あべ☆こべ   作:カンさん

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注意!

今回、特殊性癖暴力に関する描写があります。
そういうのが苦手な方は閲覧を止めるか、本文を飛ばして後書きをご覧ください。簡潔に何が起きたのかを書いておきます。



第二十二話 progress

「花見合コン?」

「はい、そうです……」

 

 若瀬の家に遊びにやって来たキョウ。高校に入学してからは一度も行っていないという話になり、こうして久しぶりにゲームをしたり課題をしたりと慣れ親しんだ時間を過ごしていた二人。

 そんななか、若瀬の口から先ほどの言葉が放たれた。

 花見合コン。聞いたことのある単語二つを無理矢理融合させたソレに、キョウは首を傾げる。意味が分からないということではなく、何故それを若瀬が正座して自分に報告をするのか、と。

 桜が散る前に花見をしたい。出会いを求めて合コンをしたい。そう考えれば別におかしくはないが……何故かキョウは胸の奥に引っかかりを覚えていた。

 しかしそれを悟られないようにしつつ、彼は尋ねる。

 

「それが、どうしたの?」

「うん、えっとね……クラスの友達に誘われて参加することに……。

 わ、私は別に参加したい訳じゃないよ!? ただ、人数が足りないからどうしてもって頼まれてそれで……」

 

 酷く狼狽している若瀬の姿は、まるで浮気がバレた彼女が彼氏に必死に言い訳をしているようであった。

 

「若瀬さん落ち着いて」

「う、うんごめん……。

 そ、それでね? 相手方の男子が一人減っちゃって、それで……えっと……その……」

「……」

「今回逃したら次は無いのかもしれないって言われて、それで……」

「……」

 

 そこまで言われて察しないほどキョウは鈍くない。

 つまり、若瀬はキョウに人数合わせとしてその花見合コンに参加して欲しいのだろう。

 友達に懇願されてしまって断ることができず、思わず頷いてしまったってところか。

 しかしそれと同時にキョウを巻き込んでしまうという思いと()()()()イベントに彼を連れて行きたくない思いもあるのか、若瀬の内心は複雑な物だった。それが表情に表れており……キョウは思わずため息を吐いた。

 

「分かったよ、参加するよ」

「あ、ありがとう……」

「でも、本当に人数合わせとして参加するから。

 だから何事もなく終われるように協力してね?」

「! う、うん! 分かった! 全力で協力するよ!」

(本当に、分かりやすいなぁ……)

 

 途端、顔を輝かせて頷く若瀬。まるで子犬のように思えてキョウは思わずクスリと笑ってしまった。

 携帯を取り出して友達に連絡しているのを見ながら、キョウはそう思い――。

 

(さて、どうやって姉さんたちを撒こうかな)

 

 最初の難関をどう攻略しようかと二度目のため息を吐いた。

 

 

 第二十二話 progress

 

 

 何とか姉たちを突破して若瀬と合流したキョウは、無事に合コン会場へと辿り着いていた。

 満開とはいかないものの、そこそこの量の桜が残っていた。

 しかし、今時の高校生がそれに興味を示すことはなく、まさに花より団子……いや、花より男子といった感じで。

 

「初めまして柊さん。私は若瀬さんのクラスメイトの相川です! 今日は来てくれてありがとうね~」

「私は北峰。いや、本当に助かったよ……」

「うん、初めまして。知っていると思うけど柊キョウです。と言っても俺は人数合わせなんだけどね」

 

 先に到着していた若瀬のクラスメイトが我先にとキョウのもとへと集っていた。

 今日と言う日を楽しみにしていたのか、些か勢いがあるものの、今まで何度も告白されて来たキョウは慣れた様子で返していた。

 しかし、キョウの隣にいる彼女はそうでもなく、焦燥し切った表情を浮かべるとキョウに詰め寄る二人の前に出て慌てて止めた。

 

「そ、そうだよ二人とも! 柊さんはあくまで人数合わせなんだから! そこの所を勘違いしないでよね!?」

「分かってる分かってる」

「取らない取らない」

 

 ニヤニヤと笑みを浮かべながら、二人は若瀬に対して意味深な言葉を送る。

 昼休憩になるといつもキョウと一緒にご飯を食べ、そして幸せそうにしている彼女を見ているのだから……若瀬がキョウに対してどのような感情を抱いているのかは理解している。つまり、二人は若瀬を嵌めただけなのだ。

 そのことに気が付いた若瀬はカァーッと顔を赤らめると二人に非難の視線を送った。

 

「まっ、若瀬さんは柊さんを守っていなよ」

「そうしてくれたらライバル減って丁度良いしね」

 

 言外に二人でイチャイチャしていろと言われて、しかし反論することはできなかった。

 彼女もまた望んでいるということだ。

 

「おーい!」

「あ、向こうも着いたみたいだ」

 

 そうこうしている内に先方も到着したようだ。

 若瀬、クラスメイト二人、他校の生徒二人の女五人。

 そしてキョウを含めた陵桜の生徒三人に他校の生徒二人の男五人。

 合計十人による花見合コン――の筈なのだが。

 

「いや~、まさかこんな機会に恵まれるとはウチ思ってなかったわ~。

 ありがとうな加藤! 呼んでくれてよぉ!」

「い、いえいえそんな……」

 

 一人明らかに浮いている人間が居た。

 髪を銀色に染めて唇や耳にピアスを付けている、所謂チャラ女。

 ギャハハハと笑いながら加藤と呼んだ他校の女生徒に肩を回しているが……どう見ても歓迎していない。

 どうやら今回のイベントを聞きつけた彼女が無理矢理付いてきて、先輩だから断ることができなかったようだ。

 それを察したのか、相川と北峰は不安そうに、もう一人の女生徒は申し訳なさそうにこちらを見ていた。

 幸先悪い。

 誰もがそう思ったが、中止する訳にもいかずそれぞれ自己紹介し始めた。

 

「陵桜の相川でーす! 好きなものはサイクリング! もし興味あったら今度一緒に走ってみない?」

「同じく北峰です。好きなものは○○っていうバンドかな? ライブにもよく行っているよ」

「○○高校の吉田です。一応、今回のイベントを立ち上げた者です。今日は来てくれてありがとう」

「吉田と同じ○○高校の加藤です。私はサッカーが好きで部活にも入っています!」

 

 始まったばかりからか、軽くアピールをする女子一同。

 今回のようなイベントに参加する男子だからかノリも良く、一人一人が自己紹介を終える度に拍手を送っている。

 初めの不穏な空気は薄れて、楽し気な雰囲気が場を包み込む。

 そんななか、順番的に次の自己紹介は若瀬だ。彼女は表情に若干の緊張を浮かべており、キョウは小さい声でこっそりと「頑張れ」と言った。若瀬はそれに小さく頷くと立ち上がり。

 

「えっと、私は――」

「――ウチは○○高校の富沢亜希奈! アッキーって呼んでくれていいよ? 特にそこの陵桜のレベル高い子!」

 

 しかし、若瀬の自己紹介に被せるようにして富沢と名乗るチャラ女が名乗り出た。

 そしてキョウに向かってウインクしながらアピールをする。

 それに対してキョウは、小さく会釈をして軽く流す。すると富沢は口笛を吹いて「真面目だねぇ」と笑みを浮かべる。

 

「じゃあ、次は男の子からかな? はい、そこの背が高い子から!」

「ちょ、先輩。まだ一人終わっていないですよ?」

「ああん?」

 

 富沢を止めようとする加藤だが、思いっきり睨まれるとそれ以上何も言えずに体を縮こまらせた。

 それを見た富沢は舌打ちをすると、若瀬の方を見て。

 

「ほら、さっさと名前言えよ」

「え。あ、はい。若瀬いずみです。今日はよろしくお願いします……」

 

 それだけを言うと若瀬はその場に力なく座った。

 年上にあのような態度を取られて委縮してしまったようだ。周りの男子たちもこの空気に戸惑いを見せて、しかしそれに気づいていないのか富沢は男子に自己紹介するように促す。

 そんな彼女を、キョウはジッと見つめていた。

 

「えっと、○○高校の伊藤です! 趣味はぬいぐるみ集めかな?」

「お、男の子らしくて良いじゃん! 合ってる合ってる!」

「そ、そうですか?」

「うんうん。それに、背も高いしね!」

「も、もう! 先輩セクハラですよ~」

 

 褒められるのは満更でもないのか、富沢のセクハラを寛容に受け止める他校の男子生徒。その流れが続いて男子たちは次々と自己紹介していく。

 

「谷本くんって見た目通りに頭良さそうだよね! 陵桜だし!」

「あ、ありがとうございます……」

「あ、先輩。それオレたちが頭悪いってことですか~?」

「ギャハハ! そうは言っていないよ! 

 はい、次で最後ね! そこのクールな子!」

 

 そして最後はキョウの番だ。途端、男子たちの目つきが変わった。明らかにキョウを見る目が今までと違う。どうやら出会いを求めているだけはあって、警戒すべき相手を理解しているようである。

 それと同時に他校の女子生徒の見る目も変化した。キョウにとって慣れ親しんだものに。

 ため息を吐きそうになるのをグッと堪えて、キョウは当たり障りのない自己紹介をする。

 

「柊キョウです。今日はよろしくお願いします」

「はいはーい! キョウくんにしつもーん! 年上って興味ありますかー?」

「あまり考えたことないですね」

 

 案の定絡んできた富沢を一刀両断してキョウはその場に座った。

 すげなくあしらわれた富沢は、しかし逆に面白そうにキョウのことを見ていた。その光景を若瀬は心配そうに見ていたが、彼女は何もできずに合コンは続く。

 

「へ~。これ伊藤さんが作ったんだ。料理得意なの?」

「うん、そうだよ。いつもお父さんのお手伝いとかしてて~」

 

「りくとくんってあの人に似ているね! ほら、あのドラマの……」

「え~、うそ~」

 

 各々男子たちが持ってきた弁当やお菓子を広げて、それぞれ気になる異性と話す女子たち。

 相手の良い所を褒めたり、会話を弾ませようとして自分という存在を刻み込んで、この出会いを無駄にはしないように必死だ。

 そんな彼女たちを眺めながら、キョウは隣の若瀬と雑談をしていた。

 

「柊さん、またお菓子作りの腕上げた? この前のよりも美味しくなってるね」

「これでもつかさ姉さんには敵わないんだけどね~」

「確か調理師目指しているんでしょ? だったら仕方ないと思うよ。そ、それにこんなに上手なら、し、将来は立派なお、おおおお、お婿さんに……」

「……恥ずかしいなら無理して言わなくても……聞いているこっちが恥ずかしいよ」

 

 顔を赤くさせて俯いている若瀬を見ながら、キョウは視線を彼方に向けつつそう言った。

 いつもの、しかし心地良い時間。できるならこのまま最後までこうして居たいが、それが我慢ならない人が居たようで……。

 

「おい、そこの二人! もっと他の奴らと絡めよ!」

 

 そう言ってキョウたちに怒鳴ったのは、男子に肩を回して先ほどまで下品な声を上げていた富沢だった。

 

「おい。加藤、吉田。キョウくんとお話してやれ」

「え、でも……」

「今は……」

「馬鹿野郎! ウチが行けと言ったら行くんだよ!」

「は、はい!」

 

 富沢は自分たちの高校の後輩たちにそう嗾けると、二人は言う通りにキョウの両隣に座った。

 そして、北峰たちから聞いていた情報を基に会話を弾ませようとする。

 

「確か、柊さんって禰宜さんなんだよね」

「えっと……うん。と言っても暇な時に手伝う程度だけど」

「そう言えば。柊さんって新入生代表だったらしいけど、やっぱりアレって成績が良くないと選ばれないんだよね?」

「うーん、どうだろう? その辺のことは聞いていないな」

 

 先ほどのやり取りを見ていたというのもあるが、人数合わせでこの場に来ているキョウの反応はあまりよろしくない。聞かれたら答えると言った感じで、会話をしているようには見えなかった。

 加えて、知らない人間が自分の事を結構知っている事が気になっているようだ。陵桜では比較的平和に過ごしていたために、余計にそう思うのかもしれない。

 

「……」

「どうしたの、若瀬さん?」

「あ、いや何でもないよ? あむ……あ、これ美味しい」

「あ……そ、それボクが作ったんです」

「へ~。凄いね」

「い、いえ」

 

 割り込まれて追いやられた若瀬は、心配そうにキョウの方を見ていた。しかし下手に介入しても空気が悪くなるだけで、一応注意を向けて何か起きたら駆け付けようと彼女は陵桜の男子生徒と談笑する。

 

「……」

 

 そして、その様子を見ていた一人の人間がニヤリと笑みを浮かべて、スクッと立ち上がると全員の注目を集めるようにして声を出した。

 

「はいは~い! 注目ちゅうも~く!

 このまま楽しくお話するのも良いけど、ここで一つゲームでもしない?」

「ゲーム?」

 

 富沢だった。彼女は持ってきた割り箸を見せつける。

 それを見てその場に居た者全員が、彼女が何をしたいのか理解した。

 

「ズバリ、女王様ゲーム! ルールは皆の知っている通りね。

 あと、女王様の命令は絶対だから」

「え~。先輩エッチなことさせる気でしょ」

「信用ないなぁ。大丈夫。ウチが勝った時はこれを一気飲みしてもらうだけだから」

 

 そう言って彼女はオレンジジュースを取り出した。

 意外にも健全かつ大丈夫なものに男子たちの態度は軟化していく。

 女子たちは特に断る理由もなく、それどころか女王様になったらどんな命令をしようかと頬を綻ばせる始末。

 キョウは違和感を感じつつも、取り敢えず反対せずに参加することに。

 富沢は残った物を自分の物にすると言って、割り箸を握った手をスッと前に差し出す。全員がそれぞれ選んだのを確認すると。

 

『女王様だーれだ!』

 

 という掛け声と共に自分の割り箸を引き抜いた。

 キョウは自分の割り箸を確認する。先には『3』と書かれており、顔を上げて女王様を探す。

 

「お、ラッキー。いきなりウチじゃん」

 

 そう言ったのは富沢だった。それを聞いた男子たちはホッとした表情を見せて、女子たちは次こそはと闘志を燃やす。

 女王様となった富沢は「そうだねー……」と言って全員を見渡し……。

 

「じゃあ、『3』番の人ジュース飲んで!」

「あ、俺ですね」

「お、キョウくんかぁ。じゃあ早速グイグイっと!」

 

 そう言って富沢が差し出したオレンジジュースを、グイッと飲み干すキョウ。

 特に変わった味をしている訳でもなく、何処にでもある市販の物だった。

 ……自分が警戒し過ぎただけだろうか?

 そんな風に考えているうちに次に移る。

 

『女王様だーれだ!』

 

「お、私じゃん!」

 

 次に女王様になったのは加藤だった。

 彼女は物凄く嬉しそうに、自信満々に命令を言い放った。

 

「じゃあ……『7』の人は女王様の頭を撫でて! ふふふ……さて、『7』番の人は……」

「私だ」

「……」

「私だ」

 

 女王様の命令で加藤の頭を撫でた。女が女の頭を撫でるその光景に若瀬は内心「なんだこれ」と真顔になっていた。というか女子全員が真顔になっていた。

 ……一部の男子たちはその光景にキャーキャー言っていたが。

 

『女王様だーれだ!』

 

「お、またウチじゃーん!」

 

 気を取り直してもう一度引き直した結果、またもや富沢が女王様となった。

 富沢は機嫌よく見渡して命令を下した。

 

「じゃあ……『5』番の人! ジュース飲んで!」

「……また俺ですね」

「え、うっそ~! こんな偶然ってある~?」

「……」

 

 指名されたキョウは手に持った割り箸を確認する。

 先ほどの『7番』と特に変わらない、何てことない普通の割り箸。

 考えすぎだろうか? と思いつつ本日二度目のジュースを飲み干すキョウ。

 それが終わると次のゲームに突入し、そして――。

 

 

 

 

 その後、男子同士で膝枕をして別世界の扉を開きかけたり、女子同士でハグをして女王様に対して殺意を覚えたり、十分間スクワットさせられてダウンしたり、髪型をポニーテールにしたり……。

 取り合えず、全員そこそこに楽しめることができた。

 そんななか、キョウは突然ブルリと体を震わせた。

 どうやら命令で何度もオレンジジュースを飲んだせいで、トイレに行きたくなったらしい。

 彼はスッと立ち上がると靴を履いた。それに気づいた若瀬が尋ねる。

 

「どうしたの柊さん?」

「いや、ちょっとお手洗いに……」

「あ、そっか。ごめんね?」

 

 配慮に欠けたかと反省する若瀬に気にするなと返しつつ、キョウは公衆トイレへと向かった。

 ある程度キョウが離れるのを確認すると、キョウとは反対隣に座っていた谷本が若瀬に問いかけた。

 

「二人は仲が良いけど……もしかして付き合っているの?」

「え!? い、いや! 付き合っていないけど!」

 

 明らかに動揺しているその姿に、男子たちは反応した。

 挙って目を輝かせると若瀬のもとに集って質問責めに。

 

「じゃあなになに! 今日は柊さんが心配で来た感じ?」

「あ! そう言えばさっきから柊さんのこと気にしてたよ!」

「うわ、怪しい~」

「それに、あの子若瀬さんだけには何処となく気を許しているよね~?」

「ち、ちが……まま待って!」

「……」

 

 出会いの場に仲の良い男女が参加することに思うところがないわけではないが、それ以上に目の前の美味しそうな話題に釘付けだった。

 そしてキョウ狙いだった女子たちはその光景を見て言葉を無くし、ガックリと肩を落としている。高嶺の花には手が届かないのかと。

 

「……ちょっとウチもトイレ~」

 

 ワイワイと盛り上がる中、富沢は一人立ち上がるとトイレへと向かった。今までとは打って変わって自己主張せずひっそりと。

 その違和感に気づく者は誰も居なかった……。

 

 

 

「えっと、トイレは確かこっちだったような……」

 

 一人抜け出してトイレに向かうキョウは、道中あちこちに咲いている桜を見て少し後悔していた。

 満開を超えて六分咲きくらいまでに減った桜でこんなにも綺麗なら、もっと早く……満開の時に来ていればと思っていた。それこそ、今日のような合コンではなくかがみやつかさ、こなたやみゆき。ゆたかやみなみ、ひよりのような親しい者たちと一緒に。そしてその中には当然若瀬も居り……。

 

「あ~……でも若瀬さんを姉さんたちと会わせるとどうなることやら」

 

 ひと悶着は絶対に起きるだろう。

 かがみは若瀬を一人連れ出して一対一で話をするのかもしれない。

 つかさは変なことをしていないか問い詰めるのかもしれない。

 そしてそれをこなたが面白がって茶化したり、みゆきが宥めたり。

 ゆたかは天然の一言で火に油を注いで、みなみは静かに見守って、ひよりは妄想に悶える。

 

「ははは……大変そうだなぁ」

 

 でも……絶対に楽しいだろうな、と彼は思った。

 

「うん……やっぱり楽しそうだ。来年辺り皆を誘ってみようかな」

 

 来年を想い、彼は柔らかな笑みを浮かべて――。

 

「――その時は、ぜひ私も誘ってよ。彼女として、さ」

 

 突如後ろからの声に掻き消された。

 耳元で囁かれたその声には、まるで虫が這いずるような不快感があり、キョウは思わずバッと振り返った。

 はたしてそこに居たのは、今回の合コンに飛び入り参加した富沢だった。

 

「よ! キョウくん!」

「……富沢さん」

 

 彼女はフランクにキョウに接するが、彼は警戒を解かない。

 一見普通に笑顔を浮かべているように見えるが……。

 

「……何の用ですか?」

「え? 別にウチはトイレに行こうと思っただけだよ?」

「……白々しいですね。だったら、そのショルダーバッグの中に入っているのは何ですか?」

「……」

「トイレに行くのにわざわざ……それも大切そうに持っているのは、どういうことですか?」

「……想像力豊かですね?」

「別にそういう訳じゃないです。ただ……」

 

 ただ単に、彼女のことをずっと意識していただけだ。

 無理矢理参加して後輩を困らせ、自己紹介の時から嫌に若瀬に敵意を示したり、ねちっこい視線を送って来たり、そして……。

 

「あの女王様ゲーム……細工しましたよね? 富沢さんが女王様の時に、俺だけずっと指名され続けるのはおかしいですよ」

「別に細工はしていないよ――いっつも使っている物だから覚えているだけだ」

 

 そう言って、彼女は初めて本性を現した。

 頬を上げていやらしい目でキョウを……キョウの体を舐め回すように見て、ショルダーバッグのチャックを開けて手を入れる。

 不快感が増し、キョウは体をブルリと震わせた。

 キッと目の前の女を睨みつけて、額から冷や汗を流しながらいつでも逃げれるように腰を低くする。

 

(スタンガンか、ナイフを持っているのか?

 取り合えず、若瀬さんに連絡を……)

 

 ポケットに手を入れて携帯を操作して、若瀬に通信するキョウ。しかしその間にも富沢から目を離さず、悟られないようにしつつ時間稼ぎをした。

 

「最初から、俺を一人にさせるのが目的だったんだ……!」

「まぁ、実益だけを見たらねぇ」

「……実益?」

「ウチってさ、自他共に認める変態なんだよねぇ。

 仲の良い男女を見かけたら、目の前で奪ってやりたい。

 人気の男が居たら、バレないうちに自分の物にして叶わない夢を見てるアホを嗤いたい。

 気の強い男が居たら屈服させたい……」

「……変態っていうか、ただの屑じゃん」

「アハハ。まぁ、そうとも言うね。

 でも、それ以上に見たいのは……」

 

 そこで、富沢は鞄の中に入れていたある物を取り出した。

 スタンガンやナイフだと予想していたキョウはその動きに警戒心を上げて、しかし彼女が手にしていた物を見て思わず呆然と口を開いた。

 

 それは、半透明だった。ソレ越しに彼女の手が見えた。

 それは、ブヨブヨしていた。ゼリーのように見えて、しかししっかりと形を保っていた。

 それは、中が空洞となっていた。彼女が握る度に形を変えつつ狭まるのがはっきりと見えた。

 

 キョウは、彼女に尋ねた。

 

「何ですかそれ」

「オ○ホ」

「……」

「オ○ホ」

「いや、なんで!? 理解できない!」

「そりゃあ【自主規制】して【自主規制】させて【自主規制】を……」

「聞きたくない! この変態!」

 

 キョウは彼女のことを屑だと評したが、それは間違っていた。

 彼女は屑で変態だった。彼女の口から語られた、これからキョウに行おうとすることは、彼の人としての尊厳を溝に捨てるような物だった。

 そして、先ほどの女王様ゲームでの真の狙いもこのための布石であった。

 

「オレンジジュースを飲ませ続けていたのもこれが目的か!」

「今更気づいても遅いよ? それに、君の友達はあのレベルの低い男たちに捕まってこっちに来れないし」

 

 携帯で助けを呼んでいたことは既にバレていたようで、富沢は笑みを深める。

 これ以上近くに居ては危ないと本能で感じ取ったキョウは、体を反転させて走り出そうとし――。

 

「うあっ……!」

 

 体に走った感覚――強烈な尿意に思わず足を止めた。

 そして異性の前であることを忘れて両手で己の股間を押さえる。

 傍にあった木にもたれ掛かると、息を切らして襲い掛かる尿意に何とか耐える。

 

(ま、まずい……!)

「お? キョウくん結構キてる? さて、どんな顔をしているのかなぁ?」

 

 そう言うと富沢は軽い足取りでキョウに近づき、彼の顔を覗き込んだ。

 

「……良いね良いね、その顔。それが屈辱感でいっぱいになる瞬間が待ち遠しいよ」

「――っ!」

「おっと?」

 

 ()が引くと同時にキョウは富沢を押しのけてトイレへと駆けだした。

 このままでは大惨事になる。そして目の前の女はそれを望んでいる。キョウの精一杯の抵抗だった。

 富沢はそれを嗤いながら、付かず離れずの速さで後を追った。

 

 

 

 ――ブー! ブー! ブー!

 

「ん? 若瀬の携帯が鳴ってる」

「後で教えてあげたら? あまり人の携帯は触らない方が良いよ」

「うん、そうだね」

 

 キャーキャーと騒ぐ男子たちの横で、北峰たちはそう言うと目の前にあるお菓子に手を伸ばした。

 

 

 

「――あった!」

 

 背後からの富沢の煽りの言葉と尿意に耐えながら、キョウはやっとの思いでトイレを視界に入れる所まで来た。

 足取りは覚束なく、思考は麻痺していた。早くトイレに入りたい。ただそれだけを考えていた。

 キョウは最後の力を振り絞って足を前に出し……。

 

「はい、ざんね~ん!」

「っ、くそ!」

「あらあら。男がそんな汚い言葉を使わない。まっ、これからのことを考えたら些細な事かもしれないけど」

 

 しかし、後数メートルというところで、富沢は伸ばした手でキョウを捕らえると近くの木に押し付けた。

 その際の振動がキョウを刺激し、額から汗が噴き出し、膝ががくがくと震えだす。

 我慢の限界。それを感じ取った富沢が右手に持った道具をキョウに見せつけるように掲げて、左手は下へと降ろす。そして彼に向ける目は、今日一番に悪意と性欲に濡れたものだった。

 普通の男子なら、この時点で諦めてしまうだろう。口では女子のことを罵る彼らだが、いざ実力行使

されると抵抗できないほどに弱い。

 しかし、キョウは目の前の女を鋭い目で睨みつけていた。強烈な尿意で力が入らないが、それでも睨むことは止めなかった。

 

「……ふひ。良いね、その目。じゃあ、そろそろ始めますか」

 

 だが、彼女からしたらそれは本番前に己を高めるスパイスでしかなく、さらに興奮した。

 そして彼女は、左手をゆっくりと動かそうとし――ふと、耳に足音が聞こえた。

 通行人が偶然通りかかったのか? 

 邪魔されたと感じた彼女は舌打ちをすると同時に、足音がする方へと顔を向けて――視界が一瞬黒へと変化し、次に頬に強い衝撃と痛みが走った。

 

「ぐあっ!」

 

 殴られた。それを理解したのは、背中から地面に倒れた時だった。

 顔を押さえて痛みに耐えつつ起き上がった彼女は、自分を殴った女を鋭く睨みつける。

 

「お前……!」

「……フゥ……フゥ……!」

 

 息を切らして鬼のような顔で富沢を睨みつけるのは、若瀬だった。

 彼女はキョウを庇うようにして立ち塞がり、拳を強く握りしめていた。

 

「……キョウくんに、何してんのよ……!」

「わ、若瀬さん……」

 

 キョウは、怒りで震える彼女の背中を見ながら場違いにもこう思った。

 こんな若瀬さん。見たことないな、と。

 そして……。

 

「なに、邪魔してんだコラァ! ぶっ殺すぞ!?」

「……アンタこそ、覚悟しなさいよ」

「あ゛?」

「私、自分を抑えられる気がしないから。まだ、殴り足りない。絶対に、許せない。

 ――本当に、やってくれたわね」

「……」

 

 激情を叩きつけてくる若瀬を見ながら、富沢はグイッと殴られた部分を手の甲で拭った。

 べっとりと血が付いていた。それに口の中で鉄の味がする。どうやら殴られた際に切ったらしい。

 不快に感じた彼女はペッと吐き出すと……。

 

「あーあー。もうメンドくせー」

「……」

「もういいや。ソイツ要らね」

「――はぁ?」

「何マジになっているんだか。帰ろ帰ろ」

 

 そう言うと、富沢は若瀬たちから視線を外すと歩き出した。

 既に、彼女たちに対して興味を抱いていないようだった。だが、それで若瀬は納得できるはずもなく叫んだ。

 

「待ちなさい! キョウくんにこんなことをして――」

「いや、もう良いよ」

 

 しかし、それを止めたのはキョウだった。後ろから若瀬の肩に手を置くと、彼女の意識を自分へと向ける。

 でも! と若瀬は納得していない様子で振り返る。

 そんな頭に血が昇った状態の彼女に、キョウは静かに諭すように語り掛ける。

 

「ああいう手合いは、関わらない方が良いよ。変に追いかけたら逆上して何するか分からない。俺は、そっちの方が心配だ」

「……」

「それに、俺は無事だし。だから若瀬さん」

「……分かったよ」

 

 明らかに納得していない。しかし、キョウの言葉で少しだけ冷静さを取り戻した若瀬は、富沢の背中が見えなくなるまでずっと睨み続けていた。

 

「……ふー。柊さん。本当に大丈夫?」

 

 モヤモヤとした物が胸に残ったものの、若瀬は自分を抑えてキョウの身を案じた。

 嫌な予感がして駆け付けて見れば、明らかに非道な行為が行われる直前で、感情のまま相手を殴った若瀬。

 次に浮かんだのはキョウが本当に何もされていないか、という不安感だった。

 息を吐いて先ほどの怒りを吐き出すと、なるべく優しい声でキョウに語りかける。先ほど大丈夫だと言っていたが、それでも心配なものは心配だ。

 そう思っての言葉だったが、返って来たのは首を横に振るという動作……つまり先ほどの言葉とは反対の意味を持つ行為だった。

 

「え!? やっぱり何かされたの!?」

「……い」

「え?」

 

 思わずキョウの肩を思いっきり掴み問い詰める。すると、キョウが何か言ったが、小さく聞き取れなかった。

 若瀬は何を言ったのかもう一度尋ねた。すると……。

 

「――もう限界!」

 

 そう叫ぶと勢いよく若瀬の手を振り払って公衆トイレへと駆けだして行った。

 そんな彼の背中を呆然と見つつ、そう言えばトイレに行くために抜け出したんだった、と思い出して……何故か恥ずかしくなって彼女は顔を赤くした。

 

 

 

 

「改めて、助けてくれてありがとう。若瀬さん」

「……いや、私にお礼を言われる資格なんて無いよ」

 

 解放されたキョウは、しかし合コン会場に戻る気が起きなかった。どうやら限界だったのは尿意だけではなかったようだ。近くの木の根元に若瀬と共に腰かけて、舞い散る桜を見ながら隣の友に礼を述べた。

 あの時若瀬が駆け付けなかったら、キョウは汚されていただろう。それを救ってくれた彼女に礼を言うのは至極当たり前のことだが、しかし若瀬は受け取らなかった。

 

「元々、私が柊さんを無理矢理連れて来たのが原因だし……」

「いや、でも結局行くって決めたのは俺だし……」

「でも、約束したもん。何事もなく終わらせるって……」

 

 どうやら、今回の騒動の原因は自分だと考えているらしい。責任を感じて、落ち込んで、守れなかった。だからお礼を言われる資格はない中学の頃から男女間のことで悩んでいたキョウのことを見ていたのに、何をしているのだろう。

 そんな風に若瀬はどんどん悪い方へと考えていく。

 

 そして、それが分からないほどキョウは鈍くなかった。

 俯いている若瀬の頭をガシッと掴むと無理矢理自分の方へと向ける。

 

「え、ひいらぎさ――」

「ふん!」

「あいた!?」

 

 そして自分の頭を彼女の頭に向けて振り下ろした。

 ゴチンッと鈍い音が両方の脳内に響き、二人揃って痛みに悶えた。

 

「い、いたい……」

「な、なにするの柊さん……ちょ、これ本当に痛い」

「……だって、あのままだと若瀬さん消えそうだったし」

「だからって……」

「それに、お礼くらい受け取ってよ」

 

 キョウは少し怒っていた。

 

「今回悪いのはあの女で、次に悪いのは俺だよ。若瀬さんは悪くない。というか、助けてくれた恩人が悪いとかどういうことなの」

「で、でも。元はと言えば……」

「あーもう! 若瀬さんは気にしいさんなんだって! それじゃあ、俺は誰にお礼を言えば良いのさ!?」

「え、いや、その……」

「……だからさ、自分が悪いなんて言わないでくれ。今日は本当に助かったんだから……」

「……分かった」

「ならば良し」

 

 その言葉が聞けて満足したのか、キョウは視線を再び桜へと向けた。

 

「……でも、合コンはもうコリゴリかなー」

「う、ごめん」

「ああ、謝らないで。……それに、楽しみにしてたのは本当だし」

「え? でも柊さん乗り気じゃないって……」

「うん、合コンはね。ただ、花見は……桜は見たいと思っていたから」

 

 空を舞う桜を見るキョウの横顔は、本当にそう思っているようで、若瀬も釣られるように視線を上げた。

 

「……確かに、綺麗だね」

「でも、もう散って行っているからなー。ちょっと残念」

「そっかー……」

「うん。だから、来年は行こうよ、花見」

「……え?」

「今回みたいなのじゃなくて、仲の良い友達同士で花見に行く。それって楽しいと思わない?」

「……うん、そうだね」

 

 確かに楽しいだろうな、と彼女は思った。

 今回みたいに周りに気を遣うのではなく、キョウのお菓子を食べて、ゲームしたり、おしゃべりしたり……。

 そんな、心の底から楽しめるのなら……また来年桜を見に来たい。

 そう考えると、若瀬はキョウと同じ気持ちになり――穏やかに桜を見続けた。

 

 

 

 

 風が吹き、桜が舞い、二人の髪が揺れる。

 言葉はなく、自然の音だけがその場を包み込んでいた。

 しかし、二人は気まずさを感じず、逆に心地良く思っていた。

 

 そんななか、ふと先ほどのことを思い出したのかキョウはゆっくりと口を開いた。

 

「……ねぇ」

「……うん?」

「さっき、俺の事『キョウくん』って言っていたよね?」

「……言ってない」

「言った」

「……聞き間違い」

「聞き間違いじゃない」

「……勘弁してください」

「……」

「……」

 

「……別に良い、と思うんだけど」

「え?」

「中学の時からの仲なんだし、別におかしくないと思うけど……」

「……えっと、その」

「……分かった」

「……」

「俺も今度から……いや今から『いずみ』さんて呼ぶから」

「え!?」

「イヤ?」

「あ、いや、その……」

「良いじゃん。ねえ……いずみさん?」

「っ! ……分かったよ、キョウくん」

「よろしい」

「はぁ……柊くんって強引なところがあるよね」

「……」

「あ……えっと、キョウくんって強引なところがあるよね」

「そんなことないよ」

「……ぷっ」

「……くっ」

「な、何しているんだろうね、私たち」

「さ、さあね? ……まぁ、良いじゃん」

「……だね」

 

 ――その後、合コンが終わるまで二人は空を見続けたのであった。

 




今回起きたこと

・若瀬がキョウを花見合コンに誘う。
・キョウ、人数合わせとして参加する。
・先方に予定では居なかった一年上の女子生徒が参加。
・女王様ゲームでジュースを飲まされまくったキョウ、トイレに。
・年上の女子生徒、キョウを襲う。
・若瀬、キョウを救う。
・二人とも仲が進展して互いに名前で呼び合うことに。

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