝りに行こう。テンリュウにも」

「なぜ?」

「えーとな……泣きじゃくってたそうだ」

「……電さんはわかりますか、天龍さんもですか?」

「テンリュウもだ」

 

 電さんは分かるが、天龍さんもか……と私は少し呆れたが、考えてみれば彼女はああ見えて、意外と優しく涙もろい。意外でもなんでもないことに気付いた。

 

 電さんは、全身傷だらけで血塗れだった私とロドニーさんを見て、酷く取り乱し、泣きじゃくったそうだ。彼女には『稽古』とだけしか伝えてなかったから、そらあの惨状を見たら取り乱すだろう。電さんには悪いことをしたな……。

 

 フと、自分の髪が湯に浸かってないことに気付いた。髪に触れる。私の髪は、バレッタでまとめられていた。バレッタに触れ、形状を確認する。見えないのでよくわからないが、この形状はおぼえがあった。

 

「イナズマが、気を失ってるお前の髪を留めたそうだ。自分のバレッタを外してな」

「そうなんですね……」

「私は編みこんでいるから大丈夫だったが、やはり髪は纏めたいだろう?」

「ええ」

 

 私は、自分の髪を留めている電さんのバレッタに優しく触れた。すでに結構な時間この入渠施設にいるからか、電さんのバレッタはほんのりと温かい。その温かみが、彼女の優しさや気遣いを象徴しているようで……まるで、電さん本人が私の髪を優しく結っているようで、胸のあたりの内側に、じんわりと温かさが広がっていった。

 

「ロドニーさん、あとで電さんにクリームあんみつでも奢りましょうか。お詫びがてら」

「だな。あと戦艦棲姫にも。先ほどの横槍の礼もかねて」

「ですね」

「テンリュウはどうする?」

「……明日にでも、対空演習でしばき倒すことにします」

「ぶふっ……ひどいな……」

「そうですか? スパルタなだけですよ?」

「それをひどいと言っているんだ私は。ククッ……」

 

 可笑しそうに笑うロドニーさんの笑顔を尻目に、私は明日、天龍さんを滞空演習でしばき倒すことを心に誓った。轟沈判定を10回は叩きだしてやる。泣くまで沈め続ける。それが、私を心配してくれた彼女への、私なりの礼だ。

 

 フウッとため息をつき、天井を見上げた。いつもの入渠施設の天井だ。冷たい水滴が一滴、私の頬に落ちてきた。戦いのときの水しぶきと同じ冷たさだが、心が穏やかな今、その冷たさに心地よい安らぎを感じる。

 

「ロドニーさん」

「ん?」

「なぜ今日だったんですか?」

 

 ずっと思っていた疑問を彼女にぶつけた。彼女との死闘は楽しかった。互いを極限まで潰し合うあの死闘を私は存分に堪能した。だから後悔も怨恨もない。なにより、私も心の奥底で待ちわびていたあの戦いに、何も思うところはない。

 

 だがなぜ今日なのか。なぜ今日、急に私と戦う気になったのかを知りたかった。何かキッカケがあったのか。それともフと思い立ったのか。理由は何だっていい。知っても良いことなら、私は彼女に教えて欲しかった。

 

 心当たりがあるとすれば……彼女はここ数日、ずっとおかしかった。夕食時も、好物の鳳翔さんお手製絶品ご飯を前にしてぼんやりとしていたし、お櫃一杯で夕食を終わらせるほど、食欲も減退していた。彼女が何かに気を揉んでいることは気付いていた。それが理由なのだろうか。

 

「……」

 

 ロドニーさんは、私の問を受け、神妙な眼差しで私と同じく天井を見上げた。天井よりもはるか遠くを見つめるその眼差しは、ロドニーさんが何か大きなことを抱えていることを如実に表わしていた。

 

 ぴちょんという水滴の音が聞こえた。天井の水滴が湯船に落ちたらしい。私の頬に落ちれば、あの心地いい冷たさをまた味わえたのに。

 

「何か言えないことですか?」

「……」

「まぁ、無理にとは言いませんよ」

 

 口を開かないロドニーさんの心をくみ、私はあえてそれ以上詮索しないことに決めた。気にはなるが、無理矢理に聞くことでもない。理由を知ることも大事だが、彼女とこの上ない戦いを堪能できたという結果の方が、私には重要なことだ。そう思い、私は後にロドニーさんと開くことになる、『電さんごめんなさいパーティー』に誰を呼ぶか、考え始めた。

 

「私は明後日、本国へ戻る」

 

 私がパーティーに天龍さんを呼ぶか迷っていた時、ロドニーさんの口がそんなことを告げた。あまりに唐突で、ともすれば聞き間違いかと思ってしまうような、そんな内容だ。

 

「そうなんですか?」

「ああ。少し前に、本国から帰還命令が下った」

 

 そう語るロドニーさんの声色は寂しく、そして話す表情には、曇り空が広がっていた。

 

 彼女は元々帝国海軍所属ではなく、イギリス海軍所属の艦娘だ。研修と称して永田町に在籍していたが、本来は帝国海軍の指揮系統からは外れている。彼女の上層部はイギリス海軍司令部であり、最高指揮官はイギリスの女王なのだ。

 

 現在ロドニーさんは、永田町鎮守府からこの鎮守府へと合流した後、永田町のクソが逮捕されるというゴタゴタで、所属鎮守府が不明瞭になってしまった状況だ。なし崩し的にこの鎮守府にいるが、本来は永田町鎮守府に所属していなければならない立場のはずだった。

 

「それが本国に知れたようだ」

「ここにいると、何かまずいことでもあるんですか?」

「特にはない。……だが、栄誉ある女王陛下の軍人として、そのような宙ぶらりんな者がいるということが、司令部は気に入らないのだろう」

「……」

「こちらに残りたいと言い続けたが……『とにかく戻れ』その一点張りだったよ」

「……」

「……それに、大将直々の命令とあらば……な」

 

 彼女は天井を眺めるのをやめ、私の方を向いた。戦う前のような、こちらに突き刺さってくるような鋭い眼差しでもなく、戦闘時の、少年のようにキラキラと輝く眼差しでもなく、この鎮守府に来てからよく見せるようになった、柔らかく優しい青く澄んだ眼差しが、一抹の寂しさと共に、私に微笑みかけていた。

 

「……仕方ないよな」

「……そうですか」

「帰る決心はついたが、一つだけ心残りがあった。……お前だ」

「私との……稽古ですか」

「ああ」

 

 本国へと帰ることを決心したロドニーさんは、『思い残すこと無くこの鎮守府を去りたい』と考えたそうだ。その時、彼女の心に浮かんだのは、鎮守府の仲間との別れの悲しみではなく、中途半端な形で提督の護衛の仕事を戦艦棲姫さんに丸投げする無念でもなく……私と死力を尽くして、全身全霊で存分に戦うことだったらしい。

 

「初めて会った時、お前の芯は私と同じだと思った。性根は優しく仲間思いだが、内に強大な闘志を秘め、強き者とは言葉よりも戦いで意思疎通を図る。……お前はそんな艦娘だと理解した」

「……」

「事実、他の子が私に対して戸惑ったり畏怖したりする中、司令官とお前だけは、私に真っ向から立ちふさがった」

 

――この場でビッグセブンを組み伏せるよりは、

  海上で弓を得物に存分に戦いたいものです

 

「お前のあの言葉を聞いた時、感動で心が震えた。『このような強き者が、私と真っ向から戦ってくれるのか』そう思っただけで、喜びで涙が出そうになった」

「……」

「ここに来て、深海棲艦と和解して……楽しく長閑な日々を過ごす中で忘れていたが……帰国を決めた直後、その気持ちが再燃したんだ。お前と戦いたい。全霊を持ってお前と触れ合いたい……それを成さねば、本国には戻れない……」

「……」

「……そう、思った」

 

 そう語る彼女の顔は、いつしか再び天井を眺めていた。初めて会った日のことを思い出すように……まるで懐かしい友のことを思い出すような眼差しで、静かに天井を眺めていた。

 

 私も同じだ。彼女との楽しい日々が……深海棲艦さんたちとの戦争が終わり、戦いのない長閑な日々で久しく忘れていたが……

 

――貴公に、稽古をつけていただきたい

 

 ロドニーさんのあの言葉を聞いて、初対面のときのあの気持ちが再燃した。いざという時は彼女を止めなければならない……そんな建前の理由で、私は彼女に追いつくために、ずっと練度を上げていたじゃないか。彼女と理解しあうために、ずっと研鑽してきたじゃないか。私も恋焦がれていたじゃないか。彼女と戦い、全力で潰し合い、そして理解し合うこの機会を。

 

 もし彼女が何も言わず本国に戻っていたとしても、私は思い出すこと無く、彼女がいなくなった寂しさを胸に秘め、また長閑な日々を過ごしていたのかもしれない。それはきっと彼女も同じはずだ。本国に戻った後、この鎮守府に残してきた私たちのことを時々思い出し、向こうで姉や仲間たちと、静かにのどかな日々を過ごしていたのかもしれない。

 

 でも、戦いを経た今だから思える。この充実を知ること無く過ごす日々に、どんな価値があるだろうか。この大きな満足を知らずに過ごす日々に、色はついているだろうか。

 

 いや、きっとそこに輝きはないだろう。灰色にくすんだ景色の中、ただ長閑な毎日を過ごすだけだ。今のような色鮮やかに輝く景色の中で、こんなに充実した気持ちで日々過ごすことなど、きっとできなかっただろう。

 

 だから彼女には感謝している。初めて会った時の、あの約束を守ってくれた彼女に。私と存分に戦ってくれ、こんなにも充実した気持ちをくれた、ネルソン級戦艦2番艦、ビッグセブンの一角、戦艦ロドニーに。

 

「ロドニーさん」

「ん?」

「戻るのはいつでしたっけ?」

「明後日には出立する」

 

 隣り合う私とロドニーさんの手が、湯船の中で静かに触れた。戦闘時にはあんなにも強大で雄々しく感じた彼女の手の平は今、とても小さくか細い、柔らかな少女の手となっていた。

 

「ロドニーさん、ありがとう」

「私こそ、お前に感謝する」

「あっちに帰っても、私以上の相手はいないですよ?」

「プッ……慢心というやつだ」

「へぇ……」

「……いや、きっとお前以上の者はいない」

「寂しいんでしょ。泣いちゃダメですよ?」

「お前こそな」

 

 そう軽口を叩きあう私たちの手は、いつの間にか繋がれていた。私の手を握る彼女の手は優しく、柔らかかった。

 

 その後充分に傷が癒えた私たちは、共に牛乳で喉の渇きを癒やした後、何よりもまず電さんに今回のことを謝罪することにした。集積地さんと一緒に入渠施設入り口のベンチに佇んでいた彼女は、私たちの姿を見るなり……

 

「赤城さん……ロドニーさん……無事で……よかったのですぅぅうう!!」

 

 と私たちに向かって走ってくると、私の腰にしがみつき、おいおい泣きわめきながら、

 

「あんなあぶないことしたらダメなのです! 怪我するのです!!」

 

 と私のおなかを、小さい両手でポカポカと殴っていた。

 

「ごめんなさい電さん。ご心配をおかけしましたね」

「うう……ただの稽古だって聞いたのに……あんなになるまで……ひぐっ」

「ただの稽古でしたよ。本当に」

「ウソなのです! あんなになるまで……ふぇええ」

 

 泣きじゃくる電さんの頭を、くしゃくしゃと撫でる。こうやって純粋に私たちのことを心配してくれる、彼女の優しさが愛おしい。

 

「アカギ」

 

 電さんと共にいた集積地さんが、困ったような笑顔で私たちを見る。どちらかというと、言うことを聞かない子供のわがままに困り果てた、母親のような笑顔だった。電さんならいざしらず、まさか私とロドニーさんが彼女にそんな笑顔を向けられることになろうとは……

 

「集積地さん、心配かけてすみませんでした」

「……いや、ちゃんと轟沈せず帰ってきたんだ。私は何も言うことはないが……」

 

 意外と優しい言葉をかけてくる集積地さんは、そのまま手を電さんの頭に伸ばし、私と同じく彼女の頭をくしゃくしゃとなで始める。

 

「……イナズマには、あまり心配をかけないでやってくれ。顔を真っ青にして、本気で心配してたからな」

「……反省します」

「謝る相手が違う」

「電さん……すみません」

「うう……ひぐっ……」

「お前もだロドニー」

 

 集積地さんは続けて、私の隣で佇むロドニーさんを見た。それに呼応したのか、電さんも私から離れ、今度はロドニーさんの腰のあたりをポカポカと殴りつける。その様は『きっと自分に娘がいたらこんな感じの子がいいな』そう思わずにはいられない愛おしさだ。

 

 集積地さんの言葉を受けたロドニーさんは、私と同じく申し訳なさそうな、バツの悪い表情を浮かべてうなだれ、額に冷や汗を垂らしながらもごもごと口を動かしていた。

 

「……も、申し訳なかった」

「お前も謝る相手が違う」

「……イナズマ、ごめんなさい」

「うう……い、電は許さないのです……」

 

 口からやっと出た言葉のようだ。相変わらず電さんの頭の上には『電は怒っているのです』の文字が光り輝いてはいるけれど……。

 

 ……そういえば、私はまだ電さんのバレッタをつけたままだ。私は髪を解きバレッタを外して、電さんに返すべく、彼女に差し出した。さっきまでお風呂に入っていたからだろう。パレッタは電さんのように、未だ温かい。

 

「電さん、バレッタありがとうございました。お返ししますね」

「いらないのですっ! あんな危ないことした赤城さんからなんて返してほしくないのですっ!!」

「電さん……」

 

 ロドニーさんから離れた電さんは、腕を組んでバレッタの変換を拒否する。ぷくーっと膨れた真っ赤なほっぺたを人差し指で突きたくなったが……今はやめておこうか。つっついたら火に油を注ぎそうだ。

 

 電さんが落ち着くのを待って、私たちはそのまま四人で間宮へと向かう。目的はもちろん、心配をかけた電さんに、お詫びのクリームあんみつ抹茶アイス乗せをごちそうすること。私たちもちょうど疲れていて、なにやら甘いものが食べたかったし、ちょうどいい。

 

 四人でクリームあんみつを堪能する。さっきまで『電は怒っているのです! プンスカ!!』とへそを曲げていた電さんも、抹茶アイスの誘惑には勝てなかったらしい。今では満面の笑みで抹茶アイスを堪能している。恐るべし間宮のクリームあんみつ。

 

「そういやロドニーさん、もぐもぐ……」

「なんだ? むにむに……」

「提督は、ロドニーさんに帰還命令が下っているのを知ってるんですか?」

「知っている。もぐもぐ……」

「ぇええええええ!!? ロドニーさん、帰っちゃうのです!?」

 

 降って湧いた疑問をロドニーさんになげかけた。提督は彼女の帰還を知っていたそうだ。ロドニーさんは帰還命令を受けた直後に、提督にその旨を報告したそうだ。その事を提督が黙っていたのは、それがロドニーさんの意向だったかららしい。

 

「提督は何か言ってましたか?」

「ちょっとだけ寂しそうな顔をしてな。『そっかー……寂しくなるなぁ』と一言だけ」

「たったそれだけですか……」

「うん」

 

 なんとそっけない……この鎮守府の正式なメンバーではないとはいえ、自身の護衛を務めてくれるロドニーさんが、この鎮守府を離れるというのに……。

 

「とはいえ、それがあったからアカギとの稽古を認めてくれたんだろう」

「でしょうねぇ……よく考えたら、実弾演習なんて前代未聞ですもんねぇ」

「電もその話を聞いて、震え上がったのです……電は絶対やりたくないのです……」

「ホント、よくやるよお前たちは……」

 

 呆れ果てる2人を尻目に、目の前のクリームあんみつを堪能する私たち。本来なら、2人の反応が一番正常で正しい。喜々として実弾演習に望み、生きるか死ぬかギリギリの死闘に満足するなぞ、ただの戦闘狂でバトルジャンキーなだけなのだ。私たちは、バトルジャンキーなのだ。素直に認めよう。

 

 とここまで考えていると、また疑問が湧いて出た。確かロドニーさん、お風呂の中で変なことを言っていた。

 

「そういやさっきお風呂で、ロドニーさん妙なこと言ってましたねぇ?」

「そうか?」

「何て言ってたのです?」

「この鎮守府に来た時、自分に真っ向に立ちふさがったのは、私と、提督だけだとか」

「あー……その話か」

「へー……あの、加齢臭が酷くて毎晩私にグチってたあの提督がか」

「ああ。あの方は、きっとお前たちが思っている以上に恐ろしい方だぞ?」

「死んだ魚の目をしてて、いつもいつも『知らんけど』とか言って無責任な人なのに?」

「ああ」

「確かに深海棲艦さんたちがここに来た時の司令官さんは、ゆらゆらしてて真っ暗で怖かったのですけど……」

 

 なんか意外だ。電さんが集積地さんを連れてきてからこっち、提督の知らなかった部分をよく見るようになった気がする。確かに深海棲艦さんたちと和解した時の、あのクソ中将を追い詰めていく提督には、底のない恐怖のような感情を感じたが……

 

「私の二度目の来訪の時を覚えているか?」

 

 ロドニーさんが白玉を口に運び、その感触をむにむにと堪能しながら、そんなことを口走った。その日のことはよく覚えている。ロドニーさんが持ってきた永田町からの命令で電さんが泣き崩れ、私とロドニーさんの間に一悶着あった日だ。

 

 あの日、私は提督から泣き崩れた電さんの介抱を頼まれて、彼女と提督を残して執務室を出た。その後のことは聞いてない。あのあと何かあったのだろうか。

 

「お前たちが執務室から出た後、司令官が私に言ったんだ」

 

 部屋に一人残ったロドニーさんを前にした提督は、帽子を脱ぎ、上着の第一ボタンを外して、ロドニーさんの前に威圧的に立ちふさがったそうだ。

 

『お前のことは歓迎する。だが、うちの鎮守府の子たちに危害を加えた場合は……俺が直々にお前を解体する』

『私は女王陛下の艦娘だ。そのような暴挙をしでかすと、貴公もただでは済まんぞ』

『偽装と隠蔽の方法はいくらでもある。解体されるお前さんが心配する必要はないよ』

『……』

『だからその時は覚悟しろ。逃げても追いかけて解体し、抵抗しても刺し違えて解体する。誰に何と言われようと……たとえお前さんの国を敵に回しても、俺が、直々に、そして確実に解体する』

『……なぜそこまでする? 艦娘なぞ、貴公達にとっては駒の一つでしかないだろう?』

『だから何だ? 永田町ではどうか知らん。だが俺は、駒を守るためならなんでもやる。お前たちの戦いが海上戦闘なら、これが俺の戦いだ』

『……言いたいことはそれだけか?』

『そうよ? よく覚えておいてちょうだい』

『……承知した』

 

 ロドニーさんの口から語られる衝撃の事実。提督はあの時のロドニーさんに向かって、そんな恐ろしいことを言っていたのか……和解の日の提督の姿で、その時のことを想像する。……背筋にゾクッと嫌な冷たさが走った。

 

「恐ろしいですね……」

 

 つい本音が口をついて出た。電さんを見ると、彼女は真っ青な顔でガタガタと震えている。私と同じく、イメージの中のゆらゆらしてる提督の姿に、恐怖を覚えたようだ。集積地さんは……

 

「へー……あの提督がなぁ……」

 

 齢90のおばあちゃんのように、美味しそうにずずっとお茶を飲んでいた。姫クラスの深海棲艦さんにとっては、確かに他人事ですしねぇ……。

 

「あの時の司令官には、底知れぬ恐怖を感じたな。口から出た出まかせかもしれんが……」

「……」

「ただ、あの死んだ魚のような眼差しでジッとこちらを見据えながら言われると、不思議な説得力があった。『この方ならやりかねない』そう思ってしまう迫力があった」

「ですね……」

「……同時に羨ましくもあった。『守るためならなんでもやる』と言い切る上官の存在に……お前たちを羨ましいと思ったよ。ずずっ……」

 

 いつの間にかクリームあんみつを平らげたロドニーさんは、集積地さんと同じく齢90のおばあちゃんと化して、しみじみと茶をすすっていた。飲み干した湯呑みをジッと見つめる彼女の眼差しは……

 

「ロドニーさん」

「ん?」

「美味しかったですか? クリームあんみつ」

 

 そんな上官を持つ私たちの仲間になれた嬉しさと、そんな私たちの元から離れる寂しさが同居している、なんだか複雑な表情をしていた。そして彼女の身体は、小さく縮こまっていた。

 

「……うん」

 

 

 


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