テキはトモダチ   作:おかぴ1129

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15. あいつらの目的 〜赤城〜

「それじゃあ行ってくるのです!!」

 

 そう言って電さんは、今日も球磨さんと共に遠征に出撃していった。

 

 集積地さんが故郷に戻ってから、もう一週間ほど経過する。あの日、帰り道でわんわん泣いていた電さんは、次の日にはもう笑顔を見せていた。

 

『ずっと泣いていたら、集積地さんに笑われるのです』

 

 屈託のない笑顔でそう答える電さんの強さには驚かされたが、やはりまだどこかで寂しい気持ちは残っているようで……あの日以来、資材貯蔵庫にはあまり行きたがらなくなっていた。

 

『ごめんなさいなのです。資材の搬入はお願いしたいのです』

 

 集積地さんがいつ遊びに来てもいいように、資材貯蔵庫の居住スペースを残しているのがマズいのかもしれない。長く続くようなら、居住スペースの片付けを提督に進言したほうがいいかもしれない。

 

 そして私達にも、集積地さんと子鬼さんたち……敵と仲良くなってしまった影響はある。

 

「わりぃ……提督、出撃はちょっと気が乗らねぇ」

「球磨もだクマ……」

 

 鎮守府内において、深海棲艦に対する士気があからさまに低下していた。これはひとえに、集積地さんと子鬼さんたちと仲良くなってしまったが故だ。誰しも気心の知れた相手と本気の殺し合いなぞ出来るわけがない。たとえそれが戦うために生み出された私たち艦娘であったとしてもだ。

 

 提督もみんなの様子を見て『まぁ無理に出撃することもないでしょ。もうしばらく演習と遠征だけにしとこっか』とあっさりと出撃ボイコットを決断していた。『戦うことの出来ない艦娘と鎮守府』。なんだか周囲の鎮守府にはそう見られているようで、はがゆいやらもどかしいやら……

 

 この件を鳳翔さんに相談してみたことがある。ところが鳳翔さんも

 

「とは言っても、赤城も子鬼さんと戦いたくはないでしょう?」

 

 と夕食に使うじゃがいもの皮を丁寧に向きながら答えていた。

 

 確かに子鬼さんと戦うなど考えられないことだが……このままでいいのだろうか。度重なる演習と遠征で練度だけは確実に上がってはいるのだが……子鬼さんと戦いたくないというワガママを抱える反面、私の心には『このままではいけないのではないか』という妙な不安感がいつも漂っていた。

 

 天龍さんとの演習が終わった後、気がついたら私は執務室に向かっていた。別に相談というほどではないのだが……なんとなく、今の不安感を提督には話しておいたほうがいいような気がしたからだ。

 

「とんとん。提督、いらっしゃいますか?」

「いいよー。入って」

「失礼します」

 

 ドアノブに手を掛ける度に聞こえてくる天龍さんの『フフ……怖いか?』もだいぶ慣れた。頭の中で『わーこわーい』と適当に相槌を打った後、ドアを開く。ドアの向こう側、執務室の中には、提督と大淀さんに混じって、懐かしい顔がいた。

 

「青葉さん!」

「ぁあ! 赤城さん! 恐縮です!!」

 

 随分と長い間姿を見せてなかった青葉さんだ。提督からの極秘任務を受けていたということだったが……長いこと会ってないような気がしてなんだか懐かしい気持ちになり、つい青葉さんに駆け寄って手を握っていた。

 

「青葉さん! 今までずっと忙しかったんですか?」

「恐縮です! 青葉、司令官からちょっと特別任務を受けてまして……それで、こっちに顔を出せなかったんです」

「ずっと鎮守府を離れてたんですか?」

「はい。それが思ったよりも長引いてしまいまして……集積地さんの帰還にも間に合わず……恐縮です」

 

 そう答える青葉さんの目は、少し寂しそうに見えた。私はつい反射的に提督の顔を見た。

 

「……」

「う……睨まないでよ……おれだって反省してるんだから……」

 

 思いっきり怒気を込めた目で。同じ鎮守府の仲間が鎮守府を去るときに青葉さんが間に合わなかったことは、正直に言って納得がいかない。

 

「提督……こういうことはちゃんと便宜を図ってあげないと……」

「は、反省しています……」

「まぁそれはいいとして……青葉さん、もう鎮守府には戻るんですか?」

 

 任務がもう終わったのだから、青葉さんはここにいるんだろう……私はそう思ったのだが、青葉さんの任務は私が思った以上に大変らしい。青葉さんは困った笑顔を浮かべると、首を左右に振っていた。

 

「……いえ、青葉の任務はこれからが本番なんです。鎮守府に復帰するのは、まだ先になりそうです。それに今日も、もう行かないと……」

「そうなんですか……」

「恐縮です」

 

 残念だ。今晩は久しぶりに青葉さんと話が出来ると思ったのに……だけど青葉さんの任務って何だろう。嫌なこととか変なことに巻き込まれたりしてなければいいけれど……。

 

「でも、任務が終わったら鎮守府の艦隊には必ず復帰しますから! それまで待っててください!!」

 

 私の些細な不安は、こう言う青葉さんの表情でかき消された。彼女はとてもいきいきとしていて、やる気と使命感に満ち溢れた真っ直ぐな瞳で私を見据えていた。このような瞳を宿す子が、妙なことに関わっているはずがない。

 

「わかりました。では青葉さん、任務完遂まで頑張ってください!」

「恐縮です! 赤城さんも頑張ってください!」

 

 青葉さんはそういい、私と大淀さん、そして提督に元気よく敬礼をした後、執務室を出て行った。随分と久しぶりに会ったのに、嵐のように去っていったなぁ……。

 

「提督、青葉さんに課せられた任務って一体何ですか?」

「んー……まぁ、俺の個人的な興味というか何というか……」

「?」

 

 青葉さんの任務は、どうも司令部からの正式な命令ではなく、提督の指示によるこの鎮守府の独自行動のようだ。この覇気のない提督が興味を持つことって一体何だろう……。

 

「それはそれとして……赤城は何しに来たの? 何か報告?」

 

 いけない。青葉さんの件に気が行っていて、本来の目的を忘れるところだった。

 

「提督、ちょっとお時間よろしいですか?」

「いいよ。……大淀」

「はい?」

「とりあえずさ。青葉からもらったデータをざっくりとまとめてくれる?」

「はい。……では席を外した方がよろしいですか?」

「いや、そこまではしなくていい」

「了解しました」

「ありがと。……んじゃ赤城」

「はい」

 

 心地よい大淀さんのタイピングの音を聞きながら、私は現在の鎮守府の状況に対する危惧……そして、それでも戦いたくないという自身の気持ちを、正直に話した。

 

「……」

 

 提督は、いつになく真剣な面持ちで私の話を聞いていた。目を閉じて聞いているからだろうか。いつもの死んだ魚の眼差しも感じなかった。こんな提督の姿を見たのは初めてだった。

 

「……以上です」

「なるほど」

 

 私がひとしきり話し終わったところで、提督は上着の第一ボタンを外し、帽子を脱いだ。

 

「赤城はさ」

「はい」

「たとえば今、出撃して深海棲艦を殲滅しろって言われたらどうする?」

「出撃します」

「本心は?」

「……やりたくありません」

 

 素直に本心を言った。今、自分を偽ってはいけない。今の私は、深海棲艦と……もっといえば、同じ一航戦といえる子鬼さんと戦うなど考えられないことだった。

 

 命令であれば行かざるを得ない。……しかし、もしも本心を言うことを許してくれるというのなら、私はもうあの人たちと戦いたくはない。

 

 私の返答を聞いて、提督の表情が少し緩んだ気がした。ホッと一息ついたように顔の緊張が少しだけほぐれたようだった。

 

「だったらそれでいいと思うけどねぇ……」

 

 いつもの接尾語『知らんけど』がないことに違和感を感じた。パチパチという大淀さんのタイピングの音が止む。提督と大淀さんの静かで優しい声が執務室内に響いた。

 

「……提督」

「シチュエーションもある程度まとめておいて」

「はい」

 

 再びタイピングの音がパチパチとBGMとして響く。不快極まる中将たちの来訪のときとは異なり、今の彼女のタイピングは本当に耳に心地いい。そしてリズミカルなタイピングの音が室内の静かさを一層引き立てていた。

 

「赤城」

「はい」

「お前さんはさ。今の状況がなぜ問題だと思うの?」

「……私たちが艦娘だからです」

「なぜ艦娘だとダメなの?」

「私たちは深海棲艦と戦うことが仕事です。そのために生み出された存在です」

「……」

 

 私は不安だ。普通の人間では対処しきれない存在である深海棲艦に抗うために、私達艦娘は生み出された。その私たちが、深海棲艦と戦うことを拒否したとき……私たちは一体何のために存在することになるのか……戦わない私たちに存在する意味はあるのか……

 

「うちのスーパーエースは真面目だなぁ……」

 

 困ったような、そんな苦笑いを提督は浮かべた。はじめは茶化しているのかとも思ったが……本人の顔を見る限り、どうもそういう意図はないらしい。

 

「どういう意味ですか?」

「『戦いたくないのです!!』 これでいいと思うけどねぇ」

「?」

「もしくは『あいつらと戦いたくねぇー』とか『戦いたくないクマ』とか」

「私は真面目な話をしているのですが……」

「俺も真面目に話をしてるんだけど……」

 

 たしかに真面目に話をしてくれているとは思うのだが……お世辞にも似てるとはいえない電さんたちの声真似を聞かされては説得力も薄れる、私は提督の言いたいことをいまいち測りかねていた。

 

「何を言いたいんですか?」

「いやさ。やりたくないなら『やりたくないです』でいいと思うんだ」

「……」

「でもそこで、自分の存在価値や自分が生まれた意味を考えてしまうあたり、うちのスーパーエースは真面目で責任感の強い、いい子だなぁと思ってさ」

 

 電さんや天龍さんはそれでもいいのかもしれないが……でも私は考えてしまう。戦うために生まれてきた自分が……戦うことしか出来ない自分が、戦うことを拒否していいのだろうか……。

 

「お前にも戦闘以外に出来ることはあるだろう?」

「心を読まないでくださいよ……」

「俺はね。お前さんたちの『戦いたくない』って気持ちはとても大切だと思うし、尊重すべきだと思ってるよ?」

 

 いつぞやの、殴られながらも集積地さんをかばっていた提督を思い出した。この人は鎮守府運営や艦隊指揮は人並みには出来ないのかもしれないけれど、私たちのことは最大限守ってくれる……私がそうやって心に温かいものを感じていると、提督は次に意外な一言を発した。

 

「多分、向こうもそう思ってるはずだ。いや、思っていたはず……かな?」

 

 私の頭の中が疑問符に埋め尽くされ、提督の言葉の意味がよくわからなくなった。向こうは戦いたくない? いや戦いたくなかった?

 

「……提督」

「ん?」

「今の言葉の意味が分かりませんが……」

「ああ、そのまんまの意味で……」

「提督、まとめ終わりました」

 

 妙なタイミングで大淀さんが話の腰を折った。資料のまとめがあらかた終了したようだ。

 

「あいよ。2部ほど印刷してちょうだい。そしたらまた精査と分析お願い」

「了解しました」

 

 大淀さんがパソコンのトラックパッドをポチっと指で押した。プリンターが動きだし、十数枚の紙が印刷されていく。

 

「赤城、これからお前に見せる資料は、俺が作った薄い本のゲラだ。そう思って読んでちょうだい」

「薄い本?」

「そこは食いつかなくていいの。とにかく、他の子にはまだ秘密にしとくんだよ?」

 

 秘密ならはじめからそう言えばいいだろう……と心の中で悪態をついている私に、印刷された数枚の書類が大淀さんから渡された。

 

『轟沈の統計とその原因及びシチュエーション分析』

 

 渡された書類の一枚目には、そう書かれていた。

 

「提督、これは?」

「まぁ目を通してごらん?」

 

 提督に促され、渡された書類にザッと目を通してみた。深海棲艦との戦いが始まってから今日までの、約3年半の間に轟沈した艦娘の記録のようだった。

 

「提督……あまり気の進む内容ではないのですが……」

「何もじっくり読まなくていいのよ……」

 

 表記が一番淡々としている統計部分を見る。艦娘の轟沈数は263人……それだけの人数の仲間の命が奪われたのか……。

 

「轟沈数の項目は見た?」

「はい。これだけたくさんの仲間の命が失われたのかと思うと残念で……」

「……それだけ?」

「それだけとは?」

「3年半も戦争をしているのに、少なすぎると思わない?」

 

 人数の大小で悲しみや無念を測るべきではない……と私は思ったのだが、提督の意図はどうやらそこではないらしい。同じ項目にある、深海棲艦の轟沈数を見てみる。こちらは正式な数字は出ておらず、概数での表示となっているが……

 

「深海棲艦側の轟沈……私達から見れば撃沈ですが……約……560万ですか……」

「うん」

 

 淡々としてなどいない……いや数字そのものは事実を淡々と伝えているが……私達が殺した深海棲艦は総勢約560万人……子鬼さんや集積地さんと仲良くなってしまった今、この数字を聞いて衝撃を受けない子はこの鎮守府の中にはいないだろう……。

 

「……提督、これはみんなには見せないほうがよろしいかと」

「うん。俺もそう思うよ。でも問題はそこじゃない。こちらの轟沈が少なすぎる」

 

 確かに深海棲艦側の轟沈数と比較すると微々たる数だが、それは相対的な話だ。こちら人間側で263人の尊い犠牲が出ている事実は変わらず、その重大性も変わらないはずだが……

 

「提督、コレを私に見せて何が言いたいのですか? いまいち真意がつかめないのですが……」

「ごめんね。あとで説明するから。ついでにシチュエーションの項目を見てちょうだい」

「……」

 

 提督の謝罪を受け、私は書類の先を読む。シチュエーションの項目には、その轟沈のケースがどのような状況下で発生したのかが簡潔に書かれている。

 

ケース1.○○鎮守府:駆逐艦 若葉

戦闘中に戦艦タ級の砲撃を受け大破判定。そのまま追撃戦を強行。

戦艦レ級の砲撃を受け轟沈。

 

ケース2.XX鎮守府:高速戦艦 金剛

戦闘中に雷巡チ級の雷撃を受け大破判定。そのまま追撃戦を強行。

空母ヲ級と遭遇し航空戦が発生。爆撃を受け轟沈。

 

ケース3.□□鎮守府:航空巡洋艦 鈴谷

会敵時に潜水ヨ級の雷撃を受け大破判定。撃退後、そのまま作戦行動を継続。

駆逐二級と夜戦で会敵。雷撃を受け轟沈。

 

ケース4.△△鎮守府:航空母艦 翔鶴

大破判定の損傷を修復せず出撃。

軽空母ヌ級と会敵。航空戦にて爆撃を受け轟沈。

 

ケース5.○○鎮守府:重雷装巡洋艦 木曾

所属不明艦隊と遭遇し、砲撃を受け大破。帰還命令を無視し追撃戦を強行。

戦艦タ級と思われる艦の砲撃を受け轟沈。

 

ケース6.○○鎮守府:駆逐艦 雷

練度不足の状況で出撃し大破。囮として艦隊任務継続を命令される。

同艦隊の旗艦・阿武隈をかばい雷巡チ級の雷撃を受け轟沈。

 

………………

 

…………

 

……

 

 シチュエーションの項目を見る私の耳に、仲間の断末魔の叫びが聞こえるようだった。文字を読み進めることがこんなにつらいことだとは思わなかった。

 

「どお?」

「どおと言われましても……」

 

 我慢して読み進めていく。すべてのケースに『大破判定』という文字が紛れ込んでいる事に気付いた。

 

「えーと……」

「うん」

「いずれのケースも、大破判定の損傷を受けたまま無理矢理に戦闘してますね」

 

 読むのをやめたくて、口から出たでまかせだった。当たりでも外れでもいい。とにかく、早くこの書類から目を離したかった。

 

 しかし、提督の話はまだ終わらない。

 

「気分がすぐれないところ申し訳ないけど、もう少し話に付き合って」

「はい」

「赤城はこれまでに何度か深海棲艦を撃沈してるよな?」

「……はい」

「無傷の深海棲艦を、一回の航空爆撃で撃沈したこともあったよな?」

「確かにありました」

「それを頭に入れながら、もう一度見てみてちょうだい。こちらの艦娘が轟沈したケースの中で、そんな記述はあった?」

 

 提督の真意が今一分からないまま書類の内容を振り返る。損傷のない子が敵の一回の攻撃で轟沈したケース……

 

「ありませんね」

「うん。そうなのよ。あってもいいはずなのに、そんなケースはないのよ。陸奥や長門みたいな最強クラスの戦艦にすら一撃で大破判定の損傷を与えるヤツでも、駆逐艦の子を一発で轟沈させたケースはないのよ。悪くて大破判定」

 

 以前に私は、深海棲艦の砲撃を受けて一撃で大破判定の損傷を受けたことがある。同じ戦いで、球磨さんが同じ敵から砲撃を食らった時……やはり彼女は大破判定の損傷で済んでいた。私を一撃で大破判定まで追い込んだ敵の砲撃……装甲が比較的薄い球磨さんがまともに喰らえば、それこそ一撃で轟沈してもおかしくないはずなのだが……

 

 ……なるほど、少しだが提督が言いたいことが読めてきた。

 

「……深海棲艦は、こちらに対して手加減している?」

「うん。そう思うよね」

「本当は一撃でこちらを撃沈出来るだけの力があっても、わざと大破判定の損傷で済ませているということですか?」

「あくまでこの資料から見るには……だけどね」

 

 大淀さんが『お茶淹れましょうか』と言い、提督が『お願い』と大淀さんに伝えていた。執務室内に立ち込める緑茶のよい香り。大淀さんから湯呑みを受け取り、お茶を少しいただいた。不快感と疑問で混乱している頭を、大淀さんのお茶は少しだけ落ち着けてくれた。

 

 緑茶をすすりながら考える。深海棲艦が手加減していた……もしこれが本当だとして、その理由は何だ? 私達を舐めてかかっている? ……いや違う。開戦してから560万人もの味方を殺されているのに、私達を過小評価するはずがない。ならば理由は何だろう。

 

「提督」

「ん?」

「提督も、深海棲艦は私達に対して手加減していると、本心から思ってますか?」

「うん」

「なら、その理由は何だと思いますか?」

「ふむ……」

 

 この死んだ魚の眼差しをしている男は、きっと何か考えがあるはずだ。いつになく熱を帯びた物言いで話をする提督に対し、私はそう思い始めていた。

 

「……笑うなよ?」

「笑いませんよ」

「今のお前さんたちと一緒で、本当は戦いたくないのかなーって俺は思ってる」

 

 提督の答えは、意外なほどシンプルなものだった。

 

「……え、ちょ……本気ですか?」

「うん。百歩譲って、殺したくないのかなーって」

「じ、じゃあなんで、こんな戦争状態になってるんですか?」

「あいつらからしたら、降りかかる火の粉を払ってるだけなんじゃない? 大破してなお進軍してくるヤツは、仕方なく撃沈してるだけなのかも」

 

 私達が火の粉?

 

「え……つまり提督は、私たちが深海棲艦の勢力に攻め込んでいるから、戦闘が起こってると言いたいんですか?」

「証拠はないけどね。今見せた資料から考えると、そんな感じなのかもなぁと」

「でもそれは……元々この戦争は、深海棲艦に制海権を奪われたのが発端のはずです。奪われた海域と制海権を取り戻すための戦いだと聞いています」

「そう聞いてるねぇ」

「では、最初に攻めてきたのは深海棲艦の方では……?」

 

 そうだ。私達人間サイドは深海棲艦にある日突然攻め込まれ、制海権を失ったと聞く。そのため、深海棲艦に対抗しうる手段として私達艦娘が開発されたと聞いた。

 

 もし提督が言ってることが本当なのだとしたら、これはどう説明する? なぜ自分たちから侵略を仕掛けておいて、いざ抵抗されるとそのような事を言う? それはおかしい。

 

 だが、提督は冷静に……いや冷酷に私にこう切り替えした。

 

「それって、自分の目で見た? 深海棲艦が先に手を出したその瞬間は見たの?」

「……いえ、私はこの鎮守府が出来てすぐの時に建造されたので、その頃にはまだ生まれていませんから……」

「じゃあ、それを示す一次資料を見たことは?」

「いえ……ですが大本営の発表では……」

「大本営の発表の裏取りはした? その確証は?」

「そもそも資源を運ぶシーレーンはすべて敵勢力に落ちたと……」

「その割には輸出入の被害も出ていないし資材確保の遠征任務も毎度成功してる。これに対してはどう説明する?」

 

 私の中途半端な反論に対し、容赦ない追撃を浴びせてくる提督。この提督がここまで饒舌になるのも珍しい。なにやら責められているようで気分は良くないけれど……

 

「……提督」

「……あ、すまん」

「謝る相手が違いますよ」

 

 この異様な状況を見かねてか、大淀さんがキーボードを叩きながら提督を静かに諌めた。確かにいい気分はしてないが……こんな提督を見たのは初めてだ。

 

「すまん赤城。別にお前さんを責めたりしているわけではないんだが……」

「分かってますよ。でも珍しいですね。提督がこんな風に饒舌になるなんて」

 

 提督は苦笑いを浮かべながら頭をポリポリと掻いていた。さっきまでよほど興奮していたようで、少しだけ顔が赤くなっている。いつもは死んだ魚の目で血色もいい方ではないのだが……今日の提督はなんだか目に力もあるし、血色もいい。こんなに覇気のある提督を見るのは初めてな気がする。

 

 だからこそ気になる。もし提督が考えていることが本当だとしたら……この戦いが、深海棲艦から制海権を取り戻すための戦いではないのだとしたら……私達が深海棲艦を侵略している立場なのだとしたら……私達は何の為に生まれてきたんだろう……このままでは、自分の存在に自信が持てなくなる。

 

「……提督」

「ん?」

「今の話が本当だとして」

「うん」

「……私達は、何のために生まれてきたんでしょうか?」

 

 自分の手の中にある湯呑みに視線を落としながら、つい口に出してしまった。私の視界には、湯呑みの奥底に沈み込んだお茶っ葉が見えている。大淀さんが淹れたお茶は少し濃い目で、お茶っ葉はお茶の深緑にまぎれてとても見えづらい。

 

「……それはね赤城」

「はい」

 

 少しの間を置いて、提督は口を開いた。いつものように優しく当たりの柔らかい声ではあったが、いつものような覇気のない声ではない。その言葉には、いつもは込められてないように感じる提督の気持ちがこもっているように感じた。

 

「ゆっくり時間をかけて、自分で見出すものよ?」

「そうでしょうか……」

「そもそもね。生きてることに意味なんてないのよ。もしあるとすれば、生きてることそれ自体に意味があるのよ」

「……」

「生きる意味なんて元々ない。だから生きる意味は自分で見つけて、自分で意味のある生にしなきゃいかんのよ」

「……」

「そして死にも意味はない。だから残された俺達が、その死に意味を見出さなきゃならん」

 

 提督は、そう言いながら机の上の資料に目を落とした。つられて私も視線を書類へと向ける。書類には、轟沈した艦娘263人の最期が記されている。

 

「提督」

「ん?」

「彼女たちの死に意味はあるとお考えですか?」

「あると思うよ」

「聞かせてもらえますか?」

「……笑わないでよ?」

「笑いませんよ」

「……彼女たちの死は、俺達に深海棲艦側の戦闘拒否の意思の可能性を教えてくれている。それも、560万もの同胞の犠牲を出してなお頑なに守り続ける、強固な決意のようだ」

「はい」

「となると、ある一つの可能性が見えてくる」

「その可能性って……?」

 

 私は次のセリフを言った時の提督の顔を忘れることはないだろう。あんなに真剣で、力の宿った真っ直ぐな眼差しをした提督を、私は今まで見たことがなかった。

 

「停戦からの共存」

「え……」

「電と集積地のように深海棲艦と手を取り合って進む未来の可能性を、この子たちは教えてくれているんじゃないかと俺は思ってる」

「……本気ですか」

「俺達の出方次第によっては、夢物語ではないと俺は思うけどね」

 

 少し前の私なら『そんなことは出来るわけがない』と一笑に付したことだろう。263人の同胞を轟沈に追い込んだ者達と手を取り合い生きていくなぞ、誰が納得するかと提督の考えを否定したことだろう。

 

 でも今は違う。

 

――集積地さーん! ありがとうなのですー!!!

 

――ありがとうイナズマ! 元気でなー!! イナズマー!!!

 

 あの、別れ際の電さんと集積地さんを間近で見た今の私は、不覚にも提督のこのセリフに期待感を持ってしまった。そして。

 

――フフ……コワイカ?

 

 私の相棒にして天龍二世の子鬼さんと、ひょっとすると殺し合いをせずに済む未来があるのではないか……そう考えると、フと安心して微笑んでしまうほどの……気を抜くと涙が流れてしまいそうになるほどの大きな安堵が、私の胸に押し寄せた。

 

「……」

「……」

「……ぷっ」

「笑いなさんなよ……自分でも大それたことだなぁって思ってるけどさ……」

「……いえ、提督がそのようなことを考えてただなんて夢にも思ってなかったものですから……」

 

 しかし、そこに至る道のりは決して平坦ではないことは、私にも分かる。

 

 そして意外にも、その障壁は意外と早く私たちの前に現れた。それは、一人の招かれざる客が……歓迎出来ない新たな仲間が、この鎮守府に合流したときに姿を見せた。

 

 


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