ダンジョンをとあるチート持ちが攻略するのは間違っているのだろうか   作:しろちゃん

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この物語は色がカジノに行く数日前から始まっております


第22話 姫物語

「ほ、本当にするのですか?」

 

不安そうに声を上げる狐人(ルナール)の少女の視線の先には、軍神アレス率いる王国軍の侵略者達が、重厚な甲冑を纏い進軍していた。

 

「リリは何度も確認しましたよね?やりますかと。その言葉に春姫さんは頷いたじゃないですか」

「そ、それは、そうですが・・・」

 

煮え切らない春姫の態度に溜息一つ。

 

話は終わりだと言わんばかりに、重そうな(ハンマー)形の首飾りを着けている小人族(パルゥム)の少女は、自身の10倍程の大きさがある灰色の大鎚『右近婆娑羅(ウコンバサラ)』を重厚な鉄の籠手で握り締め、いつでも走り出せるように前屈みに足を曲げる。

 

「大丈夫ですよ春姫殿、なんとかなります!」

 

「み、命様はもう迷われてないのですね」

 

少し前までは渋っていた風呂好きヒューマンの少女も覚悟を決めたのか。驚くほど晴れやかな表情で黒色と銀色が混じった刃長九〇(セルチ)の刀『虎鉄』を腰だめに構えた。

 

「はぁ・・・わかりました。この春姫、心を鬼にして事に当たります!!」

 

春姫も覚悟を決めて前を向き、とある少年からこっそり借りた黒の羽帽子を深く被り、ラキア軍に駆け出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ある日の昼下がり、黒の少年が昼食を食べるために出掛けている頃、鐘楼の館三階、神様の読者部屋からドタドタと騒がしい音と共に狐人(ルナール)の少女が一階まで駆け落りてきた。

 

「そんなに慌ててどうしたんですか?春姫さん」

 

「みみみみみみなみな」

 

「南ですか?」

 

「ち、違います!?皆様、読書部屋の掃除をしていたのですがこんなものを見つけました!!」

 

リリと命の前にバンッ!と勢いよく置かれたのは2枚の紙。

 

一枚目の高級紙はヘスティア宛で書いてある2億ヴァリスの借金契約書。

 

これを見たリリと命は目を見開き驚いたが、しかし二人が本当に驚愕したのは二枚目の紙を見たときだった。

 

『2億ヴァリス返済までのデスマーチの実施』

 

「「「・・・・・」」」

 

【ヘスティア・ファミリア】の女性団員は穴が開くぐらいその紙を凝視している。そこに書かれているのは色の筆跡で書かれている、とある訓練メニューだ。

 

「3回、いや4回ぐらいですか」

 

「自分の計算では7回は硬いかと」

 

「あの、リリ様と命様はなんの数字を数えているのですか?」

 

春姫の言葉に二人は能面のような顔を向けた

 

「「死ぬ回数です」」

 

「・・・」

 

告げられた言葉に春姫は顔をひきつらせる。因みに、二人の計算ではこのデスマーチで春姫の死ぬ回数は12回らしい

 

「し、死ぬというのは言い過ぎでは無いのですか?流石の色様でも、そこまでしないと思うのですが」

 

「そうですね。少し語弊があるので言い換えますと、リリ達が死ぬ思いに合う回数です」

 

「前に自分が色殿と平行詠唱の練習をした時の事を話しましたが、これを実行されれば恐らく皆さん、それの何10倍は死にかけると覚悟しておいてください」

 

命の言葉に偽りはない。彼女達は今までの経験上、嫌でもわかってしまった。この生き物を生き物と扱わないような訓練が書かれてある書面を実行された後の自分達の末路がどうなるのかを

 

「と、取り敢えず、止めてもらうよう色様に進言してみますか?」

 

「春姫殿も薄々気付いていると思いますが。今まで色殿が訓練を止めにしたり妥協した事は1度も無いので、無駄かと思います」

 

「うぅ、そうですね、そうですよね、色様ですもんね。どうしましょうリリ様、春姫はまだ死にとうないでございますぅ」

 

涙目で見てくる春姫の言葉にリリは顎に手を当て考えた。

 

命はああ言ったが、実はこのデスマーチは止められるかもしれないとリリは考えていた。理由は色の性格にある。

 

訓練メニューをこなしている時意外で仲間にはかなり甘い彼だが、実はその中でもダントツに甘いのはヘスティアだったりする。どれぐらい甘いかと言うと、買い物に行けば本を買い渡したり、衣服を買い与えたり。そもそもヘスティアの読書部屋だって部屋割りを決める時に色が進言して作らせたのだ。そんな彼がヘスティア宛の借金契約書を見てしまった結果が、このデスマーチなのだろう

 

「お、お金を用意すればよろしいのでは?」

 

そう、この訓練メニューは今までの訓練とは違い、まるで契約書を偶然見つけて急いで作ったかのような、見切り発車感がある。故に恐らくであるが借金をすぐに返済出来るのなら、止める所まで行かなくても、もう少しまともな訓練メニューになる筈だ。

 

「確かにそうなのですが。ヴェルフさんに大金渡して新しい武器を作ってもらったばかりなので、リリの手持ちは余り無いですね」

 

「すみません、自分も社に入れなければならないので、その・・・」

 

「えっと、(わたくし)も、本格的にダンジョンに潜り始めたのは最近ですので・・・」

 

「「「・・・・・・・・・」」」

 

長い沈黙の後、静寂を破ったのはリリだった。

 

「取り敢えず、この事はベル様とヴェルフさんには言わないでください。あの二人も割りと訓練には乗り気な方なので賛成されると面倒です」

 

「は、はい!」

 

「わかりました」

 

二人の返事を聞いたリリは顎に手を添えて考える。

 

そうして、どうすれば効率良く金を稼げるかを深く考えている内に、さっき読んでいた今日の情報誌の一面をふと思い出した

 

「1つ、デスマーチを未然に防ぐ手を思い付きました」

 

「本当ですか!?リリ様!!」

 

「流石リリ殿です!」

 

自分達の命が助かるかも知れないことに二人はパァと顔を明るくさせてリリの続きの言葉に耳を傾けた

 

「その前にお二人に確認したいことがあるのですが、よろしいですか?」

 

「確認ですか?」

 

「なんで御座いましょう?」

 

「デスマーチか体裁かどちらを取りますか?」

 

今日の情報誌には『ラキア軍出兵』という文字がデカデカと書かれていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

王国(ラキア)軍出兵。

 

突然行われた軍神アレス率いるラキア軍、総数三万。

 

その対処に追われているのは、主に道化師(トリックスター)を掲げる【ロキ・ファミリア】だった。

 

本来なら戦乙女を掲げる、もう一つの最大派閥も参戦している筈なのだが。如何せん彼の主神は自由奔放、重ねて、その子供達も主神にベッタリなので、信用出来ない為。【ロキ・ファミリア】に頼りきっているのが今の状況だ。

 

勿論ギルドも【ロキ・ファミリア】一辺倒だと不安が残るので、オラリオの冒険者に傭兵紛いのクエストを出しているのだが、オラリオ仮連合の集まりは悪いらしい。

 

当たり前だ、傭兵(そんな事)をするよりもダンジョンに潜った方が稼げるのだから。

 

しかし、何事にも例外と言うものはある

 

例えば、ラキア軍が増援を投入して来た東側にスポットを当ててみよう。

 

そこには【ロキ・ファミリア】団長が、本命は別にある、と言い放置した賊軍を迎え撃つ小さな少女の姿があった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「こ、殺されるぅぅぅぅううう!!!」

 

「さ、下がれぇ!!!奴が来たぞ!!!」

 

「【小さな狂者(クレイジー)】だ!【小さな狂者(クレイジー)】が出た!!!」

 

「オイオイ、なんだお前ら。あんな小人族(パルゥム)の小娘に何ビビってやがる?」

 

「おい馬鹿!!近づくなああああああ!!!」

 

逃げ惑う者、叫び散らす者、小馬鹿に笑う者、懺悔する者。小さな少女の前には様々な表情を浮かべたラキア軍が存在している。しかし少女の表情はそのどれでもない無表情だった。

 

「一言だけ言っておきます」

 

それは何回も繰り返し行われてきた動作だ。その回数分、少女は不名誉な二名を呼ばれ、不機嫌になっていく

 

「リリの二つ名は・・・」

 

振り上げられた大鎚を見たラキアの兵隊は頬をひきつらせ、中には涙する者も居た。その光景は神を崇める信者にも見えるし、悪魔を讃える狂者にも見える。

 

「【小さな狂者(クレイジー)】ではなく、【小さな賢者(クレバー)】です!!」

 

しかしリリルカ・アーデにとっては、どれもが等しく、ただのイラつく敵対者だ。

 

容赦なく振り落とされた巨大な大鎚は大地を穿ち、数十人いたラキア軍は大量の土砂と共に吹き飛ばされた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あの、大丈夫・・ですか?」

 

鈴の音のような声に男が目を開けると、そこには金糸のような黄金色の髪を黒い羽帽子から覗かせる可憐な少女が自身の顔を覗き込んでいた。

 

「えっと、貴方は一体?」

 

痛む頭を押さえながら体を起こし、逆光で顔がよく見れない少女に問い掛ける。

 

(わたくし)は、その、えっと・・・ ぼ、帽子姫と申します。兵士様が倒れているのを見かけまして・・・」

 

「帽子?いや、俺が倒れて・・・ッ!?」

 

思い出した、鬼のような小人族(パルゥム)の事を。アイツの一撃で皆吹き飛ばされて、そうだ皆は?

 

兵士が急いで周りを見渡すと、酷い光景が広がっていた。土はめくり上がり、土砂の中に自分と同じ甲冑を着込んでいる男達、無事な者はただ一人としていないだろう。

 

「・・・・・・へ?」

 

気づけば兵士の手はふんわりと、少女の柔らかい両手に包み込まれていた。顔が見えないながら微笑んでいるのが何故か認識出来る

 

「お怪我をしているようですので、良かったら、これをお使いください」

 

土まみれの自身の掌には失った剣の代わりに、一本の回復薬(ポーション)が置かれていた。混乱して暫く見つめていた回復薬(ポーション)から顔を上げ、羽帽子を被った女性に改めて顔を向けると、そこには土砂に埋まっていた他の兵士を懸命に掘り起こし、同じように回復薬(ポーション)を配っている姿が伺える。

 

「天女様だ」

 

声の方は後ろから。振り向くと自分と同じように助けられたのだろう、土まみれの多数の兵士が唖然と呟きながら少女の事を目に焼き付けている

 

彼女の名前は帽子姫。

 

今はただラキアの兵士に回復薬(ポーション)を配る謎の少女に過ぎない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その小人族(パルゥム)がラキア軍に与えた被害は甚大だ。

 

何しろ歩兵隊は一撃で吹き飛ばされ、騎兵隊は大槌を振り落とした時に出来た穴に馬足を捕らわれる。

 

基本的にこの繰り返しなのだが、相手は恐らくLv.3以上。全体的にLv.1か2しかいないラキア兵には荷が重いと言えるだろう。

 

脅威の度合いでは【ロキ・ファミリア】の方が断然上なのだが。やっかいな事に相手は積極的に武器を折に来ているらしく、手持ちぶさたになった兵士の多くが自陣営に戻り、武器を補充する手間を強いられている事も、あの小人族(パルゥム)が厄介だと言われている原因だった。

 

進軍は遅れている。しかし武器を叩き折られたラキア兵はどこか浮わついた様子で、一本の回復薬(ポーション)を握りしめながら、自陣営に引き返していた。

 

「帽子姫様、帰りました!」

 

「お帰りなさいませ!また剣を駄目にしたのですか?」

 

「はい!また剣を売って貰っていいですか?」

 

「勿論です!どうぞ、一本七万ヴァリスになります♪」

 

羽帽子を深く被り、顔の上半分を隠した帽子姫と呼ばれた少女から渡されたのは。一本七万ヴァリスと普通の武器よりかなり高額な、何の変鉄もない普通の鉄で出来た剣だ。しかしお金を払い、受け取ったラキア兵は嬉しそうに抜き身の剣の柄を握り締め、慣れた手つきで帽子姫の目の前に右手を差し出した。

 

「これからも頑張ってくださいね♪」

 

ニコッ

 

「は、はい!いって参ります!!!」

笑顔で握られた右手を大事そうに握り締めながら男は駆け出した。その後ろには他にも沢山のラキア兵が列をなし、帽子姫から握手をしてもらうため、剣を買いに並んでいる。

 

「ふふふ、もう少しで目標達成です。うふふふふふ」

 

帽子姫が剣を売っているテントの裏側、 リリは大金が入った袋をうっとりと眺めながら、不気味な笑い声を上げてた。命はその様子を顔を引きつらせなぎら見ていた。

 

「あ、あの、リリ殿?もうそれだけ稼いだのなら残りはダンジョンに潜って稼ぎませんか?」

 

「なぁに言ってるんですか!借金を返済したらEXステージですよ、EXステージ!!どこまで稼げるか勝負しなくてはどうするんですか!!!!」

 

「し、しかしですね。その、今までは自分もデスマーチを避けるという大義名分を掲げていたから大丈夫だったのですが。これ以上となると人道的にキツイと言いますか」

 

身振り手振りどうにかして説得しようと試みるが

 

「いいですか命さん。リリ達は悪い事をしているのではありません。ラキアという敵国にダメージを与えているのです。つまりは正義!そう、リリ達が正義(ジャスティス)なのです!!」

 

そう叫びながらも、瞳の中をヴァリス金貨に輝かせてるリリに命は肩を落とした。

 

リリ達のやっている事を一言で説明するなら、自作自演(マッチポンプ)だ。

 

手順は簡単、まずリリがラキア軍を攻撃。Lv.2に成り立てのリリだが、最近ベルを超える力値を叩き出せると判明した少女はその力を存分に振い、力付くでラキア軍を殲滅し武器を叩き壊す。

 

そして気絶したラキアの兵隊をキュクロプスの羽帽子を被り、認識阻害中の春姫に助けさせ、回復薬(ポーション)を渡して恩を売る。

 

最後に最近盗賊紛いのスキルが上達している命が別方向に進行しているラキア軍から武器をパク()れるだけパク()り、それを春姫に少し高い値段で売らせる。

 

以上がこの自作自演(マッチポンプ)の全容だ。

 

しかも、中々上手いことハマっているようで、稼げるヴァリスは倍々式に増えており、たった数日で目標額の2億ヴァリスに届く勢いであった。

 

「リリ様、命様!見てください。今回も皆様全て買ってくださいました!!」

 

嬉そうにテントの中に入って来た春姫に共犯者(みこと)は微妙な顔をした。始めこそ嫌々やっているようであった彼女だが、どうやら帽子姫(アイドル)的な事をやっている内にハマってしまったらしい。キラキラとして瞳でリリに大金が入ってる袋を手渡している。

 

「それじゃあ、帰りましょうか」

「はい!」

 

「・・・はい」

 

命は思った。

 

もしかしたら自分は盛大に道を踏み外しているのかもしれない

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

空が茜色から黒色に差し掛かろうとする頃、ラキア軍から巻き上げた大金を担ぎ上げ、リリ達は【ヘスティア・ファミリア】の本拠(ホーム)、鐘楼の館とは違う方向に足を進めていた。

ズッシリと重味のあるバックパックを両手に少女達が向かった先は、オラリオから少し離れた所『セオロの密林』だ。

 

「よっこらせ。むふふふふ、明日で2億ヴァリスに届きそうですね」

 

『セオロの密林』深く、満足そうに笑いながら重いバックパックを降ろした小人族(パルゥム)の少女は少し大きめの樹の幹を真ん中から剥ぎ取り、その中に隠してある巨大な金庫の扉を開けた。

 

「あの、本当にまだ続けるのですか?」

 

罪悪感を感じている黒髪の女性(ヒューマン)は金庫の中にヴァリス金貨を押し込むように突っ込みながら、お前は何を言ってるんだ、という表情を浮かべている小人族(パルゥム)とは違う方向に向いた。

 

「え?やりますよ。だって(わたくし)、明日も握手会をするとファンの方々に約束しましたので」

 

金庫を樹の中に戻しているリリを手伝いながら、狐人(ルナール)は当たり前だと言わんばかりに答えた。

 

命は思った。

 

これ何時か罰が当たるかもしれない

 

「さぁ、明日もモリモリ稼ぐ為に速く寝ましょう!」

 

「そうですね!」

 

「・・・わかりました!今日は自分が腕に寄りをかけて作りましょう!!」

「「わああああ!!!」」

 

金庫を巧妙に隠した樹の近くにテントを張った少女達は上機嫌に夕食を始める。

 

故郷から取り寄せた味噌を水に溶かし、鍋の具材を入れながら命は思った

 

もうどうにでもなれと。

 

誰にもバレないように探し当てた密林奥深く。金に眼が眩んだ小人族(パルゥム)とアイドルに目覚めた狐人(ルナール)と色々放り投げたヒューマンの宴は、先ほど言っていた言葉とは裏腹に夜遅くまで続いた言う。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

次の日。

 

金庫を隠した樹は綺麗サッパリ無くなっていた。

 

 

 




8巻が終わるまで後2、3話は投稿するかもしれない。遅くなるかもしれない。


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