テキはトモダチ   作:おかぴ1129

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22. 遊びに来た理由 〜電〜

「天龍二世、このクソ中将に自己紹介してやれ」

 

 ……え?  慌てて天龍さんを振り返った。

 

「フフ……コワイカ?」

 

 突然執務室にやってきた天龍さんの左肩には、天龍二世さんこと、眼帯をつけたPT子鬼さんが乗っていた。

 

「電行け!!!」

 

 突然司令官さんにそう言われた。あまりに突然のことで私は何がなんだか分からず、ただおろおろとしているだけだった。

 

「はわわわわわわ……え? 子鬼さ……ぇえ!?」

「連れ出せアカギ!!!」

「はい!!!」

 

 みんなの動きが素早すぎる。おろおろしてる私にはまるでついて行けない。何が起こってるのか分からない。ロドニーさんの声を受けて、赤城さんが私の手を取って執務室から引っ張りだしてくれたけど、私はそれに引きずられるだけだった。

 

「天龍さん! 彼女は!?」

「演習場だ!」

「ありがとう!」

「コワイカー!」

「さすが相棒!」

 

 赤城さんは私の手を握ったまま、演習場に向かって走り始めた。赤城さんと私では歩幅が違う。私が一生懸命走っても、赤城さんに追いつけない……

 

「赤城さん! ちょっと止まって欲しいのです! 電追いつけないのです!!」

「ダメです! 止まっちゃダメです!!」

「なんでなのです!?」

「子鬼さんを見なかったんですか!?」

「見たのです! でもなんで子鬼さんが……」

「帰ってきたんですよ!!!」

 

――また……こうやって……グスッ……手を繋いで、デートしてくれるか?

 

 やっと気付いた。子鬼さんがここにいるってことは……

 

「集積地さん!?」

「そうですよ! 彼女が戻ってきたんですよ!!」

 

 集積地さんが戻ってきた……戻ってきてくれた!!

 

 赤城さんに引っ張られていた手を離し、私は自力で駆けた。曲がり角を右に曲がって……玄関から外に出て……裏に回って……

 

「集積地さん……集積地さん……!!」

 

 必死に駆けた。一秒でも一瞬でも早く集積地さんに会いたくて、ただそれだけのために、心臓が破れそうになるほど必死に駆けた。

 

「集積地さん……早く……早く……!!」

 

 間宮さんの前を通り……全速力でまっすぐ走って……そして、演習場が見えた。

 

「壮観だクマ〜……」

「ホントですねぇ……」

 

 球磨さんと鳳翔さんが演習場に佇んでいるのが見えた。二人が見るその時には、今まで見たこと無いほどたくさんの深海棲艦さんたち……そして……

 

「集積地さん……集積地さん!!」

 

 陸上型の深海棲艦さんたちが乗ってきたらしいボートのそばにいた。私が作った『しゅうせきち』の名札がついた、あずき色のダサいジャージを誇らしげに着た、大好きな友達がいた! 埠頭のそばで、なんだかそわそわと周囲を見回していた。

 

「集積地さん!!」

 

 たまらず立ち止まってその人の名前を呼んだ。大声で、精一杯の気持ちを込めて。電はここにいるのです! あなたの友達はここにいるのです!!

 

「集積地さぁぁあああああん!!!」

「!? イナズマ!!」

 

 心臓がバクバクして痛い。でもこれは、息切れしてるからじゃない。

 

「集積地さん!! 会いたかったのです!!!」

 

 バクバクする胸の痛みと息の苦しさを我慢して、もう一度全力で走った。大好きな友達の元に少しでも早くたどり着きたい。今私のずっと先で、両手を広げて私の名前を叫んでくれる友達の胸に、少しでも早く飛び込みたい!!

 

「イナズマ!!」

「集積地さん!! 集積地さん!!!」

 

 あと数メートルがもどかしくて……あと数歩がまどろっこしくて、私は集積地さんに向かって思いっきりジャンプした。受け止めるのです集積地さんっ!!

 

「集積地さんっ!!」

「イナズマっ!!」

 

 勢い良く飛び込んだ私を、集積地さんはしっかりと受け止めてくれた。私はやっと、本当の意味で友達と再会出来た。だけど……

 

「はわわっ!?」

「ぉおっ!?」

「ちょ……集積地さん!?」

「まっ……ちょ……バラン……ス……!?」

「「おぶぅうッ!?」」

 

 どうやら私の勢いを受け止めきる事は集積地さんには出来なかったらしい。私と集積地さんはお互いに抱き合ったまま……もとい、お互いしがみついたまま、海に落下してしまった。

 

「もがががががが……」

「い、息がががが……」

「「あばばば」」

 

 二人で海の中でガバガバともがきつつ……だけど二人くっついたまま、私たちはなんとか海上に顔を出せた。

 

「ぷぅっ!?」

「ぷあっ!?」

 

 二人で顔を見合わせる。……二人とも海に入ってしまったためにボットボトに濡れてしまってる……しかも集積地さんは、落っこちたときの反動のせいか、メガネが斜めにずれている。

 

「……ぷっ」

「……んくっ……笑う……な……」

「集積地さんこそ……ぶふっ……」

「くくっ……締まらないな私達は」

「締まらないのです……ぶっ……」

「「あはははははははははは!!!」」

 

 たまらず二人で笑ってしまった。やっと会えた。本当の意味で、やっと集積地さんと再会できた……。

 

「はぁー……イナズマ。約束を果たしに来た。会いに来たぞ」

「はいなのです! 待ってたのです!!」

「怪我、大丈夫だったようでよかった」

「集積地さんも大怪我してたのです。大丈夫だったのです?」

「お前に比べればまだ軽傷だ! それで傷も癒えたし、みんなで遊びに来た!」

「ここまでの大世帯でこの鎮守府まで来て大丈夫だったのです?」

「大丈夫だ。お前たちが教えてくれた」

 

 そう言って集積地さんは、私と一緒に海の中に入ったままで、少し離れたところを指差した。そこにいたのはヲ級さん。戦ったときはとっても怖い顔をしていたけど、今はとても優しい笑顔をしていた。

 

「なぁヲ級?」

「ヲっ」

 

 ヲ級さんの言葉なのだろう。彼女が『ヲっ』と言った途端、たくさんのたこ焼きみたいな艦載機がヲ級さんのそばに飛んできて、その周囲をふわふわと漂っていた。一瞬美味しそうだと思ったけど、よく見たら微妙にキモかった。

 

「偵察機で周囲の艦隊に見つからないように来た。お前の提督がやってたことだ。それに、仮に見つかっても、ちゃんと白旗を持ってきた」

「……イナズマ」

 

 私たち二人のところに、聞き覚えのある声の人が近づいた。一度目の出会いはとっても優しい柔らかい声で、二度目の出会いの時は、殺気がこもったとっても怖い声の主の人。

 

「戦艦棲姫さん!」

「先日の戦いでは世話になった」

「あの時はごめんなさいなのです……」

「いいよ。戦場でのことだ。それに、あれは先に砲撃したこちらも悪かった。すまなかったイナズマ」

「んーん。いいのです!」

 

 初めて会った時のように穏やかな笑顔をしている戦艦棲姫さんは、その手に真っ白に輝く白旗を持っていた。

 

 集積地さんと戦艦棲姫さんだけでなく、イ級さんやツ級さんといったたくさんの深海棲艦さんたちがこの演習場に勢揃いしていた。そして、いるのは海上だけじゃない。

 

「コナイデ…ッテ…イッテル…ノ……」

「来てるのはそっちだクマ……」

「……アツイ…ノ? アツイ……デショオ…?」

「確かに今日はいい天気ですしねぇ〜。冷たい飲み物でも飲みますか?」

 

 私自身も資料でしか見たことのない、飛行場姫さんや北方棲姫さんをはじめとした陸上型の人たちも一緒にいる。すでに上陸して、球磨さんや鳳翔さんと談笑しているようだった。

 

 集積地さんと再会出来たことはとてもうれしい。でもここで、頭にはてなマークが浮かぶ。なんで集積地さんたちは、こんな大人数でここの鎮守府に押し寄せてきたんだろう? 本当に遊びに来るだけなら、こんなに大人数でなくてもいいはずだけど……。

 

「集積地さん」

「ん?」

「なんでこんなに大人数でここまで来たのです? ホントに遊びに来ただけなのです?」

「……いや、実はちょっと理由があってな……」

 

 降って湧いた疑問を集積地さんに聞いてみたところ、彼女は戦艦棲姫さんと顔を見合わせ……

 

「この鎮守府の責任者である、濁りきった死んだ魚の目をした男はいるか!?」

 

 と戦艦棲姫さんが大声で呼びかけはじめた。んん? 司令官さんにご用事なのです?

 

「あと、ホウショウという艦娘はいるか!? いたら返事をして欲しい!!」

「それは私ですが……」

 

 あと、なぜか鳳翔さんも呼ばれていた。流石に自分の名前が呼ばれるとは鳳翔さんも思ってなかったみたいで、鳳翔さんは頭に大きなはてなマークを浮かべて戸惑いながら右手を挙げていた。

 

「ぉお、あなたが……」

「はい。鳳翔ですが……」

「あなたの冷やしおしるこ、絶品だった……」

「はい?」

「こってりとした甘みでありながら後味スッキリのあんこ……冷えているのにもっちもちで柔らかい白玉……箸休めの絶品塩昆布……すべてが至福の時だった……」

「はぁ……ぁあー! 集積地さんがお帰りになった時に、提督が手土産で持っていった冷やしおしるこですか?」

「うん」

 

 そういえば、あの時司令官さんは大きな紙袋を戦艦棲姫さんに渡してた! あれ、中身は冷やしおしるこだったのです!?

 

「ああそうだ。結局私はホウショウの冷やしおしるこをいただくことなく帰ることになったからな。私が食べたがってたことを提督は覚えていたんだろう。皆でホウショウの冷やしおしるこ、堪能させてもらった……」

「そうだったのです……」

「あれはやばかったぞ。“をだや”のどら焼き以上だった」

「ホントなのです……!?」

 

 恐るべき鳳翔さん……もはやどら焼きを超えた神の領域のお菓子としか思えないあのどら焼きすら超えるとは……!! 神様はすぐそばにいたのです! 神様は鳳翔さんだったのです……!!

 

 そんな神様・鳳翔さんと戦艦棲姫さんの会話はまだまだ続く。深海棲艦さんたちがここを訪れた理由の一つは鳳翔さんらしい。ということは……

 

「甘味だけでなく、料理全般が得意だと聞いたが……」

「……一応、みんなには喜んでいただいてますけど……」

「だから食べに来た」

「はい?」

「あなたの冷やしおしること絶品料理の数々、皆で食べに来た!」

「「「「ウォォォオオオオオオオ!!!」」」」

 

 なんだか妙な話になってきた。どうやら深海棲艦さんたちは、鳳翔さんの冷やしおしることご飯をごちそうになりたくて、わざわざ敵陣のこの鎮守府までみんなでやってきたみたいだ。

 

「……わかりました!! 今日の晩ご飯は私が腕をふるいます!!」

「おお……!!」

「その代わり冷やしおしるこは明日まで待ってください。今日は間宮さんのクリームあんみつをおすすめします!」

 

 鳳翔さんも覚悟を決めたようだ。鼻の穴を広げてそこから『ふんっ』と水蒸気を吹き出し、鳳翔さんは腕まくりをしていた。

 

「戦艦棲姫! マミヤのクリームあんみつも美味しいぞ!! 抹茶アイスが絶品だ!!」

「そうか集積地! なら今日はクリームあんみつだ!!」

「「「「ウォォォオオオオオオオ!!!」」」」

 

 集積地さんのフォローもあって、今日はこれからみんなでおやつの時間になったようだ。これだけの人数、間宮さんに入るのかなぁ……?

 

「イナズマ」

「はいなのです!」

「一緒に食べよう!」

「はいなのです!!」

 

 でもそんな心配しなくていいや。久しぶりに集積地さんとクリームあんみつを食べられる……それが一番大切なことだ。

 

「ぉおー……これはまたにぎやかな……」

「こ……これは何事だッ!!?」

 

 唐突に男の人の声が聞こえた。この声の主は司令官さんと中将さんだ。二人をはじめ、赤城さんとロドニーさん、大淀さんと天龍さんも演習場まで足を運んだようだ。

 

「ぉお! 貴君は……!!」

「あら、戦艦棲姫さんじゃないの。ご無沙汰」

 

 戦艦棲姫さんの姿を見つけた司令官さんは、いつもの足取りでトコトコとこちらに歩いてきた。埠頭のそばまで来た司令官さんは戦艦棲姫さんにぺこりと頭を下げた後、腰を下ろして私と集積地さんの方を笑顔で見てきた。死んだ魚みたいな眼差しはなりをひそめ、瞳が輝いているように見えた。私たちを見る司令官さんの今の眼差しは、本当に優しい。

 

「集積地。……おかえり」

「提督ただいま! 遊びに来たぞ!」

「うんうん。電、お前さんのことずっと待ってたからなぁ。……よかったな、電」

「「えへへ〜」」

「うんうん」

 

 私と集積地さんの気持ち悪いにやけ顔を堪能した司令官さんは再び立ち上がり、わたしたちのそばに立っている戦艦棲姫さんと固い握手をしていた。

 

「ようこそ俺の鎮守府へ。当方は貴君たちの来訪を歓迎する」

「ありがとう。この鎮守府の冷やしおしるこに誘われてきた。本日はマミヤのクリームあんみつとホウショウの絶品ごはん、そして明日は件の冷やしおしるこを堪能させていただく」

「承知した。うちの飯を堪能してちょうだいよ。鳳翔の腕は神レベルだから何だってうまいよ?」

「そう聞いている。楽しみだ……!!」

 

 司令官さんの言葉を受けた集積地さんは、微笑んだまま目を閉じて、ブルッと身震いしていた。これから間宮さんのクリームあんみつと鳳翔さんの晩ご飯の事を想像して、気持ちがはやっているようだ。なんだ。深海棲艦さんも私達と変わらないじゃないか。

 

 でも、どうやら戦艦棲姫さん……深海棲艦さんたちみんながここにやってきた理由は、食事だけではないようだった。

 

「ついては……提督」

「はいはい?」

「マミヤでクリームあんみつを食べるときは、貴君をはじめとしたこの鎮守府の皆にも同席していただきたい」

「それは別にかまわんけど、どうして?」

「……この鎮守府の皆は、集積地とPT子鬼たちに実に良くしてくれたそうだな」

「まぁ……自然に仲良くなっただけみたいだけどね。俺も感謝してるよ。集積地とPT子鬼たちは、うちの子たちのいい友達になってくれた」

「……先日の戦闘のこともあって貴君たちに対し猜疑的な私たちを、集積地は熱心に粘り強く説得してきた」

 戦艦棲姫さんが言うには、昨日のあの戦いのあと、集積地さんは必死に戦艦棲姫さんたちに私達の話をしてくれたらしい。なんでも……

 

――イナズマを見ただろう? テンリュウは泣いていただろう?

  あいつらは、私の友達になってくれたんだ……子鬼たちを空に飛ばしてくれたんだ!!

  そんなイナズマたちなら、私たちとの話し合いに応じてくれるはずだ!!

 

――『あいつらは話を聞かない』というが、

  私達は本当に話をするつもりだったのか!?

  イナズマたちに話を聞いてもらおうとしたか!?

  イナズマたちの話を聞こうとしたか!?

  あの時、私達がイナズマたちを挑発しなければ、

  あいつらとの戦闘にはならなかったんじゃないのか!?

 

 そう言って必死に深海棲艦さんたちを説得して回ったそうだ。そんな戦艦棲姫さんの話を受け、私と司令官さんはつい集積地さんの顔を見た。

 

「ぷゅ〜。ぷゅ〜ぷゅぷゅ〜」

「ぷっ……集積地さん……」

「とぼけるのはいいけど、口笛の音が出てないよ?」

 

 集積地さんは、顔が真っ赤っ赤になっていた。

 

「この鎮守府の者たちとなら、きっと前向きな会話が出来る……集積地のその言葉と、集積地と子鬼に対する貴君らの献身、信じさせてもらう」

「……」

「ついては、貴君たちと我々の今後について、話し合いを行いたい」

 

 集積地さんと海の中で抱き合ってる私から、ほんの一瞬だけ司令官さんが嬉しそうに口角を上げたのが見えた。これはあとで赤城さんから聞いたことなのだが、司令官さんは深海棲艦勢力との戦争にずっと疑問を持っていたそうだ。なんとかして、停戦と共存の道を探したいと思っていたらしい。

 

「貴君たちが間に入ってくれるのなら、人間たちとの交渉の場についてもいいと、私たちの中心である中枢棲姫も言っている」

 

 司令官さんは右手で握りこぶしを作り、それをギリギリと握りこんでいた。力の限り握りこんだその拳が持ち上がってしまうのを司令官さんは必死に耐えているようだ。我慢しないと自然にガッツポーズを取ってしまいそうになるほど、戦艦棲姫さんの言葉はうれしかったらしい。

 

「……よろしいのか。停戦に向けての話し合いに、応じていただけるのか」

「無論、条件がある。貴君たちが間に入ってくれることと、私達深海棲艦が時々ここに来て、ホウショウの絶品料理を食べることを許してくれることだ」

 

 司令官さんは、すでに食堂に向かって移動を始めている鳳翔さんの方を見た。すでに距離が離れている鳳翔さんは、たすきがけで腕まくりをし、えらくいい姿勢で食堂に向かって、ノッシノッシという足音に似合いそうな堂々とした姿で、こちらに背を向けて歩いていた。

 

「鳳翔! 今日から食事当番が大変になるよ!?」

「いいですよ! これだけのお客さん……やりがいがあります!!」

 

 鳳翔さんは一度歩みを止め、こちらに背中を見せたまま右腕の力こぶを見せると、再びノッシノッシと食堂に向かって歩いていった。

 

「……だそうだ。ではその話、間宮でクリームあんみつを食べながらゆっくりと」

「承知した」

 

 はわわわわわわ……なんだかすごいことになってきたのです……どうやら私達が間に入ることで、深海棲艦さんたちとの戦争が終わることになるかも知れない……。

 

 だけどこの場には約一名、そんな結末を望んでいない人がいる。この状況に全然着いてこれなくて、頭が混乱するばかりの人がいる。

 

「い、い、一体これは! 何の騒ぎだッ!!」

 

 親密な雰囲気を漂わせてる司令官さんと戦艦棲姫さんの間に、中将さんが割り込んできた。相変わらず寂しい頭に青筋が浮き出そうなほど真っ赤な顔をして、司令官さんと戦艦棲姫さんにくってかかっていた。

 

「貴様! なぜ敵と平然と話をするッ!? 許可した覚えはないぞ!?」

「……提督、この男は何者だ? 貴君の上官か?」

「ただのクソですからお気になさらず。それでは間宮の方へ……」

「私はこの男の上官だ!! 話し合い? お互いのため? 冗談ではない!! 貴様ら人類の敵と話し合いなぞ出来るかッ!!」

 

 自分のことを平然と『ただのクソ』と言い切った司令官さんを押しのけ、中将さんは戦艦棲姫さんの前に立った。よほど司令官さんからのクソ扱いが腹に据えかねたらしい。もっとも、誰だってクソ扱いされればイヤなものだけど。

 

 中将さんに押しのけられた司令官さんは体勢を崩してよろめいたものの、すぐにゆらりと姿勢を正した。この雰囲気は、さっき逆光の中で中将さんに言い寄っていた司令官さんだ。司令官さんはゆらっとした感じでゆっくりと中将さんに近づき、死んだ魚の目のまま、静かに話し始めていた。

 

「クソ殿。さっきの話の続きをしましょうよ」

「あン!?」

「永田町で轟沈した子の人数、覚えてます?」

「轟沈した者の数など覚えとるわけがなかろう!」

「では今までクソ殿が保護したり司令部から斡旋されたりした子の人数は?」

「覚えとるわけが……」

「では解体した子の数は?」

「それこそ覚えてるわけがないわ!!!」

「名取。仙台」

「?」

「熊野。戸塚」

「……!?」

 

 ? 目に見えて中将さんがうろたえ始めた。今まで真っ赤っ赤だった顔が突然真っ青になって、冷や汗をだらだらと垂らし始めてる……司令官さんは何を言ってるんだろう?

 

「綾波と敷波。燕三条。榛名。四条大宮」

「……ま、待て」

「祥鳳と瑞鳳。米原」

「なぜお前が知っている……?」

「そんなことはどうでもいい。朝潮と伊401。小樽築港……」

「やめろ……やめろッ!!!」

 

 死んだ魚の眼差しのまま、淡々と何か意味のわからない言葉を口にする司令官さんを、中将さんは大声で制していた。でも中将さんの顔に浮かんだ感情は怒りじゃない。……あれは恐怖だ。両目にはうっすら涙がたまり、青ざめた顔で身体をガタガタと震わせ、悪戯が球磨さんに見つかったときの子鬼さんみたいな顔つきをしてる。

 

「……あんた、想像以上に真っ黒ですなぁ」

「……」

「もう一度、あえていいますよクソ殿?」

「……」

「温情をかける立場なのはあんたじゃあない。俺達なんだよ」

「な、何が……望みだ……」

「それを考えるのはあんただ。何をすればいいのか、おうちに戻ってよく考えてちょうだいよ」

「……」

「せいぜいあがけ。自分が潰した子たちに苦しんで詫びろ。俺の可愛い電にライター投げくさりやがった報いだ」

 

 中将さんは、ぐしゃりとその場に膝をつき、『うぉぉぁあああああ!!!』とひとしきり叫んだ後、力なく立ち上がってこの演習場からフラフラといなくなっていた。

 

「……想像以上のクソだったな。一度でもあの者の元にいた自分が恥ずかしい」

 

 肩を落として、意気消沈して帰っていく中将さん。その背中を見送るロドニーさんがそう毒づいていた。

 

「そう自分を卑下しなさんな。俺が青葉に調べさせてやっと分かったことだ。お前さんはおろか永田町の誰も気付いてなかったことだよ」

「ありがとう。気が楽だ。……このまま奴を逃してもいいのか?」

「クソに逃げ場はないよ。さっき大淀に報告を上げさせた。憲兵が逮捕に来るそうだ」

「関わった連中は他にもいるだろう?」

「……スケープゴートってのはね、一人で充分なのよ」

「お前は政治屋だな」

「権謀って言ってちょうだい」

 

 司令官さんとロドニーさんが何か難しい話をしている。私には今一よく分からない内容だったけど、どうやら中将さんはみんなに隠れて憲兵さんに捕まるような悪いことをやっていたようだ。なにやってたんだろう?

 

「司令官さん」

「うん?」

「中将さんに何を言っていたのです?」

 

 私には何か艦娘の名前と地名を言っていたように聞こえたけど……私は素直に司令官さんに疑問をぶつけてみた。ロドニーさんがあれだけ言っていたところを見ると、何か相当マズいことのような気がするんだけど……

 

「……集積地と初対面のときのことを思い出してごらん?」

「んん? 集積地さんとの初対面の時?」

「つまり、そういうことよ」

 

 私にはいまいちピンと来ない司令官さんの説明は、集積地さんには充分な説明だったようだ。途端に眉をしかめ、不快感を顕にしていた。

 

「……イナズマ」

「はいなのです?」

「私は助けられたのがお前で……連れて来られたのがこの鎮守府で、本当によかったよ」

「? ??」

 

 『さて……』と司令官さんがいつもの調子に戻り、相変わらず水の中で抱き合ってる私と集積地さんにとことこ歩いて近づいてきた。ゆらゆらされなくてよかった。司令官さんがゆらゆらしてると、それだけでなんだか恐ろしい……

 

「お前さんたちは水に濡れたし、先にお風呂入っておいで」

「了解した!」「はいなのです!」

「じゃあ深海棲艦ご一行さま、間宮にご案内しましょっか。ついてきてねー」

「「うぉぉおおおおお!!!」」

 

 司令官さんの言葉を受け、深海棲艦さんたちに地響きのような歓声が巻き起こった。約一名、天龍さんの方から『コワイカー!!!』という叫びが聞こえてたけど……子鬼さん、何も怖くないのです。

 

「よっこいしょ……」

 

 集積地さんが先に陸に上がり……

 

「ほら、イナズマ」

 

 笑顔で私に手を差し出してくれた。なんだかうずうずする……私は集積地さんの親切心の塊ともいえる彼女の右手を掴んだ。

 

「またこっちに来るのですっ!!」

「こらっ……やめ……ひっぱら……うおッ!?」

 

 やってしまった……私は彼女を裏切ってしまった。彼女の右手をつい思いっきり引っ張って、彼女を再び海の中に引きずり込んでしまった。演習場の海面に頭からつっこみ盛大な水しぶきを上げて、集積地さんは再び私のそばに戻ってきた。

 

「ごはッ!? ごはぁあッ!? い、イナズマ……ッ!?」

「電を待たせた罰なのです!」

「何が罰だッ! 鼻に水が入ったじゃないか! 痛い……ッ」

「んふふー。ならばもう電のそばから離れなければいいのですー……よっこいしょ」

 

 鼻の中の痛みと戦う集積地さんはほおっておいて、今度は私が陸に上がった。そして未だ鼻の痛みに悶絶している集積地さんに手を差し伸べた。

 

「ほら集積地さん。電の手を取るのです」

「イタタタタ……ったく」

 

 びしょ濡れで涙目になってるかどうかもさっぱり分からない集積地さんは私の手を取った途端……

 

「……ニヤリ」

「!?」

「『電のそばから離れなければいいのです』と言ったなイナズマ?」

「……まさかっ!?」

「お前こそまたこっちに来いッ!!」

 

 集積地さんは、私の信頼を裏切った。集積地さんは私の右手首をつかむと渾身の力で私を引っ張りこみ……

 

「や、やめ……集積地さん……うぎぎぎぎ!?」

「むはははははは!!! 艦娘を自分のもとに引き寄せてこその深海棲艦だッ!! 心配させられた時の私の気持ちを思い知れイナズマッ!!!」

 

 そのせいで私は演習場の海面に頭からつっこんだ。盛大な水しぶきを上げて、私は再び友達の元に戻ってきた。やられた……まさか反撃されるとは……でも。

 

「ごはッ!? 集積地さん……ごはっ……鼻に……水がはいったのです……!!」

「私の苦しみを思い知るがいいーぐふふふふ……」

「おーい。おまえたち」

「はいなのです?」「なんだ提督?」

「……いちゃつくのはいいけど、風邪ひくから早くお風呂入りなさいよ?」

「「はい〜」なのです〜」

 

 まぁいい。たとえ引っ張られて落ちてしまっても、そこにいるのは集積地さんだから。海に落ちても、集積地さんが抱きとめてくれるから。とっても大切な友達が、私を抱きとめてくれるから。

 

「だからって電を海に引きずり込みすぎなのです!!!」

「むはははははは!! イナズマを自分の胸に引きずり込んでこその深海棲艦だッ!!!」

「もう3回めなのです!!!」

「私の元に戻ってこいイナズマぁああっ!!!」

「「ごはぁあッ!?」」

 

 そしてそんな私たちのことを、みんなは呆れ返った笑顔で優しく見守り続けてくれた。

 

「お前ら……ホンっト仲いいのな」

「「えへへ〜」」

「やっぱお前ら、もう付き合っちゃえよ……」

「「ぇええッ!!?」」

 

 

 


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