ダンジョンをとあるチート持ちが攻略するのは間違っているのだろうか   作:しろちゃん

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お待たせして申し訳ないのと、待ってくれてありがとうございます。


第46話 穢れた精霊

その『精霊』は生き延びていた。

 

ドワーフの斧で触手を切り裂かれ

 

エルフの魔法で全身を焼かれ

 

天女と見間違う程の美しい顔に小人族(パルゥム)の槍が突き刺ささり

 

黄金の少女の剣に胸を貫かれたとしても。

 

都市最強の一角と謳われるファミリアとの死闘を彼女は生き延びたのだ。

 

まるで蜥蜴の尾切りのように、自分の核たる『魔石』の代わりを複製し、それを砕かせて難を逃れた。

 

それは彼女の知恵ではなかった。

 

それはダンジョンの悪意ではなかった。

 

それは運命。

 

突如ダンジョンに吹き抜けた一陣の風が現在戦っている冒険者の殲滅よりも、その場を生き延びる事を彼女に選ばせたのだ。

 

そうして生き延びた彼女は弱った身体で上を目指した。

 

それは至極単純な理由で、あの風を生み出した存在を殺すためだ。

 

途中で出会ったモンスターを糧とし、力のある冒険者から身を隠し、上に上にひたすら上に

 

そうしてたどり着いた階層に()()()が居た。

 

『ミィツケタァ』

 

ソイツは彼女にとって、明確な敵だった。

 

ダンジョンを破壊するほどの風を操り、階層主を滅ぼすほどの雷を扱い、人の精神を支配するソイツは、彼女にとって存在してはいけない者だった。

 

だから殺す、絶対に殺す、殺さなきゃいけない

 

『シネ』

 

絶対の殺意をもって、ソイツと彼女の闘いが始まった。

 

確かに彼女は深層で黄金の少女達と闘った時よりも弱い。

 

幾ら他のモンスターを喰らい、()()()()()力を取り戻していても、触手の数も魔法の威力も当時の彼女には遠く及ばないだろう。

 

しかし、それでも彼女はソイツよりも強い、それで十分。

 

触手を操り攻撃、吹き飛ばす

 

風で応戦される、効かない

 

触手を叩き付ける、まだ生きている

 

雷を飛ばされる、効かない

 

『アハハハハハハハハ!!!』

 

あぁ、なんて清々しい気分なのだろう。

 

一方的に敵を叩き潰す生まれて初めての快感に、彼女は酔いしれる。

 

そうして敵を追い詰め、止めを刺そうとした所、彼女に初めてダメージが与えられた。

 

『アアアアアアアアアッッッ!?』

 

それは冒険者の間で『魔剣』と呼ばれる武器だった。

 

とてつもない威力で放たれたそれは、彼女の触手をいとも簡単に焼き払う。

 

あまりの痛さに見悶えしながら、昂った気持ちを地の底まで叩き落とした存在を睨み付けた。

 

「おいおい、なんだコイツは」

 

「これはまた、珍妙なモンスターを引き寄せましたね、色殿」

 

そこには着流しを羽織っている青年と戦闘衣(バトル・クロス)を装備している少女の二人組が、それぞれの武器を携え対峙している。

 

『…………』

 

「「っ!?」」

 

無言で二人に向かって鞭のようにうねらせた触手を飛ばす。

 

彼女はダンジョンを上がっていく過程で、その存在がどれぐらい強いのかを大まかに把握出来る能力を有していた。

 

それは力を取り戻す為にモンスターを喰らう過程で少なからず戦闘になった時の経験の賜物であり、その経験があの二人組の力は自分に遠く及ばない事を告げている。

 

だから彼女は自分を唯一傷つけられる『魔剣』にだけ注意を払い、血塗れになった敵を確実に殺すため、まずはその二人を殺すことにした。

 

殺すことにした瞬間、彼女の触手の半数以上が高らかに鳴り響く鐘の音と共に消滅する。

 

『ッ!?』

 

唐突に彼女の触手を無慈悲に滅ぼしたのは、たった一人の白い冒険者だった。

 

「全く、しっかりしてよね副団長様?」

 

白い冒険者は蹲る敵に言葉を投げ掛けた後、驚くべきスピードで彼女の触手を切り飛ばし始める。

 

『ウアアアアアアアアア!!!!』

 

それはなんて不条理な出来事なのだろう

 

あと一歩で自身の敵を殺せるのに、あと少しで目の前の敵を潰せるのに、あとちょっとでその存在を滅ぼせるのに、そのほんの僅かに彼女の手は届かない。

 

彼女は()()()理解していた、あの黄金の少女に迫るほどのスピードで攻撃してくる白の冒険者には、今の自分では(かな)わないと

 

しかし、彼女が退く事はない

 

この盤上をひっくり返す(すべ)を彼女は持っていたからだ。

 

あらゆるモンスターを焼き払い、あの冒険者達ですら苦しめられた魔法を彼女は唱えた。

 

『【地ヨ、唸レ――】』

 

本当は、この脆い階層では撃ちなくなかったが仕方がない

 

後で破壊しつくした階層の中、敵の亡骸を確認すればいい

 

『【来タレ来タレ来タレ大地ノ(カラ)黒鉄(クロガネ)宝閃(ヒカリ)ヨ星ノ鉄槌ヨ開闢(カイビャク)ノ契約ヲモッテ反転セヨ】』

 

そんな事を考えていた彼女の耳にその歌が入って来る。

 

「【掛けまくも(かしこ)き――】」

 

それは彼女と同じ力、『魔法』だ。

 

しかし彼女は知っていた、短い歌じゃ自分に届かない。長い歌じゃ自分に追いつけない。

 

『【空ヲ焼ケ地ヲ砕ケ橋ヲ架ケ天地(ヒトツ)ト為レ降リソソグ天空ノ斧破壊ノ厄災――】』

 

だから彼女は歌を唄う。絶対の自信をもって自分の歌に莫大な魔力と殺意を乗せて

 

『【代行者ノ名二オイテ命ジル与エラレシ我ガ名ハ】』

 

「【我が()において招来する。天より(いた)り、地を()べよ――神武闘征(しんぶとうせい)――フツノミタマ】!! 」

 

『!?』

 

しかし、あり得ない事に、あまりにも速すぎる冒険者の詠唱は彼女の歌を追い抜かす。

 

それは冒険者(少女)が毎日欠かさず続けている地獄の訓練の過程で得た高速詠唱と呼ばれる技術。

 

第一級冒険者の詠唱すら置き去りにするほどの詠唱速度で放たれた魔法が彼女に落とされた。

 

『ウウウウウウウ……』

 

強力な『重圧魔法』に縛られた彼女は――

 

『【地精霊(ノーム)大地ノ化身(ケシン)大地ノ女王(オウ)】!!! 』

 

それでも唄を歌い切った

 

歌い切ってしまった

 

『【メテオ・スウォーム】』

 

「【ウィルオ・ウィスプ】!!」

 

『ウッ!?アアアアアアアアア!!!』

 

対魔魔力魔法(アンチ・マジック・ファイア)

 

彼女が最も警戒すべきだったのは、白の冒険者でも戦闘衣(バトル・クロス)を装備した少女でもなく、着流しを着た青年だったのだ。

 

訳も分からず強制的に魔力暴発(イグニス・ファトゥス)を誘発させられた彼女は、爆炎と共に敗北を悟った。

 

アァ、ソレハダメダ、テキヲコロセナイ

 

燃える身体に向かって、鐘の音と共に向けられる白い冒険者の右腕を記憶に刻み付けながら、過去と同じように自分の核を守り、新たなる成長を求めダンジョンの底へ這い戻る。

 

今度こそあの『外敵』を確実に殺す為に……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ドラゴン達を殲滅し、体制を整えようとした時に現れた八首の怪物(モンスター)の力は【ヘスティア・ファミリア】を以てしても想定外だった。

 

「春姫さん、出来るだけ速く皆に指示をお願いします!!」

 

「承知しました!!」

 

さっきからベルの頭の中で五月蝿いぐらい警鐘が鳴っている。

 

その理由は先ほど一緒に落ちた階層主(ウダイオス)の強化種を八首の巨竜が一方的に喰らった光景を見たからでも、魔砲と同等の威力の砲撃(ブレス)を放ったからでも、最長蓄力(フルチャージ)英雄の一撃(アルゴノゥト)が殆ど効かなかったからでもなく。

 

『『『『『『ガアアアアアアアアアア!!!』』』』』』

 

ただ暴れているように見える巨竜の進行方向が、どうみても色を狙っていたからだ。

 

色が居るだけでダンジョンの難易度が跳ね上がる事を身に染みて理解しているベルは、それだけで現状がどれだけ危険なのかを察せられた。

 

「ウィーネちゃんはリリ様を探して回復を、他の皆様は出来るだけ時間を稼いでください!!」

 

その危険性を理解していたのは近くにいた春姫も同じことだ。

 

【ヘスティア・ファミリア】の誰よりも敵の力量を見極める事が出来る彼女は、あの巨竜と戦闘すれば一方的に蹂躙されるだけだということを肌で感じ取れていた。

 

それに砲竜との戦いで色とリリの二人が倒れて動けない今、どの道あの怪物と戦うという選択肢は取れない。

 

「【剣姫】様とバーチェ様、お二人は準備が整うまであの巨竜の相手をしていてください――――撤退戦です」

 

「わかった」

 

「……仕方がない」

 

異変を感じ近くまで来たアイズとバーチェに指示を出した春姫は、二人の了承も聞かないまま《炎刀》を構え、色とリリを寝かせている所まで急いで後退する。

 

それを横目で見送った後、ベルも前線に加わるべく背負った大剣、《黒幻》を構えた。

 

すると新たに発現したスキルにより、全身に力が漲ってくる。

 

英雄本能(ガンダールヴ)

 

武器を装備するだけで全アビリティに高補正が掛かる、能力上昇系では破格の『スキル』

 

その新たな力は始めて使った時からベル本人すら驚くほどに馴染んでいる。

 

「ちっ、あの化物、魔剣がちっとも効きやしねぇ」

 

「すみません、自分の重圧魔法も効果が薄いようです」

 

「ヴェルフ、命さん」

 

Lv.6の二人が前線に加わったことにより、魔剣と魔法でなんとか注意を反らしていた二人がベルの方にやって来た。

 

二人の話を聴くに、事態は思ったよりも急を要するみたいだ。

 

「二人とも、この場所を撤退までの時間稼ぎをする防衛ラインにしよう。春姫さんの合図があるまでに、あの怪物がこのラインを越えるようなら、全力で逃げるよ」

 

「了解」

 

「わかりました」

 

二人の返答を聞いたベルは、少しだけ眼を瞑りあの巨竜の事を分析する。

 

(まず、全身を覆う黒い鱗は魔法の類いを通さない可能性がある。じゃなければ、命さんの魔法やヴェルフの魔剣が効かないなんて事はあり得ないし、僕のチャージした【ファイアボルト】ですら傷一つつかなかった事の説明が出来ない。それと、あの砲撃(ブレス)は放たれた後、地面が溶けてるから当たったらアウト。強い酸か毒を帯びているかも。厄介なのは首が八つの在ることだけど、その首すべてが砲撃(ブレス)を放てる訳じゃ無い?)

 

「ねぇ、ヴェルフ。一応聞くけどあの熱線(ブレス)、ヴェルフの『魔法』で何とかならない?」

 

「いや、あれは『竜肝(りゅうたん)』で撃たれた攻撃だから無理だな。魔法攻撃じゃなくて、アイツのスキルみたいなもんだ」

 

「うわ、ズルいなぁ」

 

そう言いつつも、あらかた考えが纏まったベルは力強く地面を蹴り、駆け出した。

 

(あの春姫さんが、現状の戦力ではアイズさんやバーチェさんが居ても勝てないって判断したんだから、あの巨竜の危険度は最大。勝利条件は全員無事に逃げ切る事だ!!)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

私は未だにあの光景が夢か何かだと思う時がある。

 

切っ掛けは姉が気紛れで、ティオナに聞いたとある店に行くと言い出した事だった。

 

「随分煩い店だな。本当にここで合ってるのか?バーチェ」

 

「ティオナが言うにはここで合ってる筈だが……さて、少々あそこの騒がしいのを黙らせるか」

 

その店では数人の人間とモンスター達の宴会が行われていた。

 

観光という名目で来た私たちは、入国の際ファミリアのエンブレムを掲げているモンスターには危害を加えない事を契約させられたが、アルガナや他の団員はモンスターに危害を加えない契約など鼻で笑い、守る気など微塵もなく、もし何か言われれば力で黙らせようなどと言うものすら居た。

 

そう、この時の私達はこの国の常識をまだ知らなかった。

 

「おい、貴様ら………」

 

「悪いけど、今日は貸しきりだよ」

 

少し黙らせようと騒いでいる者達やモンスターに殺気を飛ばそうとした瞬間、店の店主に声を掛けられる。

 

一目で、この店主がただ者ではない事が分かったが、別に闘いに来たわけでもないので素直に店を出ようとした。

 

が、強者を見つけたら黙ってられない者がうちのファミリアには一人居る

 

アルガナだ

 

「それは、このモンスター共が店を貸しきっているということか?」

 

あくまで挑発的に、アルガナは店主に声を掛けた。

 

若干の殺気を滲ましたそれを店主は「そうだよ」と涼しい顔で受け流す。

 

やはりこの店主、ただ者では無いようだ。

 

「ならそれもここまでだ、後はワタシ達が貸しきらせてもらう」

 

しかし、それで食い下がるような(アルガナ)ではない。

 

あの化物はここの店主を喰らう気だ。ここに女神(カーリー)が居ない今、止められる者は誰一人として居ない、筈だった。

 

「ちょい待ち」

 

「なんだ、お前は?」

 

いつの間に居たのか、気づけば全身に黒の衣服を纏った男が命知らずにもアルガナの肩を掴んでいた。

 

今まで見た事がない程の深い漆黒の瞳を持つ男は、掴んだ手と反対の手をポケットに入れながら私達に笑い掛ける。

 

「俺は黒鐘色、しがない冒険者だ。よろしくな」

 

「―――ほぅ」

 

黒鐘 色

 

それは近頃世界中で話題になっている冒険者の名前だ。

 

いわく、化物を従える怪物

 

いわく、オラリオを滅ぼそうとした魔人

 

いわく、闇の支配者

 

『闘争』にしか興味のないアルガナは、【ロキ・ファミリア】の【剣姫】と渡り合ったと言われている男に、直ぐさま標的を変え獰猛な笑みを浮かべる。

 

「お前がワタシの相手をしてくれるのか?」

 

「貴様、色ニ何ヲスルツモリダ!!」

 

「その人に手ぇ出したら、流石にオレっち達も黙っちゃいねぇぜ?」

 

「良いって、周りの皆も気にすんな」

 

その殺気に周りのモンスターが初めてざわついた。そして殺気立ったモンスター共を一声で大人しくさせた所を見るに、どうやらあの噂は本当のようだ。

 

「しかし、お前があの黒鐘色か。なんとも弱そうだが、まぁいい。ワタシの国では―――」

 

「戦士に肩をぶつけたら殺しあいの合図ってか?馬鹿らしい」

 

「―――お前、ワタシの国の事を」

 

「あぁ、()()()()。テルスキュラとか言うゴミみたいな国の事も、【カーリー・ファミリア】とかいう糞みたいな『ファミリア』の事も、お前らアホ姉妹の事もな」

 

アルガナ、バーチェ

 

と、男は怒りを滲ませながら私達の名前を言い当てる。

 

何故初対面の私達にここまで怒りをあらわにしているのかは分からないが、私達をそこまで調べて挑発してきたのなら余程の馬鹿か、それとも噂通りの実力者なのか。

 

しかし、アルガナの言った通りそこまで驚異には思えない。身のこなしが戦士のそれではないし、マジックキャスターにしては雰囲気が違いすぎる。

 

何よりも、一目見ただけでソイツのLv.が私達より低いことが分かる。

 

やはりただの馬鹿か

 

「そこまで調べてあるのなら言葉は要らないな?」

 

「おいおい、肩をぶつけたら、だろ?俺は肩を掴んだだけだぜ?」

 

「ワタシの事を調べたのだろう?なら、そんな些細なことをワタシが気にすると思うか?」

 

「はぁ~、これだから脳筋の猿は困る」

 

やれやれとでも言いたげに首を左右に振った後、男は口許を三日月に歪めながらこう言った。

 

「お前らの国と同じように、この国にも闘いの作法ってもんがあんだよ。もし勝負がしたいのなら、お前らもその作法に則ってもらうぞ?」

 

「―――いいだろう」

 

この国にそんな作法があるのは初耳だが、アルガナは簡単には了承した。

 

それは相手の土俵に立っても勝てる自信があると言うことだが、当然だろう。

 

何せ私達姉妹はLv.6

 

このオラリオに置いても数えるほどしか居ない実力者だ。

 

「決まりだな。じゃあルールはアームレスリングで」

 

「アームレスリング?」

 

「腕相撲だよ腕相撲。知らねぇのか?」

 

そう言いながら黒鐘は近くのモンスターに声を掛け、説明をしながらデモンストレーションを行った。

 

テーブルに腕を置き、絡ませた相手の手の甲を下に着けた方の勝ち

 

なるほど、単純な力勝負か

 

「理解したか?」

 

「大丈夫だ」

 

「オッケー。じゃあルールの確認するぞ、勝負内容はアームレスリング、三回やって二回勝った方が負けた方の言うことを何でも聞くってのはどうだ?」

 

「いいだろう。ワタシが勝てば、ここにいる者全員を喰らう」

 

「俺達が勝ったらお前とお前の『ファミリア』全員奴隷な」

 

「いいだろう」

 

その理不尽とも言える要求にアルガナは直ぐに頷き、獰猛な笑みを浮かべる。

 

姉が望むのは()()ではなく、本当の()()だ。

 

こんな勝負は姉にとってただの前座に過ぎず、その先にある死闘を見据えている。

 

他の女戦士(アマゾネス)達もアルガナの強さを疑わず、ただ黙って見ていた。

 

「それじゃ始めるか――――リリ、頼むわ」

 

「仕方無いですね」

 

そう言って一歩前に出たのはひ弱そうな小人族(パルゥム)の女だ。

 

アルガナは疑問を口にする。

 

「なんだと?お前が相手をするんじゃないのか?」

 

『ばーか、俺じゃ相手になんねぇよ』

 

何を血迷ったのか、私の国(テルスキュラ)の言葉で発せられたそれは、明らかな侮辱だ。

 

アルガナの顔が歪み、他の女戦士(アマゾネス)達が殺気立つ。

 

この男の死刑が決まった瞬間だ。

 

「お前が来い、直ぐに殺してやる」

 

当然、アルガナは殺意を微塵も隠さずに牙を向いた。

 

神の祝福が無い者が受ければ気絶は免れない程の殺意が籠った言葉を、男は顔色一つ変えずに受け流しながら、更に挑発的を続ける

 

「なんだよ女神の分身(カーリマー)、もしかしてリリ(小人族)にビビってんのか?」

 

「…………」

 

姉の顔から表情が消える。

 

こんなことは初めてだが、どうやら怒りの沸点を通り越したのかもしれない。

 

「店の中じゃ迷惑だから外でやんぞ。ごめんミアさん、テーブル何個か買い取っていい?」

 

「仕方無いねぇ。料金は後で請求するよ」

 

「オッケーッス」

 

そして――――――轟音と共に姉の腕がへし折られた。

 

「あああああああああああああああああああああッッ!?」

 

産まれてから一度も聞いたことのない姉の悲鳴がオラリオの一角に響き渡る。

 

周りの女戦士(アマゾネス)達は理解が追い付かないのか眼を白黒させており

 

私自身、放心から戻るのに数秒掛かった。

 

「どうしたんですか?三回勝負って言いましたよね?」

 

情けない声を上げている姉に聴こえるように、アルガナの耳元で小人族(パルゥム)が呟く。

 

「あぁ、でもその右手はもう使えないみたいなので、左手でしましょうか」

 

アルガナの手を握り潰し、血で赤く染まった掌をゆっくりと開けながら、今度は左腕を新しく置かれたテーブルに乗せる。

 

その左手を眼にしたアルガナは信じられないことに、小さな悲鳴を上げガタガタと震えだした。

 

Lv.6になって―――――いや、この世に生を受けてから初めて味わったであろう圧倒的な強者からの蹂躙は、その腕だけではなく心までも完全に折ってしまったのだ。

 

この時になって漸く、周りの女戦士(アマゾネス)達にも状況を理解出来たのか、姉の恐怖(きょうふ)が伝染しだす。

 

小刻みに震える者、頭を抱えるもの者、息を呑む者

 

【カーリー・ファミリア】の全員が、一体何に手を出してしまったのか分かったのだろう。

 

自分達が踏んだのは虎の尾だったのだ。

 

しかし、私は皆ほど恐怖を感じていなかった。

 

それは、恐らく私自身が元々そういう類いの恐怖を知っていたから。

 

ずっと姉を恐怖の対象にしていた私は、どうやら恐れに対する耐性が、少なくともここにいる女戦士(アマゾネス)達よりかはあるらしい。

 

「すまない。姉はもう、戦えそうにない」

 

そして、しんと静まり帰った大通りの中、私は一歩前に足を動かした。

 

「代わりに私が相手をしよう」

 

【カーリー・ファミリア】の副団長として、これ以上ファミリアの無様を晒さないように

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その後、法外な金を請求された私達は、この街で資金繰りに勤しむことになり

 

私はファミリアが勝手に逃げない為の人質になり

 

そうして使いに出された先で、【ヘスティア・ファミリア】(コイツら)でも計り知れない程の化物と戦うことになる………か

 

我ながら、英雄譚に出てくる登場人物みたいな展開だな

 

『グオオオオオオオオオオオオ!!!』

 

「チッ」

 

薙ぐように振るわれた巨大な首を避けながら、返しの攻撃で蹴りを入れるが、その攻撃は強固な竜鱗に阻まれた。

 

これも効かないか。全く、この街に来てから少し前までは想像もつかない事が立て続けに起こる。

 

「すみません、助力しますッ!!!」

 

そう言いながら駆け付けた白い閃光は、アイツらの団長のベル・クラネルだ。

 

そいつは両手に携えた漆黒の大剣で私と同じ所に攻撃し、私ではビクともしなかった竜鱗にLv.4にも関わらず僅かだが傷を負わせる事に成功する。

 

「これで、Lv.4か……嫌になるな」

 

【ヘスティア・ファミリア】に身を置いてから初めて聴かされた時は自分の耳を疑ったものだが、コイツら全員、私よりLv.が低いのだとか

 

流石に詳しいことまで聞けなかったが、コイツらが私達に勝ったのは恐らく『魔法』か『スキル』――それに合わせて、私も知らない何かがあるのだろうか?

 

「《金剛》で重くした《黒幻》でも(たい)して効果ないか。フルチャージしてこれは本気でヤバいかも」

 

「ベル、どうする?あのモンスター凄く強い、私達だけじゃ撤退までの時間稼ぎはちょっとだけしか出来ないかも」

 

「一応春姫さんの合図があるまで時間稼ぎをする予定で、一定ラインを越えたら合図を待たずに撤退します」

 

一旦引いた私達の近くに、風を靡かせた【剣姫】がベルに指示を仰いでくる。

 

あのクレーターを作り出した小人族(パルゥム)もそうだが、このダンジョンと呼ばれる魔窟を抱え込んでいる都市の、最強の一角を担うファミリアのLv.6に指示を仰がれるLv.4と言うのも可笑しな話だ。

 

私達が手をだしたのは虎では無く竜だったのかとつくづく思い知らされる。

 

「それと、あの砲撃(ブレス)は毒を帯びている可能性があるので出来るだけ撃たせないで下さい、無理なら後ろに居る皆の射線から反らすだけでもいいです」

 

「わかった」

 

「お、おい!」

 

短い了承と同時に、【剣姫】が風を纏い再度巨竜に向かっていく。

 

もう少し対策か何かを練った方がいいんじゃないかと思う私に、鐘の音を響かせたベルが声を掛けた。

 

「バーチェさん、『魔法』を使ってもらってもいいですか?効くかどうかわかりませんが、やってみる価値はあるの思うので」

 

「それはいいが―――ちょっとまて、私はお前達に『魔法』の話はしていなかった筈だが、いつ知ったんだ?」

 

「え!?………えーと、色に教えて貰いました!!」

 

冷や汗を掻いたベルは、そう言い残すと逃げるように【剣姫】の後を追いかけていく。

 

ふむ、それにしてもあの男、ティオナに読み聞かせた英雄譚に出てくる英雄みたいな奴だと思っていたが、どうやら嘘をつくのが苦手らしいな。

 

曲者揃いのファミリアだと思っていたが、意外な所に穴があるのかもしれん。

 

「【食い殺せ(ディ・アスラ)】」

 

長短文詠唱を唱えながら、とりあえず今度アイツに色々話を聞いてみるか、と私は思考を巡らし。

 

「【ヴェルグス】」

 

闘い以外の方法で状況を打開しようとしている私自身に、何故か笑みが零れた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そのモンスターが真の姿を現したのは、撤退戦が始まってから数分後だった。

 

『アアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!!』

 

一同は突然発せられた高周波に耳を塞ぐ。

 

その『女』は、まるでダンジョンから生れ落ちるモンスターかのように、ひび割れた巨竜の龍麟から現れた。

 

炎や風、それに毒の『魔法』で戦っていた三人の冒険者は、その女を見て三者三葉の表情を浮かべる

 

「何だこいつは!?」

 

ある者は未知への驚愕

 

「何でこのモンスターが……」

 

ある者は既知への困惑

 

「…………うそ」

 

そして、絶望

 

『…………ィ』

 

背にまで届く美しい光沢を帯びた黒髪に、傷一つない瑞々しい両腕。

 

胸や腰といったなだらかな上半身を覆うのは、漆黒の(ドレス)

 

その美貌は女神にも劣らず、身に着けている装飾も美しい黒の宝石などで彩られており。

 

見る者が視れば感嘆のため息が漏れると軽く予想できる程の絶世の美女が巨竜の背に顕現する。

 

しかしその美貌を裏切るように、瞳孔も虹彩も存在しない金色の瞳が獲物を見定める狩人の如く細められていく。

 

『世界ノ敵イイイイイイイイイイィィィィィィイイイイイイイイイイ!!!!!!!!!』

 

『『『『『『『『ゴオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!!!!!!!!!』』』』』』』』

 

八首の龍の背に現れた怪物()は爆発したかのように黒髪を乱しながら呪詛にも似た叫び声を上げ、それに呼応するかの如く下半身に繋がっている巨竜の八首全てが雄叫びを上げた。

 

その叫びを聞いた冒険者全てがこう思っただろう

 

ヤバい、と

 

だが、その場の誰かが言葉を発する前に、怪物から砲撃(ブレス)が放たれる。

 

毒々しい紫の熱線の数は、今まで一度もして来なかった八首の同時攻撃(フルバースト)

 

その全てが、黒鐘色が居るであろう方向に撃たれた

 

「ッ!!」

 

動けない冒険者達の中で最初に足を動かしたのはアイズだった。

 

風を纏って全力のアタック(エアリアル)

 

一直線に向かった【リル・ラファーガ】はドラゴンの顎元に直撃し、その軌道を僅かでも反らすことに成功する。

 

色達が居る場所はかなり離れており、例え僅かでもズレれば大きなズレになるので、この判断は決して間違いではない。

 

しかし、それでも一首分だけだ。

 

残り七本、死でダンジョンの地表を抉り取る極彩色の熱線は、たった一人の冒険者を焼き殺すために、差し向けられる。

 

「【フツノミタマ】!!」

 

その内の3本は突如現れた光剣によって生み出された強力な重圧によって、その方向を地面に向けた。

 

いざという時の為に魔法の発動準備をしていた命の機転によって、クレーターが出来た階層の地面に更に深い三本の大穴が出来上がる。

 

これで残り四本

 

命がLv.2の時よりも一回りも二回りも大きくなった重圧結界でも三本捉えるのがやっとだった熱線は、残り四本になった時点で漸く対処可能な攻撃になった。

 

その魔銃の名は【炎刀・(まどか)

 

銃口を下に向けて撃たれた【グレイト・トルネード】と名付けられた『魔弾』は着弾と同時に四方に散らばり、それを起点に強固な風の障壁を作り出す。

 

ただでさえ強力な魔剣数本分を圧縮して作られた魔弾を、『魔砲』として放出もせずに更に圧縮させて創ったそれは、地上のどの物質ですら溶かし尽くすであろうブレス四本分を耳が痛くなるような風切り音と共に削り切り、春姫たちを守りきった。

 

だが、その一発を撃った春姫の顔は青ざめている

 

(色様の【原石】の力で削っても数分は持った『(まどか)』で撃った障壁が消滅した!?もし、あのブレスが連続で撃てるのならいとも簡単に全滅してしまいますが!?それにあのドラゴンから生えて来た女性は第二形態みたいなものですか?『魔弾』も残り少ないのにイレギュラーが起こり過ぎでございまする!?)

 

「二人とも、今すぐここから離れる準備を!!」

 

混乱しながらも、春姫は即座にエルフの二人に撤退を命じる。

 

恐らくあの場にいるベルも「なりふり構っている場合じゃない」と判断するだろう

 

それほどまでに今の一撃(ブレス)は【ヘスティア・ファミリア】の冒険者にとって衝撃的だった

 

しかし、瞬時に下されるその判断も無駄と言わんばかりに、その精霊の歌が鼓膜を震わす

 

『【地ヨ、唸レ――来タレ来タレ来タレ大地ノ(カラ)黒鉄(クロガネ)宝閃(ヒカリ)ヨ星ノ鉄槌ヨ開闢(カイビャク)ノ契約ヲモッテ反転セヨ】』

 

「ヴェルフ様!!」

 

「【燃えつきろ、外法の業】!!」

 

春姫の指示とほぼ同時に『対魔魔力魔法(アンチ・マジック・ファイア))』の詠唱がヴェルフの口から吐き出される。

 

これでとりあえず、『魔法』の脅威はなくなる

 

なんて思考を嘲笑うかのように、その精霊は顔を歪め両の手をドラゴンの体に置いた。

 

『【契約二従イ我二従エ氷ノ女王(オウ)――】』

 

『【契約二従イ我二従エ高殿(たかどの)ノ王――】』

 

『【契約二従イ我に二従エ炎ノ覇王(オウ)――】』

 

その歌は、詠唱は、何処から聞こえて来るのか?

 

理解が及ばない?イレギュラー?そんな言葉では片づけられない

 

()()()から発せられるそれは、禍々しいながらもしっかりとした詠唱であり、たった数刻でかなり消耗した【ヘスティア・ファミリア】の遠征軍に、絶望を叩きつけるには十分な衝撃が与えられた

 

「ヴェ……ルフ様、『魔法』を――」

 

「―――ふざけろ。あの竜の『魔法』、多分だが『竜肝(りゅうたん)』で造られてやがる。『魔法』の手ごたえがちっともねぇ」

 

「【空ヲ焼ケ地ヲ砕ケ橋ヲ架ケ天地(ヒトツ)ト為レ降リソソグ天空ノ斧破壊ノ厄災――】」

 

「め、女型の方を……狙われては?」

 

「【魔法】を止めた時点で解ってると思うが、それも無理だ。あの怪物女が身に着けてる装飾、何処の冒険者から奪ったのか知らねぇが、見る限りじゃあ耐魔力の性質を持った物だな」

 

「うぅ……」

 

春姫は思考を手放しそうになるが、頭を振って打開策を考える。

 

そうして高速で回転する頭の中で行きついたのは、この状況で無事に逃げきるにはあまりにも時間と情報と戦力が足りないという結論だった。

 

まるで罠にでも嵌められたかのように春姫は感じる。

 

そもそもヴェルフの【ウィル・オ・ウィスプ】を対策している時点でおかしな話なのだが、それ以前にあの女型の怪物が最初から出現していたらもっと速く逃げていただろうし、もっと言うなら落ちている最中にその姿を確認さえ出来れば、高火力の二人(色とリリ)を温存する手だって考えられたはずだ。

 

しかし、そうはならなかった。

 

あの精霊は身を潜め、機をうかがい、万全の準備をした後、確実に倒せると判断したから出現したのだ。

 

まるで【ヘスティア・ファミリア】を攻略するかの如く。

 

そうとは知らない彼らに向けて、四つの『魔法』は同時に完成される。

 

『【代行者ノ名二オイテ命ジル与エラレシ我ガ名ハ地精霊(ノーム)大地ノ化身(ケシン)大地ノ女王(オウ)】』

 

『【来レ永久(トコシエ)ノ闇永遠ノ氷河全テノ命アル者二等シキ死ヲ()ハ安ラギ(ナリ)】』

 

『【来タレ巨人ヲ滅ボス燃ユル雷霆(ライテイ)(ジュウ)(ジュウ)ト重ナリテ走レヨ稲妻】』

 

『【来タレ浄化ノ炎燃エ盛ル大剣(ホトバシ)レヨソドムヲ焼キシ火ト硫黄(イオウ)罪アリシ者ヲ死ノ(チリ)二】』

 

それを呼称するのなら並列詠唱

 

外敵を倒せる悦びに打ち震えながらその精霊は完成した四つの『魔法』を解き放つ

 

『【コオルセカイ】』

 

『【センノイカヅチ】』

 

『【モエルテンクウ】』

 

空間が凍り付き、雷が埋め尽くし、大地が燃える

 

―――更に

 

『【メテオ・スウォーム】』

 

上空から隕石が降り注ぐと同時に、『魔法』を詠唱していない他の竜の顔から熱線(ブレス)が放たれた。

 

『アハハハハハハハハハハハハッハハハハハッハハハハハッハハ!!!!!!!!!』

 

たった一人を殺す為に地獄を創り上げた精霊の狂笑が、ダンジョンの奥地に響き渡る。

 




話が書くたびに長くなって話数が増えていく問題

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