あべ☆こべ   作:カンさん

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第八話 表の顔 裏の顔

【やっぱりこなたさんでしたか。おかげで最近はぐっすりですよ本当】

【いやー、手っ取り早く諦めさせるには効果的な訳ですよ。特にブラコンには】

 

 酷いことを仰る、とパソコンの画面に映し出された文字を見ながらそう思う。

 現在俺はこなたさんとチャットしている。以前俺がパソコンを持っていると知ったこなたさんがこのチャットを教えてくれたのだ。携帯じゃあ通信料がかかるからね。

 というかタイピング早いな、こなたさん。流石ネトゲを普段からしているだけはある。

 

【帰ったら大変だったんですよ? つかさ姉さん泣き止まないし】

【あはは。簡単に想像できるな〜その光景】

【家族にも心配されててんやわんやですよ】

【でも私的に意外だったのはかがみの方かなー? まさかつかさと一緒になって追いかけようとするんだもん】

 

 かがみ姉さんなにしてんすか。

 

【でも流石はお姉さんというか。すぐに正気を取り戻して、取り乱すつかさを慰めていたし】

 

 ……あー、そっか。こなたさんの前ではいつも通りのままで居たんだ。

 昔からかがみ姉さんはいじっぱりだから、人前で感情を暴露することがほとんど無い。つかさ姉さんと俺の姉という意識があるから、立派なお姉さんで居ようとしている。だから先日のように俺に甘えてくるのは結構稀で、懐かしくて、ビックリした。あんな風にされたのは小学校三年生以来だっけ?

 というか今思ったけど、以前姉さんたちを静と動の性質で表したけど、昨日の反応を見る限り逆の可能性が……?

 

【まぁ、俺たちのお姉さんですし】

【でも、つかさの気持ちも分からないでもないかな。うちにも妹みたいな子が居るし】

【へー。おいくつですか?】

【キョウくんと同い年だよ】

 

 つまりこなたさんよりも二つ年下か。

 ……その程度の年の差だったら、どっちが妹か分からないんだろうなって思ってしまった。こなたさん俺よりも背が低いし。……このことは黙っておこう。妹のように思っている年下の子に背を追い抜かれているのを気にしているのかもしれないし。もし俺だったら気にする。……この世界じゃあ女性のアレと同じ意味なんだっけ? 本当ややこしいな。

 

 ――この時、彼はこなたの言う『妹のような子』という本当の意味を理解していなかった。

 

【それにしてもキョウくんも中々やるね! あんなエロg……ボーイゲーの主人公みたいな子を引っかけるなんてさ!】

【言い直してますけど意味変わってないですからね、俺的には。というか引っかけるってなんですか】

 

 ビッチか。ビッチって言いたいのか?

 知らない人に陰で言われるのは気にならなくなってきたけど、流石に知人に言われ始めたらへこむぞ?

 

【いやいや。あんなに良い雰囲気で話していてさ。あれで友達とかむしろ相手が可哀想すぎて全私が泣いた】

【言いたい放題ですね……ログが残ること忘れないでくださいね?】

【と言うか、あれだよね。ビッチビッチ言われているけど、実際キョウくんは攻略難易度高そうだ。その分イベントCGとか気合入ったものになりそうだけど】

【エロゲやる前にRPGやることになりますよ】

【かがみんとつかさがラスボスなんですね、分かります。それなんて無理ゲー】

 

 やっぱり姉さん達ってそういう認識されているのか。いよいよもってまつり姉さんの言っていたことが現実味を帯びてきた。

 というかつかさ姉さんはともかく、かがみ姉さんが周りからブラコンだとバレ……思われ始めている件について。普段はそういうところを見せないのに、こなたさんには見せたということはそれだけ信頼しているというか心を許しているというか……。

 

【でもキョウくんほんとうに人気だよね。カフェに行くまで何度ナンパされていたか】

【あら、見られてましたか】

【うん見てた見てた。ナンパを断り慣れているキョウくんをね】

 

 好きでなったんじゃないやい。

 いつも姉さんや若瀬さんが一緒に居るとは限らないから自然と身についてしまっただけなんだい。と彼女に言っても理解されないだろうなー。前の俺も贅沢な悩みだなくらいにしか思っていなかったし。

 

【てか、こなたさんも可愛いから声とか掛けられるんじゃないですか?】

 

 仕返しも兼ねてそう聞いてみる。するといつもすぐに返信していたこなたさんは沈黙した。

 ふむふむ。画面の向こうでどんな反応しているか手に取るように分かる。少し面白いと思い、しかしすぐに気づいた。これじゃあ噂通りのビッチじゃねぇか。だんだんそっちに堕ちていないか俺?

 と自分に不安を覚えているとようやく返信が来た。

 

【逆ナンは無いけど、何度か告白されたことはあるよ?】

【へー、そうなんですか。じゃあ経験豊富だったりします?】

【あー、それがさー、……ちょっと男の人には言い辛いというか】

 

 言い淀むこなたさん。いつもかがみ姉さんにツッコミをされているけど、そのぶん一緒に遊んでいると楽しい人だ。そんな人が俺に対して言い辛い?

 過去に何かあったのだろうか?

 

【俺は気にしませんけど、言い辛いなら無理しなくて良いですよ?】

【うーん。まっ、キョウくんなら良いか】

 

 一呼吸置いてこなたさんは次のように述べた。

 

【昔から体は丈夫な方でさ、走るのとか結構得意だったんだ。加えてこんな(ナリ)しているから中学ではそこそこ需要があったわけよ】

 

 聞いている限りでは結構勝ち組なご様子。

 しかし先ほど言い淀んでいたことから何か裏があることは明らか。

 現にモニターには【ただ……】と前置きをして。

 

【キョウくんは違うけどさ、男って基本アニメとかゲームを毛嫌いするんだ。楽しめないし、理解できないからね。私がオタクだって知るとすぐに離れていったよ】

 

 今では二次元に婿が居るけどね~、と言ってこなたさんの過去話は終わった。

 それにしても楽しめないし、理解できない……か。そう言えば俺もこなたさんから教わる前は見向きもしなかったっけ。パチモン臭いだとか、肌に合わないとか理由を付けて。その辺は俺も他の男子と変わらない気がする。

 ……知らないと歩み寄ることができないってことか。

 

【それにしても……謎ですね】

【ん? 何が?】

【いや、女性は背が高い男性を好みますけど、男性は背が低い女性を好むんだなぁって】

 

 前にも言ったけど、男性が身長を欲するのは女性に負けないようにするためで、そしてそれは昔からずっと変わらなかったりする。その根本には子孫繁栄という種としての結構真面目な理由がある。体の弱い男性は子を作る時に女性の欲求に耐えられず、子作りが終わったらほぼ確実に命を落としていた。だから男性は身を守るという生物の本能が、高身長――つまり丈夫な体を求めることに繋がっている。

 まぁ、ぶっちゃけると腹上死したくないから、それに見合う体格が欲しいってことだ。

 でもそれは叶わなかったようだが。そもそも戦場で死闘を繰り広げる猛者の体力に、もやし男が付いていける筈がない。

 ……そのせいか、一時期女性は男性の敵って思われていたことがあったらしい。古事記にそう書いてあった。

 というか、この話どっかで聞いたことがあるような……。

 ――ああ。前世で見たオークとエルフみたいな物か。悲しいけど一番合ってるわ。

 

 しかし一つだけ解せないことがある。

 前にクラスの男子が雑誌を見て「この人イケてるー!」と言っていたのだが、そこに載っていたのがこなたさんのようなつるぺた少女だったのだ。

 最初はこいつら捕まるだろ……と思っていたけど、こなたさんの話を聞く限りそういう人の方が世間的に魅力的な人間ってことになるようだ。

 そう思って何気なく言ってみたのだが……。

 

【……はい?】

【え?】

 

 何故か困惑された。

 え、なんで?

 

【いや……キョウくん。流石に身長で女性の良し悪しは分からないでしょう。マニアは別かもだけど】

 

 待って、その台詞俺がずっと言いたかった言葉なんだけど。

 しかし冗談で言っているようではないのは、何となく察することができる。

 もしや俺とこなたさんとの間で認識の違いが……?

 

【えっと……そのこなたさんに言い寄って来た男性って、こなたさんのどの辺りを魅力的に感じたのでしょうか?】

【ちょ、それ本人に聞く? 流石に傷つくんだけど】

【あああ、すみません! ちょっと取り乱してしまって】

 

 動揺し過ぎておかしくなっているぞ俺。落ち着け、落ち着け俺。

 

【いや、俺って変わってますからそういうの疎くて……】

【自分で言うか。ん〜……でも正直私も詳しい訳じゃ無いからね。それで良いなら】

【お願いします!】

 

 流石こなたさん。追求しないでくれて助かるぜ。

 その代わり変人認定をされ……ちょっと待て。さっきの口振りだと既に俺は変な子って思われていた?

 判明した事実に地味に傷付いている暇もなく、こなたさんは自分に言い寄って来た人たちについて語り出した。

 

【世間一般じゃあ胸が小さい女性がモテるじゃん?】

 

 おっといきなりジャブに見せかけた右ストレートを喰らったぜ。

 この世界じゃあ貧乳好きがデフォなのか?

 

【そうなんですか?】

【まぁ、正直人の好みによるよね。大きい人が好きって言う人も居るみたいだけど……その辺の価値観は女の私には分からないなー。少なくとも、私に言い寄って来た男子はそんな感じだったよ】

【あ、ありがとうございます……】

 

 わ、分からん……話してくれたらこなたさんには悪いけど理解できない。

 前の常識があるから、男性が女性の胸を魅力的に感じるのは分かるけど、どうにも聞く限りそこまで重要じゃなさそうだ。

 

【それにしても今日はグイグイ来るね……もしかしてフラグ立った?】

【それ姉さんたちの前で言わないでくださいね。特に今は】

 

 ――しばらくチャットを続けた後、俺は独自にパソコンで調べることにした。

 歴史やこなたさんとのチャットくらいにしか使っていなかったが、まさかこんなことを調べるために使うとは思わなかった。

 俺は『女性 魅力』と打ち込み検索をかける。

 そして幾つかの記事やまとめサイトを巡回し続けること30分。

 

「纏まり無さ過ぎて分からない……」

 

 そうなのだ。何故か女性の魅力についての情報が錯綜している。ある所では髪の質、ある所では瞳の色、ある所では胸の形……とこのように様々な意見があって判断できなかった。そりゃあ人の数だけ好みがあるのは当たり前だけど、こう指標となる物くらいあるだろう?

 中でも一番最悪なのは『金』。身も蓋も無いよ!

 

「……でも」

 

 一つだけ分かったことがある。先ほど纏まりが無いって言ったけど、全てを統合させるとある一つの情報に行き着く。

 それは――前世の一般男性が、この世界の男性にとって最も魅力的な身長だという事。

 髪について力説していたサイトは短い方が良い、と。

 身長について力説していたサイトはより高い方が良い、と。

 胸について力説していたサイトはより無い方が良い、と。

 このようにより男らしい女性が好まれている。これに気づいた時はゾッとしたね。だって、この世界の男性は自分が望んでいるモノを女性に無理矢理当てはめているのだから。

 だから異性に対する好意というよりも、憧れの存在に対する感情に近い。それが全世界で常識になっているのだから……。

 

「思っていたよりも、怖い世界だな……」

 

 ただ、中には人間性を説く人も居るようだから俺が調べたのは氷山の一角に過ぎない可能性がある。

 今回分かったのは、男性の身長が本当に女性の胸と見なされているってことか。俺的に言うと、女性の胸が大きいから、女性も胸の大きい男性を好むなんてことにならないってことか。これでこなたさんが不思議がっていた事に納得できたよ。

 

 

 第八話 表の顔 裏の顔

 

 

 電車に揺られること数十分。駅員さんに貰った住所が書かれたメモを片手に、俺たちはとある高級住宅地へとやって来ていた。

 明らかに自分たちとはレベルの違う空気に、俺は知らず知らずのうちに緊張していた。

 

「凄いわねぇ……」

 

 今回、仕事を休んで同行して来た俺の母さんも頬に手を当てて感心したように声を出した。

 

「キョウを助けた子って、もしかしたらお金持ち?」

「多分ね……」

 

 俺たちが此処に来た理由。

 それは先日痴女から助けてくれた高良さんにお礼をしに行くためだ。そのために駅員さんに高良さんの住所を教えて貰って、親である母さんと一緒に来たのだが……。

 俺は手に持った菓子折りを見る。そこそこ高い物を選んできたつもりだが、あまり自信が無い。

 

「とりあえず行きましょう? 確かこの先を曲がった所らしいから……」

「うん、分かった」

 

 歩き出した母さんの後を追って俺も歩き出す。

 それにしても、本当に高そうな場所だ。テレビで見て良いなぁって思っていたけど、実際に来てみるとまた違う感想を抱く。なんか、こう場違いのような。

 

「キョウ。あまりお母さんから離れないようにね?」

「あ、ごめん」

「お母さん、警察の人から電話が掛かってきてビックリしたんだから」

 

 そう言って心配そうに見てくるその顔はかがみ姉さんに似ていて……いや、姉さんが母さんに似ているのか。とにかく、俺のことを本当に心配しているのが痛いほど分かった。

 

 俺の母さんの柊みきさんは、とある会社に勤めるキャリアウーマンだ。七人家族の我が家を簡単に養える程の立派な人で、俺が子どもの頃から憧れの人だ。五人の子どもを設けているとは思えないほど若々しく、さっきの駅員さんも俺の母だと知ると酷く驚いていた。てっきり姉だと思っていたらしい。

 しかし家族の贔屓目無しで見ても母さんは若い。髪型を変えて制服を着たら、かがみ姉さんと間違えるかもしれない。

 そんな母さんだけど、滅多に怒らないおおらかな人で、唯一俺の服装について口うるさく言わない。このように一見穏やかな人に見えるけど、学生時代は父さんに猛アタックしてライバルとの恋のバトルを勝ち抜いたとか。

 

(姉さんたちも母さんに頭が上がらないんだよなぁ……)

 

 そしてそれは俺も同じで、自然と逆らう気も起きない。俺と同年代の男子はこの頃になると反抗期に入るらしいけど……この母に向かって反抗とか無いよねー。

 

(何時までも綺麗なままで居て欲しいものだ)

 

 等と思っていると、どうやらメモに書かれた場所に着いたようで母さんが立ち止まった。辺りをキョロキョロと見渡しながら高良さんの家を探す。俺も探そうと視線を動かし――。

 

「……」

「……」

 

 一人の少女と目が合った。……白い大きな犬と同じポーズを取った状態で。

 その少女は上体を起こして後ろ足で立っている犬と視線を合わせるためかしゃがみ込んでいる。そして目の前の犬と同じように両手を肩よりも少し上に置き、手を軽く握っている。まるで仲良しの犬同士が遊んでいるようで、少女も楽しんでいたのか顔が緩んでいた。

 そして俺はそれを目撃してしまい、少女にそのこと気づかれて……赤面。

 

「ぁ……その……えっと……」

 

 羞恥に悶えながら小さな声を出す少女を他所に、白い犬の方は興味を持ったのか俺に近づいてきて柵の前で座り込んだ。

 

(……どうすれば良いんだこれ?)

 

 見なかったことにするのか。フォローをすれば良いのか。犬を撫でて良いのか?

 緊張感に包まれて互いに動けない中、犬の息遣いが妙に大きく聞こえた。

 

「キョーウッ。行くわよー?」

『ッ!?』

 

 そんな時、道路を挟んで向かいの家の前から母さんの声が響いた。その声に俺と少女はビクリと体を跳ねさせる。

 

「えっと、その……ご、ごゆっくり」

 

 結局掛ける言葉が見つからず、俺はありきたりな言葉を吐いて逃げるようにその場から離脱した。後ろの方で悶える声が聞こえたが……振り返ってはならない。これ以上あの名も知らない少女を傷つけてはダメだッ……!

 強い決意を抱いて俺は母さんの方へと赴き……。

 

(……撫でてみたかったなぁ)

 

 少し後ろ髪を引かれる思いだった。

 俺、犬が好きなんだよねぇ。

 

 

 

 

 ――ピンポーン。

 

『はーい。ただいま』

 

 呼び鈴を鳴らすと、中から年若い声が聞こえた。

 しばらくすると門の向こうにある扉が開き、そこから一人の女性が現れた。

 

「……どちら様でしょうか?」

 

 見覚えのある桃色のゆるふわな髪に、裏表の無さそうな柔らかい顔立ち。

 何処となく高良さんの面影があることから、おそらく彼女は高良さんのお姉さんだろうか。こちらを不思議そうに見つめる高良さんのお姉さんに母さんが要件を伝える。

 

「初めまして、柊みきと申します。本日は、先日うちの息子を助けていただいた高良みゆきさんにお礼をと思いまして」

「あらあら。これはご丁寧にどうも。私、みゆきの母の高良ゆかりと申します」

 

 ……ん!? 母!? HAHA!? え、ウソ!? 若!?

 いや、母さんという前例が居るけど……マジ? どう見ても高校生くらいにしか見えないんだけど……!

 俺が母以上に若い『母』という生物に戦慄していると、家の奥から声がした。

 

「どうしましたかお母さん? またセールスの人と世間話を……あら? そちらの方は」

 

 そう言って出てきたのは、高良さんだった。

 俺の存在を認識すると少々驚いた様子を見せるも、すぐに柔らかい笑顔で出迎えてくれる。

 

「柊さん、ですよね? 先日お会いした」

「は、はい。あの、今日はその時のお礼をと思いまして」

「あら、これはご丁寧に……どうもありがとうございます。柊さんは誠実な方なのですね」

「いや、その……」

 

 なんだろう。お礼しに来たのに向こうが優しすぎてお礼できないみたいな感じに……! というかこの人優しすぎて背中がムズムズしてくる。息を吐くように相手を褒めるとか聖人か何かか?

 

「あの、よろしかったらうちでお茶して行かない? 丁度良い紅茶を貰ったんです」

「え? でもご迷惑ではありませんか?」

 

 それを見兼ねたのか、はたまた素なのか高良さんのお母さんが家でお茶しないかと招いてくる。それを母さんが困惑しながらも問いかける。まあ、そもそも俺たちはお礼をしに来たからねぇ。しかし高良さんのお母さんは気にしていないのか「大丈夫ですよー」と笑顔でそう言った。

 高良さんも……。

 

「ご迷惑でなければ、どうですか?」

「……では、お言葉に甘えて」

 

 ――こうして、俺たちは高良さんの家に上がらせてもらうことになった。

 

 

 

 

「あら、そうなんですかー。みきさんもそんな感じで?」

「ええ、そうなんです。やっぱり何処も同じというか」

 

 ……世界が変わっても女性は会話が好きなのだろうか。

 どうやら母さんとゆかりさん――本人からそう呼べと言われた――気が合ったらしく、こうして会話に花を咲かせている。

 それを横で見ている俺は苦笑し、みゆきさん――これもまた本人から――微笑んで見ている。現在はゆかりさんが出してくれた紅茶と俺たちが持ってきたケーキを食べて談笑している。本当は辞退したかったけど、せっかくだからと押し切られた。ゆかりさん押し強いな。

 

「それにしても、ビックリしました。みきさんがキョウさんのお母様だなんて。てっきり姉かと……」

「いや、それはお互い様かと思います」

「そうですか? 確かに母は明るいところがあるので、人よりも若く見られるのかもしれません」

 

 それも理由だと思うけど、多分違うと思う。

 まぁ、こんなに若い母親はこの人たちくらいだろう。もし他に居たとしてもゆかりさん程には驚かない自信がある。

 

 ――人はこれをフラグと言う。

 

「……」

(……ん?)

 

 紅茶を飲みつつそう思っていると、対面に座っているみゆきさんがホッと息を吐いたように見えた。何となく俺のことを注意深く見ていたのは分かっていた。しかしそこに学校の子たちのようないやらしさは無く、何処か真摯な物を感じられた。

 気になった俺は問いかけてみることにした。

 

「あの……どうかしました?」

「え? あ、すみません。殿方をジロジロと見てしまって……」

「あ、いや別に不快に思った訳ではなく、ただ気になっただけで」

 

 できれば理由を教えて欲しいかな、と。

 俺がそう言うと、みゆきさんは「差し出がましいことを申しますが……」と前置きをして。

 

「トラウマになっていないようでホッとしました」

「え?」

「先日あのような事をなされましたから、精神的に傷つかれたのではないかと思いまして……。本当は女性しか居ないこの場を居心地悪く感じていないかと考えていたのですが……私の杞憂だったようです」

 

 ……テレビで見たことがある。

 痴女の被害に遭った男性が、女性に恐怖し、嫌悪し、そして拒絶することを。結果、子どもを作るのを拒むという悪循環が出来上がってしまう。

 でも、みゆきさんはそういうのを抜きにして俺のことを心配してくれた。そのことが嬉しくて……照れてしまう。ほとんど初対面の人にここまで誠実な人ってなかなか居ないんじゃなかろうか? 

 

「あの、キョウさん。お顔が赤いようですが、もしかして風邪でも引いているのでは?」

「え!? あ、いやこれはその……!」

「あらあら。こんなキョウは初めて見るわね」

「ふふふ。可愛らしいわねキョウくん。息子ができるならこんな子が欲しいわ~。みきさんが羨ましい」

「ふふふ。どうもありがとう」

 

 くそ、調子が狂う! しかも向こうは100%善意で言っているから、どんな反応して良いのか分からない。母さんもここぞとばかりに弄びよってからに……!

 しかしそうやって思考を続けていられるのも今のうちだった。突如何か閃いたのかゆかりさんの顔が輝き、次にとんでもないことを言った。

 

「そうだ! キョウくんがうちに婿入りするっていうのはどう?」

「――んな!?」

 

 い、いきなり何を言っているんだこの人は?

 自分の顔が赤く染まるのを感じ、喉の奥から言葉が出ない。

 そんな俺を見て母さんとゆかりさんはニコニコ笑っている。

 あ、これ絶対にからかっている!

 

「私はキョウが幸せなら全然構わないわ」

「あらそう? だってみゆき。相手の母親からは許可貰ったわよー」

 

 ああ、もう無茶苦茶だよ。

 そりゃあみゆきさんは優しい人だし、正直非の打ち所がないけどさ……。

 でもいきなりって言うか。

 

「あの……申し訳ありませんが辞退させて頂きます」

「あら?」

「まあ?」

 

 しかし、俺はみゆきさんの声によって意識を取り戻した。

 火照っていた体に冷水をかけられたかのようにフッと熱が引いた。

 ……え? どういうこと?

 

「どうしてー? キョウくんこんなに可愛いのに。勿体ないわよ?」

「いえ、その……確かにキョウさんは身も心も素晴らしい方だと思いますが……」

 

 自然とみゆきさんの言葉に耳を傾けている。

 どうやら別に俺のことが気に入らない訳ではないようだ。

 

「ただ、出会ったばかりで勢いでこのようなことを決めるのはキョウさんに失礼かと」

「時間が必要ってこと? でも私は旦那を見つけた時はビビッと来てそのままGO! だったけど」

「確かにそういう形の愛もあると思います。それでもやはり、最後に大切なのはお互いの心だと思うのです。だからその前に、お互いのことを知ってからでも遅くない――私はそう思うのです」

「……」

「キョウさん」

「は、はい!」

 

 突如声をかけられて裏返ってしまった。しかしみゆきさんは気にした様子を見せることもなく、あの日駅で出会ったときと同じように柔らかい笑みを携えて――。

 

「失礼なことを言ってすみません。結局のところ、私が納得できないからこのようなことを申しましたが……キョウさんは素晴らしい人。その点だけはこの短い時間で理解しているつもりです。だから――」

 

 ――私とお友達になってくださいませんか?

 真っすぐと俺の目を見てそう言ったのだった。

 

 

 

 

「……」

 

 自室にて己の携帯に刻まれた新しい連絡先。それは、新しい友の名前なのだが……。

 

「――はぅ」

 

 柊キョウ。その名前を見るたびに高良みゆきは悶えそうになる。

 彼を思っての言葉に嘘偽りは無い。しかし後になって思い返してみると、彼女の頬は羞恥に赤く染まっていた。

 

「あ、あれで良かったんですよね……?」

 

 悶々とした表情で自問自答するも、彼女の求めるモノは返って来なかった。

 

 高良みゆき16歳。

 少年漫画から出てきた白馬のお嬢様のように見えるが、実際は男慣れしていない何処にでもいる普通の少女だった。

 そのことを知るのは……。

 

「みゆきも困った子ねぇ……」

 

 彼女の母である高良ゆかりだけである。

 

 




若瀬「こんな……!こんな筈じゃあ……畜生っ。

(ヒロインの座を)持って行かれた……!」



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