「う~ん……」
リビングで勉強をしていると、ふとつかさ姉さんが難しい顔で唸っていることに気が付いた。視線の先には開かれたノートが、手にはシャーペンが握られている。察するに解けない問題があるのだろう。
本来なら、かがみ姉さんに聞きに行くところなのだが……現在姉さんは留守にしている。だからこそ、つかさ姉さんはこうして頭を捻って頑張っているのだが……。
「ジュース。ジュース。オレンジジュース~」
「あ、お姉ちゃん。ここ教えて~」
そんななか、ジュースを取りに来たのであろうまつり姉さんが通り過ぎようとする。つかさ姉さんはそれを呼び止めて、ノートを手に持って姉に頼った。
でも……。
「うーん……かず……チキン……?
えっとね。これはカーズのチキンです……だと思うよ……?」
まつり姉さんの口から出て来た答えは、何処かあやふやなものだった。
つかさ姉さんもそれを感じ取っており、顔に『本当かなぁ?』と不安そうにしていた。
「チョコ。チョコ。アーモンド~」
「あ、姉さん。これ解いてみてー」
「ん? どれどれ……」
つかさ姉さんから視線を逸らしていたまつり姉さんだったけど、いのり姉さんを見つけると顔色を変えた。……何となくこの後の展開が読めた。
まつり姉さんからノートを受け取ったいのり姉さんは、そこに書いてある英文に目を走らせるけど……。
「こんなの習ったっけ?」
「あ、そういえば。この前巫女している時に外国の人が来てね。そして――」
そのままつかさ姉さんのノートを放って会話しだす二人。
ですよねー。二人ともすぐに別の話題に乗り移るよねー。
そんな二人を見てつかさ姉さんが何を考えているのか、良く分かるよ。
俺はつかさ姉さんの肩を叩いて一言呟いた。
「今度からは、かがみ姉さんに聞こうか」
「あはは……うん、そうだね」
勉強面で頼れるのはかがみ姉さんだけ。
つかさ姉さんと俺の共通認識だ。
第二十五話 クレヨンで描いた未来
「赤ちゃん?」
ゴールデンウイークの真っ只中。かがみ姉さんたちが受験生だということもあり、今年は旅行とかには行くことなくぼんやりと過ごすのだろうな。
そんな風に考えていたからだろうか、何やらぼんやりと過ごせなさそうな話が舞い込んできた。
先ほど急に電話が掛かって来て、それに父さんが出て数分程電話した。それまでは良かった。ただ、その後リビングで寛いでいた俺の元に来て開口一番に言ったのが『赤ちゃんの世話をしてくれないか?』という、何とも判断に困るもので……。
脈絡も無いし、父さんが電話の相手とどんな会話をしたのかを俺は知らない。だから詳しく話を聞こうとするのは当然のことだった。
「それはまた……なんで?」
「いや、それがね。ご近所さんの海原さん居るでしょ? そこの奥さんが腰を痛めちゃったらしくて今日病院行くんだけど、その間に預かってくれないかって」
あらら……腰を痛めて病院ってかなり重症じゃないのだろうか?
海原さんには父さんや母さんが居ない時に良くしてもらったから、困っているのなら助けになりたい。だから、俺は全然問題ない。今日は別に予定がある訳じゃないし。
でも……。
「今日父さん定期健診なんだよね?」
「うん。だから僕は手伝えないんだけど……」
「ちょっと心配……とか?」
「まぁ、そうだね」
だからいまいち煮え切らない態度だったのか……。定期健診となると母さんも一緒に行かないといけないし……。
でも。
「大丈夫だよ。父さんは何も心配せずに行って来て。確かにちょっと不安だけど、姉さんたちを巻き込んでしっかりやるよ」
「あはは……かがみたちは受験があるから程々にね」
「あ、上の二人の方だよ」
「それなら安心かな。キョウが小さい頃よく面倒を見て貰っていたし」
へー、そうなんだ。
赤ちゃんの時、俺には意識が無かった。辛うじて覚えているのは、二人の姉と遊んでいたくらいだけど……いのり姉さんとまつり姉さんたちかな?
まぁ、でも。
そういうことなら大丈夫だろう。
俺は胸を張って、海原さんの所の赤ちゃんを引き受けることにした。
☆
昼食を食べ終えた俺はご近所の海原さんの家に赴いた。
病院に行くのはお昼の後なので、そのスケジュールに合わせて動くのは当然のこと。
インターホンを鳴らすと、お出掛け用の服に着替えた海原さんたちが俺たちを出迎えてくれた。旦那さんの腕の中には件の赤ちゃんが居る。
「ありがとうねーキョウくん。桜子を預かって貰って。ほら、お前も!」
「いててて……あ、ありがとうねキョウくん」
「い、いえいえ。お体ご自愛下さい?」
「いやー、キョウくんは優しいねー。それに若くてぴちぴちだし」
「……あん?」
「あ、いや……何でもないです」
鼻の下を伸ばしていた海原さんの奥さんだけど、旦那さんが一睨みするとすぐに表情を引っ込めて体を小さくさせる。この家は旦那が強いかかあ天下ならぬととお天下のようだ。うん? 亭主淡白って言うんだっけ? それも違うような……。
そこそこ付き合いがあるから海原さん夫婦のコントみたいなやり取りは見慣れている。でも奥さんは誠実な人というのは知っているんだよね。ちょっと思考親父……オバサン臭いけど。
「じゃあ、お預かりします」
「はい、よろしくお願いしますね~」
「アー?」
旦那さんから赤ちゃん……桜子ちゃんを受け取る。前もって赤ちゃんの抱き方を調べて来たけど……予想以上に重いな。
俺は落とさないようにしっかりと持ち上げる。何かあったら大変だ。
それにしても……。
「でへへへへ……」
「人懐こいですね。お父さんやお母さんと離れ離れになって泣くかな? って思ったんですけど」
俺が抱き上げている桜子ちゃんは泣くどころか笑顔を浮かべている。
しっかりと俺の服を掴んで、頭をスリスリと胸元にコスリ付けてくる。
実はちょっと不安に思っていたり……。でもこういう反応を返されると安心するな。
「……あれ若い子に喜んでいるだけだよね?」
「良いなー……桜子」
「うん゛!?」
「あ、いやその……あ、あはは! 桜子をヨロシクね? キョウくん!」
「はい! 任せてください!」
「まったく……誰に似たんだか」
注意事項が描かれたメモ用紙とおむつ、赤ちゃん用お菓子などを俺に預けた海原さんたちは車で病院へと向かった。
それを見送った俺は荷物と桜子ちゃんを腕に抱き家に戻った。
荷物を適当な場所に置いた後、俺は父さんたちが居るリビングに向かった。
「ただいまー」
「おかえりー。お? その子が桜子ちゃん?」
「うん。ほら桜子ちゃん。まつりお姉さんですよー?」
「よ!」
「おお。なかなかアグレッシブですね……」
いつも座っている座布団の上に腰を下ろし、俺は桜子ちゃんをそのまま後ろから支えるようにして軽く抱っこする。俺が桜子ちゃんの椅子になる感じかな?
気に入ったのか落ち着いたのかかなりリラックスしており、表情が和らいでいる。
「うへー……」
「……なんかこの子喜んでいない?」
「そう?」
何処となくジト目で桜子ちゃんを見つめるいのり姉さん。いったい何を言っているのだろうか。
そんな俺たちを眺めていた父さんたちだったけど、そろそろ家を出ないと健診に間に合わないからか立ち上がりつつ俺たちに釘を刺す。
「じゃあ僕たちは行くけど、くれぐれも目を離さないようにね。いのりとまつりは経験があるのだから、キョウを助けてあげなさい」
『はーい』
「何かあったらお母さんの電話に連絡してね?」
『はーい』
一通り言うと、父さんたちは病院に向かった。
これでこの家に居るのは俺たちだけである。ちなみにかがみ姉さんたちは多分自分の部屋で勉強中。かなり追い込んでいるみたいで、昼食の時に桜子ちゃんの事を話したんだけどちゃんと聞いていたのかな?
まぁそれはさておき。
「さて桜子ちゃん。お兄さんたちと遊びましょうか?」
「あい?」
「とは言うものの。何をしたらいいのでしょうかお姉さま方」
「いきなり躓くのかよ!」
「早いなー」
何処か呆れた目線で俺を見る二人。
でもそれも仕方ないのでは? と俺は考える。だって前世含めて赤ちゃんの相手なんかしたことないんだし……。メモにはおもちゃや袋に入っている雑誌を見せれば良いって書いてあるけど、選択肢が多くて何をすればいいのか分からないというか。
そんな俺にまつり姉さんは仰々しく肩を竦めると口を開いた。
「赤ん坊なんてテキトーに遊んでいれば良いのよ」
「そうかなー?」
「そうそう。例えば……」
そう言うとまつり姉さんは桜子ちゃんのおもちゃが入った袋から人形を取り出した。
頭がカエルで胴体が牛のかなり個性的な。ウシガエル?
まつり姉さんはそれを桜子ちゃんに近づけると人形を動かしてしゃべらせる。
「こんにちはー、桜子ちゃん。一緒に遊びましょー? いないいない……ばー!」
「ぷっ」
「いや、アンタが受けてどうすんのキョウ」
だってこんなまつり姉さん見たことないから……。
さて肝心の桜子ちゃんはと言うと?
「……へっ」
「おい、今鼻で笑ったぞコイツ」
「まつり抑えて抑えて」
どうやらお人形遊びの気分じゃないみたいだ。
まつり姉さんの方へ向けていた顔を俺の方に向けると、桜子ちゃんは再び笑顔で頭をスリスリと擦り付けて来た。
甘えん坊で可愛いなぁ。
「なんでだろう? キョウの時はこれで喜んでいたのに」
「何言ってんの。まつりのはただ遊んでいただけじゃない。本当に世話していたのは私よ?」
「えー。じゃあ姉さんだったらどうするのさ」
「うーん。そうねえ……私だったら」
そう言うといのり姉さんは部屋を出て行く。何する気なのだろう?
長女ということもあって何かと昔から父さんたちから頼み事されるいのり姉さん。その経験もあってか結構自信満々そうに見えた。
五分くらい経った後、いのり姉さんは幾つかの道具を抱えて戻って来た。
どうやら物置から引っ張り出してきたらしい。
「赤ちゃんって結構気分屋なの。だから遊んであげる時は興味がある物を見極めて相手に合わせるべき」
「おお。いのり姉さんそれっぽい!」
まつり姉さんが感嘆の声をあげる。でも確かにいのり姉さんの言っていることにはしっかりとした根拠がある。俺たちの視線を受けて少し恥ずかしそうにしながらも、いのり姉さんは桜子ちゃんの気を引こうと絵本を手に取った。
「ほら~桜子ちゃん。絵本ですよー?」
「ヤッ!」
「そっぽ向いちゃったね」
「じゃあ次はこれ! はーいガラガラ~」
絵本にそっぽ向く桜子ちゃんにいのり姉さんはガラガラを振りながら顔を自分の方に向けさせようとする。名前の通りガラガラと音が鳴り、桜子ちゃんが反応を示す。
が……。
「うーったい!」
「あら……?」
「跳ね除けちゃったね」
桜子ちゃんにとってはうるさい騒音でしかなかったのか、小さな手でガラガラを叩いて音を止めた。そしていのり姉さんが持って来た赤ちゃん用の道具の数々を見るも、すぐに視線を逸らして俺の胸に頭を預ける。
う~ん。どうやらこの家に桜子ちゃんを満足させるものはないらしい。
「なんか、キョウに興味津々って感じだね。キョウだけに」
「確かにそうね。……あとそのギャグ寒いわよまつり」
いのり姉さんに同意。
それにしても俺に興味津々か……それって懐いてくれているってことだよね? ……なんだか、嬉しいな。
「桜子ちゃんは良い子だねー? よしよし」
「でへへへ」
「……なんか、オバサンみたい」
「流石は海原さんトコの子どもだわ……」
何故か脱力している姉さんたち。どうしたのかな?
そんな風に首を傾げていると、急に桜子ちゃんが震えだした。
なんだろう? と思い見下ろしてみると何だか物凄く険しい表情を浮かべていた。
え? え? どうしたの?
戸惑っていると、いのり姉さんがこちらの異変に気付いたのか視線を向けて――顔を真っ青にさせて叫んだ。
「キョウ! 桜子ちゃんトイレ!」
「へ……?」
トイレ?
「しかもでかい方!」
ちょ――。
――ただいま混乱中。音声だけでお楽しみください。
「ちょ、どうしたら良いの姉さん!」
「わ、私に聞かないで……いのり姉さん任した!」
「ちょ、逃げんなまつり!」
「いのり姉さん! 桜子ちゃんもう限界っぽいんだけど!」
「ん゛ん゛~~~!」
「わーー!! と、とりあえず替えのおむつを準備して、そして――」
「――ん゛」
「あ」
「え? ……あぁ」
「あ、終わったー?」
「ふんっ!」
「たわらば!?」
いのり姉さんがまつり姉さんにラリアットぶちかます傍ら、俺は桜子ちゃんを綺麗にして後始末をしていた。すっきりしたのか、桜子ちゃんはキャッキャッと笑っている。
俺は物凄く疲れた……。取り敢えず換気のために窓を開けといて。
それにしても……。
「いのり姉さん本当に詳しいんだね。助かったよ」
「え? ああ、うん。まぁアンタで慣れているし……」
「ケホ、ケホ。……あの時のキョウはちっちゃくて可愛かったなー。アッチの方も」
「弟にセクハラすんな」
「あいたっ」
照れ隠しと制裁を兼ねていのり姉さんがポコンッとまつり姉さんの頭を小突く。
俺は可笑しくて思わず笑ってしまった。
「……ぶー」
「ん? どうしたの桜子ちゃん?」
突然頬を膨らませて拗ねる桜子ちゃん。
どうしたんだろう?
そう思っていると突然俺の腕の中から脱出すると、海原さんから預かった紙袋の元に行き中を漁りだした。それを三人揃って不思議がって見る。
おもちゃで遊びたいのかな?
「ったい!」
『え?』
しかし、桜子ちゃん取り出したのは俺たちにとっては予想外のもので思わず呆然と声を出した。表紙には水着を着た青年たちがそれぞれポーズを取っており、表紙の上には『ボーイズ・パラダイス』と書かれていた。
つまり、この世界のグラビア雑誌だ。
桜子ちゃんはそれを持って俺の膝の上に戻ると中を開いて雑誌に写っている青年たちに笑みを浮かべる。
な、なかなか個性的な子だなー……。
俺にも感想を求めているかのように、雑誌を見せてくる桜子ちゃんを見ながらそう思う。
「からみが完全にセクハラおばさんなんだけど」
「ませてる……というか中身おばさんなんじゃないの?」
「たうたうたつ、たい! うー、あうっ!」
「桜子ちゃん……こういうのはまだ早いと思うなお兄さん。いや、ホントに」
「あうあうあー。でへへへへへ」
流石の俺も苦笑いしかできなかった。
「あ、そろそろミルクの時間だ」
預かっていた粉ミルクと哺乳瓶を取り出し、メモに書かれている通りにミルクを作ることにした。海原さんの気遣いだろうか、簡単な絵と一緒に書いてくれているのでかなり分かりやすく、特に失敗することなく作ることができた。それに経験者であるいのり姉さんのサポートの存在も大きかった。
まつり姉さん? 桜子ちゃんの相手をして貰ってる。
「たい! たい!」
「いててて! 髪を引っ張るな!」
えっと、温度は人肌か。
俺は哺乳瓶に頬を当てたり、手の甲に一滴落としたりして温度を確認し、桜子ちゃんが飲むことができる適正温度まで調整することができた。
「さぁ、桜子ちゃん。ミルクの時間ですよー?」
「あうー?」
「や、やっと解放される……」
まつり姉さんと遊んでいた桜子ちゃんは、すぐさま俺の元にやってくる。よっぽどお腹が空いていたのかな。
腰を下ろして桜子ちゃんを抱き上げると、今さっき出来上がったミルクが入った哺乳瓶を桜子ちゃんの口元に寄せる。飲んでくれると嬉しいんだけど……。
そんな俺の心配を余所に、桜子ちゃんはパクリと先端を咥えるとチュウチュウ音を立てて飲み始めた。
……良かった。
「……ねえ、姉さん」
「なに?」
「なんか今のキョウって新夫みたいだね」
『ブッ!?』
とんでもない言葉を聞いていのり姉さんと共に噴き出してしまった。その際に顔を背けるのも忘れない。
いのり姉さんの制裁の拳骨が振り下ろされて、鈍い音がリビングに響く。まつり姉さんは頭を押さえて悶絶した。今回ばかりは助けてやらん。
「それにしても、可愛いな……」
「普通にしているとやっぱり可愛いわよね赤ちゃんって」
「いてて……私は大変な思いしかしていないけど」
半分ほどは自業自得だと思うけど。
ジト目でまつり姉さんを見ていると、姉さんの後ろの襖が横にスライドして開けられる。その音で姉さんたちが振り返る。
そこに居たのはつかさ姉さんだった。もしかして騒ぎすぎたのかな?
そう思い謝ろうとしたんだけど……つかさ姉さんの様子がおかしい。
目を見開いて口を大きく開き、信じられないものを見たと凄く分かりやすい表情を浮かべている。
そして顔を真っ青にし体をプルプルと震わせて……。
「キ、キョウちゃんに子どもができてるー!?」
とんでもないことを大声で叫びやがった。
いきなり何を言っているんだつかさ姉さんは!?
しかしつかさ姉さんの暴走は止まらない。
こっちに急いで駆け寄ると凄い剣幕で詰め寄って来た。
「だ、誰の子!? こなちゃん!? ゆきちゃん!? それともゆたかちゃん!?」
『落ち着けー!!』
その疑いは俺以外にも被害が及ぶ!
何とか宥めようとするも、さらに追い打ちをかける事態が起きた。
「ちょっと何騒いでいるのよ。キョウも一緒にな……って……」
勉強に集中できなかったのだろう。言葉の節々に不機嫌さがあった。しかし徐々に声が小さくなっていき、息を呑む音がはっきりと聞こえた。
すっごい嫌な予感。
恐る恐る視線を向けると、やっぱりと言うかそこにはかがみ姉さんが居た。
かがみ姉さんは顔を真っ赤に染めて体をワナワナと震わせると……。
「キ、キョウに子どもができているー!?」
「いやもう良いよ!」
予測できた天丼どうもありがとう!
しかし俺のツッコミは姉さんには届かず、つかさ姉さんの反対側から詰め寄ると一気に捲し立てて来た。
「誰に○まさせられたの!? こなた!? 若瀬って子!? それとも岩崎さん!?」
「あーもう。二人とも落ち着いて」
このままじゃ友情とか信頼とかが崩れ去っていくから。というか上の姉さんたちはいつの間に逃げやがった。ふざけんな。
とりあえず二人を落ち着かせて事情を説明した。
というか俺はそういうことをしていないし、勝手にしたらいけないんだけどな……。その辺のことはぶっ飛んでいるのだろうか? あの慌てようだったら仕方ないか。
俺の話を聞いて事態を理解した二人はようやく落ち着いてくれた。
昼に話したはずだったんだけど……受験に集中していたのかね。
自分たちの勘違いだと気づいた姉さんたちは、羞恥に頬を赤くさせながら俺の腕の中にいる桜子ちゃんに視線を向ける。
「赤ちゃんって可愛いわねー」
「そうだねー。あ、そうだ。写真撮ってこなちゃんたちに送ろう」
携帯を取り出してパシャリと一枚撮られる。そしてそのままこなたさんに送ったらしい。
ほんわかと和んでいる二人に抱いてみる? と聞いてみた。しかし泣かれるかもしれないと遠慮して受け取らなかった。それどころか逃げるように自分の部屋に戻る……やっぱり姉妹だわ。
まぁ俺も泣かれると困るので特に何も言わなかった。
「ケップ……」
ミルクを全部飲み切った桜子ちゃんは何処となく眠たそうだった。
お腹いっぱいになったからかな?
確かメモに寝かしつける時の事が書かれていた気がする。それにしても本当に色んなことが書かれているな……やっぱり親って凄い。
メモの指示に従って来客用の敷布団と軽い毛布を弟を見捨てた薄情な姉たちに用意させる。
「だから謝ったじゃーん」
「あの二人の暴走を止めれるのはアンタだけよ」
うるさいよ。
悪びれる事無く言い訳垂れる二人をジト目で見ながら、コクリコクリと舟をこいでいる桜子ちゃんを布団に入れる。
えっと、後は完全に寝付くまで一緒に横になるのか。
桜子ちゃんの傍に横になった俺は、胸とお腹の間に手を添えて寝付くまで見守ることにした。一定のリズムでポンポンッと手を動かしていると、桜子ちゃんは徐々に瞼を閉じていき、そして穏やかな寝息を立てて眠りに就いた。
「寝ちゃったね」
「うん。じゃあ、俺たちは別の部屋に行こうか。起こしたら悪いし」
と言ってもずっと目を離す訳には行かないから、何度か見に来る必要がありそうだけど。
音を立てないように慎重に腰を上げた俺は、そのまま部屋を後にしようとするが……。
「ぅ、うう……!」
「え?」
「うう……!」
何故か急に桜子ちゃんがぐずり出した。慌てて俺は桜子ちゃんの傍に寄り胸の所にポンポンと手を当てる。すると次第に表情が穏やかになり眠りに就く。
……これはどういうことなのだろう。
「こりゃあキョウは離れられないね」
「え? マジ?」
「よっぽど懐かれているのね」
何処か呆れた様子で言ういのり姉さんの言葉を尻目に、俺は桜子ちゃんの寝顔を見る。
すると、この時間を邪魔させたくないというか、起こさないようにしたいというか……。
ようするにこのまま気持ちよく眠って欲しいと思った。
……よし。
「じゃあ俺はこのまま面倒を見ておくよ」
「え? 大丈夫?」
「うん。だからまつり姉さんたちはなるべく静かにお願いね」
「えっと、分かった……はぁ、なんかキョウが一気にパパになったみたい」
「ふふふ。言えてる」
勝手なことを言いながらいのり姉さんたちは部屋を出て行った。
俺まだ高校生なんだけど……。
でも、赤ちゃんか……。
「いつか俺も……」
育てることになるのかなぁ……。
桜子ちゃんの寝顔を見ているうちに、いつの間にか俺はそのまま眠りに就いていた。
☆
「いや~。今日は本当にありがとうねキョウくん」
「いえ、こちらも貴重な体験をさせていただいたので」
病院から帰って来た海原さんに桜子ちゃんを返す。
奥さんの症状はそこまで酷く無いらしく、数日後には元通りらしい。でもまだ痛そうにしていて、貸して貰った杖にしがみ付いて足をプルプルさせている……家の中で休んでいれば良いのに。どうやら俺にちゃんと礼を言いたいらしい。
「キョウくん。今日は桜子の面倒を見てくれてありがとう。君みたいな若くてピチピチな子に相手をして貰って、この子も喜んでいる」
「たいっ!」
「君みたいな男の子が父親だったら子どもは恵まれているな! ――もちろん妻も……ね?」
「は、はぁ……ありがとうございます」
無駄に良い声で感謝の言葉を送ってくるけど、格好が格好だから傍から見たら物凄く滑稽だ。というか本当に大丈夫なのだろうか? ……腰的にも、隣で鬼と化している旦那さん的にも。
「……ひろえ?」
「っ!? や、やだな冗談だって」
「後で話があります」
「……はい」
相変わらず仲がよろしいようで。
俺は苦笑し、辺りが夕焼け色に染まり始めたので家に帰ることにした。
「じゃあ、俺はこれで」
「うん、今日は本当にありがとう。ほら桜子。キョウお兄ちゃんにバイバイって」
「……やっ!」
「え?」
「や~や~!」
しかし、突如桜子ちゃんが駄々をこねて泣き始めた。
預かっている間は全く泣かなかったのに。
その理由が分からないほど俺は鈍くない。
海原さんたちは困った表情で桜子ちゃんをあやそうとするが、一向に治まらない。
……。
「桜子ちゃん」
「うぅ……」
「お父さんとお母さんを困らしたらいけないよ? 時間がある時は会いに来るから……ね?」
赤ちゃんにこんなことを言っても分からないし、大きくなったら覚えていないだろう。
でも桜子ちゃんは良い子だ。俺の目を見て表情を見て……気持ちを理解してくれた、と思う。
涙で目を真っ赤にしながらも泣き止んで、その小さな手を上げて横に振った。
「あい……あい」
「――良い子だ」
優しく頭を撫でてあげると、桜子ちゃんは笑顔になってくれた。
うん……やっぱり可愛い。
「はー……キョウくんは凄いねー。将来本当に良いお父さんになるよ」
「妻になる人に嫉妬しそう」
「ん?」
「あ、何でもないです……」
「ははは……それじゃあ」
「あいあーい!」
見えなくなるまで手を振っている海原さんたちの声をBGMに、俺は今日何度か聞いた言葉を思い出していた。
俺が……お父さんか。
それも良いのかもしれない。桜子ちゃんの笑顔を思い出して、俺はそう思った。
『キョウくんかがみとヨスガったって本当!?』
「何言ってんですか!?」
――後日、広まった勘違いの訂正に翻弄されることになった。
……もうしばらくは普通の高校生で良いや。
こなたの誕生日に誕生日の話を投稿できなくて辛い。ちきしょ
今回の一発屋オリキャラたちはタイトルでお察しの通りです。
今後レギュラー化することはないのでご安心ください。