あべ☆こべ   作:カンさん

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第九話 にぎわいの秋 燃える冬

「へぇ……みゆきさん、姉さんたちと同じ陵桜なんだ」

「本当ビックリしたんだから。高良さんからアンタの名前が出てくるんだもの」

 

 今日、学校から帰って来たかがみ姉さんの口から意外な人物――みゆきさんの名前が出た。炬燵でみかんを食べていると、開口一番にどういうこと!? と凄い剣幕で詰め寄って来たから驚いた。襖を音を立てて叫ぶんだもの。こう、バシーンッて感じで。

 落ち着いて互いの情報を整理したところ、みゆきさんとは委員会で何度か顔を合わせていたらしく、浅いながらも親交はあったそうだ。で、この時期にある文化祭の準備で話が弾み、話が盛り上がってみゆきさんの口から俺の名前が出た、と。

 

「なんとなく思っていたけど、みゆきさんって頭が良かったんだね」

「良いってものじゃないわよ。あの子、学年トップの天才よ」

 

 ……本当に凄いのは、それを聞いて驚きよりも納得の方が大きいってことだよな……。さらには、今年の体育祭でも大活躍していて運動も得意な模様。その後一時期体育会系部活からの勧誘が引っ切り無しに続いたとか。

 さらに人望も厚いようだ。彼女を慕う人はかなり居るとのこと。もちろん男子からの評判も良い……異性としてはあまり見られていないようだが。謎だ。

 頭脳明晰。品行方正。容姿端麗。運動神経抜群。まさに完璧超人って感じだな。

 俺なんて裏で清楚系ビッチって呼ばれてんだぜ?

 

「こなたさんじゃないけど、まるで漫画から出てきたみたいだね」

「本当、私もキョウも凄い人と交友を持ったわねー? 学校じゃあ大人しい人だと思っていたけど、痴女を捕まえるなんて早々できないわよ」

 

 確かにみゆきさんは凄い人だ。

 凛とした佇まいと大人な雰囲気で忘れていたけど、まだ高校生なのにあの行動力。そしてその後のアフターケア。とてもじゃないけど、街で俺に声をかけてくるガングロ玉子と同じ存在だとは思えない。それに、あの痴女してきた人結構体がふくよかで押し付けてくる力が強かったし……あの細い腕のいったいどこに対抗できる力があったのだろうか。

 本当、俺と二歳違いだとは思えない……。

 

 ――ん? なんか今凄い違和感を感じたような……

 

「……時に姉さん」

「なぁにキョウ?」

「俺、姉さんに何か言っていないことってあったっけ?」

「さあ? 少なくとも、アンタが高良さんと名前で呼び合うほど仲が良いことは知らなかったわ」

「……言い訳してもよろしいでしょうか?」

「――ダメに決まっているでしょうがっ」

 

 ――その後、俺は久しぶりにかがみ姉さんから説教を受けた。

 痴女のことを黙っていた……というよりも、しばらくして落ち着いたら教えようと思っていたが忘れていたこと。そのことについてこっぴどく叱られた。

 しかも俺のことが心配で怒っていて、そんなに頼りない? と泣かれたことの方が辛かった。

 謝り倒して泣き止んだと思ったら、ダッシュで帰って来たつかさ姉さんも何故か痴女の件を知っており――後日聞いたところによるとみゆきさんと同じクラスだったらしい――泣き付かれながら、復活したかがみ姉さんに改めて説教された。

 

 俺はこの日に思い知った。

 報連相は大事だと。そして後回しすると碌なことはない、と。

 そしてこういう時、上の姉二人は絶対に助けてくれない、と……。

 

 

 第九話 にぎわいの秋 燃える冬

 

 

「おぉ……結構賑わっているね」

「そうだね、いのり姉さん」

 

 現在、俺といのり姉さんはかがみ姉さんたちが通っている陵桜学園に来ていた。

 今日はこの学園の文化祭で、もし時間があったら是非来てくれと姉さんたち……とこなたさん、みゆきさんに誘われていたのだ。

 本当は若瀬さんと一緒に来ようと思っていたのだけど、予定があったようで無理だった。

 で、丁度暇してたいのり姉さんに同行して貰った訳だ。

 

「それにしても、どっちも喫茶店って芸が無いよねぇ」

「ははは……。でもこのパンフレットを見る限り一年生の出し物は結構重なっていたりするよ。お化け屋敷とかプラネタリウムとか……。学生でも無理なく運営できるものを選んだんじゃないかな?」

「確かに手の込んだものを高校生に求めるのも酷ってものか」

 

 とりあえず俺たちは飾られた門を潜って姉さんたちの教室へと向かった。道中三年生やOB、教師陣が開いている露店があり、軽く摘まみつつ今日来れなかったまつり姉さんたちの土産を物色する。買って来てってお金を渡されたからね。……ちなみに、いのり姉さんはちゃっかりそのお金で自分の分を食べている。本当良い性格しているなぁ。

 

 

 ――で。

 階段を昇って一年生のフロアに着くと、廊下で見慣れた背中を発見した。

 

「来たよー、かがみ姉さん」

「おーっす。いのり姉さんもいらっしゃい」

 

 軽い挨拶をしつつこちらに近づいてくる姉さんだが……はて? おかしいな?

 何故にかがみ姉さんは普通に陵桜の制服のままなのだろうか。話ではこの時間は売り子をしている筈なんだけど……。

 その疑問を視線に乗せてかがみ姉さんへと向けると、居心地悪そうにする。

 

「な、なによ……」

「いや、姉さんこの時間は出店の手伝いじゃなかったっけ?」

「クラスメイトに時間代わって欲しいと頼まれてね? だからちょっと時間ズレたのよ。でもそのおかげで一緒に回れるから良いじゃない」

「……」

「……」

 

 聞いている限りでは筋の通った話だ。かがみ姉さんの言葉に嘘偽りが無いなら、ね。

 かがみ姉さんの言い訳を聞いていた俺といのり姉さんは視線を交わす。

 

 ――どう思う?

 ――ギルティ。

 

 どうやら意見が一致したようで、俺といのり姉さんはため息を吐いた。

 目の前でそんな態度を取られたかがみ姉さんは「な、なんか言いたいことがあるなら言ってよ」と狼狽する。

 

「とりあえず言いたいことは色々あるけどさ……後で代わって貰ったクラスメイトにはお礼言っておきなよ」

「あと、給仕服見られたくないからってそこまでしなくても……」

「ぐっ、お見通しって訳か」

 

 いのり姉さん、俺の言葉に口を噤むかがみ姉さん。

 まあ、何年姉弟していると思っているのか。この程度造作もない。

 ……かがみ姉さんの性格が分かりやすいって言うのもあるが。

 渋い表情を浮かべる姉を見ながら内心そう思い、もしこのことを言ったらどうなるだろうと考えるも……思わぬカウンターを喰らいそうなのでやめておいた。

 それはさておき。

 かがみ姉さんを新たに加えた柊御一行は、隣のクラスのつかさ姉さんの喫茶店へと向った。

 

「いらっしゃいま――あっ! キョウちゃん!」

 

 受付の人に案内され改装された教室内に入ると、そこには給仕服を着たつかさ姉さんが俺たちを出迎えた。つかさ姉さんは俺の存在に気が付くと、パァッと花が咲いたかのように笑顔を浮かべてこちらに近づいてきた。

 

「来てくれたんだね。ありがとう」

「ん。こっちも呼んでくれてありがとう。つかさ姉さん、その服似合っているね」

「え? そ、そうかな?」

「うん。料理が得意な姉さんにピッタリだ」

 

 というか、つかさ姉さんは元々ほんわかしていて可愛い系が似合う女の子だし。こういう服を着ていても違和感とか全く感じない。

 俺に褒められたつかさ姉さんは照れており――なんでこの世界の男性どもは放っておくんだ、と疑問に思う。

 

「というか……」

「私たちは眼中に無しってことか、つかさー」

「はわ!? お姉ちゃんたちいつの間に?」

「最初から居たわよ、このブラコン!」

「いや、それかがみも人のこと言えないから」

 

 ホントにね。

 それはそうと……ふと周りを見渡してみる。

 想像はしていたけど、接客は男子生徒が中心となって行っているようだ。男女比率が傾いているけど、予想よりは結構人数がある。

 そう言えば、他に比べるとこの店は繁盛しているなぁと思っていたけど……女性客が多いことから理由は大体察することはできた。

 多分お触りとかしたらすぐに摘まみ出されるんだろうな……。

 

 気を取り直して。

 俺たちは席についてジュースとクッキーを頼むことにした。

 聞いたところ、つかさ姉さんとこなたさんが中心になって作っただとか。そう言えばこなたさんも料理するって言っていたな。で、実際に食べてみるととても高校の文化祭で出されているとは思えないほど美味しかった。

 

「これ美味しいね。いつも作っているのとはまた違う味付けだ」

「うん。こなちゃんと色々試しながら作ったんだー」

 

 試行錯誤した末での作品だからか、つかさ姉さんは褒められて本当に嬉しそうだ。

 むむむ、こりゃあつかさ姉さんにまた一歩……いや五歩くらい差を付けられたかな。

 美味しいけど何処となく複雑な気分で居ると、教室の奥からこなたさんとみゆきさんがやって来た。ひと段落したのか、それとも交代の時間なのか、頭に巻いた三角巾と体につけたエプロンを外していた。

 それにしても……。

 

「やっほー。いらっしゃいませキョウといのりさん、とその他一名」

「略すな!」

「こんにちは、こなたちゃん。クッキー美味しかったよー」

「いやいや。いつも料理とかしているからこのくらい……」

「……何故そこで私を見る?」

「べっつにー」

 

 もはやお約束なのか、こなたさんがかがみ姉さんをイジる。姉さんも慣れたのか軽く受け流している。

 で、来店した俺たちを出迎えてくれるこなたさんも、つかさ姉さんと同様に給仕服を着ている。着ているんだけど……。

 

「ん? どうしたのキョウくん、お姉さんをそんなに見つめて。もしかして見惚れていたり?」

「え、ああ、その……ハイ」

(お、お料理教室ってフレーズが頭に浮かび上がってしまった……)

 

 我ながら酷いことを考える。というか、こなたさんを見ているとそういうコスプレをしているように見えるのは何でなんだ? ……本人の性格を考えると、嬉々としてしてそうだな、コスプレ。

 

「いらっしゃいませ、キョウさん」

「あ、今日は招いてくださってありがとうございます。みゆきさん」

 

 タイミングを見計らってみゆきさんも挨拶しに来てくれた。

 例のごとくみゆきさんも給仕服を来ているのだけど……つかさ姉さんとは別路線で似合っている。まるで良いとこのお嬢様とか、そんな感じだ。みゆきさんにはロングスカートが似合う。それを形に表したかのようだ。

 

(……なるほど)

「つかさ、かがみ。ちょっとトイレ行きたいから付き合ってくれない?」

「え? それなら教えるけど――」

「良いから良いから。ほら、かがみもパクパク食べてないで立って立って」

「ちょ、いのり姉さん!?」

 

 突然、いのり姉さんがつかさ姉さんとかがみ姉さんを連れて教室を出て行った。見えなくなる直前に一瞬視線がこっちに向いてウインクしたけど……何を考えているのやら。

 というか、つかさ姉さんは接客していたと思うんだけど。

 

「あ、そのことならご心配なく。どうやらクラスメイトの人と時間を交換していたようで、今から丁度休憩時間だそうですよ」

 

 そういうところ、姉妹だなぁ。

 

「だからキョウくん来るまでそわそわしていたんだよ。よっぽど良いところを見せたかったみたいだねぇ。あ、ついでに私たちもこれから休憩。というわけでお邪魔しまーす」

 

 ちゃっかり自分たちのお菓子とジュースを持っていたのか、こなたさんたちは先ほどまでいのり姉さんたちが座っていた椅子に腰掛ける。

 正直有難い。もしこのまま彼女たちがこの場を去ったら、またナンパされてしまう。さっきからあちこちから視線を感じている。

 

「それにしても、その衣装凄いですね。完成度が高いというか」

「ああ、裁縫部の人たちが頑張ってくれたんだよ。男がいると思って入ったら同類しか居なくて、その悲しみを技術に叩き込んでいるから腕は確か」

 

 そのドラマ、俺に言う必要あります?

 

「え? そうだったんですか!?」

「ほら、こなたさんがテキトーなこと言うからみゆきさん信じちゃったじゃん」

「はっはっはっ。確かに言わなくて良かったねー。みゆきさんはピュアだなぁ」

「え? あ……冗談だったんですか」

 

 ホッと安堵した様子を見せるみゆきさん。それを見てニヨニヨと笑みを浮かべるこなたさん。……いったい何を考えているんだか。

 クッキーを食べながら、イタズラ好きな先輩に内心ため息を吐く。この人、慣れてきたら自分のペースで会話を進めていくから、時々狐に化かされたような気持ちになる。気が付いたら彼女に飲み込まれているというか……。あのかがみ姉さんですら手玉に取るし。

 

「そう言えばさ、キョウくんのトコは文化祭とかしないの?」

「え? もう終わりましたよ?」

「嘘ん!? なんで言ってくれなかったのさ~。執事姿のキョウくん見たかったのに~」

 

 急にそんなことを言われても……それに。

 

「いや、中学校では飲食関係出せませんよ。ほとんどが合唱とか演劇ですよ」

「確かにそうですね。衛生管理とか色々ありますし。私たちの所もかなり徹底してましたから。泉さんの通っていた中学校では違うんですか?」

「え? う~ん……」

 

 みゆきさんに中学のことを聞かれたこなたさんは、腕を組んで昔を思い出そうとするも――。

 

「そもそも。うちの中学って文化祭あったっけ?」

「ちょ、そこからですか?」

「いや、ゴールデンのアニメとかネトゲで忙しくてさ」

「それは忙しいとは言いません」

「あ、あははは……」

 

 趣味に走って学校行事を疎かにする人は居るけど……まさかここまでとは。

 みゆきさんもこれには流石に苦笑い。

 

「友達との思い出は大切ですよ? アニメとかも良いですけどね」

「おおう。なんか……かがみみたいなこと言うね」

「まぁ、姉ほどガミガミ言いませんが……」

 

 俺、あまり人を束縛したくないし。

 それにこうして思い返せば、ほら、あれだ。俺が前世で高校生だったころは――。

 あ、あれ? 思い出せない。確かに楽しんだ記憶はあるんだけど……。

 う~む。俺もこなたさんに偉そうなこと言えないか?

 

「キョウさんは文化祭では何をなされたのですか?」

「えっと、簡単な劇です。現代文に載っている教材を使った……」

「あー、見たかったなー、キョウくんの晴れ姿」

「あ、俺裏方に回っていたので表には出ていないですよ?」

「え……?」

 

 そう言うと、何故かこなたさんが信じられないといった顔を浮かべてこちらを見る。

 な、なんだ?

 俺が戸惑っていると再起動したこなたさんはこちらに詰め寄ってくるとまくし立てた。

 

「えー! 勿体無いよキョウくん! 文化祭で裏方に回るヒーローなんて聞いたことない」

「まず人を勝手に攻略キャラにするのはやめませんか?」

 

 何かと思えば……。

 思わずため息を吐くが、それでもこなたさんは勿体無いと言う。

 だってなぁ。ぶっちゃけ、俺そこまで人前に出たいわけじゃないし……。

 というか、緊張してまともに演じられないと思う。

 

「でも、泉さんの気持ちも分かります」

「みゆきさんまで……」

 

 流石にここまで来ると過大評価な気がする。でもみゆきさんは100%の善意から言っているから無下にできないし、それに、あれだ……照れる。

 それを誤魔化すためにジュースが入ったコップを口に付けて顔を隠す。赤くなった頬は見られているのかもしれないが。

 

「そう言えば、ここでも演劇しているらしいですね。確か体育館で」

 

 パンフレットに書いてあった。

 そこには様々な題名が書かれていてプログラムに組み込まれている。その中でも特に気になるのが二つある。一つは童話を元にした恋愛劇。もう一つはお笑いであろう喜劇物。どちらも面白そうだ。

 ポケットから折りたたまれていたパンフレットを取り出して、その二つを示しながら二人に聞いてみた。

 

「ああ、これね。してるしてる。私的にはこっちのお笑いの方が面白かったかなー」

「へー。どんな内容ですか?」

「うーん。一言で言うと、女子が男装して歌って踊るみたいな?」

 

 ……うん? ――あ、あー。そういうことね。

 一瞬それを聞いて意味が良く分からなかったけど、俺の価値観に当てはめることで理解できた。

 今思い出したけど、男子が女装してアイドルの真似をしていたお笑いがあった。舞台の下にはドルオタ役の仕掛け人も居て、腹抱えて笑っていたものだ。多分この世界ではその逆がそういうことなんだろう。

 でも、楽しめるかな~。俺からしたら女子が男装しているのは違和感を感じるけど、笑うほど奇妙に思うことが無いし……。

 そんな俺の心境を何となく察したのか、こなたさんが問いかけてくる。

 

「あ、やっぱり男子には興味ないかな?」

「そういうことじゃないんですが……とりあえずこの後いのり姉さんと見てきます」

 

 案外物まね芸人みたいなものかもしれないし。

 

「そう言えば……」

「どうしたんですか、みゆきさん?」

「いえ。昨日の劇――あ、恋愛の方なんですけど。その劇を見ていて思ったのですが、やはり男性はああいう物が好みなのかと」

 

 経験が無いので理解できていないだけなのかもしれませんが、とみゆきさんは苦笑する。

 なんでも、昨日の恋愛劇を見ていた男子生徒が凄く盛り上がっていたらしい。それを隣で見ていたみゆきさんは、男性は恋愛とかそういうものに敏感だと思っているらしい。

 

「う~ん。正直自分はあまり分からないですね……」

「えー。キョウくん数多の女を手玉に取っておいて良く言うね~。あの主人公ちゃんとか」

「人聞きの悪いこと言わないでください。でも確かにクラスメイトの男子たちはそういうのに良く喰いつきますね」

「そうなのですか……」

「……みゆきさんは、誰か気になる人でも居るの?」

「え!? あ、いやその……」

 

 こなたさんのからかいの言葉に、みゆきさんは顔を真っ赤にして動揺する。それを見ていると、以前みゆきさんの家にお邪魔した時のことを思い出す。あの時はゆかりさんと母さんにからかわれて、俺らしくない反応をしてしまった。あの後母さんに「キョウも男の子なのね」って微笑ましいものを見るような目を向けられた。

 わたわたと慌てるみゆきさんに絡むこなたさんを見ながら、この人にバレたら絶対にからかわれると確信する。というか絡み方が丸っ切り中年親父だな。こっちじゃあ中年……ババア? おばさん? どうでも良いや。

 

「男子がそういうのに興味あるっていうのもありますが、役者の演技も凄かったんですかね? 自分じゃあ多分できないと思います」

「え~、そんなことないよ」

 

 ふとそんなことを思い、なんとなく呟くと否定の言葉が返ってきた。

 

「そうですかね?」

「そうだよ! 何人ものアイドルをプロデュースしてきたこの慧眼に誓って!」

「ええ!? 泉さんプロデューサーだったのですか?」

「いや、みゆきさん。多分それゲームの話です」

 

 そう言えばクラスの皆も口を揃えて「勿体無い」って言っていたっけ。

 唯一若瀬さんはホッとしていたけど……その後凄く謝って来たな。何を考えていたのやら。

 

「そんなに俺のお粗末な演技を見たいんですか?」

「う~ん……というよりも、コスプレしているキョウくんを見たい」

 

 ……はい?

 

「執事服を着て『お帰りなさいませお嬢様』って言っているのを見たいし。

 『バカ犬バカ犬バカ犬!』って某ツンデレヒーロー姿も似合いそうだし。

 お坊ちゃま姿のキョウくんも捨てがたい……」

「い、泉さんは何を……?」

「気にしないでください。病気みたいなものですから」

「……普通キモイって言われる所だけど、キョウくんってやっぱり理想のヒーローだね!」

 

 おかげさまで。みゆきさんは理解できていないようだけど……このまま毒されず純粋なままで居て欲しい。

 というか、俺も慣れてしまったなぁ。こなたさんも昔よりもグイグイ来るようになったし。

 まぁ、こういうやり取りは結構楽しいから良いんだけど。……本人に言ったら調子に乗るから言わないけど。

 

「それにしても、かがみたち遅いね」

「何かあったのでしょうか?」

 

 ……流石にトイレでここまで稼げないと思うし。

 

「身を削るなぁ、いのり姉さん」

『???』

 

 ――その後、帰って来たかがみ姉さんは、手に外にあった露店の商品をたくさん抱えて持ってきた。後ろでスゴスゴと付いてきていたいのり姉さんの顔はションボリとしていた。

 時間稼ぎの代償に涙を流すいのり姉さんに同情して、今夜は好物でも作ってあげようと心に決めた。

 ……そこそこ楽しかったし。

 

 

 ★

 

 

【おまけ】

 

 

「……よしっ」

 

 鏡の前で若瀬いずみは満足げに頷いた。

 寝癖を直し、服に乱れが無いことを確認した彼女は、机の上に置いてある己の鞄を持って勇みよく部屋を出て玄関に向かう。その足取りはこれから戦場に向かう戦士のように力強く、瞳には未来への希望が灯っていた。

 その道中、彼女の兄が丁度部屋から出ていずみに挨拶をする。

 

「お、おはよーいずみ。そういえば今日はバ――」

「待ってお兄ちゃん!」

 

 何かを取り出そうとしたのか、己の部屋へと戻ろうとする兄を彼女は止めた。

 突然呼び止められて驚いた彼は、目をまん丸とさせていずみに振り返る。

 彼女は興奮で頬を赤く染め上げながら――。

 

()()は家に帰ってからでお願い!」

「お、おう」

「じゃあ、行くね!」

 

 それだけを言うとドタドタと足音を立てて玄関に向かい、そのまま学校へと向かった。

 そんな彼女を見送って彼は一言。

 

「我が妹ながら、処女拗らせすぎだろ」

 

 ――今日は2月14日。

 ある者にとっては至高の、ある者にとっては絶望の一日。

 人はそれを『バレンタイン』という。

 

 

 ☆

 

 

 彼女が異性に興味を持ち始めたのは小学校三年生の頃からだった。

 きっかけは覚えていない。それまではアニメや友達と遊ぶことに夢中だったいずみだったが、気が付いたら男子のことが気になっていた。

 意識し始めるとその感情は止まらず、成長すると共に変化し、自覚し、中学生になった時には『彼氏が欲しい』と思うようになっていた。

 それから彼女はモテる努力をした。情報源はアニメや漫画で、彼女は優しい女性が男子にモテるのだと知った。

 クラス委員長には自分からなった。まずは形から入ろうと思ったからだ。先生からの頼みごとが多かったがそれでも嫌な顔をせずに引き受けた。困っている男子は積極的に助けるようにしていた。この前も、言い寄られていたとある男子生徒を助けた。他にも相談事を持って来る女子の対応も完璧にこなしたりして――結果、彼女はクラスで頼りになる存在となった。主に同性の。おかげで友達が増えたが、何故か彼女に言い寄る男子は居なかった。他のクラスメイトに比べて好かれてはいるが、異性としては意識されていないらしい。泣いた。

 

(でも、今日はその努力も実るはず!)

 

 結局彼氏ができずに中学校生活一年目を終えようとしているが、それでも義理チョコくらいなら貰えるだろうと思っていた。自分で言うのもあれだが、男子からの印象は悪くないのは確実で、これで期待するなと言う方が無理という話だ。

 しかし、その感情を悟られぬようにいずみはいつも通りに通学路を歩き、学門を通り、そして己の下駄箱に辿り着いた。

 普段見慣れているはずの下駄箱が、今日だけは宝箱のように錯覚するいずみ。

 取っ手に触れて深呼吸する。

 

(――第一の(ゲート)、解放!)

 

 そしてそのまま開け放ち――そこにあったのは「若瀬」と書かれた己の白い上履きのみ。他には何もなく、綺麗にラッピングされた箱やハートマークの付いた手紙も無かった。

 期待していただけに一瞬彼女の思考が止まるが……。

 

(ま、まだよ! まだ可能性がある!)

 

 この後に第二の(ゲート)『机の中』。第三の(ゲート)『鞄ロッカー』が控えている。今日はなるべく遅く登校したから、もしかしたら入れられているのかもしれない。

 そんな淡い希望を抱いて彼女は己の教室へと向かった。

 

 

 

「お姉ちゃん……キョウくん。私まだ眠いよぅ」

「こんなに寒いのにまだ眠いなんて、アンタ凄いわね」

「いや、姉さん。これ多分冬眠」

「つかさは、クマか!?」

 

 

 

 

 

「――」

 

 自分の席にて彼女は完全に沈黙していた。第二、第三の門には誰かが接触した様子がなく、周囲に気取られないように手探りで調べたが何もなかった。一応覗いてみたがやはり無い。

 何故? それは眼前の光景に理由がある。

 

「はい、ゆうくん友チョコ。これあのお店で買ったんだー」

「え、マジ? しげっち気合入ってるぅ。じゃあお返しにこれ」

「あ、いいなー。ゲンゴロウもチョコ欲-しーいー」

 

 友チョコ。説明不要。

 義理チョコ? そんなものは知らないと言わんばかりに男子生徒たちはお互いにチョコを渡し合っていた。

 そもそも、彼らに女子にチョコを渡すという発想がないみたいで、いずみ以外の女子生徒たちも机に伏せてこの非情な現実を受け入れられないでいた。自分も逃げたい。

 

「ねえ、柊さん。今日寒いね。こういう日は甘いものを食べたら良いらしいよ?」

「へー、そうなんだ」

「でもさ、私って普段そういうの買ったりしないし……柊さんそういうの今持っていない?」

「いや、今日持ってきたのは弁当だけだから――」

 

 諦めきれない人はアタックしているようだが……結果は著しくない。

 彼女は自分にもあれくらいの積極性があればと思うが……結局意味ないと判断して撃沈した。

 

 ――若瀬いずみ、リタイア。

 

 そんな言葉が彼女の頭に浮かび上がった。

 

「……」

 

 

 

 

 

「はぁ……」

 

 委員会の仕事で放課後遅くまで残っていたいずみは、胸の奥に燻っている感情をため息と共に吐き出そうとした。しかし、排出されたのはCO2くらいで、彼女の表情が晴れることはない。期待していただけに『なにもなかった』という事実は、彼女を根強く縛り付けているらしい。

 外はもう日が落ち、暗く、寒い。まるで今の自分の心と一緒だと洒落たことを考え――空しくなった。

 

「でも、良いもん! 私にはお兄ちゃんからのチョコがあるし!」

 

 兄のおかげで貰ったチョコの平均数は、クラスメイトと比べると上位に入る。しかし上限が突破されることなく、平均数は不動のままだ。それもまた空しい。

 空元気で放った言葉が無人の校舎に響き、いずみは本日何度目か分からないため息を吐いた。

 

「さっさと帰ってゲームでもしよ」

 

 今年のバレンタインは終わったんだ。

 そう自分に言い聞かせながら、彼女は帰宅すべく己の教室に置いてある鞄を取りに行き――。

 

「――ん?」

 

 鞄に寄りかかるようにして、一つの小さな袋が置いてあった。

 まさかと思い急いで自分の席に近づいて確認すると――。

 

「……チョコだ」

 

 綺麗にラッピングされた袋の中にはチョコレートが入っていた。それも、一目で手作りだと分かるような。

 しかし期待を裏切られ続けた彼女は疑心暗鬼に陥っており、もしかして間違って置いてしまったのでは? と凝視し――ふと、メッセージカードが張り付いていることに気が付いた。

 

「これって……」

 

 慎重に剥がし、そこに書いてある文面を読んでみると……。

 

【この前は助けてくれてありがとう。これはお礼です】

 

 と、簡素だが、しかし確かにいずみ宛の感謝の言葉が書かれていた。

 それを呆然と見ていた彼女だったが、書かれていた文字の意味を理解すると自然と口元が緩み――。

 

「――やった……!」

 

 教室で一人、兄以外で初めて貰ったバレンタインチョコに歓喜した。

 

 ――若瀬いずみ。記録更新。

 

 

 ☆

 

 

「おっそい! どこ行っていたのよ!」

「ごめんごめん。ちょっとね」

「まさか、また絡まれたんじゃないでしょーね? 今日ってあの日だしさ」

「うーん……今回は違うよ。とりあえず、さっさと帰ろう。つかさ姉さん待っているだろうし」

「あ、ちょっと待ちなさいよ!」

 

 先ほどまで居た教室を見上げ――キョウはくすりと笑みを浮かべた。

 




若瀬成分足りなかったんでおまけ追加。

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