あべ☆こべ   作:カンさん

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第七話 何事もほどほどに

 その後何度かナンパを躱し、結局キョウが待ち合わせ場所であるカフェに着いたのは約束の時間より四十五分ほど経った頃だった。全力疾走してこれなのだからどれだけの人間に呼び止められたか。

 到着したキョウは初めに謝罪をし何故遅れたかを要所を掻い摘んで説明した。痴女に遭い、取り調べに協力し、駅から此処まで来るのにナンパをされ続ける。話しながら、我ながら今考えてきたかのような理由だな、と思った。もし信じて貰えなかったとしても仕方ないと考える程度には。

 しかしキョウの予想に反して、若瀬は信じた。というよりもキョウのことを心配していた。

 普段から早めに行動するキョウは、大抵時間通りに来るか五分前には約束の場所には着いている。それが珍しく自分が先に着いており待つこととなった。「ごめん待った?」「ううん、今来たところ」――このような漫画やアニメの展開ができるのでは? と期待をしていた。しかし五分経ち、十分経ち、二十分経ち……次第に期待は不安へと変化していった。メールを送ってもなかなか返信が来ず、何かあったのではと心配していた所に――痴女に遭った。

 

「ホント……ホントに心配したんだからね……!」

「うん、なんかごめん。だから泣き止んでください。周りから見られているからっ」

 

 周囲に居る人々は「なんだ? 破局かなにかか?」「じゃあ落ち込んだあの子を慰め」「バルサミコ酢ー」と、彼らに注目していた。キョウが何度も大丈夫だと言い続けた結果、十分後ようやく若瀬は落ち着きを取り戻した。そして男の子の前で心配して泣いてしまったことに、今更ながらに赤面をする。それだけ彼のことを想っているということだが……それを感じたキョウは嬉しく思いながらも恥ずかしがった。

 

「でも、良い人も居たもんだね」

「うん。今度お礼に行くよ」

「そうだね。……でも本当に大丈夫?」

「ん? うん、大丈夫」

「本当? 柊さん変わっているけど男の子なんだから、やっぱり痴女に遭ったんだし……。なんだったら今日は予定キャンセルして……」

「ありがとう。でも気にしないで良いよ。遊べるときは遊ぼうよ。何気に久しぶりで楽しみにしていたし」

「そ、そう? じ、じゃあそうしようかっ」

 

 キョウを心配して日を改めようと申し出る若瀬だったが、その本人から気にしないでと言われる。さらに楽しみにしていたと言われ嬉しく思うのは単純だろうか、と浮かび上がる己の感情が表情に出るのを自覚しつつキョウの思いを尊重した。

 

 

第七話 何事もほどほどに

 

 

 そんな二人を影から見守る者たちが居た。

 いや、見守るというのは語弊がある。監視していた、が正しい。

 

「なんだか、良い雰囲気だね」

 

 見て思ったことを口にするこなた。今日は友人と遊びに来ていたのだが、その友人に引き摺られて此処まで連れて来られた。尾行すると言われた時は正直なところ引いていた。が、キョウと仲の良い女友達のことも気になっていたので丁度良かった。ついでに面白そうと思っていたりもする。

 そして実際に来て見てみた感想は良好なものだった。キョウの話からある程度は親しい間柄だとは思っていたが想像していた以上よりも和やかで、少なくとも此処まで来る途中ナンパして来ていた女たちよりは。

 

「そうね。私が中学に居た頃はあんまり見かけない顔しているわ、あの子」

 

 彼女がまだ中学三年生の頃、キョウは陰でビッチと呼ばれていた。本人は何故か言うほど気にしていなかったが――原因は自分にあると自覚していたから――姉としては気になるわけで。故に、近づく不届き者から守るためできる限り傍に居て、クラスメイトに協力して貰いながら守っていた。

 だからか、若瀬と楽しそうに話すキョウの姿を見て――少しだけ胸の辺りがザワリと蠢いた。

 

「む~……」

 

 二人とは対照的に面白くなさそうに見ているつかさは、頬を膨らませている。かがみ同様に若瀬と話すキョウの表情を見たことがないようであった。つかさがいつも見るキョウは『優しい』表情。慕われたい彼女からすれば少し複雑だが、弟から向けられるその優しさを心地良く思っていた。しかし今の『楽しんでいる』彼をつかさは知らない。だからこそそれを引き出したであろう弟の友達(若瀬)に嫉妬する。

 

「それにしてもお相手さんも中々のスペックをお持ちだ」

「分かるの? 普段ゲームやアニメにしか興味を示さないアンタに」

「失礼な。……というか一目で分かるよ」

 

 同性のこなたたちから見ても、若瀬いずみという少女は綺麗だった。

 シミ一つ無い肌。手入れの行き届いたストレートグレーの長髪。そしてルビーのように綺麗な輝きを放つ朱い瞳。センスも良いのか、彼女が着ている服は白を基調とした清潔感漂う物を選んでいる。かといって高級ブランドを使っているのではなく、未成年でも購入できる代物で揃えていることに、遠目から見たこなたたちは気づいていた。

 

「ボーイゲーでも良く主人公が選ぶラインナップだしねー」

「結局ゲームかよっ! ……でも、それだけじゃないわ」

「お姉ちゃんも気づいた?」

「え? どうしたの二人とも?」

 

 かがみとつかさはあることに気づいたようだが、こなたは何のことか分からず尋ねた。

すると、つかさが「あれ……」と言って若瀬の方を指さす。キョウの姉だからこそ気づけたたった一つの彼女が用意した武器。それをつかさたちは看破したのだ。それは……。

 

「あの子、自分の黒の長髪を合うように白い服を遣っているよね?」

「そだね。でも正直服の組み合わせとか苦手だからこれ以上はいっぱいいっぱいなんだけどね。ゲームやアニメ、ネットの知識だけじゃ底が知れているから」

「なんか色々と危ない発言しているから言及は避けるけど……問題は『色』なのよ」

「……はい?」

 

 キョウの好きな色は黒と白だ。ちなみにかがみは黒でつかさは白。

 つまり、若瀬という少女はキョウの趣味に合わせてコーディネートしてきたということになる。

 そしてそれを聞いたこなたは微妙な表情を浮かべた。それって偶然じゃね? と。

 しかし柊姉妹にとってはそうでもないようで、若瀬に対して戦慄していた。

 

「お姉ちゃんまずいよ。このままじゃキョウちゃんが盗られちゃう」

「そうね。キョウからの話を聞く限り良い子なんだろうけど……もう少し見極めが必要ね」

「ちょっと、かがみんまでそっち(ブラコン)に傾いたら収拾がつかないんだけど」

 

 やはり双子なだけに似たもの同士か。そんなにガン見していたらバレるのでは?

 そんなツッコミをカフェオレと共に飲み込んで自分もチラリと二人の方を見る。

 ……つくづくお似合いだと思う。聞いた話ではエロゲの主人公だと思っていたが、まさか外見もそれっぽいとは思わなかった。目元が前髪で隠れていたらそのまんまだ。

 しかしそれ以上に感じるのは――いや、伝わるのは彼女の想い。会話をする時も、笑う時も、聞く時も、彼女は必ずキョウに心を傾けている。それを理解しているからこそキョウは――。

 

(ん? あれは――)

 

 ふと視線が若瀬からキョウへと移った時、こなたはある物を見つけた。光に反射してキラリと煌めくそれは、普段彼女が見慣れたもので……。

 もしかして、と冷や汗が垂れるのを感じたこなた。もし彼女の推測が正しいなら、これから損をするのは自分だ。しかし覗き見をしていたという事実が罪悪感となってこなたを縛る以上逆らうことはできない。

 

「じゃあそろそろ行こうか」

「そうね。紅茶一杯で一時間も稼ぐのもアレだし」

 

 

 

「あっ、移動するみたい!」

「追うわよ!」

「はーい、ストップお二人さん」

『わあ!?』

 

 次の目的地に向かうためか席を立つ二人を見て、さらに追おうとする柊姉妹をこなたが腕を掴んで止めた。このままでは見失ってしまう。それを危惧した二人は小さな声でこなたに抗議する。

 

「こ、こなちゃん放して! あの子たち追えない!」

「急にどうしたのよ!」

「いやさ、馬に蹴られて怪我をするくらいならこの辺でお開きにした方が良いと思って」

「でも……」

「それに……」

 

 会計を済ませて店を出るキョウの瞳とこなたの瞳が交差する。

 今度は鏡越しではなく直接に。

 

「あんまりブラコンが過ぎると『お姉ちゃんなんて大嫌い!!』って言われるよ?」

「――」

「――」

 

 こなたの発したあり得なくない未来のことを告げられた二人は硬直し、再起動するまでカフェオレを楽しむことにした。

 まあ、なんだ。つまり三人がこのカフェでキョウたちを監視していたことがバレたということだ。もしこのまま尾行を続ければ……。

 

(流石の私もキョウくんにそんなこと言われたらヘコむ)

 

 そんなことを考えながら、こなたはグイッとカフェオレを飲み干して店員に追加の注文をした。

 

 

 

 

 こなたさんの協力の下、俺たちはかがみ姉さんたちの尾行を振り切って某ショッピングモールに来ていた。今日は冬服を一緒に買いに来ていたのだが……俺が痴女に遭ったせいでかなり時間を浪費してしまった。反省しなくては。

 

「……大丈夫、柊さん? やっぱり無理していない?」

 

 しかし隣の若瀬さんには、俺が無理をしているように見えたらしい。

 確かに痴女にあった時は悪寒と不快感で正直怖かった。

 前世ではそういう目に遭ってみたいという願望を抱いていた人が居たが……俺には理解できない世界なようだ。

 でも今はそこまで気にしていない。俺はそのことを伝えるために笑顔を浮かべて若瀬さんの方へと向く。

 

「さっきも言ったけど大丈夫だよ。若瀬さんもそこまで気にしないで」

「……柊さんがそこまで言うなら」

 

 若瀬さんは気にしいさんだからなぁ。このまま話題が続けば楽しめるものも楽しめなくなる。

 ここは話題を変更させて気を紛らわせよう。

 丁度良いネタがさっきまで付いて来ていたし。

 

「それはそうとごめんね。うちの身内が……」

「あっ、やっぱり柊さんのお姉さんだったんだ。一目見て何となく似ているなって思っていた」

 

 俺の思惑通りに若瀬さんは食いついてきた。

 それにしても似ている、ね。確かに自分から見ても俺はあの二人に――というかかがみ姉さんに似ていると思う。それこそ母さんや父さんよりも。

 以前こなたさんが俺のことを「髪切って男体化させたかがみん」と評したことがある。中性的な顔立ちと低い身長のせいでよりそう見えるらしい。

 ちなみに髪型はつかさ姉さんと同じくらいまでに揃えてある。幼いころ坊主にして欲しいと頼んだら家族全員に反対された。どうやらこの世界の()()は坊主にすることをあまり好んでいないらしい。……じゃあネットで見た坊主萌えって何だったんだろう。怖くて詳しく調べることもこなたさんに聞くこともできなかったが。

 

「昔から良く言われる。幼稚園のころは親から女の子みたいって言われていたよ」

「え? そうなの? ガーリッシュだなとは思っていたけど。でも服装はそうでもないけど」

「小さいころはとにかく外で遊ぶのが好きで、よく転んだり泥だらけになって父さんに怒られたよ」

「へー。人に歴史ありって感じね」

 

 というか、男の子と混じってオママゴトをするのが性に合わないと言った方が適切。目一杯外で一緒に遊ぶ相手が女の子だけだったということだ。

 というかガーリッシュって思われていたんだ。俺的に言うとボーイッシュみたいなニュアンスか? その辺のことがよく分からないし、今度調べてみるか。

 

「それにしても、柊さん愛されているね? あそこまで思い切った行動できる人はなかなか居ないと思う。私もお兄ちゃん居るけど、流石に見守ったりはできないかなー?」

「は、ははは……」

 

 暗に「お前の姉ちゃんブラコン」って言われているみたいで素直に喜べない……。かと言って否定をするだけの反論材料が無いのも事実。実際そうだからな……。

 それにしても、若瀬さんのお兄さんか……。家に遊びに行った時に挨拶したけど明るい人だったなあ。……妹をよろしくって言われて若瀬さん赤面してたけど。

 

「でも一人小さい子が居たよね? 確か青い髪をしていたけど……妹さん?」

「いや、あの人は姉さんたちの友達で俺たちの二つ上だよ」

「……え? それ本当?」

「うん、本当」

 

 それを聞いた若瀬さんは驚いた表情を浮かべていた。しかしその気持ちはよく分かる。前世今世合わせてもこなたさんのような体型の人は珍しい。俺も聞かされた時は内心驚いたものだ。なぜ内心かだって? 露出高いってかがみ姉さんに怒られていたからですよ。

 ちなみに女性の平均身長は前世と変わっていない。男性の平均身長だけが低くなっているんだよね。160センチ代の父さんでも高い方だと言われていて、もし180センチある人が居たらさぞこの世界の女性にモテモテだろうに。

 

「なんというか、驚きだわ……」

「でも結構面白い人だよ? かがみ姉さんと息ぴったりだし、つかさ姉さんとも仲良いし。それにゲーム上手だしアニメにも詳しいし」

「へぇ、そうなんだ。アニメにくわ……し……」

 

 ……ん? 急に若瀬さんが黙り込んだ。一体どうしたのだろうか。

 ――いや、待て。よく考えたら今の俺かなりタブーなことしていないか? 友達とはいえ仮にも異性と遊びに来ているのに、家族や他の女性のことを話すとかあり得なくないか? もし俺が若瀬さんの立場だったらどう思う?

 ……うん。少なくとも良い気はしないな。

 

 

 

 

 ――彼がそのようなことを考えている頃、若瀬いずみは……。

 

(……もしかして柊くんってアニメに対して偏見が無い……? 今までそれとなく聞いたら愛想笑いを浮かべていたと思っていたんだけど……)

 

 話しやすいように笑顔を浮かべていたキョウだったが、どうやらその作り笑いを違う意味で捉えられていたようだ。

 

(もし……もしそうだったら――告白してみる? いや、でももし私の勘違いだったらこの関係(友達)で居られなくなるかもしれない……)

 

 言うか、言うまいか。

 その狭間で揺れ動く彼女に声が掛かる。

 

「あの、若瀬さん?」

「な、なに!?」

「えっと、実はお腹減ってきたから軽い物でも食べない?」

 

 どうやら話題を変えるためにキョウは店に入ろうとしているようだ。

 相手を不快にさせないための配慮だったが、己の趣味を告白しようとしていた若瀬にとっては逆効果で……。

 

「あ、はい……そうします」

「……?」

(わ、私の意気地なしーー!)

 

 結局この日も、彼女はオタクであることを明かせなかった。

 

 

 

 

 さっきのカフェでは結局飲み物しか頼まなかったからな。

 食いしん坊だと思われるかもしれないけど……まぁ良いや。

 と言っても昼食にするにも夕食にするに時間が中途半端だからガッツリしたものは食べられない。というか食べたら父さんに怒られる。

 どっか良いとこ無いかなー、と思って色々探した結果見つけたのは二件目のカフェ。まさかハシゴするとは思わなかった。使い方間違っている気がするけど。ただそこそこ人気らしく店内を覗いたところ人が結構居た。

 つまり外れではない、ということ。

 

「ここにしようか、若瀬さん。そういえば甘いものは大丈夫なの?」

「うん、大丈夫。むしろ好きな方」

 

 というわけで俺たちはこのカフェでパンケーキを食べることにし、店員の案内の下テーブルについてメニュー表を見て注文を取った。

 俺はオレンジの付いたパンケーキを。若瀬さんはいちごとブルーベリーが載せられたパンケーキを。

 待っている間は暇なので、俺は気になっていたことを女の子である若瀬さんに聞いてみることにした。

 

「さっきから気になっていたんだけどさ」

「どうしたの?」

「あれ」

 

 俺の指さす先には『男性は二割引き!!』と書かれている広告があった。

 前の世界では女性は色々と優遇されていた。料金が男性よりも安かったり、女性限定のサービスがあったり。それがこの世界では逆転してあのような広告は街に出ればよく見かける。偶々選んだこの店も例に漏れず、中学生の俺にも優しい値段となっている。

 しかし便利だと思う反面、俺は疑問に思っていた。

 

「実際さ、外で買い食いする男って少なくなっているんだよね。昔よりも需要が無くなっている今必要なのかなって」

 

 男性の数が年々減少している今、ああいうサービスの存在意義が低下しつつあると思う。現に男性専用車両の数も少なくなっている。痴女の被害によって男性の利用者が少なくなっており、供給過多になっている。使われないものをそのままにするよりも利用者の多い女性に回すほうが経済も回るってことだ。学生ですら車で送り迎えして貰っているらしいし。

 その辺のことを考えると、男性向けのサービスは要るのかなぁ、と。

 

「うーん。それでも利用者がゼロってわけじゃないから要るんじゃないかな? それにあった方が男性の人も来やすいと思うし」

「そんなものかね」

 

 0と1は似ているようで違う。そういうことだろうか? 

 などと雑談していると注文したパンケーキがやって来た。

 

「……まっ、安くなるなら良いか」

「そういうところは羨ましいなー」

 

 俺も同じ気持ちだったよ、かつてはね。

 

 その後、それぞれ頼んだものを味わいつつ穏やかな時間を過ごした。

 昔は、こういうお店に来ても周りが女性ばかりで正直居心地悪く感じていたっけ。今はだいぶ慣れたけど……。

 

(周りの視線が突き刺さるなぁ……)

 

 でもやっぱり友達と一緒に行くのは楽しいもんだ。それに若瀬さんはこういう店に友達とよく行っていると学校で言っていたから、堂々として――ん? なんか居心地悪そうにしてないか若瀬さん? 妙に周りを気にしているように見える……。

 ……あっ、なるほど。色々と察したわ。

 

 

 ――三十分後。

 

「じゃあ、そろそろ出ようか」

「うん、分かった」

 

 思っていたよりもボリュームがあったけど、オレンジの酸味が良いアクセントになっていて美味しかった。何気なく入ったお店だったけど穴場だったかな? 今度も来てみようかな。

 

「あ、柊さん奢るよ」

 

 会計を済ませようと受付に向かったところ、当然若瀬さんがそう言ってきた。

 なぜにいきなり? と知らないふりをするには俺はこの世界の女性の気持ちを理解し過ぎていた。

 顔には言ってやったぜみたいな満足感がある。そうだよね、そういう台詞って漫画やアニメでは定番だよね。

 でもね若瀬さん……。

 

「いや、別に良いよ。自分のは自分で払う」

「まあまあ。ここは女の顔を立ててさ」

「うーん。さっきも言ったけど俺は若瀬さんと楽しみたいんだ。だから奢ってもらうのは違うかな? って」

 

 本当は遅刻したから俺のほうが奢りたい気分だ。でもそれを言うと痴女の件を再び蒸し返すことになる。だから申し訳ないけど今回はこういう形を取らせて貰った。今度学校に行った時にクッキーとか焼いて持っていこう。……お詫びがお菓子って俺もこの世界に染まっているなぁ……。

 俺の説得に若瀬さんは渋々といった感じに受け取ってくれたようで会計はそれぞれ自分で払うこととなった。

 

(一度やってみたかったんだけどなぁ……せっかくお年玉持ってきたのに)

 

 どこかショボーンとした表情を浮かべる若瀬さん。どうやら思うところがあるらしい。

 ……恥ずかしいけど仕方ない。

 俺は若瀬さんの手を取った。すると初めは何をされたのか理解していなかったようだが、少し経つと顔を赤面させてしどろもどろになる。

 

「え、あの、柊さん?」

「ほら、早く行こう!」

 

 自分の顔が羞恥で赤くなり、発する言葉が早口になるのを自覚する。

 でもそれらを我慢するだけで若瀬さんが楽しめるなら安いものだ。

 普段からお世話になっている俺の一番の友達。家族以外で心を許せる唯一の存在。そんな彼女が笑顔で居てくれないのは――男としてのプライドが許せない。前世から未練がましく持ってきた俺だけの価値観だけど……。

 

「今日は楽しむために来たんだから!」

 

 この想いは間違っていない。

 それだけは、十数年間生きてきても絶対に変わらない俺の気持ちだ。

 握り返される手を感じながらそう思った。

 

 

 

(チッ)

(チッ)

(チッ)

 

(このシチュエーションは嬉しいけど……後ろの舌打ちが怖いわぁ……)

 

 

 

 

 ――みたいに、エピローグのように終われば綺麗に締めることができたんだけどなぁ。

 

「キ、キ、キョウちゃんごめんなさい! 私謝るから嫌いにならないで~~!」

「……っ……っ」

 

 若瀬さんと別れて家に帰った俺を出迎えたのは、何故かマジ泣きしているつかさ姉さんとかがみ姉さんだった。

 つかさ姉さんは「嫌いにならないで」と何度も同じことを繰り返しながらしがみついてきて、かがみ姉さんは顔を俯かせて服の袖の所をチョコンと摘まんでその場にへたり込んでいる。

 うん、とりあえずさ。

 どうしてそういう発想になったの? 俺何が何だか分からないんだけど。

 

「ほら、二人とも泣き止んで。そんな引っ張ったら服が伸びるからさ。

 というかがみ姉さんも珍しくそっち側か。ホント何があったの?

 それとドアの影から見ているそこの上二人。見てないで助けてよ。

 ……え? 無理? そんな馬鹿な」

 

 ――結局、久しぶりに三人で同じ布団で寝ることで今回のことは許して(?)貰った。

 両隣でスヤスヤと眠っている二人を見ながら、若瀬さんを家に招待するのは大分先になりそうだ。二つの温もりに包まれながら、俺はそのまま眠りについた。

 


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