あべ☆こべ   作:カンさん

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第十九話 こころゆたかに

「どう? もう高校生活には慣れた?」

 

 俺が陵桜に入学してから一週間経った。

 新しい制服にも慣れ、勉強の感覚も掴んできた頃、かがみ姉さんが高校生活について聞いてきた。

 中学の頃と違って、登校と下校以外では顔を合わせないからか、気になっていたみたいだ。

 俺は、安心させるべく笑みを浮かべて姉さんの問いに答えた。

 

「うん。勉強もかがみ姉さんやみゆきさんのおかげで余裕を持って取り込めるし、小早川さんたちも居るから中学の頃よりは気が楽だよ」

「そっかー。良かったー」

 

 横で聞いていたつかさ姉さんが安心したのか、胸に手を当ててそう言い、しかし反対にかがみ姉さんは納得してないのか表情を曇らせている。

 なんでだろう? 俺は別に嘘はついていないんだけど……。

 そう思っていると、かがみ姉さんがその理由を話し始めた。

 

「でもさ、アンタ昨日暗くなかった? その時に聞いても何でもないって誤魔化してさ……」

「へ? そうなの?」

「……あー」

 

 かがみ姉さんの言葉を聞いたつかさ姉さんは、心配そうにこちらを見つめている。かがみ姉さんは静かにこちらを見据えて、強制はしないものの自分に相談して欲しいと言外に言っていた。

 対して俺は、昨日のことを思い出してどうしたものかと視線を明後日の方へと向ける。その反応を見た二人は、やっぱり何か隠していると当たりをつけて視線を強くさせた。それを見ていると、このまま黙っているのは何となく悪い気がしてくる、かと言って正直に答えるのも何だかなー……とも思う。

 言うべきか言わないべきか、判断に悩んでいるとかがみ姉さんが優しく語りかけて来た。

 

「キョウ。確かに言い辛いことかもしれない。ちょっと煩わしいかもしれないけど、それでも心配してしまうのが私たち『姉』という生き物なの。だから、良かったら相談してみてくれない?」

「うん! キョウちゃん、私たちに聞かせて? 頼りないかもしれないけど、キョウちゃんの力になりたいんだ!」

「あら? 私ってそんなに頼りないのかしら?」

「ち、違うよ!? 頼りないっていうのは私のことで、お姉ちゃんは頼り甲斐があるから……」

 

 それを見て、俺は姉の温かさを感じると共に、申し訳ない気持ちになった。

 昨日の俺の反応のせいでこうなったわけで、しかしここで何も言わないままで居れば姉さんたちの胸の奥にしこりが残る。

 よって、俺は……凄く言い辛いけど、姉さんたちに相談……というよりも悩みの原因を言うことにした。

 

「えっとね、俺ってもう高校生になったじゃん?」

「うん、そうだね」

「それで、昨日身体検査があって……その……まぁ、結果がよろしくなかったというか……」

「結果……あ」

 

 流石はかがみ姉さんというか、俺の言いたいことを理解したのか顔を真っ赤にさせて気まずそうに視線を横に逸らした。対してつかさ姉さんは理解しておらず、首を傾げる。

 だから、俺は遠回しに言わずに直接告げようとし……かがみ姉さんに止められた。

 

「良い。私が言うわ。あのね、つかさ……」

「え? ……っ!」

 

 弟に聞かれたくないから、かがみ姉さんはつかさ姉さんの耳に口を寄せて小さい声で俺の悩みを告げた。

 それを聞いたつかさ姉さんの変化は劇的で、かがみ姉さん同様視線を彷徨わせる。

 

「何と言うか……ごめんね?」

「いや、私も気が利かなかったわ……すまん」

「あうあう……」

 

 姉二人の気まずい顔を見て、やはりこうなったかと俺はバレないように小さくため息を吐いた。

 

 

 柊キョウ15歳。未だに身長が伸びません。

 

 

 第十九話 こころゆたかに

 

 

「小早川さんは、何か部活とかしないの?」

「部活?」

「うん、部活」

 

 とある日の教室。俺は小早川さんと雑談をしていた。彼女と一緒に居ると、初日に詰め寄って来た人たちが割り込んで来ないので、気が楽なのだ。または俺が友という存在に飢えているからとも言う。ちなみに、岩崎さんは保健委員の仕事で今は居ない。

 そんななか、俺はふと昨日の放課後のことを思い出した。と言っても、色んな部活に勧誘されたというありきたりなことなのだけれど。特に運動部のマネージャーにならないか? と熱心に誘われて、かがみ姉さんたちの到着が遅ければ今頃俺はどうなっていたことやら。

 

「う~ん……私はしない、いやできないかなぁ」

「……できない?」

「うん。私、体弱いから……」

「あっ、そうか……」

「あ、気にしないで? 最近は調子が良いし、それに特にやりたい事もないって言うのもあるし……」

 

 数ある高校で部活に入らなければならない学校はそこそこにある。しかしこの陵桜学園は強制入部ではない。勉学に力を入れているからだろう。かと言って疎かにしているわけでもなく、俺のクラスからも部活動に勤しんでいる人がチラホラと。

 小早川さんは体質の関係でできないみたい。……本人はそこまで気にしていないけど、ちょっと配慮に欠けるな。少し反省。

 

「そういう柊くんは入らないの?」

「う~ん……色々誘われてはいるんだけど、正直コレだ! って思うものが無いんだよね」

「誘われているんだ……」

 

 マネージャーをするっていうのも想像できないし……。

 

「仮入部とかはしないの?」

「仮入部か……」

 

 でも、仮入部できるのは限られているよな……。

 昔と違って、女子と一緒にサッカーやったり野球したりはできないし……。

 でも唯一の男子テニスはかがみ姉さん曰く『ヤバい』、こなたさん曰く『男の世界』。

 ……うん、入ったらナニされるか分からねえ。てかなんで姉さんが知っているんだ。

 で、残りの文学系の部活は……。

 

「やっぱり無いかな……入りたいの」

「そっかー」

「まあ、内申に影響ある訳じゃないから気にしないでも良いと思うしね。姉さんたちもやっていないし」

「そう言えばやっていないよね。何でだろう?」

「うーん……うちの姉さんたちは興味ないって言っていたけど、こなたさんは……」

 

 

『アニメとか漫画、ゲームをする時間が減るじゃん』

 

 

「……とか、言いそう」

「あはは。こなたお姉ちゃんらしいね」

 

 その光景を容易に想像できたのか、小早川さんはクスクスと笑みを浮かべて肯定した。

 

「岩崎さんはしないのかな? 運動とか得意そうだけど」

「どうなんだろう? 聞いてみようか」

 

 ――で、実際に聞いてみた。

 保健委員の用事から帰って来た岩崎さんに、俺たちは部活について尋ねた。

 すると彼女はいつもの落ち着いた表情で言った。

 

「……今の所、所属するつもりはない」

「そうなの? 保健委員に集中したいとか?」

「それもある、けど……」

 

 小早川さんの質問に肯定しつつ、視線を横にズらして言い淀む岩崎さん。

 何か言い辛い理由でもあるのだろうか?

 そんな俺たちの疑問の視線に、彼女は言うべきかどうか考えて……一度目を閉じて頷くと、こちらを見据えて静かに口を開いた。

 

「放課後はやりたいことがある」

「やりたいこと? やることじゃなくて?」

「うん。でも、部活をしたらそれができなくなる……それが嫌だから、私は……」

 

 岩崎さんのやりたいこと。それが何なのか、彼女は詳しく語ろうとしなかった。

 しかし、彼女はそのやりたいことに対して本気なようで、いつもの口調に妙な力強さを感じた。

 多分、このことは俺たちが軽々しく聞いて良いことではないのだろう。残念ながら、今の俺たちが踏み込むには、彼女にとって特別なこと。小早川さんもそのことを察しているのか、これ以上は追求せずにいた。

 

「そっか……あの、月並みな言葉だけど……頑張ってください!」

「……うん。ありがとう」

 

 ただ、何も言わずにいることはできないのか、彼女は今感じているであろうことを岩崎さんに伝えた。本人からしたらただの言葉なのかもしれない。しかし、彼女は小さく笑って礼を言った。

 

 岩崎さんのやりたいこと……いつか聞きたいと思うのは、貪欲なのだろうか?

 

 

 

 

「うぅー……」

「おはよー……ってあれ? どうしたの小早川さん?」

 

 とある日の朝。登校して教室にやって来た俺は、元気なく机に座っている小早川さんを見つけた。

 クラスメイトからの挨拶を返しつつ、彼女の元に行って聞いてみると小早川さんは青い顔を上げる。

 

「うん、おはよう柊くん。ちょっと寝不足で……」

「寝不足? なんで? 夜更かしでもしたの?」

「ううん。昨日は寝れなくって……」

「どうして?」

 

 俺がそう尋ねると、彼女は頬を赤くさせた。……顔を青くさせたまま頬を赤くさせるとか、器用なことをするなー。そんなことを考えながら、俺は小早川さんの次の言葉を待った。

 

「昨日、テレビで心霊特集をしていてね……それ見ちゃったら寝れなくなって……」

「あー……」

「情けないよね。女の子なのに」

 

 はあ……っとため息を吐く小早川さん。しかし、彼女の性格上自分から見るとは思えない。おそらく、こなたさんかな。あの人、ああいう系の番組好きそうだしなぁ。多分、その横で見てしまったのだろう。

 

「まぁ、怖いものは怖いし。あんまり気にしなくても……」

「うん、そっか……。あっ、でも柊くんは大丈夫そうだね。何というか、お化けとか信じてなさそう」

 

 と、普段の俺を見ている小早川さんはそう言った。

 でも俺、一回死んで生まれ変わっているからな……その辺は微妙な感じだ。多分居るんじゃね? と。

 んで、俺がそういうのに得意か苦手かと言うと……。

 

「まぁ、苦手かな」

「……え? あ、そうなんだ……」

「……今『柊くんも男の子なんだ』って思ったでしょ?」

「え!? あ、いやその……あはは」

 

 男女の価値観が変わっているということは、男が幽霊とか怖がっても情けないとか思われない。逆に女が怖がっているとそういう風に思われることがある。小早川さんが気にしていることからも分かる通りに。

 中学の修学旅行の時にも肝試しがあって、「幽霊こわ~い」と言って男同士がキャーキャー言っていたのを見た時は……その……そいつ等が怖いというか何というか。

 だからだろう。そういう世間一般の認識から外れている俺を知っている小早川さんが意外そうにしているのは。

 でも、理解できるからと言って納得できるわけではなく、俺は思わずジト目で目の前の彼女を見つめた。すると小早川さんは居心地悪そうにして視線を逸らした。

 まぁ、俺が小早川さんの立場だったら同じリアクションを取っていただろうし、これくらいにしておこうか。

 で、俺がそういうのが苦手な理由は……。

 

「ぶっちゃけ、幽霊自体は特に何も感じていないんだよね」

「え。どういうこと?」

「うん、何というか……そういう特集番組を家で見るのが嫌なんだよね」

「いきなりバッて来るのが怖いとか?」

「ああ、うん。それもびっくりするね。でも、それ以上にびっくりするのは……つかさ姉さんなんだ」

「つかさ先輩?」

 

 そう、つかさ姉さん。姉さんはああいう系が本当に苦手なんだよ。でもかがみ姉さんやいのり姉さんは平気で、まつり姉さんはどちらかと言うと嬉々として見るタイプ。父さん母さんは……よく分からないな。

 で、大抵そういうのを見るときは家族が揃って見るんだけど……。

 

「つかさ姉さん。毎回俺の隣で震えながら見ているんだよ。嫌なら見なければ良いんだけど、夜中一人部屋で居るのも怖いみたいで……だから我慢しながら見ている訳。

 でも怖いのはどうしようもないから、俺の横で悲鳴上げられたり、凄い力で抱きしめてきたり……」

「そ、そうなんだ……」

 

 で、その日はかがみ姉さんの部屋で三人で寝るのがお約束。わざわざ布団を持ってきて、ね。

 あと、つかさ姉さん的には俺を守っているつもりらしい。八割くらい自分が怖いというのもあるけど。

 

「だから、そういう意味で苦手かな」

「ず、随分特殊なケースだね……」

 

 ……まぁ、そこが可愛いんだけどね。

 

「なにか言った?」

「ん。いや、別にー」

「そう? ――あっ、岩崎さん。おはよう!」

 

 岩崎さんを見つけて子犬のように駆けていく小早川さんを見ながら、俺はこっそりと欠伸をした。

 今日帰ったら、布団を自分の部屋に戻さないと……。

 

 

 

 

 ――別の日。

 

「キツネ……リス、犬っ」

「突然何を言い出しているんだ、アンタは?」

 

 姉さんたちと共にこなたさんの家に遊びに行ったとある日のこと。

 食玩目当てで買ったウエハースチョコを食べていると、ふとこなたさんが幾つかの動物の名前を挙げた。それに反応したかがみ姉さんが怪訝な表情で尋ねる。

 

「いやね、昨日芸能人を動物に例えたら~みたいなスレを見つけてね? それで皆の場合はどうかなって思って。

 んで、私はイタズラとか好きだからキツネ。つかさはイメージ的に犬。ゆーちゃんは小動物ちっくでリス」

「ほほう。さしずめ私は虎とか狼って言いたいんでしょ?」

「う~ん。いや、かがみんは寂しがり屋さんだからウサちゃんかもよ~? ツインも耳みたい」

「だ、誰がウサギよ! ていうか寂しがり屋って……!」

「あ~……」

「ちょっとキョウ!?」

 

 こなたさんの言葉に思わず納得すると、かがみ姉さんが真っ赤な顔でこちらを振り向いた。

 いや、だって今言われたことだいたい合っているし。特に風邪引いた時は――と、そこまで考えたところで俺は止めた。これ以上はお姉さまに怒られる。

 

「おもしろいねー。ねぇ、他の人はどうかな?」

「他の人? そうだねー……ゆい姉さんは元気なところから猿かなー」

「岩崎さんはクールでカッコイイから鷹かな?」

「ゆきちゃんは何となくほわほわしているから、羊さんかな?」

 

 若瀬さんは……つかさ姉さんと同じ犬かな? それもチワワとか小さい系の。

 落ち込んでいる時の若瀬さんの頭には、ヘタっと垂れている耳が見えるし。

 逆に喜んでいる時は尻尾をブンブン振っているのが見える。

 

「じゃあじゃあ、キョウちゃんは?」

「うーん……キョウくんもウサギかな?」

 

 ウサギ? 俺ってそこまで寂しがり屋に見えるのか?

 その疑問を感じ取ったのか、こなたさんは理由は別にあるんだけど、と前置きして続けて言った。

 

「いやね。ぶっちゃけキョウくんは個性多すぎて何でも合うんですよ。猫耳とか犬耳とかバニーボーイとか」

 

 うわ、バニーボーイって嫌な単語が聞こえた。

 俺が嫌な顔をする横で、かがみ姉さんが何を思い浮かべたのか少し頬を赤く染めた。……ちょっとお姉さま?

 しかし問い詰めるべき相手は自分の姉ではなく、何やら嫌な予感のする単語を吐き出そうとしている目の前のキツネ少女。

 まるで人を化かしてその反応を楽しんでいるような表情を浮かべて、こなたさんは言った。

 

「で、やっぱりウサギだと」

「……なんでですか?」

「ウサギってさ。年中発情期らしいじゃん? だから……ね?」

「同意求めないでくれません?」

 

 俺の背後で狼と虎に変化した姉さんたちを見たからか、それとも俺の視線に耐えかねたのか、それとも妹のような存在の小早川さんの前だからか、こなたさんはさっさと謝って訂正した。

 

「まったく……」

「あはは……でも、柊くんがウサギさんだったら、私飼ってみたいなー」

『――』

「……え? あれ?」

 

 空気が、死んだ。

 その発生源である小早川さんは突然黙り込んだ俺たちに戸惑い、一体どうしたのか? と慌てふためく。

 

「ゆーちゃん……今の発言色々とアウトだよ?」

「え? え?」

「無知は罪とは、よく言ったものね……」

「? ねえ、キョウちゃん。皆どうしたの?」

「すみません。ここにも一人居ましたー!」

 

 天然は怖いと言うべきか。

 それとも真っ先にソッチ系に考える俺たちが汚れていると言うべきか。

 なかなかに判断に困る難題だと思いました、マル。

 

「でも、そういうキョウくんを見たいと思うのは、普通だよね。というか、男の子に対してそう思うのは健全だよネ!」

「黙れ不健全筆頭」

 

 何やら不穏な言葉を並べるこなたさん。すかさずかがみ姉さんが突っ込むも、今までの経験上分かる。あれはどんな妨害も気にせずに己を通す人間の目だ。

 つまり簡単に言うと、こなたさんが次に何を言うのかが怖い。

 そんな俺の予想を裏切らずに、彼女は瞳をキラキラ光らせながらある物を取り出してこちらに向いた。

 

「てな訳で、キョウくんこれ付けてみない?」

「ぶっ!」

「それって……」

「動物さんの耳?」

 

 先ほどの発言と合わせてナニを考えたのか、噴き出すかがみ姉さん。こなたさんが手に持っている物を見て首を傾げる小早川さんとつかさ姉さん。取り合えず二人は避難した方が良い気がする。

 

「アンタ、そんなモンまで持っていたの……?」

「本当、色々持っていますね……」

 

 この前、コスプレした(させられた)時も思ったけどね……。

 ちなみに、その時にさせられたコスプレ(キャラ)は、普通じゃないことを求める男子高校生の恰好や、街中に散らばったカードを集める魔法少年、ボーカロイド等々……。

 いや、本当にたくさん持っているな。ああいう服って高い筈なんだけど? 高校生のバイトで揃えられるものなの? 小道具とかもあってちょっと怖い。

 そう思っていると、こなたさんが凄いことを言い出した。

 

「あ~。これ、お父さんの」

「はい!?」

「いやね。お父さん昔は元気でね。お金とかも稼いでいたらしいよ?」

「どういう稼ぎ方をしたのか聞かないでおきます……」

「あと、お母さんと楽しむためにも――」

「ストーップ! それ以上はR指定だ! 少しはモラルとか考えろ!」

 

 

 

 

「あ、これって文集? 小学生の頃の」

「んあ? ああ、そうだねー」

 

 小早川さんによる『柊キョウペット化計画(こなた命名)』から少し経ち、ふとかがみ姉さんがある物を見つけた。それは、小学生の頃のこなたさんの文集だった。

 

「ねぇねぇ。見ても良い?」

「うん、良いよー」

「そんなあっさり……」

「別に見られて困るものじゃないし」

 

 机の上に広げられた文集をパラリと見る。

 こなたさんだから、エロゲの主人公になりたいとか書いてそう……。

 そう思っていたんだけど……。

 

「弁護士。野球選手。サッカー選手……」

「テニスプレイヤー、宇宙飛行士、コック……」

「……なんというか、意外ですね」

「そう?」

「いや、普段のアンタ見てるとどうにも、ね」

 

 つかさ姉さんや小早川さんも同じ思いなのか、かがみ姉さんの言葉にうんうんと頷いている。

 いや、本当にね。夢がコロコロ変わってはいるけど、こなたさんにもこういう時期があったんだなぁ、と。

 

「それにしても、こういうのを見ていると当時ハマっていたアニメが分かるねー」

「……ああ、そういう」

「やっぱりこなたさんはこなたさんだ」

 

 しかしそれはすぐに覆された。どうやらアニメの影響によって将来の夢が決まっていたとか。そのことを理解すると、書かれた時期に放送されていたアニメが何だったのか分かるのかもしれない。

 

「そういう皆は、小さい頃どんな夢を見てたの? 私だけ不公平だよ」

「え゛。いや、アンタ別に見ても良いって」

「お姉ちゃんは総理大臣になりたかったって言ってなかった?」

「つかさー! なんでそうホイホイ口にするのよ!」

「ほほう。それは面白いことを聞きましたなー、かがみ大臣」

「ほら! こうなるの分かってたでしょ!?」

 

 つかさ姉さんによって明かされるかがみ姉さんの夢。でもそれは幼い頃に抱いた微笑ましいもので……。

 それを知ったこなたさんは物凄く良い笑顔を浮かべて、それを知られたかがみ姉さんは暴露したつかさ姉さんに羞恥から沸いた怒りをぶつけている。

 二人ともこうなると分かっていたのだろう。見ていると何となくそう思った。

 ごめんごめんと謝るつかさ姉さんに対して、自分だけバラされて不満だと思ったのか、かがみ姉さんもまたつかさ姉さんの夢を暴露した。

 

「そういうアンタだって。将来の夢は『キョウのお嫁さん』だったじゃない!」

「ちょ、お姉ちゃんそれは……!」

「うお……つかさ、それマジですか?」

「こなちゃん引かないで! それに、それはお姉ちゃんも一緒じゃない!」

「ぐあー!? 流れ弾こっちに!?」

「いや、明らかに自爆でしょ。というか爆弾持って特攻してる」

「なにしてんだか……小早川さんはどんな夢だった?」

「私?」

 

 自分の姉から視線を逸らし、俺は小早川さんに話を振った。

 すると、彼女は頬を薄っすらと赤く染め、少し言い辛そうにする。

 やっぱり恥ずかしいよなー。

 そう思って、言いたくないなら良いよと言うも、大丈夫だと言われた。

 そして語られる彼女の夢。

 

「私は、お医者さんかな」

「へー、お医者さん」

「うん。私、生まれつき体が弱いから分かるんだ。元気な子と一緒に遊べない気持ち、大切な人に心配される辛さ……」

「あっ、そっか……」

「うん。だから、私が大きくなったら、私みたいな人たちの病気を治してあげたい。そして、元気に遊んで欲しいって」

「おー。流石はゆーちゃん。私欲だらけの何処かの二人とは違いますなー」

「一番私欲だらけの人に言われたくないわっ」

 

 そう言えば、小早川さん時間があったら本を読んでいたな……。

 アレって医者になるための勉強だったのか。

 そのために、彼女は今も努力をしている。その姿に、俺は女とか病弱とか関係なしに、ただ『強い』と思えた。

 

「……応援してるよ、小早川さん」

「うんっ。ありがとう柊くん!」

 

 太陽のような笑顔を浮かべて、彼女はそう言った。

 ……叶うと良いな、その夢。

 

「で、キョウくんはどんな夢?」

「綺麗に終わりそうなんで、またにしません?」

「いやいや。皆言ったんだからキョウくんも。やっぱり男の子だからお婿さん?」

「一度も思ったことないですね。ソレ」

 

 周りの男子はそう書いていたけどね。

 はて、俺はどんなことを書いただろうか。こうして思い浮かべてみると、案外忘れているものだ。

 あの時の俺はイマイチ前世のことを覚えていなくて、年相応の子どもだった気がする。夢もそれ相応の物だったはずだ。流石に高学年になると意識がはっきりしてきて、冷めたものになっていたが……。

 

「神主、ですかね。実家を継ごうかな、と」

「なんだー。つまんないのー」

「つまんない言うな」

 

 不服そうにブー垂れるこなたさんの脳天に、かがみ姉さんのチョップが叩き込まれた。

 だってー、と尚も食い下がるこなたさんに、俺とつかさ姉さん、小早川さんは苦笑い。ご期待に沿えなくてすみません。

 ……あっ、でも。

 

「あの頃は――」

「ん? どうしたの?」

「……いえ、何でもありません」

 

 ふと、思い出した。あの時のことを。

 俺は、この世界に嫌気が差して自転車に乗って遊び回っていた。いじめっ子を見つけてはハリセンで叩いて撃退。高笑いをしながらいじめっ子を追いかけ回すその姿は、どちらが悪者か分からないくらいだった。

 しかし、何時からだっただろうか。手段が目標になったのは。

 そして、自分ならできると思ったのは。

 そのことを思い出すたびに、最後に写るのは――姉さんたちの涙。

 

「だいたいアンタは――」

「あはは。お姉ちゃん、それくらいに――」

 

 

 ――――――――

 

 

『なんで、アンタは! そうなのよ……!!』

『きょうちゃん……きょうちゃん……!』

 

 

 ――――――――

 

「……」

「? どうしたの、柊くん」

「……いや、何でもないよ」

 

 俺は、小早川さんにそう返して、コホンッと一つ咳をした。

   

 


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