テキはトモダチ   作:おかぴ1129

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12. 夕方5時 〜電〜

 赤城さんと妖精さん、そして子鬼さんの“あなたと空を駆け抜けたくて大作戦”から一週間ほど経過していた。あの日以降、時々赤城さんは演習を中止し、子鬼さんたちにせがまれてみんなを大空に飛ばしていた。

 

「はい。次は誰ですか?」

「キヤァァアアアア!」

 

 赤城さんが言うには、子鬼さんを大空に送り出すのはとてもよい飛行訓練になるらしい。おまけに対空演習も減り、その分ボーキサイトの消費も減った。そのため最近司令官さんのグチが減った、と集積地さんは言っていた。

 

 今日は集積地さんと晩ご飯を一緒に食べる約束をしている。午後の遠征任務が終わったところで時計を見る。午後六時前。そろそろ晩ご飯の時間だ。集積地さんを誘いにそろそろ資材貯蔵庫に向かおうか。最近はもはやいるのが当たり前の状態になってきた集積地さん。みんなの間でも、集積地さんは鎮守府のメンバーどころか、ただの艦娘みたいな扱いになってきていて私もとてもうれしい。

 

 演習場の前を通ると、今日も赤城さんが幾人かの子鬼さんにせがまれて子鬼さんを大空に送り出していた。そろそろ晩ご飯なのだが、まだ終わりそうにない。声を掛けるのはやめておいて、そのまま資材貯蔵庫に向かう。到着したら、分厚い扉を開いて中に入る。冷たい空気と乾燥した雰囲気が漂っていた資材貯蔵庫に、人の温かさと和やかな空気が漂いだしたのはいつ頃からだろうか。心地いい生活臭を感じ、私は資材貯蔵庫の奥に向かって歩いて行く。

 

「ああッ……クソッ……パリィだとッ……」

 

 集積地さんの悔しそうな声が聞こえた。今日もゲームをやってるのかな?

 

「ちょっ……闇霊が……エスト……のま……げふぉッ!?」

 

 何のゲームをやっているのかさっぱり分からないが、集積地さんは無事YOU DIEDしたみたいだ。集積地さんの叫びとともに『ズォォオオオオン』だか『グォォオオオオン』だかいう重い効果音が鳴っていた。この音の雰囲気はゲームオーバーの雰囲気だ。

 

「集積地さん」

 

 集積地さんが居を構える奥のスペースに顔を出す。ハンモックにテーブルにテレビモニター……資材貯蔵庫にあるまじき生活必需品が並び始めたのはいつからだろうか。いつからこの光景が自然になったのだろうか。

 

 集積地さんは、テーブルの前に置かれた座椅子にもたれかかりゲームのコントローラーを握りしめて、すさまじいショックを受けた後のようなうつろな表情でモニターを眺めていた。

 

「……ぁあ、イナズマ」

「集積地さん、晩ご飯を一緒に食べに行くのです」

「分かった。ちょうどいい」

 

 集積地さんはニコッと私に笑顔を向けた後ゲームを終了させ、テレビの電源を切った。いつからだろうか。この、抹茶色と紺色とあずき色のジャージがよく似合う集積地さんが、私の友達になってくれたのは……なぜか不思議と、今日はこんなことばかりを考えてしまっていた。

 

「よし。行くかイナズマ」

「はいなのです」

 

 私が書いた『しゅうせきち』という名札がつけられたジャージを着た集積地さんと共に、私は資材貯蔵庫を出た。

 

 食堂までの道のりの途中、演習場の前を通った。

 

「あ……」

「夕焼けなのですー……」

 

 すでに赤城さんと子鬼さんたちは演習場からいなくなっていた。演習場はとても静かで、時々聞こえてくるのはちゃぷちゃぷという波の音だけ。夕日に照らされた海面がオレンジ色に輝いて、それがとてもキレイに見えた。

 

 でも。

 

「……イナズマ」

「はいなのです」

「私はな。ここに来て、海の色に驚いた」

「そうなのです?」

「私が住んでいたとこは、海が赤いんだ。でもここの海はいつも青い」

「そういえば、集積地さんと戦った海域の海はちょっと赤かったのです……」

「だろ? 小さな違いだが……ここに来たばかりの頃の私は、それがとても不安だった。なんだか遠いところに来たみたいでな」

「……」

「帰れないんじゃないか……死を覚悟した身のはずなのに、そんなことばかり考えていたよ」

 

 集積地さんは、水平線のその先の夕日のさらに向こう側を見つめて、私に静かにそう言った。

 

 私は覚えている。あの“あなたと空を駆け抜けたくて大作戦”の時、集積地さんは夕日を見て、とても懐かしい物を見つけた時のような表情をしていた。メガネが夕日を反射してよく見えなかったけど、ひょっとしたらその時、集積地さんは泣いていたのかも知れない。

 

「はじめてこの夕日を見た時……オレンジ色に染まった海を見た時、故郷の海を思い出した」

「集積地さん……」

「ここに来てまだそんなに経ってないのに、なんだかもう長い間ここにいるような気がするよ」

「……」

「みんなは元気かなぁ……」

 

 集積地さんの横に並んで、一緒に夕日を眺める。私達は自然と手をつないでいた。……ウソだ。集積地さんの方は自然とつないだのかも知れないが、私は意識して集積地さんの手を掴んだ。

 

「……」

「……集積地さん」

「ん?」

 

 なぜなら、私が次の言葉を口にするには、とても勇気がいるからだ。

 

 私のよびかけに対して、集積地さんは穏やかな笑顔でこちらを見つめ、返事をしてくれた。夕日に照らされ、集積地さんの顔はとてもキレイに染まっていた。

 

 集積地さん。私に勇気をください。

 

「……」

「? 呼んでおいてだんまりか?」

「……」

「……まぁいいさ」

「……帰りたいのです?」

 

 精一杯の勇気を振り絞り、あともう少しの勇気を集積地さんの手のぬくもりから借りて、私はその一言を口にした。答えを聞きたくはないけれど。私は集積地さんと離れたくはないけれど。

 

「……」

「……」

 

 でも、集積地さんはいつか帰る。そして、もし帰りたがっているのなら、私は彼女の友達として、それを受け入れてあげなければならない。……受け入れてあげたい。

 

「……かもしれない」

 

 胸がキュッと痛くなった。集積地さん、電はあなたといっしょにいたいのです。

 

「……電は、集積地さんと離れたくないのです」

「私もだよ。電だけじゃない。アカギやテンリュウ……提督やオオヨド……ホウショウのご飯……ここでの生活は本当に楽しい」

「だったらずっといてもいいのです」

 

 いてもいい……違う。私がここにいて欲しいのです。

 

「ありがとうイナズマ」

「だったら……」

「でもな。イナズマにアカギやテンリュウがいるように、私にも置いてきた仲間がいる。ここにいるイナズマやみんなも友達だが、向こうにも、大切な仲間がたくさんいるんだ」

「……」

「あいつらはどうしてるだろうか……心配しているだろうか……風邪をひきやすいあいつは元気にしているだろうか……あいつはちゃんとご飯食べてるだろうか……」

「……」

「はじめて見て以来……この夕日を見る度に、そういうことを考えてしまうんだ」

 

 手を離して、自分の両耳をふさぎたくなった。集積地さんの次の言葉を聞きたくない。聞けば、私は受け入れなければならなくなる。彼女が元の居場所に帰れるように、頑張らなくてはならなくなってしまう。

 

「私は……」

 

 私の手を取る集積地さんの手に、少し力がこもった。まるで、さっき私が集積地さんの手からあと少しの勇気を借りた時のように……私に勇気を借りるように、その手には力がこもった。

 

 言わないでください。次の言葉を聞かせないでください。

 

「……帰りたくなったのかも知れない」

 

 聞いてしまった。涙が出そうになるのを必死にこらえた。

 

「分かったのです! じゃあ司令官さんに相談してみるのです!!」

「ホントか?」

 

 イヤです。『ウソだよーイナズマー』って言ってください。

 

「ホントなのです! 司令官さんと相談して、集積地さんが帰れるようにするのです!」

 

 手を離し、集積地さんの正面に立った。集積地さんの目は少し輝いていて、とてもうれしそうな笑顔をしていた。困ったな……。

 

「ありがとうイナズマ! お前には助けられてばかりだな!!」

「イナズマは集積地さんの友達だから、当たり前なのです!」

 

 こんなにうれしそうな顔をされたから、集積地さんに本心を言うことが出来なくなった。……いけない。涙が我慢できなくなってきた。逆光になっているから大丈夫だと思うけど、うつむいて泣いてるのがバレないようにしなきゃ。

 

「……集積地さん! 今から電が司令官さんに今の話を伝えてくるのです!」

「今からか? 晩ご飯を食べてからでいいんじゃないか? 急ぐこともないだろう?」

「善は急げなのです!!」

 

 でなければ、集積地さんに涙を見られてしまう。

 

「じゃあ私も一緒に行くよ。元々私のことなんだし」

「いいのです! 今から食堂に行けば赤城さんと一緒に子鬼さんたちもいると思うのです! だから子鬼さんたちにこのことを伝えて欲しいのです!!」

 

 ウソです。私はあなたと一緒にいたいです。ずっと手を繋いでいたいのです。

 

「……わかった。んじゃ提督への報告を頼めるか?」

「はいなのです。赤城さんや子鬼さんによろしくなのです」

 

 集積地さんの返事を聞く前に、私は顔を見られないようにその場を走り去った。後ろから『おい!』という声が聞こえたが、聞こえないフリをした。

 

 そのまま全力で駆け抜けて、執務室の前に来た。ヒビが入ったドアを元気よくノックする。音が『とんとん』じゃなくて『バキバキ』に近かったが気にしない。

 

「はいはーい。ノックはもう少し穏やかにねー」

「司令官さん? 電なのです!」

「あらこんな時間にめずらし。入っといで」

「はいなのです!」

 

 ドアノブに手を駆けた途端に聞こえる天龍さんの『フフ……怖いか?』には目もくれず、私は勢いよくドアノブを回してドアを開いた。『ドガン』という音とともに開いたドアは勢い良く壁にぶち当たり、執務室の壁に傷をつけていた。

 

 いつもの席で書類を眺める司令官さんと、いつもの席でパソコンを眺める大淀さんがいた。ドアの音にちょっとびっくりした様子の司令官さんだったが、私の姿を見てすぐに冷静を取り戻したようだった。

 

「……どうかしたの?」

 

 いつもの覇気のない……だけど優しくて柔らかく感じる声で司令官が私に問いかけた。ダメだ。この声を聞いただけで目に涙が溜まってくる。今の私の両目はひどく敏感で、喉の奥はひどく痛みやすいようだ。

 

「集積地さんが、故郷に帰りたがってるようなのです!!」

「え……」

「……そうなの?」

「はいなのです!」

 

 どうしてだろう? 大淀さんは私の報告を聞いた途端、口に手をあてて絶句していた。司令官さんの目もいつもの死んだ魚の眼差しだけど、少しだけ険しい。なんでだろう?

 

「……」

「……だから、集積地さんが帰れる手はずを司令官さんにととのえて欲しいのです!!」

「……」

「電もお手伝いするのです!」

 

 大淀さんは、私をジッと見つめていた。心持ち、大淀さんの目がうるうるしてるように見える。司令官さんは何も言わず席を立ち、私に一歩一歩近づいてきていた。

 

「……何をすればいいのか、教えて欲しいのです!!」

「……」

「えーと……まず場所を聞けばいいのです?」

「……電」

「はいなのです! どうしたのです?」

 

 私の目の前まで近づいてきた司令官さんはその場で立ち止まり、私を見下ろした。司令官さんは背が高い。そばに立たれると、それが本当によく分かる。

 

「司令官さん?」

 

 ぽすっという音と共に、私の頭に心地いい感触が走った。司令官さんが私の頭をくしゃくしゃとなでてくれていた。少しだけ乱暴だけど私の髪が乱れない程度の、司令官さんらしい優しい撫で方だった。

 

「……辛かったろ?」

「辛くなんかないのです……友達のために頑張るのは……当たり前なのです……!」

「今、集積地はいない。無理しないでいいのよ」

 

 そんなことを言わないでください。集積地さんの為に頑張らせてください。

 

「無理なんてしてないのです……ひぐっ……集積地さんのためにがんばりたいのです……!!」

「……だからさ。これから目一杯がんばらにゃいかんのだから」

「だから泣いてるヒマなんて……ひぐっ……ないのです……ッ!」

「今はいいよ。集積地の前じゃ頑張らなきゃいかんのだから、いないとこならがんばらなくていいよ」

 

 何かを掴みたくて、司令官さんの上着のすそを掴んだ。司令官さん。そんな無責任なことを言わないで欲しいのです。涙が止まらなくなるのです。

 

「司令官さん……ひぐっ……司令官さん……」

「……」

「集積地さんが……ひぐっ……帰りたいって……言ったのです……!」

「……」

「集積地さんと……電は、離れたくないのです……!」

「友達だもんな。離れたくないよな」

「集積地さんと手を繋ぎたいのです……! ひぐっ……まだ一緒にいたいのです……!!」

 

 本音を司令官さんに話してしまった。一言口に出してしまうと、壊れた蛇口のように私の口はボロボロと本音をこぼし始めた。本音が私の喉を通るたび、私の喉をぎゅうぎゅうと締め付けていった。おかげで喉がとても痛くて痛くて。息もままならないから苦しくて。とても痛くてすごく苦しくて、涙がずっと止まらない。

 

「集積地さん……集積地さん……!!」

 

 何かにしがみつきたくて司令官さんの腰に手を回してしがみついた。顔を押し付けた司令官さんの上着は私の涙でじんわりと濡れた。ごめんなさい司令官さん。でも涙が止まらないのです。何かにしがみつかないと立っていられないのです。

 

「一緒にいたいのです……集積地さん……明日も明後日も、ずっと手を繋いで一緒にいたいのです……ひぐっ……」

「そうだな」

「一緒にご飯食べたいのです……一緒に間宮さんのクリームあんみつ食べたいのです……一緒にお散歩したいのです……いなずま社長になってボンビーなすりつけたいのです……一緒に笑いたいのです!」

「そうだな。一緒にいたいな」

「一緒にいたいのです……一緒にいたいのです!」

 

 私は司令官さんにしがみついたまま、何度も何度も集積地さんの名前を呼んで、『一緒にいたい』と叫び続けた。その間司令官さんは何も言わず、ずっと私の頭をなでてくれていた。

 

 

 


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