あべ☆こべ   作:カンさん

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第二話 父と母と姉、姉、そして姉二人

「――ん……」

 

 ……ふと、目が覚めた。

 視界に映る見慣れた天井をしばらくボーッと見つめ、枕元にある目覚まし時計を手に取る。そこに刻まれた時刻は5時59分。設定したタイマーは6時……なんで鳴る前に起きたのだろうか。

 上体を起こして欠伸を一つ。昨日はカラオケに行って体力を使ったからか、布団に入るとぐっすり眠ることができた。

 タイマーを消して、目覚まし時計を元の位置に戻すと、俺は布団から出てカーテンを開ける。隙間から入っていた太陽の光が部屋全体に満ちて、少しだけ目が眩んだ。しかしそれもすぐに収まり、俺はここ最近ようやく慣れ始めた光景を見て一言。

 

「やっぱり自分の部屋は良いなぁ」

 

 柊キョウ14歳。去年まで姉たちと同じ部屋でした。

 

 

第二話 父と母と姉、姉、そして姉二人

 

 

 さて、さっさと服を着ますか。

 目が覚めた俺はクローゼットに向かうとジャージを引っ張り出して着込む。夏の暑い日はいつも下着で寝ているから、この状態で家の中を歩き回ろうものなら家族から説教されてしまう。それが嫌なら服を着ろって話なんだろうが……暑いものは暑いんだ。部屋の中だけにしたのだから許して欲しい。

着替えが終わった俺は洗面所に向かって顔を洗い、歯を磨く。最低限の身だしなみを整えると、光の漏れているリビングへと向かう。

 

「おはよう、父さん」

「ああ、おはようキョウ。相変わらず早いねぇ」

 

朝食の準備をしている父――柊ただおに挨拶をしつつ、冷蔵庫から牛乳を取り出して棚にあるコップを手に取って注ぐ。俺はそれを持ったまま椅子に座って牛乳を飲んでそっと一息。少しだけ残っていたまどろみが消えて、いつでも準備OKだ。

 

「牛乳、好きだねぇ。でも、いきなり冷たい物を体に入れるのはあまり健康には良くないから、ほどほどに」

「うーん……でも、ホットだとあまり効果が無さそうなんだよね」

 

 毎朝欠かさず牛乳を飲んでいる俺だが、実のところそこまで好きというわけではない。

 では何故飲んでいるのか? ……まあ、別に大した理由じゃないけど。

 ただ単に身長がもう少し欲しい。そんなちっぽけな理由だ。

 女子の平均身長と同程度のつかさ姉さんよりも頭半分背の低い、と言えば俺がどれくらい低いか分かると思う。仲の良い友達が背が高いのも気になっていたりする。向こうも気にしているのか、会話する時はいつも椅子に座っている。それが何となく悔しい。

 そんな、普通の理由で始めた習慣なのだが……。

 

「うんうん。キョウもそういうことを気にするようになったんだね。昔っから女勝りで心配だったけど……お父さんはうれしいよ」

「……あー、うん」

 

 無駄に喜んでいて曖昧な言葉でしか返せない。

 

 この世界の価値観は俺の常識とは異なる。

 小学生の時に発覚したこの事実だが、未だに分からないこともある。

 例えば、身長。

 この世界の男性は体の構造が前世と違うのか、またはホルモンバランスが異なるのか、その辺りの詳しい理由は分からないが全体的に背が低い。

 対してこの世界の女性は、男を守るための存在だからか背が高い人が結構いる。昔の武将(性転換済み)なんて筋肉もすごかったようだ。

 話を戻すけど、背の低い男性たちはどうにか身長を伸ばそうと頑張っている。何故って? そりゃあ……まあ、うん。なんだ。この世界の女性の力を振りほどくには、ある程度の体格が必要なのさ。そのために世の男たちは日々頑張っている。……大きい男を組み伏せれるって興奮する女性が多いことを考えると無駄な抵抗なように思えるけどね。

 

 

 長々と言ったけど、つまり前世の世界で言う胸の大きさを気にする女性と同じようなものだ。この世界で最も混乱した情報だった。なんで身長をセックスアピールにしたのだろうかこの世界は……。

 

「……今日も行くのかい?」

「ん? うん。こういうのは毎日することに意味があるから」

 

 背が小さいから高くしたいって言ったら、仲の良い友達は顔を赤くしていたのは苦い思い出だ。それを牛乳と共に流していると、父さんが俺のジャージを見て難しそうな顔をする。

 これもいつものことだ。父さんは早朝にランニングをすることをあまり快く思っていない。曰く、知らない人に誘拐とかされそう。曰く、飴に釣られて知らない人に付いていきそう……。

 こんな感じに心配して、こうして毎朝同じやり取りを繰り返している。

 まあ、あまり外を出歩かない一般的な男性のことを考えたら、俺のこの行動は気が気でないんだろうな……。

 

「大丈夫だよ。だって――」

 

 俺の言葉を遮るかのように、二階からドタバタと足音が響く。

 どうやら起きたらしい。そして急いで準備をしている、と。

 別に一人で行ったりはしないんだけど……過保護な姉だなあ。

 足音の主は階段を急いで駆け降りると、バンッとリビングの扉を勢いよく開いた。

 

「――ふぅ。おはよう、キョウ。父さん」

「おはようかがみ。顔を洗ってきなさい」

「おはよう姉さん。早くしないと先に――」

「――すぐに終わらせてくるわ!」

 

 そう言うと洗面所に突撃していくかがみ姉さん。

 そんな彼女を見送って、俺は父さんの方へと向き直り、先ほど言い逃れた言葉を口から出す。

 

「――姉さん居るから、問題ないよ」

「……仕方ないねぇ」

 

 そして父さんもいつものように笑みを浮かべた。

 

 

 

 

トットットットット……。

 

「それにしても、あんたもよくやるわね」

「……何が?」

 

 走り始めて30分経った頃、ふと姉さんがそんなことを言い出した。

 

「いや、普通男の子ってあまり体動かさないじゃない? 正直、あんたが何時倒れるか心配なのよねぇ」

「前から言っているけど、その辺は心配ないよ。俺は普通の人よりも体が丈夫だし」

「まあ、わかっているけどさ……父さんがあんなんじゃない? だからどうしても考えちゃうのよ」

「……俺もそこまで無理するつもりないよ。ただ、少し筋肉がほしいなって」

 

 折り返しポイントである公園に辿り着くと、俺たちは徐々にスピードを落としていく。

 そして火照った体を冷やさないように柔軟体操をしつつ、先ほどの会話を続ける。

 

「筋肉ねえ……小4から続けているけど、あまり変わらないじゃない」

「いや、昔は急激な運動は身長伸びないって言われていたから。これからだから」

「諦め悪いわねえ……」

 

 柔軟体操を終えて、次は筋トレだ。

 前世では毎日していたわけではなかったが、こっちでは毎日欠かさず行っている。

 何故なら、この世界の男は筋肉がつきにくく、そして衰えやすい。

 別に物を持てないくらいに弱くなるわけじゃないけど、女性に腕を引っ張られたら逃げるのは不可能と言えば分かると思う。

 ……まさか一週間休んだだけで一か月分の筋トレがパァになるとは……。筋肉がつかず細いままの腕を見てそう思った。

 

「28……29……30……」

「67、68、69、70」

 

 ……隣で倍以上の差を付けてノルマをこなすかがみ姉さんを見て、単に自分の体力がないのでは? と思ってしまう。

 ち、違うよね……?

 その代わりと言ってはなんだけど、体が異様に柔らかい。

 足を開いてペタリと地面に座れるくらいには。

 

「まっ、私は別に父さんみたいに反対しないわよ。無茶する前に止めるのが姉の役目だし」

「姉さん……」

「初回で脱落したつかさの分のためにもね」

「姉さん……」

 

 私も行く! と言ったものの朝起きれないつかさ姉さん。

 そもそも運動が得意ではないつかさ姉さん。

 多分家族全員が分かり切っていたと思うけど……。

 

「さて、そろそろ戻りましょう。お腹空いたわー」

「そうだね。戻ろうか」

 

 

 

 

 あの後、ランニングを終えてシャワー浴びた俺は朝食の準備を手伝う。

 そろそろつかさ姉さん以外が起きる頃合いだ。

 ちなみに、朝食を作り始めたのは小学三年生くらいからだ。男の子なんだから覚えていても損はないとか何とか言って、父さんが俺に手伝わせたのがきっかけであり、今では特に苦に思うことなく朝食を作っている。

 それに、父さんは少し病弱だから、辛いときは変わってあげないといけないし……。最近はつかさ姉さんと夕食を作ることも増えてきた。

 

「おはよう」

「おはよう、母さん」

 

 と、母さんが起きたようだ。

 

 柊みき。髪を下したかがみ姉さんをそのまま大人にしたような女性で、柊家の大黒柱だ。

 いつも夜遅くまで働いているバリバリのキャリアウーマン。

 

 そう言えば昨日も夜遅くに帰っていたっけ……。

 だからか、椅子に座った母さんはまだ眠そうだった。今日は日曜日だから仕事無いし、もう少し寝ていても良いと思うんだけどなぁ……。

 取りあえず眠気覚ましのコーヒーを淹れて、母さんの前に置いておく。

 

「ありがとうね、キョウ」

「ううん。あまり無理しないでね?」

 

 眠気眼でコーヒーを啜る母は「うん」と答える。

 その姿にため息を吐きつつ、朝食の仕上げにかかる。俺がランニングに行っている間に父さんが粗方作っていたから、することといったらサラダを盛り付けるくらいだけど。

 目玉焼き、みそ汁、ご飯、その他おかず諸々……。

 それら人数分を配膳し終えると、いつもよりも二人分少ないことに気が付いた。

 

「父さん、なんか足りなくない?」

「うん? ああ、今日はまつりといのりは無いよ。キョウたちがランニングに行っている間に出かけちゃったからね」

 

 柊いのり。柊まつり。

 柊家の長女と次女で、どちらも年の離れた姉だ。

 父さんの話によると、まつり姉さんはサークルの集まり、いのり姉さんは友達との約束とのこと。

 それにしても早くないかな……? と思ったけど仕方がないか。

 

「……そろそろ起こすか」

「ああ、よろしくねキョウ。あの子もいい加減一人で起きないとねぇ」

 

 時計を見ればもう七時半。エプロンを取りつつ、まだ寝ているつかさ姉さんを起こしにいくことにした。

 階段を上ってつかさ姉さんの部屋の前に立つ。そして扉を軽くノックし声をかけた。

 

「つかさ姉さん? ご飯できたから起きて」

 

 しかし返事はない。屍のようだ。

 一応「入るよ?」と一言断りを入れてから室内に入る。

 

「……ぐっすり寝ているなぁ」

 

 ベッドに近づいて覗いてみると、やはりというか何というか熟睡しているつかさ姉さんの姿があった。チラリと枕もとの目覚まし時計を見ると、一応の努力はしていたみたいだけど、どうやらそれが実ることはなさそうだ。電池切れているし。

 

「ほら、起きて姉さん」

「……あとごふんだけー、ほんとにー」

 

 それだけを言うとつかさ姉さんはスゥスゥ寝息を立てて引き続き夢を見る。

 本当に五分待てば起きてくれるのなら良いのだが、こういう時の五分ほど信用ならないものはない。それに、放っておけば夕方まで寝てしまうのが姉さんだ。確か、今日は『こなちゃん』なる友達と昼から遊びに行くって言っていた。

 だからさっさと起こそう。

 方法は少しアレだが。

 そっと耳へと顔を近づけて……魔法の呪文を唱えた。

 

「――ベッドの下。何故か一つ多い漢和辞典。タンスの裏」

「――!?!?!?」

 

 するとあら不思議。なんとつかさ姉さんが飛び起きたではありませんか。

 顔を真っ赤にさせて凄く汗をかいているけど。

 

「おはようつかさ姉さん」

「……お、おはよう」

「ご飯出来ているから、早く降りてきてね?」

「……う、うん」

 

 完全に眠気が吹き飛んだであろうつかさ姉さんを残し、俺は先に下へと行く。

 それにしても姉さん……。

 

 

 

 まだ部屋が同じだった頃と、隠し場所変えていないんだ。

 

 

 

 

 朝食を終えた後、つかさ姉さんは遊びに、父さんと母さんは神社に、そして俺とかがみ姉さんはリビングで勉強をしていた。

 本来なら自分の部屋でする方が良いのだけど、どうしても歴史だけは分からない。

 だって、下手に前世の記憶があるだけに覚えていることとごっちゃになって混乱してしまうのだ。そこで勉強ができる姉さんに分からない所を教えてもらうために、こうしてリビングで付き合ってもらっている。

 

「ほら、そこ。また間違えているわよ。1582年で死んだのは織田信長じゃなくて織田信奈。年号は覚えているのに、何で名前は覚えられないのかしら?」

「いやー、ハハハハハ」

 

 特に過去の偉人の名前を覚えるのに苦労している。

 起きた出来事とかは多少の誤差があるものの、前世とそこまで変わっておらず、しかし人の名前とか細かい所で躓いて、いつも点を落としている。

 子どものころ、勉強とか余裕とか考えていたのが懐かしく感じるぜ……。

 

(というか、ほとんどの人たちが女に変わっているんだよなぁ。聖徳太子とか明らかに女の人だし、三国志なんて有名な将軍どころかそれぞれのトップが女で、しかも一人の男と結婚しているって書かれている……)

 

 それだけではない。

 他にもかぐや姫が実在したり、邪馬台国の卑弥呼の時代が結構長く続いていたりしていて、多分ここら辺が男女逆転の節目だったんだと思う。

 偉業を為したのがほとんど女なら、こういう世界になったのも必然か……?

 

「あ、そういえばまつり姉さんにドラマの録画頼まれていたんだった」

 

 ふと気づいたのか、かがみ姉さんはビデオを操作して録画の準備をする。

 その際に映ったテレビには、女性の司会者が今日のニュースを読み上げていた。

 内容は某野球チームが勝っただとか。銀行強盗だとか。電車で痴女が捕まったりだとか。この世界に来てからはよく見る光景だ。

 机に置いてある新聞には、幼児を拉致監禁した疑いのある女性を容疑者として逮捕、などと書かれている。そう言えば、今朝これを見ていた母さんが俺に気を付けるように言っていたっけ。

 

 ――明日は修学旅行か。

 ……あ、そう言えば。

 

「ねえ、姉さん」

「んー。なに?」

「姉さんはさー、修学旅行の時告られたりしたの?」

「!?」

 

 ガンッと大きな音が響いて、そちらを見てみれば。

 そこには頭を押さえて痛みに悶えるかがみ姉さんの姿が。

 ……そこまで動揺せんで良いのに。

 そんな心の声が聞こえたのか、こちらを振り返ったかがみ姉さんが吠えた。

 

「んなドラマみたいなことあるわけないじゃない! てか嫌味か!?」

「え……何気なく聞いただけだけど」

「その何気ない言葉で女は傷つくのよ……」

 

 そう言うと姉さんはドヨーンと暗い空気を纏う。

 どうやら地雷だったようだ。告白かと思って行ってみたら勘違いだったとか、そういう落ち? しかしここで追撃すれば多分泣く。

 だから俺は黙っていることにした。

 

「そういうあんたはどうなのよ? 誰かに告白でもするの?」

 

 と思っていたら意外にも向こうから追及してきた。

 告白ねぇ……。

 

「告白するほどの相手は居ない、かな」

「え? でも友達できたって言っていたじゃない。確か、二年生になってから。確かその子女よね?」

 

 口調はいつも通りだが、顔は口よりも物を言うというか。

 ニヤニヤとこちらを見ており、明らかにからかっている。

 しかし……あいつねぇ。

 

「うーん……別にそういう関係じゃないなぁ」

「え? そうなの?」

「うん。一番仲良いのは認めるけど、だからって告白とかそういうのは違うかなって」

 

 というか、仲良くなれたのがあいつだけだったというか。

 男とは気が合わず、女は獲物を見る目つき。

 しかしあいつはそういうの無しで俺と付き合ってくれるから、正直助かっていたり。

 ……俺に隠し事しているのは頂けないが。

 自分の趣味くらい、友達である俺に明かしてくれても良いのになぁ。

 

「ふーん……まぁ、あんたはする側って言うよりもされる側って感じね」

「ははは、何をおっしゃる」

「いや、マジな話だから。昨日のこと忘れたの? 答える時はNOってはっきり言うのよ? 友達からとか、そういう希望を持たせるようなこと言っちゃダメよ?」

「んな大げさな。てかされるの前提かよ」

 

 ――数日後、かがみの言葉をしっかり聞いとくべきだったと後悔することになるのだが……それはまた次回。

 


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